「MUSA/武士」

  武士 (The Warriors)

 (2003/12/22)


今だからこそ意識される黒澤テイスト

 つい最近になって、僕は黒澤映画が自分の気分に合っていたんだと遅ればせながら気が付いた。

 何を今頃になって血迷った事を…と言われてしまうかもしれないが、実際そうだから仕方がない。前々から黒澤映画は好きではあった。だけどそれもワン・オブ・ゼム…いっぱい好きな映画、好きな監督がいる中の、ほんの一部に過ぎないと思っていたのだ。だけど、どうもそうじゃないらしい…少なくとも「そうじゃなかったらしい」事に気づいたんだね。

 元々、僕はアメリカ映画が好きで映画が好きになった人間だ。小中学校の頃にテレビでふんだんに映画を見て、そこから映画がどんどん好きになっていったのだが、その時に触れる機会が圧倒的に多かったのがアメリカ映画…それも撮影所システムが崩壊する前の、良質で健全だったアメリカ映画だ。それが遺伝子みたいに自分の中に入っていると思っている。

 大学に入って時間と金が出来てから、ようやく映画館にしょっちゅう行けるようになった僕だが、その時も見たのはほとんどがアメリカ映画だった。ヨーロッパ映画やアジア映画に関心が広がっても、やっぱりその中心にはアメリカ映画があった。それは今も大して変わらないのかもしれない。

 そうやって見ていったうち一番最後にたどり着いたのが日本映画だったのは、やっぱり一種の偏見ではあったのだろう。そして日本映画で最初に意識して見たのは黒澤だ。日本映画の入口に黒澤があった事は、今にして思えば僕にとって幸福だったと思う。きっかけはもちろん黒澤映画が欧米の監督たちに影響を与えていたから。そこからして欧米偏重の良くない点と言えばそう言える。だが、黒澤映画の明快さ、パワフルさ、ポジティブさが、どこかアメリカ映画と共通していた事も大きかったのだと今では思う。

 黒澤映画を一言で言うのは危険と承知はしているが、僕にとっての黒澤映画は一つの大きな流れに思える。それは「青二才」の物語だ。ハンパな若造(あるいは若造のような甘さを持った人物)が人生の岐路や挫折に直面し、それを克服していくという大筋が流れている物語。それが映画のメイン・ストーリーかサイド・ストーリーかは別にして、どこかに一本そうしたテーマが流れているのだ。少なくとも「姿三四郎」から「赤ひげ」あたりまでは確かにそのはずだ。そこに僕は強く惹かれたのかもしれない。

 思えば僕が好きなアメリカ映画でも、特に好んだのは青春映画だ。青春映画は必ず「青二才」の物語でもある。どこか甘い主人公が世間や自分についてシリアスに考えざるを得なくなり、精神的成長を遂げる…というのがその骨子だった。それこそ黒澤映画にも相通じる物語だろう。それをもっともっとパワフルに、もっともっと突き詰めて描いたのが黒澤という事になる。僕が好んだのももっともだ。

 僕自身、自分をハンパな奴と思いながらここまで生きてきた。だが、それはいつか克服出来る時が来るんじゃないか。黒澤映画を見ている時の僕は、きっとそんな自分の気持ちをそこに仮託して見ていたのだ。あるいは「かくありたい」自分の人生として。黒澤映画の主人公ほど自分に厳しく徹底できないだけに、「そうなれば必ずなれるのだ」と見せてくれる黒澤映画を好んだのに違いない。

 例えばアメリカ映画でなくても「アメリ」などに強く惹かれたのは、そんな黒澤と通じるテイストをそこに嗅ぎ取ったからだと思っている。ハンパな奴の自己成長…自分もそうありたいと思っていたので、そんな映画に感情移入したし、ラストに訪れる主人公の大願成就…必ずしもハッピーエンドでなくても何らかのカタチで自分を知るという結論…を喜んだのだと思う。何らかのファクターで自分の至らなさを実感し、それを克服出来る…というのが、とにかく嬉しかったんだね。

 実は今の自分は、必ずしもそんな気分ではない。それは自分がもう「青二才」ではない…という事ではない。「青二才」状態は克服などされていない。むしろ、何かのファクターからそれが克服出来るようになる、そんな機会が必ず訪れる…とは、悲しいかなもう思えなくなりかけている。何となく今の自分はそんな気がする。どこか風向きが変わってしまったという思いがあるのだ。

 では黒澤映画が好きでなくなったのか…と言うと、そういうわけではない。一度好きになったものは変わりようがない。だが、これから受け止めるものについては、以前とはいささか違うのではないかと漠然と感じているのだ。だから、一番幸福なカタチで黒澤映画に接する事が出来た幸せを、今は強く感じる。

 そして、ある意味で通過してしまったからこそ、自分は黒澤映画が本当に好きだったのだ…とようやく実感できたのだと思う。

 今、世界各国から訪れるさまざまな映画を見ていると、それらの中にそうした黒澤テイストをしばしば感じる。そして、それに惹かれる気持ちがかけがえのない貴重な感情だと今では思えるから、以前とは違った意味で強く惹かれてしまう。

 もはやそれが手に入れられないものと感じ始めているからこそ、それは貴重なものに思われるのだ。

 

中国の荒野を舞台に繰り広げられる高麗人の死闘

 焼け付くような炎天下、果てしなく広がる砂漠を足を引きずるように進む行軍の一団があった。やがてその隊列から脱落する者が出る。すると隊を率いるとおぼしき者が、冷徹な指示を出す。

 「トドメを刺してやれ。髪を一房切って、故国へ持ち帰ってやるのだ」

 かくして倒れた兵の髪を切り、その体に剣を突き立てる部下。あまりと言えばあまりな命令だが、ここではそれも無理からぬ事ではあった…。

 そもそも事の発端はと言えば…。

 時は中国が明の世の頃。その明は万里の長城を挟んで蒙古と対峙している状態だった。そんな折り、不幸にも高麗と明はある事件によって関係悪化。それを打開すべく、高麗の使節団が明に派遣されたのだが…。

 南京の都に、高麗使節団がやって来る。その外交の任を託された正使節と副使節を中心に、護衛に当たるため同行してきたチュ・ジンモ将軍、その片腕たる別将パク・チョンハク率いる高麗軍たち、さらに隊正アン・ソンギ率いる下級武士たちの一団、さらには通訳官パク・ヨンウ…といった面々。だが一団はいざ南京城で王に謁見を…とやって来たところを、明の役人たちに行く手を阻まれる。城内ではなく臨時の施設に案内するという言葉に従い、ある古城へと導かれて行ったのだが…。

 使節団が入城するや、門はいきなり閉ざされた。城内には明の役人が数名いるだけだ。

 「武器を捨てろ!」

 何と城壁の上には大勢の兵隊が控え、矢で使節団を狙っているではないか。これはワナだった。使節団警護のためについてきた高麗軍の若き将軍チュ・ジンモは、いきなりの手荒い歓迎にいきり立ち徹底抗戦の構え。だがどう見ても多勢に無勢だ。高麗正使節はそんなチュ・ジンモ将軍をたしなめる。「抵抗はならん。ここは明側に従うのだ」

 かくして使節団は囚われの身となり、明軍に連れられて遙かな砂漠を流刑地まで歩かされるハメになった。灼熱の砂漠を行く彼らの運命やいかに?

 そこに突然襲いかかる軍勢があった。阿鼻叫喚の果てに、流刑使節団を連れていた明軍は壊滅。使節団もこの混乱の中、正使節が命を落とすなどの犠牲を払う。戦闘が終結した後、副使節は通訳官のパク・ヨンウを間に立てて、襲いかかってきた謎の軍勢の長に話しかけた。「我々は明王より流刑を言い渡された高麗の使節団の者。あなた方はもしや蒙古軍の方々では?

 将軍チュ・ジンモはまたしても苛立って剣を抜かんばかりの勢いだが、そこは歳の功、年老いた副使節が何とか抑えた。

 幸いな事に、蒙古軍は明軍にしか興味はなかった。明軍を一人残らず殲滅すると、高麗人などはあずかり知らぬとばかりその場を引き揚げていく。

 さて、これからどうする? 副使節はあくまで使節団としての使命を全うすべく、明軍がこの場に到着するのを待つ構えだ。だが、将軍チュ・ジンモは副使節の意見など聞く気がなかった。「使節団はこれまで。この場を出発します」

 だがこの果てしない砂漠を、どこへ行こうと言うのか。

 「故国・高麗へ!」

 言うは易し、行うは…の言葉さながらに、故国・高麗をめざす旅は至難の業だった。ひどい砂嵐。そして焼け付く太陽。脱落する者は後を絶たない。その無茶無謀ぶりを見かねて隊正アン・ソンギも静かにたしなめるほどだったが、若き将軍チュ・ジンモは聞く耳など持ってはいない。無理に無理を重ねても、この砂漠を横断する勢いだ。

 特に副使節の老齢の身には、この過酷な旅は耐えられる訳もなかった。それでも休憩せず先に進もうとするチュ・ジンモ将軍の前に、副使節の奴隷チョン・ウソンが立ちはだかった。「貴様、ジャマをするのか!」

 たちまち高麗軍の兵士たちに打ち据えられるチョン・ウソン。これには副使節もたまらず、自らの奴隷チョン・ウソンのために許しを請うしかない。「許してやってくれ。私のためを思えばこその愚行だ」

 だが無理はたちまち体に祟った。副使節は馬に引かれたソリに身を横たえるしかなくなった。ある晩、いよいよ自らの死期が迫ったと悟った副使節は、チュ・ジンモ将軍とアン・ソンギ隊正に奴隷のチョン・ウソンの身柄を託す。「私はこの男を奴隷の身分から解放した。今後は自由人として接してやって欲しい」

 その夜、チュ・ジンモ将軍は別将パク・チョンハクに、珍しく弱気な本音を漏らした。「オマエは父をよく知っている。私は父と比べてどうだ?

 そもそもチュ・ジンモ将軍は、父親の地位と名声で若くして将軍になった男だ。この危機的局面に立って、思わず不安を覗かせるのも無理はない。仮に高麗に帰り着いても、南京で相手にもされなかったという事実は、彼のプライドを著しく傷つける…。

 結局、副使節は息絶えた。その遺体を乗せたソリを馬で引いていたチョン・ウソンだが、将軍チュ・ジンモの非情な命令がまた飛んだ。「埋葬はオマエがやれ。だが馬はこちらがもらう」

 かくしてチョン・ウソンは重いソリを引きずりながら砂漠に消えた。彼と別れた一団も、飢えと乾きと疲れに苛まれながら砂漠を行く。だが、見張りの男が行く手に茶店を見つけた。一団はたまらず茶店に殺到していく。

 この茶店は、交易などで往来する旅人のために設けられた砂漠のオアシスだ。だが氏素性を証明するものもなく、金もない高麗人たちが歓迎される訳もない。今にも一触即発のちょうどその時…。

 「食事をやってくれ。金は私が払う」

 たまたまその茶店に居合わせた、高麗出身の僧侶イ・ドゥイルの言葉だった。かくして一団は難を逃れ、久方ぶりの食事にありついたのだが…。

 そんな茶店に、今度は蒙古軍の一団がやって来た。彼らは馬車を引き連れており、蒙古軍の大将ユー・ロングァンはその馬車から一人の女を引きずり下ろした。それはどう見てもどこかの姫君のような高貴な人物と見える。そんな姫君のキリリとしたまなざしが、一瞬チュ・ジンモ将軍の視線を捕らえた。その時、チュ・ジンモ将軍の胸に浮かんだ考えとは…。

 だがその姫君は大将ユー・ロングァンにつれない態度を見せ、再び馬車の中に引きこもってしまった。後でチュ・ジンモ将軍がこっそり馬車に近づくと、馬車から白い布が落とされるではないか。その布には、血染めで「助けて」と書かれていた。

 さらにこの茶店に、ソリを引きずりながらチョン・ウソンがたどり着く。チョン・ウソンもまた、馬車の姫君に目をとめた。だが茶店の客の一人が、腐乱した副使節の遺体を見つけて騒ぎ出す。あげくの果てに遺体にツバを吐きかけたから、チョン・ウソンは怒り心頭。手にした槍を一振りして、客の首をポ〜ンと切り落とした。

 たちまち茶店は騒然!

 客の仲間たちがかかっていくが、チョン・ウソンの槍の敵ではない。そんな大立ち回りを見つめていた蒙古軍の大将ユー・ロングァンは、部下に命じて縄でチョン・ウソンの身を取り押さえさせた。ようやく高麗人の一団もチョン・ウソンに気づくが、ここは忍の一文字、静観の構えだ。

 「大した槍の使い手だ、部下にしよう

 蒙古の大将ユー・ロングァンはチョン・ウソンに惚れ込み、彼を捕らえて連れていく事にした。

 さて、高麗人の一団は茶店を後にした。例の僧侶イ・ドゥイルも道案内を兼ねて同行する事になる。荒野の崖の上に副使節の亡骸を葬った一団だったが、そこでチュ・ジンモ将軍がとんでもない事を言い出した。

 「ここで蒙古軍を迎え討とう。あの姫君を救出するのだ

 さすがにこれにはみんな大反対。そもそも高麗への帰還が目的になったのではなかったのか。だがチュ・ジンモ将軍は一歩も退かない。「あれは明の姫だ。それを救えば、オレたちは堂々と南京に入ることが出来るはずだ」

 それは南京でつぶされた自らのプライドを取り戻すためか、それとも一瞬彼の視線を捕らえた姫君への何らかの想いか…だが、そんなチュ・ジンモ将軍に今回はあの隊正アン・ソンギも賛成した。アン・ソンギとしては、あくまで捕らえられたチョン・ウソン救出のためではあったが…。

 だが戦略を考える間もなく、蒙古軍が眼下の谷間に現れた!

 たちまち崖を駆け下りる隊正アン・ソンギは、素早く次々矢を放つ。それは大将ユー・ロングァンの肩を射抜いた。アッという間に蒙古軍はハチの巣をつついたような大混乱。不意を突かれた蒙古軍の狼狽を突いて、高麗人たちは次々襲いかかった。ドサクサに紛れて縛りを解いたチョン・ウソンも戦列に参加。バッタバッタと蒙古兵たちを倒していく。姫も馬車から飛び出して駆け出すが、その後を蒙古兵が追っていく。いよいよ追いつかれるかというちょうどその時、姫を救ったのはあのチョン・ウソンだった。

 さらに大将ユー・ロングァンも姫を奪還すべく襲いかかるが、チョン・ウソンの槍に倒される。だが彼はあえてとどめを刺さず、ユー・ロングァンが逃走するのを見逃した。自分を救ってくれたチョン・ウソンを、じっと見つめる姫君。二人は思わずまなざしを交わした…。

 そんな二人の様子を、あのチュ・ジンモ将軍も見ていた。

 チュ・ジンモ将軍は得意満面で姫君の前に現れる。姫君は思った通り明の姫君のチャン・ツィイー。ツィイー姫はあくまで高貴な人間としてチュ・ジンモ将軍を見下しながら言った。「南京に連れていって。褒美はとらしましょう」

 さらにツィイー姫はチュ・ジンモ将軍に、自分の護衛としてチョン・ウソンを指名した。だが彼は、ご主人の副使節の墓前へ行く…とにべもない。メンツをつぶされたチュ・ジンモ将軍は逆上。チョン・ウソンを取り押さえて、殴る蹴るのあげく跪かせる。だがチョン・ウソンはあくまで言う事を聞かない。「オレはもう奴隷じゃない!」

 すると、案の定あの将軍チュ・ジンモが無茶な事を口走る。

 「副使節は死期が迫って錯乱していたのだ。オマエは死ぬまで奴隷だからな!」

 見かねた隊正アン・ソンギが止めても、将軍チュ・ジンモはますます頑なになったまま。あげくこの場にチョン・ウソンを捨てていく…とあくまでコワモテな態度を崩さない。しかも蒙古軍に捕らえられていたもう一人の女に対しても、「娼婦など捨てておけ」と非情な態度だ。隊正アン・ソンギが止めだてしても、完全に怒り狂って吠え立てるばかり。「口出しするなっ、決めるのはこの私だっ!

 だが、そこにチャン・ツィイー姫が立ちはだかった。彼女はチュ・ジンモ将軍をにらみ付けると、堂々たる態度で一喝した。

 「みんな連れていきます!」

 こう言われると従わざるを得ない、情けないチュ・ジンモ将軍ではあった。

 さてその頃、ボロボロな状態で蒙古軍の陣地に舞い戻った大将ユー・ロングァン。だが何とか傷を癒した彼に総大将が与えた使命は、何が何でもチャン・ツィイー姫を奪還するというものだった。そんな総大将の命に、任務の遂行を誓うユー・ロングァン。

 さて高麗人たちの一行は、さらに行軍を続けていた。その間もチョン・ウソンの事を気にしているチャン・ツィイー姫の様子に、将軍チュ・ジンモは内心穏やかではない。

 そんな最中、見張りからの報告が入った。「蒙古軍の追っ手が来ます。大勢でアッという間に差を縮めて来ます!」

 ここで将軍チュ・ジンモは決断をした。姫に馬車から降りてもらい、馬車をオトリにして別働隊を出すのだ。でも、走らせるのは誰がやる? 何と将軍チュ・ジンモは、まだうら若い下級武士のハン・ヨンモクを指名する。だが国にまだ祝言を挙げたばかりの新妻を残したハン・ヨンモクは泣きべそをかくばかり。隊正アン・ソンギも彼をかばうが、将軍チュ・ジンモは例によって聞く耳を持たない。あげく「姫」の代わりが要ると言いだし、例の娼婦を連れてくる。二人はイヤイヤ馬車に乗せられることになった。これを見ていたチョン・ウソンは、いきなり護衛に立候補だ。「オレも行く!」

 そんなチョン・ウソンの槍に、チャン・ツィイー姫はお守りとして白い布をくくりつけながら言った。「必ず“姫”を守りなさい。生きて帰るのよ!」

 かくして別働隊は出発した。本隊はここから馬を捨て、歩きで先に進む事とする。

 その頃、大将ユー・ロングァン率いる追跡の蒙古軍は、行く手を突っ走る馬車を発見していた。「あれはオトリだ。オレたちは先回りしよう」

 さすがに歴戦の勇士、甘ちゃん将軍チュ・ジンモの浅知恵などに引っかかる訳もない。ともかく姫たちはどうしても黄河を渡らぬ訳にはいかない、だから渡し場に先回りして彼らを待つ…というのがユー・ロングァンの作戦だった。しかし、だからと言って彼が、オトリを見逃すはずもなかった。こちらも別働隊を仕立てて、例によっての非情命令だ。「追い詰めて殺せ!」

 チョン・ウソンのたった一人の護衛で、荒野を突っ走る馬車。そんな彼らに、蒙古軍の追っ手は情け容赦なく襲いかかる。だがそんな蒙古軍にチョン・ウソンは孤軍奮闘。何とか敵を撃退して生き残った。

 その頃、目の前に黄河を望む地点までやって来た一行は、人けのない渡し場の様子に動揺を隠せない。先に行かせた見張りの報告は、やはり予想通りのものだった。「蒙古軍が先回りして、来る者すべてを皆殺しにしています!」

 ところが見張りはとんだ珍客を連れていた。彼の後について、オッサン、オバサン、老人、女子ども…といった漢族の連中もやって来たのだ。彼らも渡しから先に行けずに困っていた。これには高麗人たちも大揉め。ただでさえ危険なところに足手まといが増える。そもそもツィイー姫を助け出したのが災難の元…と、今までくすぶっていた不満が爆発。そんな最中に、将軍チュ・ジンモは一同に言い放った。

 「海岸まで行けば、明の砦があるらしい。そこで姫が我々に船を用立ててくれると約束した。そこまで姫と漢族を送るのだ!」

 だが、将軍チュ・ジンモには別働隊として送り出した三人を待つ気などなかった。今にも明の砦に向けて出発する構えだ。そんな紛糾する場の雰囲気を、隊正アン・ソンギが収めるように言う。

 「将軍に従いましょう。ただし三人が戻るまで待つように

 やがて別働隊の三人も奇跡的に帰還した。だがチョン・ウソンの帰りを喜んだチャン・ツィイー姫も、彼の槍に自分がくくりつけた布がないのに失望を隠せない。

 やっと出発という段になると、今度はそのチャン・ツィイー姫が頭痛のタネとなった。何と漢族が姫が乗るために、木で輿をつくったのだ。当然のごとくその輿に乗る姫に、高麗人たちの不満が爆発。何でこんな時に輿などに乗るのだと不平たらたらだ。さすがにこの場を収めるしかないと、隊正アン・ソンギ自ら輿を持つと名乗り出た。すると横から出てきたチョン・ウソンが、アン・ソンギに代わって輿を持とうと志願する。かくしてチャン・ツィイー姫の乗った輿は、チョン・ウソンはじめ四人の男が運ぶ事となった。

 ところが間もなくのこと、蒙古軍の先発隊がすぐそばまで迫ってきた。いまや事は急を要する。だがこの期に及んでも輿に乗ろうとするチャン・ツィイー姫は、「早く運ばせろ」と将軍チュ・ジンモに命じる始末だ。するとチョン・ウソンが黙って行動に出た。彼は姫の目の前で、木の輿をブチ壊し始めたのだった。これにはさすがの姫もぐうの音も出ない。

 これで姫にいいところを見せようと焦ったのか、将軍チュ・ジンモは無謀な作戦を言い出す。もはや残り少ない高麗軍人たちで、蒙古軍の先発隊を迎え討とうと言うのだ。だがこれには隊正アン・ソンギが猛反対。「わざわざ危ない橋を渡る事はない!」

 だが、あの将軍チュ・ジンモが言うことを聞くはずもなかった。「決めるのは私だ!」

 高麗軍人たちは、森の中で様子を伺う。蒙古軍の先発隊は数は少数とは言え、彼らよりもまるっきり優勢だ。さすがに無謀な作戦に、初めて別将パク・チョンハクも意見せざるを得ない。だがそれにキレた将軍チュ・ジンモは「怖いなら、この場に残れ!」と言い残して森の中へと入って行った。

 だが別将パク・チョンハクの心配は現実のものとなった。ノコノコ出かけていった高麗軍人たちは、すべて蒙古先発隊の餌食となった。将軍チュ・ジンモも敵の矢を受けて倒れる。この様子を見て、慌てて駆け寄ろうとする別将パク・チョンハクだが、そんな彼の肩を掴む者がいた。

 「今は待て」

 それは高麗軍人たちの様子を心配して駆けつけた、隊正アン・ソンギ率いる下級武士たちだった。彼らはアン・ソンギの作戦通り、森の中で巧妙に立ち回る。そして一人…また一人と蒙古軍たちを倒していった。

 一方、蒙古軍たちは近くに潜んでいたツィイー姫や漢族たちにも襲いかかろうとしていた。そんな窮地に、ツィイー姫は漢族の男に手紙を託して走らせる。だが、蒙古軍は情け容赦なく襲いかかってきた。この混乱の中で、あの娼婦も命を落とす。それを阻んだのは、駆けつけたチョン・ウソンの槍の一振りだ。

 だが蒙古兵はツィイー姫を捕まえ、首筋に剣を突きつける。絶体絶命。姫もさすがに叫ばずにはいられない。「ダメ! 手を出さないで!」

 その様子を一瞥したチョン・ウソンは、クルリと振り返って背を向けたと思いきや、敵が油断した隙に振り向きざまに槍を投げつけた。

 蒙古兵の頭を一撃!

 蒙古兵は頭に槍を突き通されたまま、その場にバッタリと倒れた。ツィイー姫は九死に一生を得たが、その表情は固かった。

 「危うく死ぬところじゃないの!」

 そしてチョン・ウソンの頬を平手打ち。だが、もう一度平手打ちしようとした姫の手を、チョン・ウソンはムンズと掴んだ。

 「いいかげんにしろ! 勝手ばかり通ると思ってるのか!

 かくして蒙古軍の脅威は去った。だが、こちらも多くの犠牲を払う結果となったのは言うまでもない。もはや高麗軍人は、傷を負った将軍チュ・ジンモと別将パク・チョンハクのみだ。疲れ切った一同はその場に野営するが、将軍チュ・ジンモは相変わらず。みんなを叩き起こして先に進むの一点張りだ。明け方に発とうと言う隊正アン・ソンギの進言も、いつもの事ながら聞こうという気がない。だが、将軍チュ・ジンモはその場の雰囲気が変わった事を気づいていなかった。もはや彼の言う事など、誰も聞く気がない。彼が吠えれば吠えるほど、その場にドッチラけた空気が流れるばかり。こうなると元々キレやすい将軍チュ・ジンモは、冷静な隊正アン・ソンギに怒りを爆発させる。剣を抜くや、アン・ソンギを斬ろうという構えだ。

 「もう我慢ならん。いつも偉そうにしおって!」

 これには下級武士も猛反発。だが隊正アン・ソンギはそんな武士たちを制し、静かに将軍チュ・ジンモに告げた。「剣をおしまいください」

 さらに激怒した将軍チュ・ジンモは、彼に忠実な別将パク・チョンハクに成敗を言い渡す。だが彼ももはや動かない。それどころか、将軍チュ・ジンモにこう告げるだけだ。「砦までは、隊正に指揮を任せましょう」

 もはやプライドはボロボロ。部下は全滅。腹心の別将パク・チョンハクも言う事を聞かない。今さらながらに将軍チュ・ジンモは、自分に何の人望も軍人としてのキャパもない事を思い知らされた。彼は表情を固くして、この場を引き下がらざるを得なかった。

 そんな中、ツィイー姫はあのチョン・ウソンが常に自分を守るため見守っている事に気づいた。姫はチョン・ウソンに近づくと、先ほどの振る舞いを償うかのように自分の毛皮を彼に着せてやるのだった。

 ところがその頃、蒙古軍はツィイー姫が手紙を託した漢族の男を捕らえていた。手紙には、海岸の砦に向かう事がしたためられている。早速大将のユー・ロングァンは、砦に向かって進軍を決意するのだった。

 そんなこんなで苦心惨憺、高麗人たちと漢族の一行は、ようやく目指す海岸の砦へとたどり着く。だが、なぜか様子が変だ。まったく人けがない。砦に入ってみると、案の定完全な廃墟だ。そこはすでに兵たちが退去してかなり経った、打ち捨てられた砦だったのだ。

 「姫の言う事なんか聞いたから、このテイタラクだ!」

 たちまち下級武士たちの間に不満が爆発する。今度は将軍チュ・ジンモだけでなく、その将軍の意見に同調して砦行きを決めた隊正アン・ソンギに対しても不満が向けられつつあった。しかも砦が廃墟なだけではない。その背後には渡るべき海が広がっているが、海岸にはボロボロの小舟が一艘朽ち果てて捨てられているだけで、一同を乗せられる大きさの船など見あたらない。万事窮す。

 「移動するしかない」

 しかし、隊正アン・ソンギの決断も今は遅すぎた。

 あの大将ユー・ロングァン率いる蒙古軍の大軍が、砦と対峙しながら丘の上に押し寄せていたのだった!

 

黒澤=西部劇をも巻き込む壮大な映画的連鎖の果てに

 あの躍進めざましい韓国映画から届いた時代劇大作。その「MUSA/武士」なる邦題を見て、主演陣に何と中国からチャン・ツィイーを招いている事を知るや、何となくあのチャン・イーモウの「HERO/英雄」のパクりみたいな印象を受けてしまうのは致し方ないかもしれない。少なくとも宣伝する側は、多少なりともあのアジア発の娯楽大作を意識してないとは言えないだろう。だが、この作品は「HERO/英雄」に先立つ2001年の作品。そういえば僕がこの「MUSA/武士」の情報をうろ覚えにしていた後に「HERO/英雄」の製作ニュースを知って、「あれっ? それって韓国映画じゃなかったっけ?」と勘違いした記憶もある。ともかくは期待の大作が、ようやく日本上陸を果たしたと言うわけだ。「HERO/英雄」と比べればヤケにひっそりと公開される感じは否めないが、それでもこうやって目に出来るのはありがたい。

 どこまでも「HERO/英雄」と比較されるのはスジ違いだろうが、美術担当のフオ・ティンシャオがこの作品で「HERO/英雄」に抜擢されたとのこと。撮影のキム・ヒョングがやはりこの作品から見出され、韓国人にも関わらずチェン・カイコーの「北京ヴァイオリン」撮影に起用されるなど、チャン・ツィイー出演にとどまらずいろいろ浅からぬ縁もある。同じアジア発の時代劇大作というだけでも、どうしても意識してしまうよね。

 さらに重ねて言うならば、「HERO/英雄」が中国・香港オールスターを配して豪華絢爛さを誇れば、この「MUSA/武士」もバカに出来ない。主演陣の一人、若き将軍役のチュ・ジンモこそ僕にとっては初顔だが、槍の使い手チョン・ウソンはあの潜水艦サスペンス「ユリョン」で堂々の主役を張った男だし、役柄からして重鎮ぶりを見せるのは、問答無用の韓国スーパースター=アン・ソンギだ。ここに中国から呼んだチャン・ツィイーを加えたキャスティングは、やはり韓国映画でも豪華なものと言えるだろう。

 そもそもチャン・ツィイーはじめ中国から大勢の俳優陣やスタッフの協力を仰ぎ、日本からは鷺巣詩郎を音楽担当に招いて、大セットも建造しての中国大陸横断大ロケーションを敢行と来る。どこから見ても、従来の韓国映画のスケールを打ち破った超大作なのは間違いない。実際に出来上がったこの作品は、シネマスコープの大画面を圧するど迫力の時代劇大作だ。

 だが、その作品のスタイルは対照的とも言えるから面白い。

 「HERO/英雄」は中国語圏映画伝統の武侠もののスタイルを踏襲して、そこにCGやワイヤーワークなど現代の技術まで駆使し、舞踏のような流麗で華麗なアクションと様式美で見せた。だがこの「MUSA/武士」は、そんな中華風スタイルとは縁がない。あくまで泥だらけ血塗れ汗だくで、骨がきしみ息が上がって痛みが伝わるような泥臭いまでのリアルなアクション。韓国映画はCGにイマイチ自信がないのではないか(実際この映画でもわずかながらCG合成らしきものが行われてはいるが、いずれもハッキリと画面の劣化が見てとれる)…と思われる面もないではないが、ともかく映画そのものがそういう技術を要求していない、ナマの肉体が疾走し激突するアクションを希求する作りになっている。そして、そのエネルギー量や運動量がハンパではない。アクロバティックな行為は行われないだけに、壮絶さと悲愴さで見ている側を熱くさせるのだ。

 それというのも、そもそも物語自体が悟りを開いたり腹芸で見せるものではないのだ。思いもかけぬ災難に巻き込まれ、砂漠に放たれた高麗人たち。それも位の高い軍人から、下層の武士や奴隷に至るまでさまざま。さらに事件が新たな展開を見せるたびに、それらの人々の思惑が大きく関わっている。そのあたりの人間臭さが、あえて言うならば「HERO/英雄」とは全く異質なものなのだ。

 その中でも象徴的なのが、チュ・ジンモ扮する若き将軍なのだろう。

 そもそも彼は最初から瞬間湯沸かし器的なキャラクターとして登場する。最初はそんな態度を高貴な正使節にたしなめられるが、この長老的存在がいなくなってやりたい放題の状態になると、いきなり勇ましげに強権発動する。それが優秀な軍人だったらしい父親の二代目としての苦労知らずな甘さという事は、物語が始まってすぐに本人によって吐露される。ここで注目したいのは、彼が単にそんな「仇役」として位置づけられてない事だ。

 彼のゴリ押し無理強い高飛車ぶりは、そんな「いいトコの子」の世間知らずぶりと傲慢さからだけではない。二代目として軽んじられる事への恐れや、使節団としての使命を失敗した事への焦り、何より自分が「将軍」として人を率いていく器ではない事を、誰よりも自覚している証し…それらがない交ぜになって現れて来ているのだ。映画はそのあたりをキメ細やかに描いている。このあたりが、この「大作時代劇」の非凡な点だと言えよう。

 戦士としても男としてもキャパの点で格段の違いがある隊正アン・ソンギは、いち早くそのあたりを見切っていたはずだ。彼が最後の最後までこの若い将軍を見下したりしないのは、そのせいなのだ。一方、この将軍の父親に仕えてきた別将パク・チョンハクが黙って彼に従うのも、そんな父親への忠義と、将軍の気持ちが痛いほど分かっているが故の事に違いない。この映画は、そんな人間たちの織りなすアンサンブルをじっくり描いていく映画だ。アクションとスペクタクルが横溢する大作にして、これを実現するのは極めて希有な事だよ。

 だから物語が新局面を迎えるたびに、その原動力となるのは人間の心理だ。例えばこの将軍が無理難題を持ち出すたびに、それは彼にしては必然的な発想だったという伏線が必ず張られている。その横糸になるのがチャン・ツィイーの姫君と、奴隷だったチョン・ウソンとの微妙なバランスの関係だ。将軍は姫を一目見た時、おそらくは強く惹かれたはずだ。そして彼女が自分の失われたプライド…使節団が失敗した事…を救う手だてになるとも気づいたはずだ。だからこそどんな犠牲を払っても、彼女を救って守り通したいと願う。

 だがその当の姫は、自分を救った奴隷上がりの男に惹かれてしまった。そしてその姫に、自分の男としてのキャパがいささか劣る事を見破られてしまった。さらにはこの奴隷上がりの男、最初から自分に反骨の意志をムキ出しにしてきた。そのつど、それでなくても内心自分の小ささに怯える将軍は、思い出したくもない事を思い出されるハメになるのだ。だからこそ無理難題、コワモテを押し通さずにはいられない。将軍が何か無茶をしでかす時には、必ずそうした伏線が顔を出してくる。このあたりの脚本は見事だし、そんな心理のディティールを逃さずに描いている演出もまた素晴らしいね。そして物語の新局面が、また新たな心理のアヤを生み出すから重層的な面白さが出る

 だから壮絶アクションも、そんな各人の思いを含みながら展開する。卑近な例で恐縮ながら、小心で何かのために生き残らずにいられない人物が行う戦いと、まるで超人的な人物の戦いでは、どちらが観客の胸に真の迫力を与えるだろう。この映画のすさまじいアクションは、そんな人間心理に裏打ちされているのだ。

 だから役者の魅力が重要だ。例の将軍役チュ・ジンモは、ともすればチンケな仇役に貶められそうな役柄を、ちゃんとそうした弱みのある人間と見せているだけでも見事ではないか。これは難しい役だと思うよ。

 もちろん不敵な華も身もあるヒーローぶりを見せるチョン・ウソンにも惚れ惚れする。全然違うので比較にも何もならないが、強いて言えば「ロード・オブ・ザ・リング」でやはり見事なヒーローを好演したヴィゴ・モーテンセンと双璧と言っていい男ぶり。これは大変なボリュームのあるヒーロー役者が登場したね。彼の槍さばきもやたらめったらカッコいい。この槍が日本でいう槍とはちょっと違うみたいで、「突く」のではなく「斬る」槍とでも言うのだろうか、そんなあたりを見ていても面白くて飽きない。

 そして何と言っても重鎮のアン・ソンギ。人間的キャパのデカさを実感させる役柄には、これくらいの役者を持ってこないとどうにもならない。逆にアン・ソンギが演じているからこそ、誰もが一目見てこの男のキャパの広さを理解するし、それを信じて疑わない。この絶対の安定感は、他に世界のどんな大スターを持って来たって敵わないんじゃないだろうか。「黒水仙」でも映画の要を締める役柄で、見事な役者ぶりだったよね。大作映画の脇を支える役柄も多くなって来たようだけど、映画が終わる頃には彼の圧倒的な存在感が印象づけられてしまう。やっぱりホンモノのスーパースターなんだよね。

 これに比べるとチャン・ツィイーは、ちょっと鼻っ柱が強い小娘…という「グリーン・デスティニー」「HERO/英雄」あたりでお馴染みの持ち味を生かしたタイプ・キャスティングに見えてしまう。だが、この姫君には二人の男を翻弄する魅力がなくてはならないし、姫としての威厳もなければいけない。そういった意味では、この人が本来から持つスターの「華」が必要だったんだろう。やっぱり国際的に活躍するだけの人だと思わされたね。

 それ以外にも、小さな役に至るまでキャラを立たせる工夫がなされていて驚かされる。敵の大将ですら、必死に追わずにいられない必然があるし、彼もまたリッパな軍人であることが描かれる。下っ端の下級武士ですら、命を落とす際には観客の心を揺り動かす。これはホントになかなか出来ない事なんだよ。

 そして素晴らしいのは、その中でちゃんとキャラクターの人間的な成長が描かれる事だ。ここでもポイントは例の将軍になる。みんなに見透かされ、人望のなさを露呈してしまう将軍。彼はついにある晩、あんなにコワモテぶりを見せたかったはずの姫に本音を吐く。「自分は怖くて虚勢を張っていただけだ。本当は将軍に値いしない男なんだ

 ところがこれを境に、彼はぐんとキャパを広げる。ここが重要な点なんだね。おのれの至らぬ事を直視した事によって、彼は本当の男になり、真の「強さ」を得る事になるのだ。その弱さを認めることで成長した彼は、決戦を前にして皆に語る。「必死不死という言葉がある。死を前にして生きるという事もあるのだ」

 そんな言葉を吐く彼に、もう皆は逆らわない。それこそが、彼が真の将たる器になった証しだ。

 だから将軍は最後、あのいがみ合っていた奴隷上がりの男と共闘する。自分のために死んだ別将の剣で敵を討つ。このあたりは見る者の心情に直接訴えかけて来るよね。

 さらに心情が描かれているからアクションが壮絶さを持つとは言ったけれど、アクションそのものも実際に凄まじい。スペクタキュラーに砂漠や荒野での戦闘を描き出した手腕と、細やかな人間心理を描き出す手つきと…僕はこの作品の脚本・監督を手がけたキム・ソンスなる人を知らなかったが、この人は大変な手腕の持ち主だね。しかも映画自体が文句なく面白い。まだキャリアも浅い人のようだが、これからどんな作品を生み出すのか想像もつかないよ。

 唯一、キズを挙げるとしたらエンディング・クレジット。いきなり英語のソウルっぽい今風の歌が流れるってのはないでしょう。それまで手に汗握って見てただけに、ここだけは本気でガクッと来た。角川映画「復活の日」にジャニス・イアンの歌が流れるのとは訳が違うんだからねぇ…(笑)。

 そして先に述べた娯楽アクションとしてのスケールの大きさ。オトリ馬車を巡る蒙古兵たちとの攻防が「駅馬車」のアパッチ襲来シーンのミニサイズの再現に見えたり、中国の荒野がグランド・キャニオンみたいに見えてくるあたりも含めて、なぜかこの映画がアメリカの西部劇のように感じられてくるのも興味深い。それって映画100年の歴史で培われた、娯楽映画の王道もちゃんと押さえてるって事なんだろうか。実際にこの作品、絶対に西部劇を意識しているはずだ。そんな西部劇的な大アクションをこってり見せたいがために、韓国映画としてはあえて国境を越えたに違いないと思うんだよね。

 で…だからこそ、アジアで西部劇的アクションを追求した偉大なる先人・黒澤明の影響が大なのだ。

 鼻っ柱の強い姫を連れての脱出行がどこか「隠し砦の三悪人」を思わせる…なんてのは、上っ面のなぞりに過ぎないかもしれないが、何よりあの歯がきしみそうな重量級戦闘アクションが、「七人の侍」を意識しているのは間違いないだろう。砦を巡る知力を尽くした攻防戦もまたしかり。

 蒙古軍を迎え討つ将軍、隊正、さらに下級武士たちの4名が、一斉に突撃を仕掛けるスローモーションの見せ場は…だから「ワイルドバンチ」での突撃を思わせるのも無理はない。それは黒澤=西部劇=サム・ペキンパーとつながる映画的連鎖の必然なのだ。

 考えてみればそもそも黒澤映画とは、何度も僕が繰り返すように「青二才」の成長ドラマではなかったか。青二才が自らの至らなさを痛感し、その痛手を克服して成長していく…そんな基本を骨太に受け継いだこの作品が、黒澤映画と共通するテイストを持たない訳がないだろう。

 そしてそんな黒澤映画をもう一方から大いに意識したのが、チャン・イーモウの「HERO/英雄」だった…。そんな事まで視野に収めると、まったく違う方向を向いて行った狙いが、ここでまた円環状に収束するようなスリリングな関係性をいやが上にも感じずにはいられない。

 まったく違うハリウッドという土壌から放たれた「ラストサムライ」も含めて、壮大な規模の映画史的な連鎖がそこに認められる事こそが何よりも驚嘆に値すると思えないだろうか。

 

 

 

 

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