「トランスポーター」

  The Transporter (Le Transporteur)

 (2003/02/17)


男には一発大逆転のチャンスがある

 昔、大韓航空機爆破事件という物騒な事件があったことを覚えているだろうか? 日本人の父娘に化けた北朝鮮の工作員二人が、大韓航空機に爆弾を仕掛けて飛行中に爆破してしまったというとんでもない事件。ただし、今回はそれで北朝鮮はおっかないって話をしようという訳じゃない。

 その工作員のうち父親に化けた男は服毒自殺して果てたものの、娘に化けた若い女の方は死にきれずに、韓国に身柄を拘束されたわけ。今回のお話はまずはこの若い娘の方、日本人名・蜂谷真由美ことキム・ヒョンヒからスタートする。

 このキム・ヒョンヒ、何と言ってもスパイだ。そして多大な人命を失わせたテロリストでもある。普通なら厳しい取り調べの後で極刑が待っていてしかるべきところだろう。だが、彼女はそうならなかった。まずは工作員として国に選ばれた以上、このイバラの道を辿るより他なかったという同情が湧いた。あげく、何と韓国国内では彼女に結婚の申し込みが殺到したという。結局、彼女は国家の厳しい監視下ではあるが、最終的に無罪放免となって一介の民間人となった。

 そんなキム・ヒョンヒを見た知り合いの女の子は、まぁ当然と言えば当然の一言を吐いんだね。

 「やっぱ可愛い女の子はトクよね〜」

 そう。彼女キム・ヒョンヒは清純派の美人だった。あげく付けられた呼び名がすごくて「ヴァージン・テロリスト」。何で処女だと分かったのか、処女であることがどう関係あるのかは別として、彼女って世間的にはまるでアイドル的な扱いを受けていたんだよね。

 でも、これはちょっと意地悪な話になっちゃうけど、彼女が美人でなければどうだっただろう? また、幸か不幸か自殺した男の工作員が生きていたら、果たして同情を買ってただろうか? 否、と僕は思っちゃうんだよね。

 見てくれで人を判断するのは良くないと思いつつ、やっぱり女の人生キレイな方がトクだとは思う。もちろん美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れるとは言うよ。長い目で見れば、いかに美人でも困っちゃう女だっている。つき合ったり一緒に暮らしたりする女ってくれば、そりゃ見た目だけって訳にはいかない。実は見た目は大して意味がなくなる。だけど、ちょっと見の第一印象だけに限れば、残念ながら美人はトクと言わざるを得ないから女は大変だよね。ここらへんは文章の行間をよ〜く読んで、フェミニストの人は振り上げかかった拳をゆっくり下ろしてちょうだいね(笑)

 もちろん男だって容姿は大きい要素だ。カッコいい奴に女をかっさらわれた経験数知れずの僕が、それを分かってないはずもない。だけど、男には容姿が良くなくちゃという強迫観念がそれほどはない。

 いい男でもない男がモテはやされるってことが、現実にいくらでもあるからね。

 実はこの僕とても、結構いい女を彼女にしていたことだってあるんだ(笑)。顔じゃない。これは本当の話だよ。

 映画スターだっていい男ばかりじゃないよね。ハッキリ言って食えないご面相の男が、カッコいい役をやって何の疑いを持たれないことなんてザラだ。

 そんな映画スターの代表格が、たぶんチャールズ・ブロンソンだろうね。

 出始めの彼ってアメリカ映画ではどう転んでも脇役。だって若い頃からシブい顔して、どう見たって脇役ヅラをしてたからね。ホントだったらそのまま脇役人生一直線だっただろう。

 彼の転機はヨーロッパに渡ってからだ。

 アラン・ドロンと共演の「さらば友よ」で当たりをとって、シブい顔が大いにモノを言った。そうなりゃヨーロッパで彼の快進撃が続く。「夜の訪問者」「狼の挽歌」「扉の影に誰かいる」「レッドサン」…次から次へとつくられる主演作は、どれもカッコいい男としての彼を演出していた。あげく日本では男性化粧品「マンダム」のCMにまで引っぱり出された。化粧品だよ、化粧品。あのツラで化粧品。ホントだったら絶対あり得ない話だろうね。

 あげく一枚看板の主演スターとなった彼はアメリカに凱旋。「狼よさらば」など主演作を次々と撮った。ハッキリ言ってどれもこれも出来はお寒いものの、主演スターであったことには変わりない

 だから女性のみなさんには申し訳ないけど、男はやっぱりトクかもしれない。男には例えツラがマズくても、この一発大逆転があるからね。

 

クルマのプロが自らの掟を破るとき

 その男、黒のスーツをピシッと決めて、愛車BMW735の運転席で息を潜めていた。彼ジェイスン・ステイサムの商売は、トランスポーター=運び屋。抜群のドライビング・テクニックでヤバい仕事も引き受けるプロ中のプロだ。今も銀行強盗の逃走用ドライバー、俗に言うランナウェイ・ドライバーとして銀行の外で待機中。一仕事終えて慌ててクルマに乗り込んで来た一味を、無事に逃げおおさせるのが今回の仕事だ。だが、クルマに連中が乗り込んで来たのに、ステイサム一向にクルマを発進させようとしない。

 「ダメだ、契約違反だ

 彼が契約したのは3人の男の乗車。だが、乗ってきた男たちは4人。そこんとこ固いことを言わず頼むと強盗のリーダーが銃を振り回しても、頑として聞かないステイサム。「ルール1、契約厳守だ」

 怒る強盗リーダーにステイサムは冷静かつ理路整然と説明する。合計体重が変わればガソリンが足りなくなる、サスペンションの効き方も変われば、逃走のためのドライビングにも影響が出る、第一このクルマはオレしか動かせない仕掛けになっている。

 ええいままよ、強盗リーダーは一人をその場で射殺して投げ捨てた。契約は満たされた。ステイサムは慌てず騒がずクルマを発進。猛スピードで走り出した。

 四方八方から押し寄せるパトカーを、神業のようなテクニックで振りきっていくステイサム。確かに料金が高いだけのことはある。いよいよダメかと思っても、まったく冷静さを失わずに危機を突破していくステイサムに、強盗団もすっかり舌を巻いた。

 予定の待ち合わせ場所まで着いたところで、強盗団リーダーはギャラのアップと、さらなる逃走の依頼を申し出た。だがステイサムの返事は「ノー」。契約は契約。ステイサムはその場から愛車BMWを駆って風のように去っていった。その後、強盗団は逃走に失敗して逮捕されるが、そんなことステイサムの知ったことではない。

 彼はこうしたプロ意識を徹底させて、ここまで生き延びて来た。

 海辺の洒落た家に一人住むステイサム。そこにやって来たのは気のいいオヤジ然としたフランソワ・ベルレアン刑事だ。彼は昨日の強盗事件のことについて、ステイサムにあれこれと探りを入れる。だが冷静なステイサムはまるっきり尻尾を出さない。人の良さそうなベルレアン刑事は、だがステイサムに油断なく目をつけていたのだった。

 そんな彼に新たな仕事の依頼。何やら分からぬ大きなバッグを、とある場所まで届ける仕事だ。だが、彼は届ける先が誰か、そのバッグの中味が何か、そんなことを尋ねようともしない。「ルール2、名前は聞かない」「ルール3、荷物の中味を詮索しない」…それがステイサムの冷徹な掟なのだ。

 バッグをトランクに入れて走り出したところ、すぐに運悪くタイヤがパンク。それでも慌てず騒がずクルマのトランクを開けてスペア・タイヤを取り出すステイサム。だがその時、積み荷のバッグがもがくように身動きするのを見たのが、今回のステイサムの運の尽きだったのか。

 途中で腹ごしらえをしていたステイサムだったが、どうしても積み荷が気になった。らしくない情が湧いて、「積み荷」に飲み物を与えようとするとは、ステイサム今回はどうしたことか。自らに課した禁を破ってバッグを開けてみると、そこには一人の東洋人の若い女スー・チーが、口にガムテープを貼られて詰め込まれているではないか。

 ガムテープに穴を開けて飲み物を与えると、再びトランクに閉じこめてクルマをスタート。だが「積み荷」は何やら激しく暴れてばかりいる。こうなると気になるステイサムは、再び「積み荷」を確かめずにはいられない。ガムテープを剥がしてしゃべらせると、「オシッコ!」ときたもんだ。

 スー・チーの首にロープをかけて、林の中で用を足させようとしたステイサム。だが敵もさる者。ロープをはずして一目散に逃げ出した。慌ててスー・チーの後を追うステイサム。だが、鍛え抜かれた男に頼りない小娘。勝負はおのずから見えていた。

 しかしスー・チーをフンづかまえてクルマに戻って来てみると、ハイウェイ・パトロール警官二人に見つかってしまう。かくしてトランクにはさらに二人の客が増えることとなった。

 ともかく目的地の屋敷にたどり着いてみると、待ちかまえていたのはいかにも柄の悪いヤクザ風の男たちと、その親分格のマット・シュルツ。いかにもいけ好かない男だが、契約は契約。ステイサムはバッグを彼に手渡した。するとシュルツは、ステイサムに新たな運び屋の仕事を頼み込む。まぁモノはついでだ。頼まれたアタッシェ・ケースをクルマに積んで、ステイサムは再びクルマを発進させた。

 帰り道の途中で、またも一休みのステイサム。彼がトランクに閉じこめた警官に飲ませるために、クルマに向かって飲み物を運ぼうと歩き出したその時…!

 ドッカ〜ン!

 クルマは木っ端微塵。当然トランクにいた警官も命はないだろう。あのシュルツが渡したのは爆弾だったのだ。これにはさすがにステイサムも怒りに火がついた。

 シュルツの屋敷にとって返したステイサム。迎え討つ手下の雑魚チンピラどもをアッという間に料理したステイサムだが、肝心のシュルツは家にはいなかった。仕方ない。彼はガレージのベンツを拝借すると、用のない屋敷からとっとと逃げ出した。

 ところがこのベンツには、あの「積み荷」スー・チーが乗り込んでいた。

 先ほどの大立ち回りのドサクサに紛れて、縛られ監禁されていたスー・チーが逃げ出してクルマに乗り込んでいたのだ。何てことだ、この疫病神が。元はと言えばすべてこいつがいけない。ステイサムはクルマから彼女を放り出し、そのままその場を逃れようとした。

 …はずだった。

 ところがどうしても彼女を捨て置けないステイサム。ええい、どうせ乗りかかった船だ。ステイサムは苦々しい顔をしながら、結局スー・チーを拾って自宅まで連れてくるのだった。

 自宅でスー・チーを縛ったロープをはずし、インスタント・ラーメンをつくってやると、彼女のゴタクにも耳を貸さずに眠ってしまうステイサム。後は好きなようにしろ…とでも言わんばかり。

 だが翌朝ステイサムが目覚めてみると、スー・チーは甲斐甲斐しく朝食の用意などしている。ハッキリ言って煩わしいことは嫌いなんだよねぇ…大いに苦り切るステイサム。こいつどうするつもりなんだよ。

 そこに折り悪く、またもあの刑事ベルレアンがやって来た。こりゃマズイ。しかしここはスー・チー機転を利かせて、ステイサムのアリバイをつくってやった。これでおあいこってわけか。

 そんなこんなで一息ついたのもつかの間。何とステイサムの自宅にロケット弾が撃ち込まれるではないか。爆発と激しい炎の最中に、今度は銃弾の雨アラレ。明らかにあのシュルツの一味が仕掛けてきたことに違いない。ステイサムとスー・チーは、何とか海中に潜って難を逃れるのが精一杯。これには、ステイサムもただならぬ事情を察せずにはいられなかった

 さぁ、「積み荷」にされていたスー・チーの正体は? シュルツはなぜ血眼になってステイサムを襲ってくるのか? そしてステイサムとスー・チーは、この身に降りかかった危機から逃れることが出来るのだろうか?

 

ベッソン印に乗っかったジェイスン・ステイサムの魅力

 リュック・ベッソン…というと、いまやヨーロッパ映画ファンにはあまりいい印象を持たれない映画作家の一人に違いない。僕も途中まではアメリカ映画っぽい明快なビジュアル主義でフランス映画を撮る男と好意的に見ていたけど、それも「レオン」までだったかな。「フィフス・エレメント」あたりからそのハリウッド的趣向の行き過ぎと話のあまりのバカバカしさについていけなくなった。そのくせやたら大げさな構えの作品づくり。その「巨匠」然としたデカい態度(…って見たわけじゃないけど)に、ちょっと何か違うんじゃないのと思っちゃったことは何度も繰り返し言ってきたね。

 だけど、彼が監督ではなく製作した作品については、ちょっと好意的な見方をしてるってことも何度も言った。

 「TAXI」二部作あたりのあの安っぽさ、気軽さ。結構嫌いじゃないんだよ。一見、アメリカのコッポラ、ルーカス、スピルバーグあたりが、プロデュース作を量産したのと同じように見えるんだけど、実はちょっと違うようにも思う。これらベッソン製作作品って、実は彼が脚本も書いている。だから、彼が思い付いて面白いと思いながらも、監督までは手が回らないネタをプロデュースしているんだろうと思うんだよね。

 だけど、監督まではしないで人に任せているくらいだから、監督作と比べて肩の力が抜けている。ハッキリ言えば手を抜いている。その手抜きさ加減に、あの最近の「巨匠」ぶったベッソンにはない人なつこさや気軽さが感じられて、僕は何となく好きなんだと思うんだよ。

 第一、こんなの傑作狙いでも何でもない、ちょっと面白いだけの思いつきだよってバカバカしさがあるから、腹も立たないじゃないか。映画ファンの中にはこんなのくだらないって怒ってる人も見受けられるけど、そもそもこれらの作品ってそれだけの構えでしかない。そんな投げた自覚があるだけ、僕は潔いと思うわけ。

 そんなベッソンが新たに、ヨーロッパ発信の娯楽映画をつくろうと「ヨーロッパ・コープ」なる新会社を発足させたあたりで、ベッソン製作作品はまた新たな側面が出てきた。ここで制作された作品を見渡せばよく分かる。ジェット・リーとブリジット・フォンダとチェッキー・カリョを組ませてパリでつくった「キス・オブ・ザ・ドラゴン」、ジャン・レノとヒロスエを組ませて日本で撮った「WASABI」、そしてジェイスン・ステイサムとスー・チーを組ませてフランスでつくったこの「トランスポーター」。使われている言語もフランス映画にも関わらず、「WASABI」以外は英語っていうことから、アメリカ映画への対抗意識が感じられるじゃないか。映画の内容がどれもこれも単純明快な娯楽作ってとこもそうだ。そして意識して欧米と東洋の映画人の融合を狙っているのも、氾地球的なマーケットを持つアメリカ映画を意識してのことだろう。その志は一見すると実に壮大なものだ。

 だが笑っちゃうのは、やっぱり自身の監督作じゃないと思いっきり肩の力と手を抜くベッソンのクセが、またしてもそこに出ているんだよね。「アメリカ映画に対抗できるスケールでかくて明快な娯楽作づくり」なんて大義名分まで揃っているから、大手を振って大々的に単純単細胞なバカ映画をつくることになっちゃってるわけ。「フィフス・エレメント」を見ても分かる通り、ベッソンって根本は中学生程度のオツムしかなさそうだから、そうなるのも無理ないね。製作だけなら「巨匠」ヅラする必要もないし、仰々しいカミシモも着ない。でも、そこがこうしたベッソン製作作品のいいところなんだよ。いわば駄菓子屋の味なわけ。この人って元々深く考えるタチじゃないみたいだから、それでいいじゃないか(笑)。

 で、今回は主役に「ロック、ストック・アンド・トゥー・スモーキング・バレルズ」や「スナッチ」といった、ガイ・リッチー監督作で株を上げたジェイスン・ステイサムと、香港映画でやたら売れまくってるスー・チーのカップリングで勝負だ。アクション監督にこれまた香港のコーリー・ユンを持ってきてるのも、いかにも「らしい」人選。正直言ってベッソンのお抱え運転手みたいなルイ・レテリエ監督なる人物はどうでもいい(笑)。実はスー・チーは何考えてるのか分からないヒロインで、ただ可愛くてセクシーなとこだけが買われてる。この映画では大して魅力爆発でもないしね。でも、真の主役ステイサムはちょっと見どころあるよ

 このステイサム、上記二本で注目集めたか、最近じゃ「ゴースト・オブ・マーズ」なんてアメリカ映画にまで出てくる。でも、いいとこ売れても味のある脇役止まりの人って感じなんだよね。それが初めて全面的に主役を張っている。だからもう張り切っちゃって大変。アクションも頑張ってる。本場香港のコーリー・ユンによるアクション指導の賜物か、なかなか本格的なカンフー・アクション見せてて、思わず見直しちゃう程なんだよね。そしてクールにキメてるあたりもなかなかだよ。本来はツラ構えから言っても醸し出すムードから言っても、主役って柄じゃない。ま、ハッキリ言って小物ヅラだ。だけど、今回に限ってはなかなかカッコいいわけ。そんな彼を見た時、僕はあるもう一人のスターを思い浮かべたんだね。

 チャールズ・ブロンソン。

 いや、全然個性も違うし、似てるなんて言うつもりはないよ。でも今回の起用のされ方、その活かされ方に共通するものを感じたわけ。

 ブロンソンってあのままアメリカ映画だけに出ていたら、たぶん主演スターって道は歩まなかったと思う。まぁ後年のブロンソンはロクな作品がないから、あまりいい例だとは思わないよ。だけど、クサっても主役ってことはあるからね。やっぱり彼としては格が上がったんじゃないか。そんな味とクセはあるけど華のないアメリカ脇役俳優が、ヨーロッパ、それもフランス映画で華のある主役に化けたってとこが、今回のステイサムにも通じる「らしい」とこなんだよ。ステイサムは正確にはイギリス俳優だからちょっと違うけど、それでも近年はアメリカ映画まで活躍の場を広げているし、何より広い世界市場を相手にできる英語圏の役者だからね。それがわざわざフランス映画に招かれているあたりに、共通する匂いを感じる。ステイサムだっていくら注目を集めているとは言え、あのままだとアメリカ映画で味だけを買われての脇役稼業止まりになってしまうだろうしね。

 今回のクールなタフガイぶりも、たぶんフランス俳優では雰囲気出ないところからの起用だろう。英語市場への進出も視野に置いているだろう。だから、この作品での彼がもし注目を集めたら、ステイサムもこれからバンバン主役を張る可能性は多分にある。逆上陸してハリウッドでスターになることだって、まかり間違ったらあるんじゃないか?

 だから男は顔じゃない。まるっきり華のない野郎でも、一発大逆転の可能性ってあるんだからね。

 

 

 

 

 

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