古代史劇とブラピとペーターゼン
ミスマッチ超大作「トロイ」の周辺

"TROY", the Mismatched Spectacle


 

トムにもジョニーにもなれないブラピという男

 

ブラピに「トロイ」は似合うのか?

 まずはいきなり本題に入ろう。今回の「トロイ」の話をするには、ブラッド・ピットの事を語らないわけにいくまい。日本ではブラピとの愛称で呼ばれる、トム・クルーズと並んで女の子にキャーキャー言われるような外国映画のスターだ。

 だが、今回の「トロイ」みたいな作品にはこの人どうなんだろう?…と、疑問を持たれる方も少なくないはず。それはたぶん3つの点から疑問視されると思う。以下、それらについて検証しつつ、ブラピの過去を反芻してみたいと思う。

 

(1)古代史劇が似合わない

 「トロイ」は紀元前1200年頃のギリシャを舞台にした古代史劇だ。下敷きになったホメロスの「イーリアス」がどの程度史実に基づいているかは分からないが、この「トロイ」は神々の出てこないリアルな歴史劇のカタチをとっている。だが、みなさんはブラピって古代ギリシャやローマに似合うと思うだろうか?

 否。

 おそらく映画ファンに聞いたら、十人のうち十人が似合わないと言うと思うよ。どう考えたってブラピって、サングラスをかけたりジーンズをはいたりってイメージだもんね。ギリシャやローマの甲冑が似合うとは思わない。

 これは後に詳しく語るけれど、いわゆるハリウッド製スペクタクル史劇が現在ほとんど絶滅状態になった経緯には、それに相応しい役者がいない…という事もあったんだと思うよ。例えば史劇と言えばこの人…と言われるチャールトン・ヘストンだけど、確かに彼の風貌は古代が似合うよね。逆に…例えばスティーブ・マックイーンとかポール・ニューマンに史劇は似合うだろうか? いや、やっぱりダメだろう。このジャンルの作品は、主役を演じる人を選ぶのだ。往年のスペクタクル史劇を現代に蘇らせたあの「グラディエーター」(2000)だって、果たしてラッセル・クロウがいなかったら制作できただろうか? 彼のような、どこか地に足が着いた素朴な風貌が史劇には必要なのだ。

 転じてブラピはどうか?

 彼の出演作を改めて見ると、歴史劇的な作品が極めて少ない事に気づかれるだろう。強いてそれらの中に入れるとすれば、「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」「レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い」(ともに1994)と「セブン・イヤーズ・イン・チベット」(1997)ぐらい。しかも、それらの作品でも彼の存在は極めて現代的だった。およそ古風とは相容れない個性の持ち主が、このブラピという男なのだ。

 

(2)娯楽大作が似合わない

 ブラピがキャーキャー言われるスターでありながら妙にクセのある出演作選びをする事を、映画ファンならよくご存じのことと思う。単純にマイナー選び…というのとも違うのだが、いわゆる作家映画を好む。このあたりは「リバー・ランズ・スルー・イット」(1992)で彼を見出したいわば「師匠」であるロバート・レッドフォードが、自ら主宰する「サンダンス映画祭」などでインディペンデント系の映画をバックアップしているあたりの影響があると見ているんだけどね。これも後述するけど、ブラピって意外に素直なのか純朴なのか、割と人の言うことを鵜呑みにしたり、影響をモロに受けたりしやすい人みたいなんだよね(笑)。

 だから異色の犯罪モノ「カリフォルニア」(1993)、テリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」以来のSF「12モンキーズ」(1995)、「ロック、ストック・アンド・トゥー・スモーキング・バレルズ」のガイ・リッチー作品「スナッチ」(2000)などに積極的に出演する。考えてみれば、「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」はニール・ジョーダン、「セブン・イヤーズ・イン・チベット」はジャン=ジャック・アノーというヨーロッパの映画作家に惹かれて出た可能性も大だ。「マルコヴィッチの穴」(1999)とか「フル・フロンタル」(2003)などの異色作にゲスト出演するあたりも、いかにもそんな「作家映画贔屓」みたいな雰囲気が漂う。そもそもが彼の代表作たる「セブン」(1995)、「ファイト・クラブ」(1999)の二本のデビッド・フィンチャー作品からして、決してアメリカ映画の王道ではない。

 しかもブラピは決してハリウッド・エンターテインメント映画と無縁ではないものの、レッドフォードとの師弟共演「スパイ・ゲーム」(2001)とか、ソダーバーグ=クルーニー一派とツルんだ「オーシャンズ11」(2001)とかを見ると、どうもツルむ相手に惹かれて出た形跡が濃厚だ。逆に監督や共演者へのシンパシーが稀薄な娯楽作となると、「デビル」(1997)とか「ザ・メキシカン」(2001)とか、たちまち無惨な凡作の山。ただのエンターテインメント映画となると、ブラピってイマイチ弱いみたいだね。

 まして一枚看板でヒーロー役、おまけにSFXもふんだんな娯楽大作なんて、とてもじゃないがブラピの役どころじゃない。どう考えても違和感がアリアリな感じなんだよね。

 

(3)逞しいヒーローが似合わない

 これは「グラディエーター」とラッセル・クロウについて言及した部分とも重なるが、「トロイ」はハリウッド流のスペクタクル史劇映画である事は間違いないので、どう考えても逞しく男性的なヒーローを演じる事になるはずだ。チャールトン・ヘストン、リチャード・バートン、ヴィクター・マチュア、カーク・ダグラス…そしてもちろんラッセル・クロウが演じてきたような人物像だ。

 それをブラピが演じるって?

 やっぱり違和感が大きいよね。確かに「戦う男」は「ファイト・クラブ」でも演じてはいた。だけど、あれはあくまで病んだ「戦う男」だ。危ない人ってのが先に立つ役だ。こんなストレートな男性的ヒーローじゃなかった。どうもそのへんが、「大丈夫かよ?」って気になるんだよね。

 

 …というわけで、ファンの方には申し訳ないが、僕はかなりブラピの「トロイ」出演に疑問を感じていた。何より不思議だったのは、あれだけわざわざ異色な作家映画を好んで出演していたようなブラピが、何でまた事もあろうにこんなハリウッドの権化みたいな映画に出たかって事だ。もちろんギャラが良かったという事はあるだろう。だが、それなら今までもギャラのいい話はあったに違いない。何もこんなに彼の個性に合わない…何よりも彼の好みに合わないであろう映画に出る事もなかっただろうに。どう考えても、これって「スナッチ」に出るような奴の食指をそそる映画じゃないよね。では、なぜだ?

 そんな時ある映画ファンの知人が、僕をハッとさせる事を言ってくれたんだよね。

 「ブラピはジョニー・デップに影響されたんじゃないか?」

 

ジョニー・デップの呪縛に囚われ続けて

 なるほど、確かにブラピはジョニー・デップの影響を受けたのかもしれない。僕はそれに目からウロコが落ちる思いだったんだけど、まずはその理由を述べなくてはいけないね。

 現代アメリカ映画の中で、僕はトム・クルーズ、ブラピ、ジョニー・デップを若手男優御三家みたいに思ってるところがある。これにはそれぞれ異議ある人もいるだろうが、あながち理由のない事ではない。

 で、徹底的なプロデューサー指向でアメリカ映画の王道を歩むトム・クルーズ、作家映画とヨーロッパ指向のジョニー・デップと比べると、何ともそのスタンスが曖昧なのがブラピだ。

 もちろん路線としては前述したように、どちらかと言うとブラピもデップ同様に作家映画やヨーロッパ指向だ。だがそれは、おそらくブラピに確固たるポリシーがないからじゃないかと思われる。

 おそらくスターダムに上がった直後、ブラピはこのクルーズ、デップというほぼ同期の俳優たちを大いに意識したに違いない。なぜ「意識したか」と言えば、それはブラピという人が常に誰かの動向を気にする人であり、影響を受けやすい人であるからに他ならない。その証拠は…と言えば、これから僕がここで語るブラピのデップ追随の姿勢でも分かる。

 おそらくブラピは真っ先にクルーズのマネをする事は放棄した。まぁ、クルーズほどのセルフ・プロデュースは自分に無理だと悟ったかもしれないし、より知的なアプローチをするデップに惹かれたという事もあるのかもしれない。先に述べたレッドフォードの影響もあるかもしれない。意外にそのくらい単純なモチベーションで動きそうなのが、ブラピという男だと思うよ。

 デップと言えばジム・ジャームッシュの「デッドマン」(1995)などのインディペンデント系からテリー・ギリアムの「ラスベガスをやっつけろ」(1998)などの異色作家系、さらにはエミール・クストリッツァの「アリゾナ・ドリーム」(1992)とかロマン・ポランスキーの「ナインズゲート」(1999)などのヨーロッパ映画にも傾倒している。時には「GO ! GO ! L.A.」(1998)みたいな異色作にゲスト出演し、代表作はこれまたクセモノ監督ティム・バートンと組んだ「シザーハンズ」(1990)、「エド・ウッド」(1994)、「スリーピー・ホロウ」(1999)と来る。このあたりの軌跡を、先にブラピのフィルモグラフィーに触れながら語った「(2)娯楽大作が似合わない」…の項をご参照いただきたい。いかにブラピがデップのスタイルを踏襲しようとしているか、実に鮮明に浮かび上がってくると思うからね。

 ただ、ブラピはどうしてもデップほどの過激なフィルモグラフィーは描けない。しかも時折ちょっとはハリウッド映画にもスケベ根性を見せて、「デビル」とか「ザ・メキシカン」みたいな、ためらいキズめいた無惨なフィルモグラフィーを描いてしまう。まぁ考えてみれば、女房もらうにしてもデップはヴァネッサ・パラディとパリに住むというカッコ良さなのに、ブラピはせいぜいジェニファー・アニストンどまりだからねぇ(笑)。いざとなると腰が退けちゃうのか、この差は大きいよ。

 さて、ではそんなアートでヨーロッパな香りに包まれたジョニー・デップを意識していたブラピが、今回何故に「トロイ」出演を決めたのか?

 デップ的にいきたいのなら、典型的ハリウッド大作「トロイ」はむしろ逆コース。ブラピもこのような大作を常に避けて通っていたではないか。それがどうして?

 前述の知人は、そこで実に興味深い指摘をしてくれたんだよね。つまり、これはむしろモロにジョニー・デップの影響だろう…と。つまりは昨年のデップ出演作「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち」(2003)の影響だ。

 なるほど!…と、僕もその言葉を聞いて膝を叩いたわけだ。確かにそれは言える。

 クセモノ映画作家やヨーロッパ作品などに出て、知的な作品選択が評価されてきたデップ。だが彼はそのスターとしてのステータスに比して、それに見合った興行的成功を収めてはいなかった。彼は元々商業的なエンターテインメント映画にあまり出ないのだから無理もない。ところが、そんなデップが晴天の霹靂で出演したのが「パイレーツ・オブ・カリビアン」だ。ディズニー映画、SFXをふんだんに使った大作、チャンチャンバラバラの海賊に扮したコミカルな娯楽冒険映画、悪名高い典型的ハリウッド・プロデューサーのジェリー・ブラッカイマー作品…およそデップとはかけ離れた作品に突然出たから大騒ぎ。しかもこの映画が大当たりしてしまったからスゴイ。あげくの果てに、今年のアカデミー賞では主演男優賞にまでノミネートされるアリサマ。演技力では定評あるデップなのにこの「パイレーツ」でのノミネーションが初めてとは驚いたが、そもそもこの映画でノミネートって事自体がビックリだ。

 これにはブラピも心底驚いたんじゃないか?

 今までデップのスタイルがクールだと追っかけて来たのに、当のデップがディズニー映画。しかもこれで大成功を収め、オスカー・ノミネーションまで得るというのだから、ブラピにとっていかに衝撃的だったかは想像するに難くない。

 オレもエンターテインメント映画に出なきゃあ…。

 笑ってはいけない。ここまでのブラピの軌跡を考えてみれば、こう思うのが当然だろう。そんな焦り狂うブラピの元に飛び込んだのが、往年のハリウッド・スペクタクルを思わせる「トロイ」の話。典型的なヒーロー役で、共演者も豪華。監督がかつて「U・ボート」を手がけ、ハリウッドでもヒット作数多いペーターゼンというのも心動いたはずだ。

 もちろんこの部分は単なる妄想だ。だけど、そうでも考えなければブラピが「トロイ」出演を決めた意味が分からない。そのくらい、従来の彼ならばミスマッチな企画なのだ。

 

 

 次ページへつづく

 To Be Continued...

 

 

 

 

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