「パニッシャー」

  The Punisher

 (2004/11/29)


  

見る前の予想

 犯罪組織の大ボスに家族を殺された男が、単身で復讐する話。新味まったくなし。何で改めてこんなネタを映画にしたのか分からない。ただ、何となくそんな新味のなさが懐かしさにも感じられるような気がして、個人的にはちょっと気になっていたんだよね。

 よくよくチラシとかを読んでみると、これって「スパイダーマン」などでお馴染み「マーベル・コミック」絡みの作品らしい。ところがどう見たってスーパーパワーの「超人」が出てくる映画には見えない。SFXやCG映像バシバシの作品に思えない。むしろイマドキ野暮ったい印象すらある、アナクロで男くさいアクション映画の雰囲気が濃厚だ。ホントにアメコミが原作の映画なのか?

 ただ、キャスティングはかなり気に入った。悪の権化に単身立ち向かう男がトム・ジェーン。こいつってドリームキャッチャーでちょっとイイところを見せたヤツではないか。さらに悪の大ボスがジョン・トラボルタ。こちらも押し出しは十分。最近のトラボルタ主演作だと、圧倒的に悪役や怪しげな役の方が輝いているしね。実際に、彼の悪役は見ていて楽しいよ。

 全然話題になってないし、実際に醸し出す雰囲気もパッとしない。だけど僕は何となくこの作品に惹かれて、劇場へと足を運んだわけ。

 

あらすじ

 ここはマイアミ、タンパの街。真夜中。ケチなチンピラのエディ・ジェイミソンが、一人の新参者を連れてヤバいブツの取引現場へとやって来る。この新参者はジェイミソンの出資者だ。

 取引の仲介者として出てきたのは、トム・ジェーンなる男。彼がジェイミソンらの持ってきた金をチェックし終えると、取引相手の連中も顔を出した。そしてブツも…それは高性能の銃器ばかりだ。

 さぁ、これで無事に取引成立…と思いきや、突然周囲がライトで明るく照らされる。いつの間にかパトカーが殺到して、彼らは警官隊に包囲されているではないか。慌てて冷静さを失ったトム・ジェーンは、警官隊に向かって銃を向ける。だが多勢に無勢。たちまちトム・ジェーンは銃弾の餌食となってしまった。

 「誰が裏切った?」

 取引現場は騒然。取引相手同士…そして警官隊と、アッという間に激しい銃撃戦が始まる。それが収まってジェイミソンが警察に逮捕された時、彼が連れてきた新参者も銃弾に倒れていた。それを見て、大慌てに慌てるジェイミソン。「あわわ…た、た、た、大変だ…」

 こうして事件は一件落着。死んだ者の死体は病院へと送られて…すると、死んだはずのトム・ジェーンが生き返るではないか!

 実はこのトム・ジェーン、FBIのおとり捜査官だった。長年こうしてヤバい橋を渡り、これを最後にこの仕事から足を洗う事になっていた。これでようやく家族の元へと帰れる。

 そんなトム・ジェーンも、今回のガサ入れで死人が出た事に表情を曇らせた。本当だったら誰も死なないはずだったのに…それは彼の望んでいたモノではなかった。そして、彼がそこで感じたイヤな予感は現実のモノとなる

 何とあの殺された新参者…それは巨大犯罪組織の大ボス、ジョン・トラボルタの息子だった。息子の死の知らせに、妻ローラ・ハリングは泣き崩れる。早速一人その場で生き残ったジェイミソンを保釈させると、連れてきて事情を聞き出すトラボルタたち。

 相談役のウィル・パットンを筆頭に、総出でジェイミソンをいたぶるトラボルタ配下の者たち。ビビりまくるジェイミソンはトラボルタの息子の方から取引に割り込んで来た…と釈明するが、そんな話には誰も耳を傾けない。何とかジェイミソンは命は助かったものの、息子のボディガード役の男はトラボルタに問答無用で殺される。腹わたを煮えくり返らせたトラボルタは、手下たちに改めて厳命した。「誰かワナにハメたヤツがいる。そいつを洗い出せ!」

 たちまちFBIのおとり捜査官トム・ジェーンの身元が洗い出される。好都合な事に、今この男は家族と共に休暇中だ。トラボルタは相談役パットンにこの男を殺すように命じたが、それでは満足できない妻ハリングはさらに付け加えて言った。「家族も殺すのよ!」

 そうとは知らないトム・ジェーンは妻サマンサ・マシスと息子と共に、プエルトリコの海辺の街へと来ていた。ここでトム・ジェーンの父ロイ・シャイダーの下、久々に親族一同が集まった。そんな楽しい集いの真っ直中に…。

 トラボルタの手下たち、ウィル・パットンらの男たちがいきなり銃撃を開始。親族は次々と銃弾に倒れた。たまたま家の中で父シャイダーと趣味の銃をいじっていたトム・ジェーンは、この光景に唖然。父シャイダーと共に親族の元へと駆け寄るが時すでに遅し。その場にいた人々は全滅、父シャイダーも殺された。

 そんなトム・ジェーンの目の前で、妻マシスと息子が逃げていくのが見える。クルマに乗り込んだマシスと息子は、慌てふためいてその場から走り去る。だが追っ手は彼女たちを逃しはしない。それを見たトム・ジェーンはバイクで後を追いかけた。

 やがてクルマが横転し、命からがら逃げ出すマシスと息子。ところが桟橋を逃げ回る彼女たちに向かって、トラボルタ配下の連中のクルマが全速力で突っ込んできて…。

 トム・ジェーンがその場にやって来た時には手遅れ。二人はクルマにひき殺されていた。しかも連中はトム・ジェーンにも襲いかかってきた。結局弾切れしたトム・ジェーンは連中にいたぶられ、銃弾を撃ち込まれたあげく桟橋と共に爆破。トラボルタ配下の連中は、これで彼を仕留めたと満足げに帰路に就いた。

 だが…トム・ジェーンは生きていた

 傷だらけボロボロの彼は、世捨て人のように島で生きる「祈祷師」と呼ばれる男に助けられていたのだ。「祈祷師」の手当てで傷も癒えたトム・ジェーンは、単身悲劇の現場へと戻ってくる。そこには息子が彼のために買ってくれた、大きなドクロの絵が描いてあるTシャツを拾った。息子が「悪霊を寄せ付けない」と言って渡してくれたTシャツ…。

 暗澹とした表情のトム・ジェーンを見て、「祈祷師」が声をかけた。「神と共に生きろ」

 だがトム・ジェーンは吐き捨てるように言った。「神には遠慮してもらう」

 こう告げると、トム・ジェーンは「祈祷師」の前から姿を消した。そしてタンパの街へと舞い戻り、おんぼろアパートにヒッソリと住み着いた。

 ここには訳アリの過去がある女レベッケ・ローミン=ステイモスや、顔中にピアスをしたオタク男ベン・フォスター、さらにデブちゃんのジョン・ピネットなど…こう言っては何だがオチこぼれちゃったような連中の吹き溜まりみたいなアパートだった。それでも力のない者同士、何とか肩を寄せ合って暮らしていたところに…突然現れた奇妙な男トム・ジェーン。朝から晩までクルマを改造したり、何やら仕掛けをつくったり、銃器の手入れに明け暮れるこの男…どうしたってアパート住人の関心を集めざるを得ない

 さて、まずは手始めに…トム・ジェーンは例のジェイミソンを捕まえ、アパートに連れてきていきなりシメ上げる。シメると言ったところでちょいと脅しただけだが、ジェイミソンは簡単に口を割り、トラボルタ一味の事をボロボロしゃべり始めた。今ではトラボルタの屋敷でパシリとして使われているジェイミソンは、そもそもあの連中がイヤでイヤでたまらなかったのだ。そこで彼の方からトム・ジェーンへの協力を申し出る。

 早速、行動開始だ。まずは手始めに墓地へと向かったトム・ジェーンは、自分の名前を彫った墓石をクルマで引っ張り、無理矢理その場から引っこ抜く。

 さて、事の成り行きをまだ知らないトラボルタは、ゴルフ場で優雅にプレイしていた。そんな彼の携帯に連絡が入る。「ボス、信じられない話だとは思いますが…」

 だが、トラボルタはもう電話を聞いていなかった。前方にある何かを呆然と見つめながら、静かに電話の相手につぶやいた。「いや、今なら信じられる…」

 トラボルタの視線の先…ゴルフ・コースのど真ん中に、あのトム・ジェーンの墓石が埋め込まれているではないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

この後は映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 これって本当にアメコミ原作なんだろうか?

 いろんな意味で驚かされる。まずはそのハードなバイオレンス描写だ。まぁ、ロード・トゥ・パーディションの原作もアメリカで言えば一種の劇画みたいなモノらしいから、これもそんな「ちょっと大人向け」のマンガなのかもしれない。

 ともかく、描写そのものもハードならばテーマもキツいんだよね。悪漢が主人公の家族やらアパートの隣人を痛めつける時の、やり口の数々が結構キツい。それに対して主人公が復讐するやり方も、かなり激しいのだ。こういう辛口のバイオレンスって、昨今のメジャー系のアメリカ映画じゃあまりお目にかかれなかったんじゃないか。サイコ犯の残酷趣味やらスプラッタやらってのは氾濫してても、ホラーでも異常者でもない連中のアクションという世界で、これほどバイオレンスが全編に充満するのは近来ではマレかも。直接描写としてはそれほどでもないのだが、何より激しい暴力が行使されるという設定が珍しい。それってアメコミ原作として珍しい…って以前の問題だ。今日びのアメリカ映画として珍しいんだよね。

 で、アメコミらしからぬ…って点では冒頭にも述べたように、この映画ってCGもSFXもまるっきり出てこない。イマドキのアメリカ映画の娯楽大作としても珍しいのだ。たぶん全編ライブ・アクションって映画は久しぶりなんじゃないか? これもアメコミ原作…って以前の問題でね。

 そもそも主人公はただの生身の男だ。それからしてアメコミらしからぬ設定だよね。

 …ってくると、アメコミはもう関係ない。これってイマドキのアメリカ映画にはすっかり珍しくなった、生身の男が戦う、CGもSFXもなしのバイオレンス・アクションって事になる。確かにどこか懐かしい。ホントにこんな映画なら、20〜30年前にアメリカ映画でバカスカつくられた感じがする。男性映画、アクション映画全盛の1970年代にはゴロゴロしていた感じだ。

 そもそも「ワン・マン・アーミー」モノもそうだし、「復讐」モノもそうだ。ざっと思い起こしても、チャールズ・ブロンソン主演の「狼よさらば」(1974)だの、ロバート・デュバル主演の「バッジ373」(1973)だの、同じデュバル主演でジョン・フリン監督の「組織」(1973)や同じくフリン監督「ローリング・サンダー」(1977)だの、ピーター・フォンダ主演でジョナサン・デミ監督の「怒りの山河」(1976)だの、ジャン=マイケル・ビンセント主演でジョナサン・カプラン監督の「爆走トラック'76」(1975)だの、ボー・スベンソン主演の「ブレーキング・ポイント」(1976)だの…ってあたりの作品が即座にゾロゾロと浮かんでくる。そもそも大虐殺をかいくぐった主人公が復讐に転じるってあたりで、すぐにキル・ビルVol.1(2003)、同Vol.2(2004)が想起されるけど…あれってそもそも1970年代のバイオレンス・アクション映画へのオマージュそのものではないか。例えば「ダーティ・ハリー」(1971)にしたって、相棒の死を怒りに転化したりしていたよね。そんなこんなを考えると、この作品の佇まいそのものが1970年代のアメリカ・アクション映画の典型なわけだ。

 で、この映画って、絶対にそんな1970年代テイストを出そうとしているはず。

 だって…主人公トム・ジェーンの親父役に、何とあのロイ・シャイダーを引っ張って来てるではないか。このシャイダー、一時はオール・ザット・ジャズ(1979)、「ブルー・サンダー」(1983)…などと主役を張った事もあるが、いつの間にか消えてしまった人。でもこの人って言えば、やっぱり1970年代のアクション映画のイメージが強いよね。「フレンチ・コネクション」(1971)や「ジョーズ」(1975)を経て、「マラソンマン」(1976)やフリードキン版恐怖の報酬(1977)で大活躍。…このあたりのシャイダーは実に冴え渡っていた。そうそう、「ザ・セブン・アップス」(1973)なる主演作もあった。ともかくいかにもアクションがよく似合う、辛い男の魅力があったんだよね。

 ごく最近で見たのは「レインメーカー」(1997)でだったが、その時にはあのオールスター・キャストのビリングの中にも名前が出てなかった。何とミッキー・ロークよりも下って事だからねぇ。正直言って僕はショックを受けちゃったよ。

 ところがそんなシャイダーを、改めて引っ張り出して来たんだから驚いた。出てくると思っていなかったから、心底ビックリしちゃったよね。これは絶対に創り手としては、シャイダー起用で1970年代アクションへのオマージュをしているに違いない。

 だからこの映画は、あくまでアナログで撮らねばならない映画だった。映画全体にそんなアナログ志向がかいま見えて嬉しいよ。

 一方で楽しいのは、バイオレンス・アクションの体裁は取りつつも、「殺伐」一辺倒ではないこと。どこかすっとぼけたユーモアが充満しているところもいい。主人公がまず手始めに小悪党をシメ上げるあたりの、笑っちゃうハッタリ感はどうだ。オペラがガンガン流れる中で行われる、主人公とロシア人の殺し屋の死闘はどうだ。この映画には、こんなアメリカ映画らしいユーモアがたっぷり盛り込まれている。そもそも主人公も悪役トラボルタも、不敵な顔をしてケロッとギャグを飛ばしたりする。笑いがあちこちに潜ませてあるんだよね。まぁ、何だかんだ言って元がマンガって事もあるんだろうか。

 そして、ハンパ者ばかりが肩を寄せ合うアパートの描写もいい。ケチなヤツらなのに力を合わせて主人公を守るあたり、なかなか泣かせてくれるではないか。もうちょっとこのあたりを出して欲しかった気がするが、バイオレンスの連続の中で一服の清涼剤として機能してる。愛すべき映画なんだよね。

 そして…何より主役のトム・ジェーンが頑張っている。

 この男、全く鳴りを潜めていた俳優だが、前作の「ドリームキャッチャー」(2003)でいきなり頭角を現した。その時に、こいつそのうち「やってくれる」のでは…と思ったんだよね。すると…やっぱり「やってくれた」!

 ほとんど無名のこの男だが、結構スケール感があるではないか。主役を張れる男としてのボリューム感がある。こういうのって努力で出来るもんじゃないよ。

 この映画ではまたまた「ブロークン・アロー」(1996)やら「フェイス/オフ」(1997)、さらにはソードフィッシュ(2001)で見せてくれた悪の魅力を前面に押し出し、あのジョン・トラボルタが実に楽しげに仇役を演じている。だがわれらがトム・ジェーンは、そんなカリスマの権化トラボルタとちゃんと拮抗して並び立っている。立派なもんだよ、これは。

 トム・ジェーン…この男がスターダムに就くのも、そう遠い話じゃないかもしれない。

 

見た後の付け足し

 と言うわけで、僕には懐かしの1970年代アメリカ・アクション映画のテイストがムンムンに感じられ、そのアナログな作りもどことなく好感が持てる「パニッシャー」。僕にはそこらあたりが嬉しいが、見る人が見れば、いささか抵抗を感じるかもしれない。

 ともかく法はアテにならない、力が正義だ…とばかりに徹底的な実力行使。おまけに敵のいたぶり方がまたひどい。悪漢の妻と親友を、ワナを仕掛けて彼自身の手で殺させてしまう…見た目の残酷さでなくて、気持ちの上での残酷さ。いささか陰惨過ぎると退いてしまう人もいるかもしれない。

 ましてイマドキは、「アメリカの力の正義」にみんながウンザリしている最中だ。こんな映画の実力行使にその二重写しを見て、素直に喜べないかもしれないよね。時節柄、「これがアメリカの本音」…みたいに思えてしまって。

 いや…それを言ったら昔は「ダーティ・ハリー」にすら「ファシスト」批判があった。何でもかんでもそういう見方で見たらヤボの骨頂。もっと純粋に映画として楽しみたい…というのもスジだ。これだって、そういう見方で見ちゃったら身もフタもないだろう。何でも「政治的」に見るなんてナンセンス。

 いやいや、それでも何となく引っかからないでもない。そもそも主人公は最初は私憤と復讐で悪と戦っていたのに、映画のラストでは「“復讐”じゃない“戒め”だ」とか言って世の悪すべてを倒すことを目的化しちゃってるじゃないか。それって「世界の警察」アメリカって事じゃないの…?

 やれやれ。僕も正直言ってどっちか判断がつかない。1970年代テイストもなかなかいいし、そもそもデジタルやコンピュータに頼らないアクション映画ってとこが嬉しかったのに…。昨今のおかしなアメリカのおかげで、純粋に映画を楽しめない。ヤボと分かっていても引っかかる。やっぱり僕も、どこか気になってしまうからね。

 それがあと4年も続くとは…どうして「ヤツ」を再選させちゃったのかね、アメリカは? “再選”じゃなくて、ホントは“戒め”るべきだったじゃないの?

 

 

 

 

 

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