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 to : Review 2003

 

 

 

人を傷つけるのが人間のサガなのか

 僕らはみんな必ずしも利害を同じくして生きているわけではない。たまたまこの世界に同居して、いろんな秩序やら道徳やら決まり事の中で一緒にやっていってはいるものの、実はそれぞれ生きる目的も望むモノも、流儀も主義主張も違ってる。そこはそれ、割り切ってやっていくのが大人と言うところだが、実は他人の不幸が自分の幸福、自分の苦しみが他人の喜びってことだってあるんだよね。いやなに、別に他人を苦しめて楽しんでいるって凶悪な振る舞いのことばかりじゃない。結果的にそうなっちゃってる事って少なくないって思うんだ。

 もちろん浮き世のウサを暴力ではらすのはもってのほか。自分に降りかかった理不尽を「復讐」で解決するのだってそうだろう。それが場違いなところに暴発したら尚のことだ。だが、それだって本当は「復讐」する人間にはどうだっていいのかもしれない。とにかく誰かにこの怒りをぶつけられればいいって気持ちがどこかにあるんじゃないか。

 本来いきり立つ奴を抑えようとしていた理性的な男も、「やっていい」「やるべきだ」という公然とした大義名分さえ立てば「復讐」の名の下に暴力を行使する。それとても「復讐」の目的とは全く異なる、それまで抑えつけていた自分の静かな怒り…恋人を奪われてしまった悔しさ、その恋人に気を惹かされたまま悶々とさせられている鬱屈した思いのハケ口として、まったく場違いな相手に怒りを発散していないと誰が言えよう。

 そしてこう言っては語弊があるが、そんな明らかに暴力、明らかに罪と分かるものは、まだタチがいい方かもしれない。

 相手の好意を知りながら…いや知っているからこそ結果的に翻弄してしまう無思慮、友人にも関わらず心ならずも裏切って恋人を奪ってしまった後ろめたさ、にも関わらずそんな友人に女をあてがおうとする無神経、恋人を奪われた理不尽さも手伝ってかついつい奪った当人を面と向かって侮辱している無自覚、せっかく手に入れた恋人の気持ちをくんでやらず勝手に振る舞う無責任…人間ってやつは知らず知らずのうちにも、どれだけ人を傷つけているのか分からない。

 それだって暴力じゃないのか?

 でも、それをやめることなんて出来ない。生き物が自らを生かしていく上で、何か別の生き物を殺して食わねばならないように。分かってやろうとはするかもしれないが、完全に分かることは出来ないだろうし、分かったところで譲れるわけじゃない。元々は一人ひとりの人間は他者にすぎない。それぞれその目指すところは微妙にズレている。ただその時その時の利害が一致して、それで連帯しているだけかもしれないのだ。その利害が対立する時だってあるだろう。そうなった時、人は他者を傷つけずにはおれない。その気がなくとも傷つけてしまう。生きていくということ自体が、実はそんな忌まわしい側面を持っている。生きていく、生き延びていく、さらには種として残っていく…ということは、煎じ詰めれば他者を苦しめ、傷つけ、時に食い殺していくという行為なのだ。あとは自分が罪深い存在であるという、自覚があるかないかの違いが存在するだけ。

 「時はすべてを破壊する」…そう、大切な人や、人とのつながりも崩れ去っていく。自分の、そして誰かの人生も損なわれていく。それはレイプや殺人といった激しく深刻なかたちをとることもあるが、日常の中にさりげなく潜んでいることもある。時そのものが人や人に関わるものを蝕んでいくということもあるだろうし、時の流れの中で人が生を営んでいくうちに、どうしても他者を蝕んでいかざるを得ないということもあるだろう。自分を自分で蝕んでいることもあるだろう。どれもこれも取り返しがつかないが、仕方がない。大きな時の流れから見れば、新しい命が生まれ出るには滅びていく命が必要だとさえ言えるのかもしれない。

 それでも、人は生きていかねばならないのだ。

 

不快感を逆手にとったギャスパー・ノエの作戦

 ギャスパー・ノエの映画というと、毎度スキャンダラスな題材の作品である印象があるよね。僕はこの人の映画は「カノン」しか見ていないけど、やっぱり…と言うべきか、見て思い切り滅入った印象がある。そこへ来て今回の映画はレイプと殺し、それもかなり執拗に描かれているらしいと聞いて、正直言って見る気があまり起きなかった。それでも見たのには理由がある。一つはモニカ・ベルッチ、ヴァンサン・カッセルという注目すべきスター・カップルの共演作であること。そして、もう一つは映画の時制がどんどん逆行していくユニークな構成を持っているということだ。

 案の定、見て早々に気が滅入った。というより不快になった。それは暴力が凄かったからではない。いきなりグルングルンと酔っぱらったようにカメラをブン回す、船酔いになりそうなカメラ・ワークゆえだ。

 まぁ、暴力の興奮とカオスのような激情を表すための常套手段とは言え、このカメラにはまいった。まずは横長シネマスコープ画面をタテにしたり逆さまにしたりと目まぐるしいとこにきて、当然ドラマは逆行するわけだから話も何が何だか理解してない。一体どうなってるんだと目をこらすが、カメラはあっちゃこっちゃ回って何が写ってるのかよく分からない。おまけに夜景やらゲイ・クラブの店内やらの暗い場面が多いせいで、ますます何だか分からない。これにはイライラさせられたよ。やっぱり見るんじゃなかったと思った。

 だが、これがどうもノエ氏の作戦だったようだ。

 イライラする観客心理は勢い登場人物のギスギスした心理と同化していく。激しい暴力場面は見るに耐えないシロモノだが、それまで何が写ってるのかもハッキリ見せてもらえない状態が続いていたから、少なくともハッキリ何が行われているか見えるだけでも気分的にスッキリする。そこで観客と登場人物は見事に同化していくのだ。本来なら「なぜあんな惨いことを」でとどまってしまう観客心理を見事に誘導してる演出じゃないかね。もっとも、観客がみんなそこまでついて行ければの話だが。

 さすがに執拗に続けられるレイプ場面は精神的にウンザリしたが、これはウンザリさせられなければ訴求力も半減しよう。ここがイヤになるほどじっくり描かれているから、後の場面が効いてくるのは言うまでもない。

 そして、こんな事を言うのはまことに不謹慎だが、最初がショッキングで後に直接描写がどんどん大人しくなるから、何とかこの映画について来れたとも言える(実は例のフラフラしたカメラもどんどん大人しくなる)。これが普通の時制で展開してたら、ホントにまいっちゃったと思うよ。

 でも実は、この映画が本当に惨いのはそれからなのかもしれないんだ。

 暴力を行使した奴らは罪がある。だが、そもそもこの映画に登場する人物…ひいては我々全員に罪はないのか?

 

忌まわしさの元を辿った時

 漆黒に包まれた薄汚い夜の街。安っぽい部屋に佇む二人の男。男のうち太った初老の方はなぜか素っ裸だ。口を開いて何を言うかと思えば…「時はすべてを破壊する」
 この男、娘と寝てブタ箱にブチ込まれたらしい。あげくすべてを失った。だがもう一人の男は、その言葉の意味が分かっているのか分かってないのか。「なぁに、世の中何でもアリよ」
 外が何やら騒々しい。この建物の下階には、
怪しげなゲイ・クラブ「レクタム」がある。そこから今一人の男ヴァンサン・カッセルが担架で運び出されていた。カッセルは腕を骨折しているようだ。店の中ではどうも殺傷沙汰が起きたらしい。その犯人であるアルベール・デュポンテルが店から連れ出されてきた。デュポンテルは放心状態で警察の護送車に乗せられ、護送車は夜の街を走って走ってひた走り…。

 

 ここはどんよりと暗い店の中。何が何やら分からない騒音と暗黒の中、どうも男たちの怪しげな行為が行われているようだ。そこにえらい勢いで乗り込んでくるカッセル。「テニアって奴はどこだ!
 完全にキレた状態のカッセルを抑えようと必死なのは、連れのデュポンテルだ。おいおい、いいかげんにしろなどとなだめすかしているが、頭に血が上ったカッセルは止まらない。店の中をあっちこっち出入りしては、例のテニアなる男の居所を探している。だが、暗くてうるさい店内ではなかなか見つからない。あげくテニアの「恋人」だと名乗る男は現れたが、そいつはカッセルに犯してくれと懇願する始末だ。「うるせえ、ブチのめされてえのか!」
 デュポンテルはカッセルを止めようとして必死。
復讐など何になる…と言ってはみても言葉は無力だ。カッセルはどうも目当ての男を見つけたらしい。「オマエがテニアか? どうなんだ!」 二人その場に立っている男のうち、ジョー・プレスティアという男は異常な状況に気づいてかその場を離れた。だが残った男は不敵にニヤつくばかり。
 こいつか? こいつがテニアなのか? 
 キレたカッセルは男につかみかかるが、逆にブチのめされて腕をへし折られる。そして後ろからこの男に犯されそうになるテイタラクだ。
 これには
大人しかったデュポンテルがキレた
 いきなり手近にあった消火器で男を殴り倒す。大人しい男がキレるともう止まらない。倒れた男の顔面を、繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、力の続く限り殴り続ける。そのうち男の顔は腫れ上がるを通り越してグチャグチャに変形。
骨も砕けて単なる肉塊と化しているのに、もうデュポンテルは止められない。それまで面白がっていた店のゲイの男たちみな総毛だってしまう…。

 

 カッセルはタクシーを暴走させている。「レクタルって店はどこだ! テニアって男はどこだ!」 クルマにはデュポンテルも乗っているが、カッセルの暴走を止められない。めざす店を見つけてクルマから降りるカッセルだが、降りようとしないデュポンテルに怒り狂うとクルマの窓ガラスをブチ壊した。
 「こんなことしてどうするんだ? バカはやめろ」
 だが、怒りに目がくらんだカッセルは止まらない。仕方なくデュポンテルは、いきり立つカッセルと共に「レクタル」の店内に入って行った。

 

 「てめえ、この中国人! レクタルって店はどこなんだよぉ!」 中国人ドライバーが運転するタクシーに乗り込んで、怒鳴り散らすカッセル。横で見ているデュポンテルはヒヤヒヤだ。「ゲイの店なんだよ、知らねえのかオメエは!」
 あまりの侮辱に怒った中国人ドライバーは、クルマを停めて二人を降ろそうとする。ところがカッセルは逆にドライバーを引きずり降ろして、タクシーを奪って急発進させた。「おい、一体どうする気なんだよ!」

 

 立ちんぼうの売春婦たちがたむろする道で、太っちょとヤセの二人組の男を道案内に聞き込みをするカッセルとデュポンテル。しかし、何か聞き出そうとするたびにカッセルがキレて怒鳴るために、なかなか収穫がない。それでも何か知っている風な女ヌネスを見つけだす一同。この女ヌネスは、実は女装のゲイだった。
 「テメエ、現場にいたな! 誰がやった? そいつはどこにいる?」
 カッセルの目指す男はどうも
テニアという名らしい。そいつは「レクタル」というゲイ・クラブにたむろしていると言う。
 だがそれだけ聞き出したところで、カッセルの乱暴狼藉に怒った売春婦たちが襲いかかってきた。カッセルとデュポンテルはやっとこタクシーを捕まえると、這々の体で何とかその場を逃げ出した。

 

 パトカーの中で刑事から聞き込みされるデュポンテル。その表情は憔悴しきって、何を聞かれても答えにならない。やっと解放されてカッセルの元に戻るが、立ちすくむカッセルとても茫然自失だ。そこにやって来た怪しげな男二人。何やら土地の顔だという太っちょとヤセの二人組だ。
 「サツなんてアテにならない。
あんた自分で復讐する気はあるか?
 この二人組、金さえ払えば犯人探しの力になると言う。ただただ呆然としていただけのカッセルだが、二人組の言葉にだんだんその気になってきた。
 「よし、やるんだな? 覚悟はいいな!」

 

 酔いも回って建物から出てきたカッセルとデュポンテル。ご機嫌のカッセルをデュポンテルがたしなめる。「あんなことをしてたらダメだ、彼女を失ってしまうぞ」 だがカッセルは大して気にもとめてない。
 ところが前方で何やら事件が起こったようだ。パトカーと救急車が停まって、野次馬の人だかり。どうもレイプ事件が起きたらしい。その救急車に担架で運び込まれようとしているのは…。
 「アレックス!」
 カッセルは運び込まれようとしている女を見て絶叫した。あげく担架にかじりつくカッセル。
「彼女はオレの恋人だ!」
 女は顔を血だらけにして瀕死の重傷だ。泣き叫ぶカッセルは半狂乱。デュポンテルもただただ言葉がない

 

 建物から出てくるアレックス…モニカ・ベルッチ。道路を横断しようとするが、クルマが多すぎて渡れない。そこで近道の地下道を使おうとしたのが運の尽きだったか。
 真っ赤に壁が塗られた地下道を通っていると、中でカップルがケンカしている。それも男が暴力を振るおうとして尋常ではない様子だ。思わず止めようとベルッチが声を荒げたのがマズかったのか。男…ジョー・プレスティアはベルッチの方に向き直った。
「何だテメエ?」
 その隙に女…例のヌネスは逃げ去ってしまう。だがプレスティアはもう構っちゃいない。格好の餌食が現れたからだ。「この金持ちのインラン女めが!」
 刃物をチラつかせて脅し、押さえつけてベルッチを倒すプレスティア。そこからは延々と、まるで終わりがないと思えるほど
ネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチ…いつまでも果てしなく続く恐るべき陵辱と暴力。プレスティアはベルッチを傷つけ辱め汚しきったあげく、その顔をしたたか打ち付けて痛めつけた。

 

 パーティー会場。カッセルはデュポンテルをからかっている。「女とつき合わなきゃ。今は自分で処理してるのか?」 あんまりな言い草に笑うしかないデュポンテルだが、その内心はいかばかりか。あげくその場にいる女をあてがおうとするカッセルだが、実は自分が女たちとおイタをしたいのかも。そんなカッセルにデュポンテルはあきれ果てる。「彼女を放っておいていいのか?」
 その彼女…ベルッチは、一人で他のパーティー客と踊っていた。そんなベルッチを見て驚くデュポンテル。「君は昔は踊ったりしなかったじゃないか」
 どうもデュポンテルはかつてのベルッチの恋人だったようだ。それが今ではカッセルの彼女。それでもこうして一緒にパーティーに出席しては、セクシー・ドレス姿のベルッチの姿をウットリして見ている。まだまだ未練たっぷりのデュポンテルだった。こんな素敵な彼女、オレならばもっとずっと大切にしてやれる。それなのに、
何でオマエはあんな男の方がいいんだ?…そんなデュポンテルの気持ちを、ベルッチは一体どう考えているのだろう?
 カッセルはというとご機嫌はいいのだが、悪ふざけが過ぎたようだ。可愛い恋人にご機嫌なのはいいけれど、彼には彼女の気持ちが分かってはいない。最初はアツアツ・ムードのベルッチとカッセルだったが、彼がクスリでイッてると知るや、ベルッチはさすがに怒り始めた。二人の幸せのために、もっとしっかりしてくれないと困るのに…。「あなた
いつまでガキみたいな事やってるのよ!
 怒ったベルッチはカッセルを置いて帰宅することにした。慌てて送ろうとするデュポンテルだったが、ベルッチはカッセルの面倒を見てくれと言い残してその場を去った。

 

 地下鉄に乗ってパーティーに向かうベルッチ、カッセル、デュポンテルの三人。デュポンテルは親しさも手伝ってか、彼女にどうして単細胞のカッセルがいいのか問いただす。あげくセックスで彼女に絶頂を味わわせることが出来なかったことを悔やむ。「あなたは理屈が勝ちすぎてるのよ。セックスは理屈じゃないの
 かつてのベルッチとデュポンテルの親密かつ濃厚な関係について、延々聞かされているカッセルの気持ちはどうだろう。自分のセックスが至らなかったことを思い知らされるデュポンテルの気持ちはどうだろう。どこかねじれながらも、親しみのあるいい関係を続けたいベルッチの気持ちはどうだろう。
 そんな三人の会話と関係は、親しく気安くもあったが、
どこかひりひりとしたものも感じさせる
 パーティー会場へ向かうエレベーターの中で、ベルッチは最近読んだ本の内容を語った。それは人間の運命はすでに決められているというもの。「だから、
正夢ってのがあるわけよ」

 

 ベッドに全裸でまどろむベルッチとカッセル。そこにかかってきたデュポンテルの電話で起こされるが、二人はまだけだるそうだ。片時も離れたくないような二人は、いつまでも裸でじゃれている。
 「私、
真っ赤なトンネルにいる夢を見たの…」
 カッセルはこの日、デュポンテルと顔を合わせるのが気まずいようだ。それと言うのも、結果的に友人デュポンテルの恋人ベルッチを、自分が奪ったかたちになったから。だが、ベルッチは
大して気にもとめていない。私は誰のモノでもない。私が決めたことなんだから…。むしろ、こうなってもデュポンテルと親しさを損なわずにいたいというのが彼女の思いだった。その時の彼女の脳裏には、果たしてデュポンテル本人の気持ちまで思い至っていたかいなかったか…。
 そんなベルッチは生理が遅れていると言う。
もし妊娠していたら?…の問いに、「悪くない」と屈託のない笑顔を見せるカッセル。
 カッセルが酒を買いに出かけた後で、一人で妊娠試薬を試してみるベルッチ。その結果に、ベルッチは満足げな笑みを浮かべた。彼女の脳裏に浮かぶのは、絶対の幸福のイメージ…。

 

人間にとっての他人とは?

 先日の韓国テグ市の地下鉄放火事件が、どうしても脳裏から離れない。いや、僕がすごく道徳的な人間で、深く憤りを感じているからってわけじゃないのだ。あの事件が起こった原因の、ずっと深い根っこの部分を考えちゃうんだね。

 あれって自分の人生にやり場のない怒りを貯め込んだ男が、地下鉄の乗客道連れに死のうと考えたのが発端だよね。こう言っては何だが、その当人がおめおめと助かったのは全くいただけない。そして仮にこの男が思いを遂げて死ねたとしても、つき合わされた方はたまったもんじゃない。全く理不尽だ。許せない。だけど、やった本人としては、それなりに大義名分はあると思ったんだろうね。

 僕も地下鉄は毎日使ってる。通勤に使っているのは言うまでもないし、土日に遊びに行くのも地下鉄でだ。だから、毎日イヤでも乗客ウォッチャーをすることになる。そうして見てみると、地下鉄ってまさに人間のるつぼなんだよね。

 サラリーマン、OL、学生、老人、親子連れ…ありとあらゆる種類の人々がそこにはいる。そして、交通手段だからみんな使ってはいるけど、そこは決して快適な空間とは言い難い。ラッシュで混んでいるなんていうのは当たり前。そんな不快感は仕方のないことだ。だが、それ以外にもウンザリすることは山ほどある。痴漢なんてのは論外。それでなくても、地下鉄車両の中には忌々しいことが溢れてるのだ。

 でかいリュックを背負って人にぶつけてくる若造、禁じられてるのに携帯でしゃべる女ども、フザケ回る出来の悪い子供を止めようともしない親、大股開けて座席を占領する男たち、大声でわめき散らす酔っぱらい、全身から発散する臭気が耐え難い浮浪者、大きくスポーツ新聞を広げてジャマになるサラリーマン…右を向いても左を見てもウンザリのオンパレードだよ、まったく。韓国地下鉄放火犯人と一緒にしては何だけど、こいつらだってハタ迷惑なんだよねぇ。

 でも、彼らはたぶんそれが悪いと思ってないからやってるんだろう。リュックが便利だからどこでも背負うし、どこでもしゃべれるから携帯は便利なんだろう、子供はノビノビ育てたいとも思ってるんだろうし、足が長い人間に窮屈な座席で小ぢんまり座るのは苦痛だろう、酔っぱらった時には気が大きくなるだろうし、浮浪者だって好きで汚い格好をしてるわけじゃない、電車内が退屈だからスポーツ新聞を読んでもいるんだろう…。まぁ、それが正当であるなしに関わらず、誰にもそれなりの言い分はあるに違いない。だからこそ誰かに注意されようもんなら、大人しく謝るどころか反発して怒鳴り返したりもする。多少は悪いと気づいていても、それくらいいいだろうと思ってるし、何より自分はそうしたい。そうする必要がある。そうした方がいいしラクだ。

 そんな事を言いつつ自分はと言うと、やはり通勤時にデカいカバンを肩から下げて、ついつい人にぶつけたりしてる。急ぎの用事の時に携帯メールをコッソリ打ったりしてる。自分だってリッパにハタ迷惑の仲間入りだ。

 これらはみんな道徳心の問題になるんだろうけど、中にはどうしようもなくハタ迷惑になってることだってあるんだろうね。いや、道徳心が問われる場面以外だってそういうことはあるだろう。気づくと気づかざるとに関わらず、人間は他人に対して失礼なことをしてるもんだ。そして、必ず他人から迷惑を被ってもいる。

 だって実際のところ、人間って他人のために生きているわけじゃない。みんな自分の利害のために生きている。だから誰かの幸せってのは、実は別の人の不幸なのかもしれない。

 生きていくってことは、そんなものかもしれないよね。

 

ノーマルな時制で読みたい方へ


 (2003/03/03)

  Irreversible

「アレックス」