第7回:インテリなのにおセンチ屋シドニー・ポラック

Sydney Pollack, the Intelligent and the Sentiment

(2000/12/25)


知的な作風で知られ、ハリウッドの良心とも言える映画監督シドニー・ポラック。彼はロバート・レッドフォードとのコンビで数々の話題作を発表しているけど、それ以外にも数々の大スターを起用して、質の高い娯楽作品を一貫してつくり続けてる。いろいろバラエティに富んだポラック作品を一言で言うのは難しいが、共通して流れているのは一種のセンチメンタルな味わいじゃないかな。知的でインテリ的な視点が濃厚なポラック作品に、なぜか流れるおセンチ味。普通、おセンチといえばいい言い方ではないけれど、彼の場合は作品の親しみやすさにつながる重要な味付けになっているんだね。そんな彼のセンチな持ち味が前面に出た異色作2本をご紹介。  

 

 

「ザ・ヤクザ」 The Yakuza(1974)

これはポラック作品でも異色作中の異色作。長期日本ロケを敢行。高倉健以下、日本人スターを多数起用して、仁侠映画のハリウッドでの再現を試みた作品。ある事件の調査で日本入りした私立探偵のロバート・ミッチャム。このミッチャムがかつて駐留米兵として日本にいたことがあり、その時に岸恵子を愛人にしてヨロシクやっていた設定で、今回の日本入りの際も彼女のところを根城にしようというわけ。その兄貴が高倉健でなぜかいつもおっかない顔してる。なぜかと思えばそれもそのはず、健さんは岸恵子の兄貴じゃなくって、実は夫だということがわかる。そのへんから愛憎相半ばし、友情と義理人情が交錯する不思議な世界が展開する。この作品、ポラックのフィルモグラフィーでははっきりと失敗作の烙印を押されており、確かにここに出てくる日本ってすごく変な国。高倉健の妻が岸恵子で、敵対するヤクザの大親分が岡田英次なんて、日本人じゃ到底思いつかない珍妙なキャスティングもすごくて面喰らうこともしばしば。しかし、この映画の最大の見せ場である、賭場への殴り込みシーンの壮絶さはまさに特筆もの! 長ドスの健さんに、片手にショットガンもう一方の手に拳銃という出で立ちのミッチャムが、暴れる暴れる。こんな大出入りのアクションシーンは、東映仁侠映画の歴史の中でも見られないほどではないかな。これだけでも見る価値あると思うよ。

 ラストは何とミッチャムの指ツメ! 健さんの妻である岸恵子を自分の愛人にしていた罪を償う意味での、欧米流合理主義的解釈の指ツメなんだけど、そりゃあ美しい誤解ではあっても彼らなりに一生懸命理解しようと考えた末の結論なんだろうと思えば笑っちゃいけない。飛行機のタラップ上で深々とおじぎするミッチャムには、むしろ深い深い感動なのだ。ポラック作品常連のデイブ・グルーシンの音楽も、これまでで一、二を争う美しさだよ。僕はけっこう好きで、大いに泣かされた。ダマされたと思って見てね。

 

「ボビー・デアフィールド」 Bobby Deerfield (1977)

珍しや、アル・パチーノがレーサー役に挑んだ作品。舞台も出演者もヨーロッパ勢で固めて不思議なヨーロッパ・テイストが全編に漂うこの作品、原作は「西部戦線異常なし」のエリッヒ・マリア・レマルクの名前がクレジットされているから、なおさら奇妙。当然、原作ではレーサーの話じゃなかったんだろう。毎試合ごとにしのぎを削り生死のギリギリのところでサバイバルしているレーサーのデアフィールドことパチーノは、それゆえ何にも感動や動揺を覚えない、クールで虚無的な性格が身についてしまった男。愛人のフランス女アニー・デュプレーとの関係もいたってドライな大人の関係。たまに兄が訪ねてきても冷たいそぶり。昔、女優の物まねなんかやって一緒にフザケたじゃないか…と話を持ちかけてみても、まるっきりノってこないサメた態度しかとれない彼なのだ。それが、ある時に不思議な女マルト・ケラーと出会い、恋に落ちる。しかし、彼女は不治の病に侵されて、余命いくばくもない身だったのだ…。クロード・ルルーシュ作品「マイ・ラブ」で国際的名声を得たケラーが、一躍ハリウッドに呼ばれてつくられたのがこの映画。当時ハリウッドでは彼女主演でこの他に「ブラックサンデー」、「マラソンマン」などがつくられ、時の人となっていたのをみなさん覚えていらっしゃるだろうか? ケラーはこの「ボビー・デアフィールド」でパチーノと恋に落ちて同棲したが、彼女も結局ハリウッドでは成功しなかった。やがてヨーロッパに去ったが、その後ニキータ・ミハルコフ監督、マルチェロ・マストロヤンニ主演の「黒い瞳」に助演したくらいしか日本には作品が入ってきていない。ただ、この映画でのケラーは本当に素晴しかった。何とも不思議な魅力でクールだったパチーノを翻弄。彼女に振り回され、彼女の限りある命を完全燃焼しようとする想いに触れていくうちに、サメきったパチーノの中に何かが蘇ってくる。いよいよ死期が迫ったケラーを何とか楽しませようと、あんなにクールだったパチーノが必死に演じて見せるのが、兄に言われていた昔の女優の物まね。ここでパチーノが一生懸命つまんない物まねを演じるあたりは、おかしくも哀しい名演。ラスト、サングラスをかけて一人で車を走らすパチーノのショットでは思わずグッときますよ。またまたデイブ・グルーシンがデリケートに奏でるテーマ曲といい、見事な大人の映画として、ぜひみなさんに改めて見ていただきたい。絶対この作品は過小評価されすぎてるって!

 

 

 

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