「アイ、ロボット」

  I, Robot

 (2004/10/04)


  

今回のマクラ

 しかし呆れたよ。あのナベツネと長嶋のツーショット写真というのには。

 病み上がりの長嶋が、たまたま読売新聞本社に立ち寄った…とかいう触れ込みの写真だが、見ていて鳥肌が立った。いまだにオッサンに人気絶大の長嶋、しかも闘病中のこのスターを担ぎ出して、自分の名誉回復を図ろうとは何とも呆れ返った恥知らずだよね。それに利用された長嶋も長嶋だが…。

 世の中それこそいろいろあるから、多少の厚かましさには驚かないが、それでもねぇ…。このナベツネといい他の連中といい、プロ野球のオーナーってのはホントに訳分からない非常識な連中みたいだ。

 この映画「アイ、ロボット」には、アイザック・アシモフのつくった「ロボット三原則」が出てくる。毎回この「マクラ」はいろいろ映画と関係のない話をダラダラ書いているが、今回はいたって短く、この「ロボット三原則」にちなんだ話題を述べたいと思う。

 題して「プロ野球球団オーナー三原則」

 暴走して人間に悪さをしないようにつくられたのが「ロボット三原則」。さすがアシモフは偉かった。先見の明があった。これと同じように、人間とはとても思えない事を平気で言い出すプロ野球球団のオーナーたちにも、最初から人間扱いなんかせずに「三原則」をつくっておけば良かったのだ。それをしなかったから暴走した。これからはこんな悪い事をしないように、キチンとどちらが上で誰が偉いのかをハッキリさせないといけない。これは僕が提案する「オーナー三原則」だ。以下はその内容。

第1条 球団オーナーは選手に危害を加えてはならない。

 当たり前だろう。オーナーが野球をしている訳ではない。こいつらはただ金を出しているだけだ。カネさえあればバカでも出来る事をしているに過ぎない。まさかいざとなったら自分で球を放ったりする訳もあるまい。ハッキリ言って野球の世界では「無能」な人間だ。どっちが上か、ちょっと考えれば分かりそうなものだ。

第2条 球団オーナーは第1条に反するおそれのない限り、野球ファンの命令に服従しなくてはならない。

 これはもっと当たり前だろう。どんな商売だってお客サマが神様なのだ。客にタテついていい商売なんてこの世にはない。こんな簡単な「商売のイロハ」も分からない球団オーナーたちが「経営」を語るなんて、そもそもチャンチャラおかしい。ソレが何より「無能」と称する所以である。

第3条 球団オーナーは第1条、第2条に反するおそれのない限り、チームとリーグを守らなくてはならない。

 これなしにオーナーだって商売は出来ないはずだ。エンターテインメントは夢を売る商売だ。夢も希望もないモノを、お客がカネを払って買ってくれる訳もないだろう。こんな無能経営者がやってるから赤字になるのだ。問題はハッキリしているではないか。

 これが守れなかったら?…そんなオーナーは廃棄処分だ。ゴミ捨て場に放り出せ。どこか壊れているに違いないからね。

 

見る前の予想

 ウィル・スミス主演のSF近未来アクション。前述の通り、タイトルから見てもアイザック・アシモフの有名なSF小説「われはロボット」を原作にしているらしい。見る前の事前の情報は、それだけ。

 いや、正確にはそれだけではない

 ウィル・スミスと近未来SFというのはミスマッチに見えて、すでにスミスは「インデペンデンス・デイ」(1996)に主演済みだから、すでに意外性はあまりない。刑事役ということだから、むしろ役柄としては「バッドボーイズ」(1995)に近いのかもしれぬ。一応未来SFのコロモをつけてはいるが、中身は意外にオーソドックスなサスペンスもの…と言えば、トム・クルーズが主演したマイノリティー・リポート(2002)あたりも脳裏にチラついてくる。

 だいたいこの映画のイメージは、そのあたりに落ち着くのではないか?

 

あらすじ

 クルマが水に沈んでいく。車内がどんどん浸水していく。ウィンドウからは、同じように沈んでいく別のクルマが見える。そのクルマの中には泣き叫ぶ少女の顔が見えた。やがて何者かがウィンドウをぶち破って…。

 ハタと気づくと、ウィル・スミスは拳銃を抱えてベッドの中。先ほどまで彼が見ていたのは悪夢だ。

 2035年、ここはシカゴ。街の中は他のアメリカの大都市同様、白いの黒いの黄色いの…ありとあらゆる人種の人々とロボットが…そう、ロボットがいた。この時代、ロボットは完全に実用化され、普通の人々の手の届くマシンになっていた。日常の手伝いから重労働まで…例えばこの街角でも、ゴミ収集車にゴミを突っ込んでいる労働ロボットがすぐそこにいる。

 そんなロボット・メーカーの中でも群を抜いてトップを誇るのが、ここシカゴの中心街に本社ビルを持つUSロボティックス社。このUSロボティックス社は来週にも新製品発表を控えていて、今まさに話題の的。それは機能と汎用性で定評があるベストセラー機NS-4をさらにグレードアップした新型機種NS-5だ。従来型と違って人間のような「顔」の付いたNS-5…この機種の優れた点は、何より自ら進化出来ること。正確にはUSロボティックス社内にある大型ホスト・コンピュータ「ヴィッキ」と衛星を介してリンクしており、その都度ソフトをアップデートしていける次世代型ロボットなのだ。

 さて、そんな人間・ロボット混合の雑踏の中を、刑事のウィル・スミスはこれからご出勤だ。だがその途中、女物のバッグを持って突進するロボットを見つけて、思わずいきり立つ。「テメエっ、そこで止まれっ!」

 ところが一向に立ち止まらないロボット。これにはスミスもキレる。猛スピードで走るロボットを追って、スミスも負けじと突っ走る。

 そしてロボットにタックル!

 羽交い締めにしてロボットを抑えつけたスミス。やったぜ、捕物は大成功…と思いきや…。

 それを見ていたオバサンはカンカン。そもそもそのバッグはオバサンのもの。喘息持ちのオバサンのために、このロボットは家に置いて来た呼吸器を持って来ただけだった。スミスはオバサンからバカ呼ばわり。

 そのバカ呼ばわりは、出勤した警察署でも同様だった。早速上司のチー・マクブライドからお目玉だ。「オマエ何を考えているんだ? ロボットが今まで犯罪を犯した事があるか?

 確かにそんな試しはない。ロボットは厳しい掟に縛られて、絶対人間に刃向かう事が出来ないようになっているのだ。それをなぜスミスはあんなにムキになって疑ったのか。

 それでも上司マクブライドは、スミスの事を気遣っていた。どうもスミスは何やら病気かケガから復帰したばかりらしい。そんな疲れや焦りも手伝っての、あの勘違いだったのか?

 そんな時、スミスに連絡が入った。それは、あのUSロボティックス本社からだ。ただちに現場にスミスが急行すると、それはある男の自殺の連絡だった。

 超高層ビルであるUSロボティックス社の内部は吹き抜けになっていて、これまたすさまじい高さの偉容を誇っていた。この男はそこから身を投げた。一階ロビーに倒れて頭から血を流しているその男…それはこのUSロボティックス社の基礎を築いた天才的科学者、ジェームズ・クロムウェルだった。本来は殺人課の刑事であるスミスは畑違い。だが今回は、クロムウェルが生前記録していたホログラム映像によるご指名だった。そしてスミス自身もかつてクロムウェルとは面識があったのだが…。

 スミスはまずUSロボティックス社の社長ブルース・グリーンウッドに面会する。だが、クロムウェルの自殺には全く思い当たるフシがないの一点張り。その代わりグリーンウッドは、生前クロムウェルと共に働いていた女性科学者ブリジット・モイナハンに捜査協力を命じた。

 さてクロムウェルは仕事場であるラボの窓をブチ破って飛び降りたが、ラボは内側からロックされて何者かが侵入した形跡はなかった。それだけを考えると自殺としか思えなかったが、どうもスミスは合点がいかない。この本社ビルのホスト・コンピュータ「ヴィッキ」はすべての監視システムも掌握しているので、その時の映像を記録しているはず。ところが肝心のその時間のデータは、なぜか破損して見ることが出来ない。実際のラボに乗り込んだスミスは、ラボの窓ガラスに注目。窓に大穴が開いているのは、クロムウェルが体当たりしてそこから転落したからだろうか。だがその窓ガラスは強化ガラスだ。スミスが思いっきり椅子をぶつけても割れない。クロムウェルがそこを突き破って落ちたのはおかしいではないか。

 何から何まで怪しんで疑うスミスの言動に、協力している女性科学者モイナハンは反発。あげくの果てにロボットを疑いだしたスミスに、それはあり得ないと力説する。なぜなら、ロボットはすべて決められた「三原則」をインプットされているから。それは次の通り。

第1条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。

第2条 ロボットは第1条に反するおそれのない限り、人間の命令に服従しなくてはならない。

第3条 ロボットは第1条、第2条に反するおそれのない限り、自らを守らなくてはならない。

 つまりは今朝スミスがバカ呼ばわりされたのも、このせいだった。ロボットは人間に反する訳がない。それが社会の常識だった。だがスミスは、どうしてもそれを鵜呑みに出来ないのだ。

 あげくゴミ箱をガサガサ探し出すと、いきなり飛び出してきたのは…。

 何と、こんな所に発売間近の「顔」を持った新型ロボットNS-5が一体隠れていたではないか! それだけでも奇妙なのに、こいつはスミスに対して応戦。ちょっとした隙に女科学者モイナハンの銃を奪ったNS-5は、そのままスミスと互角のにらみ合いだ。しかしモイナハンはスミスに必死に叫ぶ。「脅すから向こうも応戦してくるのよ。銃を下ろして!」

 しかし、銃を構えて両者にらみ合いの一触即発状態は続く。やがて一瞬の隙を突いたNS-5は窓から飛び出し、一気に一階ロビーへと落ちていく。しかし、そこはロボット。ちゃんと着地して本社ビルから逃走。外の群衆の中に逃れてしまった。唯一の救いはスミスが発砲した弾丸を受けて、身体の一部が損傷したことか。そして逃走したロボットが、なぜか奪った銃をその場に残したこと。

 損傷したロボットが、同種のNS-5が格納されている工場に自分の身体を修理に来る…そう読んだモイナハンは、スミスを連れてUSロボティックスの格納庫へと向かう、案の定、そこにはNS-5が1000体ピッタリあるはずなのに、なぜかコンピュータが示したのは1001体。1体余計だ。

 結局ここでもスミスが銃にモノを言わせたため、問題のロボットは姿を現した。スミスを叩きのめし、外へと逃走しようとしたロボットだが…外には警官隊が駆けつけ、アッという間にロボットを生け捕りにしてしまう。

 これで、めでたしめでたし…。

 …にしては、クロムウェルの死が納得出来ない。自殺にしろ殺しにしろ、意味が分からない。スミスは何とか捕まえたロボットと面会したいと思ったが、上司マクブライドは渋い顔。何しろUSロボティックス社の弁護士と社長グリーンウッドが到着するまでは、面会まかりならんというお達しなのだ。だが、どうしても解せない。そこはそれいつものナニで融通きかせて…と粘ったおかげか、上司マクブライドもついに折れて面会を許してくれた。「ただし5分間だけだぞ、5分間!」

 思わず嬉しそうにマクブライドにウィンクして見せるスミス。だがそんなスミスの表情を、あのロボットはちゃんと観察していた。

 「その目をパチッとやったのは、一体何なんですか?」

 「オマエに言っても分からないだろうが、“ウィンク”ってやつだよ」

 「ウィンクってどういう意味なんですか?」

 「ちょっと古い話だが、つまんなそうな顔した女の子二人が歌ったり踊ったりするやつだ」

 「そんな寒いギャグは言わないでください」

 「分かったよ! あれは“オレを信用しろ”って秘密のサインだよ」

 …とか何とか訳の分からないやりとりが始まる。驚くべき事に、このロボットは自らをサニーと名乗り、ちゃんとした人格があると主張する。一体こいつはロボットの変種なのか? こいつに例の「三原則」は通用するのだろうか?

 だがロボット=サニーはそんなスミスのナゾには答えてくれない。ただ、妙に沈んだ表情でこう語るだけだ。「約束ってのは守らなくてはならないんでしょうかね? 守るべきなんでしょうか?」

 だが残念ながらここで時間切れ。USロボティックス社のグリーンウッド社長がやって来て、スミスは取調室から追い出されてしまった。おまけに政治的圧力をかけて、上司マクブライドを脅すアリサマだ。「ロボットの身柄はいただいていく。近鉄とオリックスも合併させる。来季からは1リーグ制でいく。読売ジャイアンツに逆らったらこの世界じゃ生きていけないぞ。文句があったらナベツネ様に言え!」

 だがスミスは当然のごとく納得出来ない。ナゾを解く糸口にでもなるかと、彼は夜中に亡くなったクロムウェルの家へとやってくる。すると家は解体処分が決まっていたのか、そばに家屋破壊用の巨大ロボットが置いてあった。念のためにスミスがチェックすると、明朝8時に起動するようにタイマーがセットされている。ならば安心…と、家の中に入っていったのもつかの間!

 いきなり巨大ロボットのタイマーが勝手にセットし直され、いきなり動き出したからたまらない。まだスミスが家の中にいるのに、巨大ロボットは構わず家を破壊し始める。慌ててスミスは家の中を逃げまどうが、巨大ロボットは情け容赦なく破壊し尽くす。かろうじて何とか家から脱出した直後に、巨大ロボットは家を完全に壊して停止した。

 これは何か変だ!

 スミスはあの女性科学者モイナハンの家に夜中に押し掛け、先ほどクロムウェルの家であった事を話し始める。「昼間のNS-5に、さっきの破壊用ロボット…一日に二度も狂ったロボットに襲われるなんて事があるか?

 だがモイナハンは、そんなスミスの言葉を黙って聞いてはいなかった。そもそも何かと言えばロボットを目の敵。彼女から見れば、スミスはロボット嫌いの妄想に取り憑かれているとしか考えられなかった。そんなモイナハンの頑なな態度に、スミスは捨てぜりふを残して立ち去っていく。「オレもアンタも同類かもな。上辺だけ見て中身が分かってない…」

 だがそんな事に構わず、NS-5は予定通り市場に出回っていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後は映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 まずはこの映画、アイザック・アシモフの名前を出しているにも関わらず、「われはロボット」の映画化ではない。アシモフの小説をネタにはしているとは明記してあるが、物語はまったくの別物。つまりいただいたのはあの有名な「ロボット三原則」とタイトルだけ…みたいなのだ。

 おそらくはハリウッド的娯楽大作としての器が欲しかった制作者側としては、アシモフ原作そのままでは向かないと思ったのか。ともかく映画「アイ、ロボット」は原作とはまったく別のストーリーで、どちらかと言えばオーソドックスな映画らしいストーリーで進行する。

 そう、「ブレードランナー」(1982)以来の近未来SFモノの定石と言っていい、ハードボイルド・ミステリの近未来版的物語だ。

 見る前の予想にも引き合いに出した「マイノリティー・リポート」も、そうしたミステリ映画っぽい一本。だがミステリらしさという点で言えば、この「アイ、ロボット」の方が上だ。ちゃんとウィル・スミスのタフな「探偵」を主人公にしたハードボイルド・ミステリものの雰囲気を出しているのだ。スミス扮するしがない主人公が汚いアパートに住んでいて、窓にはブラインドがかかり、なぜか扇風機が回っているあたり…モロにそうした雰囲気を出そうとしているのがアリアリ。劇中スミスが猫を救うくだりが出てきたので、こりゃハードボイルド探偵が猫をかわいがっているというパターンまで踏襲しようとしているのか…と思っていたら、こっちの方は大して生かされていなかったが…(笑)。ともかく主人公の捜査の粗っぽさ、ナゾがナゾを呼ぶ展開、主人公を襲うトラウマ…などなどが、実に気分を出しているんだよね。

 で、この映画の監督アレックス・プロヤスって一体誰だ?…と思ってたら、この男って「ダークシティ」(1998)をつくった男ではないか。

 「ダークシティ」は地味な扱いではあったが、僕もすごく気に入った作品だ。確か記憶のない男が悪夢に取り憑かれながら街を逃げる物語。そしてその街にとんでもない秘密がある物語だった。あれって確か「トゥルーマン・ショー」(1998)を見たばかりの時に公開されていたから、ネタ的に共通する部分があって興味深く思ったものだ。で、文句なく面白かったのは「ダークシティ」の方。映画のつくり方にどことなくフィルムノワールじみた陰りがあったし、モロにそれを狙った絵柄が出てきたのも面白かったが、今考えればそんな往年の犯罪映画、フィルムノワール、ハードボイルド映画の近未来SF化という部分で「アイ、ロボット」と共通点が見いだせるね。

 ただし、「ダークシティ」ではそんな作者プロヤスのこだわりとか美学がもっと前面に出て、かなりクセの強い映画に仕上がっていた。それだからこそ「ダークシティ」は面白かったとも言えるが、今回の「アイ、ロボット」の場合はもっとそれが薄味でハリウッドSFとして明るくつくられてはいる。

 それでも「マイノリティー・リポート」みたいに「単なるSF大作」っぽいところまでは薄まらなかったあたりは、さすがに「ダークシティ」をつくったクセモノだけある(「マイノリティー・リポート」の場合は、元々スピルバーグに映像スペクタクルを自分から志向してしまうクセがあったことが災いしたとも思えるのだが)。そんな訳でハードボイルド探偵ものの独特の味は、かろうじてこの映画に残されたように思う。

 さらにこの映画はロボットの「倫理」をテーマにした事で、ある意味でロッド・スタイガー側から見た「夜の大捜査線」(1967)みたいな趣もある。一番近いのはジェームズ・カーンの偏見ガチガチ刑事が、コンビを組むことになった異星人刑事といがみ合いながらも捜査する「エイリアン・ネイション」(1988)あたりだろうか。ここではウィル・スミスはロボットと組んで捜査する訳ではなく、あくまで捜査官と被疑者の関係なのだが、終盤力を合わせて戦うあたりにはそんな味わいも出てくる。

 そんな終盤ではスミスとロボットの間で、「ウィンク」をネタにした脚本上の伏線が効いてくる。ここは確かにうまくやったな…と思わされる見事な工夫だ。最後はスミスとロボットがガッチリ握手という…言ってみればクサいとしか言いようのない幕切れだが、その後味は決して悪くない。

 それと言うのもこの「アイ、ロボット」がイマドキのハリウッド大作的外面をしていながら、精神の点で往年のアメリカ映画の良質な部分を受け継いでいるからだ。決して付け焼き刃ではつくってない。アメリカ映画が長い伝統の中で培ってきた、オーソドックスな作劇術をうまく生かしているから、単に大味でない「面白い」作品にできあがっているのだ。

 

見た後の付け足し

 先にこの映画を説明する際に、「夜の大捜査線」やら「エイリアン・ネイション」などを引き合いに出したが、確かにロボットの倫理をテーマにしているだけに、そんな作品群と共通する「異人種」問題のメタファー的部分は無視出来ないだろう。特に冒頭からスミスがロボットを「缶カラ野郎」と悪態つくあたりは、「エイリアン・ネイション」でジェームズ・カーン刑事が異星人たちを「タコ」と侮蔑するあたりに相通じるものがある。

 そう考えていくと…実は僕にはちょっと最近感じている事があるのだ

 先に「ブレードランナー」から「マイノリティー・リポート」にかけてのお約束…とも述べたが、どうしてかくも近未来SF映画は、毎度毎度ハードボイルド・ミステリの作り替えみたいなスタイルをとらされるのか?

 あるいはなぜいつの間にかハリウッドは、かき入れ時の大作というとSF作品ばかりつくるようになったのか?

 僕は最近それがなぜか妙に気になるんだよね。

 確かに観客層の中心であるティーンエイジャーにとっては、SF作品の方が魅力的に見えるかもしれない。そしてCG技術の発達した今日なら、SF作品の方がスペクタクル的に派手な作品をつくりやすいとも言える。さらに多くの近未来SFがハードボイルドの作り替えであるように、SFというコロモを着せれば過去の定石的なドラマが新鮮に焼き直せるかもしれない。特に最後の点については、企画貧困のハリウッドにとって切実な問題だろう。

 だが、ひょっとしてそれだけではないんじゃないか?

 昨今のハリウッドでは…というかアメリカ社会では…いやいや、この日本においてさえも、やたらと表現において「政治的正しさ」を要求される。差別表現だの何だのと、ありとあらゆる圧力団体やら有識者らがチェックしてくる。どうでもいい事まで「差別」にされる。まるでゴロツキのイチャモン同然なクレームがつく。「自由」や「人権」を標榜する側が、自分から平気で「言論弾圧」する。言葉狩りされ、映像も出せなくなり、しまいには萎縮して自主規制が始まる。作り手の側にとってこんな窮屈な状態で現実社会のフィクションをつくる事が、極めて困難になってきたのではないか

 それなら…物語をありえない未来に持っていったり、知り得ない外宇宙に持っていったり、コンピュータやロボットの物語にしたり異星人の話にしたりして、そんなどこの連中もが文句が言えない状態にしちまえばいい。ハリウッドの制作者たちは知らず知らずにそんな事を考えて、とりあえずつくるならSF…って事になっちゃってる向きもあるんじゃないか。

 これは僕がSF好きだからこそ、強く感じる事だ。だっておびただしくつくられているハリウッド製SF映画、その大半は…別にSFにする必要がないものに思えるもんね。だとしたら…これはゆゆしき問題なのではないか?

 そういや、言論が統制されていたソ連・東欧では、SFが西側以上に発達していた事を思い出す。

 もしそうだとするなら、もはやハリウッドは末期症状かもしれない。いや…真面目な話、「ロボット三原則」なんかよりも、「政治的な正しさ三原則」とでも言うべき指針みたいなものの方が、よっぽど必要なんじゃないだろうか?

 「アイ、ロボット」自体は楽しめる映画だし、僕もSF好きとしてSF映画が見られるのは大歓迎だが…こういう理由が背景にもしあるのなら、ただ喜んでいる訳にもいかないよね。

 

 

 

 

 

 

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