「ブラック・ダイヤモンド」

  Cradle 2 the Grave

 (2003/04/21)


  

オスカー授賞式の政治発言に思う

 もうあれからだいぶ経つけど、今年のオスカー授賞式は、良くも悪くも今回のイラク戦争の影響をモロ受けていたよね。僕は正直言ってこういう政治色が強くなったオスカー授賞式は、あんまり見たくない。それはオスカー授賞式を見る楽しみってのは、エンターテインメントの粋と伝統とに浸りたいがためだからで、およそ政治メッセージなんてものは粋でないからだ。

 右であれ左であれ過激だったり極端で偏狭な発言は聞くに耐えないし、口からツバを飛ばしながら自説を主張する輩は醜い。かと言って正論を聞かされたら感心するかと言えば、それはそれなりに退屈だ。その言葉が真っ当なら真っ当なほど、時としてあえて人からわざわざ聞かされるまでもないと思ってしまう。例えば「平和」のメッセージの連呼でさえ、それにあたるかもしれない。

 こんな事言ったら時節柄非難ゴウゴウになっちゃうかもしれないが、誰だって「平和がいい」に決まってる。それ自体に何の文句のつけようもない。だったら、必要最小限度で済ませればそれでいいではないか。それを誰も彼もが競うように叫ぶ。「デンジェラス・ビューティー」なんてミスコンを扱った映画にもあったけど、「ワールド・ピース」って誰も彼もがただ言えばいいってもんじゃないだろう。

 いや、五十歩譲ってそれ以上言うなとは言わない。主張を言わずにいられない時もあるだろう。だが、誰でも…それこそ凡人の我々レベルでも思いつくようなコトを、それなりの発言力を持つ人間が貴重な時間を使ってダラダラ言うのはいかがなものか。それを言うなら、もっと人の心をつかむ何か効果的な言い方ってものがあるんじゃないか。

 だから「戦争肯定」派「戦争反対」派を問わず、まるで判で押したように同じようなことを偉そうに大上段から言ってくる輩は、実は僕はあんまり好きではないのだ。

 こんな事を言ったらノンポリ野郎の戯言と言われるだろうか。もっとマジメに社会を考えろと言われてしまうだろうか? それこそ「強硬派」なみなさんにも「良心的」なみなさんにも集中攻撃されてしまうかもしれない。でも、そういう人たちが不思議とどっちもよく言う「民主的」社会なら、どんな発言だって自由なんだろう? なら僕にも発言権がある。

 マジメな主張…でも、そういう「ありがたい」言葉は垂れ流せば垂れ流すだけ無意味になっていくもんだ。それじゃ言ってる意味がないだろう? それでも芸もなくそれを連呼したがる連中は、僕には本当は主張の中身なんてどうでもいいんじゃないんじゃないかとさえ思えてしまう。そんなのって「自分は良心的な人間だ」「自分はマジメに物事考えてる」「自分はよく分かってる」ということをみんなにアピールする、単なる自己顕示欲の表れでしかないと見えてならないんだよね。でなきゃ、自分は「どっち陣営」かハッキリさせるために旗を振るようなものだろう。僕は「ワタシは〜派」なんて主張にまったく与したくはないね。そういうツルみたがる風潮は元から大嫌いなんだよ。本当に自分の理想を心から希求する人ならば、そして社会に表現者として露出する人間ならば、それなりのセンスを見せて最大限のアピールをしてもらいたい。そういうもんじゃないだろうか?

 主張はいい。だけどバカの一つ覚えの一本調子じゃ、いくら何だって人の心は動かせない。いくら良いこと言ってたって、それが人の心に届かないんじゃまるっきり意味がない。それどころか仮に主張が抗弁できないほどに正しければ正しいほど、言う側の押しつけがましさも人一倍だからイヤミになりかねないよね。自己満足でいいんだって言うなら全くの論外だ。

 人に何かを訴えたい時には、それなりのカタチってもんがあるんだよ。

 

みんなが狙ってるナゾの黒いダイヤ

 ここは犯罪都市ロサンゼルス。なぜかその地下鉄トンネル内に、黒人の男二人組が訳ありな様子で入っていく。この二人組…DMXとその相棒約一名は、地下鉄トンネルからさらに別のトンネルへと地下道を移動。

 その頃、地上のダイヤモンド品評会が行われているビルに、高級車で乗り付けたこれまた訳ありの二人組がいると思いねえ。こちらから降りてきたのがやはり黒人二人組なれど、片やイケてるねえちゃんゲイブリエル・ユニオンと、運転手の太っちょアンソニー・アンダーソン。この品評会の招待客っぽく装ったねえちゃんユニオンは入口警備員に一生懸命誘惑光線発射するが効果なし。それもそのはず、この警備員まるで女に興味ないご様子。そこでイヤイヤながらピンチヒッターをつとめるのが太っちょアンダーソンというわけ。どうやらこちらは先ほどのDMX組に対しての地上部隊らしく、この警備員の注意をそらす役割を担っているようだ。

 DMXはと言うと、とあるマンションの一室にいる白人バイヤーの指示を受けつつ、地下から例のダイヤモンド品評会が行われているビルに潜り込む。そこに警備員は太っちょアンダーソンに任せたねえちゃんユニオンが合流。彼らがやって来たのは…もうお分かりだろう。このビルの金庫室だ。もちろん目当てはダイヤ

 ところでそんなロサンゼルスのあるマンションの屋上に、奇妙な中国系の男がまったく似合わないグラサンかけてツッパって立っていた。この男ジェット・リーはグラサンをはずすと、いきなりマンションの屋上から身を乗り出して、ひょいひょいとワン・フロアーづつ手だけで壁を這い降りるではないか! 何をやっているのだ、ジェット・リー! まったくこの男の考えていることは、グラサンの趣味同様に分からない。ところがある程度まで降りると目当ての部屋に辿り着いたらしく、窓を開けてチャッカリと中に忍び込んだ。そこは、先ほどDXMが電話で話していた白人バイヤーの部屋。案の定、気づいた白人バイヤーと揉めるジェット・リーだが、当然白人バイヤーは彼の敵ではない。

 DMXたちはロケット弾まで使って派手に金庫をブチ破る。そんなことやってバレないのかと思うが、そこは派手なら良しのジョエル・シルバー映画。中に入るやさまざまな宝石ひしめく中、ダイヤだけを目当てに荒しまくる。いやはや豪華なダイヤの数々が見つかるが、それでもDXM一向に満足できないご様子。すると…。

 何やら見慣れない黒い宝石が見つかった!

 黒いダイヤ?

 DMXは思わず「やったぜ」と言いたげな表情。そう。例の白人バイヤーから指示されていたのはこいつだった。お目当てのブツが手に入れば、もうここには用もない。引き揚げようとしたちょうどその時…。

 DMXの携帯に電話が入った。

 「その黒いダイヤは置いて帰りな。オマワリがすぐに来るぜ」

 「う、うるせえ!」

 慌てて帰り支度のDMX一味。もちろん一番のお宝=黒いダイヤはフトコロにしっかりしまう。だがそのDMXも、電話の相手がナゾの中国系ジェット・リーだと言うことも、しかもグラサンが異常に似合ってないということも、まだ知ってはいなかった。

 太っちょアンダーソンは殺到するパトカーの中を悠々高級車で立ち去ったが、DMX一行は地下に潜って再び地下鉄トンネルまで。そこでDMXとねえちゃんユニオン、そして相棒約一名の二手に別れる。

 その相棒役一名は早速トラブルに巻き込まれた。トンネル内に現れたナゾの中国系男に襲われたのだ。もちろんその男の名はジェット・リー。さんざ脅かされたあげくダイヤをしまったバッグを盗られ、命からがら逃げ出すしかなかった。

 ジェット・リーは男のバッグを手に入れてニンマリ。早速満足げに中身を確かめてみると…な、なんとお目当てのブツがない。彼のお目当てはあの黒いダイヤだったのだ。

 一方、DMXとユニオンは駅で停車させられている地下鉄車両と遭遇。通報により警察が調べている真っ最中だ。仕方なくその車両の天井に上がって隠れていると、警察が諦めたためその車両に発車許可が出た。いやはや、これで安心。

 ところが走っている地下鉄車両の天井の上ほど怖いものはない。結局、DMXとユニオンは死にそうな目にあって、フラフラになって家路についた。

 さて、そんなDMXの豪邸で一同は合流。ここで人間関係を明らかにしておくと、DMXとねえちゃんのユニオンは夫婦なのだ。二人には目に入れても痛くない娘がいた。DMXは気の置けない仲間とこうした金庫破りを重ねては、しっかり稼ぐ強盗でも地道なタイプだった。

 遅れていた相棒役一名もようやく戻って来て、トンネル内で中国系男に襲われたことを語る。何だなんだ、一体どうして今回はこんなにヤバい目にあったんだ。

 黒いダイヤ。

 どうも今回はこいつにいわくがありそうだ。妙にこの由来が気になりだしたDMXは、早速裏街道で事情通の盗品売買人トム・アーノルドに話を聞きに行く。このアーノルド、ビデオデッキなんてケチな盗品から果ては戦車まで商うウラ稼業のデパート。だが、そんな彼でもこんな黒いダイヤは扱ったことがない。この男、人は良さそうだが何やら調子良すぎるところがイマイチ信頼置けないが、ともかくはこんな男でも今は信用しないわけにいかない。結局調べるために必要と言われて、DXMは例の黒いダイヤをアーノルドに渡すことにした。

 その足で例のマンションにある白人バイヤーの部屋を訪れるDMX。そこに待っていたのはジェット・リーだ。またしても大立ち回り。だが、ジェット・リーの強さは尋常ではない。しかも彼は黒いダイヤについて、何やら訳知りのようではないか。こりゃここでこいつと揉めているバヤイではないかも。

 しかも、そんなDMX、ジェット・リー両者に襲いかかる悪党軍団も登場。めったやたらに強いジェット・リーとDXMの無勝手流ケンカ戦法でその場は何とか事なきを得たが、どうやら問題の根は深そうだ。

 しかもしかも、気になってトム・アーノルドの盗品デパートを再度訪ねてみると、彼の元に賊が襲ってきて、例の黒いダイヤを持って行ってしまったと言うではないか。

 ここへ来て、ようやくジェット・リーは自らの身分を明かすことになった。彼は何と台湾の捜査官。彼が追う例の黒いダイヤは単なる宝石ではない。何かもっとヤバイ価値があるらしいのだ。台湾でジェット・リーの同僚だったマーク・ダカスコスが、この黒いダイヤを盗んで逃走。それを追ってジェット・リーもこのロサンゼルスまでやって来たというわけ。

 だが、アーノルドの元から黒いダイヤを奪った連中は、どうやらそのダカスコスではなさそうだ。おそらくは地元ギャング…それもロスを牛耳る犯罪組織が持っていったものらしい。

 それが証拠に、DMXの元に問題のマーク・ダカスコスから電話が来る。何となんと、ダカスコスはDMXの愛娘を誘拐したと言うではないか。引き替えはもちろん、みんな欲しがってる黒いダイヤだ。

 黒いダイヤを俺が持ってるなら、いくらだって渡したいよ…と言いたいところをグッとこらえて、DMXはここは一発ジェット・リーと手を組み、黒いダイヤ捜索に全力を挙げることになった。

 さぁ、ジェット・リーとDXMは黒いダイヤをロス最大の犯罪組織から奪還出来るか? そしてマーク・ダカスコスからDMXの愛娘を奪還出来るのか? そもそもこの黒いダイヤとは、いかなる由来のブツなのだろうか…?

 

ジョエル・シルバーが最も意欲を燃やした作品群

 プロデューサーのジョエル・シルバーと言えば、ごきげんなアクション映画を連発する人として有名。もちろん「マトリックス」で新たなアクション映画のジャンルを開拓したことは言うまでもない。そして「マトリックス」ほどの華やかさはないけれど、この人は最近もう一つ新たなアクション映画ジャンルを切り開いてもいるんだよね。それはカンフーとヒップホップの融合というマカ不思議なジャンルだ(笑)。

 とりあえずその第一弾が、ジェット・リーをハリウッド映画で初めて主役に起用した「ロミオ・マスト・ダイ」。これには今は亡きアーリヤなんかが絡んでた。そして第二弾がジェット・リーに代わってアメリカ白人随一のマーシャルアーツ・スターのスティーブン・セガールを起用して、そこにヒップホップ・スターのDMXを組ませた「DENGEKI/電撃」。そう来ると、最初のジェット・リーと二作目のDMXとを組ませての今回「ブラック・ダイヤモンド」ってのも、実にスンナリ来る仕掛けだ。いや〜、何とも分かりやすい(笑)。

 これら三作とも監督は、撮影監督上がりのアンジェイ・バートコウィアクってところも共通している。このバートコウィアクって撮影監督としてさまざまな作品に関わっている。でも、一番関わりが深くて本数も多いのは、シドニー・ルメット作品なんだよね。そして確かポーランド人(これはなぜか今作のラストで確かめることができた)。そんなポーランド人で、ルメット作品の撮影に関わっていた人が、何でまたカンフー? 何でまたヒップホップ? そういうの得意とはとても思えないけどなぁ(笑)。でも、なぜか三作付き合わされているから不思議。でもそれって、ジェット・リーをハリウッドに招いた最初の作品「リーサル・ウェポン4」で、たまたまバートコウィアクが撮影監督を務めていたからなんだろうね。

 そしてこの三作は、すべてなぜかユーモラスな太っちょ黒人俳優アンソニー・アンダーソンが出ているってことでも共通している。確かにこの人ってすごくおかしい。二作目の「DENGEKI/電撃」からは白人のトム・アーノルドと共にコメディ・リリーフを請け負ってて、ラスト・クレジットでは二人で延々アドリブでバカ話をする始末。するとこの三作目「ブラック・ダイヤモンド」ではこの二人のコンビネーションが継承されて、ラスト・クレジットでのバカ話まで同じだ(笑)。これが全くの内輪話じみててまたオカシイ。

 この三作、全然シリーズでも何でもないんだけど、かようにメンバーやら何やらは踏襲されている。おそらくはジョエル・シルバー、「リーサル4」でジェット・リーを起用した時にピンと来たんだろうね。彼のスゴい技を活かしたアクション映画をつくりたいって。

 そこからなぜカンフーとヒップホップの融合って来るのかと言うと、ジェット・リーの顔から考えちゃダメだ(笑)。どう見ても彼の顔はおよそヒップホップって顔じゃない。「ロミオ・マスト・ダイ」でもやんちゃ坊主みたいだったし、今回は捜査官ということで気張ってるけど、サングラスが致命的なほど似合ってない。バカみたい(笑)。

 たぶんアメリカでカンフー映画を見ている人間というのは、まずは当の東洋人、そして黒人って観客層になるからなんだろうね。今じゃもっと一般的になって、白人でも誰でも見るだろうけど、おそらく観客層のコアな部分はそうなるはず。そうすると、こういう観客が喜びそうなものとしてヒップホップを絡ませて…となるのは何となく分からないでもない。

 そもそもこの手の映画ってのは硬いこと抜きの映画だ。実際のところ、僕の今回の感想文のストーリー紹介だって、よく読んでみると結構ヘロヘロだって分かると思うよ。前後関係とかいいかげんだし(笑)。実は全然覚えてないんだ。最近確かに物覚えは悪くなったし物忘れもひどくなったが、この「ブラック・ダイヤモンド」ほど訳分からなくなった映画も珍しい。つまりは、この映画って筋書きで見せる映画じゃないって事なんだろうね。だからストーリーも半分も紹介しないで切り上げちゃったよ。だって見てもらわなければ楽しさが伝わらないもんね。

 そんなタイプの映画だからして、ノリの良さが勝負。そうなりゃノリでいくカンフーとヒップホップが手を握るってのも、確かにうなづけないことじゃあないんだよね。

 蛇足ながら言うと、この映画のタイトル「Cradle 2 the Grave」ってのも、何も「Cradle」って映画の続編ってわけじゃない。「2」は「to」と同じ。いわゆるヒップホップ的なイケてる言い回しなんだよね。実は僕も、「Internet Movie Databese」をさんざ探したあげく、タイトルの意味をよく考えた末にそれに気づいたんだけど…マジメに考えた僕がバカでした(笑)。じゃあ「Cradle to the Grave」ってどういう意味だと言えば、「ゆりかごから墓場まで」って意味なんだよね。それって何を差してるんだかまるで分からない(笑)。

 まぁ万事硬いこと抜きなこの“シリーズ”だが、今回もラフな楽しさでいっぱいだ。冒頭いきなりジェット・リーがビルの屋上から腕だけでするりするりと壁面這い降りるの図は、何でわざわざそんな事しなくちゃならないのか分からない趣向で、そこがアホらしくも嬉しくなる。ジェット・リーには異種格闘技の連中との一対集団の戦いもあり、クライマックスにはフランス映画「ジェヴォーダンの獣」でオイシイところをさらったマーク・ダカスコスとの対決ありで、今回も大暴れ。だがジェット・リーとダカスコスの戦いの最後で、あんなモノがあんなトコであんなになってしまって、果たしてあの程度でコトが済むのであろうか(笑)?…いやはや、ネタバレを避けるためとは言え、何とも奥歯にモノのはさまった言い方で申し訳ない。だが、このくだりで出てくるトンでもないショットには、思わず「ロミオ・マスト・ダイ」で“売り”になってた、レントゲンみたいなSFX「X-レイなんとか」の視覚効果を思い出して笑っちゃったよ。何とも意味のないくっだらない趣向なんだけど、つくり手としては愛着のある手法なのかねぇ(笑)?

 ともあれ、かようにノリで楽しく気分良く見せてくれる、カンフー・プラス・ヒップホップ映画。確かにいろんな意味で両者の相性は良さそうだ。

 だけど、それだけだろうか?

 実はジョエル・シルバーって、自作でいわゆるアメリカのマイノリティー=有色人種を多く起用してるってのは結構周知の事実なんだよ。一番有名な例が「リーサル・ウェポン」シリーズにおけるダニー・グローバーとその一家。他にも「ダイ・ハード」シリーズやら「ソードフィッシュ」やら、彼の作品を見ていくと必ずアフリカン・アメリカン系の俳優に大きな役を与えているのに気づく。しかも、それが大体いい役なんだよね。どこかにも書いたけど、「リーサル」でダニー・グローバーが「黒人地位向上協会」(?)とかいう団体から表彰されたなんてのは、実に象徴的な出来事なわけ。

 そして「リーサル4」以降は、彼はそれを黄色人種にまで広げたのかもしれない。

 「ロミオ・マスト・ダイ」から始まるこの連作、何より彼が意欲を燃やしたのはそこではないか。カンフーだヒップホップだ…商業的な要請を全うするのはプロデューサーの勤め。だが、逆に言えばこうも言える。カンフー・プラス・ヒップホップ映画ならば、有色人種=マイノリティーがメインを握るアクション映画も充分可能だ。…と言うか、それでなければオカシイ。で、これって考えてみればすごくユニークなことだ。

 今まで有色人種を多数起用したアクション映画を制作してきて、それらはそれなりに意欲的な試みで結果も出したにも関わらず、結局はメインにメル・ギブソンやらブルース・ウィリスやらを置かざるを得なかったジョエル・シルバー。だが、彼はいつかそうではない映画をつくってみたかった。マイノリティーこそがメインを張る作品をつくってみたかった。それも実験作ではなく、良心的マイナー映画でもなく、充分商業的でメインストリームな娯楽映画でだ。そうでなければ、今までヒット作も大作も無数に手がけたシルバーほどの大物プロデューサーが、何故にこの冗談みたいなジャンルの作品群にこれほどこだわるのか分からない。

 そして、そんなシルバーのこだわりようは、この三作通じてほとんどメンバーの移動がないことでも伺えないか? シルバーが制作したヒット・シリーズ「リーサル・ウェポン」を思い出してみよう。それは主演者・監督・制作者が一貫して変わらないという、ハリウッドでも異例のシリーズだった。しかも、作品を重ねるごとにレギュラー・メンバーが増えていく(!)。そんな希有な状態を生み出したのは、おそらくは参加したメンバーのチームワークの良さゆえだろうが、居心地良い環境が理想的映画づくりを生み出すってこともあったはずだ。ならばシルバーは自身の思い入れと理想を追求した作品群に、同じようなよりよい制作環境を望むのではないだろうか? 出来るだけお気に入りで適材適所のメンバーをキープし、さらに新たにいいメンバーがいれば補強する。もし、彼がこれらの作品群を大事に思っているなら、おそらくはそうするのではないか?

 「リーサル・ウェポン」「ダイ・ハード」「マトリックス」…そのキャリアに燦然と傑作群がキラめくハリウッド有数のアクション映画プロデューサー…ジョエル・シルバー。だがそんな彼が最も意欲を注いだのは、どんな大作でもSFX映画でもない…この単純でささやかなカンフー・ヒップホップ映画かもしれない。だとしたら、ちょっと痛快だとは思わないか?

 映画のラスト、主要登場人物が仲良く去っていくくだり…東洋人も黒人も白人もそこではニコヤカに肩を並べている。そして悪人ではないとは言え犯罪者だったDMXは、悪党をやっつけたのを機にこう言い放つんだね。

 「もうヤバイことはやめだ!」

 差別がどうの…なんてプラカードみたいな発言を100回するよりも、「政治的な正しさ」を振り回して何だかんだ規制するよりも、この驚くほどのバカバカしさと肩の凝らない健全さこそがよっぽど重要だとは思わないか。

 人に何かを訴えたい時には、それなりのカタチってもんがある。カンフー・プラス・ヒップホップなんて、何だかふざけたカタチではあるが、そっちの方が人の心にスッと入って来るし、第一リアリティがあるに違いない…。少なくともジョエル・シルバーは、そう思っているはずだよね。

 

 

 

 

 

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