「ハリウッド的殺人事件」

  Hollywood Homicide

 (2004/02/02)


  

今回のマクラ

 最近トシをとってみると、ホントに自分のポジションみたいなものに困ってしまう。結婚して子どもをつくった連中はまだいい。彼らはそれだけでオッサンオバサンづらが似合ってくるからね。そりゃ毎日嫁さんダンナ子どもの顔を見ていれば、おのずから歳をとったと自覚も出来るだろう。中にはそれだけで自分が完成された「大人」になったと勘違いして、偉そうなゴタクを並べる輩もいるにはいる。それはそれで見苦しいものだけどね。

 言っておくが、「大人」になるということと歳をとることはまったく別物だよ。「大人」は成長、「歳をとる」は単なる衰えだ。自分が偉くなったとか完成されたなどと誤解することは、自分で成長を止めちゃうんだから、それは一番みっともない衰え方だ。僕もアナタも若い頃こうはなりたくないと思った、それは一番ハタで見てみっともない老いぼれぶりだ。そんな事が愚かだと分かってる身の程を知った人間なら、まぁ歳の取り方ってのはそれなりにサマにはなるだろう。

 ま、とにもかくにも、家庭を持った人間はそれなりに歳を意識せざるを得ないはず。

 だけど僕はいまだに独り者。当然子どももなく好き勝手にやっている。そうなると歳とったと頭では分かっていても、心が気持ちがそれについていかない。だけどカラダは思いっきりくたびれてる。だからこれまた一つ間違うと、ハタで見ていると痛々しくもみっともない事になりかねないのだ。

 僕はいろいろ痛い経験から、何とか昔みたいにいい年こいての馬鹿ハシャギこそしなくなった。それに気づけただけでも良かったとは思うものの、時々今の自分は年相応に振る舞っているんだろうかと当惑する事がしばしばだ。特に仕事の相手がみんな自分より年下なんて事も多くなると、ますます自分の置かれたポジションってやつに…そもそも身の置き所そのものに、困ってしまう今日この頃なんだよね。

 

見る前の予想

 ハリソン・フォードとジョシュ・ハートネット。新旧二人の顔合わせの刑事コンビもの。と、くればアメリカ映画十八番のジャンルでソコソコ面白そうな予感はする。舞台はハリウッドというのも楽しそうだ。

 だが、どうもこの邦題が気になる。「ハリウッド“的”殺人事件」。確かにこの映画の内容からはこうだろう。だが、「商品」としての映画としてこの題名はないんじゃないか。

 またぞろタイトルでケチをつけるなとお叱りを受けるのを百も承知で続ければ、この邦題はちょっとイヤな予感がする。外国映画のタイトルだ。邦題は問題外だろうとおっしゃる方もいる。配給会社のタイトルの付け方がマズくても、中味は面白かったなんて例は枚挙に暇がないのも分かる。だが売る側が映画の実物に接しての当惑が、ノリの悪さや腰の退け方として邦題に出てしまうことだってないとは言えない。な〜んとなく売るのに困っちゃって、キレの悪い邦題を付けちゃう事だってあるのだ

 まして一番の問題は主演のハリソン・フォードだ。ここ何作かのこの人の主演作は、確かに何となく調子を落としている。そして悪いことにフォードが伸び盛りの若手と組んだ最近の作品とくれば、ブラピと組んだ「デビル」が頭をよぎる。あれも何となくパッとしない作品だった。

 予想が外れればいいのだが、正直言って見る前からあまりいい予感はしないのだ。果たして実物の出来映えは?

 

あらすじ

 華やかだがどこか荒んだ街、栄光と虚飾の街、ロサンゼルスはハリウッド。今、まさに若い連中で溢れ返らんばかりのクラブで、その事件は起こった。いきなり二人の賊がマシンガンを乱射。ライブ熱演中のラップ・グループ4人組を血祭りに上げたのだ。その様子を陰から見ていた男は、ビビって腰を抜かしてしまう。

 その頃ロサンゼルスの別の場所では、客に売り家を見せようと待っていた男ハリソン・フォードが、待ちぼうけを食らわされてクサりにクサる。そこに連絡が…何とこのフォード、ロスの殺人課の刑事だった。彼は客を待つのを諦めて、ただちに現場のクラブへと急行する。

 ここロサンゼルスはハリウッドの刑事たちは、余った時間で副業をやるのが当たり前。彼らにとっては別に驚くべき事ではないのだ。

 現場で合流したのが、目下のフォードの相棒ジョシュ・ハートネット。若手の刑事だがどこか甘ちゃんで、銃の腕前もイマイチ。フォードにもスッカリ小僧っ子扱いを受ける始末だ。ともかく凄惨な現場にやって来ると、フォードは何者かが物陰で目撃しながら小便をチビった痕跡を見つけ、ハートネットは犯人らしき男の落としたとおぼしきピアスを見つけだす。フォードはクラブのオーナーのマスター・Pに話を聞くが、その時に彼が家を物色中と聞くや、早速不動産屋としての名刺を差し出すエゲツなさだ。

 その夜、バーで一杯やるフォードとハートネット。ハートネットはフォードの浮かない表情が気にかかる。実はフォード、離婚した三人の妻への慰謝料もさることながら、サイドビジネスの不動産業が思うに任せず、借金で首が回らないのが頭痛のタネ。ハートネットはハートネットで、今はヨガ・スクールの副業で女の子を食べ放題だが、どうも刑事が向かないと思い始めたが、元来の夢である役者になりたいと真剣に悩んでいた。

 ところがそんなフォードにいきなり警察署内のロッカーの抜き打ち検査が。実は警察の内務調査部のブルース・グリーンウッドが、フォードにかねてから汚職警官としての疑いをかけて目の敵にしていたのだ。フォードが情報提供者として売春組織の元締めロリータ・ダヴィドヴィッチと接触しているのも疑いを強めていた。そんなフォードへの追求はグリーンウッドの個人的逆恨みによるものが大きいのだが、相手が内務調査部とあってはそうそうシカトも出来ない。

 一方ハートネットにも過去の因縁がない訳ではなかった。彼の父親は殉職警官だが、ハートネットはずっと父の死に疑問を持っていた。そんな彼にフォードは過去の調書を探し出すと約束する。

 さて例の殺されたラップ・グループのセンから、彼らが所属するレコード会社を当たるフォード。その社長イザイア・ワシントンは脱税容疑で捕まった事もあるクセ者。おまけに例のラップ・グループとは、契約上の問題を抱えていたようだ。そんな一方でかつてのハリウッドの大物映画人マーティン・ランドーと接触したフォードは、その屋敷を例のクラブ・オーナーのマスター・Pに売りつけようと画策する。

 さてそんなフォードの日常の疲れを癒すのは、ラジオの占い番組を担当する霊能力者レナ・オリン。二人は夜を共に過ごす大人の関係だが、オリンがかつてはあの天敵グリーンウッドとつき合っていたと知り、フォードは焦りに焦る。それでなくても恨まれているフォード、火に油を注ぐようなものではないか。

 そんな中でフォードとハートネットは、クラブでの事件の一部始終を見ていた目撃者に行き当たる。だが同じ頃、事件の黒幕たちもこの目撃者を消すべく動き出していたのだった!

 

見た後での感想

 ハリウッド・サインがチャカチャカとコラージュされるノリのいいオープニングは快調。これがアクションではあってもコメディである事はこれで一目瞭然。それもハリウッド風俗を茶化した楽しいアクション・コメディだろうと一見して分かる。

 お話も刑事が何か副業をしながらセコセコと捜査に邁進する話。ベテランも若手もそれぞれ問題抱えての、いかにもハリウッドというどこか軽薄な土地柄を反映した事件捜査が展開していくのだ。それはそれで、物珍しくもあり楽しくもある。

 だが、どこかウソ寒いすきま風が吹いて来るんだよね。

 で、まずはハリソン・フォードという人が、このカル〜いコメディに向いてないんじゃないかという印象が拭い去れない。深刻な顔したサスペンスものならともかく、この人はどうもこの軽々しい雰囲気にそぐわない。いやいや、どこかユーモラスで軽いタッチだった「インディ・ジョーンズ」ものがあったじゃないかとおっしゃる向きもあるかもしれない。だけどあっちはどこかクラシックなおっとりした舞台装置があった。冒険また冒険のロマンに満ちた浮世離れな雰囲気があった。ところがこっちはイマドキの軽薄ハリウッドだ。そこで離婚三回、副業に不動産屋を営み、借金で首が回らなくなってる中年刑事という、ちょっと複雑な味は無理なんじゃないか

 元々ハリソン・フォードという役者はそんなに器用な人じゃない。ハッキリ言ってほとんど芝居などしないタイプだ。小器用にうまい芝居なんかしないところが、インディ・ジョーンズみたいなイマドキ珍しい器のでっかいヒーローものにうってつけでもあった。ところが特に近年年齢を重ねて来るに従って、いつの間にか生真面目さの方がクローズアップされてきている。それがこのちょっと斜に構えたような、くたびれちゃって人間味もある、清濁併せ飲む役柄には向いてないように思うんだよね。

 そしてハリソン・フォードって年齢と共に味が出るタイプの役者じゃないらしいところも災いしているのかもしれない。名優と言われる人も、いわんや若い頃は大根の役者でも、年を重ねるごとに味わいを重ねてきてうま味が出てくるものだ。みんながみんなそうとは言えないが、スターと言われる人はそこで重ねて来た年輪が積み重なってくるもの。ところが先に書いたように、ハリソン・フォードは年を重ねるごとに生真面目さばかりがオモテに出てきて、遊びとか余裕が感じられない。そのせいなのかどうなのか、「デビル」「6デイズ7ナイツ」「ホワット・ライズ・ビニース」「ランダムハーツ」と作品を追うごとにジリ貧感が強かったフォード。その年輪のなさが、K-19あたりでも災いしていたように思う。あれだけの潜水艦とクルーを率いて、苦難に立ち向かえるキャパがあるようには見えない。だから「K19」では作品の意図も不鮮明に終わったように思うんだよね。

 さて、そんな歳はとっても積み重なる年輪の味わいが見られないフォードでは、歳をとるということはホントにジジむさくなるだけに見えてしまう…フォードの近年の低迷はそこに起因するように思うんだよ。だから今回の作品もモロにそれが出ている。脇にジョシュ・ハートネットなんて旬の若手を配したもんだから、そのジジむささが余計に強調される。おまけに積み重なった味がないから、ベテラン刑事だけど生活に疲れてて、捜査の傍ら副業に精を出すオカシサが膨らんでこない。それどころかくたびれたこの男のキャラがシャレにならない。ホントに痛々しくくたびれきったオッサンに見えてしまうんだよね。だから今回は終始無理してる雰囲気が濃厚だ。こりゃ笑えないよ。

 恋人としてレナ・オリンなんて濃厚美女を配しても、くたびれたオッサンに艶っぽい雰囲気はない。元々粋が通じる人じゃない。おまけにレナ・オリンも華の峠をとっくに越えているから、いい歳したオッサンオバサンが…ってな痛々しさしか感じないのだ。

 これでハリウッド先端風俗を笑い飛ばそうったって、気分が出ないのも無理はない。「タイ・カップ」「ティンカップ」などの監督ロン・シェルトンはそのへんどう思ってたんだろう? この役はシャレの通じる大人のアメリカ男優を当てるべきではなかったか。フォードは違いの分かる大人の男優ではない、それを通り越して、つまんないオジサンが向いてる俳優になっちゃった感じがあるからね。

 そういやこの映画、ハリウッドらしさを出そうというのか、あちこちに往年のスターをチョコチョコ出してる。懐かしうあグラディス・ナイトが出てたっけ。ついでにハリウッド大通り名物の手形を押そうとする映画スター役で、あのロバート・ワグナーなんか出ているのが泣ける。引っぱり出せるのがこの程度のスターというのが寂しいではないか。もっと寂しかったのが女装の売春婦役でちょっとだけ出てくるルー・ダイアモンド・フィリップス。カメオ出演と言えば聞こえがいいが、「ラ・バンバ」などで出だしこそ羽振りがよかったものの、近年パタッと鳴りを潜めていたあたり、特別出演と言うよりマジでやっとここの仕事にありついたというのが正直なところではないか。ハリウッド風俗を笑い飛ばすような楽しさより、痛々しさや寂しさの方が先に立っちゃうのは、そうした役者の面々のせいなのかもしれない。

 

見た後の付け足し

 何だかハリソン・フォードを集中攻撃しちゃったみたいで、ファンの人には気が退ける。でも、実はファンの人こそ、そんなフォードの近年のヤバさは自覚してるんじゃないか? 歳の取り方ってのは難しい。最近のフォードのテイタラクを見ると、本当にそれが痛感させられるよ。人ごとではないね。

 ところでフォードは近々「インディ・ジョーンズ4」が控えてるらしい。今のフォードに、あのスピルバーグがどんな創作意欲を燃やしてるのか、ちょっと疑問なんだよね。そして一時期はあんなに気乗り薄だったインディ役に、フォードがいつになく大乗り気ってのも痛い。たぶん彼自身、ここで一発カンフル剤的にインディ役を望んでいる事は明白だからね。でもこの「インディ4」が、彼にとって本当に最後通告を突きつけるようなものにならなければいいのだが。どっちに転んでもこのインディ役が、ハリソン・フォードの将来をイヤが上にもハッキリさせてしまうと思うからね。

 

 

 

 

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