第17回:知的でセクシーないい女、ブレア・ブラウン

Blair Brown, the Intelligent Sexy Lady

(2002/03/04)


僕は好きな女優がいないんじゃないかって、よく人に言われる。確かにグウィネス某、メグ某なんて好きじゃない。ジュリア某は嫌いじゃないけど積極的に好きってわけじゃない。サンドラ某は好きだけど、異性としての魅力がどうのって目で見たことない。ニコール某なんて、ある映画で歌って踊ってるとこみるまでは、好きになれなかったもんね。確かにこうやって挙げていくと有名女優じゃ異性としての魅力を感じる人って皆無みたい。でも全然いないわけじゃないんだよ。地味な扱いながら僕にとってはグッとくる女優さんがいないわけじゃない。今、僕が一番注目してるのが「シャンプー台のむこうに」などの英国女優ナターシャ・リチャードソン。彼女って知的で上品で優しそうでユーモアがあって、そして何より脱ぎっぷりがいい(笑)。女の魅力のすべてを持っている。僕はこういうタイプの女優=女に弱いのだ、脱ぎっぷりの良さはともかくとして(笑)。で、ナターシャに注目する前は誰かと言うと、ずっと長いことこの人だった。「アルタード・ステーツ/未知への挑戦」で登場のブレア・ブラウン

 

「アルタード・ステーツ/未知への挑戦」 Altered States (1979)

ブレア・ブラウン…と聞いて、一体何人の人が女優さんの名だと気付くか全く心もとないけれど、僕にとっては昔も今もナンバーワン女優=と言うか、最も気になるタイプの女。ただしここで取り上げる「アルタード・ステーツ」でガ〜ンと世に出て、次の「Oh!ベルーシ絶対絶命」でも主演を務めた後は、ジョディ・フォスター主演の「君がいた夏」(1988)での主人公少年のママ役くらいしかしばらく日本には入って来なかった。いたって地味な存在だった。

ところが、そんな彼女の出演作が一昨年に突然やってきた。ジョニー・デップ主演のSFホラー「ノイズ」(1999)。ここでの彼女は当然脇も脇の扱いで、社長夫人という役どころ。それが役が小さいだけならいざ知らず、ここでの彼女が哀れにも老けちゃっててねぇ。まぁ「アルタード・ステーツ」当時から20年も経ってるんだから当然と言えば当然ながら、役柄も「老け」を強調したものだったのが悲しかった。

でも、「アルタード・ステーツ」での彼女は光ってたよ。本当にスター誕生って感じだった。

この映画そのものはみなさんご存じかな? 南米原住民との交流で麻薬によるトリップを体験した科学者(ウィリアム・ハート)が、トリップ体験に人類の太古の記憶、生命の起源の記憶を引き出すカギを見い出すというのがお話の発端。真っ暗なタンクの中の水に漬かっていることで、強いトリップ体験を実現する「タンキング」実験を繰り返しているうちに、どんどん自分の内面と外見に変化が起こり始め、後戻りが出来ない状態まで事態が進んでいく…。これって実に説明しにくい話で、理詰めで考えるとどうにも訳の分からない映画だが、見ている間はイメージの連発でなぜか納得がいく。決して複雑な映画じゃない、見てナンボの映画。「タンキング」のトリップが解き放つ、あるいは掘り下げていくものは、個人としてのトラウマや記憶、思想、信仰、人間としてのモラル、常識、規制概念、固定観念、生き物としての欲望、本能、さらには存在そのもの。そして…何より「愛」! 確かにここに文字として書いてみても、思わず青臭くて寒くなってくる観念の羅列(特に最後のダメ押したるや!)だよね。だが、決してそれらが小難しい理屈やセリフや暗示で説明されるわけではない。「2001年宇宙の旅」をぐっとマイルドにしたようなイメージの連打を、バンバンサクサク見せていくので寒くなる暇がない。ともかく理屈抜きで納得させられていく。それに、理屈っぽくなりようがないんだよ。だってこの映画はトリップだイメージの連打だと言っても、発想の根本がアメリカ映画。あくまで前向きで希望に溢れている。だって、最後は「愛」なんだから(笑)!

そう。これはラブストーリーでもあるのだ。もちろん主人公ウィリアム・ハートの相手は、今回の主役ブレア・ブラウン。「タンキング」研究が始まるずっと前のこと、二人とも若き研究者で、友達のパーティーで会ってその場で恋に落ちる。すぐにベッド・シーン。いきなり品のある知的な顔で、バ〜ンと全裸になって汗みずくであえいでるから、思わず見ているこっちものけぞる

映画の後半は、「タンキング」に熱中するあまりに精神と肉体に異常をきたすハートと、その身を案じるブラウンとの愛のせめぎあいが焦点となってくる。そして、最後は「愛」がすべてを救う

ラストは確かに甘いかもしれない。でも、やっぱりこう来なくっちゃと思わせるエンディングだな。そして、そこですべてを受け入れ立ち向かう勇敢な女がブレア・ブラウン。知的で品があって優しくって、そしてラストのここでも全裸(笑)。もう、男としては最高の女ですよ。

トリップイメージの数々は、今の目から見れば少々古くさいかもしれない。ちょっとマリファナとかのトリップイメージも混入してるみたいだし、何しろCGなんかなかった頃の映画だからね。いや、むしろ逆か?…CGの発展以降、ひょっとしたら映画人のビジュアルイメージは、逆に貧困になってるかもしれないね。何でも出来る…となると何も出来なくなるってことがありえるからねぇ。

この映画、実は最初はアーサー・ペンが監督することになっていて、ハートとブラウンの主役二人を選んだのもペンだった。その後なぜかペンは降番。代わって監督したのが鬼才ケン・ラッセル。でもクセ者ケン・ラッセルも主役二人には満足してたようで、「さすがペンが選んだだけのことはある」などという意外なコメントも残っている。まぁエネルギッシュでパワフルな作風で知られるラッセルの演出によって、トリップイメージはさらにパワーアップしたのかも。ラストの「愛がすべて」的なメッセージも、スキャンダラスな題材を好みそうなラッセルとしては意外に受け取られるかもしれないが、実は僕はこの人って意外にモラリストなのでは?…と思っているから個人的にはナルホドと思ったよ。

でも、こんなトリップ映画を「愛」でまとめて破綻が起きなかった最大の功労者は、やっぱりわれらがヒロイン、ブレア・ブラウンのおかげだと思うんだね。頭がよくて優しくて、品がよくってエッチっぽい。僕ら男が女に求めているすべてを兼ね備え、それを一気に矛盾なく両立させて見せてくれる彼女の前では、トリップしようが人類や生命の起源がどうだろうが、「やっぱ愛がすべてだよな」と言わざるを得なくなるよね(笑)。

 

 

「Oh!ベルーシ絶対絶命」 Continental Divide (1981)

上記「アルタード・ステーツ」でウィリアム・ハートと共に若手注目株として大売りだしとなったブレア・ブラウン。当然その次回作が注目された。そこで発表されたのがロマンティック・コメディ「Oh!ベルーシ絶対絶命」。

これ、タイトル聞いただけでコケる人も少なくないだろうね。実は何でこんな邦題が付いたかと言うと、この作品の公開が主演のジョン・ベルーシの没後になってしまったから。「アニマルハウス」で突然アナーキーな笑いで注目されたコメディアンのジョン・ベルーシは、「ブルース・ブラザース」でその人気を決定的なものにした。だけど、その2作にスピルバーグの「1941」と、出る映画出る映画どれもこれも同じキャラクターというわけで、世間の飽きが来るのも思いの他早かった。あわてたベルーシがイメージチェンジを計ってライトな味を出そうとしたのが、この「Oh!ベルーシ絶対絶命」と続く怪作「ネイバーズ」。だが皮肉にも、両作とも日本では彼の没後に公開されることになってしまった。

この「Oh!ベルーシ絶対絶命」、映画ファン的には見どころ満載のオイシイ作品なんだよね。あのジョン・ベルーシのイメージチェンジがかかった遺作(実はもう一本あったが)、「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」「レイダース/失われたアーク」などで注目の脚本家ローレンス・カスダン(その後、監督として有名になったのは言うまでもない。)の初期脚本の映画化、そして「アルタード・ステーツ」で注目のブレア・ブラウンの最新作。

だけどねぇ、映画なんか好きでも何でもない人にこのメンツはちょっとキツいよ。脚本家が何だって言っても、せいぜい一般の人が云々するスタッフは監督まで。じゃあ監督はと言うと、「アガサ/愛の失踪事件」で登場以来、佳作を連発しながらも決定打のないマイケル・エイプテッドじゃあねぇ。

そして「アルタード・ステーツ」だって、SF映画好き以外にはちょっとどうか? …となると、「ブルース・ブラザース」のスター…と言うより、麻薬中毒死によって新たなハリウッド・スキャンダルの一部となったジョン・ベルーシの名前を立てるより他なかったと言うのが本当のところだろう。ヒドい邦題だとは思うけど、このタイトル付けた日本の配給会社を責める気になれない。むしろ、どんなかたちでも日本公開してくれたことを感謝したいよね。

鋭いペンで社会の不正を暴く、シカゴの新聞の人気コラムニストがジョン・ベルーシ。だが今回は威勢が良すぎたか、批判をくらった街の黒幕どもが彼の命を狙い始めた。これはマズいと新聞社がホトボリ冷ますために彼に与えた仕事が、山の中で暮らす偏屈な女性鳥類学者ブレア・ブラウンの取材。だが根っからの都会っ子のベルーシは山ではまるっきりお荷物。本人もブースカ文句ばっかり言っている。対するブラウンの鳥類学者も、都会が大の苦手ときている変り者。こんな二人が合う訳ない。何だかんだとケンカし対立を続けていくのだが…というお話。

お察しの通り、ケンカするうち恋に落ちる…という、「或る夜の出来事」から「グッバイガール」に至るまで定番のハリウッド・ロマンティックコメディの王道。これを、ベルーシとブラウンという水と油の二人が演じて、なかなか楽しい映画なんだよね。

そもそも脚本のカスダンからして、過去の作品を勉強し尽くしてうまく今風に活かす才人。最近は何だか低迷しててどこ迷っちゃったのか分からないが、この時代は彼の売りだし期なので俄然アブラが乗っている感じだった。そもそもカスダンが映画界で注目されたのが、確かこの「Oh!ベルーシ絶対絶命」の脚本と後にケビン・コスナーとホイットニー・ヒューストン主演で映画化される「ボディガード」の脚本でのこと。これに注目したスピルバーグがまず「Oh!ベルーシ」を買い取り、そしてその人脈つながりで「レイダース」「スター・ウォーズ」への起用となったようだ。だから、この「Oh!ベルーシ」には、カスダン脚本のうまみが詰まっているんだね。

そんなカスダン脚本がらみの舞台裏をうかがわせるシーンが、この映画には一つある。ブラウンの留守中に狼に襲われて傷つくベルーシ。帰ってきたブラウンがベッドに横たわるベルーシに飛びかかり、彼の体についた傷を一つひとつキスでいたわりながら、いつしかラブシーンに移行するという趣向がそれだ。実は「レイダース/失われたアーク」の終盤近くにも、インディ・ジョーンズ=ハリソン・フォードの体の傷をカレン・アレンがキスしながら、そのままラブシーンになだれ込むという場面が出てくる。たぶんローレンス・カスダンは、この場面を「Oh!ベルーシ絶対絶命」脚本に先に書きながらなかなか映画化されないために、後から書いた「レイダース」脚本にそのまま引用したのだろう。そのあたりの事情を考えて見ても面白いと思うよ。

いろいろと楽しめる「Oh!ベルーシ絶対絶命」だけど、その最も注目すべき点は、都会でしか生きられないベルーシと山でしか暮らせないブラウンの恋の結末の付け方。これってなかなか鮮やかで、現代的で納得できたね。当時は何となく新しい感じがしたよ。それもこれも、頭が良くってしっかりしてても、優しさとしなやかさを忘れないブラウンだからこそ。これがフェミニズム丸出しのイヤミ女だったら、男も女も納得できなかったんじゃないかな。うっぷ。

さて、一昨年突然再会することになった「ノイズ」のブラウンだが、そのあまりの老いた姿に哀れを感じたのは冒頭に書いた通り。これにはさすがにガッカリした僕だが、実はそんな僕が改めて彼女を見直す機会がすぐに訪れた。驚いたことに、またまた彼女の出演作が到着したじゃないか。それも誰も知らないマイナー作なんかじゃない。何とあのクリント・イーストウッド御大が久々に真価を発揮した大作、「スペースカウボーイ」(2000)だ。

ここでの彼女はNASAの嘱託医。イーストウッドたち「チーム・ダイタロス」の面々の健康チェックを行う役割だ。出番は決して多くはないが、白衣を着てイーストウッドたちに堂々応対。ユーモアたっぷりに相手をする彼女は、やっぱり知的で年齢を加えても気品があって美しい。あげく「チーム・ダイタロス」きっての色事師ドナルド・サザーランドが人知れず老眼に悩んでいると気付くや、ひそかに特注品のサングラスをつくらせて手渡す優しさ。おまけにそれと引き替えにサザーランドとのデートの約束を取り付けるなんざ、大姉御まだまだちっとも枯れてないよ! いい女はいくつになってもいい女。この映画を見せて、今日びのただ歳が若くて股広げりゃいいと思ってる、アソコもロクに洗ってないような小便臭いパープー娘どもに分からせてやりたいぜ。女の良さは単なる若さだけじゃないってことをね。両足の間に薄汚ねえ穴がポッカリ開いてりゃいいってもんじゃねえ! きれいなだけじゃない、エロいだけじゃない。優しさだよ優しさ、知性だよ知性、気品だよ気品!

 

 

 

 

 to : Time Machine 

 

 to : Classics Index

   

 to : HOME