「戦争のはじめかた」

  Buffalo Soldiers

 (2004/12/20)


  

見る前の予想

 アメリカ軍の退廃を扱った風刺コメディ…らしい。そのせいか、アメリカ公開が延期に延期を重ねてしまったとも言われる。でも、もし本当にそうだったならかえって面白そうだ。ホアキン・フェニックス、エド・ハリス、アンナ・パキン、スコット・グレンなどなど、役者もひとくせありそうだし。このお正月映画ラッシュの折りに、ヒッソリ公開されるあたりも逆に気になる。すごく面白い可能性も大だ。

 

あらすじ

 1989年、西ドイツ・シュツットガルト。セオドア・ルーズベルト米軍基地では、みんな平和と退屈に苛まれて怠惰な雰囲気に包まれていた。いまや冷戦など遠い過去のここドイツなら無理もない。基地内で麻薬を売り買いする者、麻薬に溺れる者…なんてのはザラ。中にはそれで命を失う者もいるが、そんなことも知った事か。補給大隊に属するホアキン・フェニックスとて、そのとてつもない退屈さに耐えかねていた。

 そんなホアキンは、補給大隊の総責任者エド・ハリス大佐の片腕という地位にいる人物。このハリス大佐がまたマレに見るマヌケな人物なためか、ホアキンは物資の横流しなどやり放題。先日など仲間と軍用の床磨き洗剤をヤミに流して、仲間と濡れ手にアワの大儲けだ。なお、ついでに言えばフシ穴同然のハリス大佐の目を盗んで、大佐のシタタカ女房エリザベス・マクガバンの肉体を頂戴してもいる。いや、これはむしろマクガバンの方がホアキンの肉体を頂戴したと言うべきだろう。

 そんなある日、ハリス大佐の命令で「パーティーの準備」の品々を買いに行かされるホアキンたち。近々この基地を訪れるディーン・ストックウェル将軍にいいとこ見せて昇進を…という、ハリス大佐の姑息な狙いだったが、ともかくホアキンが相棒のレオン・ロビンソンらと共に軍用車で出かけようとすると、何者かが彼らを突然呼び止める。それはこの基地に配属されてきたと言う新しい上官スコット・グレン軍曹だった。

 彼はまずものものしい軍用車で「パーティー・グッズ」を買いに行くという出で立ちに皮肉っぽい目を向けた。そしてホアキンたちにさりげなく目をつける。そんなグレン軍曹の態度に、ホアキンは漠然とイヤ〜な予感を味わう。

 ところが外出まもなく、ホアキンたちはとんでもない場面に遭遇する。

 何と演習中の戦車が部隊からはぐれ、市街地へと飛び出してしまったのだ。それと言うのも戦車の乗員たちがヤクでヘロヘロになっていたから。戦車は街のお祭りをメチャクチャにしたあげく、町はずれのガソリンスタンドを粉砕。そこにたまたま通りかかった輸送部隊のトラックの運転手二人は、ガソリンスタンドの爆発に巻き込まれて焼け死んでしまった。

 戦車はその後何事もなかったかのように基地に戻って行ったが、問題はその後。死んだ二人が運転していたトラックは、その場に立ち往生したまま。爆発後のガソリンスタンドの惨状に出くわしたホアキンたちは、これはチャンスと大喜びだ。「このトラック、いただこうぜ!」

 幸か不幸か運転手は二人とも死んで、もはや目撃者もいない。ホアキンたちは格好の隠し場所とばかり、トラックの物資を核ミサイル基地まで運んで行った。何とブツはトラック二台分たっぷりの先端兵器ばかり。これはかなりのカネになる!

 ヤミ取引で知り合ったヤバいスジの奴らに話を持っていくと、現金じゃさばかないがモルヒネになら代えてやると言われる。こうして取り引きは成立した。これで除隊になっても左うちわだ。

 ところが好事魔多し。ホアキンが自室に戻ってみると、あのグレン軍曹がMPを連れて家捜ししているではないか。いかにも堅物を絵に描いたグレン軍曹、早速ホアキンに目を付けたのか。ホアキンは試しにグレン軍曹を抱き込もうと試してみるが、とても買収できるようなタマじゃない。かくして来たるべきデカい取り引きを前に、頭の痛い問題が持ち上がった。

 それでもホアキンは、まだ事態をさほど重く見てはいなかった。そして翌日、基地内のプールである若い娘を見た時、ホアキンは意外な事実を聞かされる。プールにいたそのイケてる若い娘が、何とスコット・グレン軍曹の娘アンナ・パキンだと言うではないか。すると早速一芝居打って、彼女の気を惹くホアキン。彼はパキンとデートの約束を取り付けるが、それはグレン軍曹へのツラ当てだったのか…それとも彼女に惹かれたのか。

 案の定、デートの当日迎えに来たホアキンを見て、親父のグレン軍曹は唖然。愛車ベンツにパキンを乗せたホアキンだったが、後からグレン軍曹がクルマで尾行してくるではないか。だがホアキンはそんなグレン軍曹をまんまとやり過ごしたのは言うまでもない。

 パキンもそんなホアキンの意図を薄々感づいてはいた。そしてホアキンに、父親グレン軍曹は怖い人間だと警告もした。「父は本当にあなたを殺すかもよ」

 だがいまやホアキンは、本気でパキンに惹かれていたのだ。父親ごときで退く気は毛頭なかった。パキンの方も、ホアキンが「いかにも父の嫌いなタイプ」だと知って、知った上で惹かれていた。そこには、父親への幾ばくかの反発も含まれていたかもしれない。

 だがこれを境にグレン軍曹のホアキンへの嫌がらせは、遠慮のないモノになる。それまで個室生活をエンジョイしていたのに、いきなり他の基地から配属になったガブリエル・マン上等兵と相部屋にさせられる。このマン上等兵が人はいいのだが堅物という、ホアキンとは好対照の人物なのがシャクに障るではないか。さらに早朝叩き起こされて、それまでやった事もない猛訓練。あげくの果てに射撃ターゲットとされたのは、ホアキンご自慢のベンツではないか。

 さらに、ホアキンたちが扱っていたヤクがなくなったり、隠し場所を探していた相棒のレオン・ロビンソンが爆殺されたり…と、ホアキンの周囲はさらに風雲急を告げてくるのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後は映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 ブラックな味の軍隊コメディと言えば、誰でも即座にロバート・アルトマン「マッシュ」(1970)を思い出すよね。笑いながら、戦争や軍隊の病巣をつつき出す。こういう映画ってのは、うまくツボに入ればシリアス映画による告発よりも効いてくるものだ。昨今のアメリカやアメリカ軍の横暴を見ると、こういう映画が待たれて来るのも道理。ここはひとつ痛快に笑い飛ばしたいと思うのが、誰しも共通した気持ちじゃないだろうか。ま、アメリカ人自身は別として…だが(笑)。

 メンバーがこれまたスゴくて、ホアキン・フェニックスをはじめとする豪華メンバーがまたまた期待を煽る。こういう題材を好みそうな骨のあるメンバーだからね。特にエド・ハリス、スコット・グレン(考えてみるとこの二人って「ライトスタッフ」(1983)で共演して以来、どこか似たようなテイストを持っているよね)あたりはバリバリだろう。

 実際に映画の始まってすぐあたりに出てくる、ラリッた乗員による戦車大暴走には笑ってしまう。それと同時に、コレがありそうな事だったらエライことだとゾッともする。なるほど沖縄で米兵やりたい放題ってのも、ない話ではなさそうだ。イラクの刑務所で起きている事も「さもありなん」というところなのだろうか。こんな映画でアレコレ言うのもどうかと思うが、それでもどうしたって想起せざるを得ない。

 驚いたのはこの豪華メンバーもさることながら、実際の基地らしき撮影場所を手に入れた事。今は使われてない米軍払い下げの基地の跡地で撮ったらしいが、これには本当に驚いた。そして戦車やら軍事車両やら…一体どこから調達してきたんだろう。当然の事ながら米軍の協力など得ていないだろうから(この映画はイギリス・ドイツ合作)、自前でどこからか集めて来たのだろう。これまたビックリだ。

 これほどのメンバーで、これほど大げさなスケール感も手に入れているのだ。さぞかしバカバカしくも皮肉なブラック・コメディが出来上がると思いきや…。

 実は残念ながらそうはいかないのが、映画の難しいところ。

 言いたい事は分かる。最初はワルぶった主人公を中心に、弛みきって腐敗した米軍の病巣をえぐる…と思わせて、実はそんな「汚れた」連中を粛正しようとする「真っ当」な軍人からして、元から非人間的でヤバいのでは?…と改めて考えさせる問題提起。「軍隊」というものが本来持つ「歪み」を描く試みだ。その志やよし。

 こういう映画はバカバカしさの大風呂敷をバンバン広げて、どんどん無責任に大ボラ吹いてこそナンボのところがある。特に大切なのは、そうして広げきった大風呂敷を最後にどうやって一気に畳むか。バカバカしい話だけに、現実的に考えればツジツマが合わなくなる。そこをどうするか…がコメディ映画としての勝負だろうね。

 ところが、この映画は途中で大風呂敷を広げるのをやめてしまう

 最初の戦車の演習、そしてガソリンスタンド粉砕、さらには軍事物資の略奪…あたりまでは、バカバカしさが加速して面白くなりそうなんだよね。こりゃどこまでやるの?…とワクワクした。ところがそこから後は、意外にハジけていかない。というより、これって実はブラックコメディのつもりじゃなかったのか?…って気になってしまうのだ。

 ここはすごく難しいポイントなんだけど、作者側がこれをコメディととらえていたのか、そうでなかったのか…ってのは、すごく大事なところだと思う。最初のくだりはどう見たってコメディだ。バカみたいな理由で死ぬ兵士、それを処理する上官側のふざけきった対応、そしてくだんの戦車暴走…。どんどんどんどんバカバカしさがエスカレート。ところがその後は、急速に話のバカバカしさが収縮してしまう。普通に軍隊やら基地内でグチュグチュしている話にとどまってしまう。あの底抜けのバカバカしさを予感させた展開が、一気に失速してしまうのだ。

 もちろん往年の東宝サラリーマン喜劇の植木等みたいに、C調でスイスイ無責任兵士やってたホアキン・フェニックスの主人公も、何やらヤケに神妙な顔をしてマジになってしまう。だから幕切れも「一丁やったるか!」って大向こうウケするバカバカしくも力強いまとめ方にはならない。何となくなし崩し的にダラダラと終わってしまうのだ。

 一つには…演出なり脚本なりが息切れして、バカバカしさを維持できなくなったという理由が考えられる。バカバカしさって結構力業になるから、力尽きる可能性もある。確かにありそうな事だ。だがもう一つには、作り手側がこれをバカバカしいコメディなのか意外にシリアスな物語なのか、自分たちの中でまとめきれなかったんじゃないかと思うんだよね。それは複数の作り手の中での見解の不一致だったかもしれないし、一人の作り手の中でどっちか見極められていなかった可能性もある。そして不一致だったり見極めがなされていないにも関わらず、ちゃんと見えていると作り手が錯覚した可能性もある。バカバカしい風刺コメディと、皮肉を交えたシリアス・ドラマは、しばしば見た目が極めて酷似するものだ。だがこの両者は、作り手と観客の立ち位置が全く違う。そこを混同してしまった部分は、今回かなりあるんではないだろうか。

 特にクセモノなのは、ここで描かれたバカバカしい状況が往々にして米軍基地内では横行していた…という事実があったらしいこと。取材の中で「これがあながち作り話でない」と知ったあたりから、作り手の中では混同が始まったのではないか。だが仮にそうであっても、それを風刺コメディとつくるか告発ドラマとつくるかはハッキリ違う。

 むしろ混同してしまったとしたら、それは基地内の中で世間の常識を失ってしまった、映画の米兵軍人たちとあまり変わらないのではないだろうか? 僕はこの映画のイマイチ盛り上がらないあたりに、どこかそんな皮肉を感じてしまう。

 オーストラリア出身のグレゴール・ジョーダンって監督…今回脚本まで手がけたこの人は、どうもそのへんのところを見誤った気がしてならない。ひょっとしたらこの人、あまり冗談が通じない人なのかもしれないね。それでコメディってモノが理解出来なかったんじゃないか?

 せっかくの題材、せっかくのスケール、せっかくのキャストに恵まれながらのこのイマイチ感は、何とも惜しい気がするんだけどね。

 

見た後の付け足し

 実はこのグレゴール・ジョーダンという人、単にコメディ・シリアスの読み違えをしただけでなく、物語の段取りづけがヘタだった可能性もある。実は一カ所、僕が見ていてすごく気になった部分があるんだよね。

 終盤の大勝負どころ、キライだったMPを抱き込まざるを得なくなっての大量ヘロイン処理作業で、段取りづけをしたホアキンはさりげなくその場を離れてしまう…。

 これって、見ていて何か理由が提示されていたのだろうか? 少なくとも僕は気づかなかった。ともかくホアキンは別に理由もなしに、サッサとその場から離れてしまう。劇中「オマエどこ行くんだ?」と聞かれても、ホアキン自身「いや、ちょっと」ぐらいしか訳を言わない。当然僕らは何か意味があるのか…と思うよね。何か企みか用事があるに決まってると疑う。

 実際には何か意味があったのかもしれないが、その後ホアキンは「たまたま」通りかかったプールで「たまたま」アンナ・パキンと遭遇する。アンナ・パキンがなぜ「たまたま」夜中にプールに現れたのかもしっくり来ないが、ともかくその場で「たまたま」二人のラブシーンが展開。そこに「たまたま」スコット・グレン軍曹が現れて…あとはヘロイン精製現場での出来事とグレンに連れて行かれるホアキンの二元中継みたいな構成になる。こうも「たまたま」が連発するって事は、ホアキンとて何か意味があってあの場を離れた訳ではないのだろう。少なくとも、見ている側はそう思うよね。

 最終的には、ヘロイン精製現場での修羅場と危機に直面するホアキンが平行して描かれたあげく、爆発の「大花火」で両者が一気に合流する

 たぶん「最後はこうして力業でまとめ上げよう」…という、当初からの脚本と演出の狙いがあったのだろう。だがそこに話を持っていくためにホアキンをヘロイン精製現場から引き離す段取りが…あまりに芸がなさすぎる。何だか妙に不自然だし、無理矢理の印象が強い。何とかあのエンディングをつくりたい一心の…こじつけにしか見えないんだよね。

 正直言ってそんなあたりも、この映画をイマイチつまらなくしていた気がしてならない。どこかお話を頭の中だけでこさえてしまったような「脆弱さ」や「血の通ってなさ」が、演出にも脚本にもあったんじゃないだろうか。それってちょっと思い違いではないだろうかね。

 映画はテーマが良ければいい、正しい事を訴えていればいい…って訳じゃないんだからね。

 

 

 

 

 

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