「永遠のモータウン」

  Standing in the Shadows of Motown

 (2004/06/21)


  

今回のマクラ

 実はここだけの話、僕が本当に好きなのは映画じゃなくて音楽だ。

 いや、何ら冗談ではない。本当にそうなのだ。おそらく僕は映画がなくても生きていけるが、音楽なしには暮らしていけない。

 いやいや、誤解してもらっちゃ困るが僕には音楽的素養は何もない。歌も歌えないし楽器も弾けない。楽譜も読めないし音楽の理論や歴史やウンチクは全然知らないが、それでも音楽は生きる糧だと思う。言っておくけど映画なんて僕の人生ではナンバー・ツーだよ。映画は音楽によく似ているから好きなだけだ。それらは両方とも「時間の芸術」だ。そして音楽がメロディ、サウンド、リズムの3要素で出来ているように、映画もストーリー、映像、編集で出来ている。だから好きなのだ。

 でも音楽はもっぱら聞いて楽しむ方に回らざるを得ないから、何となく寂しいところもある。そして知識もないから語れない。それに感覚的なものが支配するモノだからね。それを語ってどうするって気もする。それよりはただただ聞いていたい。クラシックでもロックでもいいから聞きたい。

 生まれ変わったら、僕はミュージシャンになりたいね。

 でも今の僕は、先に言ったように作曲も出来なければ演奏も出来ない。せいぜい文章を書くことしか出来ない。それでも、ミュージシャンのパフォーマンスってのには憧れる。そこには単に作品を創り上げる以上の何かがあるからだ。何だろう、ノリと言おうかグルーブ感というか…それって例えば物書きでは絶対に味わえないものだ。

 文章を書くという行為は、鉛筆ナメナメ、あるいはペンでカリカリ…ともかく手で字を書いていくのが王道だという意見がある。昨今のワープロ以来行われているキーボードを叩くという行為は、文章を書くという事の本道を外れていると年輩者は言う。なるほど、そうかもしれないと僕もそれに同意するような態度を見せていたが、実はそれは僕の本意ではない。後ろめたいから今まで認められなかったが、僕はそれには同意していない。キーボードを叩くようになって初めて、文章を書くという行為が本当に自分のものになったと感じられるからだ。

 それはミュージシャンが鍵盤楽器を弾くようなものだ。僕が文章を書くときは、パソコンのキーボードをブッ壊れるほどに力強く叩く。そしてリズムに乗って素早く叩きまくる。キーボードを何台壊したか分からない。僕は文章を書くためのキーボードを、楽器のように使っている。そうしないと僕の文章の気がしない。僕の文章は、書斎に座って読んでもらうために書いているわけではない。何かしながら読んでもらう、あるいは声に出して読んでもらうためにある。ためしに僕の文章を声を出して読み上げて欲しい。絶対にそれは何らかのリズムを持っているはずだ。僕は文章を書くときには、内容よりも何よりもそのリズムを大切にしている。内容なんて、どうせ大した事は書いてない。僕は音楽を演奏しているつもりで文を書いているのだ。

 実際に書くときにも、少しづつ整えながら書いていく事はしない。勢いに任せて一気に書いていく方が好きだ。その方がノリがいいし、ライブ・パフォーマンスみたいな味が出る。スタジオ一発録りのレコーディングのようなものだ。構成なんてものは後からついて来る。

 他の映画レビューを書いている人と僕が違うとすれば、その一点に尽きるかもしれない。実は僕が自分のプライベートを吐露しているなんて事は大した事じゃない。あれがホントかどうか、誰も確かめる術はないしね。むしろミュージシャンみたいに書いているという事の方が重要だ。知性や教養で書いている人もいるだろう。おしゃべりのような親しみを込めて書いている人もいるだろう。だが僕はそういう人たちとは違う。僕は書斎の人じゃないし、ネットの向こう側の親しい相手でもない。僕はパフォーマーだ。僕は文章を書くという行為を、ショービジネスだと思ってやっている。

 この一文だって、もちろんノリノリでキーボードを叩きながら書いているよ。「永遠のモータウン」サントラCDを聞きながら。キーボードを打っている今は、気持ちの上では僕も“ファンク・ブラザーズ”の一員だからね。僕は実はファンキーなライターなのだ。少なくとも自分はそう思っている。

 

見る前の予想

 この映画の存在は、映画館に山のように置いてあるチラシの一枚として認識していた。…あぁ、記録映画ね。おそらくはモータウン・レコードの昔話。でも僕は誰が出ているかも。いつから公開かも、どこの劇場で上映されるかも知ろうとはしなかった。興味がなかったんだよね。

 だって、記録映画でしょ?

 そういやわが師匠のフランソワ・トリュフォーも、生前に記録映画については否定的な見解を示していた。劇映画以外は見たくない…とか言っていたように思う。僕がその影響を受けていないと言えばウソになるな。でも、それが直接原因とは言えない。

 僕は元々あまりドキュメンタリー映画には関心がないのだ。いや、キライという訳ではない。ただ、映画館にお金を払って見に行くものではないと思っている。なぜか昔からそうだったんだよね。テレビでやってたら見るよ。というより、ドキュメンタリー作品は好きなジャンルだ。だけどお金を出して、時間をやりくりしてまで映画館で見ようとは思わない。それは単に好みの問題だ。

 特に昨年あたりからドキュメンタリー映画の当たり年で、さまざまなヒット作も生まれたっけ。それは何と言ってもマイケル・ムーアの「ボーリング・フォー・コロンバイン」が起爆剤だった気がする。フランスのジャック・ペランが監督した渡り鳥の生態を追う作品「WATARIDORI」(これは正確にはドキュメントではないという声もあるが)、テリー・ギリアム監督のドン・キホーテ映画の挫折を見つめた「ロスト・イン・ラ・マンチャ」、ハリウッドの栄光と挫折を知り尽くしたプロデューサーであるロバート・エヴァンスを描いた「くたばれハリウッド」…などなどといった作品も公開され、それぞれ話題になったり支持されたりした。これは世界的な傾向らしくて、今年のカンヌのパルムドールはまたしてもマイケル・ムーアの「華氏911」だという。カンヌのパルムドールでは、かつてアンジェイ・ワイダの「鉄の男」が虚実スレスレの作品として話題を呼んだが、完全なドキュメント作品が選ばれたのは初めてではないだろうか?

 ただねぇ…僕は先に挙げた事情から、これらの作品をことごとくパスしちゃったんだよね

 そういや昔から、リュック・ベッソンの「アトランティス」とかも見なかったね。唯一見たのはレニ・リーフェンシュタールを扱った記録映画「レニ」だけだ。これは個人的に彼女に関心があったからだけどね。でも、それ以外はめったにドキュメント映画は見なかった。

 そんな映画に好きキライのあるFはバカだとお思いになるのは各人の自由。やれ邦画だアニメだと周囲はやかましい。だけど、僕は映画博士になる訳でも映画博物館を開く訳でもない。だからこう言っちゃ何だが「オレの勝手」なんだよね。

 大体、人にアレを絶対に見ろ、コレを見ないとダメなどと押しつけるのはいかがなものだろうか。僕はさすがに特定の人物に、「もっとSF映画を見ろ」「ハリウッド映画を見ないとダメ」なんて事は言わないよ。不特定多数の人間には言うよ、岩波ホールでスカした映画見てるんじゃねえ!…とか(笑)。でも誰かを捕まえて、「コレを見なきゃあ」なんて言わない。それが分をわきまえるって事だろう。

 閑話休題。ともかく僕は自分のお金と時間を使って映画を見ている。だから常に自分の好みが最優先だ。自分のしたいようにする。反論は一切認めない。だからドキュメント映画も見ない。テレビかDVDなら見るよ。

 「ボーリング・フォー・コロンバイン」の時には「なぜ見ないのか?」と何度も聞かれて閉口した。理由を言えば上記の通りだが、説明するのが面倒くさい。どうせ偏見云々をガタガタ言われるのがオチだからイヤになる。映画の上映が終わるまで、僕はただ肩をすくめているだけだった(笑)。

 あともう一つ「ボーリング〜」については見たくない理由があった。マイケル・ムーアは世の中のメイン・ストリームからハズれて何かを問題提起する人みたいだよね。それはゲリラ的とも言える行為だろう。だが、それがこうも持てはやされたら、もうゲリラとは言えないんじゃないか? ああいう人がゲリラ的立場から物言うのはいいことだと思うが、それが偉くなっちゃったらシャレにならないんじゃないか? …まぁ、むしろカンヌまでいっちゃったら、偉くなっちゃったマイケル・ムーアがどうするのか見てみたい気はしてるんだけどね(笑)。こうなっちゃたら逆に見たい。

 あと、普段は政治的な事も何も関心なさそうな連中がこぞってこの映画を見に行き、アメリカ社会について一席ぶってるのを聞くのもイヤだった。どうしてみんな急に落合信彦みたいになっちゃったんだ(笑)。それってちょっと前までジャイアンツの事を語ってた奴が、いきなりJリーグやサッカーのウンチクを語りだしたみたいで痛すぎだよ。あの映画の言わんとしている事については、僕も恐らく同意すると思う。別に銃規制に反対な訳じゃないし、ジョージ・ブッシュの支持者でもない。でもメッセージの善し悪しと映画とは別物だと思うんだよね。

 そんな訳で、僕は巷のドキュメンタリー・ブームに背を向けた。どこの映画館も全部混んでいて見に行けない事にした(笑)。

 ただね、そんな苦手のドキュメント映画にも唯一例外がある。それは音楽ドキュメントだ。

 ビートルズの崩壊を捕らえた「レット・イット・ビー」、ロック黄金期の終焉を思わせる殺人事件まで起きたローリング・ストーンズのコンサート映画「ギミー・シェルター」、メンバーは豪華だったけど映画としては面白くも何ともなかった「バングラデシュのコンサート」、いろいろ仕掛けを施してはいたが結局いいのは音楽だけの「レッド・ツェッペリン狂熱のライブ」…などを皮切りに、ガキの頃からロック音楽映画は見に行った。それはライブがなかなか見れない代償行為のようなものだ。昔の家にあったチャチなオーディオと比べれば、映画館はスピーカーもデカいし何しろ音がデカい。スクリーンもデカくて迫力がある。だから、これは映画館まで見に行く価値があったんだよね。何事も快楽が優先だ。

 そしてザ・バンドの解散コンサートを記録しながらロックの時代の終わりを描き出した、マーティン・スコセッシ監督の「ラスト・ワルツ」など、映画的にも優れたものもあった。他にもいろいろ見たはずだが思い出せない。それでも確かにこのジャンルだけは見たんだよね。

 ただ最近では、あれだけ評判になった「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は見に行かなかったな。何だか大ヒットしたのはいいけど、みんながにわかキューバ音楽通になっちゃったみたいでさ。天の邪鬼な僕は、さすがに恥ずかしくなって見るのをやめた。ブエナ・ビスタっていうから「ミッキー・マウス・クラブ」かと思った…とか憎まれ口を叩いてね(笑)。

 そんな僕だけど、最初はこの「永遠のモータウン」には食指が動かなかった。何だか昔のソウル・ミュージックのウンチクを並べられるのがオチって気がしてね。ヤダヤダ。また某フジテレビの低脳番組みたいに、「トリビア」がなんとか…とかそんなヤツじゃないの? そもそもウンチクってのは垂れ流してみんなでアレコレ言っちゃ、もうウンチクじゃない。そういうのって“粋”じゃないよ。ヤボもいいとこ。あの番組つくったヤツの鈍くささが伺えるよ。さすがフジだ。

 ところがある日、この「永遠のモータウン」という映画を見たがっている人に出会ったんだよね。そしてちょっと話を聞いた。すると…ちょっとコレって面白そうじゃないか。かつてモータウンのスーパー・ヒットを支えてきた裏方のお話。「プロジェクトX」か(笑)。

 そして某映画館で見た、この映画の予告編がまた素晴らしい。どうもそんなモータウンの裏方たちのバンドが再結成コンサートをやったらしくて、インタビューの合間にそんなライブの様子が挟まれるらしい。そのコンサート場面がイケてるんだよねぇ。

 これは見たい! 見なければ!

 

かいせつ

 1959年、ベリー・ゴーディーは自動車産業の街デトロイトに、新しいカタチの黒人音楽を創るレコード会社を設立した。「黒人音楽」というワクを超えてポピュラー・ミュージック界に広がっていけるような音楽の震源地…その名はモータウン・レコード

 やがてこのレコード会社はさまざまなスター…マーヴィン・ゲイ、スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ、テンプテーションズ、フォー・トップス、シュープリームス、スティーヴィー・ワンダー…を輩出し、数々の大ヒット曲を生んだ。それらの音楽は「モータウン・サウンド」と称する共通するテイストを持っていたが、それもそのはず。それらのすべてはモータウン・レコードに集まったミュージシャン集団によって創られていたのだ。

 今日、人々はモータウン・サウンドの素晴らしさを云々し、そこに在籍したスターたちの名前を挙げる。だがよほど音楽通を自認する人間でも、それらのバックで演奏していた人々の存在を知る者はいない

 そんなミュージシャン集団は自らをこう呼んだ…「ファンク・ブラザーズ」

 彼らはデトロイトに住むジャズ・ミュージシャンだった。そんな彼らがモータウン・アーティストのために演奏したレコードのうちナンバー・ワンを記録したものは、エルヴィス、ビーチ・ボーイズ、ビートルズにローリング・ストーンズのすべてのナンバー・ワン・ヒットを合計したよりも数多い

 1960年代、モータウン・サウンドはビートルズやストーンズなどの英国勢の猛攻に対抗できる唯一のアメリカ・ポピュラー・ミュージックの一大勢力となっていた。彼らは連日「ヒッツヴィル」なる小さなスタジオに缶詰になって演奏を繰り返した。そんなスタジオの外では公民権運動やらベトナム戦争など、時代の激動を伺わせる出来事が起きていたが、モータウンもそれらと無縁ではなかった。

 だが好事魔多し。ファンク・ブラザーズの中心メンバーの中には、自滅するかのように命を落とす者も出てきた。そして何より1972年に突然モータウン・レコードがロサンゼルスへ移転した事が、モータウン・ミュージックとファンク・ブラザーズにとどめを刺した。

 今、長年の時を越えて再会するファンク・ブラザースたち。彼らをリスペクトする現役ミュージシャンたちのコメントを挟みながら、彼ら自身もかつての栄光…それは結局彼らに何ら恩恵を与える事はなかったのだが…を語り始める。

 さらに現存するファンク・ブラザーズの面々は、今こそ彼らを待望する観客の前で、現役ミュージシャンを迎えてのライブ・コンサートを実現するのだった…。

 

見た後での感想

 良かった、感激した、興奮した、熱かった!

 え、まだ何か言わなきゃいけないの? めんどくせえなぁ、後はどうでもいいんじゃない? そうもいかないか(笑)。

 これは前述したモータウンの裏方たちを取材した本が元ネタになっているらしい。それを書いたアラン・スラツキーなる男は、今回もプロデューサーとして参加している。監督を務めたポール・ジャストマンという男については何も知らないが、1970年代のストーンズUSツアーでのヤバイ状況をとらえた幻の未公開ドキュメント映画「コックサッカー・ブルース」(これってあちらでも公開されたんだろうか?)の編集をやっていたという過去が気になる。

 で、モータウンについて僕が語れるほどウンチクはないし、この映画はそんなケチなものでもない。モータウンのヒット曲なら、誰でも何曲かはすぐに連想できるだろう。それさえ知っていれば問題ない。

 例えば「マイ・ガール」。あのイントロでドンガラガッチャッ…と独特のドラムが入ってくるよね。アレと同じような音をモータウンの他の曲でも聴いた覚えはないだろうか。あるとしたら…つまりはそれがファンク・ブラザーズだ。みんな彼らが演奏していたんだよね。

 基本的な構成としてはファンク・ブラザーズの面々の現在のインタビューがあり、それにリスペクトする現役ミュージシャンや音楽関係者のコメントがあり、ファンク・ブラザーズ再結成コンサートの模様が出てくる。ここに当時の記録映像とか再現フィルムなどもささやかに挿入されるが、基本としては前述の3要素だけだ

 中で出てくる話で興味深いのは、やはり「マイ・ガール」イントロのギター・フレーズをつくった男のエピソード。あんな有名なギター・フレーズをつくった人物なのに(映画中では「サティスファクション」のギター・リフと並ぶと称されているが、確かにそれは過言ではないだろう)、誰にも知られていないという皮肉さ。偉業を成し遂げたのに栄光から取り残されてしまった男たちのドラマが泣かせる。そしてこの映画自体が、この男たちの敗者復活戦となっているのが感動的だ。

 今回改めて聞いて分かったのは、「ユーヴ・リアリー・ガット・ア・ホールド・オン・ミー」を演じたビートルズ、「エイント・トゥー・プラウド・トゥー・ベッグ」を演じたストーンズが、いかにモータウンに敬意を表してカバーしたかということだ。かつてレコードを聴いていた時には気づかなかったが、彼らの基本への忠実さには驚かされる。この忠実さとは「まったく同じ」という事ではない。あくまでノリが忠実だということだ。

 ファンク・ブラザーズ再結成コンサートの模様も興奮モノで、音の良さもあって熱くなってしまう。ゲスト・ミュージシャンで一番良かったのは、「ヒート・ウェイブ」と「恋に破れて」を歌ったジョーン・オズボーン。彼女は1995年に「ワン・オブ・アス」という大ヒットを放ったから、覚えてらっしゃる方も多いだろう。アップテンポの「ヒート・ウェイブ」では、かつてこれをカバーして大ヒットさせたリンダ・ロンシュタットよりも熱っぽくノリノリで歌っていた印象がある。残念ながら、ロンシュタットのバック・ミュージシャンにはこの「ノリ」がなかったのかもしれない。一転してジックリ聞かせる「恋に破れて」も良かった。オズボーンは実際にファンク・ブラザーズと意気投合していたようで、マーヴィン・ゲイの「悲しいうわさ」の話をしながら、最初の部分をちょっとだけ歌うあたりもいい感じだったよね。願わくは彼女の歌でちゃんと聞きたかった。

 そして、今はすでに亡くなったメンバーの名を一人づつ呼び上げ、現存するメンバーが彼らの写真をステージに運び込み…MCが「これで全員勢揃い。お集まりの紳士淑女の皆さんにご紹介しましょう、ファンク・ブラザーズ!」と感動的なフレーズを叫んで始まる「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」の圧巻ぶりたるや! これを歌った若手のモンテル・ジョーダンとこれまた大物チャカ・カーンも見事だったが、バンド全体から発散されるエネルギーにはマジで熱くなった。曲の終盤でキーがグンと上がって、“エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ〜”のリフレインがまるで永遠に続くかのように延々繰り返されるあたりの興奮はどうだ。そこには最も世俗なものこそが遙かに仰ぎ見るような高みへとドンドン上りつめていけるのだ…とでも言いたくなるような、血がフツフツと沸き立ってくる高揚感がある。あるいは、それは聖なる野卑とでも言えばいいのだろうか。これこそがモータウンのテイストだったんだろうし、ソウル・ミュージックというものだったんだろうし、音楽の「魂<ソウル>」とはまさにこれなのだ…と、僕のような何も分からないど素人にも実感させてくれる瞬間。これを聞いては、座席に座ってじっとしている事の方が難しい。これぞ天国。ヒューズが飛びそう。このままあの世に行ってしまいたい。

 先に挙げた「ヒート・ウェイブ」と共に、僕はすごく幸福な気分になったな。まさに至福の時だ。

 

見た後の付け足し

 言うことないな。好き勝手に書いて、思い残すこともないよ。ともかくサントラCDを買って(笑)。絶対に欲しくなるから。

 

 

 

 

 

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