「マイノリティー・リポート」

  Minority Report

 (2003/01/06)


  

マック・ユーザーの嘆き

 僕らマック・ユーザーにとって、昨今のマックの低迷はまさに憂慮すべきことだと言えると思うんだよね。確かにずっとマックは低迷の一途を辿っていた。だけど5〜6年前には、その低迷が一時だけではあるが止まった観もあったはずだ。

 マックを追われたカリスマ創始者スティーブ・ジョブスが、何とマックに戻って来たのがその始まりだった。

 ジョブスがマックに戻って来てまず行ったのは、iMacの開発だ。この特大フルーツ・ドロップかキャンディみたいな色合いのパソコンは、確かに市場に革命的な衝撃をもたらした。機能性はともかく、そのファッショナブルなスタイルで、マックはまたも息を吹き返した。女の子がカワイイと評するこのiMac。確かにそれはマックの業績をまた上向かせた。そしてG3やG4を発売。賛否両論はあったものの、ここまでは、「マックは何かやらかしそう」の予感をマック・ユーザーに抱かせた。

 だが最近になって発表された「OS X」は、僕みたいな一般ユーザーからするといただけない。過去のマックで培った資産が活かせない。いや、活かせないかどうか分からないが、先行きに不安を抱かせるその中味に、ついていけなくなった人々も少なくなかったんじゃないか? かく言う僕もその一人で、いまだに「OS 9」どまりで躊躇している始末だ。もうマックやめちゃおうかな…とチラッと考えたりもする。こういうユーザー無視、一般軽視の独りよがり的考え方が、元々スティーブ・ジョブスって人にはあるんじゃないか? だからかつて一度彼はマックを追われたりもしたんだろうね。

 でも、最初はパーソナル・コンピュータの世界では、マックは画期的かつ独壇場的なポジションにいた。僕らが今普通に使っているパソコンのルール…アイコンなどの画面上のグラフィックをマウスを使って操るというこの方法…GUI=グラフィカル・ユーザー・インターフェースってのをコンピュータに持ち込んだのがマックだったんだからね。

 僕は正直コンピュータなんていまだに明るくない。だから、ここに今書いていることも知ったかぶりの受け売りなんだけど、そんな僕でもこのGUIがあるからコンピュータが扱える。だからこの方法が世に出た時どれほどの衝撃があったのか、想像するに余りあるものがあるよね。だってそれまでは無味乾燥な虚空のディスプレイに、キーボードで何やらゴチャゴチャ「RUNなんとかかんとか…ENTER」とか呪文みたいな文句を打ち込んで動かしてたんでしょう? その当時の人々が見たら、やれ書類やアプリケーションがアイコンになっていて、それをマウスでクリックしたり動かしたりゴミ箱に入れたりして動作させるGUIってまさにSF的状況だったんじゃないかと思うんだよ。

 そういう意味でまさに革命的なことを成し遂げたマックがその後衰退の一途を辿っているというのは、傲慢とセコいスケベ根性が災いしたというしかない。それもこれもスティーブ・ジョブスが悪かったってことなんだろうね。

 このジョブスなる人、きっと卓抜した発想は持っているものの、人の気持ちってやつはこれっぽっちも分かってない男なんだろうねぇ。

 

殺人は予知出来るのか?

 ここは2054年の未来、首都ワシントンD.C.。今まさにある家の寝室を舞台に、痛ましい殺人事件が起きようとしていた。ベッドで愛人とイチャつく女を、その夫がハサミで刺し殺す凄惨な現場。…おっと、だがこれは現実ではない。いや、「まだ」現実ではないと言うべきか。これは近い将来に起きる殺人の様子をとらえた予知映像なのだ。

 ここはワシントン警察の殺人予知局。局の主任刑事トム・クルーズは、巨大なコンピュータ・ディスプレイを前に、その予知映像の調査に余念がない。先ほどの映像は、プリコグという予知能力者を使って局が入手したもの。その予知能力者は三人いて、局の地下ブースの栄養液に浸かったまま安静に眠っている。彼らはいわば水栽培の球根のような状態だが、脳には未来の殺人イメージが浮かんでくる。局ではそれを彼らの脳からダウンロードして映像から犯人を割り出し、殺人が起きる前に犯人を逮捕するという驚異的なシステムを編み出していたのだ。

 ここでトム・クルーズ刑事はさすがにプロの腕前を見せる。男は一生のうちナニを何回出せるかは知らないが、生涯の出し終わりには最後に赤いタマがアレの先っぽから出ると言う(笑)。ここのプリコグたちの生んだ予知映像は巨大なシステムを通して、ちょうどそんな男の最後の赤球みたいに、まず被害者の名前を刻んだ赤球をチンコロリ〜ンと放つ。それをきっかけとして法律的なしかるべき手続きを踏んで、クルーズ刑事率いる予知局の刑事たちが捜査を始めるのだ。クルーズ刑事は予知映像の微細な部分を点検しながら事件がどこで起きるのかを調べあげ、その殺人が実行に移される前に犯人を押さえるわけ。

 この日の犯罪は、どうやら亭主が女房と間男を血祭りに上げたところらしい。早速被害者の名前からその名前の人物が市内に何人いるかをチェック。さらに映像に描かれた光景から、場所の割り出しにかかる。

 その頃、予知映像に写し出された人物たちは、自分たちが間もなくとんでもない惨劇の主人公になるとも知らず、朝の出がけの慌ただしさの中にいた。出勤を渋る亭主と早く送りだそうとする女房。亭主は何やら女房の挙動に不審なものを感じているらしい。亭主は何だかんだと家から送り出されてしまったものの、出かけるフリをして、家のそばで様子を伺っていた。するとどうだ、女房が家に男を引っ張り込んでしまうではないか。やっぱりあいつは浮気してたんだな! 亭主は頭に血が上るのを抑えきれない。そうとは知らぬ女房と男が部屋でイチャつき始める中、亭主はコッソリ家に忍び込むのであった。

 殺人予知局では…というと、今度は犯人の名前が刻まれたもう一つの赤球がチンコロリ〜ンと出ていた。いや、別にどんな音で球が出ていてもいいんだけども(笑)。場所も大体特定出来たが残り時間はあとわずか。慌ててクルーズ以下刑事チームが出動する。

 だが到着した住宅街には同じような家が建ち並んで、現場がどれだか分から、ない。焦り狂うクルーズが局に問い合わせてみると、予知映像では亭主が戻ってきたときに扉を開けっ放しにしていたと言う。扉が開いたままというと…あの家しかない!

 その頃、茫然自失の亭主はハサミを持ってベッドの二人の前に立ちはだかっていた。おのれ、きさまぁ〜。南無三!

 そこへクルーズたち刑事チームがなだれ込んで、あっと言う間に亭主は取り押さえられる。哀れ寝取られ亭主は、恨みはらす間もなく刑事に逮捕され引っ立てられるのであった。

 その頃、局の地下ブースのプリコグたちは、身を痙攣させて激しく反応していた。犯罪は未然に防いだものの、殺人のイメージはそれが起きるはずだった時刻に再びプリコグたちの脳を襲うのだ。この現象を局では「エコー」と呼んでいた。当然ながら「エコエコアザラク」ではない(笑)。

 こんな調子で殺人予知局が活動を開始して以来、ワシントンでは殺人発生件数がゼロになった。21世紀を迎えてからあまりの殺人発生率の上昇に業を煮やしていたアメリカにとって福音とも言える殺人予知。その素晴らしい業績に、局長のマックス・フォン・シドーは胸を張る。だが、それを面白く思っていない連中も少なくはなかった。司法省から来た若手官僚コリン・ファレルもその一人だ。この殺人予知システムを全国規模で展開しようという国民投票を前に、システムに欠陥はないかと探りを入れにやって来たのだ。ファレルは役人の特権で局に入り浸っては、あれこれと口を出し見学に余念がない。そんな役人体質のファレルにクルーズら現場の人間は当然苦々しい気持ちで接してはいたが、ファレルはこのシステムの欠陥を暴き立てると意気軒昂だ。だがクルーズは、このシステムの完璧性にプロとしての揺るぎない自信を持っていた。

 そんなクルーズも、実は人知れず悩みを抱いていた。夜な夜な怪しげな地域に出没しては、薄汚い売人からヤクを買う。それを持って帰ってきた住まいは、しがない一人暮らしのアパート。男やもめにウジがわくとはよく言ったもの。とっ散らかった室内でヤクにラリっているクルーズには、捜査中の精悍な面影はない。家族はいない。いや、かつてはいた。ヤクの効き目が最高潮に達した頃、クルーズは立体動画再生機にスイッチを入れる。男の一人暮らしに見るものって言えば相場が決まってると思いきや、残念ながらそれは僕やアナタが想像したシロモノではない(笑)。そこに映し出されたのは、幼い彼の息子の姿。そして愛しい妻キャサリン・モリスの面影。だが、今は彼らはいない…。クルーズは不幸な出来事で息子をなくしていた。それ以来夫婦仲がこじれ、妻も彼の元を去った。クルーズの幸せを奪った犯罪が憎い。そんな思いが、彼を殺人予知の執行に駆り立てていたのだ。

 だがそんなクルーズの思いをよそに、粘着質のファレルの調査は続く。殺人を実行の前に予知して防ぐというシステムに欠陥はないか。ファレルはネチネチと追求の手を緩めない。

 「システムは完璧でも、人間が問題だからな」

 どっちかと言えば官僚の腐敗の方が問題じゃないかという日本の事情はこの際置いておくとして、ファレルはこの局の「聖域」とでも言うべき地下ブースを見学させろと食い下がる。本来はあらゆる刺激から遠ざけていなければならないプリコグたちだ。部外者はおろか、管理者以外の何人の立ち入りも禁じられている場所である。だが、ファレルはクルーズたちが思っていた以上の権限を持たされていた。仕方なくクルーズ以下捜査チーム立ち会いの下で、ファレルの見学が許される。

 地下ブースの三人のプリコグたちの見学は意外に拍子抜けするくらいスムースに終わった。だが立ち去ろうとしたクルーズの腕を、栄養液から伸びた手がグイッとつかむ。

 だ、誰だっ!

 何と眠った状態のはずのプリコグのうち、女のサマンサ・モートンが起きあがってクルーズの腕をつかんでいるではないか! 慌てるクルーズだが、モートンの表情は怯えきった様子。その時、ブース内のスクリーンに彼女が見た殺人イメージが浮かび上がった。

 「あれが見える?」

 アレったって昼間っからそんな事を言われても困る(笑)。そんなクルーズがモジモジしているうちに異変に気づいた管理者がモートンを押さえたため、その場は何とか事なきを得た。だがクルーズの目には、モートンが見せた殺人イメージが焼き付いた。それは沼地で男に押さえつけられ、水に顔を押しつけられて溺死する女のイメージ。そんなクルーズの脳裏に、あのファレルの言葉が蘇る。

 「システムは完璧でも、人間が問題だからな」

 クルーズが独自に調べてみると、それはあのモートン自身の母親ジェシカ・ハーパーが殺されるイメージだった。ただちに殺人犯の収容所にやって来るクルーズ。確かに例のイメージは存在した。その犯人も予知イメージによって逮捕され、殺人は未然に防がれたはずだ。ところが今そのモートンの母親はなぜか行方不明だと言う。しかも奇妙なことに、予知イメージは三人のプリコグそれぞれのものが保存されているはずなのに、肝心のモートンのものは検索出来ない。一体彼女の予知イメージはどこに行ってしまったのか?

 クルーズはこの件を局長のフォン・シドーに相談に行った。フォン・シドーはクルーズをこの殺人予知局に抜擢した恩人でもあり、彼が一番信頼する父親代わりのような人物。だが、フォン・シドーはイメージの消失を大して問題にもしていない。それよりもファレル以下司法省の動きに気を付けろとクギを刺した。フォン・シドーもクルーズのヤク浸りのことは薄々感づいていたのだ。

 だが、時すでに遅し。ファレルはクルーズのアパートに乗り込み、彼のヤクの常習を嗅ぎつけていた。

 そんな折りも折り、今日も殺人予知捜査を始めようとしたクルーズの元に、また新たな予知イメージが届けられていた。安ホテルの部屋で撃ち殺される男の映像…拳銃で撃ち殺した犯人の顔は…。

 何と、トム・クルーズその人ではないか!

 肝を冷やしたクルーズは被害者の名を刻んだチンコロ赤球を見る。だがそれはマイク・バインダーという聞いたこともない男。幸い他のスタッフには彼のことは気づかれていない。クルーズは何食わぬ顔で部屋にいたスタッフを人払いすると、さらに大急ぎでデータの調査を進める。だが、そんなクルーズの姿を地下ブースのプリコグ管理者が見ていた。

 う〜む、進退窮まった。

 だがこのプリコグ管理者、以前より何かとクルーズに恩があるから、2分だけ警報を鳴らすのを待つと話の分かるところを見せる。

 こうしてはいられない。脱出だ!

 だが局から脱出しても安心は出来ない。この時代、網膜で個人データを確認する管理社会がすでに実現していた。ハイテクカーで逃げ出すこともままならず、走行中の車から命からがら抜け出すが、地下鉄も安全な場所ではない。街のあらゆるところに光る監視の目。街中逃げ回っても追っ手はどこまでもやって来る。汚い路地裏に追いつめられたクルーズは、かつての同僚たちの手厚い歓迎を受けることになる。

 だがさすがにナンバーワン刑事のクルーズ、そうそう簡単には捕まらない。何とか同僚たちを叩きのめしてその場を逃れる。そんな彼を待ち受けていたのは、例の粘着質ファレル率いる司法省の捜査官たちだった。自動車工場での大立ち回りのあげくに、車の生産ラインに巻き込まれたクルーズは、あわや生産中の新車の中に溶接されて閉じこめられるハメになった。だが幸か不幸か辛くも助かり、この新車を運転してファレルらが地団駄踏むのを横目に悠々脱出したから大したものだ。まぁ、こううまくいけば世の中苦労はないんだけどね(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

この後は映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 さて、何とか街の中心街から抜け出したクルーズが、車を走らせて向かったのは一軒のお屋敷。ここはあの殺人予知システムを開発した女科学者ロイス・スミスの家だった。無愛想で皮肉屋の老女であるスミスは、なぜかクルーズの訪問にも動じない肝っ玉の座ったオバハン。クルーズはこのオバハンに尋ねたいことが二つあった。すなわち…なぜ例のモートンの母親の殺人予知に関して、モートン自身の予知イメージがなくなっていたのか? そしてもう一つ、殺人予知システムに欠陥はないのか?…つまり、殺人を犯すはずのない…少なくとも自分ではそう思っているクルーズが、犯人にされたのはなぜか?

 だが、スミスはこのシステムについて苦々しい思いを抱いていた。そもそも彼女はこんなシステムを開発しようとしてはいなかった。すべては偶然の産物だと言うのだ。

 かつて青少年の間で強力な麻薬が流行したことがあった。それは多大な犠牲者を生んだが、中にはそんな麻薬の洗礼を受けながら辛くも生き延びた一握りの若者たちもいた。それが今のプリコグ…予知能力者だと言うのだ。彼らは麻薬の副作用で、特殊な予知能力を手に入れていた。夜眠るたびに殺人の悪夢を見てうなされるが、後になるとそれがすべて現実に起きてしまう…。それを殺人捜査に応用したのが、現在の殺人予知システムだと言うのだ。

 さらに例のモートンの予知イメージ紛失について、スミスは衝撃的な事実を明かした。原則として三人のプリコグたちのイメージが一致して初めて捜査を開始することになっているのだが、中には一致しないものもある。その場合、多数を確保出来ていれば、「疑わしきは罰する」の考え方で法は執行される。多数二人に対して少数一人の予知イメージ=マイノリティー・リポートは、極秘に無視される。そしてシステムの確実性に疑いが起きないように、その事実は伏せられると言うのだ。

 では、ひょっとしたらクルーズの一件も、彼の無実を明かすマイノリティー・リポートが存在するのではないか。

 だが、どうすればそれを知ることが出来るのか? スミスはそんな焦り狂うクルーズに、プリコグの中で最も優秀なモートンの脳から予知イメージをダウンロードするように…とアドバイスする。だが、どうやって? そんなことが出来れば苦労はないぜ、このクソババア!

 そんなうちにも捜査の手はあちこち伸びてくる。それよりクルーズが犯すはずの殺人の時間も迫ってくる。

 クルーズはここで博打を打つことにした。蛇の道はヘビ。悪党や無法者の巣である貧民街に潜ったクルーズは、そこでヤミ医師の手術を受けることにした。事あるごとに引っかかる網膜のID確認から逃れるために、目玉の移植手術を受けることにしたのだ。これがホントの目には目を。ところがこのヤミ医者ピーター・ストーメアはかつてクルーズが逮捕した男。こりゃどうなることかと一時はヒヤヒヤものだったものの、この医者ちゃんと引っ越しのサカイ並みに「仕事キッチリ」果たしたからリッパなものだ。

 ま、途中ヤバイ橋もいろいろ渡りながら、取り替えた目玉と変装の甲斐あって、何とか殺人予知局に乗り込んだクルーズ。地下ブースに忍び込むと、彼を恩人と仰ぐプリコグの管理者の助けを借りて、何とかモートンの脳から情報をダウンロードしようとするのだが…。

 そこに乗り込んで来たのが、クルーズ憎しで凝り固まったファレルたち。ええいままよ。こうなりゃモートンもろともかっさらうしかない。クルーズはモートンをたたき起こすと、地下ブースから慌てて脱出した。

 途中でかつてのいかがわしい知り合いの元を訪ね、モートンの脳からイメージをダウンロードするクルーズ。さらにそこにも追っ手が迫ってきたため、モートンの予知能力を頼りに何とか脱出。そんなこんなしているうち、クルーズは自分がかつて見覚えのある場所にたどり着いていたことを知る。

 あの自分の殺人イメージに出てきた場所だ!

 ここは場末の安ホテル。投宿者には確かに自分が殺すはずのマイク・バインダーなる男もいた。では、なぜ自分は彼を殺すのか? そもそも、本当に自分は彼を殺すのだろうか? モートンはこのバインダーなる男に会おうとするクルーズを必死に止めるが、彼の好奇心はもはや止められない。

 バインダーの部屋に忍び込むクルーズ。その彼が見たものは…ベッドにブチまけられた数々の子供の写真。その中には、クルーズの息子の写真もあるではないか。一瞬にしてカッと理性を失うクルーズ。そうか、そういう訳だったのか!

 クルーズの息子は、あの日に彼がプールで見失って以来、消息を絶っていた。誘拐か、変質者に連れ去られたのか…ずっとそれが分からぬままだったのだが、そうか、こいつが息子を手にかけたのか!

 部屋に入ってきたバインダーに銃を突きつけるクルーズ。ここで会ったが百年目。もう敵討ちをするしかない! おのれ、こいつ目にモノを言わせてくれるわ。

 予知は現実になるのか?

 だがクルーズは殺さなかった。こいつを殺して何になる。彼は撃つ気をなくしていた。

 だがこの男、不思議なことに殺されたがっている。それにこのわざとらしい子供の写真の数々もおかしい。クルーズに撃つ気がないと知るや、バインダーは自分が死なないと金がもらえないとか妙な事を言っている。どうもこの男、何者かに金でクルーズに殺されるように頼まれていたようなのだ。これはワナか?

 ところがクルーズが油断した隙に、バインダーが彼に抱きついて引き金を引かせてしまった。

 バーン!

 何と、結果的に予知は的中してしまった。クルーズにその気はなかったけれど、状況証拠では彼が撃ち殺したも同然。万事窮す。慌ててモートンを連れてその場を立ち去るクルーズだった。

 当然、殺人は現実のものになったと殺人予知局は考えた。だが、現場を調べたファレルだけは、この状況証拠のわざとらしさに不審を嗅ぎつけていた。こいつはおかしいぞ。

 万策尽きてクルーズが訪れたのは、かつての妻キャサリン・モリスの家だった。彼女はクルーズが憎くて別れたのではない。息子の面影を思い出したくなくて、クルーズの元から去ったのだ。いまや逃亡犯の身となったクルーズを、彼女は暖かく迎えた。だがクルーズは、今さらにして自分がハメられたワナの正体に気づき始めていた

 しかしその頃、事態は彼の予想を超えた展開を見せようとしていたのだった!

 

「大人の映画監督」をめざすスピルバーグ

 スティーブン・スピルバーグの「A.I.」以来の新作…とくれば、賛否両論の「A.I.」も高く評価する僕としては、大きく期待をせずにはいられないところ。だが今回はまたしても、僕にとって懸念を抱かせるスピルバーグ作品となってしまった。

 何しろトム・クルーズ主演だ。

 僕はトム・クルーズ…と聞いたところで、何ら嫌悪感を抱いたりはしない。このハリウッドの大スター主演と聞いて、すぐに拒否反応を見せる映画ファンは少なくない。金権大味ハリウッド作品…その権化のようなトップスターとくると、すぐにバカにしなくちゃと思い始めるほど僕は狭量な考え方をする気はない。第一、トム・クルーズ出演作だって、良質な作品は数多くあったではないか。あのジョン・ウーをダメにしたと悪評高い「M:I-2」だって、僕はそれなりに楽しんで見たよ。そんなクソミソにケナさなきゃならない作品でも、はたまた俳優でもないよね。

 しかしスピルバーグ作品と言うと、いわゆるスター映画とは程遠いイメージあったよね。そりゃ昔のイメージかもしれないが、彼の作品の出演者とくればせいぜいロイ・シャイダー、リチャード・ドレイファス、サム・ニールどまりがいいとこ。それが彼の作品らしさでもあったんだね。現にダスティン・ホフマン、ロビン・ウィリアムズ、ジュリア・ロバーツらを起用した「フック」は無惨な出来。トム・ハンクス主演の「プライベート・ライアン」も僕はあまり買ってない。そして考えてみれば「レイダース」の時のハリソン・フォードはまだスターの地位を確固たるものにしてはいなかったし、「A.I.」のジュード・ロウだってスターと言うよりは役者イメージの強い人だ。だから、どう転んでもスター映画になってしまう可能性が高いトム・クルーズ主演には、ちょっとばっかり難色を示さざるを得ないわけ。クルーズ=スピルバーグでハリウッドの王道…なんて、本当はとても言えないんだよね。しかも今回は「大作単純子供だまし」スピルバーグ映画にトム・クルーズという叩き甲斐のある要素が一枚加わったから、世評が厳しいのも予想はついた。

 僕はさまざまな毀誉褒貶はともかく、「A.I.」でスタンリー・キューブリックを「通過」したスピルバーグが、何らかのカタチで大人の映画作家に脱皮するんじゃないかと思ったんだ。いや、彼の「大人の映画作家」への模索は、実は「太陽の帝国」あたりから始まってはいた。だが、何か不完全燃焼で彼も何かを捕まえきれずに、思ったような脱皮を遂げられずにいた印象がある。だから、「A.I.」での彼の変質を興味深く感じたんだよ。世間的には従来のスピルバーグ・ファンからは明快に泣かせる「感動」がないと非難され、キューブリック・ファンからは神聖なる巨匠を汚したと罵倒されたが、作品そのものと対峙した時にはそれは不当な評価じゃないかと思ったんだね。で、ここから彼の「大人の映画作家」時代は始まるんだと思った。昨年「E.T.」のニュー・バージョンを発表したのも、そんなかつての彼の世界からの決別を意味していたんだと思っていた。

 では、ここでのスピルバーグは「大人」になったのか?

 冒頭から20世紀フォックス・マークやドリームワークス・マークが青黒くくすんでいる。全編この青黒いモノトーンな冷たい色調、ザラついた画面が続く。まるでモノクロ映画のような効果を狙っているのか? そう、この映画は未来を舞台にしたSFという構えは持っていても、かつてのモノクロ犯罪映画、探偵映画、ハードボイルド映画のセンを狙ったものなのだ。

 原作はフィリップ・K・ディック…とくれば「ブレードランナー」がすぐに想起される。そう言えば「ブレードランナー」も骨格はそうしたかつてのハリウッド犯罪映画、ハードボイルド映画のテイストが色濃くにじんでいた。

 ゴチャゴチャしたプロットについては、この文章に上記したストーリーを見ていただければお分かりの通り。かつてのストレートかつダイナミックなスピルバーグ映画に惹かれていた人から見れば、何ともスッキリしない筋立てに見えるかもしれない。だけど、これはそんな昔のスピルバーグを連想してはいけないのかもしれないよ。僕も「大人」のスピルバーグ映画を念頭に置いて、途中から見る目を変えて見てみた。すると、これはこれで結構イケるような気がしてきたね

 犯罪映画、探偵映画などと言ってみたが、これはまさしくミステリーなのだ。殺人犯にされてしまった男が、自分が本当に殺人を犯すのか、犯すとしたらなぜなのかを探求する謎解き…そうやってみると確かにうなづける。複雑で入り組んだプロットもミステリー映画の常道だ。それに見ていて混乱するほどの複雑さではないのは、さすが話術の名手スピルバーグだけのことはある。クルーズの脱出に伴うアクションのつるべ打ちも、なかなかに手に汗握らせるあたりがスピルバーグの面目躍如だ。かつての犯罪映画、ミステリー映画の再現を狙うなら、主演にはアクションもこなせるそれなりの男性スターを配するのが基本だろう。まぁ、それにはクルーズが最適かどうかは別としてだ。

 だが、いかんせんスピルバーグで未来SFという看板がジャマをする。どうしてもそっちのイメージが強くなってしまう。それにスピルバーグ映画はすでに大作化する運命にあるのがツラい。かつての犯罪映画、ミステリー映画にはそれなりに小ぢんまりした佇まいがあったのに、この作品は見た目の構えが大きすぎるのだ。

 しかもミステリー映画としてのプロットの複雑さに加え、この映画は殺人予知という耳慣れない概念を説明しなきゃならないハンデもある。これがお話の構えをさらに小回りの利かないものにしてはいるんだよね。だから、完全にかつてのミステリー映画の醍醐味ってなところまではいかないんだよね。

 さらにクルーズが殺人を犯すのかどうなのか…の謎解きが終わってからが、また展開が長すぎる。こうした要因の一つひとつが、この作品のミステリー映画としての骨格を曖昧なものにしてしまうんだよ。このへんが何とも惜しいところなんだよね。

 それにしても、今回の「マイノリティ・リポート」を見て思うのは、やはり取り上げる題材や出来上がった映画を見た時、かつてのいわゆるスピルバーグ映画とは明らかに変質してきたなということなんだね。考えてみるとかつてのスピルバーグ映画って、「ジョーズ」「未知との遭遇」「E.T.」、それに「レイダース」などなど…どれもどこか企画からしてユニークかつスーパーな娯楽映画だったと思うんだよ。だけどその後の彼の作品にはどこかそんなユニークでスーパーなイメージが薄れてきた。特にこの「マイノリティー・リポート」も、企画だけ見るとスピルバーグのそれではない感じが漂っているんだ。そのへんが、最初に古くからのスピルバーグ映画ファンを懸念させるところなんだろう。スーパー・アクション、スーパー・スペクタクル、スーパー・エモーショナルな映画という器を、物凄い馬力でしゃにむに引っ張るかつてのスピルバーグではない。これが例えば職人監督のジョン・バダムあたりの企画でも、さもありなんと思えてしまう。そういう意味で、スピルバーグは「普通の監督」になってしまったのかもしれない。

 だけどかつてのスピルバーグ映画のユニークでスーパーなイメージを支えてきたのは、たぶん彼の「子供」的とも言うべき発想と単純かつ強力な映像造型手腕だったと思うんだ。そういう意味で見れば、スピルバーグが「普通の監督」になったということは、「大人の監督」になったということなのかもしれない。

 そのどこか粗っぽく冷ややかなモノトーン画面といい、かつての彼なら考えられないものだ。トム・クルーズが逃亡の果てに潜入する貧民街も、「ブレードランナー」とまではいかないまでも従来のスピルバーグ映画にしてはハードな感触がある。そしてピーター・ストーメアの奇妙なヤミ医者の人物像。このへんの俗悪さは、「A.I.」のルージュ・シティの造型あたりからスピルバーグ映画に新たに加わった新味だ。もっともトム・クルーズの抜き取った目玉が繰り返し使われるブラックなユーモアあたりは、元々「ジョーズ」や「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」あたりのスピルバーグ映画に備わっていた露悪趣味だけどね。

 実はいかにもスピルバーグらしいSF趣向だって、かつての「未知との遭遇」みたいなファンタジー的ニュアンスは激減してる。例を挙げればトム・クルーズが殺人予知局で操るコンピュータ・ディスプレイ。パワーグローブみたいなのを手に装着して、空中をかき回すみたいな手つきでディスプレイ上の画面を操作する場面を見て、いかにもSF、いかにもマンガ的なスピルバーグ一流の子供っぽい描写と鼻白む向きも少なくなかったと思う。だけどこれとても、昨今のコンピュータの発展の延長線上、現在のGUIが初めて登場した時の衝撃を考えれば、さほど突飛なものではない。そう考えれば、子供のUFOみたいなのがウロチョロして可愛げを見せていた「未知との遭遇」のディズニー的子供っぽさとは一線を画していることが分かるだろう。

 まだその脱皮は完了してはいない。確固たる成果として実を結んではいない。だが、スピルバーグは確実に脱皮の途中、発展途上にいるということだけは、僕には確信出来たんだよね。

 

 

 

 

 

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