大穴狙い「第17回東京国際映画祭」

  Seeking for the Dark Horses in TIFF 2004

  その2

 (2004/11/01)


10月24日(日)

「恋愛中のパオペイ」

 (Baober in Love)

 

見る前の予想

 さて、今年の映画祭では渋谷に行くのは昨日だけ。今日からは六本木ヒルズで見ることになる。こちらも何となく華やぎには欠けるが、まぁ仕方がない。見る映画はジョウ・シュン主演の「恋愛中のパオペイ」なる映画だ。ハッキリ言って情報も乏しい中、僕の興味はそのジョウ・シュン一点のみ!

 監督リー・シャオホンについても、「血祭の朝」(1990)やら「べにおしろい/紅粉」(1994)、「春の惑い」(2002)などの作品の存在は知っていたけど、それらを見るには至っていない。見たくなかった訳でなくて、たまたまそういう巡り合わせだっただけだ。まずはそれだけの作品が日本に届いているならば、決して妙な作品をつくる人ではあるまい。

 唯一の不安材料は、音楽担当者としてパンフに書かれた小室哲哉だ。まぁ、「スピード2」(1997)でもハリウッド進出と騒がれたけど、ほとんどその他大勢扱いだった小室のこと。これも騒ぐに値いしないであろうとは思うが…(笑)。

 

あらすじ

 小学校の教室で、ある女の子が「自分の出生」なる作文を朗読している。

 この女の子によると、彼女は街のゴミ捨て場の瓦礫の中に捨てられていた…と言う。それは満天に星の輝く晩の事で、月の光を浴びた赤ん坊の彼女は、自分が星の世界から来た…と思った。ところがそんな赤ん坊の彼女を、野良ネコがじっと見つめて…。

 フンギャ〜〜〜〜ッ!

 授業が終わった。我先に帰宅しようと教室を飛び出す子供たち。ところが入口に、頭がネコの「ネコ男」が立っているから例の女の子はビックリ。

 キャアアアアアア〜〜〜〜ッ!

 場面変わって、取り壊されようとしている古い家の中に、あの女の子が頑張っていて出てこない。周りの大人たちが気をもむ中、お構いなしにブルドーザーやクレーン車は家を壊しにかかる。そしてついに、彼女がいる部屋の天井を取りのけてしまった。

 キャアアアアアア〜〜〜〜ッ!

 天井をはずされ、周囲の壁も崩されて広がった女の子の視界に、周囲の取り壊されていく古い町並みが映る。女の子は悲鳴を上げ続けるが、まるでそれに伴うかのように次々と高層ビルが林立。たちまち北京の街並みは超近代的な佇まいへと変化していった。

 そんな女の子も育って、すっかりお年頃の娘となっていく。その名はパオペイ(ジョウ・シュン)。どこか変わった女の子であるところだけは以前のままだ…。

 さて一転して…海辺でビデオカメラに向かってしゃべる短髪の男リュウ(ホァン・チュエ)。好き勝手な事をしゃべっている彼の映像を、誰かが何度も何度も巻き戻しながら再生している。この男、すでに結婚しているが女房には満足していないらしい。

 実際のリュウはどんな男と言えば、近代的な大都市・北京でビジネスマンをしている男。キャリアウーマン然とした女房とうまくやっているように見える。

 だがビデオ映像の中では、彼はそんな女房にウンザリ。実は相性が悪いだの、結婚したら終わりだの、実は時々女房に隠れて好き勝手にしてるだの…とまぁ、言いたい放題。おそらくプライベートに撮影したものだろうが、ズバズバと本音をブチまける。「女房は魚座だ。オレは何と相性がいいか分からんが、少なくとも魚座とはまったく合わないね!」

 そんなリュウの映像を、誰かが何度も巻き戻しながら見ている。

 今日も今日とてリュウは女房と買い物。だがそんな折りにも、ちょっとした隙に女房の目を盗んで、セールスの若い女を誘惑したりする。まぁ、リュウとはそんな男だ。

 だが、そんなリュウをじっと凝視する女がいた。

 それは髪を爆発させたように逆立てた、あのパオペイだった。彼女はずっとリュウの周囲をウロつき、彼の一部始終を見つめていた。例のビデオを何度も繰り返し見ていたのも、このパオペイだったのだ。

 そんなリュウは、うまい事やってあのセールス女と飲みに出かける。ちょっとした息抜きのつもりだったが、これが彼の運命を大きく変える事になるとは…。

 リュウの留守中、高級マンションにある彼の自宅にあのパオペイが押し掛けたのだ。驚く彼の女房を横目に、いきなりビデオデッキにテープを挿入。例のリュウがしゃべる映像が、でっかいテレビ画面に映し出される。もちろんそこではリュウが言いたい放題だ。

 女房は生活感なしのピッカピカな家を買ったが、そもそもそんなモノ居心地悪くて仕方がない。そのスタイリッシュな我が家で、オレだけのために割かれているスペースはほんの一角だけ。ゴミ箱にオレの趣味だった飛行機のオモチャが詰め込まれているのがそれだ。それもあのクソ女のせいで、あとわずかで捨てられる運命だ…。

 突然の爆発ヘアーのパオペイ乱入に驚き慌てた女房だが、今度はビデオ映像での亭主の言い草に二度ビックリ。そっちとこっちで怒り心頭の女房は、ともかくパオペイを家から追い出した。そしてあのセールス女とデート中のリュウの携帯に、女房の怒りの電話が炸裂。「アレは一体どういうことなのっ?」

 慌てて急な仕事…とデートを切り上げたものの、女房の怒鳴り声は携帯からモロに女に聞こえていてカッコ悪い限り。ともかく慌てて自宅に戻ってみれば、女房はキレまくっていて叩き出される始末。マンションからスゴスゴと出てきたリュウ目がけて、窓から彼の私物が降ってくる。事態はここまで悪くなくとも、オンナってのは本当に男のモノを大事にしないから始末に負えないぜ。逆の事やられたら真っ先にキレるくせに、こっちのモノはまるでゴミ扱い(笑)。

 そんな途方に暮れたリュウを、あの爆発ヘアーのパオペイが笑って見つめていた。だが、リュウはパオペイの事なんか知る由もない。それなのに、「うちにおいで」なんて言われるからビックリ。そもそも自分の不幸を笑われるのも心外だ。リュウは憮然としてその場を立ち去るのみ。

 まずは、公私ともに世話になったりなられたりのマブダチの家へ。ところがマブダチは家に女を連れ込んでいるらしい。仕方なく彼の家を後にするリュウであった。

 ところがそんなリュウを、あのパオペイがまだ追いかけていた。駅で待ちかまえていたパオペイは、何だかんだと追いすがってくる。何が何だか分からず、ただただ彼女を遠ざけて去っていくリュウ。結局、彼は実家へと転がり込むしかなかったが、今度は母親にグチを垂れられてウンザリ。無気力な父親と別れたい…と切り出されたリュウは、言うことも聞かずただただ文句を言うのみ。

 その頃パオペイは、ある老人の家へとやって来た。どうもパオペイは老人と親しいようで、ここにやって来るやグッとリラックス。あの爆発ヘアーは何とカツラで、それを頭からハズしてスッキリな様子だ。

 半ばボケかかった老人はパオペイの訪問を歓迎するが、もはや何を言ってるのか分からない。そんな老人にも愛した女がいるようで、その彼女のうら若い乙女の頃からの写真が飾ってある。だが老人は、彼女は別の男と結婚したと言う。そしてパオペイの見ている前で、突然息絶えた。

 その後、パオペイはあるパンク頭の若い男と落ち合う。どうもこのパンク頭は顔見知りらしいが、顔を合わせてもワンワンと泣いて何も言えない。それに狼狽えたパンク頭は、どうも何かを早合点で決めつけているようだ。「あいつのせいか? あいつが泣かせたのか?」

 その頃、リュウはリュウでシンドいをしていたのは言うまでもない。もう一度改めてマブダチの家に行けば、何と自分の女房がマブダチ宅で一夜を過ごしていたではないか! これにはテメエの事を棚に上げて怒り心頭のリュウは、今さらどこへ行くアテもなくなってしまった。

 一方パオペイは、あの亡くなった老人の収容された病院へと押し掛ける。身よりなどないはず…と当惑する医者たちだが、パオペイはお構いなしで「娘」と名乗って病室に居座る。

 何だか分からぬままとんでもないハメになったリュウは、バーで飲んだくれるしかない。ところがそこにパンク頭がやって来て、いきなりリュウをボコボコにするではないか。さらにパンク頭は、リュウをどこかへ引っ張って行く。こうなりゃ言うがままになるしかない。

 そうして連れて行かれたのは、例の老人を収容した病院だ。病室の扉を開けると、いきなりパオペイがリュウに抱きついてくるから驚く。「今頃来るなんて遅いじゃない!」

 だが…そう言われてしまうと、行きがかり上もうどうにでもなれと思ったか、パオペイのカラダをしかと抱きしめるリュウであった。

 ところが帰り道、パオペイはまたまた奇妙な事を言う。「あの“教授”は、お父さんでも何でもないの」

 そんなパオペイと一緒にいると、いろいろ不思議な出来事が起きる。真っ暗な建築現場では、いきなり警報を鳴らして大騒ぎを起こす始末。慌てて駆けつけた警備員たちから逃れて、ビルの建築現場のどんどん登っていく二人。ところが誤って足をすべらせてしまうと…満月の夜空を舞うように落ちていく二人は、まるであつらえたように出来上がったでっかい豪華なベッドの上にふんわりと落下する。

 そこで抱き合う二人だが、ちょっとした一言で退いてしまうリュウ。それでもパオペイは、夜空を見上がれば…あの赤ん坊の時に見た「満天の星」を思いだし、元気を取り戻すのだった。

 そんなこんなでパオペイの仮住まいにシケ込んだリュウは、そこで彼女が自分のビデオを見ていた事を知る。泥棒に奪われて以来なくしていたプライベート・ビデオを、パオペイはたまたま手に入れて見ていたのだ。そして彼に惹かれてつけ回すようになった。それを知ったリュウは、まるでそれが運命だったかのようにいつの間にか不思議に観念していた。

 ともかく、そうと決まれば住まいを探さねば…。

 パンク頭はパオペイとリュウのための新居として、ガランとバカでかい倉庫を提供した。ここはかつて彫刻家の住まいだったところ。パオペイはすっかり気に入ったようだが、リュウは「これは家じゃない」とゴネる。家というものは机とかファックスとかがあるものだろう。

 そんなリュウの言い草にだんだん面白くなくなるパオペイ。ちょっとフテって家についているスイッチを押してみたら、ここは元々倉庫だっただけにいきなり妙な装置が動き出した。そのあおりで蛇口がブッ壊れて水は吹き出るわ、リュウのパソコンは壊れるわ…でてんやわんや。リュウは怒るしパオペイもさらにフテるしかない。リュウはこの一件で、ますます家を「住みやすく」する気持ちになってしまった。

 早速家にリフォーム屋がやって来る、電気・ガス・水道の配管屋がやって来る、家具屋がやって来る、次から次へとあちこちブッ壊しにかかる。それらはパオペイにとって、あの幼い日々の家の取り壊しを連想させた。そんな急激な変化に、パオペイはすっかり怯えきってしまう。

 リフォームが済んだら、今度はリュウが出張だ。残したメモを見たパオペイは、いても立ってもいられず窓から飛び出し、猛スピードで空へと舞い上がった。 

 飛行機に乗って出張先へと向かっていたビジネスマンのリュウは、窓の外を見てビビる。何とパオペイがスーパーマンのように空を飛んでいるではないか。そしてリュウに向かって訴えるように一言。「いつも一緒にいて…」

 それだけ言い残すと、パオペイは失速して遙か後方へと消えて行った。

 さすがに心配になるリュウ。出張先で電話を入れるが、電話には誰も出ない。パオペイは一体どこへ言ったか分からない。慌てて出張先から戻ってみても、家の中はもぬけのカラだ。

 その頃パオペイは車椅子の連中がやっているバスケットボールの練習を見ていた。だが体育館の中に、一人バスケをやらずにゲームボーイをクラ〜くやっているヤツが一人。いつの間にかパオペイは体育館に入り、この車椅子の男の子に話しかけていた。だが彼は何も話したくないようだ。ところがそのうち、パオペイが突然ひっくり返るではないか。慌てた男の子は、パオペイを自宅へと連れ帰る。そしていつものチャット仲間と、彼女の事についてパソコンでやりとりする。もちろんチャット相手は、彼を大いに焚きつけるのであった。「その子は可愛いのか? その気があるんだろ?」

 その頃リュウはあのパンク頭と会っていた。彼はパオペイと幼なじみだが、彼女はどこか具合が悪いらしい。時々気絶したり倒れたりするようだが、医者に行こうと言うと激しく拒絶する。それを聞いて、漠然とした不安に襲われるリュウ。

 一方パオペイは、どんどん車椅子の男の子と親しさを増すばかり。彼は今では彼女のおかげでスッカリ明るく積極的になり、バスケの試合にも参加するほどだ。

 ところがそんな体育館に、彼女を捜し当てたリュウがやって来る。するとパオペイはパッと顔を輝かせ、それまでの事がなかったかのようにリュウに飛びついた。

 一気に表情を曇らせる車椅子の男の子。

 その後、とっておきの義足を用意して彼の家を訪れるパオペイだが、もうそこに彼の姿はなかった。

 ともかく再び二人の暮らしが始まった。いつの間にかリュウは、パオペイと出会って自分が変わったと気づいていた。これからはずっと一緒にいる…そう宣言したリュウ。

 そんな二人が海辺で抱き合っていると、警官たちが彼らを捕まえてしまう。

 リュウは彼女を暴行していた疑いで取り調べられる。引き離されたパオペイは、いきなりなぜか全く常軌を逸してしまった。発作的に激しく暴れて抵抗するだけでなく、リュウが誰かも分かっていないようだ。警察はパオペイの両親に連絡をとって、身柄を連れ戻させてしまう。リュウはそのまま留置場に留め置かれた。

 やがて釈放になったリュウは、パオペイの実家へとやって来る。だがパオペイの両親は、そんなリュウを拒む。「あの子が家出するのはこれが初めてじゃない。今回はちょっと長かっただけだ!」

 そんなパオペイは、奥の薄暗い部屋で身を縮こませていた。まるで怯えきった小動物のようだ。リュウが誰かも分かっているのかいないのか…。

 「私、妊娠したの…」

 そんな言葉も両親はまったく信用していない。彼女を自宅に連れて行こうとするリュウを、両親は「とてもじゃないが面倒みきれないぞ」と必死に止めた。実際にパオペイはふぬけのようになって、どう考えてもマトモな精神状態には見えない。目もどこの方向を見ているのか、皆目分からないような状態だ。だがリュウは言うことを聞かず、パオペイを自宅へと連れ帰って行ったのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後は映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 まずは映画の最初には驚く。現代北京の先端風俗みたいなモノが次から次へと登場。高級マンション、コジャレたレストラン、ビジネスマンの働く大企業、イケてるクラブ、そしてレンタル・ビデオ店などなどなど…これらを舞台に、いささかシュールでシッチャカメッチャカにブッ飛んでいる物語が、ちょいキレ気味のヒロインを中心にポンポンと素早いテンポで進んでいく。

 ビデオ映像を見て惹かれた男を追い回すキテレツ娘に、今風トレンドな暮らしをブチ壊される男。その展開もなかなかスピーディだ。

 ヒロイン出生のエピソードやら子供時代を描く冒頭部分は、まるで「ブリキの太鼓」(1979)の主人公の成長しない少年みたいに金切り声を挙げる女の子を、360回転するカメラが周囲をまわりながらとらえ続ける。その最中も周囲の建物は次々崩壊して、高層ビルがどんどんと建ち並んでいく…という力業のCG映像場面が進行。ドラマの本題に入っても、でっかい月を背景に建築現場から転落する二人…次の場面ではその二人がでっかいベッドに飛び込んでいる…という、何とも非現実的場面が連発する

 確かにテンポはいいし現代中国の風俗描写も洗練されている。イマドキ風の演出も「とってつけた」ようではない。それなりに「思いつき」だけでやったようにも見えない。無理して今風にしているボロも出てはいない。だから見ていていたたまれないような「寒さ」は感じないで済む。だけど…正直言っていささか当惑しちゃった事は事実なんだよね。

 まず…これって何だか若い観客やら商業的要請に「迎合」した結果ではないかと思えた。

 現代風俗が山盛り。今風音楽が鳴りっぱなし。360度回転からダイナミックなステディカムによる手持ち映像。さらにはCG合成やらビデオ映像の奔流。リアルな現代描写からファンタジーへの移行。不自然かつハイテンションな主要キャラの言動。…つまりはイマドキよく見かける「ジャンル越境」映画の一本って感じが濃厚なわけ。それはそれでいいんだけど…それって今の時流に乗りたいって「物欲しげな態度」ではないかと見えたんだよね。

 それから、ヒロインがジョウ・シュンだからいいものの、それだけで何とかもたせてる気もする。何しろ終始ハイテンション。最初から最後まで目一杯で、メーターの針が振りきれる寸前みたいな状態で演じている。元々ふたりの人魚(2000)、ハリウッド・ホンコン(2001)でも、つかみ所のない不思議ちゃん少女を演じて注目された彼女だ。だから実にハマっていてファンとしては言うことなしだし、それでいい…とも言える。だが、そんな彼女でもマキシマムまで振り切れないと演じきれないような役って…ほとんど彼女に依存しているような映画ではないかって気もしたんだよね。彼女を起用した時点ですでに「演出」と言えるのかもしれないが、果たしてそれだけでいいのだろうか。ジョウ・シュンがいなかったら、これって成立しなかった映画じゃないか?

 そして…前半のノリノリぶっ飛びでいく快調な展開が、ヒロインのオーバーヒートと同時に一転してしまう。どよ〜んと思いっ切り暗く陰湿に落ち込んでいく。後半の陰々滅々な内容で前半のイケイケが相殺され、作品としては破綻してしまってるように思えたんだよね。

 だがこの後半部分…見ていて気が滅入って来る後半部分を見て、僕はようやくリー・シャオホンの真意を見いだせた気もするのだ。

 映画が終わった後で監督によるティーチ・インが行われたが、そこでの監督のコメントを聞くまでもなく、この映画にめまぐるしく変化していく現代中国への戸惑いが描かれているのは明白だ。

 住み慣れた懐かしい我が家がぶっ潰された時、ヒロインはたまらず悲鳴を上げる。だがそんな悲鳴をよそに、北京の街はどんどん新しくなっていく。ヒロインが男と新生活を送ろうとした時も、男が住まいをどんどん今風にしようとすると、ヒロインは以前と同じく悲鳴を上げる…。

 ヒロインは少女時代に、親から偽りの「出生の秘密」を告げられる。それは、彼女が元々は廃墟のゴミ捨て場から拾われてきた…というものだった。そんなウソ話によって、彼女は自らを「破壊され打ち捨てられていく過去」の象徴と見なすようになったのか。

 ヒロインが男に目をつけたのも、彼がビデオ映像の中でイマドキの生活にウンザリしている…と言っていたからではないか。女房の仕切る生活感のない暮らしに飽き飽き、飛行機のオモチャを大切にしていた生活に戻りたいという言葉に、自分と相通じるものを感じたのではあるまいか。だが、そんな男が自由になってやりたいようにやると、結局女房と同じ無味乾燥な生活をつくろうとする皮肉。結局、夢破れてしまったヒロインは、自滅への道を辿る…。

 こうした「過ぎた近代化」やら「現代社会の刹那的な風潮」やらを批判したい…そんな意図は比較的容易に作中にも見いだせる。その場合、作り手は誰に向かってどのような手段を使うのか。僕がこの映画を安易な「迎合」とは思わなくなったのは、その事に思い当たったからだ。

 例えば、普通こういうテーマを扱う時には、失われつつある文化やら人情やらってのをうたい上げて、センチメンタルに描くってのが一つの定石ではあろう。あえてオールドファッションな流儀で映画をつくったりするかもしれない。昔の風景、懐かしい風物、豊かな自然…などなどなど。こういう路線を狙っていけば、大概がホメられるしコケる事もない。絶対安全な路線だと言える。

 しかし、そういうスタイルで過度な現代化を批判するテーマを描いて、果たして誰にそれが届くのだろうか?

 僕は前から思っているのだが、メッセージを届かせるって事に対して、発信する側はあまりに鈍感ではないかと思う事が多すぎる。ハッキリ言って、それらのメッセージを本気で人々に届かせようと思っているのか…と疑ってしまう作品ばかりだ。

 例えば…仮に誰にでも分かりやすい例として、仮に映画で「反戦」メッセージとやらを唱えたいとしよう。

 こういう手垢の付きまくったシラジラしい概念の方が分かっていただけると思うけど、もしあなたが「反戦」メッセージを発信するとすれば、それは一体誰に届くべきなのだろうか? もし本当に心から「反戦」を念じているならば、それは好戦的な人々なり戦争遂行者なりに届いて、彼らの気持ちが変わるように働かねばならないはずだ。もしくはどっちつかずの「浮動票」を、持っていきたいメッセージ側へ誘導すべく働くべきだ。それで初めて、「反戦」メッセージは「戦争の抑止力」としてのパワーを持つ事になる。そうなって初めて、メッセージは目的を果たしたと言えるはずだ。

 それならば…そこで発せられるメッセージとは、「好戦的」な人々でも受け入れやすいスタイルをとっているべきではないだろうか? 一見、彼らの側に立っているかのようなポジションで語るべきではないか?

 ところが大抵の場合、こうしたメッセージというものは元々「反戦」と唱えている側だけしか届かないし、それで作り手も良しとしている事が多い。そしてヘタくそな「笑点」の大喜利みたいに内輪でお互いをヨイショ。メッセージは世の中にまったく働きかけていかない。結局、作り手と受け手が「自分たちって反戦を唱える善人」と自らをアピールするネタにしかならない。だからこういう作品は大概が「良心作」のコロモを着て、しかも何となくつまらなそうなのだ。そして現状は何も変わらず、作品はクソの役にも立たない。

 これって、自己満足でしかないのではないか?

 僕は今回の「恋愛中のパオペイ」でのリー・シャオホンの態度は、これに真っ向から挑戦しようとした結果だと思うんだよね。

 過度なスピードの現代化を引き起こし、それを享受していながら、それですり減っている人々…それはおそらく、現代の中国の都会の若い人々だろう。今回のテーマを本当にぶつけるべきは、まさにこうした人々でなければならないはずだ。ならばそこに、懐かしさだの人情だの古き良きモノだの…なんてヌルいモノをぶつけても意味がないではないか。こういう都会の若い人々に訴える、今風のエッジの尖ったものにしなければダメじゃないか?

 僕はこの映画に、そんなリー・シャオホン監督の「捨て身」を感じるのだ。

 実際の映画は見ていないものの、それまでのリー・シャオホン監督のフィルモグラフィーを見る限りでは、彼女の作品はどうも正攻法の文芸作品的な体裁のものが多い。当然、今回のような題材だってそう撮る事は可能だったはずだ。だが今回、リー・シャオホンはあえてこのような豹変ぶりを見せた。これには、きっと何か訳があるに違いない。

 僕はこれって「虎穴に入らずんば虎児を得ず」ではないが、現代中国のスピードアップして非人間的で生活感のない文明を告発するにあたって、彼女があえて「あっち」の側へ飛び込んだ映画だと思うんだよね。まさしく「最前線」に乗り込んだというか…勇猛果敢に「敵地」に斬り込んだとでも言うべきか。

 僕はこれも見ていないから、あくまで見る前の印象でしかないが…あたかも「山の郵便配達」(1999)みたいな世界で勝負しなかったというのは立派だったと思うんだよね。ああいった映画はみんながホメる「安全パイ」だろうけど、そういう手を選択しなかったという点で勇気があると思う。今回の映画みたいなテーマで「山の郵便配達」みたいな作品を作ったり見たりして、「素朴っていいなぁ」なんて言いながらクルマに乗ったりレストランで食事したりするってのは、ハッキリ言って不毛だろう(断っておくけど、僕は「山の郵便配達」が「不毛」な作品だと言っているのではない。僕は見ていないからそんな事は言えない。あの映画みたいな世界で今回の「恋愛中のパオペイ」みたいなメッセージを届かせようとするならば…という、あくまで「仮定」の話だ)。それを避けたと言う点に、リー・シャオホンの「めざすターゲットにダイレクトにメッセージを届かせたかった」という本気を感じたんだよね。

 ただし…それが成功しているかというと、いささか難しい点もある

 まずはこの映画、一体どのようなスタイルをとるべきか…という点で、作り手の側に何らかの混乱があったのではないだろうか? 作り手の側が、そこらあたりを見極め切れてない印象を感じるのだ。

 例えばこの映画に関して、僕は大ざっぱに三つの要素があると考えているんだよね。

 一つは現代中国をアクチュアルに活写したビビッドな作品。またはハジけてスッ飛んだファンタジー。さらにはシンボリックな抽象劇。

 ところがこれのどれに相当するのか…と考えてみても、いずれも帯に短しタスキに長し。もちろん先に述べたように近年ありがちな「ジャンル越境」映画(これについては後に詳しく述べる)の典型だとは考えられるが、それにしてもこの「どっちつかず」のキレの悪いウンコみたいな状態はいただけないと思えるのだ。

 まぁ、漠然とグチグチ言っていてもそれこそ不毛だから具体的に言っていくと、現代中国をアクチュアルに…という部分はある程度その目的を達成しているとは思う。結構僕は「これが現代の北京なのか」と驚いた面もあるんだよね。

 だがそこに、明らかにリアルでないファンタジー描写を取り入れているから、せっかく捕らえたはずの「現実感覚」がいささか減退されてしまう点は否めない。ファンタジー要素を取り入れる際にちゃんと作り手と受け手の間で納得出来る法則性やら約束を決めておけば違ったのだろうが、なし崩し的に取り入れられちゃってるので、見ている側は受け取り方に困ってしまうのだ。

 このアクチュアル性とファンタジー性という二つの要素が食い合って相殺しちゃっている一方で、抽象劇なのかと思わせるメタファー要素もチラチラしているのだが、これも「何たる思いつき」かどうかハッキリしない不明瞭ぶり。結局、前述のアクチュアル部分とファンタジー部分の境界線が曖昧になっちゃったから、これもシンボルなのかメタファーなのか、単に今風映画にありがちな「おもしろければいいや」の世界なのか判然としなくなった。

 しかも抽象性があるように見せれば見せるほど、これが「現代中国」を描いた作品なのか、「いつかどこか」を描いたシンボリックなドラマか…の境界が曖昧になる。ここでアクチュアル性はまたまた減退してしまうんだよね。

 残念ながら奔放な映像…が奔放というより垂れ流し状態に見えてしまう。せっかくヤボで恥ずかしく見える事からは逃れられているのだから、これはすごく惜しかったと思うんだよね。おそらくは作り手に、このへんの境界線の認識がハッキリなかったからだろう。「ジャンル越境」映画というのは、かくも作り手にとって「諸刃の剣」なのだ。「ジャンル越境」映画をつくるには、作り手に映画というメディアと「ジャンル映画」そのものに対する明確な認識がなければならない。でなければ、それは単にデタラメな話法にしかならないのだ。

 ではここで、それらの「ジャンル越境」映画とは一体何か?…を語らねばならないが、この作品を見た人は誰でも、近年の映画のある種の傾向の作品を思い当たる事と思う。僕はここでそれらを「ジャンル越境」映画と便宜上呼んではいるが、そういうカテゴリーが厳密にあるわけではないし、作り手もそんなポジションに置こうとしてつくっている訳ではない。ただ入れる場所がないからそのカテゴリーに入れているのだ。だが、作品名を挙げれば、あぁなるほど…と思うはず。

 そうした「ジャンル越境」映画の元祖は何かと問われれば、僕はまずジャン=ジャック・ベネックスの「ディーバ」(1981)じゃないかと思うんだよね。それからアットランダムに挙げていくと、フランスのベルトラン・ブリエによる「メルシー・ラ・ヴィ」(1991)、香港ウォン・カーウァイの「恋する惑星」(1994)、ドイツのトム・ティクバによるラン・ローラ・ラン(1998)、アメリカのデビッド・フィンチャーによるファイト・クラブ(1999)…などがこれに入ると思う。最近ではタランティーノのキル・ビルVol.1(2003)、同Vol.2(2004)が、いささかオタク趣味に傾き過ぎているとは言え(笑)、明らかにこの系列に入るだろう。もちろんこのカテゴリー分けに異論はあるだろうが、単に「ジャンル越境」という一点のみにこだわれば、この線引きはアリだと思う。

 こういう作品群を並べていけば、この「恋愛中のパオペイ」の狙いがこれらにある事は明らか。しかも、中でも特に傾倒しているのがジャン=ジャック・ベネックスである事は、まず間違いないと思われる。前半部分のミステリアスな話術と有無を言わさずグイグイと突き進む感覚は「ディーバ」だろうし、巨大な月がヒロインのオブセッションになっているあたりは、その絵柄からして「溝の中の月」(1982)からの連想だろう。さらに前半はハジけていて後半にブッ壊れていくというヒロイン像は、どう考えても「ベティ・ブルー/愛と激情の日々」(1986)を想起せざるを得ない。最後に自らを傷つけて陰惨な結末になるあたりからしても、これはおそらく間違いないと思うよ。

 悲しむべくは、この作品の「ジャンル越境」はこうした作品群…特にジャン=ジャック・ベネックスの借り物でしかないので、「なぜそうなるのか」「なぜそうでなければならないのか」の認識が極めて乏しい。だから「まんま」パクる事は出来ても、それの「応用」が効かなかった。かなり頑張っていいセンまでいってたんだけど、どうしても作り手すら納得してないグレー・ゾーンが出来ちゃったんだろうね。

 そして「パクり」は「パクり」でしかないから…さらに「ジャンル越境」映画そのものがそもそも「真新しさ」を伴うものだから…何となく「もうどこかで見ちゃった」的な印象を拭えない。「新しさ」を売り物にする作品はあくまで鮮度勝負だから、新鮮さの落ち方が極めて早いのだ。

 さらにマズイ事に、「過度にスピードアップし変化していく現代物質文明社会への異議申し立て」…というテーマそのものが…確かにそれを訴えたい真摯な姿勢は買えると思うけど…今となってはいささか使い古された手垢のついたモノになっちゃっているのも痛い。もちろんテーマそのものは不変だろうし、今でも由々しき問題だろう。だが、それをテーマとして取り上げる事はとっくに何度も何度も行われているし、作者が観客を誘導したい結論も見えちゃってる。だからいささか鮮度に欠ける事になっちゃうんだよね。

 こうしたいろいろな事情から、なおさらリー・シャオハンは「山の郵便配達」風“良心作”方式をとりたくなかったんだろう。そのあたりの判断は正しかったと思うが、いかんせんテーマそのものの鮮度が落ちてるのはイタイ。映画の冒頭から「作者が言いたいこと」がミエミエになっちゃうから、驚きもへったくれもないのだ。こうなるとテーマそのものの目の付け所からして、何らかのヒネリなり新味が必要だったのかもしれない。このあたりの事も、この作品のいささか不利な点だと思うよ。

 だが…ヒロインに素晴らしい人材、ジョウ・シュンを得られたのはラッキーだった。

 明確なビジョンを持てないまま「ジャンル越境」映画に突入してしまったこの作品は、ヘタをすれば完全に破綻してしまったかもしれない。そこをかろうじて、このヒロイン女優がつなぎ止めて踏みとどまっている。ホントに彼女が接着剤になっていると言って過言ではない。彼女が演じているから、何とか説得力を持ち得ている。だから僕はこの映画、決して成功作ではないものの、「失敗作」扱いはしたくないのだ。

 そもそも彼女を見る「楽しみ」は、確実にこの作品の美点になっている。これはそういう映画だと思えば、そう言えなくもない作品なのだ。

 

見た後の付け足し

 この映画がいわゆる「アジア映画ファン」から、かなり冷遇される事は想像に難くない。「アジア的」要素を配して今風を狙ったように見えるこの映画は、その点だけで批判される危険性を持っている

 特に日本では、エンディング・テーマ曲に小室を使ったというだけで映画の内容が懸念されるかもしれない。嫁さんに歌をうたわせた、例によって例のごとしの小室節だが、正直に言わせてもらえれば僕は大して気にならなかった。要は今風でノイジーな曲が欲しかっただけだろう。別に良かったとも思わないが悪かったとも思わない。ただそれだけの事だ。そもそも小室なんて国際的知名度はほとんどゼロなんだろうから、特に問題はないんじゃないだろうか。ハッキリ言ってどうでもいい曲だ(笑)。

 それに、あくまでこれが中国の都会の若い人に向けてつくられたのなら、今言った「どこかで見た感じ」というのも当たらないのだ。彼らには十分新しい作品のはずだからね。だとすれば、これはこれでいいのかもしれない。映画って外国人のためにつくっている訳でもないだろう。ちょっと難があるというのは先に述べた通りだが。

 やっぱり僕は、先に言ったような「作り手の志」は買えると思うのだ。だから心意気は評価したい。僕は例え最終的に落っこちようと、平均台に上がろうとする人間が好きなのだ。決して平均台に上がらないヤツや、平均台に上がったフリしてズルをするヤツは好きになれない。だからこの監督には…今回は必ずしも成功しなかったけどエールを送りたいと思うんだよね。

 リー・シャオホン監督、次には期待するのでぜひ頑張っていただきたい。

 

 
リーシャオホン監督とそのサイン(右)

 

 

つづく

  

 

 

 

 

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