「コーリング」

  Dragonfly

 (2003/06/16)


気づいてみれば40代にして早や老眼

 僕の髪が薄くなって来たのは、一体いつの頃からだろうね?

 まぁ、父親が薄い方だったから、いつかは来ると思ってはいたんだ。しかも髪は針金のように硬い。だから、時間の問題だとは思っていたんだよね。

 それがいつの頃からか柔らかくなって喜んでたんだ。ところがそれって髪質が変わったって事。つまりは髪が薄くなる第一歩ってわけだったんだね。

 そりゃあその頃は僕も若かったから大いに焦った。それでも、まだそんなに表面化していた訳ではなかったから、僕も自分で気のせいだと思えたんだね。周囲も僕に気のせいだとばかり言っていた。だから、それなりに安心したりもしていた。でも、気のせいなんかじゃなかったんだよ。

 30歳前後からズボッと抜けてきた。傍目にもこれはヤバイと思える頃には、さすがに誰も気休めを言わなくなった。僕も最初はいろいろ往生際の悪いことをやってはみたが、結局は無駄と分かったからごまかしもしなくなったね。

 で、そんな状態で早くから髪が薄いと自認しちゃったから、後は楽だった。今頃になって髪が薄くなって焦っている友人を見ると、ちょっぴり可哀相になる。あんなの慣れれば同じなんだけどね。それでも抜けてる最中には何とかしてみたくなるんだろう。

 僕はその後、薄くなるだけなって止まったが、今度は白髪が増えて来た。まぁ、歳相応ってやつだろう。そのうち外見に実際の年齢が追いついて来たから、別におかしいこともなくなった。

 だが、今度は来るべきものが来たんだね。

 何と、老眼になってきた!

 最近どうも何か読んでいて目が疲れるとは思ってたんだ。小さい文字を見るのが疲れる。それも近づけて見ようと思うと疲れる。そこでどうも変だなと気づいた訳だ。

 そもそも僕は両眼とも視力1.5をずっと保って来ていた。だから、ここで近眼になる訳もないのだ。しかも相変わらず遠くのものはよく見える。ってことは遠視?…いやぁ、この歳ならそりゃ老眼だろう。

 それにしても老眼とは!

 これには僕も、さすがに髪が薄くなった時よりもこたえた。僕は目がいいことだけは自慢だったんだ。それも、自分を取り巻く状況もイマイチで、何とか人生立てなおしを図ろうとしていた矢先だ。ガックリ来ちゃったんだよね。

 オレはもう老眼だ! 老眼、老眼、老眼、老眼、老眼…。

 だけど、今はそれを隠そうとは思わない

 思えば僕は、今までずっとどこか突っ張ってカッコつけて来たところがあるんだ。それは世間の他の人々のようなええカッコしいとは違う。僕のことをカッコつけてる奴と思う奴はいまい。だけど、僕は僕なりのカタチで、どこかええカッコしいでごまかして来たところがあるのだ。そして、そんな無理が無理を呼んで、気づいてみればこのテイタラク。やっぱりそんなごまかしは通用しないんだよね

 だから、僕はハッキリ言うよ。僕はもう老眼になりつつある。目が見えないんだ。もういいかげん歳なんだよ。でも、それをハッキリさせた方がいい。

 本当に人生立て直したいなら、小手先のごまかしなんてしない方がいいに決まってるもんね。

 

それは亡き妻からのメッセージなのか?

 医師ケビン・コスナーの妻スザンナ・トンプソンは、身重にも関わらず南米ベネズエラでの医療活動に身を投じていた。だが、この国を危機的な悪天候が襲う。心配するコスナーが現地に飛ぼうとするが、ビザの入手が遅れたり現地の事情からなかなか思うに任せない。やっと隣国までやって来たコスナーは、電話で何とか妻トンプソンと連絡をとることが出来た。聞けば彼女はバスで現地を脱出しようとするところ。彼女はバスの出発にせき立てられ、慌ただしく電話を切った。

 ところがバスは折からの豪雨で山道の路肩を踏み外した。そこに激しい土砂崩れが襲いかかる。かくしてトンプソンの乗ったバスは、谷底深く転落していったのだが…。

 コスナーが現地に着いた時は、すでに手遅れ。バスは急流の底深く沈んだまま。決死の覚悟で潜ったダイバーは、バスの中に残された乗客全員の死亡を確認。だがあまりの急流のため、遺体を回収は出来ないと言う。諦めきれないコスナーだが、いかんせんどうすることも出来なかった。

 こうして妻トンプソンの葬儀がしめやかに執り行われ、コスナーは再び普段の日常へと帰っていった。ただし、もうそこに愛する妻の姿はない。

 そんなコスナーは、ロサンゼルスの大病院に勤める有能な外科医だ。今日も今日とて次々と急患が運び込まれる多忙な日々。だがコスナーはそんな多忙さの中で自分のやりきれない思いを紛らわすかのように、休みもとらず仕事に没頭した。そして、その仕事の仕方も問題だった。

 瀕死の状態の妊婦がいれば、インフォームド・コンセントもとらずに手術しようとする。自殺未遂の患者がいれば、「死にたがる奴に用はない」とばかり後回しにする。さすがにそんなコスナーの態度は問題になった。上司のジョー・モートンも、そんなコスナーの態度をたしなめる。「ハッキリ言って迷惑なんだよ、休暇をとったらどうだ?」

 そんな言われようにますます意地になるコスナー。旧友たちが心配して飲みに誘ってくれるが、コスナーは心ここにあらず。それなのに旧友たちは、今は亡きトンプソンの話を持ち出してくる。一人の友人などは彼ら夫婦のことを褒めそやすつもりで、勢い余って「ハートは奥さん、頭脳はオマエの最強のコンビだった」などと口走る。これにはコスナーも「どうせオレにはハートがないよ」とひねくれた答えしか返せない。悪気はないとは分かっていても、今は何を言われてもキツくこたえるコスナーであった。

 帰宅すると、今度は夫婦で親しく付き合ってきた、隣のオバサンのキャシー・ベイツが寄ってくる。彼女もコスナーを心配はしてくれるが、自身もかつて娘を亡くした経験があるからか、変にベタついた同情を寄せて来ないのが救いだ。

 今夜ベイツは、預かっていた小包を届けにやってきた。それは、事もあろうに亡き妻のトンプソンが買って、家に送ったものだった。

 それは、「とんぼ」のモビール。

 生まれてくるはずだった赤ん坊の部屋に、これをぶら下げようと買ったらしい。コスナーはますますやりきれなくなった。

 「とんぼ」は、妻のトレードマークみたいなものだった。

 昔、二人で来世について語ったことがある。コスナーは鳥になりたいと言ったが、妻のトンプソンは「とんぼ」を選んだ。以来、彼女と言えば「とんぼ」。コスナーは彼女にプレゼントを買うたびに「とんぼ」のアイテムを買っていたし、本人も事あるごとに「とんぼ」グッズを集め始めた。かくして、今この家は「とんぼ」グッズで溢れている。どこを見てもどこかに「とんぼ」…それがコスナーの胸を締め付ける。

 そんな彼が今夜もうなされてベッドから飛び起きてみると…。

 何と机の上に置いてあった重たいガラスの文鎮が、なぜか床に落ちてゴロゴロ転がっている。こんな重いモノがなぜ一人でに転がったのか? その文鎮には、例によって「とんぼ」の図柄…。

 翌日、コスナーは病院の同僚医師ロン・リフキンに、昨日起きた数々のナゾを語る。帰宅したら届いたのが「とんぼ」のモビール、夜中落ちて転がった「とんぼ」の文鎮、そして…実は昼間コスナーの部屋の窓に「とんぼ」がぶつかってきた。どうしてこうも「とんぼ」づくし? そして「とんぼ」と言えば妻だ。ひょっとしたら、妻トンプソンはコスナーに何か伝えようとしているのではないか?

 まさか…と同僚リフキンは一笑に付すが、コスナーは大マジ。さらに彼はこの日、妻とかねて約束していたように、小児ガン病棟の子供たちを見舞うことにしていた。元々妻トンプソンはこの小児ガン病棟の医師。今回ベネズエラでのボランティア医療でしばらく留守をする間、コスナーが子供たちを見舞う約束をしていたのだ。

 だが、小児ガン病棟の壁に貼ってある妻トンプソンの写真を見ると、またまた落ち込み始めるコスナー。妻との約束とは言え、やっぱり来なきゃよかったか…などと思い始めた折りもおり…。

 「ケビ〜ン、ケビ〜ン!」

 夜の静まりかえった小児ガン病棟に、なぜかコスナーを呼ぶ叫び声が! 一体どこから、一体誰が?

 「ケビ〜ン、どび〜ん、ハゲちゃび〜ん!」

 ムムッ、頭のてっぺんが最近とみに寂しくなったコスナーが一番言われたくないことを、一体誰がデカい声張り上げて叫んでいるのだ? これにはコスナー、思わずムカッとしてあたりを見回した。

 すると…、瀕死の状態でベッドに横たわる少年が、医療スタッフによって慌ただしく集中治療室に運ばれていく。

 「ケビ〜ン、どび〜ん、ハゲちゃび〜ん!」

 むむっ? あのベッドで意識不明の少年が叫んでいるのか? 一体どういうことだ? コスナーはドサクサに紛れて医療スタッフと共に集中治療室に潜り込む。だが、少年の容態は芳しくない。やがて心臓の鼓動も止まってしまう。医療スタッフは慌てて電気ショックを与えるが、何度やっても心電図に動きは戻って来ない。

 「もうダメか…」

 医療スタッフが諦めて、少年からちょっと目を離したちょうどその時…。コスナーの目の前で、その異変は起きた。

 カッと目を見開く少年。彼はガバッと起きあがると、コスナーに向かって叫んだ。

 「ハゲちゃび〜〜〜ん!」

 何だとこのガキャ〜!…と、思わずコスナーは少年に怒り心頭で飛びかかろうとする。それに気づいた医療スタッフは、「誰だこいつは?」と紛れ込んだコスナーに気づき、彼を羽交い締めにして取り押さえた。

 すると…心電図がまた鼓動を感知した!

 「生き返ったぞ!」

 何と、絶体絶命だったこの少年、コスナーの目の前で奇跡的に生き返ったのだ。それにしても、さっきは本当に目を見開いたはず。それに、その声も…。コスナーは何とも不可思議な出来事の連続と、「ハゲ」と図星を指摘されたことに、すっかり当惑し切っていた。

 翌日、コスナーが小児ガン病棟を訪れると、例の生き返った少年ロバート・ベイリー・ジュニアが元気に絵を描いている。いや、正確には絵ではない。何か十字架がフニャフニャにひん曲がったような、不思議な図形をいくつも描いているのだ。そして、これは少年の頭に浮かんできたものらしい。

 しかも彼は妻トンプソンと会ったと言うのだ。会ったこともないのに、コスナーのことも知っていた。昨夜集中治療室にいた事も知っていた。彼の魂が身体から抜け出して、天井からコスナーのことを見下ろしていたと言うのだ。

 「僕、上から見ていたんだよ。だってオジサン、頭のてっぺんにハゲがあるでしょう?

 なんだとっ? コスナーはすっかり平静さを失っていた。そ、そ、そ、そんなぁ…坊や、僕はハリウッドの大スターのケビン・コスナーだよ、ハ、ハ、ハ、ハゲなんかあるわけがない、何かの間違いじゃないか坊や…と口調は優しげで顔にも笑みを浮かべてはいるものの、目はハッキリと笑っていないコスナー。なぜだ? あんなに隠していたのになぜだ? 毎朝高い金を払ってビバリーヒルズの美容師にハゲ隠しさせているのに…。「ウォーターワールド」でも莫大な金を使って、全カットをCGでハゲを消させたのに…なぜこのクソガキはオレのハゲを知っているのだ?

 この少年ベイリー・ジュニアは、妻トンプソンから言づてをいいつかって来たと言う。だが、肝心の言づての内容を忘れていた。覚えていたのは、妻トンプソンが虹の中にいたということだけだ。例のフニャついた十字架まがいの図形についても、彼は思い出せない。

 そこへベイリー・ジュニアの父親が入って来たが、彼はニヤニヤ笑うとコスナーを見つめた。何だこのオヤジ、こいつまでオレのハゲをバカにするのか…と身構えていたコスナーだが、少年の父親は笑って天井の鏡を指さした。なるほど、こいつでハゲを見つけたのか…とコスナーはようやく納得がいく答えが見つかったのでホッと一息。万事この調子で、ベイリー・ジュニア少年の父親は、息子の死語の世界の話をハナっから信じちゃいなかった。なぁんだ、このガキのハッタリか。…ん? いや、待てよ? それじゃ、オレの事を知っていたのは何でだ?

 翌日、またまたこの小児ガン病棟を訪れたコスナーは、別の男の子がまたしても同じようなフニャついた十字架の絵を描いているのに出くわす。しかも、彼は妻トンプソンがこの病棟を離れた後に入院したのに、やっぱり彼女のことを知っていた。しかもコスナーのことも…。ただし今度はハゲのことを指摘されず、思わずコスナーは胸をなで下ろす。

 そんなこんなで混乱するコスナーを、ご近所のキャシー・ベイツは心配しきり。まだ妻の死を納得出来ないから、たまたまの偶然を意味づけて考えたいだけだ…とコスナーをたしなめる。そりゃそうだ、彼は妻の遺体を確認出来てない。そこにこんな異変が相次げば、ひょっとしてアレって死んだんじゃないくて「ケビン・コスナーのハゲ隠し」じゃなかった、「千と千尋の神隠し」じゃないのか…などと思いたくもなるのが人情だ。

 同僚リフキンのディナーに誘われても、みんな気を使ってコスナーの機嫌とりながらの会話だから楽しいわけがない。おまけにこの日に限って招待された新参の客は、友人ではなくて精神科のカウンセラーという始末。「悩みがあるなら口に出せば楽になるわよ。最近頭を洗うと何本くらい毛が抜けるの?」

 コスナーもこれにはさすがに頭に来た。やかましい、放っておいてくれ。オレに必要なのはカウンセラーじゃない、アデランスのヘア・サポートだっ!

 それでも、さすがにコスナーが「いくら何でも死者のメッセージはないわな」…と思い始めたある夜のこと。妻にはなついたが自分には全然なつかない家のオウムが、急に口を聞き出した。「ハ〜ゲ〜、ハ〜ゲ〜、ケビンのハ〜ゲ〜!」 

 さらにはこのオウムがいきなり部屋の中で暴れ出して、あれこれをとっ散らかし始めたのだ。さては今、この家に妻が来ているのでは…? そう慌てるコスナーが窓に目を移すと、そこには妻トンプソンの姿が…と思いきや、それはスッと闇に消え失せた。すべて気のせいなのだろうか?

 だが翌朝、それは幻ではなかったことを知る。隣のキャシー・ベイツが片付けを手伝いに来た時、奇妙なものを見つけたのだ。植木鉢が床に落ちてブチまけられた土の上に…そして汚れた窓ガラスに…、あの奇妙なフニャついた十字架模様が、指で描いたように残されていたのだ!

 気のせいなのか、何かあるのか…スッカリ気が動転したコスナーは、誰かのアドバイスが欲しくなった。そして訪れたのは、ある一人の尼僧…。

 彼女リンダ・ハントは、かつてあの小児ガン病棟で働いていた。だがそこで数々の奇跡的な事例を見るうちに、死後の世界の研究に熱中し始めることになった。それがマスコミに知られることとなり、面白おかしく取り上げられて大騒ぎ。その結果、彼女は病院を辞めさせられることになってしまったのだが…。

 だから最初コスナーが訪れても、尼僧ハントは会おうとしなかった。気が変わったのは、コスナーがあのトンプソンの夫だと知ったから。そして、彼が妻のメッセージを何とか理解しようと努力しているからだった。

 いろいろな出来事は、本当に妻が私にメッセージを送ろうとしているんでしょうか? それとも、私がそう思いたいだけじゃんでしょうか?

 そんなコスナーの困惑した質問に、尼僧ハントは丁重に答えた。「それが偶然かなのか必然なのか、その見極めは難しいわね」

 確かに本人の願望が、偶然を必然に見せるのかもしれない。だが、コスナーが今こうして医者となっていることも、元々は昔コスナー本人が医者になることを願ったからだろう。強く願うことが現世をつくる。ならば来世だってあり得るんじゃないか?

 ハゲるハゲると思えばハゲる、ハゲをヘタに隠そうとしてもハゲる、ハゲたくないと思ってもハゲる…って結局ハゲるんやないけ! 「ハゲ」と聞くといきり立つコスナーに、そんな過敏な反応が毛根に悪いとたしなめる尼僧ハント。いささか態度が大人げなかったなと反省したコスナーは、過敏じゃないケビンだっ…とギャグかまして余裕を見せようとする。そんなコスナーを尼僧ハントも励ました。そうそうその意気、この世の中には理屈に合わないこともあるんだから…。

 そんな尼僧ハントの言葉に、いよいよ意を強くするコスナー。

 そんな彼に、さらに衝撃的な事件が起こった。臓器提供者となるのを待つばかりの脳死患者をたった一人で病室で見ていたコスナーは、彼が自分に話しかけてくる声を聞いた。さらに、すでに脳死のはずのこの患者が、いきなり自分の腕をつかむではないか。

 この患者は妻のメッセージを伝えようとしている!

 いよいよ患者から臓器を摘出しようと医療スタッフがやって来た時、コスナーは何とか手術を待ってくれるように頼み込んだ。そのあげく、医療スタッフや警備員相手に病院内で大立ち回り。これには警察が呼ばれる騒ぎとなり、コスナーは隣人ベイツが保釈してくれるまでブタ箱に入れられるハメになった。

 さすがにこれではマズい。コスナーは妻トンプソンの思い出を一掃することにした。もう妻の事は忘れなくてはいけないんだ。未練は捨てなきゃいけない。ハゲたらハゲたでいいんだ、ハゲの何が悪い?

 住み慣れた家を売り家にした。妻の持ち物、衣類も片づけた…はずなのに、なぜかしまったはずの「とんぼ」文鎮は箱から出ているし、洋服ダンスから出した服はずべて元通り。戻って来ないのはオレの髪の毛だけ。…一体こりゃどうなっているんだ?

 そんな折り、家の中にいきなり突風が吹き込んで来た。コスナーが神経使ってセットした髪が乱れた…それはどうでもいい。友人たちが誘ってくれた旅行の観光マップが、風に吹かれて広がった。すると…そのマップの上にコスナーの見覚えのある記号が…。それは例の小児ガン患者の少年達が描いていた、あのフニャついた十字架ではないか!

 聞けば地図上のその記号は「滝」を意味していた。そういえば、妻が現地で最後に写した写真を見てみると、そこには断崖絶壁から激しい勢いで流れ落ちている滝が写っていた。しかもその回りには美しい虹…そういえばあのベイリー・ジュニア少年は、妻は虹の中にいたと言っていたではないか! 

 もうこれ以上待ってはいられない。妻は確かに自分にメッセージを送っている。

 コスナーはただちに、一路ベネズエラへと向かった。妻が消息を絶った、あの滝のある土地をめざして…。

 

オレ様ケビン・コスナー背水の陣のハゲ宣言

 ケビン・コスナー主演作…って言うだけで、何だかイマイチな気がしてくる。いつの頃からだろう。この人の映画って、どこか自己満足みたいなイメージがつきまといだしたんだね。それは多額の制作費をかけながら無惨な出来に終わった「ワイアット・アープ」「ウォーターワールド」「ポストマン」あたりからだと思うんだけどね。しかもこの人の場合、監督主演なんかやるから余計ワンマンでエゴイストでナルシスティックな感じがしてくる。そんなこんなで、近年のこの人の主演作って好意的な目で見てもらえることがほとんどなくなった気がするよ。そのせいか、彼のスターとしての輝きも心なしか冴えなくなってきたし、作品も下降線を辿っているように思える。ハッキリ言って崖っぷちなんじゃないかと思ってたんだよね。

 おまけに今回の作品、亡き妻の面影を胸に生きる男コスナー…なんて、いかにもこの男の自己愛が爆発しそうな題材。えらくクサそうな予感。この人には、かつて「オレってロマンチストだろ?」的な落ち着けがましさムンムンの「メッセージ・イン・ア・ボトル」って作品もあって、これまたどうにもバランスの悪い映画に仕上がっていた。よかったのは助演に回ったポール・ニューマンだけ。いっその事、ニューマン主演で撮って欲しかったとみんなも思ったはずだ(笑)。

 だから…なのか、この映画ってほとんど宣伝もされず、やけにひっそり公開されて気の毒になるくらい。でも、「あの」コスナーだしな。どうせまた自称ロマンチスト路線だろうし。冷たく扱われても仕方あるまい。それでもまだコスナー主演作って懲りずにつくられてるんだねぇ…なんて、僕なんかスッカリ感心しちゃってるほどだ。

 ところが、それは6月1日のことと思いねえ。僕はなぜか突然、このコスナー最新作が見たくなったんだね。これは何かの予感としか思えない。でも、これはひょっとしたら拾いモノかもって気がしたんだよ。理屈じゃない。考えてみると、この日は映画が半額で見れる「映画の日」。ここぞとばかり、何冊もパンフレットを小脇に抱えた連中が映画館に殺到するハタ迷惑な日だ。そんな日にノコノコとヒット映画や話題作に行ったら、それこそ真夏の海水浴場に行くようなもんだ。ならば今日は、話題にも何もなってない、この映画が一番じゃないか。これは、この映画を見ろっていう神のお告げかな(笑)?

 で、だまされたつもりで見たこの映画、もちろん傑作だなんてタンカを切るつもりは毛頭ないが、意外に楽しめる映画なんだよね。

 まず、単なる「オレってロマンチストだろ?」映画じゃなかった

 妻が死んだ後もその死を実感出来ないコスナーが、抜け殻のようになって過ごす日々。そのうち、そんなコスナーの周囲に異変が起こってくる。その異変の描写も最初のうちこそ大人しめに描かれていたものの、途中からはかなり脅かしやら気色悪さが強調されてくる。まるで一種ホラー映画やオカルト映画の趣さえ出てくるんだよね。これにはちょっと驚いちゃったよ。

 最初は身の回りのちょっとした出来事、それが臨死体験した子供たちの証言、そして彼らが描き始める奇妙な記号…と発展してきて、夜の自宅でのオウム大暴れのくだりでは結構ショッカー演出を駆使して怖がらせてくれる。そしてとどめは脳死状態の患者がしゃべったり動いたり…という、完全にホラー趣味の見せ場となる。まぁ、これが完全なホラー作品と思えば大人しい趣向だが、本来はロマンティシズムを強調するような作品だからねぇ。確かに前情報がないまま見ると驚くと思うよ。

 そして一転してベネズエラに舞台が転じると、まるで秘境探検モノのようなムードが濃厚に漂いだす。映画のムードがどんどん変わっていったあげく、用意されていたものはこれまた「ええっ」と驚く結末だ。この映画を見始めた時、そんな展開って誰が予想しただろうね。こんなふうに、この映画は一本で一味も二味も余計に楽しめる、すごくお得な映画なんだよね。見ると儲かった気がすること請け合いだ。特にホラー、オカルト、SF、ファンタジー、ミステリー系の映画がお好きな人なら、かなり喜んでしまう趣向が盛りだくさん。おまけに脇をキャシー・ベイツやらリンダ・ハントといった、「いかにも」この手のジャンル映画に顔を出してそうなクセ者役者が揃えてあるあたりも見逃せない。ま、ちゃんとやる事やってるんだよね。

 そんなこの映画が気持ちよく楽しく見れる映画になった理由の「その2」には、何と言ってもこの主演者この題材から予想される「ケビン・コスナーのオレ様映画」になっていなかったことを挙げねばなるまい。

 もっともこの最近の「オレ様映画」的ムード、実は当のケビン・コスナー自身も気づいているフシがあるんだよね。そこで彼は彼なりにそれを改善しようとしてきた。だから、「ラブ・オブ・ザ・ゲーム」ではあえてクセ者サム・ライミ演出に身を委ねてみたし、「13デイズ」ではどちらかと言うと無名俳優演ずるケネディ兄弟を前面に立て、自分はあくまで引き立て役に回った。僕は未見だが「スコーピオン」では悪役にも挑戦してみたらしい。そんな最近の試みは、確かにそれなりの成果を挙げていたんだよね。

 しかし、それにも関わらず新作が来ればまたまた「オレ様コスナー映画」って言われちゃうんだから、いかに彼の傲慢イメージが定着しちゃったかってことなんだよね。これはコスナー身から出たサビとは言え、かなり頭が痛かったんじゃないだろうか。おまけに人気も作品の勢いも右肩下がりだ。コスナーもただ弱ったと言ってる場合ではないだろう。

 しかも今回はナルシスティックにもロマンチスト気取りにも、なろうと思えばいくらでもなれる題材だ。当然周囲の目もそういう目で見てくるだろうと彼自身分かっていたはず。そこでコスナーは今回思い切って、自らのスター・イメージを賭けた一つの勝負に出たんじゃないかと思うよ。それも、あえてこの題材で、だ。

 従来なら二枚目然としてええカッコしたい気持ちをグッと抑えた結果、自己満足的なシーンを延々と繰り広げるのをやめて、ホラー・スリラー仕立てにして物語の面白みと興味をとったわけ。そしてナゾがナゾを呼んだあげくに最後は秘境探検だ。コスナーが大見得切ったり、深刻な顔をしてポーズとってたり、うっとり自己陶酔しているヒマはない。

 さらには劇中で、コスナーが例のハゲかくし疑惑を自ら暴露だ(笑)。「ウォーターワールド」でコスナーが自分の薄くなった頭髪を隠すために、全編に膨大な費用と時間をかけてCG処理したというあの疑惑。仮に根も葉もない話だとしても、正直言ってこの時期あたりにコスナーに貼り付いてしまった「オレ様」イメージを象徴するウワサだった。これをコスナー自身が知らないはずないよね。だから些細なエピソードとは言え、この自らのハゲについて劇中で言及させているってことは、コスナーの今回の覚悟のほどが伺える点だと言えるんだよね。

 これは決して冗談じゃないよ

 だっていやしくも二枚目然としたハリウッドの主演スターが、劇中で自分のことをハゲと言われるなんて聞いたことないだろう? 別にこの映画ってコメディじゃないんだよ。これってひょっとしたらかなり珍しいことじゃないか? 少なくとも、意識してやろうとしなければ絶対にない設定だ。だから、コスナーは今回すべて分かった上で、あえてこれを言わせていると思う。それも一回や二回じゃなく言わせてるんだから、相当彼なりに計算した上でのことだ。彼ほどの大スターで自らプロデュースも演出もやる男なら、今回だって単に役者としてだけ参加しているわけはあるまい。この趣向には、絶対にコスナーの意向が強く反映しているはずだ。そして彼は自分のイメージの悪化をかなり警戒して、何とか挽回を図りたがっていると思うんだよね。ここまでやらずにいられないってところからして、それは相当な危機感だと思うよ。

 そんなこんなでちょっと新しい趣向でつくってみた今回の作品。それが功を奏してかコスナーのイメージも好転したし、映画もちょっと面白いものになったわけ。そしてさらに…コスナーのスター・イメージの好転という意味では、もう一つ周到な計算があったんだね。

 それは激しい喪失感、失望感に苛まれた人間の「実感」というやつだ。

 映画冒頭、妻を亡くしたコスナーは茫然自失、ほとんど使い物にならない状態で存在する。従来のコスナー・イメージなら、つらいけど耐える男…とか、ボロボロになりながらもそのボロボロぶりに「美学」があったりして、彼のナルシストぶりを満足させていたはずだ。だが、ここでの彼はホントにボロボロ。仕事に気を紛らわすつもりがイライラが高じて適切な処置が出来ていない。病院の上司や同僚も、同情しつつも彼を持てあましつつある感じ。そんな周囲との浮きっぷりにリアリティがあるんだよ。ヒーロー・スター…それもオレ様コスナーが演じてるのに、そんなダメぶりが肯定的に描かれない。普通はダメが美しく描かれたりもするが、別に美しくないわけ。…で、美しくないから親近感がわくんだよね。

 そんなコスナーの身辺に怪現象が続出するに至って、それを妻からの信号と思い始めるのも人情なら、そんなの変だよな…と思い直してみたり…。てんで腰が据わってない退けてる感じが市井の人そのものなわけ。確かにこうなったら自分だってこうだよな…の実感がある。決して「ポストマン」とかじゃないフツーの人なんだよ。だって、彼はハゲてるんだからね(笑)。

 おまけに周囲の人々の反応たるや…したり顔で「同情」されるのもツラいが、それが「無神経」やら「お節介」やらピントはずれの「忠告」などになったひには、本当にカンベンして欲しくなるよ。そんな喪失感や失望感でグッタリしている人間に襲いかかる、表向き「善意」な周囲の人々の反応。その無意識のうちの無慈悲ぶり残酷ぶりに、もの凄くリアリティがあるわけ。僕もこういうのに悩まされ続けたからね。

 市井の人としていつになく親近感がわくコスナーに、こうした「善意」のプレッシャーが容赦なくズッシリとのしかかってくる。それら一つひとつにリアリティがあるからこそ、コスナーの気持ちが我が事のように思えてくる。そこまでいかなくても、ある種の共感は湧いてくるんだよ。だから、その後コスナーが思いのたけをブチまけるようにベネズエラに出掛けていき、かなり強引な行動をとったとしても許せる。少なくとも従来の「オレ様」イメージにはならないわけ。だって彼はカッコつけた男じゃない、ハゲてる普通の男なんだから…。これはかなり考え抜いてのことなんだろうねぇ。

 この映画のトム・シャドヤックって、僕は名前聞いてもピンと来なかったけど、エディ・マーフィーの「ナッティ・プロフェッサー」とかジム・キャリーの「ライアー・ライアー」とか撮った人らしい。まぁこう言っては何だが、あまり明確な作家的イメージのない人だ。だからここは、ケビン・コスナーの意向がかなり強く反映した結果だと思うんだよね。彼の危機感も本気なら、挽回したいという意欲も本気も本気。今回のなり振り構ってないイメチェンぶりを見れば、よく分かる。その本気ぶりには、さすがに見ているこっちもほだされそうだ。

 だって文字通り、ない髪を振り乱さんばかりの頑張りようだもんねぇ(笑)。

 

 

 

 

 

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