大穴狙い「第16回東京国際映画祭」

  Seeking for the Dark Horses in TIFF 2003

  その2

 (2003/11/17)


11月9日(日)

「メモリー・オブ・マーダー/殺人の追憶」 Memories of Murder

 というわけで、ずっと映画祭から離れて今日が僕の映画祭二回目にして最終日。映画祭自体も今日で終わりだ。

 ちょうど渋谷で公開されている「ほえる犬は噛まない」が話題になっているせいもあってか、この日の上映会場のオーチャードホールは大混雑。映画上映前にはゲストの面々が壇上に上がって舞台挨拶。これが何と20分近くにも及んだ。来てたのはボン・ジュノ監督、出演のソン・ガンホ、キム・サンギョンなどなど。ただ毎回思うことなんだけど、この映画祭の舞台挨拶とかティーチ・インとかの段取りって、一回ちゃんとやり方を考え直した方が良くはないかい? 特に司会(?)に立った襟川クロなる顔が地黒のオバサンは、毎度毎度思うことだけど高校の文化祭イベントのど素人進行役以下。映画や映画人について熟知しろとは言わないから、もうちょっと段取りだけでも考えて本番に臨んだらどうか。あれじゃゲストにも失礼だろう。そんな事する能力もないし準備に時間も割けないというなら、来年からは辞退するのが良識というものだ。ご本人だってこれ以上生き恥さらす事もないだろうし。ハッキリ言って今年限りで辞めてもらいたいですわ。

 今年の映画祭、スタッフは僕がこれを書いている今ごろ打ち上げでもやってるのかもしれないが、そんな事やるヒマがあったら来年に向けての反省会をまずやって欲しい。それをやるだけでも全然違うはずだ。仮に建設的意見が「襟川クロを下ろせ」だけでもえらい違いだと思うよ(笑)。

 なお、この映画は来年4月にシネカノンの手で日本公開される。それを、全然「大穴狙い」じゃないと揚げ足をとるのはご勘弁願いたい。ともかくこのストーリーはまだ読まない方がいい。もし読むとしても、僕が「ここまで」と書いたところで止めた方が映画をじっくり楽しめるよ。

 

 時は1986年。ここは、あたりに水田の広がる農村地帯。一人の男が近所のガキがやんやと囃す中、田んぼの畦の排水溝の中を覗いている。男の名はソン・ガンホ、この地域の所轄の刑事だ。そして覗いた排水溝の中には、半裸の状態で縛られた若い女の死体があった

 早速警察から援軍が駆けつけるが、この界隈の人間に現場保全の認識なんてないから、あっちゃこっちゃ荒らされ踏みにじられて証拠も跡形もない。そんなアリサマにソン・ガンホ刑事は焦りを隠せなかった。なぜならこの事件は初めてじゃない。実は同様の犯行としては二度目だ

 いろいろ不審人物を洗っていくが、どいつもこいつも帯に短し襷に長し。てんでラチが空かない。それでもソン・ガンホ刑事は強気だ。オレには犯人を見分ける勘がある。「その目を見れば、こいつが犯人だって分かるんだよ」

 そんな彼の汚い部屋には、恋人…と言えるのだろうか、看護婦上がりの女が遊びにやって来る。そこでシッポリやった後で、耳掃除をしながら世間話などする肩の凝らない仲だ。ところがある日この女が聞き捨てならない話を持ち出した。その話とは…。

 近所で焼き肉屋を営む男にちょっと知恵遅れの息子チョン・ミソンがいる。このセガレが今回の被害者を気に入ったか、最近やたらまとわりついていたと言うのだ。ううむ、こいつは臭い!

 さっそくこの知恵遅れのチョン・ミソンを引っ張ってきたソン・ガンホ刑事。同僚の若手ソン・ジェホと一緒に取り調べを開始した。取り調べと言ってもこいつらの取り調べは、最初からホシと決めてかかる無茶なもの。おまけに手荒なマネが飯より好きなソン・ジェホ刑事が、何かというとケリを入れてくる拷問に近いシロモノだ。

 そんな折りもおり、このど田舎の寂しい道を一人トボトボ歩く女がいた。彼女はどうにも落ち着かない様子。それもそのはず、連続猟奇殺人が続いたところへ、自分の後をずっとついてくる男がいるではないか。あげくこの男が、「ちょっとお伺いしたい事が…」などと声をかけてくるからたまらない。女は慌てて道から転げ落ち、男と一緒に草むらに倒れ込んだ。女はもう夢中で男を殴りつける。男が何を言っても聞く耳なんて持たない。

 そこへたまたまクルマで通りかかったのがソン・ガンホ刑事。早速クルマから降りてこの男を捕まえると、ボコボコにしてしまったのは言うまでもない

 しかしソン・ガンホ刑事、このたびは運が悪かった。彼が殴りつけた相手は、事もあろうに今回の事件の援軍として派遣された、ソウル警察のキム・サンギョン刑事だったのだ。

 「殴られっぱなしなほど弱くて、それでも刑事か」

 「犯人かどうか分からずに、それでも刑事か」

 まぁこんな調子で、二人の出会いは最悪な状態で始まった

 だが都会育ちのキム・サンギョン刑事は、ソン・ガンホ刑事とソン・ジェホ刑事の無茶苦茶な取り調べに、呆れ返るしかなかった。捕まえた知恵遅れのチョン・ミソンに相変わらずの無茶な取り調べ。あげくの果てに山の中に連れていき、穴を掘らせた末に生き埋めにするぞと脅しての自白の強要だ。そこにチョン・ミソンも知恵遅れなせいか、自白まがいの言葉を吐き出すから紛らわしい。女の首をブラジャーでギュギュギュギュ〜ッと絞めただの、そしたら女がピクピクピクッと痙攣しただの…アレコレ喋り始める。これ幸いにとテープ録音も始めた。こうしてキム・サンギョン刑事が黙って見守る中、ソン・ガンホ刑事もソン・ジェホ刑事もスッカリこいつを犯人と思い込んだ。

 そんなこんなで警察は、知恵遅れのチョン・ミソンを犯人と発表。捜査課長とソン・ガンホ、ソン・ジェホも、まるでヒーローのごとく新聞社のカメラに収まるおめでたさだ。そんな一部始終を、キム・サンギョンはウンザリしながら見つめていた。

 やがて「犯人」チョン・ミソンを引き連れて、マスコミも見守る中で警察の現場検証が始まった。さすがに見るに見かねたキム・サンギョン刑事は、捜査課長に直訴する。あいつの手は火傷で不自由だ、それがヒモなど縛れる訳がない。「恥をかくだけだから、今すぐ検証をやめてください!」

 だが今さら課長も引き下がれない。そんなこんなでドタバタしているうちに、「犯人」チョン・ミソンの親父の焼き肉屋主人が駆けつけ、検証中の息子に呼びかけたからたまらない。「お〜い!息子は無実だ!オマエはやってないだろう?」

 そんな親父の声を聞いたチョン・ミソンも我に返り、いきなり現場で暴れ出した。こうして検証はてんやわんやのうちに中断。チョン・ミソンが「犯人」でない事は、白日の下で明らかになってしまった。

 この大失態が祟ってか、捜査課長は解任。後任に新たな捜査課長がやって来る。改めて事件の全容をソン・ガンホ刑事から報告されるが、ソン・ガンホ刑事どうにも要領を得ない。新任課長はスッカリ頭を抱える始末だ。

 そんな新任課長の歓迎会の二次会で、いいかげん酔っぱらったソン・ガンホとキム・サンギョンは激しく衝突する。アメリカは広いからFBIは頭を使わにゃならない、だがここは韓国だ。こんなちっぽけな国では、頭より足なんだよ!

 業を煮やした課長は、ついに声を荒げて尋ねる。「これは連続殺人だ、ならば被害者には共通点があるだろう?

 だがソン・ガンホ、ソン・ジェホ両刑事は「若い女で美人」ってな事しか挙げられない。すると、それまで沈黙を守っていたキム・サンギョンが口を開いた。「犯行はいずれも雨の日で、しかも被害者はみな赤い服を着ていた」

 なるほど、調査資料によれば確かにそうだ。しかもキム・サンギョン刑事は、驚くべき事実を指摘した。実は犯行は二件ではなく三件だ…と。

 実は死体が見つかった二件に先だって、もう一件事件があったと言うのだ。それは村でも美人で名高いある女。彼女がやはり赤い服を着たまま、行方不明になっていると言うのだ。しかも失踪した日は雨だった。

 だがソン・ガンホ刑事は取り合わない。この女はよくソウルへ行くと言ったきり、プイと家を出てしまう事がよくあった。地元の奴なら誰でもよく知っている事だ。

 だがキム・サンギョン刑事はひるまなかった。しかも、犯行現場もこれまでの二件から割り出せると言う。彼は自信満々にこう言い放った。「書類はウソを言いません!」

 かくして機動隊の応援を得て、付近の捜索が始まった。ソン・ガンホ、ソン・ジェホ両刑事はフテくされるばかり。だがキム・サンギョン刑事の予想は当たった。かなり腐敗が進んだ遺体が、予想した地点から発見されたのだ。

 やはり危ないのは赤い服と雨の日だ!

 こうして捜査課長の号令の下、連日雨の日になるとオトリ捜査が始まった。所轄所の婦人警官に赤い服を着せて歩かせ、キム・サンギョン刑事がピッタリとそれをマークする。ソン・ガンホはブーたれながらクルマであたりを巡回…というやり方だ。

 だがなかなか犯人は現れない。…疲れて小屋に雨宿りに逃れると、たまたま通りかかった女学生たちの流言飛語を聞かされるハメになるアリサマだ。いわく、うちの学校の便所に何かいわくがあるらしい…。

 キム・サンギョン刑事たちがそんなウワサを一笑に付している頃、実は別の事件が起きようとしていた。

 たまたま用事で雨の中を出かけなければならなかった女が一人。寂しい夜道を歩いているうち、何者かが近くにいる気配を察する。恐ろしくなって走り出そうとした時、何者かが暗闇から飛び出して来た!

 その忌々しい知らせは、翌朝捜査陣の元に届いた。一体いつまで続くのか…さすがに捜査陣も手も足も出ない。ソン・ガンホは犯人の体毛が発見されてない事に注目して、大マジメでツルッパゲで陰毛のない奴が犯人などとヌカす始末。これには課長も呆れてモノが言えない。かと言って、今度ばかりはキム・サンギョンの妙案があるわけでなし。彼の十八番「書類はウソを言わない」の台詞もただ虚ろに響くだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 そんな煮詰まった時に、例の婦人警官が奇妙な考えを持ち出した。彼女はラジオのある歌番組に注目していたのだ。そこで「ゆううつな手紙」なる曲がリクエストされた日…その日に限って犯行が起きると言うのだ。

 これだ!

 早速キム・サンギョンはラジオ曲に駆けつけるが、プロデューサーはつれない。リクエストはがきは捨てられ、焼却されてしまったと言う。一方ソン・ガンホも自説の毛なし男を捜して銭湯に入り浸るが、当然何の収穫もなしだ。あげく祈祷師に頼る情けないザマ。お告げで言われた怪しげな儀式のために、ソン・ジェホ刑事と夜中の殺人現場に赴く

 ところが、そこにキム・サンギョンも現れた。慌てて物陰に隠れるソン・ガンホとソン・ジェホ。実はキム・サンギョンも捜査に行き詰まって、ここ現場へとやって来たのだ。

 ところがところが…さらにまた別の男が現れた。今度はキム・サンギョンも物陰に隠れる。見ると男はズボンの下に赤いパンティを履き、ブラとパンティを持ち出していきなり自らをシコシコやりだした。

 やややや!

 ところが間の悪い事に、ソン・ジェホが物音を立ててしまった。慌てて逃げ出す怪しい男。それを追って飛び出すキム・サンギョン、ソン・ガンホ、ソン・ジェホはお互いに驚きながら、ここはとにかく追跡だとばかり全速力で走りに走る。さんざ走り回ったあげく採石場に紛れ込んだ怪しい男。ここは夜中も操業中なので、労働者がワンサカいて誰が誰だか分からない。もはやこれまで…と諦めかかったところで、ひょんな事から例の男を見つけたソン・ガンホ。ここはキム・サンギョンも、ソン・ガンホの眼力に恐れ入るしかなかった。

 だがこの赤パンティ男、「シコシコやっててなぜ悪いんです?」とまったく悪びれない。病弱の妻といたす事も出来ず、悶々とした欲望を発散させるために来たと言うのだ。今回の猟奇事件は、この男にとって究極のオカズというわけ。それでも懲りないソン・ガンホ、ソン・ジェホ両刑事は、相変わらず無茶な取り調べを続けていた

 キム・サンギョン刑事は、当然そんな取り調べはハナっから関わる気がない。これといったアテもない彼は、仕方なく例の女学生の便所話を聞き出す事にした

 だがわざわざ出向いた女学校でも、彼女からはロクな話は聞き出せない。所詮は単なるウワサ話。誰が発端で湧いた話か知る由もなかった。一縷の望みで覗いた便所でも、女教師に変態呼ばわりされるテイタラクだ。

 だがこの女教師が奇妙な事を教えてくれた。この便所からすぐそばの農家で、一人の女が泣いているのを何度も目撃したと言うのだ。アテがないならどんな話も当たってみる他ない。早速その農家に出かけて行くと、やたらに怯えた女がいるではないか。しかもキム・サンギョン刑事すら信用せず、怯えきって部屋に引きこもったまま。

 かくしてまたしても例の婦人警官の出番。彼女に女同士のよしみで聞き出してもらうことになる。すると、この怯えきった女は意外な事を言い出した。

 彼女は実はこの事件の第一の被害者だったのだ。

 彼女は同じ手口で襲われ、強姦されて縛られた。彼女が助かったのは犯人の顔を見ていなかったから。この後犯人は被害者を殺し、残虐行為をエスカレートしていったのに違いない。

 あいにくと彼女は犯人の顔は見ていなかった。だが口を塞がれていた時に、その手の感触は覚えていた。それは女のような柔らかい手だったと言う。

 署に戻ったキム・サンギョン刑事は、赤パンティ男を尋問中の取り調べ室に乗り込む。そこで赤パンティ男の手を触ると、ソン・ガンホ、ソン・ジェホ刑事に一言言い捨てた。「こいつはホシじゃない!」

 だが何とか自白をとろうと四苦八苦していたソン・ガンホ刑事は、一言で片づけられてはたまらない。それまで溜まった鬱憤も手伝って、キム・サンギョン刑事に殴りかかった。こうして警察署内で両者の殴り合いがおっ始まる。課長が駆けつけても殴り合いは止まらない。そんなてんやわんやを止めたのは、例の婦人警官が金切り声を挙げた時だ。「やめてやめて〜っ!」

 彼女はラジオのボリュームを上げた。今まさに「ゆううつな手紙」が流れている真っ最中。そして外は雨だった!

 慌てて課長は機動隊に出動要請をするが、あいにくとデモ隊鎮圧のため出払ったまま。一同は愕然とする他なかった。

 そして悪い予感は的中した

 

 

 

 

 

 

 

 

この後は絶対に映画の後で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、新たな死体が発見される。被害者の死亡推定時刻がちょうどソン・ガンホ、キム・サンギョン両刑事が取っ組み合いの最中と知って、さすがに両刑事は愕然とせざるを得ない。しかも犯行もエスカレート。被害者の陰部には切った桃がねじ込まれているではないか。

 だがケガの功名…今回はラジオ局にリクエストはがきが残っていた。そのはがきに書かれた住所と名前から、パク・ヘイルという工員が浮かび上がる。

 早速身柄を拘束されたパク・ヘイルは、刑事たちに取り調べを受ける事になった。しかしパク・ヘイルは犯行を否認するだけでなく、まるで刑事たちをせせら笑うような態度に出た。これには苦々しい思いを噛みしめながらも、捜査陣たちはぐっと耐えるしかない。

 度重なる誤認逮捕は、世間の知るところになっていた。取り調べで行きすぎがあった事も報道されていた。だからこの男に冷ややかな態度をされても文句は言えないし、いわんや手荒なマネなど絶対に出来ないのだ。それでもオッチョコチョイのソン・ジェホ刑事は思わずキレて、パク・ヘイルにドロップキックを食らわす浅はかさ。逆に捜査課長に大目玉を食らい、取調室への立ち入り禁止を言い渡されるハメになる。

 今回の容疑者パク・ヘイルは難攻不落。そのしたたかな態度にさすがのキム・サンギョンも音を上げた。「あいつ締め上げりゃ吐かせられるのに…」

 そんな意外な言葉に、今度はソン・ガンホが驚く番だった。「オマエ変わったな…」

 ところが煮詰まった時ほど意外な妙案が浮かぶもの。初めて腹を割って話したキム・サンギョンが、今まで口にしなかった事を言い出した。正直言って、最初の容疑者の知恵遅れ男チョン・ミソンの供述に驚いた…と今さらながら告白したのだ。女の首をブラジャーでギュギュギュギュ〜ッと絞めた、そしたら女がピクピクピクッと痙攣した…やってもいないでよくあそこまでしゃべったよな…。

 その時、ソン・ガンホ、キム・サンギョン両刑事は同時に同じ結論に達した。

 奴は犯行を見ていたのだ!

 見ていたから、犯行がどう行われたのか知っていた。見ていたから、たぶん犯人の顔も分かったはずだ。両刑事は慌てふためいて、彼のいる焼き肉屋に向かった。

 ところが焼き肉屋ではあいにくチョン・ミソンは外出中で留守だった。そして店の中では、あの大目玉を食らったソン・ジェホ刑事がヤケ酒をあおっていた。そしてよせばいいのに、店の他の客と大喧嘩になったからたまらない

 そんなドタバタの最中、チョン・ミソンが焼き肉屋に帰ってきた。だが店の大混乱に怯え、絡んで来たソン・ジェホに傷を負わせた事もあって、慌てて外に飛び出してしまった

 そんなチョン・ミソンに追いついたソン・ガンホ、キム・サンギョン両刑事。何とか落ち着きを取り戻したチョン・ミソンは、ようやく「あの日」の事を語り始めた。やっぱり彼は犯行現場を目撃していたのだ。事の一部始終を見ていた。さらに犯人の顔も目撃したと言う。ならば犯人はこの男か?

 例の容疑者パク・ヘイルの写真を突きつけられても、チョン・ミソンの言葉は要領を得ない。それどころか、何が理由か知らないがやたらに怯えだした。両刑事のちょっとした隙を突いて、チョン・ミソンはその場を逃げ出してしまう。

 そして…間の悪い事に線路上にノコノコ出ていって、ソン・ガンホの目の前で列車にひき殺されてしまった…。

 万事窮す。

 こうして容疑者パク・ヘイルは無罪放免。ソン・ガンホ、キム・サンギョンの落ち込みぶりは目に余る程だった。特にキム・サンギョンは常軌を逸し始めていた。しかも運の悪い事は相次ぐ。例の焼き肉屋での傷が元で、ソン・ジェホ刑事が破傷風で片足切断の憂き目に合う

 そんなソン・ガンホ刑事の身を案じて、恋人も一言言わずにいられない。「刑事なんて仕事、人のやる職業とは思えないわ」

 ただ唯一の救いもあった。先の殺人の際に、犯人は体液を残していた。これをDNA鑑定してパク・ヘイルと一致すれば、犯人は確定する。だが、その鑑定は韓国では無理だ。アメリカに鑑定に出さねばならない。その鑑定結果を待たねば結論は出せない…。

 そんなある夜、またしても惨劇は起きた

 今度犠牲にあったのは、何とキム・サンギョンが話を聞きに行った女学生だった。しかも陰部に鉛筆やスプーンを挿入される残酷さ。これにはキム・サンギョンも完全にキレた!

 あのパク・ヘイルのアパートに乗り込み、無理やり外に連れ出す。キム・サンギョンはパク・ヘイルをブチのめすと、怒りにまかせて自白を強要する。

 一触即発。

 そこにソン・ガンホが駆けつけてきた。彼の手には一通の封筒が…それはアメリカからのDNA鑑定の結果だ。やっと来た、これでオマエを挙げられる。キム・サンギョンはもどかしげに封筒を開けると、中に書いてある英語の鑑定結果を一瞥した。

 「鑑定の結果、容疑者は犯人と断定できない」

 愕然とするキム・サンギョン刑事。ソン・ガンホ刑事は英語が読めないので、何が何やら分からない。「何と書いてあるんだ?」と聞いてもキム・サンギョンが答えないので、ただただ当惑するのみだ。

 だがすでに良識を逸脱し始めたキム・サンギョン刑事は、もはや自分の憤りを止められない。何と自分の拳銃を持ち出し、パク・ヘイルに照準を合わせるではないか。慌てたソン・ガンホはキム・サンギョンを必死に止めながら、パク・ヘイルの目をジッと凝視するのだった…。

 「オレの目を見ろ、オレの目をじっと見つめるんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画を見るまで読まないで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何ともおかしくも奇妙なほえる犬は噛まないを見た後、僕はボン・ジュノ監督に俄然注目せざるを得なくなった。幸いにもこの映画の映画祭チケットは「ほえる犬」鑑賞以前に買っておいたから、はやる気持ちを抑えながらこの日を待っていたんだね。

 「ほえる犬」をどんな映画かと説明するのは極めて難しい。普通なのにどこか奇妙で、だからこそリアリティのある登場人物、ありがちで…だけどおかしなシチュエーション…そんな中で、何ともヘンテコで笑っちゃって身につまされて…ちょっとゾッとする出来事が巻き起こる。これでもあの映画そのものをうまく伝えられているとは言えない。ともかく他の映画では見られないような、この人ならではの味があるのだ。

 で、まずは顕著なのは「笑い」だ。

 ハッキリ言って「ほえる犬」は笑える映画だ。人物や設定自体が笑えるって事もあるんだけど、ともかく笑える小ネタがあちこちに仕掛けられている。時にそれが大爆笑に膨れ上がる瞬間もある。あの映画をコメディと言うのは難しいが、コメディと見なしても不思議はない笑いが横溢しているんだね。

 だけど、見終わった時に胸に残るのは、やるせないようなシリアスさ。苦みもあり、どこか残酷でもある苦みがちょっぴり残る。ただ中心人物の一人、ヒロインのペ・ドゥナの存在が一服の清涼剤になるから、見終わった時の救いがあるんだよ。

 で、そんなこの監督の持ち味は、今回も遺憾なく発揮される。

 僕が上記したこの映画のストーリーは、粗筋を追うのが精一杯だから実はこの監督ならではの「笑い」をかなり逃している。冒頭で最初の殺人現場が登場した時も、ソン・ガンホ刑事がうるさく言ってるのに現場保全がなってなくててんやわんや。証拠の足跡はトラクターが踏んでしまうし、遅れて来た鑑識はズッコけて倒れるし…ハッキリ言ってそれだけで訳もなくオカシイ。最初に容疑者にされる知恵遅れの男の尋問風景だって、無茶な取り調べなのにも関わらず陰惨さよりも笑いの方がわき起こってしまう。そんな「笑い」はこの陰惨な猟奇殺人事件の映画のアチコチにばらまかれているんだよね。ちょっとこればっかりは、見ないことには想像つかないんじゃないだろうか?

 もちろんこの映画は小品の「ほえる犬」と違って、すでにちょっとスケールアップした娯楽映画の構えになってきてる。ミステリーとしての定石も踏んでいる。まして扱っているのが猟奇殺人事件だから、そうそう笑いで全編を押し通す訳にはいかない。だから「ほえる犬」よりは幾分か「マトモで普通な映画」の衣は着ている。もうちょっとシリアス映画の体裁はとっている。そうは言っても、先に挙げたような小ネタはあちこちに仕掛けられて、地雷みたいにその都度爆発していくのだ。

 対照的な存在として扱われるソン・ガンホの田舎刑事とキム・サンギョンの都会刑事の対立と融和も、娯楽映画の定石のように一見して見て取れる。両者の真相解明への姿勢がある時を境に逆転するのも、ある意味では定石と言えよう。だがそれが見ている間は「定石」と思わないのは、先に挙げた笑いとそれによって生じる奇妙なリアリティに負うところ大だ。ボン・ジュノ監督って何とも憎い男なんだよね。

 もちろん奇妙でグロテスクな事件が続出し、それに対して捜査陣が必死の捜査を続けるミステリー興味もたっぷりある。それはそれでスリリングで面白い。だが、それがこの映画の目的ではないのは一目瞭然。だって真相はヤブの中で終わってしまうんだからね。何とも不可思議で陰鬱な終わり方で映画は幕を閉じる。

 で、僕は先にこの作品の事を「ほえる犬」よりちょっとスケールアップした娯楽映画…なんて書いたけど、そのスケールアップぶりは単に娯楽映画としてだけではない。内包するテーマそのものも、大きくスケールアップしているのである。

 この映画って実は本当にあった未解決事件を下敷きにつくったものと言う。それがどこまで実話なのかは定かではない。実際のところ、刑事たちの描き方から言ってかなり創作されたものではないか。おそらくはこれをつくるための発想の原点にしかなってない気がする。

 そして1986年を主な舞台にして、エンディングを2003年の現在に設定したあたりに、ボン・ジュノ監督の意図が見え隠れする気がするのだ。

 僕は不幸にして韓国の現代史に詳しくない。だがもし詳しい人が見たら、この映画っていろいろ別な面が見えてくるのではないだろうか。1986年って時代背景も、いろんな意味で象徴的なのかもしれない。この映画にチラチラ出てくるどうと言うことのない挿話に、そんな時代背景がチラつくのだ。以下、韓国現代史に明るくない僕なりに語ってみたいが、もしピントはずれな事を言っていたらお許しいただきたい。

 例えば劇中短くではあるが、暴れん坊のソン・ジェホ刑事がデモ隊の鎮圧に駆り出される逸話が出てくる。あるいは機動隊の出動を要請しようとしたら、デモ隊鎮圧で出払っているという挿話が出てくる。今でこそ韓国の激しいデモってお目にかからなくなったが、僕が子供の頃からつい最近に至るまで、韓国って常にデモが起こって派手な暴動になって、あげくの果てに催涙弾が飛び交うイメージがあったんだね。

 何しろ1988年にノ・テウ大統領が就任して民主化を推進するまで、この国は軍政を敷いていたんだからね。ソウル・オリンピックが行われたのも同じ1988年。だがそんな社会体制の変化の兆しは、ノ・テウの前任者チョン・ドファン大統領の時代から徐々に始まってはいた。南北交流の再開やら各種の規制緩和が1980年代の半ばくらいから進められていたようなんだよね。

 そんな過渡的とでも言うべき時代が、1986年って事なんじゃないか。劇中にやたらと防空演習みたいな場面が出てくるのも、そんな緊張感が残存している時代の刻印として描かれていたように思えたんだけどね。ただし、だからと言ってこれを「政治的映画」だなんて思われちゃうと困るんだけど…。

 それまで警察は、かなり無茶な事も無条件で許されてた。反共の名の下に不穏分子の弾圧を行った。そんな名残みたいなものが、ソン・ガンホ、ソン・ジェホ刑事の無茶な捜査方法に見え隠れするのだ。おそらくはそんな暗黒時代には、あんな無茶なんかいくらでも通ったんだろう。あんな刑事の振る舞いを見たら、韓国の観客たちにはそれだけで即座に何かピンと来るんじゃないか。あちらのお国の事情に疎い外国人の僕でさえ、近作の韓国映画ペパーミント・キャンディーに似たようなエピソードが出てきたな…と思い出してしまうほどだ。

 いわんや農村ではより旧態依然な状況が残っていただろう。強権発動の正しさをまったく信じて疑ってない様子が、ソン・ガンホ、ソン・ジェホ両刑事の無茶ぶりにハッキリ現れているのだ。

 ところが時代は過渡的にではあるが、確実に変わりつつあった。でっち上げな無茶な捜査が徐々に成り立たなくなって来た事は、捜査の責任をとらされて捜査課長が解任される事でも伺える。警察が何かとマスコミの目を気にしなきゃならない事でも描かれている。最後に登場する容疑者が、警察を冷ややかに見ている事からもよく分かる。そんな時代の過渡的変化の象徴が、ソウルから来た「進歩派」刑事キム・サンギョンなのだろう。

 そんなソウル刑事の後塵を拝する田舎刑事二人は、時代になかなか乗り切れない過去の遺物としての痛みを散々味わう。クソ面白くもない思いをする。かくも暗黒の時代の慣習は、ベットリと人々に染みついてしまうものなのか。そこから脱皮するのは、かくもツラい事なのか。そういう意味では彼らもまた、そんな時代の犠牲者と言えるのかもしれない。過去の遺物的な振る舞いが、最後に身の破滅につながるソン・ジェホ刑事の悲劇には、そんな趣さえ感じられるんだよね。

 だが「進歩派」キム・サンギョン刑事ですら、映画の後半には強権発動に訴えたがるあたりはどういう訳なんだろう?

 それは「新時代」の衣をまとったつもりでも、あくまでまだまだ過渡的、暫定的なもの。やはり前時代にドップリ浸かった身には抜けきれない悪癖が残っているのだという暗喩なのだろうか? そして、それが何かあるごとに顔を出す恐れもあるという警鐘なのだろうか?

 確かにそうした意味も込められているには違いない。だけど、僕はボン・ジュノ監督がそんな単純な思いでつくったとは思えないんだね。

 というのは、この両刑事の十八番の台詞に込められた意図を感じるからだ。

 旧態依然だったソン・ガンホ刑事の台詞は「目を見れば分かる」。対する新時代キム・サンギョン刑事の台詞は「書類はウソをつかない」。片や非合理だが勘や経験や理屈でないものを信じる考え方、片や合理性のみを重視する考え方。

 合理性は理性の時代である「新時代」の産物だ。それはそれまでの忌まわしい時代を払拭する意味で、極めて有効なものでもあった。恐怖政治とは対極的な考え方だ。だが合理性を突き詰めた現代というものが、果たして忌まわしさを完全に払拭出来たのか? この映画はそこをも突いていると思うんだよね。

 終盤、容疑者を追い詰めたいがあまり、拳銃まで取り出すキム・サンギョン刑事。それを諫めたソン・ガンホ刑事は、英語で書かれた鑑定書を読めないがゆえに、自分の勘に頼らなくてはならなくなる。そして、あの十八番の台詞を吐くのだ。「オレの目を見ろ!」

 それは合理主義が生み出した恩恵だけでなく、それがある種の忌まわしさも新たに生み出したと言っていないだろうか? あるいは逆に、失われたものに善きものもあったとは言えないか?

 前時代の暗黒性とは前時代の考え方の問題ではなかったのではないか? それは単にシステムの問題ではなかったのか? そして、システムを変えてそれが払拭されたと言うのは間違いなのではないか? 新時代を体現するはずのキム・サンギョン刑事が、結局は忌まわしい強権発動に走ってしまうあたり、映画はそんな事まで語ろうとしているように思えるんだよ。

 問題はシステムではない。それにいくばくかの良からぬ点はあるにせよ、それだけでは忌まわしい事は起きない。それは人間の心にいつの世も巣くっている。だからシステムが改められたからと言って、ゆめゆめ油断は許されないではないか。なぜならシステムが変わろうと、人間の心は変わっていないかもしれないから。

 先に僕がこの作品を「政治的映画」と思われたくないと言った理由はそこにある。この映画はそんな狭い事を訴えている映画ではない。これは、人間の心の在りようについてのドラマなのだ。

 そして…だからこそ、この映画は現代の僕ら…異国の人間である僕らにもダイレクトに響いてくる。

 映画の最後の最後でもはや刑事を辞したソン・ガンホが、いまだに犯人が野放しになって潜んでいる事を実感する血も凍るラストは、実はその事実よりもっと恐ろしい事を僕らに告げているような気がする。そう、映画のラストをわざわざ2003年まで引っ張ったのには訳がある。過去の忌まわしさは死に絶えてない、実は人が思っているほど変わってはいない。

 現代の今日この時も、人の心の奥底できっと生き続けているのだ。

 

 

 

 

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