「キャットウーマン」

  Catwoman

 (2004/11/22)


  

見る前の予想

 何とあの「バットマン」から登場キャラの一人、キャットウーマンが独り立ち! 

 いわゆる「スピン・オフ」ってやつ。「水戸黄門」から由美かおる扮する「かげろうお銀」だけ独立した「かげろう忍法帳」みたいなものだ。と言っても、誰も分からないかもしれないが(笑)。

 今回はそのキャットウーマンに、あのハル・ベリーが扮するのがお楽しみ。まぁ、それだけで「イイ企画」だなと分かる。というか、この映画はそれだけしかないだろう。それ以上求めるモノもあるまい。ハル・ベリーのキャットウーマンぶりがサマになっていれば、まずはこの企画は成功ということだ。

 

あらすじ

 大都会ニューヨーク。その真っ直中の喧噪の中に、いささか引っ込み思案で内気な女の子ハル・ベリーもいた。彼女は巨大化粧品メーカー「ヘデア社」の社員デザイナー。本当はアーティストとしての才能をふるいたいのに、こんな会社の俗悪な広告物づくりにコキ使われている。会社には気のいい同僚もいるが、何しろ社長のランバート・ウィルソンは感じの悪い男。この日もわざわざハル・ベリーを呼び付けては、彼女が新製品のためにつくった広告にケチをつける。それも何なる気まぐれと思いつきだから始末に悪いが、社長命令と言われれば仕方がない。何とか二日の猶予をもらって作り直すしかない。

 その新製品とは、「ヘデア社」が満を持して開発したスキンケア・クリーム「ビューリン」。肌の美しさをいつまでも保てる、他に例を見ない商品。社長のウィルソンはこの画期的な新製品発売を機に、それまで社のイメージキャラクターだったモデルのシャロン・ストーンを下ろし、新たな若いモデルに切り替える事を考えていた。長く「ヘデア社」のイコンだったストーンは、社長ウィルソンの妻でもある。だがいまやこの夫婦の関係は冷え切っており、ウィルソンはストーン降板に何のためらいもなかった。

 だがストーンは、自分のプライドがズタズタになっていくのを隠す事が出来ない。忍び寄る年齢を何とかしのごうと、出来ることは何でもやって来た。実は今回の新製品「ビューリン」も、開発当初からずっと使い続けてきたストーンだ。それだけに彼女は、自分の居場所がなくなってしまうような怒りと不安に、内心忸怩たる思いを抱いていた。

 ところがそんな「ビューリン」発売直前に、開発した科学者が何やらうるさく言い始めた。仕方なく社長ウィルソンは、そんな科学者との面会の機会をつくろうとしていたが…。

 さてハル・ベリーはと言えば、社長ウィルソンにどやされショゲ返って帰宅。とにかくグッスリ眠ろうとするが、おんぼろアパートの向かいの部屋で乱痴気騒ぎだ。やかましくて眠れない。窓を開けて静かにしてくれ…と叫んでも、騒いでいる連中は聞こえない。よしんば聞こえたとしても、騒いでいるのはヘビメタ・ロック野郎たちみたいなコワモテな連中。彼女の言うことなど聞いてくれる訳もない。ハル・ベリーは諦めて引き下がる他なかった

 そんな彼女の様子を、一匹の猫が見ていた…。

 さて翌朝、ハル・ベリーはアパートの窓辺に一匹の猫が座っているのに気づく。ところが次の瞬間、それはアパートの外壁のとっかかりに登っているではないか。さては猫が間違えて登ってみたものの降りれなくなったに違いない。元々度胸はないが心優しい彼女は、猫を助けようとなけなしの勇気をはたいた。よせばいいのに窓からカラダを乗り出し、アパートの外壁を伝って猫に手を差し伸べようとしたのはいいが…。

 何しろ足場にしていたエアコンが年代物だけにグラつく。たちまち猫を助けるどころか、彼女が外壁から転落しそうな勢いだ。危機一髪!

 そこにたまたま通りかかったのが、刑事ベンジャミン・プラット。彼はてっきりハル・ベリーが自殺しようとしていると勘違い。慌ててその場で声をかけた。だが今にも落ちそうな彼女としては、もう自殺と思われようがどうしようが関係ない。とにかく助けてくれと大騒ぎだ。プラット刑事はともかく急がねば…と彼女の部屋に駆けつけ、いよいよ転落しかかったハル・ベリーをタイミングよくキャッチした!

 助かった、危ないところだった…と感謝と安堵の言葉をプラット刑事に告げる間もなく、「遅刻しちゃう!」と部屋を飛び出すハル・ベリー。それでなくても社内で心証を悪くしている彼女。チンタラやってる訳にはいかないのだ。

 ところがプラット刑事は、そんな彼女を職場まで訪ねてくる。同僚も思わずエキサイトだ。デートの約束をとりつけ、夢見心地のハル・ベリーであった。

 だが仕事をしなければ。ウィルソン社長からもらった猶予は、今日の真夜中まで。ハル・ベリーは慌てて仕事に没頭。気づいてみると同僚もみんな帰って、社内には自分一人。それでも何とか仕事を仕上げて宅配便業者を頼もうとすると、生憎これからでは受けられないと言ってくるではないか。仕方がない、自分で届けるしかない。もう夜も遅いにも関わらず、ハル・ベリーは社長が出かけているはずの「ヘデア社」研究所まで出かけていく。

 研究所にたどり着いたものの、誰も出てきてはくれない。ついつい扉が開くのをいいことに、中へと入っていくハル・ベリー。そこで彼女が見たものは…?

 何と「ビューリン」を開発した科学者が、何やら由々しき事実を報告しているではないか。それによると、「ビューリン」には深刻な副作用がある。使い続ければ麻薬のようにやめられなくなる習慣性が強いだけではない。肌そのものに決定的なダメージを与える可能性があると言うのだ。

 ところがその言葉の重大性に気づいて驚いたハル・ベリーは、ついウッカリ物音を立ててしまう。

 「誰だっ!」

 慌てて逃げ出すハル・ベリー。だが会社の警備係は、重大な秘密をもらすまじと躍起にやって追ってくる。しまいには発砲してくるから穏やかではない。ここで捕まったらオシマイということぐらい、さすがのおっとりしたハル・ベリーでも分かっている。彼女は息せききって走りに走り、排水溝のダクトの中へと逃げ込んだ

 ところが追っ手もさるもの。彼女が廃液ダクトへと逃げ込んだのを確認すると、入口を閉鎖して閉じこめてしまった。さらには、ものすごい勢いで廃液をダクトに流し込んだからたまらない。

 ダクトの中を逃げ回っていたハル・ベリーは、後方からもの凄い勢いで廃液が押し寄せてくるのを感じた。ところが廃液ダクトの終点は、遙か下方に海面を望む海辺の排水口。とてもじゃないがここから降りるなんて出来ない。どうする、ハル・ベリー?

 ところが考える間もなく、排水口に立つハル・ベリーを怒濤のごとく押し寄せてきた廃液が押し流す。彼女はもの凄い量の廃液と共に海に叩き付けられ…そのまま息を引き取った

 しばらく海面を漂っていたハル・ベリーは、そのまま近くの小さな島へ。そこは川やら排水口から流されてきた堆積物が溜まって出来た島だ。ハル・ベリーの亡骸は、その島に打ち上げられて泥の上に横たわっていた。

 そんな彼女のカラダの上に、一匹の猫が登ってくる。それは確かにここ数日、彼女の身の回りにウロついていた猫だ。するといつの間にか、島のあちこちから猫たちが現れ、彼女の亡骸を取り囲み始めた。

 やがてハル・ベリーの上に乗った猫が鳴き声を上げながら、彼女の冷たく見開かれた目を見据えた。まるでそこに何かを吹き込もうとするかのように…。

 それこそが、彼女ハル・ベリーの新たな生命の始まりだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後は映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 ハッキリ言って、ハル・ベリーがキャットウーマン化する一歩手前でストーリー紹介をやめてしまった。だけど、これ以上要らないんだよね。ここから先はご想像通り。何一つ意外な事は起こらない。

 ティム・バートンの「バットマン・リターンズ」(1992)でも悲惨な仕打ちの果てに変身するミシェル・ファイファーのキャットウーマンが出てきたが、こちらもコンセプトはほぼ同様だ。ただしこちらはバットマンが出てこない。「バットマン」シリーズからは離れた新しい物語だ。だから舞台もゴッサム・シティではない。現代のニューヨークだ。

 今回の物語の設定はいかにもうまい。その起源を古代エジプトの女神「バスト」に置いて、エジプシャン・マウなる品種の猫をその化身というか使者として登場させる。この裏付けがあるようなインチキ臭さがいい。何だか平成「ガメラ」三部作(1995〜1999)での「超古代文明」みたいな、いかがわしくも何かありげな雰囲気。その後人類史上に何度も「猫女」が登場してきた…という事になっている。もちろん「魔女」も「猫女」だ。

 ただ…それが何だと言うよりも、とにかくキャットウーマンをハル・ベリーがやるという企画の妙に尽きる作品だ。あのスタイル抜群のハル・ベリーだから、妙ちきりんなコスチュームもサマになる。この映画の楽しみはそれにとどめを差す。派手なアクションもあの長身、抜群のスタイルでやられるとカッコいい。考えてみれば映画としては単純極まりないつくりなのだが、とにかくそれだけで映画がもってしまうからスゴイ。ハル・ベリーって大したオーラではないか。

 お話自体は虐げられた女が一矢報いるという趣が強く、ハル・ベリーにキャットウーマンとしての運命を諭す女フランシス・コンロイが、男社会で仕事を失った元教授という設定なのも象徴的。今回のキャットウーマンの活躍も、女性の肌を有害物質漬けにする陰謀を阻止…という「女の味方」。正直言って、こうしたフェミニズム臭を振り回されたらかなわんなぁ…と思ったのは事実だ。

 だが、何より最大の悪玉が女=シャロン・ストーンなので、そんな単細胞な展開からは免れている。ハッキリ言ってこんな単純な物語で、「男はクソ」と断罪されてもたまらないからねぇ(笑)。

 それに何よりハル・ベリーの存在自体が、そんなチマチマした発想から遠いところにある。何せ彼女があまりに光った存在ゆえに、そんな女の被害者意識に凝り固まった「怨み節」なんかになりようがないのだ。彼女は好き勝手に自由奔放にやっていて、そんな主義主張からは程遠いところにいる。最後は「男だ、何だかんだ」…って引力圏からも完全に吹っ切れている。それがかえって映画に変な臭みを与えずに済んでいるんだよね。

 役者としてのハル・ベリーも、最初の頃の気弱で内気というキャラと大胆不敵なキャットウーマンという、一粒で二度オイシイ役柄を演じられてトクだったんじゃないか? これは儲け役だと思うよ。オスカー受賞後は、007シリーズダイ・アナザー・デイ(2002)のボンドガール、ホラー・サスペンスゴシカ(2003)…と、“オスカー受賞者らしからぬ”…と言うべきか。「異色」というより「キワモノ」スレスレの作品選択が続いているが、実はこれがなかなか巧妙だったりもするのだ。例えば…まずはアフリカ系女優としてはあまり出演機会がないような仕事をあえて選択しているように見えるし、演技者としても結構オイシイ役を選んでいるように思える。この人ってかなり頭がイイんじゃないか?

 相手役のベンジャミン・プラットは…というと、デンジャラス・ビューティー(2001)に次いで「強い女」時代のマッチョ男…の新しいカタチを作り上げてる感じで面白い。この人ならではの芸風を確立してきた気がするんだよね。これからもいいポジションでやっていくんじゃないだろうか。

 悪役は…と言うと、先に挙げた通りシャロン・ストーン。この人も久しぶりだが、いきなりこの役はキツい。年齢と容色の衰えに悩まされている役。まったくシャレにならなそうで、ちょっと気の毒になっちゃったけどね。チャーリーズ・エンジェル・フルスロットル(2003)のデミ・ムーアと双璧かも(笑)。

 

見た後の付け足し

 今回この映画の監督に起用されたのは、何とフランスのピトフ。世界初のデジタルハイビジョン撮影映画ヴィドック(2001)を撮ったあの男だ。あの映画はお話には難があったものの、ビジュアリストとしてのセンスには確かに卓抜したものがあった。今回はそこを買われての起用であることは間違いない。

 でも「キャットウーマン」なんてコテコテの娯楽作をつくるのに、わざわざこんな人材をヨーロッパから連れてくるってあたりに驚かされるよね。今回お話づくりはちゃんとハリウッドの脚本家がやってくれてるので、ピトフは絵づくりに専念したせいか結構見れる作品にはなっている。コクも何も期待出来ないが、見ている間は楽しめるよ。ハル・ベリーのカッコよさは堪能できる。

 それにしても…僕はハタと気づいたんだよね

 そう言えばハル・ベリーの前作「ゴシカ」も、意外な監督起用が印象的な作品ではなかったか。あれは何とフランスのマチュー・カソヴィッツを起用していたんだよね。そして共演はスペインのペネロペ・クルス。実際、ペネロペはハリウッド入りしてから初めて良かったと思ったよ。この起用は成功していた。

 そして今回の「キャットウーマン」でのピトフ起用。さらには共演者の一人に、フランスのランバート・ウィルソンを持ってきた。ウィルソンはマトリックス・リローデッド(2003)、同レボリューションズ(2003)に次いでのハリウッド作品出演ではあるが、前述「ゴシカ」でのペネロペ・クルス起用と合わせて考えると、何となく関連性を感じてしまうよね。

 これってひょっとしたら、ハル・ベリー側からの要請による起用ではないのか?

 まずこれらの娯楽超大作に、こうしたヨーロッパの人材起用って発想が出てこない。第一、彼らでなければならない理由がない。意識してやらなければ、決してこうはならないのだ。しかも二回連続で偶然起きる事は考えられない。ハル・ベリー主演作で立て続けにこういう事が行われたということは、おそらく彼女の意志が働いていると考えるべきではないか。

 そしてもし彼女の意志が反映しているのだとしたら、彼女は彼らが関わっている非アメリカ映画を見ているという事になる。それが本当だとしたら、これはハリウッドの映画人としては極めて異例な事だと思うよ。ハリウッド映画人ってアメリカ以外への視野がかなり狭いからね。そうとう嗅覚を鋭くしていないと、こうはならない。

 確かに他愛のない娯楽作でしかない本作だが、そうやって見ていくと企画の妙なりセンスの良さがやけに目立つ。しかもハル・ベリーはちゃんと演技者としてもトクなポジションを得ている。何だか相当クレバーな選択をしているんじゃないかと思うんだよね。それにセルフ・プロデュース能力もあるように思える。

 そんな訳で…映画人としてのハル・ベリーって、かなりセンスいいんじゃないかと思わされた一作でもあるんだよね。

 

 

 

 

 

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