「シルミド」

  Silmido

 (2004/06/28)


  

今回のマクラ

 今じゃプロ・スポーツって言うと、若い人の間じゃサッカーのJリーグの方が盛んなんだろう。プロ野球なんてかつてみたいに娯楽の王様じゃないんだろうね。かく言う僕も昔気質の男とは言え、最近じゃめっきりテレビでプロ野球を見る機会も減った。正直言って関心はかなり低いんだよね。

 だが、それでもこれは大事件だと思ったよね。先日スポーツ・ニュースでも大々的に報じられたから、みなさんも当然ご存知の事だろう。パ・リーグの2チーム、近鉄バッファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併騒ぎだ。

 まずこれって、パ・リーグの中での対戦カードに激変が起きる事を意味する。それまで6球団でやってたのを5球団でやる事になるんだからね。同じ日に全球団が試合を行うという事は不可能になる。1チームは相手がいなくなるわけだ。

 それからつまんない事だけど、近鉄のホームグラウンドである大阪ドームはどうするんだという話になる。この合併ってのは、そもそも経営が困難になってきた近鉄球団の救済みたいな話だから、もし行われるとしたら対等合併ではあり得ない。近鉄がオリックスに吸収合併されるカタチをとるはずだ。ならば大阪ドームの試合はなくなるか、あっても極端に激減するだろう。これは球場の死活問題につながってくるよね。

 それからパ・リーグでやろうとしていた、シーズン末のプレーオフはどうなるのか? せっかく観客増を狙ったプランが、根底から覆ろうとしているのだ。

 もっとデカイ話をすれば、セ・パ合わせて12球団でずっとやって来たプロ野球の根幹に関わる事でもある。なぜなら経営困難になっている球団はもっとある。これがキッカケで店仕舞いを考える球団が出ないとも限らない。いや…出ないとも限らないどころか、出そうという動きすらあるのだ。

 それにはちゃんと理由もある。セ・パの2リーグ制を廃して、1リーグに統一しようと画策している向きがあるからだ。そういやそれまでの悪行三昧にも関わらず、またまたあのジイサンが出てきたではないか。プロ野球界をさんざ悪い方向に引っ張って来た読売ジャイアンツのオーナー、球界の巨悪・ナベツネが! 大体このジジイが出てくると、ロクな話になっていかないんだよね。

 このジジイが言うに事欠いて、1リーグにするには後1球団つぶさないと条件をのめない…などと言い出した。何を勝手な事をヌカしているのだ、このボケジジイが。これ以上球団をつぶす気か。

 そりゃパ・リーグのチームにしてみたら、巨人戦をやる機会が出来て観客動員に結びつくかもしれない。だがその代わりにプロ野球界は、もっと大切なものをたくさん失ってしまうのだ。まずオールスター・ゲームなどは、およそ魅力は半減だろう。いつも顔を合わせてる、見慣れた選手が並んだところでオモシロイ訳がない。それより何より日本シリーズがなくなってしまうじゃないか。これじゃプロ野球界全体で見ても、得るモノより失うモノの方が多くはないか?

 球界再編だとか言うけれど、それにはシステムやカネの分配をいじくったって意味がない。球団の数を増やそうが減らそうが関係ない。まず最大にして必要不可欠な球界の改革って、品性下劣にして俗悪な権力者=ナベツネの更迭以外にないじゃないか(笑)。どの選手がクビだの要らないだのって話の前に…ナベツネ、オマエが要らねえんだよ!

 それにこいつらは、最も大切な事を忘れてる。

 近鉄、オリックスにはそれぞれファンがいる。そしてそれぞれの球団は、大阪・神戸という地元に根付いているはずだ。それらのファンを無視してコトが進んでいるってのはおかしくないか? プロ野球というエンターテインメント産業が、こんな事でいいのだろうか? これで夢が売れるのか。

 そして実際に野球をするのは選手だ。ナベツネみたいなジジイじゃない。それなのに肝心の選手のコトがないがしろにされてはいないか? 

 彼らは悲しんでいると思うよ。そして裏切られた気持ちで怒り心頭だと思う。それより何よりお先真っ暗だと思う。それでも選手たちは戦いを続け、ファンも応援をやめないのだ。その潔い態度には頭が下がるよ。

 それって彼らの最後を飾る、意地と心意気ではないのか。

 

見る前の予想

 この6月は、韓国映画の大ヒット戦争大作が2本立て続けに来ると聞いていた。片やシュリのカン・ジェギュ監督が放つ、朝鮮戦争を兄弟愛を絡めて描いた大作「ブラザーフッド」。そしてもう一本は、韓国現代史秘話とでも言おうか、北朝鮮に潜入させるはずだった特殊部隊の映画「シルミド」

 特に後者は、ホントにこんな事があったのかと驚かされるお話だ。でも、あちらの事を書いた本をいろいろ読むと、戦後の南北朝鮮っては知らないところでは「何でもあり」の状況だったらしいんだよね。

 そんな韓国戦後秘話的な興味もあるし、何よりアン・ソンギ、ソル・ギョングなど実力派男優がスクラム組んで描く戦争アクション…と聞けば、見たくなるのが人情ってもんじゃないだろうか?

 

あらすじ

 時は1968年、それはまだ寒い1月21日のこと。ソウル市内に怪しげな軍服姿の男たちが潜伏していた。彼らはいずれも北朝鮮軍の特殊部隊の面々。ここソウルの大統領府・青瓦台を襲撃して、時の韓国大統領パク・チョンヒの暗殺という密命を帯びていた。それが今にも実現しようという時、彼らの頭上にパッと明るく照明弾の光が照らされる。

 「バレたっ!」

 たちまち始まる北朝鮮特殊部隊と韓国治安部隊との銃撃戦。韓国軍の兵士を数多く道連れにしながらも、北朝鮮特殊部隊の面々は一人また一人と銃弾に倒れていく。

 そんな折りもおり、ソウルの市内では華やかな結婚式が行われていた。そこに数人のチンピラ、ヤクザが襲撃をかけてくる。その中心人物はソル・ギョングなる札付きのワルだ。彼はヤクザの鉄砲玉として、この結婚式に出席していた敵ヤクザの親分を殺す命を受けていた。

 結局、北朝鮮の兵士は一人を除いて全滅。この生き残りの一人は、大統領暗殺の指名について白状させられた。その一方、めざす男をナイフで刺したソル・ギョングはその場を逃走。しかし最後に駆けつけた刑事たちに取り押さえられる。

 逮捕されたソル・ギョングは、問答無用で死刑を求刑された。傍聴席に座った母親の嗚咽が聞こえる中、後悔の表情を見せるソル・ギョング。だが今さらどうしようもない。

 さて、そんな刑の執行を待つ身のソル・ギョングの元に、一人の客が訪れた。それはトレンチコートに身を包んだ紳士。この男アン・ソンギは、ソル・ギョングの身の上なら何でも知っていた。父親が共産主義者として追われ、彼が15歳の時に北朝鮮に逃亡したこと。そのため彼もまた「アカ」の汚名を着せられ、高校進学を断念したこと。しかしどこにも就職が決まらず、結局17歳にしてヤクザになったこと…。

 「どうだ、どうせなら国のためにオマエの力を活かし、ナイフを金日成に突き立ててやる気はないか?」

 この突然のアン・ソンギの提案に、さすがに驚くソル・ギョング。だが次の瞬間、アン・ソンギはもっと驚くべき発言をした。「よし、今すぐ死刑執行だ!」

 同じ頃、別の荒くれ者チョン・ジェヨンもまた、死刑を執行されようとしていた。首にかけられたロープの感触に、さすがに身震いをせずにいられないチョン・ジェヨン。彼の下の床がストンと落ちて…。

 そして彼らは、離れ小島「シルミド」めざして進む、ボロ船の船上の人となっていた。

 船の甲板には荒くれ者たちがひしめいて、それぞれフテったりガンを飛ばし合ったり。中でも血の気が荒そうなチョン・ジェヨンは、真っ先に他の男に手を出した。一人が始めるとまた一人。たちまち甲板では男たちの大喧嘩がおっ始まるアリサマだ。甲板でそんな争いに参加していないのはごく少数。その中には、冷え切った表情で見つめるソル・ギョングもいた。

 そんな男たちの大暴れを見つめていた軍人たちのうちホ・ジュノ軍曹は、銃を取り出すといきなり空に向かってぶっ放した。

 たちまち騒ぎが収まる甲板の上。ところが今度は船がシルミドに近づくと、ホ・ジュノ軍曹は機関銃を取り出して荒くれ者たちを脅す。「ここから海に飛び込んで岸まで泳げ。さもないと撃つ!」

 それは冗談ではなかった。ホ・ジュノ軍曹は甲板目がけて銃を乱射。たまりかねた男たちは次々海に飛び込んだ。さらには手榴弾まで投げるに及んでは、船に留まろうという奴もいない。男たちは一斉に岸まで泳ぎだした。

 岸には兵士たちが待っていた。そしてこのシルミドでのプロジェクトの一切を任された隊長のアン・ソンギもいた。整列させられた男たちの前に、指導兵たちが並ぶ。そんな彼らの様子を見ていたアン・ソンギは、男たちにこう言い放った。「ここではオマエたちを国家のために働く特殊部隊に鍛える。覚悟が出来た奴は前の前の軍服を着ろ!

 しばし考えていた男たちだが、実は悩む余地などなかった。「どうせ死ぬことになっていた身だ」…結局全員軍服に手を通す一同。

 「よし! 任務は金日成の首を取ることだ!」

 とんでもない指令を聞かされ、たまげる男たち。だが訓練はその瞬間から始まった。それは国家の命を受けた特殊部隊、名付けて「684部隊」と呼ばれた。

 その訓練は熾烈を極めた。彼らは走り、地面を這い回り、ロープを使ってよじ登った。そして四六時中指導兵たちに棍棒で殴られた。それもこれも、過酷な任務を耐えられる肉体づくりゆえだ。男たちもまたこれらの訓練を耐え抜いた。任務を果たし、晴れて統一成った祖国へ戻った時、ならず者や社会のクズだった彼らも英雄になれる…その一念で彼らは耐えた。中には背中に焼きゴテを押すという、拷問に耐える訓練まであった。

 そんなさまざまな訓練を繰り返す中で、常に最後まで残るのはクールなソル・ギョング、荒くれ男チョン・ジェヨン、静かなるオッサンのカン・シニルの三人。彼らは三班に分かれた特殊部隊の、それぞれの班長に任命された。だがチョン・ジェヨンはあくまでソル・ギョングに対抗意識を燃やす。ボクシング試合を申し込んでは破れ、さらに憤懣やるかたないチョン・ジェヨンは兵舎でも絡む。そんなチョン・ジェヨンを一撃の下に黙らせたのは、オッサンのカン・シニル。やはり年の功、メンコの数の違いだろうか。

 絶え間ない訓練の中で、思わぬ犠牲も起きる。不安定な吊り橋を渡る訓練では、二名の男たちが転落。うち一名はその場で世を去った。

 死んだ男はソル・ギョングの班の人間だった。さすがに責任を感じて苦しむソル・ギョング。だがそんな彼を意外な男が励ます。「オマエが思い悩むことはない」

 それは、常にソル・ギョングに反目していたチョン・ジェヨンだった。

 さて、例の吊り橋訓練で転落したカン・ソンジンは足の骨を折り、とてもじゃないが訓練続行は不可能。ホ・ジュノ軍曹は、そんなカン・ソンジンにシルミド退去を命じる。だがカン・ソンジンはすがるように必死に頼み込んだ。「炊事係でも何でもやるから、この場に置いてくれ!」

 彼には今さら帰る場所はない。刑務所に戻って死刑を待つ身などごめんだ。そんなカン・ソンジンの思いを察した一同は、口々にカン・ソンジンの残留を懇願する。これには常にコワモテで厳しいホ・ジュノ軍曹も折れた。やんやの喝采が上がる兵舎を後にしながら、ホ・ジュノ軍曹も満足顔だ。「これで部隊に一体感が出てくる」

 こうして「684部隊」の面々は必死の訓練を経て、まさしく最強の名に恥じない部隊となった。そんな彼らに、いよいよピョンヤンへの出撃命令が下る。

 この夜は、彼らにとって最後の夜。それまでカン・ソンジンがつくってきた酒を一同に振る舞い、歌えや踊れの大騒ぎ。だが泥酔したカン・ソンジンは、彼らに「死ぬな!」と大声で絡む。それは一同に任務の過酷さを思い出させる一言だった。

 こうして翌日、闇夜に乗じて三隻のゴムボートに分乗しながら、「684部隊」の面々は海路をピョンヤンめざして出撃した。だがその直後、シルミドの基地に本部からの連絡が入る。それを聞いたアン・ソンギ隊長は、思わず驚愕の表情を浮かべるのだった。

 やがて「684部隊」を乗せた三隻のゴムボートの前に、行く手を阻むように偵察船が現れる。その船上にはあの鬼教官ホ・ジュノ軍曹以下、指導兵の面々がいた。

 「作戦は中止だ。引き返せ!」

 だがここまで来て中止と言われても気持ちは収まらない。特にソル・ギョングはピョンヤン襲撃だけを胸にここまでやって来ただけに憤懣やるかたない。一同も気持ちは同じだ。そんな気持ちは分かっていながら、ホ・ジュノ軍曹は心ならずもこう言わざるを得なかった。「金日成の首をとるにも、国家の許可が要るのだ!」

 目標を失った彼らは不安定な精神状態に陥らざるを得ない。おまけにこうなると冷たいもので、それまではいい食事がたらふく食えたのにいきなり質も量もガタ減りするアリサマ。ソル・ギョングもチョン・ジェヨンも…いや、「684部隊」の面々全員が漠然とした焦りを感じずにはいられない。

 この状態に業を煮やしたアン・ソンギ隊長は、上京して軍の上層部と掛け合うがラチが空かない。南北を取り巻く環境が替わった今、明らかに「684部隊」はお荷物でしかなかった。おまけにあの部隊は軍の直轄ではなく、あくまで中央情報部(KCIA)の管轄だとにべもない。

 そんなある日、恐れていたことが現実になった。女っ気もなしで何年もこの島に閉じこめられていたウップン晴らしに、部隊のうちイム・ウォニら二名が脱走。民間人の女を監禁し強姦に及ぶという不始末をしでかしたのだ。

 もはやこれまで。KCIAは「694部隊」の処分を決定した。「処分」とは文字通り「処分」だ。アン・ソンギ隊長は部隊のベトナム戦争派遣を提案したが却下。金日成暗殺を目的に死刑囚や無期懲役囚でつくった部隊の存在を、世間に知られる訳にはいかない。機密を守るためには、彼らを抹殺するしかない。その命令をアン・ソンギ以下指導兵たちが守らないなら、一緒に抹殺するしかない。これにはアン・ソンギ隊長も黙らざるを得なかった。時のKCIAと言えば、絶対の権力を持っていた。勝手に日本のような人の国に乗り込んで、金大中誘拐とか乱暴狼藉だってやれた。部下の命も預かっているアン・ソンギ隊長としても、無下に逆らう訳にはいかなかったのだ。

 ある夜アン・ソンギ隊長は、自室にソル・ギョングを呼ぶ。だが何を思ったか、すぐにソル・ギョングに水を汲みに行かせた。そんなソル・ギョングとほぼ入れ替わりに部屋にやって来たのは、この「シルミド部隊」をアン・ソンギ隊長と共に管理する二人…コワモテのホ・ジュノ軍曹と理想肌のイ・ジョンホン軍曹の二人だ。彼らはここで、アン・ソンギ隊長から「684部隊」抹殺の指令を聞かされた。

 「そいつぁ理不尽じゃないですか!」

 真っ先にいきり立ったのは、コワモテ鬼軍曹ホ・ジュノだった。そのあまりの理不尽さに、命令など聞けぬと怒り狂う。だがイ・ジョンホン軍曹はそれまでの温厚さとは一転。自分たちの身の安全を考えて抹殺に賛成する。もはや決断が出来かねるアン・ソンギ隊長は、是非をこの二人に委ねた。だが真っ向から意見が分かれる二人だった。

 そして…そんな三人の会話を、あのソル・ギョングが立ち聞きしていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 これって史実なんだけど、信じられないような発想だよね。札付きのワルの囚人たちに特殊任務をやらせるって発想は、ロバート・アルドリッチの戦争アクション「特攻大作戦」(1967)そっくりだ。だから「まんま」面白い娯楽アクションにできる。こんな「面白すぎる」事が実際にあったんだよね。

 ただし、先に「面白すぎる」とは言ったけど、これを単に「面白がる」わけには無論いかない。ここには事実としての重みがある。彼らは歴史の犠牲者でもあるんだからね。だから、面白い映画がつくれるのは必至だけど、そこを面白がったらマズイというハンディもある。観客だって「面白がる」気にはなれないだろう。

 それにしても、南北の対立の歴史のうちには、こんな信じられない事もあったんだね。なるほど、これを見るとユリョン(1999)の設定もうなづける。あれは韓国の人々には決して突飛な話ではなかった。彼らはこの「シルミド」の事件の真相はつい最近まで知らなかっただろうが、それでもそこに「何か」があった事は察していたに違いない。

 で、確かにこの映画の話って史実ではあるんだけど、そこで本当は何が起きたのか、しかと知っている者はいない。この映画でもいろいろ描かれているけど、おそらくはディティールは創作だろう。特殊部隊の連中を殺すに忍びなくなった隊長が、一部始終をわざと隊員に立ち聞きさせるなんて事が、実際にあったとは思えないからね。

 だけど…というか、だからこそ、この映画は物語を盛り上げられる自由を得た。だから映画の内容としては…実際の犠牲者に対する鎮魂歌的な映画であると同時に、「特攻大作戦」的な娯楽アクションの臭いも濃厚に漂ってくる。つまりは「男の心意気」で見せる映画だ。もちろん犠牲になった人々の悲劇を訴えるが、その悲壮感がヒロイズムとして物語を盛り上げるかたちになっているんだよね。

 荒くれ者たちの集団で、最初は手が着けられない連中だった彼らが、一つの目的を与えられて連帯感を持っていく。そこで描かれるさまざまなエピソードが定石ではあるが泣かせる。父の亡命からアカ呼ばわりされて、人生を捨てて生きてきた男が、汚名挽回を賭けて戦おうとする姿。主人公に対抗意識ばかり燃やして何かと対立していた男が、最後に最も主人公の理解者となる挿話。年上の部隊員と若い指導兵との交流…。それもこれも「荒くれ者」だからこその感動だ。汚れちまった者だからこそ、その純情が美しく見える…これって娯楽男性アクションのお約束だが、それをキッチリと守ったのはお見事だ。これは脚本の勝利と言えるだろうね。こういうのって作り手は分かっているようで、本当に気持ちよく機能させるのは難しいんだよ。ちゃんと映画を勉強してないと出来ない。

 それまで厳しくてムチャでコワモテだった教官と温情あふれた教官が、最後の部隊抹殺の決断においてまるっきりポジションが逆転するって皮肉も、いかにもありがちでリアリティがある。見る側の情と共感に食い込んでくるような描き方が、何とも心憎いばかりの脚本だ。

 主人公のソル・ギョングは、オアシスでも荒くれ者の性根の美しさを演じていて秀逸だった。今回はそこに男臭さをパワーアップさせて注入。やっぱりいいんだよね。対するライバル的キャラを演じたチョン・ジェヨンは、悪い男の純情を感じさせて泣かせる。ちょっと日本の田中要次氏を思わせる容貌だ。

 そして隊長には重鎮アン・ソンギ。この人が出ない訳にはいかないだろう。最近はセンターから一歩退いて、作品全体を引き締めながら重しとなる役割でいい味出してる。黒水仙」「MUSA/武士もそんなポジションだったよね。しかも「MUSA/武士」同様に頼りがいのあるリーダーの役割で、この人でないと出来ないようなボリュームを出している。まさにカリスマ、千両役者とはこの事だ。今回も何とも頼れる男を演じていて、実にカッコいいのである。韓国と言えば「ヨン様」があれこれとモテはやされる今日この頃だが、それはオンナ子どもの話。男だったらもちろん「アン様」にとどめを刺すに決まってる。

 そんなアン・ソンギがにっちもさっちもいかなくなる最後には、だから見ている者も悲痛な気分になる。もう、アン・ソンギでもどうしようもないのなら、本当にどうしようもない事なのだって納得させられてしまう。

 だがそんな充実の男優アンサンブルの中でも何と言っても最高なのは、鬼教官を演じるホ・ジュノだ。ずっとコワモテ、厳しくてひどい仕打ちも平気でやる軍人の権化。だが、いざという時になると処分に最後まで反対なのはこの男。最後に反旗を翻して蜂起した「シルミド部隊」の連中の元へ駆けつけたホ・ジュノの姿に、胸が熱くならない観客はいないだろう。これは実にオイシイ役だよね。演じるホ・ジュノもツボをわきまえていて、心憎いほどだ。

 ただこの映画、日本ではあまり買ってない向きもあると知って、実はちょっと驚いた。一部の映画ファンには、韓国の愛国精神に訴えた映画で、古くさい浪花節みたいな映画と思われているようなのだ。つまりはアナクロと受け取られているみたいなんだよね。これはちょっと僕なりに誤解を解いておきたい。

 まずこの映画を愛国精神に訴える映画とか古くさいヒロイズムと言っている人々は、次のように思ったではないだろうか? この映画で主人公たちがひたすら金日成暗殺を願っている事、映画そのものがそんな主人公たちに同情的な事、さらに主人公たちによる金日成暗殺を阻止した上層部を批判的に描いている事から、映画そのものも金日成暗殺を肯定しているものである…と。

 これは大きな間違いだと思うよ。

 まずこの映画はKCIAについて、彼らが金日成暗殺を阻止したから批判している訳ではないだろう。最初は北朝鮮への報復だ…と実に安易に「シルミド部隊」をつくっておいて、いよいよって時になったら計画を御破算にして彼らを宙ぶらりんにする。さらにはジャマになって片づけようとする。そのいいかげんさ、人の命に対する軽視ぶり、非人間性を批判しているのだろう。

 それは映画の冒頭を見てみれば分かる。

 そこでは青瓦台襲撃にやって来た北朝鮮特殊部隊のリーダーと、ヤクザの出入り真っ最中のソル・ギョングがまったく平行して描かれる。一瞬自決を思いながら果たせず捕らえられてしまうくだりや、公の場(北朝鮮兵士は記者会見、ソル・ギョングは裁判の法廷)に引っぱり出されるあたりまで一緒だ。これはどういう意味だろう。北朝鮮兵士なんかゴロツキという意味だろうか? いや、そうじゃない。

 むしろそれは北の兵士を得体の知れない殺人戦闘マシーンから、義理と人情、浮き世のしがらみから心ならずも人を殺めるヤクザと同等だと見せる。それは意外にも、娯楽アクション映画の観客には親しみのある、共感できるキャラクターと思えるはずだ。だからここでは、北の兵士とソル・ギョングは同じだよと言っている。北を悪者などにはしていない。金日成暗殺を肯定しているわけがないのだ。

 それは終盤でもハッキリしてる。蜂起した「シルミド部隊」がバスジャックしてソウルをめざす終盤。ニュースでは共産ゲリラ扱いされて憤る彼らだが、いざとなると口ずさめるのは北朝鮮軍の歌。もう韓国の歌は忘れて歌えない。金日成を暗殺して英雄になるはずの彼らが、何の因果か共産ゲリラ扱いされて命を狙われたあげく、口を突いて出るのは北の歌…この皮肉。いかに南だ北だと問うことがナンセンスであるか、見る者に痛いほど伝わってくる描写ではないか。北への特攻という選択は、実は時代が彼らにさせたのだ。

 だからこの映画は北を悪者にしている訳でも、北への侵攻を肯定している訳でもない。それを主人公たちに強いてしまった、時代の罪を描いているんだよね。このへん誤解されてるとマズイと思うから、あえてハッキリさせておいた。

 そして「男の心意気」を描くのがアナクロだと言われたら、サム・ペキンパーもハワード・ホークスもジョン・カーペンターもアナクロになってしまう。イマドキの映画はオンナ受けするように、世界の中心で何か叫ばないとダメなのか。

 辛口の映画が少なくなったとお嘆きの貴兄にこそ、僕はこの映画を強くオススメしたい(笑)。

 だがその最大の見せ場は、「シルミド部隊」がバスを乗っ取っての鎮圧部隊との戦闘シーン…ではない。実はこの映画、驚くほどに戦闘シーンは少ないのだ。四六時中武器弾薬が炸裂している「ブラザーフッド」に対して、この映画では意外なほどそんな派手さがない。だが、胸が熱くなる場面なら枚挙に暇がない。

 それは例えば先に述べたように、バスジャック現場に鬼教官が駆けつける場面だ。

 「シルミド部隊」抹殺に断固反対の鬼教官は、ソウル出張という口実で厄介払いされる。そうとは知らない鬼教官の元に、真相を知る隊員たちは血相を変えて殺到。だが事実を悟られる訳にもいかず、「甘いモノを買ってきて欲しい」などとしょうもない言い訳をする…。

 その後、鬼教官の不在中に「シルミド部隊」の蜂起が起きてしまうのだ。

 バスを乗っ取り、鎮圧部隊に包囲された「シルミド部隊」。事態を知った鬼教官は、ジープを飛ばして慌てて現場に駆けつけるんだよね。

 ところがこの教官が慌ててジープから飛び降りた時、アメがたくさん入った袋が道路に落ちる

 何とこの鬼教官、血も涙もないような冷たくも残忍な軍人に見えた。常に隊員たちにツラく当たってもいた。それなのに…最後まで抹殺に反対したのはこの男だけ。彼は「甘いモノを買ってきて欲しい」という隊員のしょうもない頼みを聞いて、わざわざアメを買っていたのだ。

 無骨なコワモテ男とアメ玉…。

 このアメが画面に出てくるのはほんの一瞬。だが、その効果は絶大だ。思わず胸が熱くなる。あの食えない鬼教官の男気、熱い心根が伝わってくるではないか。どんなすごいCG映像よりも、すさまじい破壊力を持った一瞬だ。この映画はそんな「心意気」を見せる映画なんだよね。

 監督は、かつて「トゥー・カップス」を撮ったカン・ウソクなる人物。でも、「トゥー・カップス」にはこんな「心意気」も、ここまでの熱さも感じなかったなぁ。ちょっと驚いた。

 ともかくこの映画は冒頭から、そんな男性アクション…むしろヤクザ映画の感覚で見てくれよと宣言している。偶然にもこの映画を日本で配給するのは、かつてのヤクザ映画のメッカ・東映だ。その目に狂いはなかったと言いたい。この映画を配給するのに、東映以上にピッタリな会社はないよ(笑)。

 

見た後の付け足し

 この映画には、他にもいくつか歌が出てくる。そのいずれもが僕には興味深かったね。

 例えば「ほたるの光」の韓国語版なんて、僕は今まで聞いた事がなかった。確かにそれはあっておかしくない。というか、スコットランドの人は日本語の「ほたるの光」を聞いたら、むしろそっちの方を奇妙に感じるだろうね。あれを「ほたるの光」という歌詞にしちゃったおかげで、日本ではあの歌は「別れの歌」というより「卒業式の歌」になってしまったんだからね。それにしても何が歌われているのか知るために、もっとじっくり字幕の歌詞を見たかった。

 あと出撃前夜にみんなで飲んだくれてて踊っている時に、レコードで流れている歌も聞き覚えがあった。あれは確か「黄色いシャツを着た少年」という歌だ。僕の友人が昔持っていた韓国のレコードの中に収録されていたもので、たぶん彼の父親が仕事で海外によく行ってたから、出張時に手に入れたものだったのだろう。おそらくは1960年代の、韓国の歌謡ポップスの最大のヒット曲のはずだ。

 ここではそのオリジナルが流れているんだろうが、改めて聞いて驚いた。バリバリにカントリー&ウエスタン風のアレンジではないか。このあたりに、当時の韓国におけるアメリカの存在感を感じずにはいられない。

 だが何と言っても圧巻なのが、先にも挙げた北朝鮮軍の歌だ。

 「人民の旗、赤い旗、それは英雄の亡骸を包む」…確かこんな歌詞の北朝鮮軍の愛唱歌が、この映画では三度も歌われる。これは「シルミド部隊」の訓練で、北朝鮮軍の兵士たちに関わるすべてを学ばされていた事をも意味しているんだよね。あまりに訓練に没頭しているうちに、母国・韓国の歌すら忘れてしまった。そんな彼らの運命の皮肉を考えると、この歌の使い方は実に見事だった。

 いよいよのどん詰まりで彼らが歌うこの歌こそが、国家にダマされ利用され裏切られた男たちの無念と、それを跳ね返さんとした最後の意地を伝えてくれたからね。

 

 

 

 

 to : Review 2004

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME