「ショウタイム」

  Showtime

 (2002/12/09)


タイミングを逃すってのは痛い

 先日、通勤電車の中でふと覗いたスポーツ新聞の紙面に、「井川遙、ヘアヌードか?」の大文字が踊っていたのには驚いた。

 僕は別に井川遙のファンでも何でもない。でも、彼女といえばつい最近「癒し系」のタレントとしてもてはやされていたんじゃなかったのか? ヌードで癒しもないわけではないが(笑)、まさかもう脱ぐとは?…とビックリしたわけなんだよね。

 もっともこのスポーツ新聞、ガセネタを平気で流すので有名な新聞だから、この情報も半信半疑ところか相当怪しいと言わねばならない。だが、こういうネタが出てくるのにも、まるっきり根拠がないわけでもない。

 そう言えば彼女、ここんとこいい話題がなかった。その最たるものが某テレビドラマ初挑戦の失敗と、そこでのトラブルだ。このテレビドラマ、それまでの主演ドラマが軒並み高視聴率の超大物人気タレント二人が主演のもので、そこに出演できるだけでもタレントとしてのステータスは上がるはず。ドラマ初挑戦なら願ってもない作品なはずだ。だからそれだけなら何の問題もなかった。ところがテレビ局は何をトチ狂ったか、事前の宣伝でこの井川嬢の出演を伏せていたわけ。人気急上昇中の彼女を「隠し球」にしての話題づくりを狙ったのがマズかった。ドラマ初出演の彼女が「隠し球」とは…とこの男性タレント二人が気分を害し、特に片方の若手超人気タレントの方がその不満をマスコミにブチまけちゃったから、事は大きくこじれたんだよね。

 当然、現場の雰囲気も相当悪かったらしい。そんなこんなでドラマ初挑戦の彼女も居心地が悪かったのか、肝心のドラマの中でも著しく精彩を欠いていたらしい。あげくこれだけの人気者を揃えたはずのドラマも低視聴率。これで井川嬢、すっかり女を下げてしまったというわけ。

 こうなると上り調子だった人気も陰りが出てくる。あげくのヘアヌード…ってセンもまるっきりない話じゃないとなってくるわけなんだね。

 確かに起死回生のヘアヌードってのは一つの売り方ではある。それで落ち目だったタレントが蘇生した例もある。それにしたって女性タレントの「脱ぎ頃」ってのは、タイミングがかなり難しいとは言えるんじゃないか。

 普通タレントがヌードになるっていうのは、かなり落ちぶれちゃってからって事が多い。まぁ、ハッキリ言って失うものがもうないって崖っぷちに行われるわけだから、そこにある種の哀愁も漂ってくるんだよ。そして、仮にヌードで話題を集めたとしても、それからグレードアップしてくるのも難しい。まずは「脱ぎ」専門タレントに落ち着くのが関の山だ。

 そんな傾向をブチ破ったのは、あの宮沢りえの人気絶頂期のヌードだろうね。でも、あんなのはめったにない。だからヌードってのは慎重にやらないと、タレント生命を奪いかねないところもあるわけ。

 だからと言って「脱ぎ惜しみ」すればいいってわけじゃないのは、みなさんお分かりの通り。これまた女性タレントの…特にヌードに「賞味期限」があることは、誰だって察しがつく。これがまた単に「体がきれいなうち」ってことではないことも難しさの一因だ。つまりは本当にタイミングってことなんだよね。

 かつてはアイドル・タレントだった柏原よしえって、今の若い人は知っているだろうか。その昔はかなり有名でそれなりに人気もあった。ヒット曲こそ恵まれず、知られた曲も一曲くらいしかない彼女だったが、何となく人気はそれなりにあったんだよ。だけど、その後女優に移行できもせず、アーティストとやらに化けることも出来ず、徐々にジリ貧になっていった。そこに「ヌード」っていうのは、まぁありがちなコースだね。問題はそれからだ。

 実は彼女、この手の元アイドルが脱いだってパターンでは、かなり早い時期にあたる人だったんだよね。だから、本来だったら大きな話題を投げかけるはずだった。彼女の場合、少々問題があったのはその「脱ぎ方」だ。

 確か最初の頃の彼女の「ヌード」ってのは、今で言うなら「セクシー写真」程度のものだったんだよ。記憶しているのでは、おそらく胸のトップは手で隠していたんじゃないか。パンティもはいていたように思う。まぁ、見る人をナメたヌードだったんだよね。

 その後も彼女は、仕事がなくなると(…と思えたんだが)「ヌード」を発表した。だけど、それはかつてのブブカの棒高跳びの記録みたいに、チビチビチビチビちょっとづつ脱ぐというもの。いつしかパンティはとったもののお尻しか見せないとか、いつまでも手で胸を隠してるとか、とにかくやたら往生際の悪いヌードだったわけ。見る側にも期待する向きが少なくはなかったんだろうが、そんな「ヌード」が連発するんでまるで「オオカミ少年」状態。しかも、あまりに始終「ヌード」が発表されるため、「脱ぎ」専門のイメージだけはついて回り始めた。ホントには「ちゃんと脱いでなかった」のにね。これって本人にとっては最悪の選択だったはずだ。

 で、結局彼女はヘアヌードになったんだろうか? なったような気もする、ならなかったような気もする。もう誰も彼女のヌードなんか見たくない。もうすでに見たような気もするし、見たってまた隠してるだけって気もするからね。これなんか、完全にタイミングを逸したいい例じゃないだろうか?

 やっぱりタイミングを逃すってのは痛い。みんなが見たい時に出せば拍手喝采だったろうに、今頃何をやってもブーイングの嵐だもんね。いや、ブーイングが出ればまだいい。誰もが無関心ってのが一番ツラいところなんじゃないだろうか?

 タイミングさえ合って、旬の時に出せていたらねぇ。

 

テレビ映えする捜査って?

 ロス市警の超ベテラン刑事ロバート・デニーロは、今夜も相棒とともにおとり捜査に出動。途中、コンビニでソフトドリンクを購入するが、その時やたら派手に奇声を挙げてシューティング・ゲームに精を出す警官エディ・マーフィーを目撃する。マーフィーは、実はいつか役者になりたいと夢を持つ派手好きな男。勤務時間にもテレビのオーディションを受けに行くようなミーハー野郎だ。だから、まるで自分がダーティー・ハリーにでもなったかのようにゲームで撃ちまくり。そんな様子がベテラン刑事デニーロにはチャンチャラおかしいから、ついついイヤミのひとつも吐きたくなるわけ。

 そんなデニーロに気分を害したマーフィー、よせばいいのにデニーロの姿を追うと、デニーロは買ったばかりのドリンクを捨てて、中に拳銃を隠すではないか。相棒と二人して怪しげな建物に入っていくデニーロを、マーフィーはそれがおとり捜査とも知らず、何かあるとばかりつけていくわけ

 問題はマーフィーが仲間に応援を頼んだこと。警察無線を傍受していたテレビ局の犯罪ドキュメント取材班のヘリが、問題の怪しげな建物に急行することになる。

 建物の中では麻薬ディーラーのモス・デフがデニーロと相棒を厳しくチェック。しかし何とか信用されて、いよいよ取引というその時、例のテレビ局のヘリが上空をライトで派手に照らすじゃないか。

 「畜生! ワナだ!」

 たちまち派手な銃撃戦。地道なおとり捜査もチャラ。相棒も撃たれて負傷。ディーラーの手下は捕まるものの、ディーラーのモス・デフ当人はやたら破壊力のある大型マシンガンをぶっ放しながら逃げ回る。こいつを逃がすまじとひたすら追うデニーロ。

 そこへ何をトチ狂ったか、追ってきた警官マーフィーがデニーロを犯罪者と間違えて捕まえてしまう。そのあげく上空のヘリのテレビカメラに向かって、「してやったり」の仁王立ちだ。しかし、そこは百戦錬磨ののデニーロ。逆にマーフィーを手錠でしばって、さらにディーラーのデフを追いかける。

 ところが今度はテレビ局のカメラマンが行く手をはばむじゃないか。ええい、邪魔だ! カメラマンのおかげでディーラーのデフを取り逃がしちまったじゃないか。怒り狂ったデニーロは、カメラマンの持つビデオカメラを撃ってブチ壊してしまった

 翌朝はこの一件でマスコミはもちきり。デニーロは暴れ者刑事としてデカデカと新聞を飾るわけ。

 これを見ていたのがテレビ局の女性プロデューサーのレネ・ルッソ。カメラをブッ壊すデニーロを見て、たちまち「これだ!」とひらめいた。彼をメインに犯罪ドキュメント番組をつくろう。それが視聴率ジリ貧のテレビ局も、自身もジリ貧のプロデューサーのルッソも救う道だ。他に手はない。

 協力を依頼されたロス市警も拒めない。デニーロ刑事の例の一件で、市民イメージが著しく傷ついたと恐れているからだ。四六時中捜査をカメラが追うなんて企画、ベテラン刑事のデニーロは飲めるわけもないが、さりとて命令とあらば拒めない。彼が食事する汚いダイナーまで押しかけて口説くルッソに、思い切り非協力な態度を見せるデニーロだが、ルッソはそんな態度まるっきり気にしない図々しさだ。

 そんなルッソとデニーロの前に、突然現れた引ったくり強盗。ところがこれまた派手に登場した警官が、この強盗をモノの見事に捕まえた。彼こそがあのエディ・マーフィー。ルッソの前で派手に大見得を切ってご満悦だ。

 だが、デニーロの目は誤魔化せない。実はこの引ったくり、マーフィーに頼まれた狂言だった。今回のデニーロ主役の犯罪ドキュメントには相棒がいる。その相棒役に志願しようと派手にアピールしたわけ。これにはルッソも喜んで、たちまち彼の起用を決める。捜査中の取材そのものからしてウンザリのデニーロは、それに加えてのマーフィー相棒に、クサりまくることボヤきまくること。だが、テレビ局に徹底協力のロス市警の方針には逆らえないのだった。

 おまけに番組のオープニング収録で、撮影所でメイクされ衣装を着替えさせられ、クサいアクション映画みたいな振る舞いをさせられる。デニーロはますますイヤになるが、マーフィーは張り切ること張り切ること。元アクション番組の主役を演じていた俳優上がりの監督ウィリアム・シャトナーの指示を聞くたびボヤくデニーロだが、ここ撮影所ではマーフィーの方が水を得た魚なんだね。

 あげく実際の捜査でも、彼はデニーロの相棒としてくっつくわけ。こんなアホと相手にしないデニーロだが、マーフィーの方は意に関せず、車載の隠しカメラにまでクサい泣かせ演技を披露するテイタラクだ。

 そんな頃、あの麻薬ディーラーのデフは自宅で彼女としっぽり。ところがそこに彼のボス、ペドロ・ダミアンがやって来た。彼は非合法の大型マシンガンを勝手にぶっ放したとデフを責める。あげく家もろとも大型マシンガンで彼を吹っ飛ばした。何と恐ろしきマシンガンの威力。

 デフが殺られた現場にやって来たデニーロとマーフィー。マーフィーはまたしてもトンチンカンな捜査をやらかして、現場の失笑を買いまくり。そしてデニーロは、現場にいた鑑識の担当者に、このマシンガンが市場に出回ってない非合法のシロモノであることを聞く。

 そんなこんなの日々、二人の日常を追う犯罪ドキュメント「ショウタイム」は高視聴率を上げていく。そうなると地道なベテランのデニーロよりも、やたらカッコつけた派手めのマーフィーの方が人気が出てくるわけ。ますますシャクに触るデニーロは、マーフィーにひたすら冷たく接するばかりなんだね。

 だが、マシンガンの捜査は行き詰まっていた。ここは最初の現場で捕らえたディーラーの手下を取り調べたいところだが、何しろガードが固くてどうにもならない。ところがマーフィーは俺に任せろとばかりハッタリをきかせる。どうせダメだと思ってはいても、とりあえずワラにもすがる気持ちでマーフィーにその場を任せると、マーフィーは「人権チャンネル」か何かのテレビのキャスターに扮して、この手下からうまいこと黒幕の名前を吐かせるではないか。おまけに奴の根城のクラブの名前まで吐いた。どうせまぐれと言い放ちながらも、デニーロ今回だけはマーフィーを一目置かざるを得ない

 さて、クラブに乗り込んだデニーロとマーフィーは、いきなり大ボスのダミアンに仁義を切っての大立ち回り。いつの間にやらテレビの派手な振る舞いが板についてきたデニーロだった。

 だが顔をつぶされたダミアンは怒りに怒り、何と例のマシンガンを使って白昼堂々、ロスの市街で現金輸送車を襲う挙に出た

 大型マシンガンが火を噴き、次々と大破していくパトカー。そうはさせじと現場にやって来たデニーロは、単身連中の乗ったトラックを追いかける。慌てて車で後を追うマーフィー。

 派手な追跡と銃撃戦の果て、何とかマーフィーの助けで九死に一生を得たデニーロ。だが犯人は取り逃がし、街には派手な捕り物のおかげで大損害を与えた。デニーロはお灸を据えられ謹慎。番組も打ち切り。マーフィーも刑事ごっこから謹慎の身となった。

 自宅で寂しくテレビの「ショウタイム」を見るデニーロ。こうなって初めてマーフィーへの同情も湧いた。何せこの状況では、謹慎のツラい心の内はお互いしか分からない。デニーロはマーフィーの自宅に電話を入れ、初めてしみじみと語り合う二人。

 ところが!

 たまたま電話で話しながら見ていた「ショウタイム」の画面に、思いもかけない人物が写った。それは、大型マシンガンの謎と大ボスのダミアンを結びつける、何よりの証拠ではないか!

 こうしてはいられない。二人は謹慎中の身にも関わらず、テレビのアクション刑事よろしく勝手に行動を起こすのだった!

 

デニーロとマーフィーの「豪華」顔合わせだが

 ロバート・デニーロとエディ・マーフィー。このある意味で対極にいる二人のスーパースターが組んでの刑事アクション・コメディとくれば、意外性もあるしかなりな顔合わせって言えるんだろうね。実際にこの映画の制作サイドの「売り」もそこだろうし。ところが、「期待の顔合わせ」の作品の割には、この映画の周辺にそこはかとなく色褪せちゃったような寂しさが漂うのを感じるのは、果たして僕だけだろうか? 華やかで派手で豪華な作品のはずなのに、何でまたこんな寂しさが隠しきれないのか?

 それはこの「二大スター」を取り巻く環境が、かつてと大きく変っちゃったからだと思うんだよね。

 カリスマ・スター、「演技の虫」デニーロ。「レイジング・ブル」での、ボクサートレーニングにとどまらない極端な体重増減は、いわゆるデニーロ・アプローチとして世間的にも評判になった。作品選択も、何となくこの人が出るとただの作品ではない雰囲気が漂った。まぁ良くも悪くもクセの強さが売り物でもあったんだね。

 それがここんとこどうだ。「アナライズ・ミー」「ミート・ア・ペアレンツ」でのコメディ演技への傾斜。「15ミニッツ」などのシリアス演技にしても、かつてのアクはすっかり抜けて「普通のスター俳優」として演じている観が強い。それより何より作品数の激増が、この人の特異なカリスマ性をすっかり失わせているわけ。今の彼には「レイジング・ブル」をやってた頃、時に脇に回って「アンタッチャブル」でアル・カポネを“トゥ・マッチ”な芝居で演じていた頃のイメージは、もはやなくなったと言っていいんだよ。

 それより何よりそのスターとしてのポジションが一変したのはエディ・マーフィーだ。かつて「48時間」「大逆転」「ビバリーヒルズ・コップ」と、畳みかけるようなマシンガン・トークで「攻め」の姿勢をみせてスター街道駆け上がったマーフィーだが、その凋落も早かった。つまりは「飽きられて」しまったんだね。それから長らくの低迷を経て、作品的には「ナッティ・プロフェッサー」「ドクター・ドリトル」などのファミリーコメディで一息ついたものの、それらはかつての作品群のような破壊力をもはや持たない。しかも役柄的には彼のスター・イメージを逆手にとって、「消費され尽くした」彼のイメージを笑い飛ばしたものになっている。この凋落期以降の彼にしては奇蹟的傑作と言える日本劇場未公開の「ビッグムービー」にしても、彼の最近の十八番である一人二役で「自身のイメージを笑い飛ばす」役柄となっていた。これはスターとしてはツラいところじゃないか?

 だからこの二人がそのカリスマと強烈さをふんだんに振り撒いていた頃ならまだしも、それらが退潮してしまった今日となっては、初顔合わせ作品を放ったところでそこはかとなく色褪せ感が漂うのは致し方ないところなんだよ。

 本来だったらマーフィーは、黒人俳優と組むより白人スターと組んだ方がその持ち味を活かせてた。絶頂期の「48時間」「大逆転」「ビバリーヒルズ・コップ」はいずれもそういう仕掛けで成功した作品ばかり。だけど肝心の彼にカリスマが失われた上に、もはやその持ち味を最大限に活かせる「チンピラ」「成り上がり」を演じるには、あまりにビッグなパブリック・イメージを振り撒きすぎた。そうするとその売り物だったマシンガン・トークも、本来の力のない者が度胸と調子良さでうまいことやってく痛快さと言うより、押し付けがましく図々しいだけの振る舞いに見えてしまう。ハッキリ言って不愉快なんだよね。この「ショウタイム」でも、映画前半の彼の図々しさは残念ながら不快でしかない。

 いや。そこまで言ってはちょっとこの映画には酷だ。確かに前半部分のマーフィーは不愉快ではあるが、映画全体は何も期待せず何も考えずにボケ〜ッと見ている分にはソコソコ楽しめないでもない。シリアス名優とコメディアンというまったく異質な二人の組み合わせという点では、ジーン・ハックマンとダン・エイクロイドが組んだ「キャノンズ」みたいに、まるで二人を別撮りしてCGで貼付けたような違和感アリアリの作品にはなってない。結構デニーロとマーフィー二人の相性は悪くないのだ。そのへん、「シャンハイ・ヌーン」でジャッキー・チェンとオーウェン・ウィルソンという異質なスターの顔合わせを成功させたトム・デイ監督の腕も、ある程度は確かなのだろう。

 そしてデニーロのアク抜け演技も、実は僕は嫌いではないのだ。かつてギトギト脂っこさを放っていた彼の演技が、「ミッドナイト・ラン」ですっかり肩の力が抜けていたのを見て喝采した僕だから、そんなデニーロの「普通の俳優」ぶりはイヤではない。だから、この作品も決して見ちゃおれないシロモノであるとは言わない。

 だけどねぇ、その「売り」に見え隠れする送り出す側の期待感は、残念ながらちょっと空振りに終っちゃったんじゃないかなぁ。これだけの「超大物」の顔合わせだっただけに、何とも惜しい気がしちゃうんだよね。つまりは、出し遅れの証文ってやつなんじゃないかな。

 タイミングさえ合って、旬の時に出せていたらねぇ。

 

 

 

 

 

 

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