古代史劇とブラピとペーターゼン
ミスマッチ超大作「トロイ」の周辺

"TROY", the Mismatched Spectacle


 

「作家」か「職業監督」か、ペーターゼン二つの顔

 

一体何がやりたいのかペーターゼン

 ウォルフガング・ペーターゼン…と来ればいまだに「U・ボート」(1981)の…という冠が付いてしまうのは、おそらく誰に聞いても同じ事だろう。外国からハリウッド入りしてこれだけ成功している映画監督も少ないはずなのに、今でも20年以上前の作品が引き合いに出されるのはお気の毒としか言いようがない。だが、正直言ってそれ以降の作品は…と言うと、まったく「この人ならでは」の個性というものを感じさせないものばかりだから無理もないのだ。例えばオランダ出身のポール・バーホーベンが、どこまでいっても強烈なアクを失わずにいるのとは対照的だ。

 だからそんなペーターゼンが「トロイ」の監督だと言われても不思議はあるまい。だけど依りによってこんなハリウッドの権化みたいなスペクタクル史劇というジャンルの作品を、非ハリウッド出身の監督が任されること、本人もそれを引き受けること…に違和感がないかと言えば、そりゃ大いにある。第一、いまだに僕らにとってはあの「U・ボート」の監督なんだからねぇ。

 それにペーターゼンとブラピって顔合わせも何とも奇妙だよね。その奇妙さは、ブラピが何本かの作品を組んだ監督の名を思い浮かべてみれば分かる。デビッド・フィンチャーとブラピ、ソダーバーグとブラピならピンと来るよね。だけどペーターゼンとブラピって…(笑)。

 これが単に、ペーターゼンが何でもこなす商業監督だからって事かというとそうでもない。だってトニー・スコットとブラピ…って組み合わせを持ち出したって、別に変じゃないもんね。

 実際、ペーターゼンってアレコレいろんな作品はつくってて職人っぽい雰囲気はするはずなんだけど、その割には「作家」的匂いもしちゃうという奇妙な人なんだよね。そこからしてヘンだ。まぁ、その最大の理由は、まず「U・ボート」ありき…だったというところから来ているんだろうけど。で、その印象があまりにも強烈だったために、いまでも何となく「商業監督」と呼ぶのはためらわれるのがペーターゼンという監督なのだ。

 だって「U・ボート」はスゴかったからねぇ。この映画の監督が、まさかこんなにハリウッドで重宝に使われちゃうとは思わなかった。歯がきしむようなサスペンス、心臓も胃も痛くなるような危機の連続、最後の何とも言えない徒労感…映画を見終えた時に胸に迫る戦争の空しさ…。「反戦」なんぞと歯の浮く言葉を使いたいとは思わないが、何とも厭戦気分漂うこの映画に、誰しも未知の西ドイツ(当時)から来た映画監督ペーターゼンの「作家性」を信じて疑わなかったと思う。彼がアカデミー賞の監督賞にノミネートされたのも、そんな「作家性」が買われたからだ。

 だからそんなペーターゼンがすっかり「商業監督」化しちゃったのも、ハリウッド入りしてからの環境の変化によるものだ…と思われる向きは少なくないはず。

 だけど、本当にそうなのだろうか?

 実は「U・ボート」公開当時、僕はある映画雑誌の記事に目をとめていた。それには、この映画に対して現地の西ドイツには批判的に見る人もいる…というような内容が書いてあったように思う。その理由が当時の僕には実に奇妙に思えるものだったから、ひどく驚いた記憶があるんだよね。当時の西ドイツで「U・ボート」映画化に批判的だった人は、あの映画が戦争のシビアな現実を「娯楽作品化した」と責めていたようなのだ。

 あの厭戦気分が濃厚な作品が、「娯楽作品化した」映画だって?

 僕は、こいつら何をピントはずれな事を言ってるんだ…と一笑に付した記憶があるけれど、今になってみるとこの言葉は含蓄があったように思われる。

 そう。ペーターゼンは「U・ボート」の時には「作家性」があった、それがハリウッドへ行ってすり減って娯楽の「商業監督」になり果てた…。誰しもこう考えがちだけど、それってホントに本当の事なのだろうか?

 なぜなら僕らは肝心の事を知らない。ペーターゼンの西ドイツ時代を見ていないのだ。

 ペーターゼンの日本におけるフィルモグラフィーは、「U・ボート」以降の作品に限られる。「昼と夜のような黒と白」(1978)なる作品がどこかでホール上映された事があるらしいが、大半の映画ファンの目には触れなかった。だから、これがどんな作品か僕は知らない。

 では、当時の彼を判断する材料はまったくないかと言えば、実はただ一つだけある。劇場では未公開だが、テレビ放映された作品があるのだ(のちにビデオ発売もされた)。その東京12チャンネル(現・テレビ東京)で放映された作品を、僕もたまたま見ていた。その名を課外スクール(1977・ビデオ題名「危険な年頃」)という。

 このタイトルをご覧になったら、大体誰でも作品の内容を察するに違いない。その通り。お察しの通りエロチックな学園もので、当時売り出し中だったナスターシャ・キンスキーのヌードが売りの作品。そこに殺人事件が絡む…という、まったくもって通俗を絵に描いたような作品だ。

 ペーターゼンの何でもアリの「商業監督」気質は、実はこの時からすでに始まっていた。

 僕らはあの一見「作家的」作品「U・ボート」だけしか見てなかったから、その後のペーターゼンの姿勢をハリウッドの悪しき影響と感じた。だけど元々はナスターシャ・キンスキーのエロ学園ものを撮っていた人なんだよね。それがすべてではないが、そういう仕事もやっていた人だ。逆に言うと、そんなエロ学園もの撮っていた監督がシリアスな「U・ボート」も撮っちゃったという事になるから、本国では批判も浴びる事になる。ドイツの映画ファンはペーターゼンがどんな監督か知っていたからね。そりゃ確かに無節操って感じにもなるわな。たぶん見ることの出来ない他のドイツ時代の作品も、推して知るべしってところだろう。

 

ペーターゼンのハリウッド出世時代

 こうなると、その後のペーターゼンの軌跡もいちいちうなづける。「U・ボート」で世界的ヒットも飛ばしオスカー・ノミネーションも受けたのを見計らっての新作は、急上昇した彼の国際的知名度に見合った作品だった。それは有名なミヒャエル・エンデ原作の傑作ファンタジー「ネバーエンディング・ストーリー」の映画化(1984)だ。

 西ドイツ・ババリアのスタジオで製作したこの映画、国際的に売れるチャンスが出てきた今やっちまおう…という「いかにも」の雰囲気が濃厚の作品だが、それにしたって「U・ボート」監督の次回作としちゃああまりに様変わりだった。しかもリマールのテーマソングを売りまくったりして、あくまで西ドイツ製作ながらアメリカをはじめとする世界市場を大いに意識した「国際映画」でもあった。

 かくして「ネバーエンディング・ストーリー」も大成功。ペーターゼンの株はいやが上にも上がる。さらには「U・ボート」とはまったく異なる作品を興行的に成功させた事から、どんな映画もソツなく撮れる監督として信用も出来た。これが本人にとって良かったのか悪かったのかは分からないが…。

 次にペーターゼンに到来したチャンスは、彼が自力でつかんだものではない。アメリカ・ハリウッドのメジャー映画会社から突然舞い込んできた仕事だ。20世紀フォックスがデニス・クエイドとルイス・ゴセット・ジュニア主演で進めていたSF大作「第5惑星」(1985)のピンチヒッター監督に白羽の矢が立ったのである。

 もう当時の事はよく覚えてないが、この「第5惑星」は他の監督で撮影が進められていた。ところがこの監督が下りたのかクビになったのか、とにかく監督がいなくなって中断してしまった。そこで急遽ペーターゼンに声がかかったのだ。

 この機会をペーターゼンも十二分に利用した。まずは彼は自分が不利になる「他流試合」を避けた。撮影本拠を西ドイツのババリアのスタジオに移してしまったのだ。こうしてほぼ全編を撮り直し、完全にペーターゼン作品として塗り替えた。

 作品として「第5惑星」は高く評価される事もなかったし、興行的にはおそらく惨敗だったはず。だが監督不在に立ったピンチヒッターとしての役目を充分勤めた上、ハリウッド映画として一応の水準に作品をまとめられる事を証明できた。この作品がこれから後のペーターゼンのハリウッド通行手形になった事は、いまや言うまでもない。ダメで元々の機会をうまくモノにしたこの男、どこまでも強運な男なのだ。

 それでもペーターゼンがアメリカに上陸して撮るまでには、ある程度の時間を要した。その作品「プラスティック・ナイトメア/仮面の情事」(1991)は、ヒッチコック・スタイルのサスペンス映画。トム・ベレンジャーらが主演したが、どこか地味な印象しかない。それでもアメリカでのワン・ステップと思えば、それなりの意義はあったのだろう。この国でもちゃんと娯楽作品を撮れることを引き続いて証明した事になる訳だ。

 で、案の定これが功を奏したのか、ペーターゼン作品のグレードは次作でグッと上がる。それがクリント・イーストウッド主演「ザ・シークレット・サービス」(1993)だ。で、ここらあたりから作品発表のペースも上がってくる。

 さらに疫病サスペンス「アウトブレイク」(1995)、戦う大統領モノ「エアフォース・ワン」(1997)…と大型娯楽作品への登板が相次ぐ。こう考えてみると、やっぱりペーターゼンは現代アメリカの娯楽映画のつくり手として高く評価されて来たに違いないわけで、超大作「トロイ」を引き受けるに充分なエンターテイナーだと言えるのかもしれないね。それまでも、作品的にまるで節操がなかったし。

 しかもハリウッドでのキャリアが軌道に乗ったイーストウッド主演の「ザ・シークレット・サービス」以降は、「アウトブレイク」でダスティン・ホフマン、「エアフォース・ワン」でハリソン・フォード、さらに続く「パーフェクト・ストーム」(2000)でジョージ・クルーニー…と、現代アメリカのトップスターをなで斬り状態。ならば「トロイ」でブラッド・ピット…と来ても何ら不思議はあるまい。少なくともペーターゼン側としては、何の依存もない訳だ。

 それにしても、何たる作品の節操のなさ(笑)。一体この人って、作品を選ぶ時の基準ってあるんだろうか? そう言いたくもなる「いいかげん」さとでも言おうか。「エアフォース・ワン」では当時大評判だった「ダイ・ハード」的趣向を、事もあろうにアメリカ大統領を主人公に展開するという臆面のなさ。それもこれも、同じドイツ出身監督ローランド・エメリッヒが同時期に放った「インデペンデンス・デイ」(1996)の影響がミエミエだ。ペーターゼンってプライドはないんかい(笑)? それはともかくとして、この「エアフォース・ワン」のアッケラカンな「ビバ!アメリカ」ぶりを見ちゃうと、「U・ボート」は忘却の彼方って気がしちゃうよね。とてもじゃないが、誰だってペーターゼンを厭戦気分の映画を撮る「作家」気質の監督とは思うまい。「U・ボート」こそペーターゼンだと考えるならば、この「エアフォース・ワン」はまさにその極北に立った映画だと思える。

 

今頃見えだした「U・ボート」の残り火

 だがそんな「エアフォース・ワン」には、意外にも「U・ボート」・ファンを喜ばせるアトラクションが用意されていた。

 それは「U・ボート」主演俳優、ユルゲン・プロホノフの存在だ。

 「U・ボート」でペーターゼンと共に一躍世界の注目を浴びたプロホノフ。当然のごとく彼もハリウッドに招かれ、「砂の惑星」(1984)、「ビバリーヒルズ・コップ2」(1987)などなどで個性的な俳優として重宝される事になった。だが、なぜか共にハリウッドに渡ったペーターゼンとはそれっきりだった。ところが「エアフォース・ワン」で、二人は「U・ボート」以来久々に再会しているのだ。

 ハリソン・フォード大統領の専用機をハイジャックしたゲイリー・オールドマン、彼が求めているのがロシアに拘束されたテロリストの親玉プロホノフの釈放だ。この作品では、ほんのわずかではあるがこの悪の権化のような役で、かつての盟友同士が合いまみえることになる。これってホントにチョイ役のいかにもゲスト出演なので、おそらくはプロホノフの友情出演なのだろう。「U・ボート」を覚えていた僕なんかはじ〜んときちゃったけどね。この時点ではかなり疑わしい気分にさえなっていたけれど、やっぱりペーターゼンは「U・ボート」を撮ったんだよなって感慨に耽ったわけ。

 …というわけで、せいぜいこのプロホノフ起用程度しか「U・ボート」当時の名残も見せなくなってしまったペーターゼン。それがある時、いきなり彼の「かつての顔」がひょっこり出して来たから驚いたんだよね。

 それはジョージ・クルーニーを起用した大作パーフェクト・ストームを見た時のことだ。

 もうすっかりハリウッドの商業監督になりきって、スターを使った大作をソツなくつくる人になっちゃったんだな…と、新作にペーターゼンの名前を聞いても全然期待もしなくなっていた。それでもこの年の夏の話題作として大宣伝されていたし、予告編に出てきた大波が押し寄せるCG場面はすごそうだし…で、劇場まで重い腰を運んでいった。

 ところが見終わった時には、何とも不思議な気分になっていたよ。死んだと思った奴の顔を見たみたいな気分だ。あの「U・ボート」を撮ったペーターゼンが帰ってきたって感じだったんだよね。

 まぁ、「パーフェクト・ストーム」はペーターゼンが取り組む「U・ボート」以来の「海モノ」映画だ。だから共通性を感じたのかもしれない。出てくるのも大半が男ばかりで、終盤には男どもの顔がヒゲだらけになっていくのも同じ。

 だがそれよりも、この映画にはもっと「U・ボート」と共通するものがある。

 それは文字どおり死にそうな恐怖が持続する緊張感と、破滅へまっしぐらに突き進むみたいな絶望的戦いと、最後思わず呆然と立ちすくんでしまうような圧倒的“徒労”感だ。

 実は、ハリウッド・メイドのペーターゼン作品には、この何かがなかった。主人公は安定した大スターで、何をやっても死にそうにない。だから絶体絶命の危機になっても怖くないし、第一それは疑う事のない勝利に向かっての戦いだ。ハッピーエンディングは当たり前。

 ハリウッドの勝利の方程式では、それは当たり前だろう。そして「U・ボート」で見せたペーターゼンの演出力を持ってすれば、ソコソコ面白く見せることも出来るだろう。だがその結果、それらは凡百のハリウッド娯楽映画と同じになった。ペーターゼン「らしさ」がどこにもない。…いや、何がペーターゼンらしさかということは、ドイツ時代の作品をあまり見ていない以上は詳しく語れない。だが少なくとも、こんな調子ではペーターゼンじゃなくても撮れる映画にはなってしまうだろう。彼でなければならない必然性が、そこには全く感じられない。

 だが「パーフェクト・ストーム」には、久々にそれがあった。

 そして「U・ボート」「パーフェクト・ストーム」と並べて初めて、僕もペーターゼンがペーターゼンとして最大限持ち味発揮出来るシチュエーションを見つける事が出来た。それが先に挙げた、「文字どおり死にそうな恐怖が持続する緊張感と、破滅へまっしぐらに突き進むみたいな絶望的戦いと、最後思わず呆然と立ちすくんでしまうような圧倒的“徒労”感」…だ。

 特に注目すべきは、その終末を彩るアンハッピー・エンディング。ヒーローであるはずのクルーニーも相棒のマーク・ウォールバーグも最期を迎える。何ともハリウッドらしからぬ暗〜い幕切れなのだが、興味深いのは最期に臨むにあたっての主人公たちの立ち振る舞いだ。「僕たち頑張ったよね」…などと言いながら、みな一様に静かに最期を迎えていく。悲劇的…と単純にも言えないような透明な静けさとでも言おうか。これは明らかに凡百のハリウッド監督のそれではない。やはりどこかに「U・ボート」の残り火のようなものが漂っているのだ。

 「パーフェクト・ストーム」については世間的には評価は決して高くはない。確かに事故の経過の描き方等々に多少のもたつきは感じられる。僕も、これを「傑作だ」とまでは持ち上げない。

 ただ、この映画の持つ破滅に向かって一直線…的なムードは、確かにハリウッド映画には珍しいモノだ。そして、そこには明らかにペーターゼンの「U・ボート」への回帰が感じられる。まるで「エアフォース・ワン」でのユルゲン・プロホノフのゲスト起用の際に、彼から一発カツを入れられたみたいに(笑)。映画として成功したかどうかはともかく、ペーターゼン的には「アリ」だ。

 そして、僕はペーターゼンの次作…が初めて気になった。

 確かに今まではハリウッドでの成功と信用を得るために、いささかやむを得なかった部分もあるだろう。だが何らかの手応えを感じた今は、ペーターゼンも本来やりたかった事をやろうとしているのではないか?

 そんな期待できる次…原点復帰を成し遂げたペーターゼンの次作が…「トロイ」だと聞いた時の僕の落胆をご想像出来るだろうか?

 大スター=ブラピを使って、かつてのハリウッドを復活させたようなスペクタクル古代史劇…。これのどこに「U・ボート」が入る余地がある? 一体どうなっちゃったんだよペーターゼン?

 僕は、ますますペーターゼンが何をやりたいのか分からなくなったのは、言うまでもないんだよね。

 

 

 次ページへつづく

 To Be Continued...

 


 

 

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