「H /エイチ」

  H

 (2004/04/19)


  

今回のマクラ

 最近…と言ってもここ数年だが、どうも映画を見ていて心から楽しんだという記憶があまりない

 いや、楽しまなかったと言えばウソになる。いろいろたっぷりと楽しんではいるよ。今も映画は僕の最大のお楽しみだ。だけど昔楽しんでいたようには、スコ〜ンと心の底から楽しめない気分もあるんだよね。

 その理由は、僕にもよく分かっている。

 もちろんみなさんもお察しの事だろう。きっとこのサイトをやっているからなんだよね。

 いや、何でもこのサイトのせいにする訳ではない。これが楽しくないという訳でもない。何だかんだ言っても楽しいからやっているんだ。ここにはそれなりのお楽しみがある。第一、イヤならとっくにやめればいいんだからね。首に刃物突きつけられて、やれと言われてやっている訳でもないし。

 それでも毎週何がしかの映画を見て、それについて文章を書いているというのは、どこか不自然と言えば不自然だ。昔はそんな事はしていなかった。ただフラリと映画を見に行って、無責任に楽しんだ。その後、これといった映画の反芻もしなかった。それなのに昔見た映画の数々は、妙に頭にこびりついている印象があるんだよね。もちろん忘れちゃったのも無数にあるけどさ。

 ところが最近は、見るそばから忘れていくような気がする。

 それより何より、あのフラッと見に行って無責任に楽しむ、映画のお楽しみの本来の姿を見失っている気がするんだよね。見なきゃならないと義務感にかられて見る事もしばしば。大体、見た映画の出来映えが優秀であろうとなかろうとどうでもいい。仕事じゃないんだから、もっと気楽に楽しみたい。何も感想書くために映画見てるんじゃないからね。なのに…そうは分かっていても、どこかでそうしているような気もするんだよね。

 そんなこんなで、このサイトも何と5周年だ。これを続けるにせよ辞めるにせよ、どこかそんな気楽な映画のお楽しみを、また取り戻したいという思いがあるんだよね。これは正直な気持ちだ。

 

気色ワル系韓国映画の系譜

 韓国映画と言えば昨今ではすっかり洗練の一途を辿ってる。昨年の「ラストプレゼント」とか「猟奇的な彼女」、それについ最近の「ロスト・メモリーズ」あたりを見ると、アメリカ映画も真っ青の垢抜けぶりだよね。だからこれほど日本の映画ファンにも受け入れられたんだろう。

 だけどちょっと前までは、韓国映画と言えば独特な泥臭さが売りだった。

 国民性やら何やらをステレオ・タイプに語る愚は、我々日本人がみんなメガネをかけて出っ歯だとかって一頃のハリウッド映画を見れば誰にだって分かる。だから韓国映画を僕ら日本人の韓国に対するイメージで語るのは、いかにもナンセンス。それは百も承知ながら、実際のところかつての韓国映画って言うと、そんな韓国イメージと不可分なところもあった。

 韓国と言えば、みんなはどんなイメージを持つだろう? 偏見というそしりを恐れずに言えば、焼肉、キムチ、コテコテ、激辛…といった濃い〜いイメージ。で、実際のところ、それは韓国映画にも少なからず当てはまるところがあったわけだ。

 韓国映画…と言っても僕が言及出来るのは、せいぜい1980年代のニューウェーブあたりからだが…には、どれもこの濃い〜い気分が濃厚に漂っていた。

 それは時としてエロ味の強さというカタチで出てきたのは、みなさんもご存じの事だろう。「桑の葉」(1985)あたりを代表選手に、レンタルビデオ屋にはコリアン・エロスと称するエッチ路線の映画がズラリと並ぶ。それも陽性のカラッとしたアメリカンポルノ…巨乳ネエチャン大行進とか、激しい濡れ場の最中にも顔がニッコニコってシロモノじゃない。どこか陰湿で淫靡ないやらしさ。そこが妙にそそったりするエッチ路線だ。実際日本人のメンタリティーとしては、エッチなビデオを見ているのに女がエアロビのインストラクターみたいにむやみにニコニコってのはどうもねぇ。イマイチそそらない(笑)。

 このエロ味、マジメな作品にもしばしば出てきて、見ている者を戸惑わせたんだよね。朝鮮戦争で引き裂かれたカップルの悲劇を描く「キルソドム」(1985)あたりでも、清純カップルがいきなり田舎の小屋で組んずほぐれつするアリサマ。その結果生まれた子どもが悲劇を生むのだが、それはまた別の話。ともかく今年公開の「ラブストーリー」に出てきそうな青春カップルに、そんな事が起きてしまう。そして、その描き方が間接的ではあるのだが、妙にエロい。偏見かもしれないが、どうしてもこれが韓国風味って感じちゃうんだよね。これは大分アッケラカンとしちゃったかに見える「LIES/嘘」(1999)あたりまで、実は脈々と生き続けているように思える。

 で、エロとくれば付き物なのがグロだ。

 いわゆるグロ映画と称されるモノでなくても、韓国映画にはどこかこのグロ趣味がチラつくものが多かった。こちらもマジメな映画に何かとチラついた。

 今回この「H/エイチ」が公開されるにあたって、僕が妙に気になったのもそのへんだったんだよね。実はそれってグロと一言で言うのも当たってない気がする。気色ワル路線とでも言えばいいのか。かつての韓国映画にはそういった趣向が何かと散見されたのだ。

 それをどのへんから探っていけばいいのか。例えば僕が見た中では「下女」(1960)あたりが一番古いものなんだろうか。どちらかと言えば上流の家庭に入り込んだ女中が、肉体を使ってその家を引っかき回す。パゾリーニの「テオレマ」(1968)あたりを連想させるお話だ。この女中がまた実に邪悪な女で、存在自体が何とも気色悪い。血なんか一滴も出てこないけれど、見ていて実にイヤ〜な気分になった。

 韓国の「伊豆の踊子」とでも言うべき「成春香」はその典型かもしれない。何度も何度も映画化されていて、僕が見たのは最も大成功したシン・サンオク版(1961)とイム・グォンテクがリメイクした最新版「春香伝」(2000)。いいトコの坊ちゃんと身分違いの娘が契りを交わすが、彼が都に帰った後でやって来た権力者が、この娘を見初めて我がモノにしようとする。そうはさせじと操を守り通す娘を、権力者はいたぶって非道の限りを尽くす。これも直接残酷描写がある訳ではないが、そのいたぶり加減が何ともイヤ〜な気分になる。これを気色ワル路線の中に入れるのはいかがなものかとも思うが、イジメ具合が何とも韓国風味なのだ

 そういうイジメ映画と言えば、韓国は儒教の国と言うことで女性受難映画がいっぱいある…と何度も僕は言って来たよね。その典型的パターンが子どもの出来ない名家の夫婦に貸し腹女があてがわれる…というお話。このパターンの映画はいっぱいあるが、ここで取り上げたいのは「マーニム(映画祭上映題名「恣女木」)」(1984)なる作品。妻以外の女と寝なければならない夫にも、それを耐えねばならない妻にも、貸し腹になる女にも確かに精神的な苦痛…でも、ここで僕が言いたい気色悪さはそんな事ではない。何度かこのサイトでも語ったけれど、映画の冒頭の場面の奇妙な趣向がまずスゴイのだ。滝に打たれている女が出てくるのだが、そのそばに巨大な男のイチモツ状の岩がそそり立っている。何とそのイチモツ岩からは一本の紐が張られていて、一心不乱に祈る女の股間まで引っ張って来られている。そして岩から女の股間へと、紐を伝わって水滴がタラ〜リタラリ…。もちろんこれはナンセンス・コメディじゃない。昔の迷信じみた不妊治療なんだが、女なんて悲壮感が漂った怖い顔で鬼気迫る。たちまち見ている側は、怪しげなイヤ〜な雰囲気に襲われるんだよね。

 またこれは同じ映画の別の場面。今にも別室で夫と貸し腹女がイタしている事を知る妻が、何とか平静を保とうと刺繍をしている。だがその狂おしい思いから、刺繍の針で指をブッスリ。血がタラ〜リ。この痛さコワさ加減こそが、ここで僕の指摘したい気色悪さだ。

 同パターンの作品には、素朴な若妻に横恋慕する地元権力者…という「成春香」ストーリーの変奏曲「カッコーの鳴く夜」(1980)という作品もあるが、ここにもちょっとした痛いシーンがある。愛する夫は無実の罪で投獄。意を決した妻は、権力者の誘いに乗って焚き火のそばでカラダを開く。そして権力者に抱きついたまま、もろとも火の中に身を投じて焼身自殺してしまう。この激しさ、痛さ…僕が感じる気色悪さの系譜は、このへんにも見え隠れする。

 あるいは高貴な生まれからキーセンに身を落とす女の一代記、イ・チャンホ監督の「於宇同/オウドン」(1985)。ヒロインがまだ幼い頃、身分の低い男の子が彼女を守るべく常に一緒にいる事になるが、この二人が淡い想いを通じ合ってしまう。すると周囲の大人は男の子を引き離し、彼の男の子のシンボルを切り捨ててしまうのだ。やめろ〜、イテテ…痛〜い!

 こういう趣向そのものは他の国の映画にもあるはずだろうが、なぜか韓国映画ではその痛さ、激しさ、グロさ、気色悪さがダントツだ。別に直接描写が出てくる訳ではない。むしろそんなものは押さえ気味なのに、この何とも言えない気色悪さ

 そう言えばニューウェーブ作家の中でも最もアメリカナイズされているペ・チャンホの映画でも、「赤道の花」(1983)のネチっこさは突出していた。病弱で浮世離れした暮らしをしている主人公の男が、隣のアパートに住むお偉いさんの愛人に目をつける。彼女の生活を望遠鏡で覗きながら、彼女の人生の「汚れ」を取り除こうと画策する。何だかウィリアム・ワイラーの「コレクター」(1965)まがいのお話だが、どことなくドヨ〜ンとしたムードが漂ってくる。トランペットで奏でられるテーマ曲にも、何とも湿った気分にさせられる。

 そんなネッチリ韓国映画が一変したのは、20世紀も終わろうとしていた頃。日本に「八月のクリスマス」(1998)や「シュリ」(1999)が上陸した頃には、すっかり韓国映画は乾ききっていた。

 …ように見えた。

 だけど、それでもどこかそういう部分は、まだ残っているのかもしれないんだよね。それはユリョン(1999)を見ていて思った。

 韓国が秘密裏に開発した原子力潜水艦を扱ったこの映画、明らかに「シュリ」、「JSA」(2000)あたりのサスペンス大作路線の企画だよね。実際にそういう作品でもある。だけど反乱者がこの原潜を乗っ取って暴走、日本の自衛隊の潜水艦を沈めるあたりの描写はどうだ。日本潜水艦が進水していく中で…阿鼻叫喚の様子や悲鳴が聞こえてくるあたりの気色悪さ。さらに核ミサイルを発射しようと焦る反乱首謀者が、発射スイッチを飲み込んだ男の腹を裂いて胃に手を突っ込むあたり…いや〜見てくれこそジェリー・ブラッカイマー大作風だけど、ブラッカイマーじゃ決してここまではやるまい(笑)。

 SFXをバシバシ使った「ザ・ソウルガーディアンズ−退魔録−」(1998)あたりは、どっちかと言うとハリウッド流スペクタクル・ホラーの雰囲気で気色悪さはなかった。だけど女子校を舞台にしたホラー映画「女校怪談」(1998)には、血がタラタラ…ってな韓国映画らしい気色悪さがあったよね。これって韓国映画から急速に失われつつあるとは言え、まだまだ何だかんだ言ってここぞ…という時に顔を出すのだ。

 そんな時、大スターのハン・ソッキュ主演で猟奇サスペンスが来たというから、僕としてはさもありなん…と思ったわけだ。その作品カル(1999)は、ハン・ソッキュとシム・ウナという「8クリ」コンビが猟奇サスペンスに挑む、異色の大作仕立てというのがミソだ。

 実際に対峙した作品は、そんな大作仕立てが幸いしたか災いしたか、お話そのものはどうって事もなかった。割とオーソドックスなアメリカ風娯楽サスペンスだ。だけど、それでもどこかちょっと田舎の便所みたいなイヤ〜な気分は味わえたんだよね。

 僕はここで何度もイヤ〜な気分と書いてきたが、実はそういうのってキライじゃないんだよ。怖い映画を見るとき、僕はショックで脅かされるのはあまり好きじゃない。ジト〜ッとヌメ〜ッとくる田舎の便所風の貧乏くさい怖さ気色悪さを結構珍重している。それが韓国映画なら十二分に味わえるのでは…と、どこか期待しているのだ。

 ところが意外にも、「カル」って韓国映画では初めての猟奇サスペンス映画らしいんだよね。いかにも韓国映画にうってつけ…と思えるのに、これって一体なぜだろう? まぁ、全部の韓国映画を見た訳ではないから分からないけれど、僕が思うのは逆に「韓国映画にうってつけ」な味…だからじゃないだろうか。何しろ前述したように、普通の映画の中にこんな気色ワル味がふんだんに出てくるのだ、あえて正面から猟奇サスペンス…って需要が、ここまで生まれて来なかったって事かもしれないよね。逆に言うと、韓国映画が洗練されきったこれからが、本格気色ワル映画の出番かもしれない。

 そう言えば、忘れちゃいけないのが「悪い男」(2001)で話題のキム・ギドク監督の前作「魚と寝る女」(2000)だ。これを僕は未見なんだけど、何しろ痛い描写の連発…と聞いての事だ。このあたりも気色ワル路線の継承なんだろう。

 そういう意味では、あの堂々たる刑事サスペンス・ドラマ殺人の追憶(2003)にだってそんな片鱗はあるかもしれない。映画そのものはどこに出しても通用するリッパな出来映え。だけどそこには、実際に起きた猟奇事件を扱ったから…ではとどまらない、韓国映画が元々持っていた気色ワル味がちゃんと生きているように思えるんだよね。そう言えば「殺人の追憶」の監督ポン・ジュノの前作ほえる犬は噛まない(2000)でも、犬を殺しちゃったり食っちゃったり…と、結構グロ趣味が横溢していたよね。

 そうなると、ここで再びの猟奇サスペンス「H/エイチ」の登場に期待が持てるんじゃないか。作品的にはどうか知らないが、田舎の便所的気色悪さを愛する僕としては…だ。

 

あらすじ

 冷たい雨がしと降る夜。プサンの巨大なゴミ集積場から、それは始まった。ブルドーザーでゴミを動かしている最中、ゴミの中に女の死体が現れたのだ。早速雨の中、捜査員が急行する。

 やって来たのは短髪でパンツ姿のクールな女刑事ヨム・ジョンア、そして桂小金治風のオッサン刑事ソン・ジル…さらに若い新米刑事のチ・ジニという面々。このチ・ジニ刑事、新入りのくせに遅刻してくる度胸の良さ。女刑事のヨム・ジョンアを「お姉さん」呼ばわりする図々しさも人一倍。そんな生意気をヨム・ジョンア刑事に冷ややかにシカトされても、全然こたえてない無神経ぶりだ。

 死体は女子高生らしい。腐乱が激しく死因は明らかではない。だが現場でオッサン刑事ソン・ジルがコケた時、足下にとんでもないものを発見した。

 胎児の死体だ!

 どうもこの胎児、女子高生の体内にあったものらしい。ヘソの緒は何と歯でかみ切られていた。一体、誰が何のために?

 さてそれからしばらく経ってある夜のこと、ガラガラのバスに乗る一人の女の姿があった。そのバスが一日のスケジュールを終えて操車場に戻ってきた時、運転手は後ろにまだ乗客がいるのに気が付いた。

 「お客さん、もう終点だよ!」

 声をかけながら、後ろの座席に近づいていく運転手。座席に一人座っているのは、どうやら女らしい。だが、運転手がいくら声をかけても微動だにしない。イラついた運転手がふと足下を見ると、そこは一面の血の海ではないか!

 何とその女、妊娠中の腹を刃物で裂かれていた。そこからはみ出る胎児…。

 またまた駆り出される女刑事ヨム・ジョンア、オッサン刑事ソン・ジル以下捜査陣。生意気チ・ジニ刑事はまたしても遅刻。例によって人をナメた態度は変わらない。だが現場を一瞥した女刑事ヨム・ジョンアには、何やら思い当たるフシがあるようだ。

 刑事たちが一同に会しての捜査会議の席で、女刑事ヨム・ジョンアは決然と言い放った。「これらの事件には前例があります!」

 何と6件の連続猟奇殺人を起こして10ヶ月前に自首したチョ・スンウという男の事件に、今回の連続殺人は酷似していると言うのだ。

 確かに1件目が妊娠中の女子高生で、胎児を取り出されての殺しというのが符合する。2件目が妊娠中の未婚の女で、腹を切り裂かれているというのが符合する。いずれも「望まれない妊娠」…そんなものを想起させる犯行だ。以前の連続殺人の犯人チョ・スンウは現在死刑囚として獄中だから、これは模倣犯の仕業か?

 そして3件目があるとすれば…チョ・スンウの犯行の3件目は、同性愛者の女の耳を裂き、首筋を切って殺すというものだ。これと同じ事が起きるのか?

 こうなると前の犯行を犯したチョ・スンウに事情聴取しなければならない。女刑事ヨム・ジョンアと新米刑事チ・ジニは、チョ・スンウが投獄されている刑務所へと駆けつけた。

 だが女刑事ヨム・ジョンアは時間になっても外でタバコの煙をくゆらせ、刑務所の中に入ろうとはしない。果たしてその胸中に、いかなる思いが去来しているのか?

 彼女の脳裏には、ある一つの思い出が蘇る…。

 それは建物の窓をぶち破って下に墜落死した、ある一人の男の姿だ。その男とは誰か? 女刑事ヨム・ジョンアとどのような関係にあったのか?

 結局、獄中にはチ・ジニ刑事一人で赴く事になる。面会室で一人待っていると、問題のチョ・スンウが手錠に繋がれてやって来た。

 とても連続殺人を犯したとは思えない、静かで大人しそうな青年…それがチョ・スンウの印象だった。だがこの男、こんな状況でも落ち着き払っているのが異常と言えば異常。席に着いても、いきなり「自分の血について考えた事がありますか?」とか「汚れた血」が云々…とか、訳の分からない事を言い始める。元々ニヤニヤと世の中ナメた調子のチ・ジニ刑事は、そんなチョ・スンウの様子に苦笑せずにはいられない。

 今回の事件の現場写真を見せても、チョ・スンウは薄っすらと笑みを浮かべながら見つめるだけだ。あげく「写真から声が聞こえて来ませんか?」と来る。命をないがしろにした者への怒り、贖罪の場に漂う気高さ…それに気づきませんか?

 これには元々おめでたいチ・ジニ刑事も、苛立ちを隠しきれない。しかもチョ・スンウに自分の額のキズを指摘されたら、いきなり火がついたように怒りだした。何か隠しておきたい図星の部分を指摘されたのか、チ・ジニ刑事には最初のニヤついた余裕もどこかへ飛んでいった。

 こうしてただただチ・ジニ刑事はイラついたまま、何も得られずに面会が終わる。おまけにチョ・スンウの捨て台詞がまたムカつくではないか。

 事件が続くといいですね、あなたとまた会えるから…。

 この不毛な面会の後、女刑事ヨム・ジョンアと新米刑事チ・ジニは、チョ・スンウを診察した精神科医を訪ねる事にした。ところがちょうどその時、医院の入口から出てきた長髪の男が一人。この男、両刑事を見つめて不敵にニヤ笑いを浮かべていたのだが…。

 さて獄中のチョ・スンウを診察した精神科医はキム・ソンギョンなる女医だった。ところがこの女医、患者の事はあくまで守秘義務があると一切口を割らない。終始不敵な笑みを浮かべるこの女医キム・ソンギョン、果たして何を知っているのやら。

 その後、チ・ジニ刑事とソン・ジル刑事は産婦人科という産婦人科をあたるが、なかなか被害者のかかった医者は見つからない。やっと見つかったとある産婦人科によれば、今回の被害者はどちらもこの医院の患者だと言う。どうもここが事件のカギを握っているようだ。するとこの医師、聞き捨てならない事を言いだした。ちょっと前までここで働いていた男が、突然辞めたと言うのだ。しかもこの男キム・イングォンはメスなどを盗み出していたと言う。これは絶対に怪しい。

 調べてみるとキム・イングォンなる男、前科者だったと言う。しかも入った刑務所は、あのチョ・スンウのいる刑務所ではないか。ますますもって怪しい男だ。

 早速このキム・イングォンの家に乗り込むチ・ジニ刑事とソン・ジル刑事。だが、あいにくと本人は不在。家の中に乗り込んではみたものの手持ちぶさたの両刑事は、しばし世間話に興じる。それはあのクールな女刑事ヨム・ジョンアの事だ。

 実は彼女の婚約者も刑事だった。彼はチョ・スンウの事件を担当し、奴が捕まってからも真相を追っていた。ところがなぜか原因不明の自殺…。それ以来、ヨム・ジョンア刑事は固く心を閉ざしたままだ。

 そんな時、外で携帯電話の着信音が鳴る。慌ててチ・ジニ刑事が飛び出すと、そこには様子を伺っていたキム・イングォン本人がいた。驚いて逃げ出すキム・イングォン、追うチ・ジニ刑事。狭い路地から路地へ、キム・イングォンは逃げて逃げて逃げまくって、とあるクラブの中に潜り込んだ。

 チ・ジニ刑事がクラブに乗り込むと、そこは踊り狂う若者の熱気が充満。中でも目を惹くのは、お互いに絡み合うように踊る妖しげな二人の女たちだ。

 ところがその女の影にあのキム・イングォンが潜んでいた。だが、隠れていたという雰囲気ではない。キム・イングォンは踊る女に気を取られているかのようだ。そしてやにわに女を抑え込む。やっとキム・イングォンに気づいたチ・ジニ刑事は、銃を構えて威嚇する。

 だが不敵にもキム・イングォンは、捕まえた女の耳をそいだ!

 さらにこの男はチ・ジニ刑事の目の前で、大胆不敵にも女の首をザックリ斬って殺す。これにはチ・ジニ刑事もキレた。

 銃で二発!

 胸を撃たれたキム・イングォンはもんどり打ってその場に倒れる。たちまちクラブは大混乱だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画を見てからお読みください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、キム・イングォンは二発も撃たれながらも一命をとりとめた。結果的にまたしてもチョ・スンウの事件と同じ事が起きてしまった事からも、この男は奴の模倣犯に違いない。そして獄中でこいつと接触していたのなら、ひょっとしてチョ・スンウが事件の黒幕の可能性すらある

 チ・ジニ刑事は、またしても獄中のチョ・スンウに面会した。案の定、チョ・スンウはキム・イングォンと面識があるらしい。チ・ジニ刑事はチョ・スンウと向き合うと、いきなり事件の証拠品を突きつけた。それは今回の被害者が、そぎ落とされた耳に付けていたイアリング。これを見せながら、チョ・スンウに真相を迫ろうとするわけだ。

 だがチョ・スンウは慌てず騒がず、例の冷笑的な笑みを浮かべてイアリングを手に取るばかり。しかもそこに被害者の髪の毛が一本残っていたのか、それをイアリングの輪に通して弄び始める。髪の毛にイアリングがぶら下がって、右から左へ行ったり来たり。イアリングが右から左へ行ったり来たり…。そんな態度にチ・ジニ刑事はただただキレまくるばかり。

 「奴をしょっぴきましょう!」

 捜査会議の席上でチ・ジニ刑事は苛立って叫ぶが、上司刑事の反応はニブイ。チョ・スンウは獄中に繋がれたままで模倣犯キム・イングォンも捕まったなら、もう事件は一件落着だ…と片づける。だが女刑事ヨム・ジョンアと新米刑事チ・ジニは納得できない。チョ・スンウが影で糸を引いているのなら、また次の犯行が何者かによって起こされるやもしれぬ。それが心配でならない二人は、何とか捜査の続行を直訴する。それでも上司は事件の終結を決めてかかるばかりだ。

 これには元々が単純なチ・ジニ刑事、いきなり席を蹴ってその場を立ち去った。「オレはもう辞める!」

 そんなチ・ジニ刑事を慰めて、オッサン刑事ソン・ジルが飲み屋に誘う。そこに女刑事ヨム・ジョンアもお出ましだ。「冷静になって。様子を見るのよ」

 そんな彼女のクールさに、キレたチ・ジニ刑事は暴言を吐く。「へっ、要するにそうやってあなたは婚約者の死からも逃げてるんでしょう?

 次の瞬間、女刑事ヨム・ジョンアのパンチがチ・ジニ刑事のアゴに炸裂したのは言うまでもない。

 さてその翌日、二日酔いの頭痛とアゴの痛みにボヤくチ・ジニ刑事に、あの女医キム・ソンギョンが接触してくる。早速またしても迎え酒。だが相変わらず不敵な笑みを浮かべる女医キム・ソンギョンに、チ・ジニ刑事の苛立ちはいや増すばかりだ。そんな時、携帯に電話が…。

 刑事たちは、すでに次の事件へと動いていた。たった今、女刑事ヨム・ジョンアとオッサン刑事ソン・ジルは、容疑者を張り込みの真っ最中。チ・ジニ刑事にも呼び出しがかかったというわけ。女医キム・ソンギョンとの酒の席を慌ててお開きにする。

 さてクルマで現場に急行…といきたいところだが大渋滞に巻き込まれる。よせばいいのに反対車線を走ろうとしたものの、対向車の嵐にハンドル操作を誤りクルマは電柱に激突。血だらけになりながらもクルマから出たチ・ジニ刑事だが、もはや意識は朦朧とするばかり。むやみにフラフラ歩き回っている状態だ。オッチョコチョイにも程がある。

 その頃、クルマの中で張り込み途中の女刑事ヨム・ジョンアとオッサン刑事ソン・ジルは、なかなか来ないチ・ジニ刑事にシビレを切らしていた。もう待ってはいられない…と思ったその瞬間。

 いきなり張り込み中のクルマのフロントガラスに、ド〜ンと女の血塗れ死体が降ってきた!

 慌ててクルマから降りると、死体は正面のアパートの窓から落ちてきたようだ。慌ててアパートに駆け込む女刑事ヨム・ジョンア、オッサン刑事ソン・ジルと警官たち。階段を駆け上がって駆け上がって、見つけた部屋はこれまた血の海。開け放たれた窓には殺された女の指が落ちていた。これもまた、あのチョ・スンウのかつての連続殺人のうち、第4の事件と符合する!

 見ると床に血染めの足跡が…それを追って捜査陣は屋上へと行き着くが、途中で消えたように足跡が消えた。犯人はどこへ行ったのか?

 焦る女刑事ヨム・ジョンアがあちこち見回していると、アパートの近くからフラフラと立ち去る人影が見える。慌てて階段を駆け下りた女刑事ヨム・ジョンアは、この人影に拳銃を突きつける!

 だが、それは額から血を流してヨロけるチ・ジニ刑事だった。彼は意識朦朧になりながらも、何とか現場まではたどり着いたのか…。

 そんなこんなで、上司は事件終結を撤回。新たな模倣犯の出現に捜査陣は色めき立つ。もし次の犯行があるとすれば、チョ・スンウのそれと同じはずだ。奴の5番目の犯行は、堕胎手術を行ってきた女医を殺して子宮をえぐり取るというもの。そして6番目は顔面の損傷が激しく、いまだに被害者の身元が不明だ。それにしても、今度は一体誰が…?

 チ・ジニ刑事は三たび刑務所を訪ね、チョ・スンウに面会する事になった。今度はついに女刑事ヨム・ジョンアも一緒だ。だが相変わらずチョ・スンウは不敵に笑みを浮かべるばかり。それどころか、女刑事ヨム・ジョンアの婚約者を、「弱すぎたから死んだ」と言い放つ始末だ。

 これにはキレたヨム・ジョンア、いきなり銃を構えてチョ・スンウに突きつけた!

 そんな緊張を解いたのは、あのチ・ジニ刑事だ。彼は怒りを込めたパンチをチョ・スンウにお見舞いする。だがゆっくり起きあがったチョ・スンウは、悪びれもせず一言言い残して獄中に戻った。「楽しかったです…」

 そんな一件が二人の心を開いたのか、チ・ジニ刑事は近くの海辺に佇みながら女刑事ヨム・ジョンアに身の上話を聞かせる。彼の母親は、実はカラダを売る商売の女だった。チ・ジニはそんな売春婦たちの世界で育ち、母親を「お姉さん」と呼んで育ってきた。そしてこの海辺は、チ・ジニ刑事が母親とよく遊んだ場所だったと言う。彼もまた、望まれない生まれの子どもだったのだ…。

 さて例のアパートの窓から落ちた死体の手がかりを探すチ・ジニ刑事は、現場を探すうちに奇妙な長髪男が挑発的な仕草をしているのを目撃する。それはあの女医キム・ソンギョンの医院に行く途中で出くわした男だ。警察のデータベースを検索した結果、この男の身元はすぐに割れた。この男、抽象画家でセクハラの前科を持ち、あの女医キム・ソンギョンにもかかっていた。

 警官隊を伴って、長髪抽象画家の自宅マンションに乗り込む女刑事ヨム・ジョンア、新米刑事チ・ジニとオッサン刑事ソン・ジル。だが家はもぬけの空。ただ、壁には奇妙な血染めの文字が残されていた。それは何やら不可思議な数字の羅列だ。

 この謎を解いたのは女刑事ヨム・ジョンアだ。短髪で男勝りのクールな刑事とは言えさすがに女。彼女はこの数字を、女の月経の周期を書いたものだと喝破した。実は今までの事件、ことごとく28日という月経の周期と排卵日に絡んで行われていた。確かにこれらの事件は、女と「妊娠」に絡んだ事件ばかり…望まない妊娠をした女、妊娠などハナっから前提としていない快楽に溺れる女、あるいは堕胎を行ってきた女医。少なくとも最初のチョ・スンウの犯行はそうだ。今回の事件はそれを踏襲しようとしているのだ。

 だが犯行周期が決まっているとなれば、次の殺人が起きる日も容易に推測が出来る

 まずは最も怪しい女医キム・ソンギョンをマークだ。だが彼女の医院に女刑事ヨム・ジョンアと新米刑事チ・ジニが駆けつけると、ちょうどあの長髪抽象画家が出てくるところではないか。と、止める間もなくチ・ジニ刑事が飛び出して長髪男を追いかける。折りもおり、別の出口から女医キム・ソンギョンが出てきた事もあり、女刑事ヨム・ジョンアは彼女を追いかける事にした。

 だがチ・ジニ刑事はたちまち長髪抽象画家にまかれてしまう。女医キム・ソンギョンはこの日講演会の予定があると分かっていたので、彼は仕方なくその会場へと向かった。

 講演会が終わる頃には陽もどっぷり暮れて夜。講演を終えた女医キム・ソンギョンを追ってきた女刑事ヨム・ジョンアは、ここでやっとチ・ジニ刑事と落ち合う事になる。早速二人で女医キム・ソンギョンのクルマを追跡だ。

 どんどん街外れへと走っていく女医キム・ソンギョンのクルマ。追われているのを知っている彼女は、両刑事を挑発しているかのようだ。やがて業を煮やしたチ・ジニ刑事はまたしてもクルマから降りて、単独で走って追いかけていく。まったくどこまでも懲りないチ・ジニ刑事だ。

 やがて乗り捨てられた女医キム・ソンギョンのクルマを発見する女刑事ヨム・ジョンア。そこには一軒の建物があった。建物の周囲で女刑事ヨム・ジョンアが様子を伺っていると、中から携帯電話の着信音が聞こえてくるではないか。

 さてはこの建物の中か?

 建物の中に踏み込んだ女刑事ヨム・ジョンアは、まず壁に掛けられた一枚の絵に目をとめる。抽象画だ。やはりこの建物は、あの抽象画家と関係があるらしい。さらに地下へと降りていくと、大小さまざまなカンヴァスが置いてあるのに気づく。ここはどうやらアトリエのようだ。

 その時、何者かが女刑事ヨム・ジョンアの頭を強打する!

 アトリエの中では、あのチ・ジニ刑事が倒れていた。ふと気づいて起きあがるチ・ジニ刑事は、自分の顔から手から血塗れなのに気づく。何と彼が倒れていた床が血の海ではないか。さよう、イヤな予感は的中した

 テーブルの上にこれまた血塗れの女医キム・ソンギョンの死体。その両足は大きく開かれて、股間からおびただしい出血があった。あのチョ・スンウの5番目の犯行は、女医を殺して子宮をえぐり取る…というもの。まさに今回の5番目の犯行も、奴の殺人をなぞるカタチで起きてしまった。

 しかもそこには女刑事ヨム・ジョンアも倒れているではないか。あんまりだ…激高し錯乱したチ・ジニ刑事は、その場で大声で吠えながら荒れ狂う。

 だがその声で、ヨム・ジョンアが意識を取り戻した。彼女は単に気絶していただけだったのだ。何とか起きあがった女刑事ヨム・ジョンアは、暴れるチ・ジニ刑事を抑えながら必死に慰めたのだった。

 さて、今は主のいなくなった女医キム・ソンギョンの医院に、女刑事ヨム・ジョンア、新米刑事チ・ジニとオッサン刑事ソン・ジルたちが家宅捜索に入る。そして出てきたのは何本かのビデオテープ。それは女医キム・ソンギョンによる、あの死刑囚チョ・スンウの診察記録だった。

 催眠術を使って、チョ・スンウの意識の奥底を探る女医キム・ソンギョン。チョ・スンウはソファの上に横たわり、まるで胎児のように身を丸くして眠っている。ところが突然チョ・スンウの表情が苦痛に歪む。「痛いよ、痛いよ。そんな事はやめてママ!」

 しばらくしてチョ・スンウは不気味な声でうめく。「ママが僕を殺そうとするなら、僕がアンタを殺してやる!

 この診察の結果、女医キム・ソンギョンは結論づけた。例え堕胎手術を受けても、マレに胎児が生き延びる事がある。その確率は約3パーセント。このチョ・スンウもそんな子どもの一人だった。彼は大きくなってからも、堕胎の時に受けた苦痛の記憶を持ち続けた。それがこの男の女性憎悪の原点だったのだ…。

 さて捜査陣が次に目を付けたのは、長髪抽象画家が海辺に持つ別荘。ヘリコプターで現場に駆けつけた女刑事ヨム・ジョンア、新米刑事チ・ジニとオッサン刑事ソン・ジル、さらに武装警官隊が別荘に突入。だが、別荘には人けがない。

 すると…大きな本棚の下に血がしみ出している!

 慌てて本棚をひっくり返すと、そこには隠し部屋があった。何と例の長髪抽象画家が、椅子に腰かけているではないか。だが彼の手首は傷つけられ、そこからおびただしい血が流れている。

 しかもこの男、捜査陣の見ている前で自らの首をかき切った!

 万事窮す。もはや事件の真相を語れる者がいない…と捜査陣が悟ったのは、その後の捜査会議の席上での事だった。何とあのチョ・スンウに、突如死刑が執行されたのだ。彼が最後に残した言葉は、「自分は母親を殺した」…というものだった。

 度重なる事件に慌てた上層部の決定とは言え、今さらながらに真相が葬られた事を悔やむ一同。それでも第一の模倣犯キム・イングォンは捕らえられ、第二の模倣犯の長髪抽象画家は自ら命を断った。連続殺人はチョ・スンウの犯行とは違って5番目でストップ、6番目に及ぶ事はないはずだ。

 会議の後、自分の席に戻ったチ・ジニ刑事は、そこに思わぬモノが届いているのに気づく。何とあのチョ・スンウが、彼宛に封筒を送っていたのだ。「チッ、最後まで悩ませやがる…」

 コワゴワ封筒を開けたチ・ジニ刑事は、そこに一枚のCDが入っているのに気づく。それはチ・ジニ刑事のガラに合わない教会音楽だった。彼はそのCDを持ってクルマに乗り込む。

 一方捜査会議が終わっても、女刑事ヨム・ジョンアはその場から離れようとしなかった。何かがおかしい。どうも納得出来ない。これで一件落着と言えるのか?

 その時、貼り出されていた現場写真の一枚に目をとめる女刑事ヨム・ジョンア。そこに彼女は、今ひとつ釈然としない思いの理由を見出したのか。そして次の瞬間…。

 彼女はついに真相にたどり着き、驚愕に目を見開いていた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは絶対映画の後で!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 そんな訳で…ってどんな訳だか分からないが(笑)、これは韓国映画の猟奇サスペンス。いかにもな設定でいかにもな事件が勃発。ちょいとグロな気色ワル風味が横溢する。

 映画としてはアメリカ映画の猟奇事件サスペンスを踏襲。だからグロと言ってもさほどのショッキングさはない。そこが今風韓国映画らしいところ。言わば「安心して見れる」猟奇映画だ。それでもどこか湿った印象があるのは…やはり「されど韓国映画」たる所以なのだろう。僕が期待していたのもそのあたりだ。

 女と妊娠に絡まる連続殺人…というあたりも、儒教の国、女性受難映画を連発していた韓国だから…の忌まわしい味がどこか漂う。そこらへんが、首チョンパ、手足スポ〜ン、内臓ドバ〜ッのアメリカ映画とは違うところなんじゃないかな。あくまでジメ〜ッと見せてくれるあたりが、イヤなんだけど嬉しいところだ。

 今回の映画は実はキャスティングが売りで、ちょっと異色の顔ぶれが揃っている。そこにも期待させるところがあったんだよね。

 まずは何と言っても猟奇殺人犯にチョ・スンウってのが面白い。彼はまず、つい最近のラブストーリーでの好演が印象に残っているよね。ヒロインのお母さんの恋愛相手で、学生服がよく似合う青年役。その前には出世作であるイム・グォンテク監督の春香伝でも、爽やかな青年ぶりを見せていた。どこか古風でマジメそうで、爽やかな青年を絵に描いたような役者…それがチョ・スンウのイメージだろう。

 それがここでは何とも不敵で冷ややかな猟奇殺人犯。これが何とも気色悪いよね。最近残虐な事件があるたび、犯人が「マジメな人でした」…とかよく言われるけど、そんな事をも連想させる。誠実そうな彼だからこその、気色悪さとリアリティだ。

 それに対峙するカタチの新米刑事役チ・ジニは、この映画で初めて見た役者さん。典型的二枚目役者なんだろうけど、今回の役どころはちょっと損だったかも。何しろ軽率でキレやすくムチャばかりする。そのバカな言動にしばしばウンザリさせられる。森の石松的なキャラというなら好感も持てようが、それにしては中途半端にいい男だから余計苛立たせられる。まぁ、そんな軽率さバカさが後半の伏線になっていると最後まで見れば気づく仕掛けになっているが、それでもこのアホな役柄はイライラさせられたよ。

 で、実は僕が最もこの映画で感心したのが、女刑事役のヨム・ジョンアだ。

 この人って、あの「カル」でヒロイン、シム・ウナの親友役をやっていた女優さんなんだよね。その時からどこか妖しげ。で、あの役の時と同じようにキリッと短髪で、終始寡黙にクールにキメる。その内心には苦悩もかい間見えるという役どころだ。この彼女が、今回の猟奇なイメージとハードな雰囲気に溶け込んでいる。最初なんか、誰よりも彼女が一番怪しげだったもんね(笑)。なかなかいい味出しているんだよ。僕は彼女の今後に期待してしまった。

 という訳でバンバン盛大にホメたいところだが、実は映画の出来映えそのものはそれほどでもないんだよね

 何よりこの映画、あまりに露骨に「羊たちの沈黙」(…というか、「レッド・ドラゴン」の方だろうか)と「セブン」を狙っているのがミエミエなんだよね。

 もうちょっと消化してくれればいいのだけれど、そういう映画をつくりたい…という気持ちが先行しすぎてか、元ネタがハッキリ見えてしまう。いろいろ趣向を盛り込んでお話をつくろうとはしているんだけど、それらがすべて「あんな映画をつくりたい」気持ちに貢献し過ぎて、ちょっとばっかり苦笑してしまう気分になってくる。一生懸命やってる気持ちは分かるんだけどね。このへん、ハリウッド指向化著しい今風韓国映画の弊害なのかもしれないけど、作者が何かオリジナルに言いたい事がある…やりたい事があるっていうんじゃなくて、あくまで「あんな映画をつくりたい」…にとどまっちゃってる限界が見えちゃう。「あんな映画」のコピーにとどまる事を最初から意図しているのなら、そこからハミ出したり超える事なんてあり得ない。ここが少くなからず残念なところだ。

 監督と脚本はイ・ジョンヒョクという人で、これが監督第一作。僕も東京国際映画祭で見た「虹鱒」の助監督をやっていた…との事だが、どんな人かはよく分からない。監督デビューという事で、大いに張り切っていたのだろう。好きな映画を自分なりに料理しようと意気込んだのはいいが、ちょっと空回りしちゃったのだろうか。

 実際のところ、お話は結構早いうちから底が見えてしまう。一生懸命ショッキングなエンディングとかどんでん返しを狙っていたんだろうけど、それがすぐに割れちゃうんだよね。僕が先に書いたストーリーを読んでも分かっちゃうだろうし、勘のいい人なら最初の頃から察してしまうかもしれない。事実、僕ですら中盤では分かっていた。ズバリ言うと、チャールズ・ブロンソン主演でドン・シーゲル監督のアメリカ映画「テレフォン」(1977)と同じネタだ。てんでビックリするようなシロモノではない。多くの人には映画の途中で予想がつくだろう。これはハッキリ言って致命的だ。

 この映画、韓国映画全盛のこの東京でも、ミニシアター一館だけのレイトショーでの公開にとどまった。それと言うのも、本国でもあまり当たらなかったからじゃないか。あるいは評判が悪かったか。韓国映画ブームに乗って配給会社が買い付けたはいいが、本国での不評でレイトショー止まり…何だかそんな感じもするんだよね。

 

見た後の付け足し

 じゃあガッカリしたのか…というと、実はそうじゃない。意外に思われるかもしれないが、僕は結構楽しんだ。映画のデキ如何はともかく、僕が期待していたものは見せてくれたからね。

 何より音楽や映像の雰囲気が、なかなか気分を出していた。何か起きそうないわくありげなムードも楽しめた。そこへチョ・スンウやヨム・ジョンアのピッタリとハマった配役もある。映画の持つ味わいは、なかなか捨てがたいモノがあるんだよ。だからお話が案外つまらなくても、僕は結構楽しんだ。

 そもそも僕は韓国映画特有の、あのどこか湿った気色悪さを味わいたくてこの映画を見たからね。それで入場料の元はとっている。往年の韓国映画の湿り気には及ばぬながらも、ソコソコイヤ〜な気分にはさせてくれた。そんな気分は十二分に味わえたから腹なんか立たなかったんだよ。

 この映画をみんなに「いいぞ」と勧めるのは確かに考えちゃうよ。この映画を楽しめる人は、ちょっと限られていると思う。物語の面白さや映画としての完成度を求める人には向いていない。僕みたいに、こういうドヨ〜ンとしたムードや気色ワルな韓国テイストに浸りたいと思っている人ならいいけどね。だから本来は、レビューなんか書いて作品の優劣を云々したい映画ではないわけ。

 でも、僕も昔はそんな気分で映画を見ていたんだよね

 昔、やっぱり情報全くなしのままフラリと入ったレイトショーで、シュウ・ケイという監督さんの香港映画「ソウル」(1986)を見た事を思い出す。あの映画、お話が面白いかと言えばちょっと首をかしげるし、映画としての出来映え云々は今ひとつ評しかねる。だけど映画全編に漂うムードは無性に気になった。興味を持ったのは、カメラを知らないオーストラリア人が担当していた事。それが後年アジア全域の映画で名手としてモテはやされるクリストファー・ドイルだった。

 今回のこの映画、なぜかカメラはこれまたオーストラリア人のピーター・クレイなる人物だ。この男はアメリカで仕事をしてきたと言うが、一体いかなる人物か全く知らない。だけど確かにいい感じは出していた。僕は思わず、今ではまったく忘れられた「ソウル」でのクリストファー・ドイルを思い出したよ。決してピーター・クレイがドイル級のカメラマンになる…と言う訳じゃないけどね(笑)。

 考えてみると、今年映画館にフラリと入って何も考えずにたっぷり楽しめた映画って、実はこの「H/エイチ」と「ミッション・クレオパトラ」だけかもしれない。どちらも人に勧められるか…とか作品的出来映え云々を問われたりしたら、どうかなとは思う。だけど映画が楽しめるってのは、そういう事とは無関係なんじゃないか。少なくとも僕は、久々に映画を純粋に楽しめて嬉しかったよね。ビックリするほど面白いとか怖かったって訳でないのもいいじゃないか。安心してソコソコ楽しめるあたりがかえって嬉しいよ。それで十分だ。僕は満足した。

 映画を見終わったら、すでに夜も11時を回っていた。そもそも入りの少ない映画館で見て、街に出た時も人通りはまばら。しかも雨が降っていた。何とも映画の雰囲気にピッタリではないか。思わず映画の気色ワル気分に浸り切っちゃったよ。

 本当に映画が楽しいってのは、実はこういう事を言うのかもしれないよね。

 

 

 

 

 

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