「ツイステッド」

  Twisted

 (2004/10/18)


  

見る前の予想

 この映画の情報は、公開直前まで僕は知らなかった。何か別の映画を見に行った時に、予告編を見て知ったんじゃないか? だが、予告編を見た時の印象はニブかった。

 だってアシュレー・ジャッド主演のミステリー・サスペンス…って来ると、な〜んとなくもう見ちゃった気がしてくるよね。

 モーガン・フリーマン共演の「コレクター」(1997)で一気に浮上して来た人って印象があるし、「ダブル・ジョパディー」とか氷の接吻(共に1999)あたりの犯罪がらみのミステリー・サスペンス映画が出演作にやたら多いって気がする。無論それ以外の出演作もあるけれど、生憎僕はそれらを見ていなかったり印象が薄かったり…だから何となく、「またかよ」という気分になってくる。

 しかも今回の物語、女刑事に扮するアシュレー・ジャッドが、どうも「ミイラとりがミイラ」じゃないけど、自分が犯人と疑われるような連続殺人に巻き込まれてしまう。いや…周囲に疑われるだけでなく、彼女本人ですら自分を疑ってしまうような状況になっていく…というお話らしい。

 ジャッドって「ダブル・ジョパディー」では無実の罪で刑務所に入れられてしまう女を、「氷の接吻」では実際に連続殺人を行っていく病的な女を、それぞれすでに演じた事がある。だから、ますますこの「ツイステッド」ってすでに見たような映画…って気になるんだよね。

 共演はサミュエル・L・ジャクソンとアンディ・ガルシア…と、豪華と言えば豪華。だがサミュエルと来たら「パルプ・フィクション」(1994)でブレークして以来、あまりに売れっ子街道まっしぐら。「エピソード1」(1999)に始まる「スター・ウォーズ」新三部作からアッと驚く怪演の「ディープ・ブルー」(1999)まで出てしまう節操のなさ。ど〜んと主役でプロフェショナルの警官を演じる「S.W.A.T.」(2003)から、柄にもなくミニシアターが似合う「レッド・バイオリン」(1998)にも顔を出す。まぁ、ハッキリ言って何でも出ちゃう人だから、出ている事が作品の質の保証には決してならない(笑)。アンディ・ガルシアに至っては「ゴッドファーザーPART III」(1990)に出た頃は上げ潮だったけど、いつの間にかちょっと地味になって来ちゃったよね。「オーシャンズ11」(2001)でオールスターに名を連ねても、栄光の犯罪者チームではなくて仇役の方に回されちゃってる事自体が寂しい。だから豪華顔合わせも、強力な見たい要因にはならない。

 そんな僕が最終的にこの作品に惹かれたのは、監督がフィリップ・カウフマンという点だろうか?

 カウフマンと言えば、何しろあの「ライトスタッフ」(1983)がすぐ脳裏に浮かんでくる。「存在の耐えられない軽さ」(1988)もある。そういう意味では大いに期待できる…はずだ。

 ところが僕には、カウフマンと聞いて一つ大きな不安があったんだよね…。

 

あらすじ

 ここは霧の街、サンフランシスコ。今、一人の女が首筋に刃物を当てられ、男にカラダを羽交い締めにされていた。危機に陥っている女はアシュレー・ジャッド。彼女を刃物で脅す男リーランド・オーサーは、まるで陶酔するような表情でつぶやく。「オマエの鼓動を感じるぜ。身動き出来ない動物みたいだ…」

 ところが次の瞬間には形勢逆転。男はひっくり返され、ジャッドに銃で狙われているというテイタラク。そう…アシュレー・ジャッドは警官だった。彼女は連続殺人犯を追いかけ、このオーサーにブチ当たったのだ。そして見事に捕らえる事が出来た。ジャッドは携帯で応援を呼ぶと、フテった顔の犯人オーサーに一言。「忘れていた事があったわ」

 そしておもむろにオーサーの顔面にキックした

 街の警官たちがたむろするバーでは、同僚たちがジャッドの活躍を喜んだ。それだけではない。ジャッドはこれでいよいよ昇進。殺人課捜査官としてご栄転が決まったのだ。長い間ジャッドと組んでいた相棒も喜んでくれた。

 そんなジャッドに近づいて来たのは、見慣れぬ男アンディ・ガルシアだ。この店には馴染みがあるようで、どうやらガルシアも警官らしい。なにやら不敵な態度でジャッドに接近して来るが、彼女は適当にやり過ごす。

 ところでこの店の同僚たちが全員ジャッドの昇進を祝福しているかと言えば、さにあらず。もう一人の警官仲間マーク・ペルグリノは、どうやらこれが面白くないようだ。やって来たジャッドに絡んで、グチグチと皮肉を並べ立てる。「本部長ドノの後ろ盾があれば、昇進も早いわけだわな」

 だがそんなペルグリノの皮肉は、たまたまそこに通りかかった本部長その人…サミュエル・L・ジャクソン当人の耳に届いてしまう。早速ジャクソンはペルグリノに提案だ。「オマエもオレのテストに合格すれば、昇進させてやってもいいぞ」

 それはバーのカウンターの一番端にいた男の特徴を言え…というもの。だが当然そんなもの観察していた訳ではないから、ペルグリノは口ごもってしまう。ところがジャクソンが同じ質問をジャッドに向けると、彼女はちゃんと答えられた。ジャッドはどんな時でも、周囲に観察の目をめぐらせているのだ

 「警官に非番はない。だからオマエはいつまでも巡査どまりなんだ」

 だがそんなジャクソンも、彼女と二人きりになると厳しい言葉を投げかける。それはあのオーサー逮捕の一件についてだ。チームプレイから逸脱して単独行動をした。一つ間違えば死んでいたかもしれない。そんな彼女の勇み足を責めるジャクソンは、彼女が幼い頃から親代わりに面倒を見てきた男だった。

 ジャッドがまだ幼い頃に、両親は亡くなってしまった。それ以来、彼女の父親の相棒だったジャクソンが大切に育てて来た。今回の出世に、警官だった父親もさぞ鼻高々だろう…。

 さてその夜、ジャッドは店からまっすぐ帰宅したかと言えば…。

 妙に妖しげな活気に溢れたバーに、ジャッドはいかにも「馴染み」という様子で足を踏み入れた。そこでは客の男女がみな親しげに話し込んでいる。ジャッドもカウンターに腰掛けると、早速隣にいる男から声をかけられた。そいつは手の甲に音符のイレズミを入れた、ちょいとワルなムード漂う男だ。ジャッドもまんざらでもない。見つめ合う二人…ここはそんな店なのだ

 ところがそんなジャッドの様子を、あのガルシアが見ていた…。

 男のアパートへともつれ込むジャッド。激しく求め合う二人。だが、事が終わればサッサと家に帰ってしまう。彼女は男に恋愛感情を期待していない。すべて後腐れない、一夜の関係だけを求めているのだ

 帰宅した彼女は、思わず古い写真を手にする。それは椅子に座ったまま頭を銃で撃ち抜いた男の写真だ…。

 さて翌朝、新しい職場である殺人課へと出向くジャッド。そこで相棒として紹介されたのは…何と先日彼女の前に現れたガルシア刑事だ。さてはこの男、新しい相棒の身辺を調べていたのか?

 ところが殺人課の面々は必ずしもジャッドを歓迎してはいなかった。それと言うのも…ジャッドが先日捕まえたオーサーは、この殺人課の刑事が追っていたホシだったのだ。殺人課のホシを出し抜いて捕まえたジャッドは、当然のごとく良く思われる訳もない。かくして彼女は就任早々、新しい職場に敵をつくるハメになってしまう

 しかもせっかく捕まえたオーサーを何とか保釈させようと、弁護士D・W・モフェットがアレコレ暗躍し始める。ジャッドの不当逮捕だったと言いくるめる算段なのは間違いない。彼女の最後の「蹴り」も災いしそうだ。憮然とするジャッドに、弁護士モフェットは耳打ちをしてくる。「あの夜だけで終わりかい?」

 実はジャッドは、このモフェットとも一夜だけの関係を結んでいた。ところが男の方は「一夜だけ」と思っていないから問題だ。何かと隙あれば言い寄ろうとするモフェット。そんな見え透いた男の下心に、虫酸が走るジャッドではあった。

 さらに不愉快な事には、ジャッドに警察付きの精神科医デビッド・ストラザーンのカウンセリングが義務づけられる。精神的外傷を持つと思われる警官はこのカウンセリングが必須となっているのだが、ジャッドは有り難迷惑との態度を崩さない。だがストラザーンは、ジャッドの悲惨な過去を知っていた。優秀な警官であった父親が、母親を撃ち殺して自殺した。「殺し」の衝動を抑え切れず、自らをも滅ぼしたのだ。

 今はもう過去のキズを克服したし、すでに問題はないと言い張るジャッドだが、ストラザーンはそんな彼女にどこか危うさを感じざるを得なかった。それがまたジャッドには何とも面白くない。

 それでも新天地での活躍を期して、ジャッドは鍛錬を怠らなかった。特に今熱心に取り組んでいるのが、柔<ヤワラ>スティックなる器具を使ったフィジカル・トレーニングだ。これさえうまくキメれば、相手は手も足も出ないはず。

 だが、よくない事は重なるもの。ジャッドが新しい相棒=ガルシアと飲んでいると、店にあのかつての同僚ペルグリノが顔を出して、こちらの様子をチラチラ伺っているではないか。何とジャッド、このペルグリノともかつて関係を持った事があった。それ以来、スッカリ誤解して彼女の後を追い回すペルグリノ。それにいいかげん懲りて、同僚とは深い仲にならない…と決めたジャッドではあったのだが…。

 もうウンザリ。いいかげんウンザリ。帰宅したジャッドは、亡き母親の写真を見ながらついつい深酒をしてしまう…。

 ジャッドが目覚めたのは…何と翌日のすでに陽も暮れた頃。突然の携帯電話の着信音で、ようやく意識を取り戻した。電話はあのガルシアから。「今までどこにいたんだ? “殺し”だぞ!

 早速駆けつけた現場は海岸。対岸には野球場があり、現在ナイターが進行中だ。この海岸に、血まみれの男の死体が打ち上げられた。それもボコボコに殴り殺された死体だ。まるで柔スティックでも使ったかのように…。

 被害者の手の甲には、タバコの火を押しつけた痕が残されていた。これは犯人による一種の「サイン」なのだろうか?

 ところがジャッドはこの死体を見ているうち、とんでもない事実に気が付いた。

 自分はこの男を知っている!

 例によって例のごとく、あの独身者が集まるバーで引っかけた男。たった一回だけ関係を持った行きずりの男。

 それがいま目の前に、血まみれになって転がっているではないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後は映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 実はこれって映画で描かれる事件の発端の部分に過ぎないんだけど、これ以上ストーリーを長々並べても仕方ないから、ここで一応切らせてもらう。とりあえずこの後も死体がいくつか転がって、それらが全部ヒロインと関係ある男だ…という事が想像できるはずだ。ここまででも提示すべき重要な要素はすべて出てきているし、ここまで話せば誰でもどんな話かお分かりのことと思う。だからこれ以上続ける必要はないんだよね。

 そして、続けるつもりもない。

 実はいきなりハッキリ言うけど、この映画ってどうしようもない作品だ。

 ここまでのストーリーを見れば面白そうな気もするかもしれないが、ハッキリ言ってそれは間違い。てんで面白くならない。確かにナゾまたナゾ…の展開だし、最後はどんでん返しがあるにはある。だけど、それでも映画は盛り上がらない。

 なぜか?

 ズバリ言って、見る側は途中でどうでも良くなってしまうのだ。主人公がどうなろうと、誰が真犯人だろうと関係ない。事件の真相も、解決がどうなるかも、全然興味がなくなる。ミステリー・サスペンス映画でこれってちょっと考えにくい事なんだけど、実際にそうなんだから仕方がない。だから意外なラストもクソも関係ない。

 実はこの「意外なラスト」ってのもかなり乱暴なシロモノで、意外だとかビックリだとか言う前に「それってホントかよ?」とか「何でそうなるの?」と呆れかえるしかない。あっけらかんと明らかにされる「真犯人」にもアゼン。伏線もへったくれもない。あることはあるんだが、あれって「伏線」って言うのかね? しかも、それって大体が察しが付いてしまう人物なのだから始末に負えない(笑)。

 さらに「真犯人」は正体が明るみになる直前、ある人物にすべての罪をなすりつけようとするが、それがまた何ともトホホな無茶なやり口。あまりに強引なので、こっちは何が起きているのかも分からないほどだ。アレレ?…と、目を丸くしている間にコトがどんどん進んでいく

 さらに最後の最後もひどい。結局、ヒロインは携帯電話から「真犯人」の会話をかつての同僚警官に実況中継する事で、絶体絶命のピンチを免れる。でも、「真犯人」が得々と自分の罪状を自慢げに披露する事で自滅する…って解決の仕方、あまりに幼稚だとは思わないか? 何だかこの幕切れに至る一連の慌ただしい解決の仕方って、テレビ時代劇の捕物帖モノ並み…「ナゾ解き」以前のシロモノなのだ。

 しかも…実は僕は、いまだにこの「真犯人」の一連の犯罪の動機って全然分からないんだよね(涙)。それらしい事はうち明けられるが、それって動機と言えるのかどうかが分からない。

 そんな訳で、結末が無茶でボロボロ…というミステリー・サスペンスとしては致命的なキズを持つこの映画だが、観客はそんな結末に辿り着く前にすでに関心を失っている。実はそっちの方がもっとこの映画の致命的なキズだ。結末でガッカリ…となる前に、とっくの昔にどうでも良くなっちゃってる事の方が問題だ。

 それは、ヒロインの設定に決定的な欠陥があるからだ

 そもそもヒロインの運命に関心が持てない。ヒロインが悪人であろうと殺されようと、そんな事どっちでも良くなってしまう。ズバリ言って、そんなヒロインでしかないってところがマズイんだよね。

 ヒロインに以前よりトラウマがあり、それが内心の怯えになっている。そして連続殺人が起きた時、ひょっとして自分が犯人では…という疑いに怯える。

 そんな設定そのものは決して悪くはない。

 だが、このヒロインはヒラから殺人課捜査官に抜擢されるという、優秀な警官であるはずだ。それがこんなデタラメでいいのだろうか?

 僕はここで、ヒロインが夜な夜な独身者バーに出没して刹那的なセックスに溺れている事をとやかく言っているのではない。むしろそれに徹してくれるのならば、背徳的で官能的なサスペンスになって、もっと面白く仕上がったかもしれない。

 問題なのは、このヒロインが何かと酒を飲んでブッ倒れることだ。

 そして泥酔した時に限って殺人が起きる。途中でヒロインは「自分がやったのでは?」と疑いだすが、それならばこの飲酒も慎むべきではないか。しかも中学生がコークハイ飲んでるんじゃないんだから、いちいちブッ倒れるなんて変だとは思わないか? いいかげんそれに気づいてもおかしくないはずだ。だいたい殺人が起きなくとも、酒を飲むたび泥酔ってだけでマズくはないか? 大人として、これってちょっと変だろう(笑)。

 おまけにこのヒロイン、何かとキレやすい。中傷を受けて荒っぽいマネに出たくなるのは分からないでもないが、ちょっとした事でイライラ。精神科医に指摘されても仕方がない。それもまた気に入らなくてイライラ。すぐにデカい声でわめく。

 それって優秀な「殺人課捜査官」としていかがなものだろう?

 すぐに酒飲んで倒れる。倒れるたびに殺しが起きているのに気づかない。あるいは気づいていても、また飲んでしまう。おまけに何かとすぐキレる。こんな人間が、果たしてプロの捜査官と言えるのだろうか? あまりにバカっぽくないか?

 冒頭、捜査官への昇進が決まったヒロインは、バーで仲間たちに即され「お得意」のポーズを披露させられる。「私は殺人課捜査官よ!」と勇ましく言って、警察バッジを掲げるというものだ。まぁ冗談でやっているとは言うが、ガキじゃあるまいしそんな事を得意げにやってるなんて、プロの警官としてどうかと思ってしまう。ハッキリ言って、あまりに愚かすぎるんじゃないのか。

 ヒロインは終始コワモテにクールに決めてるし、仲間の前で「バーで男拾ってセックスした、それのどこが悪いの?」なんて開き直ってる。だが、問題はそんな事をハードボイルドにキメればキメるほど、酒でつぶれるわ即キレるわ…というガキ同然の幼稚さの方が浮き彫りになっちゃう事だ。カッコつければつけるほど、このヒロインはバカっぽく見える。

 これじゃ観客はヒロインを見放してしまう。そんなヒロインがホントに犯人だろうとピンチに陥ろうと、みんなどうだってよくなってしまうのだ。それじゃサスペンスにならないよ(笑)。

 どうしてこの映画が、あのフィリップ・カウフマンの映画なの?

 あの「ライトスタッフ」「存在の耐えられない軽さ」のカウフマン…と思ったら、とても信じられないし我慢できない。「SFボディスナッチャー」(1978)だって面白かったもんね。クイルズ(2000)も怖い映画だった。どれも主人公たちの人間洞察に優れていたり、時代色や社会背景への深い考察を感じさせた。それがまたどうして…?

 この映画のハンパじゃないズッコケ方を考えると、これってホントにカウフマン映画なのか…と信じがたい気分になってくるんだよね。他の凡作を撮っている職人監督でも、ここまでヒドい映画はなかなかない。なのに、よりによって何が悲しくてカウフマンが…?

 ただ…実はここで冒頭のあの一言が蘇ってくる。「ところが僕には、カウフマンと聞いて一つ大きな不安があったんだよね…。」って、あの一言だ。

 実はフィリップ・カウフマンって、一作だけとんでもない映画をつくっちゃっているのだ。

 それはマイケル・クライトン原作のジャパン・バッシング映画「ライジング・サン」(1993)。何とショーン・コネリー、ウェズリー・スナイプスと配役も豪華なのに、この映画の内容はヘロヘロなのだ。それは、明らかに日本への誤解や偏見に満ちているから…という訳では必ずしもない。

 いや、もちろん日本トンデモ映画としてもものすごい内容なんだよ。女体盛りなんか出て来ちゃって、日本人ってエコノミック・アニマルとヤクザしかいないみたい。とてもじゃないけど、1950〜1960年代の冷戦下でのアメリカの宇宙開発の様子をリアルに描いたり、プラハの春当時のチェコの状況を生々しく表現した映画作家の作品とは思えない。

 だが、誰がどう撮ってもそれなりに無難にはつくれるはずの、ミステリー・サスペンスとしての作品内容もガタガタというのは一体どうしてだろう? 面白くない…なら、まだいい。ガタガタで…どこか変としか言いようのない稚拙さなのだ。

 その時はさすがに、マイケル・クライトンのベストセラーに引きずられてしまったのかな…と、自分なりに納得しようと思ってそう考えた。音楽を担当したあの武満徹だって、何を血迷ったかドンドコ和太鼓なんか叩かせちゃって日本趣味全開したりしてるからね。きっとしょうがなかったんだ。やりたくてやったんじゃない。そうに決まってる…。

 とは言え、それってやっぱり「ライトスタッフ」や「存在の耐えられない軽さ」との落差があまりにデカ過ぎた。決してクライトンのせいばかりじゃなさそう…って事は、僕だって感じずにはいられなかったわけ。

 そして今回の「ツイステッド」だ。

 ここで結論らしきモノを導きだす事なんて、僕にはとても出来ない。何かを結論づけるには、あまりに材料が少なすぎる。ただ、一つだけは言えるかもしれない

 現代アメリカを舞台にリアルな現実世界で、ミステリー的題材を手がける事…それってカウフマンには無理なんじゃないか?

 今までカウフマン映画で大コケしたのが二作だけで、その両者に共通する要素は上記に挙げたものだけ。だから、実はこう結論づけるのはあまりに早急だ。だが、この二作と他の作品との出来具合にあまりに落差がデカいだけに、僕はここに何らかの原因を考えずにはいられない。どんな監督だって、駄作もつくれば失敗作も撮る。だが、これほど成功作の名残も片鱗も感じさせぬほどにダメな映画を撮るってのは、極めてマレな事ではないだろうか?

 そうなると、今回たまたまうまくいかなかった…という事では説明できない。ダメになるだけの必然性というものがあるはずだ。

 そのくらい今回はひどい。つまらないとかちょっとマズイとか、そんなレベルじゃない。本当に珍しいくらいの、娯楽映画としての破綻ぶりなんだよね。

 

見た後の付け足し

 だから悪いけどこの映画って、まるっきり収穫なしとしか言えない。少なくとも僕にはたった一つだけしかなかった。

 サンフランシスコの海岸にはアシカがいる。

 それが分かった事だけが、この映画を見た収穫だったよね(笑)。

 

 

 

 

 

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