「ルビー&カントン」

  Tais toi ! (Ruby & Quentin)

 (2004/01/26)


  

今回のマクラ

 これは一つの固定観念かもしれないけど、僕は何だかんだ言って面白い娯楽映画はアメリカの特産物だと思っているんだよね。作家性の強い映画、アート系の映画ならアジア、ヨーロッパ、中東…世界中いたるところにある。いや、むしろそっちの方になると、アメリカは何となく分が悪い。だけどこと娯楽映画となれば、やっぱりハリウッドを擁するアメリカ映画が断然強いと思うんだよ。

 最近じゃハリウッド娯楽映画も大分雑なものが増えている。昔は良かったなどと年寄りの繰り言みたいなことは言いたくないが、やっぱりかなり落ちてきている事は事実だと思う。それでも、まだまだ老舗は健在だ。フランスではリュック・ベッソンなどが頑張っているようだが、出来映えとくるとかなりお寒い。それでもまず観客を楽しませることありきの映画とくれば、アメリカ映画は抜きんでていると思っているわけだ。

 ところがそんな娯楽映画のメッカ・ハリウッドで、つくる映画つくる映画リメイクされちゃう映画作家がフランスにいるとしたらどうだろう? ハリウッドがリメイクのネタ探しを外国映画に求めるのは、最近ではザラだ。だけど昔はそんな頻繁に行われることじゃなかったんだよね。なのにこのフランスの映画作家は、一本ならず何本もリメイク・ネタを提供している。しかも本人がハリウッドに呼ばれて自作をリメイクもしている。ということは、これはハンパな面白さではないということではないか?

 だから僕は、この人の新作が来ると必ず見ようと心がけているわけ。その映画作家の名は、フランシス・ヴェベールだ。

 

見る前の予想

 まずは主演がジェラール・ドパルデューとジャン・レノの二人。この二人と来れば、かなり豪華な顔合わせと言わざるを得ない。ジェラール・ドパルデューと来れば、近年のフランス映画では泣く子も黙るエース・スターだ。「シラノ・ド・ベルジュラック」ではオスカーにノミネートもされ、「グリーン・カード」あたりからはアメリカ映画に呼ばれてもいる。まさしく超大物。図体も超大物だけどね。そしてそのキャリアの初期から大物監督の作品をなで斬りだ。ベルトルッチ「1900年」、ワイダ「ダントン」、トリュフォー「終電車」、アラン・レネ「アメリカの伯父さん」、ゴダール「決別」…まだまだいくらでも挙げられるけど、どんな役柄でも作品でも何でも来いの太っ腹俳優だ。もちろんコメディだって先の「ミッション・クレオパトラ」を見れば分かる通り達者なもの。まずは安心して見ていられる役者だ。

 対するジャン・レノがリュック・ベッソン作品で売り出したのはご存じの通りだ。その後ベッソン離れしてからも活躍は続いている。しかもこの人も「レオン」あたりで名前が国際的になったか、ハリウッドに呼ばれることが多い。「ミッション・インポッシブル」、アメリカ版「ゴジラ」、「RONIN」…中には「ローラーボール」など少々困った映画もあるにはあるが、この人も現代フランスのエース・スターの一人には違いない。

 ところがこの二人、それぞれ出演作も多数あるにも関わらず、共演したことがないというから驚いた。正直言ってこの事実には僕も気づいていなかったよ。もうとっくに共演済みだと思っていたからねぇ。で、その初共演作がフランシス・ヴェベール作品だというなら作品に不足はない。むろん大歓迎だ。

 しかもこの二人、それぞれヴェベール作品は通過済みだ。ドパルデューはヴェベールの前作「メルシィ!人生」を筆頭にすでにコンビ作を4本数える。ジャン・レノも「ジャガー」でヴェベールと組んでいる。ならば相性の方も心配はない。

 で、肝心のフランシス・ヴェベールだが、何と言っても僕には「奇人たちの晩餐会」の素晴らしさが忘れられない。とにかく笑わせ、ワクワクさせて、話術の妙で観客を引っ張る。そしてそこはかとなく漂うペーソス。娯楽映画の基本を忘れがちな昨今のハリウッド映画よりも、もっとずっと基本に忠実な面白い映画の作り手だ。まったくし損じナシ。そこらへんのところは、僕が書いた奇人たちの晩餐会」「メルシィ!人生の感想文をご参照いただきたい。

 で、物語はタイプのまったく違う二人の犯罪者が、ひょんな事から行動を共にする事になる話。アホで陽気で徹底的に楽観主義のドパルデューと、一匹狼でクールなレノ…というキャスティングもバッチリ決まってるではないか。これは面白い映画にならない訳がない

 僕はすっかり安心しきって劇場に駆けつけたわけだ。

 

あらすじ

 強盗のジェラール・ドパルデューが拳銃を持って飛び込んでくる。「金を出せ!」

 だが差し出されたのは日本の五千円札の札束。こんなものを出されても困る。何とドパルデューは銀行と間違えて両替屋に飛び込んでしまったのだ。ところが呆れた事に、ドパルデューは両替屋から銀行の場所を聞いて、そのまま馬鹿正直に飛び込んでいった。間もなく警官隊が駆けつけて来たのは言うまでもない。慌ててドパルデューが飛び込んだのは映画館。だが何を血迷ったか上映中の「アイス・エイジ」に笑い転げて追われているのを忘れる始末。そのまま笑い転げて逮捕されるテイタラクだ。

 一方、クールな犯罪者のジャン・レノが、一人の若い女を送っていくところ。だがこの女、組織のボスの情婦だったからマズかった。ボスはこの女を報復として殺した。怒ったレノは、犯罪組織が仕組んだ現金輸送車強奪計画に横から割り込み、その上前をはねて大金を持ち去ってしまう。

 さて刑務所に入ったドパルデューだが、入って早々トラブルが続出。それでなくても気難しく一匹狼的でコワモテの同房者相手に、一方的にアレコレしゃべりまくること。「うるさい!」と怒鳴られようと何だろうとおかまいなし。ドパルデューにとっては親しみを込めた会話なのだが、同房者としてはイヤがらせにしか思えない。しかも悪気はないが同房者のカンに障ることばかりまくしたてるから同房者の怒ること怒ること。しまいには同房者はドパルデューに殴りかかることになるが、そうなると腕っ節だけは強いドパルデューだから相手を難なく叩きのめしてしまう。まったく始末の悪い男なのだ。そのつど同房者を変えてもやはり結果は同じ。いいかげん頭を痛めた刑務所長が一計を案じて、このドパルデューを精神病棟に追いやろうとするが、精神鑑定の医師アンドレ・デュソリエすら怒らせてしまうからどうしようもない。何とか精神病棟でドパルデューを預かってくれと刑務所長が懇願しても、デュソリエ医師の言葉は実に素っ気ない。「あいつは狂人ではない、アホだ。アホは精神病棟で預かれない」

 そんな刑務所長は、もう一人難物を預かっていた。それは言わずと知れたあのジャン・レノ。警察としては強奪した金の在処をしゃべらせ、ついでに悪の大ボスもパクりたいところ。だがレノはどうしても口を割らない。口を割らないどころか微動だにしない。これには刑務所長も手を焼いていた。そんな刑務所長の脳裏に、あのドパルデューのアホぶりが浮かんでくる。

 「そうだ、ヤツを同房にしろ!

 あの常軌を逸した気に障るアホぶり。あいつと同房なら、さすがのレノもしゃべらずにいられないだろう。早速この作戦は実行に移された。

 すると同房になったドパルデューはいつものあの調子。相手構わず話しかける例のやかましさだ。だがレノは相変わらず微動だにしない。まるでドパルデューがそこにいないかのような無視の構え。それでもドパルデューはまったくめげなかった。

 そんな日々が過ぎて、ドパルデューはいつの間にかレノを「親友」と思い込むから世の中は分からない。だが彼にはそれなりの理由があった。「あいつは僕に黙れとかうるさいとか言わない。黙って言うことを聞いてくれるんだ

 勝手に嬉しくなったドパルデューは、レノに一方的に酒場の共同経営の夢を話しかける。店の名前はその名も「親友同士」

 ところが晴天の霹靂。レノは手首を切って医療病棟に移された。「親友」を取り上げられて意気消沈したドパルデューは、自らも手首を切って病棟まで押しかける。これにはさすがにレノも唖然とせざるを得ない。

 しばらくするとレノは病棟の看護士を丸め込んで、脱獄計画を進めた。意識がマヒする注射を打たれているフリをしながら、散歩と称して堂々と脱出する魂胆だ。だがいよいよ実行のその時、中庭を看護士と歩くレノを、ドパルデューが無理やり引っ張って行く。

 何と、塀の向こう側からクレーン車からぶら下げられた小ゴンドラが、獄中病棟の中庭に下りて来たではないか。何とドパルデューは、昔の仲間に連絡して勝手に脱獄計画を建てていた。ドパルデューはレノをゴンドラに乗せて、まんまと脱出を図る大胆さだ。

 だが塀の向こう側に向かったのはいいが、途中でゴンドラを宙づりにしたままドパルデューの仲間は逃げた。結局二人はゴンドラから飛び降りるハメになったが、とにかく自由の身になったことはなった

 この大胆さ、不敵さ…レノはドパルデューのことを、金の在処を吐かせるための警察の回し者だと疑い始める。「オマエは切れ者だな、頭がいい」

 ところがこの言葉を聞いて、今まで「頭がいい」などと言われたことのないドパルデューは感激。ますます「親友」との思いを強くするからレノも困った。

 ともかくシャバに出てきたドパルデューとレノ。実はレノには、愛した女を殺したボスに復讐するという目的があった。それを察したボス側も、レノを捕まえて亡き者にしようと追っ手を繰り出した。もちろん警察側も、この二人を鵜の目鷹の目で捜し始めた

 さぁ、二人は警察と犯罪組織の両方を相手に、無事に逃げおおせる事が出来るのか? レノの復讐は実現するのか? はたまたこの二人のミスマッチな関係は、いかなる発展を見せるのか?

 

見た後での感想

 実は見た後の感想は、ほとんど見る前の予想と同じだ。予想通り。やっぱり面白い。そりゃそうだろう。コメディつくらせればし損じナシのヴェベールが、ドパルデューとレノという値千金の役者を組ませて撮った映画だ。おまけに題材はハリウッド・コメディでも王道のバディ=相棒モノ。これは面白くならない訳がないね。

 二人の持ち味が十二分に生かされているのも言うまでもない。でっかいカラダを持て余し気味に、人なつっこい顔で暴走するドパルデューは、「メルシィ!人生」後半での彼の役柄…何とか主人公ダニエル・オートゥイユに気に入られたいと必死になる男を彷彿とさせるオカシサ。レノの仏頂面もこの役には合っている。この二人のやりとりを見ているだけで楽しいよ。

 だから娯楽映画として楽々及第点は取っている。ホントにつくづくこのヴェベールという人は話術の天才だよね。

 ただし、「奇人たちの晩餐会」の奇跡的な素晴らしさを比較対照してしまうと、残念ながらそこまでの完成度には達していない。あの映画の場合、物語の終盤には溢れんばかりのペーソスがあった。笑って笑って笑わせて、そのあげくにちょっぴり人生の真実を垣間見せてホロリとさせる、絶妙な呼吸があった。「メルシィ!人生」においても主人公の置かれた皮肉な状況からちょっとした世相批判を見せていたし、主人公の心境の変化ぶりに人生の機微を感じさせてもいた。

 その点で言えば、この作品にはそうしたちょっぴりシリアスな要素が乏しい。今までのヴェベール作品に親しんで来た人なら、そこをモノ足りないと思うかもしれないね。でも、まずはこの両横綱の共演の面白さを優先したが故の結果と考えれば、それには成功していると言えるだろう。

 逆にそういうデリケートな要素が少ない分、これはハリウッド・リメイクに適しているとも言える。題材からしてハリウッドが得意とする相棒モノだけに、いいキャスティングさえ組ませる事が出来るなら、この映画は面白いハリウッド映画として再生することが可能だと思うよ。おそらくもうリメイクを考えているハリウッド映画人もいるかもしれないね。

 

見た後の付け足し

 だが、まるでペーソス的な要素がないかと言えば、それは間違いだ。今回のジェラール・ドパルデューの役柄を見れば、それにお気づきになる方もいるだろう。

 ここでのドパルデューの役柄は、「奇人たちの晩餐会」での主人公ジャック・ヴィルレとピタリ符合している。アホで自分の置かれた状況をまったく分かってない男。ハタ迷惑なことこの上なしだが、そこに悪意や邪心のまったくない男。ひとたび相手に好意を持ったら、その人間のためにどこまでも無私になれる男。自らを犠牲にすることを厭わない男。

 思えば彼が刑務所で大ヒンシュクを買うのも、元はと言えば彼が同房の相手と親しくなりたいと思えばこそだった。レノを無茶な脱走計画に巻き込むのも、彼を助け出したい一心だった。結果として相手の望まない迷惑な事態になってしまうが、そこにはまったく邪心はない。むしろ相手に対する無心の好意だけだ。

 むしろ考えようによっては、相手に邪心があったからこそ、ドパルデューの存在はハタ迷惑になってしまう。同房の人間が相手とうまくつき合っていこうと思っていれば、あるいはレノが妙な策を弄して脱走計画など建てなければ、彼らにとってドパルデューは困った存在にならなかったはずだ。完全にそうかどうかは分からないし保証の限りではないが(笑)…その可能性はあった。

 「奇人たちの晩餐会」のジャック・ヴィルレも、相手良かれと思っていろいろやった結果が裏目に出ていた。だけど元々裏目に出たのも、相手に邪心があったからだ。

 あまりに純粋で邪心のない存在は、みんなどこかヨコシマで自分勝手で邪心を抱えている現代では、ハタ迷惑な存在になりかねない。まずは人を疑ってかかれ…というこの世の中では、このタイプの人間は極めて暮らしにくい。ちょっとでも人よりいい思いをしたい、ちょっとでも自分の有利に事を進めたい、出来るだけ自分の思いのままに振る舞いたい、そのために人を出し抜きたい、人を踏みつけにしても目をつぶりたい…僕もやっぱりそう思う。それが世の中というものだと、自分に都合良く納得させて暮らしている。

 だけど本当はそうじゃないだろう。小賢しく小利口に立ち回る人間よりも、テメエのトクをうまいこと導き出せるヤツよりも、いっそ無私でアホな人間の方がどれほどマシか。ヴェベールはさんざ笑わせながら、鋭い刃を僕らの喉元にさりげなく突きつけているように思えるんだよね。

 

 

 

 

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