「ハンテッド」

 (ウィリアム・フリードキン監督作品)

  The Hunted

 (2003/06/09)


  

野に放たれた人間凶器

 それは1999年、戦乱のボスニアはコソボ。NATO軍の大規模な空爆の最中にも、セルビア人たちの村人たちの虐殺はひっきりなしに続いていた。そんな大混乱の廃墟の物陰に、じっと潜んであたりを伺うアメリカ軍特殊部隊の面々。彼らは虐殺の指揮をとるセルビア人指揮官の暗殺の命を受けて、この地に潜入したスペシャリストたちだ。中でも抜群の腕を誇るのが、今回の暗殺を直接行うことになるベニチオ・デル・トロだ。

 彼らは物陰に隠れて様子を伺い、じっと暗殺のチャンスを待つ。そんな最中にもセルビア人たちは村人を次々虐殺。だが、ここは我慢だ。大きな目的のためには小さな犠牲には目をつぶるしかない。だから彼らはそんな虐殺にも、見て見ぬふりを決め込むしかない

 やがてデル・トロは指揮官がいる建物に潜入。そこで指揮官が一人になる機会をじっと待つ。待っている間も目の前で虐殺は続く。母親が殺され、茫然自失の少女がいる。だが、我慢だ。大儀のためには仕方がない。

 やがて手下たちが姿を消し、指揮官一人になった。そんな奴の背後からゆっくり近づいたデル・トロは、取り出したナイフでその首筋を斬りつける。二回、三回。ほとばしる血。任務完了。

 無事帰還したデル・トロを、上官の賞賛が待っていた。名誉の勲章授与。

 だが夜な夜なデル・トロは、忌まわしい悪夢にうなされる。為す術もなく虐殺される村人、泣き叫ぶ少女たち…。

 ここは雪深いカナダはブリティッシュ・コロンビアの山の中。一人の男が、雪の中に続く血痕を追っていた。追っている男は初老のトミー・リー・ジョーンズ。彼が追っているのは、ワナにはまって傷ついたオオカミだ。やがて動けなくなったオオカミを、トミー・リーはゆっくり近づいて優しく手なずける。「よ〜しよし、いい子だ」

 やがてトミー・リーは近くに生える薬草をつまむと、それをオオカミの傷口に刷り込んだ。「これからは気を付けろよ」

 オオカミを放した後、トミー・リーは山小屋に戻る。そこで談笑するハンターたちを見つけると、先のオオカミを傷つけたワナを彼らの面前に放り出した。「これを仕掛けたのはオマエか?」

 有無を言わさず、ハンターの顔面にトミー・リーのパンチが飛んだ。

 またまた場面変わって、ここはオレゴン州シルバー・フォールズの緑溢れる森の中。二人のハンターがスコープ付きのライフルを構え、シカの姿を追っていた。

 「オマエたちには生き物に対する敬意がないな」

 どこからともなく聞こえてくる声に、ハンターたちは驚く。

 「生き物を殺す時には、それなりの礼儀ってものが必要だ」

 そんな何者かの声に脅かされつつ、銃を手にして気が大きくなっているハンターたちは、傲慢な笑みを浮かべる。すでにハンターたちの興味は、シカからこのナゾの男に移っていた。

 「こっちには銃がある。脅しなんか怖くないさ」

 そんな言葉をあざ笑うかのように、ハンターたちに向かって一本のナイフが飛んでくる。近くの木に突き刺さるナイフ。だがまだハンターたちは、自らの置かれた状況に気づいていない。やがてハンターの一人がワナにハマり、足が動けなくなる。その最中もう一人のハンターが、何者かに襲われた。森の中に悲鳴が響き渡る。動けなくなったハンターの命も、いまや風前の灯となっていた…。

 再びここはブリティッシュ・コロンビアの雪の中の山小屋。戻ってきたトミー・リーを、一人の男が待っていた。それはどうやらトミー・リーの旧知の人物らしい。彼はトミー・リーに頼み事に来たようだが、トミー・リーは彼の訪問を望んではいなかった。「オレはもう足を洗ったんだよ」

 そう、トミー・リーは過去の何かを振り切るためか、今ではこの地の野生動物保護の仕事に身を投じていたのだ。

 だが男は無理やりトミー・リーに封筒を押しつけた。中には写真が数枚。どれもこれも、先日オレゴン州シルバー・フォールズの森の中で襲われたハンターの写真だ。それも、殺されて手足をバラバラにされた惨い死体…。

 ヘリに乗せられたトミー・リーは、一路シルバー・フォールズへと向かっていた。彼はこの残虐な殺しに、ただならぬものを感じていたのだ。

 森の中の現場には、すでに大量の捜査員が動員されていた。ヘリから降りたトミー・リーは、ひどい乗り物酔いに思わずゲロを一発二発。迎えに来たのはFBI女性捜査官のコニー・ニールセン。トミー・リーは手のゲロをぬぐう間もなく彼女と握手。これにはさすがにニールセン捜査官もマイッタ。

 トミー・リーは、いわゆる追跡とサバイバルと殺しのテクニック…「トラッキング」のプロだった。このたっだならぬ事件に、彼の力が必要と駆り出されてきたわけだ。

 「これじゃ戦場だな、まずは連中を引き揚げさせろ

 トミー・リーはウジャウジャいる捜査員を撤退させると、自分一人で森に潜ると言い出した。そんな彼に、せめて携帯電話を持たせるニールセン捜査官。嫌がる彼もこれは拒めない。「ここはオレ一人で十分、他の人手はジャマだ」

 森で一人きりになったトミー・リーは、四つん這いになりながら森の中の痕跡を探る。どこでハンターにナイフが投げられたのか、どこにワナが仕掛けられたのか…トミー・リーには手に取るように分かった。そしてどんな男が彼らを襲ったのかも…。

 やがて森の中の大木のほこらに、ナゾの男の隠れ家を見つけるトミー・リー。だがその背後には、問題の男が立ちはだかっていた

 男はベニチオ・デル・トロ。そして二人はお互いをよく知っていた

 「オレはアンタの教え子だぜ。手紙を書いたのに、なぜ返事をくれなかった?」

 「こんな事をしてどうする。黙って自首しろ」

 再会の瞬間は、たちまち丁々発止の戦いに変わった。ナイフのデル・トロに素手で応戦のトミー・リー。目にも止まらぬ早業の応酬で、攻守はあちらと思えばまたこちらと刻一刻変化する激しさ。それでもトミー・リーやや劣勢の形勢となってきたその時…。

 「止まれっ!」

 何とトミー・リーとデル・トロは、周囲をFBI捜査員たちに包囲されていた。彼らを率いているのは、あの女性捜査官ニールセンだ。たちまち取り押さえられるデル・トロ。何とあれほど嫌がっていた携帯電話が発信源となって、トミー・リーは命拾いした。

 さて、捕まったデル・トロの身柄は大都会ポートランドの警察本部へと移された。だが、取り調べを受けるデル・トロは不敵な笑みを浮かべるばかり。それでもトミー・リーは自分の仕事を終えたと安堵の表情を浮かべる。

 そんなトミー・リーに、女性捜査官ニールセンがデル・トロとの間柄を尋ねる。トミー・リーはつい重い口を開いて語り始めた。

 オレは軍人ではないが、軍に委託されて兵士の訓練を任されていた。そこで最も優秀だったのが、デル・トロだったのだ。

 どんな厳しい訓練も難なくこなすデル・トロ。彼はトミー・リーの言うがままに、殺人テクニックを身につけていった。殺しを行う時には、ハートを切り離すんだ。肉体だけなら殺しは簡単に出来る。難しいのは、そのハートを取り戻すことだ…。

 デル・トロは、何のためらいもなく人を殺せるようになった。

 だが、実はそんなトミー・リーは、自分で人を殺したことがなかった。彼は人を殺すテクニックを持っていただけ。それはトミー・リーにとって大きな矛盾でもあった。

 そんな時、囚人護送車のようなトラックで警察本部に乗り付けた奇妙な一団がいた。彼らは捜査課長にデル・トロの身柄引き渡しを要求した。そこには軍の上層部からの委任状まであったからグウの音も出ない。「あんた方じゃ荷が重い。奴は殺人兵器として訓練され、今じゃ壊れた人間なんだ。私たちに彼を渡してくれ

 これにはさすがのニールセンも苦い思いだ。だが、トミー・リーは「彼らに任せるんだ」とつぶやいてその場を後にした。

 だがデル・トロを護送中に、とんでもない事が起きた。やはり奴はただ者じゃない。車内でデル・トロが大暴れしたおかげで護送車は横転。そんな事故車から、デル・トロはチャッカリ脱出してしまったのだ。

 そのニュースを聞いたトミー・リーは、慌てて女性捜査官ニールセンの元に舞い戻った。

 その頃デル・トロは、ポートランド郊外に住むレスリー・ステファンソンという女の家を訪れていた。実は彼女はデル・トロの恋人。だが秘密任務のたびに何も言わずに姿を消す彼を、ステファンソンは自分の心から消し去ろうと努めているところだった。だが、デル・トロにすっかりなついた娘を見ると、その決心も揺らぐ。結局彼女はまたデル・トロを受け入れる気になっていた。

 そんなステファンソンにデル・トロは頼み込む。「このままでは危ない。オレと一緒に逃げてくれ!

 すっかりその気になって夜逃げ支度を済ませるステファンソン。そんな彼女の家に、あのトミー・リーと女性捜査官ニールセンが押しかけた。

 「彼を匿っているなら教えてください。彼はとても危険な男なんです」

 そんな言葉より行動とばかり、トミー・リーはズカズカと彼女の家に土足で上がり込む。すると…いたいた! デル・トロが二階の部屋に潜んでいるではないか。

 だがデル・トロは説得に応じるタマじゃない。アッと言う間に二階の窓から下に身を躍らせ、ステファンソンの車で往来に逃げ出した。

 たちまち始まるカー・チェース。殺到するパトカーの群れも何のその。無茶な運転は百も承知。たちまちポートランドの大通りは大パニックだ。

 やがてデル・トロが、地下の建設現場に逃げ込んだとの通報があった。ただちにトミー・リーとニールセンは現場に急行した。

 現場はSWAT隊員や警察官、FBI捜査官がごった返して騒然。トミー・リー、ニールセン以下捜査陣も地下に潜り込むが、次々に彼らはデル・トロに血祭りに上げられ犠牲者の山また山。まるで歯が立たない。だが、デル・トロはそんな騒ぎをよそに秘かに地下道を抜け出して往来へ。その行方は、「トラッキング」のベテランであるトミー・リーしか追えなかった。

 かくしてポートランドの市街を舞台に、デル・トロとトミー・リーの命がけの鬼ごっこ、かくれんぼが始まった。足跡、気配…ありとあらゆる微細な手がかりもキャッチして、猟犬のような鋭さでデル・トロを追っていくトミー・リー。やがてデル・トロは市内を走る路面電車に身を潜めると、トミー・リーも走る路面電車にしがみつく。やがてそんな二人を察知した捜査陣は、市の中心部に架かる鉄橋の真っ直中で、路面電車の行く手を塞いでデル・トロを追いつめた。

 ええい。ままよ。

 デル・トロは路面電車から逃れると、橋の鉄骨をよじ登り始める。そしてトミー・リー、ニールセンが見つめる前で、遙か眼下に流れる川に身を躍らせた。

 ドボ〜ン!

 川の流れに消えたデル・トロ。普通の人間ならまず助かるまい。だが、デル・トロは普通の人間ではなかった

 同僚を多数殺されたニールセンは逆上、何としてもデル・トロを殺そうと躍起だ。だが、そんな彼女をトミー・リーはたしなめる。「奴に宣戦布告をするな、何人犠牲者が増えるか分からないぞ」

 だが、怒り狂ったニールセンはもう止まらない。川の沿岸をしらみつぶしに当たり、さらに多くの捜査陣を投入してデル・トロ探査に当てることを決めていた。

 もはやこれまで。こうなれば自分が奴を仕留めるしかない。トミー・リーはそんな決意を胸に、川をどんどん下っていった。

 さぁ、川の中に消えたデル・トロはどこに現れるのか。狂気の人間兵器からポートランド市は守られるのか。はたまたトミー・リーはデル・トロを、無事に仕留めることが出来るのだろうか?

 

長らく低迷を続けたウィリアム・フリードキン

 アブラの乗り切った男臭い男優二人…トミー・リー・ジョーンズとベニチオ・デル・トロの共演によるハード・アクションと聞いて、血が騒がない映画ファンはいないんじゃないだろうか? それぞれ前作「英雄の条件」(「メン・イン・ブラック2」はハッキリ言って勘定に入れたくない)、「誘拐犯」はイマイチな作品に終わったものの、やっぱりこの男たちのガブリ四つの戦いは見たくなるよね。

 おまけに監督はウィリアム・フリードキンだ。ん?…フリードキン?

 確かにフリードキンと来れば、さらに血が騒ぐ…と言いたいところだが、実はフリードキン映画が僕らを興奮させたのは昔々の大昔のこと。正直言って、今時のフリードキン映画にあまり期待出来ないと思うのが人情ってもんじゃないのか。さっきトミー・リーの前作「英雄の条件」がイマイチと言ったけど、その監督がまたフリードキンだったからねぇ。

 ウィリアム・フリードキン…と言えば、すぐに「フレンチ・コネクション」「エクソシスト」の…と冠が付く。確かにスゴイ監督だ。だが、残念ながら「それだけ」…と言われても仕方ない彼でもある。そしてこれら彼の代表作がつくられたのは、もはや30年も前のことだ。もうすっかり過去の人と言われても仕方ないんだね。

 確かに彼がこの二作を立て続けに発表した時は、僕だってスゴイと思ってた。当時フリードキンと「ラスト・ショー」のピーター・ボグダノヴィッチ、「ゴッドファーザー」のフランシス・コッポラは、ディレクターズ・カンパニーという会社を設立。こりゃあスゴイ顔ぶれのプロダクションが出来たもんだと大いに期待したよ。

 だが皮肉なことに、ピーター・ボグダノヴィッチとフリードキンは失速。コッポラはその後しばらく生き延びたものの、やはり今日では見る陰もない。ホントにみんなどうなっちゃったのかねぇ?

 フリードキンの凋落は、ヒット二大作の後を受けた「恐怖の報酬」から始まった。

 これについては僕はいろいろ書いた覚えがあるから繰り返さないけど、ヒットの威光をバックにお金をかけるだけかけて、やりたいようにやった企画が「恐怖の報酬」だった。フランスのアンリ=ジョルジュ・クルーゾーの名作のリメイク。これが大いにコケちゃったんだよね。

 ただし、映画自体は僕は全然悪くないと思うよ。むしろフリードキンらしい凄みが感じられる傑作だと思う。ただし名作のリメイクってのは鬼門だ。世界中の映画ファンの逆鱗に触れてしまったのか。それに、何と言っても題材がアメリカ人向けじゃなかったってこともあるだろう。興業的には惨敗となってしまったから気の毒だった。

 でも、出来そのものは悪くなかったのだから、すぐに立ち直るだろうと思ってたんだね。そして次の「ブリンクス」に期待を持った。ピーター・フォーク主演で金庫破りの一味をコミカルに描く。こりゃ新生面発揮かなと楽しみにしたんだよ。

 これが…どうもうまくなかった

 全然面白くなかったんだよ。何だか彼らしくなかった。こうして彼は長期低迷期に入っていった。

 だけど、部分的には彼らしいスマッシュ・ヒットもあったんだよ。例えばアル・パチーノ主演の「クルージング」も、絶好調期ほどではないが悪くはなかった。「L.A. 大捜査線/狼たちの街」も捨てがたい。こうして見ると、それほど彼のその後も悪くはなかった。それでも総じてフリードキンは、往年の元気を回復する感じじゃなかったわけ。

 特に近年は見るべきものがなく、話題にも上らなくなった。唯一の話題作が「エクソシスト」のディレクターズ・カットじゃ、ちょっとかつての名声が泣こうというものだ。この「ハンテッド」以前の最新作が、悲惨な出来映えだった「英雄の条件」だったと言うのは、先ほども述べた通りだよね。

 そんな折りもおり、「英雄の条件」と同じくトミー・リーを起用しての新作…と言われても、心が躍るわけもない。何となくイヤ〜な予感がしてたんだよね。

 でも先に見た何人かの人が、珍しくフリードキンの好調ぶりを語っていた。それじゃあ…と重い腰を上げて見てみたわけ。それでも、僕はスクリーンに向かう寸前まで、どこか半信半疑な気分だったんだよ。

 そんな僕がこの「ハンテッド」をどう見たのか…?

 

過去の呪縛を振り捨て、前進を始めたフリードキン

 今までずっと復活を熱望しながら、どうも上昇気流に乗りきれなかったフリードキン。そんな彼の新作「ハンテッド」は果たしてどうだったのか?

 ズバリ言おう。面白い。

 久々にフリードキン映画で興奮した。と、言うか、アクション映画でこれほど興奮したのも久しぶりな気がする。これって久しぶりに歯ごたえのある、硬派のハード・アクションなんだよね。

 まずは今回の新鮮味ある見せ場から挙げてみようか。何しろ主演二人の披露するサバイバル・殺人テクニック「トラッキング」が面白い。ほとんど素手がナイフ一丁で丁々発止にやり合う様は息を呑む。それを演じこなした主演二人も大したものだ。その素早さ、すごさには圧倒されるよ。それだけでも見る価値はある。

 そして逃げる者と追う者の、これまた知力体力尽くしたやりとりが見応えある。特にデル・トロがポートランド市街に逃亡してからの長丁場は素晴らしい。あの手この手で延々と続く場面が一瞬たりとてダレない。こんなアクション映画見たことないよ。

 そして、そんな新鮮味を織り込みながら、フリードキンは往年の調子をスッカリ取り戻しているんだよね。そう、ここには僕らがフリードキン映画に求めているものがすべてある

 まずは戦乱のコソボ、雪に覆われたカナダ、さらに緑のオレゴン州、そしてポートランドの大都会…と、切れ味鋭い場面転換でグイグイ引っ張っていくあたりが憎い。「フレンチ・コネクション」でフランスはマルセイユから一気にニューヨークへぶっ飛ぶ大胆な場面転換、「エクソシスト」でイラクの発掘現場からワシントン州の住宅地に飛ぶダイナミズムがここにある。この大胆な転換こそが、観客の注意を一気にドラマに引き込むフリードキン・タッチなんだよね。

 さらにハンター二人がデル・トロに襲われる冒頭や、地下道で捜査陣がデル・トロに次々倒されるあたりの息が詰まる緊迫感。これこそが「エクソシスト」や「恐怖の報酬」、さらには「クルージング」でも発揮されたフリードキンのサスペンス演出の醍醐味ではないか。この怖さ。並みのホラー映画なんざ裸足で逃げ出すよ。シビレるねぇ。

 ポートランドの市街での迫力カーチェイスから、「トラッキング」テクニックを駆使しての追いつ追われつ、さらに鉄橋で交通止めまでやらかしての大規模な見せ場…とくれば、これこそ「フレンチ・コネクション」から「L.A. 大捜査線/狼たちの街」を彷彿とさせる、フリードキン一流のど派手アクションではないか。こいつには熱くなった。

 とどめが男二人の肉弾戦。今までのフリードキン映画のグレーテスト・ヒッツみたいな展開から、今回での新生面で締めくくるアクションの連打に、いやぁもう僕はホントに興奮したよ。

 そんな僕が本当に見たいと熱望していたフリードキン映画を見せてくれた本作。そのエンディングは、実は静かにささやかに幕を下ろす。

 デル・トロが自らの人格崩壊の危機を必死で訴えていた手紙は、トミー・リーには届かなかった。彼は無念の思いを胸に、それらの手紙を火にくべる。

 そんなトミー・リーの前に、映画の冒頭で彼が救ったオオカミがひょっこりと顔を見せるのがエンディングだ。

 思えばフリードキンと言えば、幕切れの奇妙な余韻が持ち味だった。

 ジーン・ハックマン刑事が暗闇に身を躍らせたまま、彼と宿敵フェルナンド・レイはどうなったのか分からずじまいだった「フレンチ・コネクション」、悪魔払いが済んだはずなのになぜか不安な気持ちを抱かせる少女リンダ・ブレアの表情で締めくくる「エクソシスト」、無事にニトロ運搬の任務を終えて報酬も得たのに、なぜかシラケわたった表情のロイ・シャイダーで終わる「恐怖の報酬」、殺人事件が解決したはずなのに新たな犯行が起き、ミイラとりがミイラとなったかのようなアル・パチーノの顔で幕を閉じる「クルージング」、主人公が死んで新たな悪徳刑事の天下となったかに思えた時、そこに不吉な一台の車がやって来る「L.A. 大捜査線/狼たちの街」…どれもこれも、見る者を宙ぶらりんな不安感に誘うフリードキン映画のエンディング。僕はこれこそが、フリードキン映画の持ち味と信じてやまなかった。

 だが、今回はデル・トロを死に追い込むしか出来なかったトミー・リーの心を癒すかのように、冒頭で彼が救ったオオカミがやって来る。

 今回に限っては観客を宙ぶらりんにさせないフリードキン映画…だけど僕は、そこに失望はしなかった

 むしろそこに救いを持ってきたことにこそ、フリードキンの新たな進歩を見た

 思えば「過去の遺産」で食いつなぐような印象だった「エクソシスト」ディレクターズ・カットも、こうなってみれば全く違う視点で見ることが出来る。過去の偉大な成功作の呪縛に取り憑かれ、その後どうしても波に乗りきれなかったフリードキン。彼にとっては、そうした過去の清算をどこかでする必要があったのではないか。それゆえのディレクターズ・カット発表であり、それを通過したからこそ、フリードキンは過去の呪縛から逃れることが出来たのではないか

 ならば、そうして発表した彼の新作が、過去の単なるなぞりで終わることはあり得ない。過去の呪縛を振り捨てたフリードキンには、もはや前進しかないはずだ。

 過去の呪縛そのものだったデル・トロを自ら葬り、その忌まわしさに悶えるトミー・リー。そしてそんな彼を癒すかのように現れるオオカミ…。

 それこそが、フリードキンの到達できた新たな成熟の証と僕には思えるのだ。

 

 

 

 

 

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