「ボーン・アイデンティティー」

  The Bourne Identity

 (2003/02/10)


  

 ここは大シケの地中海。イタリア漁船が海上に浮かんだ一人の男を発見して引き揚げる。死んでいると思ったその男、大ケガを負ってはいるもののまだ息があった。早速親切な漁師は彼のウェットスーツを切り裂いて手当てを始める。すると男の傷は銃弾を受けたもの。しかもケツになにやら真新しい傷跡があるではないか。そこには小さな金属製カプセルが埋め込まれていた。取り出したカプセルはレーザービームのような光線を発し、それを壁に当てるとスイス・チューリヒのとある銀行の金庫番号を写し出した。一体この男は…?

 ところがこの男、傷を受けて弱り切っていたはずなのに、いつの間にか起きあがってこの親切な漁師を押さえつける。「待って待って! ワタシ、アナタのトモダチあるよ」

 何とか男をなだめすかした漁師が、逆に彼の身元を聞く。だが、ジミー大西激似のこの男は、自分の名前を覚えていない。名前どころか住所も職業も何もかも覚えていない。ジミー大西なら絵でも描けるんじゃないかと思ったが、どうもそれも出来ないらしい。

 ともかく漁師はジミー激似男を優しく看護して、寄港地であるイタリアの港町に着くといくらかのお金を渡してやった。これでスイスへ行け。例の銀行に行けば、君の身元の手がかりがつかめるかもしれない。

 だが、ジミーは疲れ切って公園のベンチでゴロ寝。そこに折り悪く警官が職務質問だ。身分証を…と言われてもそんなもの出てくる訳がない。ではご同行を…と有無を言わせず引っ張られようとしたその時…。

 条件反射的にジミーは警官二人をブチのめしていた!

 慌ててその場を逃げ出すジミー激似男。しかしとっさの事とは言え、大の男二人を瞬時にブチのめしてしまうとは…一体、オレは誰なんだ?

 その頃、ここは芸能界制覇の野望を抱く大阪の吉本興業…じゃなかった、世界支配を企むアメリカ・ヴァージニア州のCIA本部。実はある秘密作戦をしくじったばかりで、作戦チーフのクリス・クーパーは苦り切っていた。作戦とはどうやらアフリカ某国の独裁者で今は都落ち、亡命先のパリでもデカいツラの元・大統領アドウェール・アキノエ=アグバエ暗殺らしい。この男、アメリカの対外政策上ちょいと目の上のタンコブだったのだ。しかし暗殺は失敗。その名を受けた工作員も行方不明になっていた。

 その頃ジミー激似男はスイスはチューリヒにいた。早速例の銀行に出向く。日本の銀行ならちょっと目を離した隙に名前がジャンジャカ変わる。協和埼玉があさひ銀行、富士と第一勧銀がみずほ銀行、太陽神戸三井が今は何だっけ?…金を預けるなら日本の銀行は最悪。名前は変わるし利子はほとんどない。中小企業には貸ししぶり。その点、スイスの銀行は信用が置ける。汚ったねえ格好のジミー激似男が行っても、ちゃんと金庫から預けたブツを出して来てくれた。

 個室に籠もってブツを点検するジミー激似男。ケースの中にあった雑多なブツの中で、まず彼が目をつけたのがパスポートだ。なになに…ジェイソン・ボーンことマット・デイモンだと? オレはマット・デイモンっていうんだな。「オーシャンズ11」ではクルーニー、ブラピ、ジュリア・ロバーツに次いで格は4番目。オレもスターとしての格はまだまだだな…と思ったか思わなかったか。ところがケースには他にもパスポートがゴマンとあった。あれれ、こりゃブラジルのパスポートだ、こっちはフランス、こいつはロシア…どうなってるんだこれは? しかもそれぞれ名前が違ってる。中にはベン・アフレックなんて名前まであるぞ。この名前だけは勘弁してくれ。言っておくけど、「グッド・ウィル・ハンティング」の脚本はほとんどオレが書いたんだからな。

 そしていろいろな機械やら小道具やらの他に、どっさり札束もあるではないか。そして拳銃! 一体オレは何者だ?

 とにかく銃はその場に残して、他の品々を袋に詰めたジミー…じゃなかったボーンことデイモンは、そそくさと銀行を後にする。だが、その銀行の職員の一人は、携帯で某所に連絡をとっていた。

 その頃、吉本…じゃなくてCIAでは、上や下への大騒ぎとなっていた。ボーン=デイモンが生きていた! 彼らが行方を見失っていた工作員とは、まさにこのデイモンのことだったのだ。奴を捜せ、そして即刻始末しろ! クリス・クーパーの指令が欧州全域に飛んだ。そしてヨーロッパに散りぢりになっていた工作員たちに召集がかかった。

 それら工作員のメンバーは、最近金繰りに困って吉本に入った新婚の小室哲哉、テレビのニュースショーの司会を勤めてから政治通になったと勘違いの島田伸介、そしていつまでも「新婚さんいらっしゃい」にしがみついてる桂三枝…といった面々。彼らが集結しつつある場所とは…。

 その頃、ジミー…じゃなかった(しつこいね)ボーンことデイモンは、パスポートの住所から自分の住居がパリにあることを突き止めていた。早速パリへ…と思った矢先、どうも何者かが自分のことをつけている様子に気づいていた。この冴え渡る勘にも驚いたが、とにかく安全な場所に行かなくては。そうだ、オレはアメリカ人なのだ。ならばアメリカ大使館に駆け込もう。

 大使館の窓口に飛び込んだデイモンだったが、長蛇の列でラチがあかない。別の窓口では若い女が、やはり話が通じないらしくイライラしてる。どうも金がまったくないようで、苛立ちも頂点に達しているようだ。そんなこんなしている間も、自分を追っている人間は大使館にまで入り込んできた。あげく自分を捕獲しようと手錠を片手に近づいてくるではないか。

 またしても動物的本能か、大暴れして警備員たちをブチのめすデイモン!

 拳銃を奪って威嚇すると、大使館の中に逃げ込むデイモン。すわ一大事と兵隊が大使館を包囲し、中に突入してくるではないか。ところがデイモン慌てず騒がず、警備員の通信機を奪って様子を伺いながら館内を逃げ回る。こんなに落ち着いている自分が怖い。二階、三階と追いつめられたデイモンは、何と最上階まで追いつめられるが、窓を開けると壁をフリー・クライミングの要領でスルスルと降りて、まんまと大使館脱出に成功してしまう。

 だが、パリまで逃げ延びるには足が必要だ。見ると先ほど大使館窓口で苛立っていた女が、汚ったねえミニ・クーパーに乗り込もうとしているところだ。そこですかさずボーン=デイモンは、1万ドルやるからパリまで乗せて行けと持ちかける。この女フランカ・ポテンテは、一目でデイモンが追っ手から逃げ回っていることを見てとったものの、やっぱり金の魅力には逆らえない。こうしてデイモンはまんまとポテンテのミニ・クーパーに乗り込んで脱出を果たしたのだった。

 だが、そんな事も吉本…CIAはお見通し。フジもTBSも日テレもテレ朝も抑えてるから、情報は何でも筒抜けなのだ。つんくが牛耳る「ASAYAN」やってたテレ東だけは手が回らないけどね。ともかく早速フランカ・ポテンテの情報も洗い出されて、彼女とデイモンの写真入り手配書が、エプソンのカラリオでキレイにプリントアウトされて出回った。

 道中ではポテンテが今までの男遍歴を洗いざらいしゃべりまくり。というのも、さすがに男は両手の指でも余るほど経験しているポテンテでも、怪しげな逃亡者デイモンには緊張していたから。それでも何もしゃべらないデイモンにはさすがにキレて、一体何者と問い直さずにはいられない。

 これにはデイモンもついに正直に記憶喪失の一件をしゃべる気になった。そんなデイモンに素直に同情するポテンテ。男は山ほど知っているし、あんなこともこんなことも経験した、体位だってすべて知り尽くした女ポテンテだったが、優しい気持ちだけは汚れちゃいなかった。それにジミー激似の人恋しそうな表情で、ポテンテのしゃべりに安らぎを感じたなんて言われちゃあ、さすがの彼女も心揺り動かさずにはおれないってものだ。

 だから無事にパリのデイモンのアパートに着いた時も、ついつい彼の誘いに乗って彼の部屋に上がり込むポテンテ。シャワー貸してくれる?…なんて言って来られちゃ、男としてはその後の展開も当然ながら期待したいところだ。筆者は若い時それが分からないほど鈍感で、結構チャンス逃してきたからなおさらそう思う。

 さて、ここでのんびり…とはさせてくれないのが、人使いの荒い吉本…ならぬCIA。早速窓ガラスをブチ破って、乗り込んで来たのが刺客一番手の小室哲哉だ。だが、新婚間もないKEIKOに搾り取られて腰もフラフラの小室ではデイモンの敵ではなかった。難なくブチのめされてデイモンに胸ぐらつかまれ、「誰に頼まれた?」と詰問されるハメになったのはお気の毒。結局口を割らないためには、隙を見て窓から飛び降り自ら息絶えるしかなかった。

 「マズイ、逃げろ!」

 だがその時、小室の持っていた例の手配書を見たポテンテは、自分の写真から身元から調べ上げられていることに愕然としていた。どうなってるの一体? デイモンは仕方なく棒立ちのポテンテを抱えてその場を逃げ出す。

 さて、これから先はポテンテが危険だ。デイモンは駅前にミニ・クーパーを停めて、彼女と別れようとする。だがポテンテとても手配されてしまった今、彼女が警察に泣きついて洗いざらいしゃべったところで、安全である保障はどこにもない。結局彼女はデイモンと同行して逃げることになった。そうなりゃグズグズしてられない。

 殺到するパトカーと白バイの群れを抜群のドライビング・テクニックで次々撃退していくデイモン。ちっちゃいミニ・クーパーの機動力を十二分に活かして、パリの街の裏道細道階段道を利用しながら巧みに逃げ回る。何とか追っ手をすべて追い払うと、デイモンとポテンテはパリのとある安宿に身を寄せた。さらにポテンテの身の安全を考えたデイモンは、彼女の髪を短くカット。そんなショートカットにした彼女の新たな魅力にまいったのか、それとも二人とも髪を切る作業のために下着姿になったからか、はたまたデイモンここんとこずっと女っ気なしでタマってたのか…いつしか二人はお互いを求めあい、ベッドにもつれ込むのは男と女なら当然のことではあった。

 翌朝から事の次第を調べるため、二人の調査が始まった。調べてみると、デイモンは例のベン・アフレックの変名で船会社に出入りし、高級クルーザーの防犯システムを調べていたようだ。一体何のために?

 そんなある日、亡命先の借りの住まいで、例のアフリカの元独裁者アドウェール・アキノエ=アグバエが暗殺されるという事件が起きる。そしてこのアキノエ=アグバエも、例の船会社のクルーザーを所有していたのだった。デイモンもこの暗殺計画に関わっていたのに違いない!

 だが、その頃吉本CIAも、デイモンとポテンテの居どころを突き止め、その魔手を伸ばそうとしていたのだった…。

 

 その昔、スパイ・アクションと言えば娯楽映画の王道の一つだった。1960年代に始まった007シリーズの大人気に刺激されて続々製作されたスパイ映画は、それぞれコメディ風、シリアス風…とバラエティに富んではいたものの、共通するバックボーンを持っていたんだね。それは東西冷戦という、スパイが活躍する格好の国際情勢があったこと。この西と東というクッキリ分けやすい敵味方陣営の区分けがあればこそ、スパイは余計なことを考えずに大活躍出来たし、見る側も頭カラッポで楽しめたわけ。

 だからこの冷戦体制が崩れてソ連が崩壊していく過程で、スパイ・アクションがとてもつくりにくくなっちゃうのは自明の理なんだね。007シリーズも苦しみ抜いて試行錯誤のあげく、さらにフィクション性の強い大人のおとぎ話化したのはみなさんご存じの通り。それ以外の作品もいろいろ変化球を繰り出しては来たものの、ジャンル全体としては衰退の一途を辿っていった。今日スパイ・アクション映画と聞くと、何とも言えない懐かしさと古色蒼然たるイメージが湧いてくるくらいだ。まぁ、過去のものとなっちゃったんだね。新時代のスパイ映画であるジャック・ライアンものも、何だか主人公の周辺ドラマに力を入れているのは、そんな事情からなわけ。

 今回の作品はそんな事情を反映しつつ、アメリカが唯一の超大国になって以来、世界のいろいろな事情に首を突っ込んでチョッカイ出してるあたりをうまく取り入れてる。だから、懐かしくも新しい楽しい映画になっているわけ。そういや最近のスパイ映画、「ミッション:インポッシブル」とか「スパイ・ゲーム」などを見ても、主人公と味方である国家組織がお互い出し抜きつつの丁々発止を繰り広げているのは偶然じゃないんだろうね。

 今回のこの映画、そんな最近事情を取り入れながらも、やはり懐かしいスパイ映画のお約束は守っているから嬉しい。スパイ映画とくれば舞台はヨーロッパ。典型的アメリカ俳優のマット・デイモンが、ヨーロッパ各地を転々としながら活躍するあたりは王道だ。かつてのスパイ映画の場合、冷戦の一番ホットな舞台がヨーロッパということがまずあったからね。それに当時のハリウッドの事情もこれに拍車をかけていた。テレビの大攻勢で斜陽の一途を辿っていたハリウッドは、人件費の高いアメリカから逃げ出して、その製作主体をヨーロッパに求めるケースが多かったわけ。当時多く製作されたスペクタクル史劇や第二次大戦ものも同様の事情による。近年、1960年代に全盛だった故・ジョン・フランケンハイマーがパリを舞台に「RONIN」をつくったのも、往年の気分を出したかったからだろうね。

 そのあたりの雰囲気を、青春映画「go」で一部で注目されたダグ・リーマンは忠実に再現してる。パリの裏町を使って、小型車ミニ・クーパーの機動性を活かしたカー・チェースを見せているのも嬉しい。主人公の相手役にヨーロッパ女優を持ってくるのもこの手の映画のお約束。今回は「ラン・ローラ・ラン」で注目されたドイツ女優フランカ・ポテンテを持ってきたあたりが今風で旬なところか。「ブロウ」に次いで二作目のアメリカ映画となったポテンテも、その庶民的なイメージを活かして好演してる。

 で、肝心の主人公マット・デイモンだが、従来イメージを覆して逞しい体づくりから入ったあたりはなかなか頑張っている。だが、甘い若者的雰囲気をかき消すと見事にサル顔になってしまうのはちょっと誤算だったか(笑)。ただ、アクション・スターとしてのタフガイ演技は結構やってくれるから、イメチェンは一応成功したと言うべきかもね。

 懐かしくも新しいスパイ・アクション映画。1960年代の娯楽映画が好きな人には、ちょっと嬉しい映画かもしれないね。

 

 

 

 

 

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