「ターミネーター3

  Terminator 3 - Rise of the Machines

  ロング・バージョン

 (2003/07/21)


  

 

 

 

手早く結論知りたい人はこちら

 

 

 

 

今、教育現場で起こっていることって

 ここから書く話はあくまでまた聞き話なので、もし僕の聞き違いかガセネタだったらカンベンしてもらいたい。いや、ここでそう断らなきゃならないほど、僕には信じがたい話だったんだよね。その話自体を聞いたのはもう大分経つけれど、その後もどうもそういう状況は続いているらしい。だとしたら、こりゃ大変な事だと思うんだよね。

 僕はもういいかげんいい歳だけど、残念なことに…というか当然のごとくと言うべきか、子供がいない。だから、最近の小学校あたりの事情ってのには、まったくと言っていいほど疎いわけ。この話はそんな中で聞いた話と思っていただきたい。

 まぁ、その話ってのは実に簡単なことだ。

 何でも今時の小学校の体育の時間ってのは、とんでもない状況になってると言うんだね。例えばグラウンド一周を競争させて二人の子に走らせる。その際、足が速い子と足が遅い子を一緒に走らせる時には、遅い子の方に差がつかないようにすると言うんだよね。ぐるりと楕円を描くトラックの途中から近道をつくって、遅い子の方はその近道を走らせる。つまり、両方の子にあまり差がつかないカタチでゴールイン出来るようにすると言うんだよ。

 コレってホント?

 その他にもいろいろと、劣った子を優遇するカタチで体育の授業を進めているらしい。つまりは能力差が出ないようにする。それでやる気をなくしたり、イジメられたりしないようにするってことみたいなんだけどね。

 だけどこれって…ちょっと信じがたいんだよねぇ。

 仮にこういう事をホントにやってるとして、それって結局いわゆる平等主義が蔓延した結果の、こうしたやり方なんだろうかね。子供はすべて平等。差が出来たら良くない。まぁ、確かにいつもビリの子はイジケるわな。事実、僕がそうだったからね。小学校低学年までは、何度走っても僕がビリだった。

 だけど、それでいいんじゃないの?

 世の中、ハッキリ言って平等じゃないよね。不条理なもんだ。チマチマ働いてる零細企業の男と、調子良く立ち回るギョーカイ人じゃ、やっぱりギョーカイ人が口からデマカセで女をかっさらったりする。そういうもんだよね。可愛くてモテモテの女の子は、どんな酷い事をしてても最後まで報いを受けずにチヤホヤされたまま。だけど、これが不細工な女なら残念ながらそうはいかないだろう。アリとキリギリスの話なんて作り話だ。子供の頃から自分の弱いところを見て見ぬフリで育って来たら、そういう現実にぶつかった時にそれこそイジケるんじゃないの? フテくされるんじゃないのか?

 一方では、九九も満足に出来ないガキがいっぱいいるって話も聞く。これは今時の「ゆとり教育」の成果って事なのか。個性ゆたかな人間を育てる云々…とかいうお題目でやってるみたいだが、本当はガキの頃ってとにかく最低限覚えさせなきゃいけない事だってあるんだよね。それが何でそうなるの? それに「個性尊重」とか言ってるのに、何で差がつかないカタチで駆けっこさせるんだ? 足が早いヤツ遅いヤツ、メシをいっぱい食うヤツ残すヤツ、ソロバン得意なヤツ出来ないヤツ…そういうのってのも個性ってやつじゃないのか? PTAか日教組か教育委員会か文部科学省か…どこのどいつが悪いか知らないが、こんな事やってたらただでさえ少ない子供が、どれもこれもクズになりはしないか? これは経済問題とか外交問題とかよりずっと深刻な問題だよ。事は国の根幹に関わる。

 人間ってのはさ、平等じゃないよね。同等じゃないの。イコールじゃないんだ。

 だからこそ自分のハンデを逆手にとって、あるいは得意分野を売りにして、アレコレやってく楽しみもある。意欲も湧いてこようというもの。価値観や個性が多様だから、世の中面白いって言えるんだよね。

 今からちょっと前の受験戦争が激化していた時、そういう青白いガリ勉少年たちを批判するのに、よく甲子園か何かに出場する高校球児たちが引き合いに出されたものだ。ガリ勉少年は勉強ばかりで陽の光も浴びず人間が偏ってしまう、それにひきかえグラウンドで汗流す高校球児たちの爽やかなこと…。

 そういう朝日新聞あたりが好んで垂れ流すメッセージが、僕はたまらなくイヤだったんだね。

 だって甲子園に出てくるような野球部員の連中なんて、もうそればっかり、頭ん中が野球だけってヤツらなんだよ。それって受験勉強ばかりの青白い連中とどこが違うんだ。高校球児って他は何にも知らないって事にかけちゃ、ガリ勉連中と何ら変わりない。受験勉強ってのは少しでもいい大学行って、いい就職して、いい生活したいってのが目標だよね。それって少しでもいい野球名門校行って、少しでもいい成績出して、いいプロ野球チームに入りたいってのとどこが違うんだよ。

 まぁ、時代が変わって終身雇用も学歴も意味がなくなり、プロ野球人気も下火の今になっちゃどっちも空しい価値観だけどね。まぁ、当時ヤツらはそれがいいと思ったんだろう。

 しかもさ、ホントに「爽やか高校球児」だったのか? 名門校の野球部員にでもなれば、妙にマスコミ慣れしてて、写真をどんなアングルから撮られたらいいかさえ熟知していたって言うじゃないか。おそらくは野球グルーピーみたいな女をコマしまくってただろうしね。スター気取りでブイブイいわせてただろうしね。まるっきり“爽やかさ”なんてゼロに決まってる。

 だからどっちがいい悪いって言い方がおかしいんだよ

 勉強出来るヤツは勉強やりゃあいい、脳味噌筋肉のヤツは運動しかないだろう。それもダメなら口八丁で乗り切ることを考えろ。顔がいいヤツは出来るだけ口きかないで世の中渡っていけ(笑)。そういうのを教える事こそ、「個性の尊重」って言うんじゃないのか?

 差がないフリをするなんてバカげてる。そんな事したって差がなくなる訳じゃないからね。一生そうやって守ってやれるわけもあるまい。

 大体、ハンデが強みになることだって、世の中にはままあるんだからね。

 

「審判の日」は回避されたんじゃないのか?

 現代のロサンゼルス。「ターミネーター2」での死闘を経て成人したジョン・コナーことニック・スタールは、毎日を根無し草のように暮らしていた。アーナルド・シュワルツェネッガー型旧式ターミネーター犠牲的精神によって、「スカイネット」による人類社会の崩壊、そして機械による地球支配は避けられたはず。現に「審判の日」とされた1997年8月29日は無事回避された。

 にも関わらずコナー=スタールには不安が残った。「審判の日」は回避されてないのではないか? そんな不安から、コナー=スタールは身を隠すようにして日々を送っていたのだ。

 その予感は図星だった。

 ある夜のこと、ロサンゼルスの街角にまばゆい電光がまたたく。そして現れたのは全裸の女。それはまぎれもないターミネーター。それも女性型のT-Xなる新型ターミネーターことクリスタナ・ローケンだった。彼女は通りかかった女を一撃で殺し、彼女の車を奪った。

 その頃、市街地を離れた砂漠地帯でも異変が起きていた。現れたのは毎度おなじみシュワ型ターミネーター。彼もまたお約束の全裸だったが、近くの店で開催されていた男性ストリップショーに運良く出くわし、難なくお気に入りの黒レザーの衣服を手に入れる。だが、気に入ったサングラスは見つからずにご機嫌斜めだ。

 その頃コナー=スタールはバイクで事故り、ケガをして動物病院に押し入った。徹底的に身を隠していた彼は、だから普通の病院にはかかれない。仕方なく夜更けの誰もいない動物病院で、自ら手当をする羽目になったわけだ。

 その頃、猫の急患が出て呼び出されたのが、この動物病院の獣医クレア・デーンズ。彼女は婚約者マーク・ファミグリエッティをベッドに残して、眠い目をこすりながら動物病院に向かう。そんな彼女の父親デビッド・アンドリュース将軍は、今、政府の密命を帯びて戦略防衛システム「スカイネット」の開発に携わっていた。

 何と「スカイネット」の脅威はまだ去っていなかった!

 それどころか、それは開発を終えていつでも稼働できる段階に達していた。折から他の軍事システム、航空管制システムをはじめ、原因不明のウィルスに冒されて使用不能の危機に陥っていた。それを解決するには、「スカイネット」を稼働させてすべてのコンピュータ・システムにつなぎ、一気にウィルスを駆除すればいい。だがアンドリュース将軍はなぜかそれを躊躇していた。もし、「スカイネット」を稼働させれば、すべてのコンピュータは「スカイネット」の管理下に置かれる。その「スカイネット」を管理するのは自分だとしても、なぜか彼はこの「スカイネット」に全幅の信頼を置けずにいたのだった。

 さて、動物病院にやってきたデーンズは、無人のはずの病院に誰かがいることに気づく。そこで発見したコナー=スタールを強盗だと思ったデーンズは、彼をとっちめてオリに閉じこめてしまった。そして閉じこめてから気づいた。

 デーンズはコナー=スタールを知っていた!

 彼女はコナー=スタールのかつての同級生だった。それも事もあろうにファースト・キスの相手。その翌日、コナー=スタールは例のターミネーターの争いに巻き込まれ、消息不明になっていたのだ。

 だがそんな感慨に耽っている場合ではなかった。あの女ターミネーターのローケンが動物病院に押し入って来たのだ。まずはその場に居合わせた猫の飼い主のオバサンを殺害。さらに魔の手をデーンズとコナー=スタールに伸ばそうとした。慌てて逃げ出すデーンズだが、女ターミネーター=ローケンは彼女を追いつめる。何とこの女ターミネーター、なぜかデーンズのことを知っているようだ。絶体絶命!

 そこに突然突っ込んできた一台の車。女ターミネーター=ローケンを轢き潰すと、勢い余って壁に激突。唖然呆然となったデーンズが見守る前で大破した車から出てきたのは、あのシュワ型ターミネーターだ。

 何とこのシュワ型ターミネーターも、デーンズの事を知っているようだ。彼は泣き叫ぶデーンズを動物病院のピックアップ・トラックの荷台に突っ込むと、病院の中に入っていく。

 何とか自力でオリを抜け出したコナー=スタールは、そのシュワ型ターミネーターと遭遇した。なんだなんだ、またトラブルか? 「審判の日」は回避されたんじゃないのか?

 そんな間も、轢きつぶされた女ターミネーター=ローケンは大人しくしていた訳じゃない。いつの間にか地中を掘り進み、動物病院の中に進入していたのだ。やがてコナー=スタールとシュワ型ターミネーターの前に忽然と姿を現す女ターミネーター=ローケン。

 ここは俺に任せて逃げろ!

 かくしてシュワ・ターミネーターと女ターミネーター=ローケンとの激闘が始まった。その間にコナー=スタールは、デーンズを閉じこめたピックアップ・トラックで逃げ出す。

 さすがのシュワ型ターミネーターも、女ターミネーター=ローケンには手こずっていた。いや、実は手に負えなかったというのが本当の話。しかもこの女ターミネーター=ローケンはただ強いだけじゃない。さまざまな機能を内蔵しており、今まさに自分の腕を武器に変えたところだ。それは未来の兵器…プラズマ・ガンだ。

 プラズマ発射!

 一発命中して吹っ飛ばされたシュワ型ターミネーターは、悲しいかなそのまま動かなくなった

 そんなてんやわんやの動物病院に、何台ものパトカーが駆けつける。警官たちはその凄まじい破壊ぶりに目を見張っていた。だが、なぜか現場に一人の女がウロついているのかには考えが及ばなかった。それが、さっきまでシュワ型ターミネーターを悩ませていた女ターミネーター=ローケンであることは言うまでもない。この女ターミネーター、なにやらパトカーの回りを行ったり来たり。さらには自ら隣接する建築現場に出向いて、巨大なクレーン車の運転席に陣取った。

 女ターミネーター=ローケンがクレーン車のエンジンを始動させる。すると、なぜかその場に停車していたパトカーに次々とエンジンがかかるではないか。何とこの女ターミネーター=ローケン、複数の機械を遠隔操作することも出来るのだ。かくして数台の無人パトカーを伴って、女ターミネーター=ローケンが運転するクレーン車が現場から走り出す。もちろん追うのはコナー=スタールが運転するピックアップ・トラックだ。

 だが、こうなればシュワ型ターミネーターものんびり居眠りこいてる訳にはいかない。自らの力で再起動すると、警官の乗った白バイを奪って他の連中を追いかけた。

 ピックアップ・トラックはひたすら道を急ぐ。荷台に閉じこめられたデーンズは何が何だか分からずわめき散らすが、コナー=スタールはお構いなしだ。そもそも説明したって今のデーンズが大人しく聞いて納得する訳がない。そんなこんなしているうちに、遙か後方から数台のパトカーが追いかけてくる。何と見ると運転席は無人ではないか。あの女ターミネーター=ローケンが遠隔操作するパトカーだ。次々ピックアップ・トラックに襲いかかっては、行く手を阻もうとするパトカーたち。その後ろからは、女ターミネーター=ローケンが運転する巨大クレーン車が迫ってくる。危うし、コナー=スタール!

 その時猛スピードで彼らを追って突進する一台のバイク! シュワ型ターミネーターだ。

 こうして公道を舞台に熾烈なカー・チェイスと派手な銃撃戦が展開する。この派手な攻防戦の最中に、遠隔操作されていたパトカーは一台また一台と大破、脱落。やがてシュワ型ターミネーターはバイクを捨ててクレーン車のカギ爪にぶら下がるが、それを見るや女ターミネーター=ローケンは、クレーンを操って沿道のビルや工場に突っ込ませた。シュワ型ターミネーターをぶら下げたまま建物に突っ込んでいくクレーン。たちまち沿道は瓦礫の山だ。それでも何とかシュワ型ターミネーターは食いついていた。

 そんなこんなで激しい応酬の末、何とかクレーン車から伸びるワイヤーを、道路のマンホールにくくりつけたシュワ型ターミネーター。そうとは知らぬ女ターミネーター=ローケンは、コナー=スタールのピックアップ・トラックを踏みつぶそうと迫る。だがワイヤーが限界まで伸びきって止まると、クレーン車はつんのめって横転。凄まじい勢いで大破してしまった。ここはシュワ型ターミネーターの勝利だ。

 だが、こんな事でくたばる女ターミネーター=ローケンでないのはご承知の通り。

 それはともかく、何とか難を逃れたシュワ型ターミネーター、コナー=スタール、そして荷台に閉じこめられたデーンズの一行。デーンズはシュワ型ターミネーターから、コナー=スタールが未来の人類の救世主であると聞いても、シュワが殺人ロボット・ターミネーターだと聞いても信じやしない。いまだに何とか逃げだそうとジタバタするだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 彼らがやって来たのはとある墓地。実はここにジョン・コナーの母サラが埋葬されている。サラは白血病との闘病の末、「審判の日」が来なかったのを見届けて世を去ったのだ。だが、なぜ彼女が埋葬された墓地などに来たのだろうか?

 何と、サラの棺を開けると、そこには亡骸の代わりにさまざまな武器が満載していた。サラも「審判の日」が回避されたことを信じていなかったのだ! おそらく彼女はこの日が来るのを予感し、それに備えて武器を隠していたに違いない。

 この時、コナー=スタールとシュワ型ターミネーターの由来を聞かされたデーンズだが、当然チャンチャラおかしくて聞く耳など持ってない。その場の銃を取り、シュワ型ターミネーターを脅す始末だ。だが発砲してもビクともしないターミネーター。これにはデーンズも、彼らがただ者ではない事を悟らざるを得ないが…。

 一方その頃、何と女ターミネーター=ローケンはデーンズの家に押し入り、彼女の婚約者ファミグリエッティを亡きものにした。そのままファミグリエッティにまんまと成りすまし、警察のクルマに同乗してシュワ・ターミネーター一行を追うことになる。

 シュワ・ターミネーター一行が墓地から立ち去ろうとした時、彼らの行方を嗅ぎつけた警官隊が駆けつけ、あたりを包囲した。そんなドサクサに紛れてデーンズは彼らから逃げ出す。

 だが警官隊などシュワ・ターミネーターには屁でもない。棺にコナー=スタールを隠してエイヤッと肩に担ぐと、のっしのっし平然と歩き出して警官隊の度肝を抜く。早速銃弾が雨あられとシュワ・ターミネーターに向かって浴びせかけられるが、シュワ・ターミネーターは慌てず騒がずマシンガンをぶっ放す。次々と火を吹いて爆発するパトカー。これには警官隊も狼狽えて退避せざるを得ない。そんな警官隊を横目に、シュワ・ターミネーターはコナー+スタールを収めた棺を霊柩車に突っ込み、その運転席に乗り込んで悠然と走り去った。

 さて彼らから逃れたデーンズだが、シュワ・ターミネーターの派手な脱出劇を見て、再び慌てて逃げ出した。すると行く手に一台のクルマが、乗っているのは婚約者のファミグリエッティではないか。喜んで駆け寄ったのもつかの間、その姿は見る見るうちにあの女ターミネーター=ローケンに変わっていく。唖然と立ちつくしたデーンズの後方から、霊柩車が猛然とダッシュしてくる。

 デーンズに襲いかかろうとする女ターミネーター=ローケンに、シュワ・ターミネーターのロケットランチャーが火を吹いた。

 ドッカ〜ン!

 一気に彼方へ吹っ飛ばされる女ターミネーター=ローケン。今がチャンスだ。

 「早く乗れ!」

 ここはためらっている場合ではない。デーンズは迷わずシュワ・ターミネーター運転の霊柩車に乗り込む。だが、女ターミネーター=ローケンはドラッグ満タンのベン・ジョンソンみたいに猛然と走り出す。突っ走る霊柩車を汗一つかかずに走って追いかけて来るではないか。やがて霊柩車の屋根にへばりつき、その屋根をひっぺがしてコナー=スタールを殺そうとする。ここでシュワ・ターミネーターがどんなウルトラCを使って彼女を振り落としたかは詳しく書かないが、ともかくは再びシュワ・ターミネーター一行は難を逃れることとなった。

 だが、この霊柩車もボロボロだ。彼らはキャンプ地に停車中のキャンピング・カーに乗り換える事にする。ここでシュワ・ターミネーターは聞き捨てならない事を言い出した。市街地から全速力で脱出しなくてはいけない。

 なぜなら、核戦争開始まであと3時間…。

 「審判の日」は回避された訳じゃない。しかも、それは事もあろうに今日だった!

 シュワ・ターミネーターはコナー=スタールを核戦争から守るために派遣されたのだ。いや、彼だけではない。ここにいるデーンズも守らねばならない一人だ。なぜか?

 何とデーンズは未来のコナー=スタールの妻だと言うのだ

 そんなこんなでしばし嬉し恥ずかしの照れ笑いを浮かべてる二人だが、実はそんな事をやっている場合じゃない。「スカイネット」はどうなった? なくなったんじゃないのか?

 そう。先にも述べたように、「スカイネット」はデーンズの父親アンドリュース将軍の管理下で開発が終わっていた。それがこの日、ついに稼動することになると言うのだ。それが分かっていて、手をこまねいて見ていていいのか?

 これからアンドリュース将軍の元に駆けつけて、「スカイネット」の稼動を止めようと主張するコナー=スタール。だが、シュワ・ターミネーターはまるで言うことを聞かない。ところがシュワ・ターミネーター、なぜかデーンズが言うことには耳を貸したからコナー=スタールは気に入らなかった。ともかく、残りわずかな時間ではあるが、彼らは万が一の可能性に賭けて「スカイネット」の戦略本部に向かっていった。

 だがその戦略本部では、職員に化けて女ターミネーター=ローケンが先回りしていた。それだけではない。いまや全世界のネットワークが異常を訴えており、アンドリュース将軍は「スカイネット」稼動の命令を政府から受けとっていたのだった!

 

どう考えたって悪い予感しか浮かばない第三作

 あれだけ見事な続編が出来上がりながら、今さら第三作がつくられるとは思わなかったよね。しかも「ターミネーター」と言えばこの人…ジェームズ・キャメロンは降りてしまった。主役のシュワちゃんは前のままだが、彼はいまや落ち目だから「ターミネーター」にすがるより他なかった訳だし。大絶賛の前作「ターミネーター2」はもはや12年前の作品。あの後、SFアクション映画はガラリと様変わりしてしまった。どう考えたって今ここで「ターミネーター3」なんてつくる意味が感じられなかったし、出来ても設定に無理に無理を重ねたしょーもない出来映えの作品でしかないだろうと思われた。おそらくは誰もがこの「ターミネーター3」に、そんな予想しか立ててなかったと思うよ。この夏のビッグ・バジェット・ムービーで、「マトリックス・リローデッド」や「チャーリーズ・エンジェル・フルスロットル」を挙げる人はいても、この「ターミネーター3」を期待作としていた人はほとんどいなかったんじゃないか。

 だって、やっぱり、何を今さら「ターミネーター」

 もうやる事は決まってるし何の新鮮味もないし、あそこでキッチリ終わったカタチになっているのに、無理無理続けさせたようにはなるだろうし。何でこんな企画立てたのかなぁ…と、正直言って頭抱えちゃってた。

 聞けばこの企画、制作はマリオ・カサールとアンドリュー・バイナの二人ではないか。またしてもこいつらか! マリオ・カサールの方は前作「ターミネーター2」の制作者でもあるが、ここはこの二人がその制作会社である「カロルコ」のオーナーだった事に注目すべきだろう。その二人の名前を聞いたら、僕にはますますこの「T3」って期待出来かねる作品に思えたんだね。

 この二人、どうも氏素性がどことなく胡散臭いことに関しては、同じハリウッドを席巻した外国人プロデューサーたち…例えばメナハム・ゴーランとヨーラン・グローバスなどと五十歩百歩。ここに、こんな連中と一緒にしては申し訳ないがイタリアの大ベテラン・プロデューサーのディノ・デ・ラウレンティスも加えれば、おおよそ海外のハッタリ系プロデューサーがハリウッドで大成功して没落していくパターンが読める。

 例えば1960年代からハリウッドと手を結んで大作を連発してたデ・ラウレンティス。「バラキ」あたりから本格的に制作拠点をハリウッドに定めて大作・話題作を連発。彼の会社「デ・ラウレンティス・エンターテインメント・グループ」の名の下に、「コンドル」「フラッシュ・ゴードン」「オルカ」「ハリケーン」「砂の惑星」などなどなどをジャンジャンつくった。そのキャリアの頂点が超大作「キングコング」リメイク。しかし大作主義で湯水のごとく制作費を使いながらも、どれもこれも何となく大味な映画ばかりでヒット作も出なかった。結局行き詰まって会社をツブしてしまったのはご存じの通りだ。

 ゴーラン=グローバスは…と言うと、元々この二人はイスラエルの映画人。最初は筆下ろし映画(笑)「グローイング・アップ」シリーズなんかを本国でチマッとつくっていたが、いつの間にか「キャノン」グループを率いてハリウッドで数々の大作を連発した。と言っても、ここはちょいと地味めなラインナップで、「暴走機関車」「デルタ・フォース」、チャールズ・ブロンソンの「デス・ウィッシュ」シリーズの後期の作品、「スーパーマン4/最強の敵」、さらにはスタローンの「コブラ」もここ。果てはなぜか「ゴダールのリア王」なんてのもつくってるから、何を考えてるんだか分からないんだけどね。ともかく彼らも使った金ほどは儲からずに、最後は尻すぼみとなったわけ。

 で、ここにご紹介するカサールとバイナだ。カサールはレバノンのベイルート出身、バイナはハンガリーはブダペスト出身と言うから、明らかに彼らもハリウッドから見たら雑種の連中って事になる。この二人が組んでつくった映画会社が「カロルコ」。ここは何と言ってもスタローンの「ランボー」シリーズが筆頭だろう。これで大きく当てた「カロルコ」は、またしてもよせばいいのに金をつぎ込んで次々作品を作り出す。「トータル・リコール」「氷の微笑」「クリフハンガー」「ショーガール」…ま、大体このラインナップを見ればお分かりいただけるんだけど、デ・ラウレンティスやゴーラン=グローバスが大味なバカ映画つくりつつもどこかヨーロッパ・テイストのハリウッド移植をめざしていたのに対して、このカサール=バイナはまったく屈託のない馬鹿力派。でもって、ここも作品数を激増し始めてから財政がおかしくなった。この「カロルコ」晩年の徒花が「ターミネーター2」。この大ヒットで本来なら一息つけたはずなのに、カサール=バイナがそれまでにつぎ込んでいた金はそんなものでは追いつかなかった。結局、彼らの野望も行き詰まってしまったんだね。

 そんな二人…それも最後の頃にはバイナはコンビ解消して「カロルコ」から離れてさえいた。だから、そんな連中がハリウッドの現役復帰…しかも再びコンビ復活を果たしての第一線復帰なんて考えるべくもなかったんだね。これには正直驚いた。あっちの映画人ってのはバイタリティあるのかなぁ。それともプロデューサーなんて人種は、どんなに失敗して破産してもハッタリだけで復活出来るのだろうか?

 ともかくそんな二人が凝りもせずに「C-2ピクチャーズ」なる会社を旗揚げして、「昔の名前で出ています」的に名を連ねた「ターミネーター3」と来れば、ますます期待出来ないのも無理はないだろう? 結局こいつら「ターミネーター」の使用権だけは押さえてたのかと思ったら、どうやら「カロルコ」空中分解の折りにどこかにいってしまった権利を、わざわざ多額の金を積んで買い戻したらしいんだけどね。とにかくここで一発勝負に出て返り咲こうという時に、頭に浮かんだ切り札が「ターミネーター」しかなかった訳だ。なるほどキャメロンが乗る訳がない。どう考えても第三作制作の動機が不純過ぎるもんねぇ。

 こりゃ絶対ダメ映画だよな…。

 そんな訳で、僕がほとんど見ないで済まそうと決心していた矢先、あちらこちらから意外な評判が聞こえて来たんだよ。

 「ターミネーター3」が面白い。

 ハッキリ言って信じがたかった。ひょっとしたらアンチ「マトリックス」な連中が、ちょっとアナクロなイメージの「ターミネーター」引き合いに出してこっちがいいなんて無理矢理言ってるだけじゃないのか。だって作品の成立過程からして、何となくロクな作品になりそうもないじゃない。

 ところがどっこい、現物に接して驚いたんだよね。

 本当に面白いんだ。これはスゴイ事だよ。どうやったってうまくいきそうもない、今さら鮮度なんてまるでないはずの「ターミネーター」が、これほどに面白い。一体なぜなんだ?

 

ハンデこそを強みにして「マトリックス」に対抗

 意外な面白さの「ターミネーター3」。その秘密を考える時、やっぱりここで「マトリックス・リローデッド」を引き合いに出さない訳にいかないんだよね。

 ハッキリ言ってこの夏に新しい「ターミネーター」を出すにあたっては、絶対「マトリックス・リローデッド」のことが作り手の頭に浮かんだと思うんだよね。そのタイミングはともかくとして、スケールでっかいSFアクション大作としてつくろうとすれば、どうしたって「マトリックス」以後は“アレ”を意識せずにはいられない

 そう考えると圧倒的に「ターミネーター」は不利なんだよ。

 ほっそりとシェイプアップされ、スタイリッシュに洗練されたキアヌに対して、思いっきり鈍重で図体でかくてアナクロなシュワ。そのスピード感とシャープな映像感覚が売り物の「マトリックス」に対して、パワーだけで押し切る「ターミネーター」。CG技術と言えば「ターミネーター2」のT-1000が映画に新たなスタンダードを作り上げたと言えるが、皮肉なことにそれをすでに一回やっている以上、このシリーズでCGを前面に出した敵や見せ場づくりはもう出来なくなっていた。一方「マトリックス」の見せ場の根幹は、そのCGによる画面づくりだ。時代の要請から見ても、シリーズの持つ性格から言っても、「ターミネーター3」はハンデがありすぎなはずなんだよね。

 そして、僕らも何となくそのへんを嗅ぎ取って、「ターミネーター3」に期待が持てなかった。

 ところが作り手は驚くべき手に出たんだね。ハンデを逆に思い切り拡大して、すべてメリットに転換したんだ。そしてそれが明確に出来たのは、皮肉なことに「マトリックス」があったからだ。

 スピーディーに軽やかに動き、空まで飛べるキアヌ。対するシュワは先ほど言ったように身が重く、力持ちだが動きも鈍い。何でもアリのアクションの「マトリックス」に対して、「ターミネーター」は身体は壊れていくし、空だって飛べない。武器も乗り物も、衣服だって調達して来なければ手に入らない。

 ならばどうするのか。今まで以上に「ターミネーター」の「ターミネーター」ぶりを、「ターミネーター」の「ターミネーター」たる所以を、さらに一段と強調するしかない。こちらのキャラを思いっきり際だたせて勝負するしかない。ハンデならハンデをあくまで強調した方がいい。何でもアリ…に対するは、あれこれ不自由なハンデのみ。ならばそのハンデは、使いようによっては面白味にもなるではないか…。

 だから「ターミネーター3」のアクションは、スピードよりも重さが強調される。クレーン車が暴れ狂うカー・アクションを見よ。ちょうどたまたま「マトリックス・リローデッド」の最大のヤマ場がハイウェイのカー・アクションであるというのは、偶然ながらも非常に面白い。比較すればなおさら「ターミネーター3」の作り手の意図が明確になる。

 ひらりひらりと舞うようにアクションする「リローデッド」の面々。対する「T3」のシュワは常に重たそうなガチンコ勝負だ。文字通りホントに「ガチン」と音がしそうなアクションの連続。「リローデッド」ではパトカーですら日本刀でスパッと斬れてしまうけど、「T3」ではクレーン車がねじ曲がって横転するや周囲の建物は砕け散り、路面にはヒビが入る。そして凄まじい地響き。ちゃんと金属やコンクリで出来ている感触が強調されるのだ。

 「リローデッド」のキアヌはじめ主役たちは、汗もかかずに涼しげにアクションするが、「T3」シュワはクレーンに吊されボコボコ。ロボットなのに傷だらけになったりする。シュワと女ターミネーターとの対決は、回りのあらゆるモノをブチ壊しながらの痛そうな激闘だ。いや、ロボットだから痛くはないはず。だけど不思議に見る側はロボットに感情移入して見るし、何しろ両者の重量感がやたら強調されるから、ガチンガチンと骨がぶつかりきしむような壮絶アクションに見えるのだ。

 しかも銃弾が飛んでくれば身軽に避けたり、ピタッと止めてしまえるキアヌだが、こちらシュワは一切避けようとしない。避けられないのだ。だからバンバン撃たれても微動だにしない。身軽に動けなければ、逆に動かなければいいのだ…と言わんばかりの堂々ぶりだ。

 ま、とにかく何をとってみても、終始一貫重厚な金属のぶつかり合いのような感触が強調されるアクション描写なのだ。これはハッキリと「マトリックス」のアクションの極北に位置しているよね。ま、これはどっちが良い悪いの問題じゃないよ。ただ、いささか劣性に回った「ターミネーター」が今「マトリックス」に対抗していくには、このやり方しかなかったんだと思う。

 というわけで、当面ぶつからねばならない敵とおのれを冷静に比較した結果、むしろハンデを強調することでその劣性を覆せると彼らは踏んだに違いない。いろいろ見た結果、彼らはどうしたって「マトリックス」を意識してこの映画をつくらざるを得なかったし、絶対にそうしていると確信したよ。そして中途半端に問題を改善して敵を追いかけるくらいなら、いっそ全く逆にハンドルを切った方がいいと判断した。ハンデこそが「ターミネーター」の特徴であり魅力だと再認識した。だから作り手の意識の底には絶対に「マトリックス」がある。「マトリックス」があったからこそ、作り手たちは「ターミネーター」が本来持っている要素を改めて再認識する必要に迫られた。逆に言えば、「マトリックス」がなければ「ターミネーター3」は果たして面白い映画になったかどうか分からないね。

 また、上にも述べたように「T2」でCG全開の強敵T-1000を出してしまったために、今回はよほどスゴイ技術を駆使しなければそれには及ばない。そのため直球ではなく変化球で勝負に出たのも賢い作戦だった。女ターミネーターとの対決ならば、不毛な技術のエスカレートに疲弊することなく、確実に作品に変化と新鮮味を盛り込める。この、どう見ても華奢な若い女が屈強なシュワと対等の…いや、シュワに勝る戦いを繰り広げるのが、何とも作品の興味を盛り上げる。金や技術じゃないアイディアなんだ。いやぁ、考えれば考えるほど、これは隅々までクレバーな作戦だよね。

 監督は「U-571」のジョナサン・モストウ。確かにあの作品は硬派のサスペンス・アクションとして良く出来ていたが、「T3」でここまでやるとは思っていなかった。大した男だ。奇妙なことに、前作「U-571」は先ほど話題に挙げたデ・ラウレンティスのハリウッド再出発作品でもある。この人はすでに、そんなハッタリ・ケレン味たっぷりな老練プロデューサーとの作品づくりを通過してきたんだね。だからこそ、カサール=バイナなんてヤマっけたっぷりなプロデューサー・チームに惑わされることなく、今回の諸々のハンデをモノともしなかったのかもしれない。

 物語もなかなかひねってるし面白いよ。最初はデッチ上げなお話でどうしようもないんじゃないかと危惧していたが、そもそもタイム・パラドックスを考えるとこの物語はむしろ理に適ってる。実は上のストーリーにはあえて書かなかったけど、この他にもいろいろ面白い趣向が満載してるんだよね。そんな脚本の工夫も認めておきたい。女ターミネーターの方が性能が上で強いとか、シュワ・ターミネーターがクレア・デーンズの言うことしか聞かないとか、一貫して「女上位」の設定になっているのも愉快だ。

 アーノルド・シュワルツェネッガーは、ここ最近不遇が続いていた。彼の出演作は傑作アクション・コメディ「トゥルーライズ」を最後に下降線を辿る一方で、「ジングル・オール・ザ・ウェイ」「イレイザー」「バットマン&ロビン/Mr.フリーズの逆襲」「エンド・オブ・デイズ」「シックス・デイ」とことごとく失敗。かろうじて前作「コラテラル・ダメージ」が幾分マシだったとは言え、絶好調時の勢いは望むべくもなかった。一時はハード・アクションとコメディを両輪にして芸域を広げていこうと考えていたのだろうが、過度に「普通人」の役柄に取り組もうとしたのが裏目に出たのだろうか。

 考えてみれば、彼がコメディに出演した最初の二作「ツインズ」「キンダガートン・コップ」は、決して「普通人」の役柄ではなかった。シュワがやるからこそオカシイという、彼ならではの役になっていたはずだ。それがなまじ成功したものだから役柄をどんどん「普通人」の方向にシフトしていったのだろうが、最初の「シュワだからこそ」の部分が欠落していった事に気づかなかったんだね。さらには肝心のアクション映画でも「普通人」のイメージで取り組んだものだから、ますます泥沼化していった観があった。それって別に「シュワでなけりゃ出来ない役」…じゃなかった。シュワって人は元々、他の俳優にはない際だった個性で売る役者だ。だから彼がやる必然性がないのなら、むしろ彼がやらない方がいいって事になりかねない。

 そんな訳で、近年のシュワはハッキリ言ってもう何をやってもダメの雰囲気も漂っていたんだよね。今回だって「こいつにはターミネーターしかないのか」との陰口も出たはず。

 しかし…やっぱり、何と言ってもシュワのターミネーターは素晴らしい。何だかんだ言っても生き生きしてるよ。彼の個性が生きている。おそらくはこのターミネーター演技の原型は、マイケル・クライトンが自ら監督として発表したSF映画の佳作「ウエストワールド」での、ユル・ブリンナー演じるガンマン・ロボットに求められるだろう。だが今回の作品あたりまで来ると、もはやこれはシュワルツェネッガーの「至芸」の域にまで達していると言える。いや、これは決して冗談なんかじゃないよ。

 そして感情表現がないのに…いや、ないからこそ、何よりも雄弁に人間味(?)がにじみ出る。女ターミネーターとのガチンコ勝負での痛そうなこと。相手の性能が遙かに上回ってて勝ち目がないと知りつつ、女ターミネーターに必死で食らいつく健気とも見える姿。そしてこの女ターミネーターにプログラムをいじられ、コナーを殺す命令と守る指令に引き裂かれるあたりの悲痛さ。シュワは無理して人間味なんて演じる必要はないよ。演じないでも人間味は表現出来るんだ。演じない方が表現出来るかも(笑)。ターミネーターをこんなに見事に演じきれるだけで、僕はシュワは映画俳優として立派じゃないかと思うよ。そして、それこそがシュワの役者としての資質なんだと思う。やっぱり自分のこの持ち味を大切にして欲しいね。「私にはどうすることも出来ない、私は単なる機械なんだ!」というセリフなんか結構泣かせてくれるからね。

 あとジョン・コナー役が「T2」のエドワード・ファーロングから似ても似つかぬニック・スタールに変更されたこと、一見かつてのポジションより格落ちしたかのようなクレア・デーンズの出演…と、見る前にはイヤな予感を助長するだけだった幾多の要素も、ことごとく成功している。これはほとんど奇跡に近い。こんな事ってあるんだねぇ。

 それと言うのも、金や技術をつぎ込んで問題を解決するだけでなく、あくまで観客の想像力に任せたことが効いていると思うよ。特殊効果や物量でT-1000より上回る迫力を演出するよりも、女ターミネーターというワン・アイディアで新鮮味を出したあたり、元々感情表現なしで人間味を醸し出すターミネーターのキャラクターをさらに強調して悲壮感やユーモアを盛り上げたあたり…それらって実際に何でもかんでも画面に出したのでは、決してここまで効果的に訴えかけてこないものなんだよね。どんなCGもSFXも観客の想像力には及ばない。あれって痛そうだなぁ、つらそうだなぁ、凄そうだなぁ…と観客が心の中で思いこんだ時、この映画のパワーは何倍にも膨れあがったはずだ。 想像力の余地があってこそ、映画の中の世界って豊かになるんだからね。

 今のアメリカ映画って技術や金で何でも画面に出せるから、何もかもトゥマッチで饒舌に過ぎるきらいがある。だから大味なんだ。この「ターミネーター3」はSFX大作なのに、そんな余白やあえて見せない語らない部分を持っているところが優れているんだよ。ここのところを見逃したくないな。

 しかもしかも、何とこの映画ってこれほどのボリュームにして上映時間を2時間切ってしまうコンパクトさなのだ。このシェイプアップされた無駄のなさ。最近の娯楽大作って言うと何でもかんでも2時間どころか2時間半、3時間を超えるものまでゴロゴロする昨今。これがDVDになったらディレクターズ・カットでさらに増量なんて事がまかり通るご時世に、この贅肉のない映画づくりは見上げたものだ。自分の作品を冷徹に「切る」勇気を持っているモストウ監督については、今回大いに評価すべきだと思うよね。

 唯一ないのが…ジェームズ・キャメロンが以前の作品に込めたメッセージ。特に「T2」に関して言えば、ほとんど「反戦映画」に近いほど強いメッセージ性があったよね。そしてグッと来る泣かせどころも盛り込まれていた。だが今回はさすがにジョナサン・モストウはそこまではやらず、ひたすら贅肉のないアクション映画づくりに的を絞っている。まぁ、それはそれで潔い態度だとは言えよう

 いや、そうは言ってもこの映画の衝撃的なエンディング…「そこまでやるか」と思わされる幕切れは、そんな不足を埋め合わせて余りある。いやぁ、思い切ったよね。ついにやっちゃったって感じだ。

 そんなこんなで、決してこの映画は大型予算だけつぎ込んだ馬鹿力映画でも、技術や特撮に頼ったひ弱な作品でもないよ。近来こんなに知恵を絞ってつくったアメリカ製娯楽映画もないんじゃないか?

 ハンデこそ強み…そんな逆転の発想こそ知性の証明だと思うからね。

 

 

 

 

 

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