「ラブ・アクチュアリー」

  Love Actually

 (2004/03/01)


  

今回のマクラ

 僕が昔、飛行機に関わる仕事をしていた事は、ここでも何度か書いた事があると思う。

 それって言うのはホンの偶然で、実は就職難の折りのドサクサでなってしまった事だ。最初から航空関係の仕事を志していた訳ではない。だがいよいよ…という時にその仕事に飛びついたって事は、たぶん僕の心のどこかに「飛行機に関係する仕事なら、まぁいいか」…という気持ちがあったからじゃないだろうか?

 僕はなぜか子どもの頃から飛行機が好きだ。飛行機のカタチも好きだし、乗って飛び立つときのワクワク感も好きだ。飛ぶ事自体は怖くて怖くてたまらないのだが、それでも飛行機は僕に何となくトキメキを感じさせてくれる。今では飛行機関係の仕事からは足を洗ったけれど、僕は人生の大半を何らかのカタチで飛行機と関わりながら暮らしてきた。つい最近ではもっぱら利用者として関わって来たが、それはまた別の話だ。ともかく僕は飛行機や、それが飛び立つ空港周辺の雰囲気を、こよなく愛する人間なのだ。

 そんな飛行機や空港を愛する僕だけど、実はここんところちょっと空港には近寄りがたい気持ちがある。ちょっと個人的な事で、複雑な感情がよぎる場所になってしまったからね。先日も仕事で羽田空港行きのモノレールに乗って、ちょっとメランコリックな気持ちになった。

 だからこの映画の冒頭でロンドンのヒースロー空港が出てきた時、僕にはある種の感慨が沸き起こって来たんだよね。その映画「ラブ・アクチュアリー」は、さまざまな社会階層、さまざまな年代の人々の、恋愛に関する物語だ。

 

見る前の予想

 僕はイギリスのワーキング・タイトルというプロダクションの製作する、一連の「ヒュー・グラントもの」のコメディが大好きだ。実はその第一弾「フォー・ウェディング」には、評判の割にさほど感心はしなかった。でも二作目のノッティング・ヒルの恋人にはスッカリやられた。以来、この会社の放つヒュー・グラントの新作は必ず見る。もうこの「ヒュー・グラントもの」ってのはジャンルとして確立しているかのようだ。ヒュー・グラント自身、この会社の作品以外では十二分に魅力を引き出されていないのではないか? アメリカで撮ったトゥー・ウィークス・ノーティスなどを見ても、つくづくそう思う。

 そんなワーキング・タイトルの新作「ラブ・アクチュアリー」は、お目当てヒュー・グラント以下多数のスターを集めた人間群像劇。実はこの人間群像劇というドラマ形式って、僕にとってはロバート・アルトマンの「ナッシュビル」以来のツボ。同じアルトマンの諸作品に加え、「マグノリア」「200本のたばこ」などもお気に入りだ。だからこの映画には、どんなに期待してもしきれないという感じだったんだよね。

 

あらすじ

 イギリスも全世界も、時はまもなくクリスマス。それは恋人たち、夫婦、そして相手のいない人たちも、何となくロマンス気分に心浮き立つ季節だ。

●往年のロックスターだが、今は老いぼれて落ち目のビル・ナイが、自身の過去のヒット曲をクリスマス・バージョンに焼き直し。あまりに陳腐な歌詞に辟易のナイだが、彼をずっと支えてきたチビデブのマネジャー、グレゴール・フィッシャーはこれに賭けていた。そんなフィッシャーの気持ちを知ってか知らずか、ナイはやる気があるんだかないんだか。せっかくのテレビ番組にお呼ばれしても、「こんなクソな歌詞付けやがって」と言いたい放題。果たして彼のクリスマス・ソングは、並み居るスターたちのクリスマス・ソングと、ヒットチャートでの競合で勝利を収める事が出来るのだろうか?

●首相官邸に新たな英国首相がやって来た。若く独身のこの首相ヒュー・グラントは好感度抜群。出迎えた官邸のスタッフの一人、秘書のマルティン・マカッチョンは、歓迎のあまりかついつい失言を連発。そんな彼女にグラント首相も好感を持つ。それだけではない。いつしか彼女の事が気になって仕方がなくなるアリサマだ。

 そんなグラント首相は、就任早々この官邸にアメリカ大統領ビリー・ボブ・ソーントンを迎える事になる。迎えうつ英国政府としてはここで存在感を示したいところだが、グラント首相は事を穏便に済ませたいようだ。そんな首相の軟弱さに、閣僚は失望を隠しきれない。

 案の定やって来たソーントン大統領は、コワモテの言いたい放題で英国政府をやりこめる。だがグラント首相は何も言い返せない。ところがこのソーントン大統領、事もあろうにあの秘書マカッチョンにセクハラしているではないか。これにはさすがにキレたグラント首相、共同記者会見でピシリと大統領をやりこめたから会見場の記者も閣僚も大喝采。英国国民も大いに溜飲を下げた。

 しかし公務に私情をはさんだグラントはさすがに反省。マカッチョンを配置換えして自分の前に出ないようにした。そんなグラント首相に、彼女からクリスマス・カードが届く…。

●妻を亡くしたばかりのリーアム・ニーソンはふさぎ込むばかり。だが彼の心配は他にもあった。亡き妻の幼い連れ子トーマス・サングスターが、最近めっきり口をきかない事だ。たまりかねたニーソンが息子サングスターを問いつめていると、彼の悩みは母の死よりも片思いの彼女のこと。しかも彼女はもうすぐ故国アメリカに帰ってしまう。それまでに何とか気持ちを伝えねば…と彼女の気を惹くべくドラム練習に汗を流すサングスターだったが…。

●独身女ローラ・リニーは、同僚のデザイナー、ロドリゴ・サントロを秘かに思い続けていた。そんな気持ちは上司のアラン・リックマンに筒抜け。リニーはズバリ図星を突かれたあげく、クリスマスにこそ告白したらどうだ?…とアドバイスされる始末。だがそれが簡単にできれば苦労はない。悶々とするばかりのリニー。それでも会社のクリスマス・パーティーの夜にチャンスがやって来た。サントロの方からダンスを申し込んで来たのだ。そのまま帰りに自宅へサントロを連れてくるリニー。かくして長年の念願が今こそ叶う…と大喜びした彼女だったが…。

●グラント首相の姉エマ・トンプソンは、妻を亡くしてふさぐ友人リーアム・ニーソンの心配などで忙しい日々。だがまさか、自分にも愛に悩むアクシデントが降りかかろうとは夢にも思わなかった。

 それと言うのも夫アラン・リックマンが、職場の秘書ハイケ・マカッシュからいきなりアタックをかけられたのが発端。思いもかけぬ告白に、中年男リックマンは動揺を抑えきれない。ついついマカッシュのために値の張るネックレスを買うに至る。妻トンプソンの目を盗んでの購入だけに、店員ローワン・アトキンソンの丁重すぎる対応に汗だくのテイタラク。

 ところが妻トンプソンは、その事実を知ってしまった…。

キーラ・ナイトレイは美しい花嫁姿で、新郎キウェテル・イジョフォーと結婚式に臨む。結婚式は友人たちの心づくしのアトラクションもあって大盛況。だが彼女には一つ気がかりがあった。夫イジョフォーの大の親友アンドリュー・リンカーンが、何とも彼女に冷たいのだ。ここは何とか親しくなりたいと一計を案じたナイトレイは、自分たちの結婚式ビデオがちゃんと撮れていなかったと口実をつくり、リンカーンが自分で撮っていたビデオを見せてくれと自宅に押しかける。焦り渋るリンカーンのビデオを無理やり見たナイトレイが見たものは…何と自分の花嫁姿しか撮っていないシロモノ。実はリンカーン、親友の妻ナイトレイに一目惚れして苦しみ、自らの気持ちを抑えるべく彼女に冷たく接していたのだ。結局気まずい思いだけが残ったリンカーンだが、彼は一念発起してクリスマスの夜にナイトレイの新婚家庭を訪れる…。

●作家のコリン・ファースは恋人を弟に寝取られて、逃げるようにフランスへとやって来る。そこで一人貸別荘で執筆活動に励むが、いつしか家事を頼んだポルトガル人の女ルシア・モニスに惹かれるようになった。彼女の方もまんざらでもなさそうだ。だが言葉の通じない哀しさ、結局ファースは休暇を終えて貸別荘を引き揚げる時に、彼女に一言も告白出来ずじまいでイギリスへ去ってしまう…。

●出前のバイトに精を出す若者クリス・マーシャルは、いろいろ女に声をかけるもののモノに出来ない。ハッキリ言ってモテない男なのだ。業を煮やしたマーシャルは渡米を決意。アメリカ女は英国男に目がない…と意気盛んで、単身ウィスコンシン州のバーにやって来る…。

●濡れ場満載の映画撮影現場。今まさにその主役男女のセックスシーンが展開…と思いきや、それは主役出番前のスタンド・イン俳優による代役を使ったセッティングの真っ最中だった。そんな代役のマーティン・フリーマンジョアンナ・ペイジは、マジメくさった顔をしながらとんでもない格好で絡んでいる。まぁ何事もお仕事だから仕方がない。そんな代役稼業で絡んでいる間に、二人には何となく暖かい感情が通い合ってくる…。

 

見た後での感想

 まずは上の「あらすじ」をご覧いただきたい。これだけの大小さまざま、果ては英国首相のようなVIPからエロ映画の代役といった市井の人々まで登場し、そこであらゆる恋愛のカタチが次々と展開する。そしてこれらの人々は、すべて何らかのカタチで錯綜している。その絡み合い方たるや映画のテイストこそ違うが往年のアルトマン映画のようでもあるし、まるでクシシュトフ・キェシロフスキの「デカローグ」のようでもある。この脚本のキメの細かさは大したものだ。僕はこんな人間群像劇を見たかったんだよね。

 全編何と言う事もないドラマが展開するのだが、それらの小さい挿話の一つひとつが楽しい。そして名のあるスターから無名俳優に至るまでが、ほぼ同格の重要度で出てくるあたりもいい。

 ワーキング・タイトルって会社は元からハリウッド・スターを招いての映画づくりを活発に行っているが、それはたぶん商業上の理由によるものだろう。そんなあたりがコアなイギリス映画愛好者には揶揄されるところでもあるのだが、今回の場合はそれがキャスティングの豊かさにもなっていて楽しい。思わぬゲストが出てくるのもお楽しみで、特にアメリカ大統領役のビリー・ボブ・ソーントンは絶品。コワモテのいやらしい大統領役を憎々しげに演じて爆笑ものだ。だから記者会見場でグラント首相が一発カマす場面も痛快そのもの。まるでブッシュの飼い犬同然のうちの首相にも、襟を正して見てもらいたいものだ。

 他にも有名モデルのクラウディア・シェファーとかローワン・アトキンソンとかが、まるで野球のワン・ポイント・リリーフみたいに出てくる贅沢さ。見ていて嬉しくなってくるね。

 お話の中にはこれといった発展もなくバカバカしいままで終わるものもあるが、壮大な群像劇の中の味付けとしてはこれでいい。そしてドラマは必ずしもハッピーエンドにならないものもある。そんな硬軟とりまぜ、大小さまざまなドラマがあるから、全体としての重層感があるんだよね。

 そしてさまざまな芸達者たちの見せ場もふんだんだ。ビル・ナイは「スティル・クレイジー」「シャンプー台のむこうに」で見せたバカ演技をさらにパワーアップ。コリン・ファースの無骨でヤボな男ぶりも「ブリジット・ジョーンズの日記」以来のものだ。ローラ・リニーが男を自宅に引っ張り込んでの声を殺した大ハシャギぶりの瞬間芸も楽しいし、エマ・トンプソンが夫の不実を知っての涙もなかなかの芝居場。こうした一人ひとりにちゃんと見せ場が用意されているから、見ていてすごくトクをした気がするのだ。

 そんな中でもやっぱり最高なのは、ワーキング・タイトル映画のレギュラー、ヒュー・グラント。さすがに水を得た魚のように生き生きしているから嬉しくなる。しかも彼に英国首相を演じさせるなんて、何とも抜群のアイディアではないか。ここんとこいいかげん男を嬉々として演じ続けてきただけに、その落差が何ともオカシイんだよね。

 特に見せ場なのが、グラントがポインター・シスターズのヒット曲として知られる「ジャンプ」に乗って、腰を振りふり踊りまくるバカ・パフォーマンス。あの飄々とした個性だから笑わせる。しかも踊りまくっているところを官邸スタッフに見つかって、いきなり何事もなかったように平然と命令を下すあたりのオカシサたるや…。僕らはこういうヒュー・グラントを見たいんだよね。…というより、グラントにはこれしか期待してない(笑)。立派な演技なら他のどうでもいい役者でも出来る。だけど、こういう芝居はヒュー・グラントしか出来ない。そのくらいこのバカ踊りはまさに至芸と言っていい。思わず拍手したくなってしまったよ。

 その「ジャンプ」を初めとして、ビートルズの「愛こそはすべて」(ここではカバー・バージョン)、ビーチ・ボーイズの「神のみぞ知る」など、僕あたりにとっては涙モノの楽曲が使われているのも単純に嬉しい。特に意表を突いた使い方で驚かされるのは、リーアム・ニーソンの妻の葬儀で上映される「思い出ビデオ」のBGM。亡き妻の生前のリクエストという事で流される、懐かしのベイ・シティ・ローラーズ「バイ・バイ・ベイビー」には恐れ入った。この曲がこういう使われ方をされると、おかしくもどこかもの悲しいところが絶妙なんだよね。というわけで、今回は選曲のセンスがとにかく抜群だ。

 今回の監督は、リチャード・カーティスなる人物。この人ってこれが初監督だと言うが、実は「フォー・ウェディング」「ノッティング・ヒルの恋人」ブリジット・ジョーンズの日記…と、脚本家としてワーキング・タイトルの「ヒュー・グラントもの」を支え続けた人物なんだよね。そう言えば、一連の「ヒュー・グラントもの」ってもうジャンルとして確立しちゃってると前述したように、監督が変わっても一向にその違いが見えなかった。それと言うのも、このカーティスあたりの路線確立があったればこそなのだろう。ならば今回の作品の監督には、このカーティスは打ってつけ。これまでの「ヒュー・グラントもの」もそれぞれ好きな僕だが、今回の「ラブ・アクチュアリー」は「ノッティング・ヒルの恋人」以来、文句ナシに笑えたし好きな作品となった気がするね。

 とにかく楽しめた。これ以上、この映画のアレコレを云々しても意味がないよ。

 

見た後の付け足し

 そんなさまざまなドラマは、すべて冒頭に出てきたロンドン・ヒースロー空港で収束する。僕もそれまで映画の世界で笑って笑って楽しんできたが、この空港での結末で現実に戻ってきた。

 この文章の冒頭でも語ったように、僕は空港が大好きだ。何だかワクワクするから…そして別の世界に連れていってくれる気がするからね。

 だけどそんな僕のさまざまな空港の思い出は、実はちょっと苦い思い出で締めくくられる事になってしまった。今回の映画はそんな僕の個人的な思い出も想起させて、ちょっと切ない気持ちにさせられてしまったよ。

 それでもこの映画の作り手たちの、人生への徹底的な肯定ぶりには嬉しくなった。

 人生への肯定なんて、イマドキはちょっとヤボくさい考えかもしれない。実際そんな事を日常で面と向かって言われたら、酒でも入ってない限りマトモには受け入れがたいものかもしれない。でも、本当に人の感情の根っこにあるのは、そんなヤボとも言える感情なんだよね。

 先日見た韓国映画「ラブストーリー」でも超大作「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」でも、そこで強く訴えられているのは「ヤボ」とも言えるストレート一本勝負的な感情だった。やっぱり人間には、何だかんだ言ってもそんなヤボと見えるようなピュアな感情が必要なのだろう。

 きっと僕にもいつか、晴れやかな気分で空港を訪れる時が来るに違いない。その時は僕にもきっと、また新しい世界に旅立つための心の準備が出来ているんだろう。

 幼い頃から大好きだった飛行機の翼に身を委ねて…。

 

 

 

 

 

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