「メルシィ!人生」

  Le Placard

 (2002/10/28)


●みるまえ

 昨年、親しくしている知人から強く勧められた奇人たちの晩餐会。何とか劇場で見る機会をとらえてやっと接した実物は、期待にたがわぬ面白さだった。典型的な舞台劇のつくりになってはいたが、とにかく笑える。人をバカにして笑っている奴こそバカというピリ辛メッセージも効いている。ルルーシュ映画陰のレギュラー役者ジャック・ヴィルレが演じるバカ男ピニョンがとにかく最高におかしいし、この男をコケにして楽しもうとしていたティエリー・レルミットの鼻もちならない俗物男が、このピニョンのおかげでズブズブとドツボにハマる天罰ぶりがたまらない。脇に登場するフランシス・ユルテール(これまたルルーシュ映画の常連役者だ!)が、そんなレルミットの状況を横目で見ながら、懐かしアニメ「チキチキマシン猛レース」に出てくる犬のケンケンみたいな笑いっぷりを見せるのがまたまた絶妙。抱腹絶倒…しかも映画の一番の終盤には思わずグッとくる泣かせ場もある。さらにさらにのエンディングで、チョ〜ンと拍子木を打つような鮮やかな幕切れを見せて、これはまさしく傑作と言いようがない作品だった。フランス映画で、こんな娯楽映画として文句ないスカッとした仕上がりを見せる映画も珍しい。これは僕に勧めてくれた知人に大感謝したよ。

 で、この映画の監督がフランシス・ヴェベールだった。

 僕はこのヴェベールという人、だいぶ前から名前だけは知っていたんだよね。でも、作品に触れたのはこれが最初。な〜るほど聞きしにまさる面白さだ。大したもんだよね。

 そんなヴェベールの新作が来たと聞けば、これはどんな話題作にも増して見なければ。実は僕はここんところずっと強度のウツにハマっていて、とにかく楽しい気分にひたりたかった。フランスが誇るエース・スター、ジェラール・ドパルデューも顔を見せているらしい。僕は時間をやりくりつけて、何とかこの作品「メルシィ!人生」 がかかっている劇場に滑りこんだわけ。

 

●すじがき

 この映画の主人公ダニエル・オートゥイユは、とにかく影の薄い男だ。マジメなのは分かるんだが、どうにも面白みがない。顔も何となくクラい。今日は彼が勤めている会社の創立記念の日で、毎年恒例の社員全員による集合写真を撮る日。だが、われらがオートゥイユはそこでいつも列の末席に追いやられるハメになる。しかもどう頑張ってカメラを引いても全員が視野に入らないために、オートゥイユは弱々しく微笑むと自ら身を退いて、写真の中に入ることを諦めてしまう。この何とも情けない押しの弱さ、人の良さ。それより何より、彼が写真から欠けてしまうことに誰も何も疑念を持たず、彼の気持ちも推し量ろうとしないところが、今のオートゥイユの置かれた状況を何より雄弁に物語っているのだった。

 つまりは、いてもいなくてもどうでもいい男だ。

 そんな彼が男子トイレで踏ん張っている時のことだった。人事部長のジェラール・ドパルデューが、デカい声を出して記念写真撮影のカメラマンとしゃべっているのが聞こえてくる。カメラマンとしてはいかに影が薄くとも、たった一人とは言え写真から欠けてしまったことを気にしていたわけ。ところが人事部長のドパルデューは、デリカシー・ゼロのガハハ笑いでそんなカメラマンの懸念を笑い飛ばしちゃうんだね。

 「どうせヤツはもうすぐいなくなる。リストラでクビが決まってるのさ!

 ガ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!

 いくら気が弱い自己主張が乏しいオートゥイユとは言え、この寒空の下にクビとは穏やかではない。だが、どうもこの決定は自分以外の誰もが知っているみたいだ。自分の職場たる経理の部屋にやって繰れば、そこで女性の上司たるミシェール・ラロックと同僚の女の子がヒソヒソ話。やっぱり間違いない。俺はクビなんだ。お払い箱だ。

 思えば俺の人生、ちっともいい事がなかった。かつての女房アレクサンドラ・ヴェンデルヌと結ばれたキッカケも、彼女がかつての彼氏に捨てられて落ち込んでいたから。ついつい優しくしてくれたオートゥイユとくっついたものの、たちまち結婚生活は暗礁に乗り上げた。彼女は息子を連れて家を出て行き、その後はオートゥイユが電話してもロクに出てくれない始末だ。オートゥイユとしては彼女に未練タラタラなれど、元妻の方は関わりたくないという態度がアリアリ。息子スタニスラス・クルヴィレンですらそんな母親の態度を見習って、オートゥイユのことをバカに仕切っているテイタラクだ。

 ガックリ落ち込んだこの気持を慰めてもらおうと思っても、元妻も息子もこの通り無視を決め込んでいる。会社には頼りになるものは何もなく、クビを食い止める手だてはない。自分の人生改めて考えてみても、今度のリストラが象徴するようにこれまでもスカならお先も真っ暗。もう生きていたって意味がない。この世からサッサとおさらばだ! 彼はアパートのベランダから身を投げる決意をして、大きく窓を開けた。するとそこには、どこから迷いこんで来たのか可愛い子猫がたたずんでいるではないか。

 いかに死を決意したとは言え、このオートゥイユ、腹を空かせた子猫にエサを与える心の優しさはまだ失っちゃいなかった。与えたミルクをむさぼり飲む子猫を目を細めながら見つめると、もはやこの世に何の未練もなしとばかりに「エイヤッ」とばかりベランダから身を乗り出したオートゥイユだったが…。

 「おいおい、そこで飛び降りはよせ!」

 何と隣の部屋から初老の男ミシェル・オーモンが、そんなオートゥイユの一部始終を見つめていたではないか。「その下に停めてある車は私のだ。君に飛び降りられたら屋根がへこむよ」

 愕然として部屋に引っ込んだオートゥイユだが、今度は部屋の扉を激しくノックする音が。扉を開けると、そこに立っていたのは案の定先ほどのオーモンだ。彼は子猫が自分の飼い猫だとか何とか言いながら、無理やりオートゥイユの部屋に押し入って来たわけ。実は下の車も子猫も、オーモンのものではない。彼はこの日、たまたまオートゥイユの隣の部屋に引っ越してきた男。たまたまオートゥイユのただならぬ雰囲気を察知して、自殺を停めようと押しかけてきたわけ。

 結局行きがかり上、オートゥイユはこれまでの経緯を洗いざらいオーモンに打ち明けるハメになった。

 う〜むとうなるオーモン。彼には何やら考えがありそうだ。君は死ぬほど人生に絶望しているのか、会社はクビになりたくないんだな? う〜む…。

 一計を案じたオーモンは、オートゥイユに驚くべき提案をした。彼は雑誌に掲載されていたある写真を切り抜き、オートゥイユの写真を借りて、とんでもない事をやらかそうとしていたのだ。

 雑誌からとったゲイ・カップルの写真…それもジーンズに大きく穴を開けてお尻モロ出しの男の顔をオートゥイユとすげ替え、彼の会社に送りつけようというのだ。

 何ですって?

 もしゲイの社員をクビにしたとなったら、性的差別で解雇したと疑われる。それは会社としては避けたいに違いない。うまくしたらオートゥイユのリストラは回避できるかもしれないぞ。

 さすがにシブったオートゥイユだが、かつて企業の人事カウンセラーを勤めたこともあるオーモンの説得力ある言葉についつい同意してしまう。そもそも、死のうとした時点でもう失うものもないのだ。こうなりゃヤケクソ。どうにでもなれだ!

 さて、投函された写真はオートゥイユの勤める会社に無事届いた。数多く届いた郵便物とともに社内の女子社員の手によって開封されたそれは、たちまち社内でひそかなセンセーションを巻き起こす。これってオートゥイユじゃない? まさか、あの目だたないオートゥイユが? こういう事になると女子社員のネットワークは凄まじい。彼女たちに守秘義務なんて言葉は無意味だ。たちまち社内にオートゥイユの合成写真のカラーコピーが出回った。もちろんオートゥイユの女性上司ミシェール・ラロックも、目を丸くしてお尻モロ出し写真を見つめたことは言うまでもない。

 当然、写真は回りまわって社長ジャン・ロシュフォールの元へ。これを見たロシュフォール社長は、オートゥイユのリストラを決定していただけに頭を抱えた。こうして写真は会社の幹部会議の席上へ。

 オートゥイユの女性上司ラロック、人事部長ドパルデューらも出席の会議の席上は、このセンセーショナルな写真に話題沸騰した。特に妙にマッチョを気取ったデリカシー・ゼロ男ときた上に、元々気弱なオートゥイユを毛嫌いしてイジメてたドパルデューは、調子に乗ってこの写真をサカナにオートゥイユをコケにし放題。よせばいいのに「後ろからやっちまえ!」などとご機嫌で暴言吐きまくった。

 会議の席上はシラ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ。

 ロシュフォール社長は、おもむろにドパルデューに言った。「うちの会社の売り物は何だ?」

 そう、この会社はゴム製品のメーカー。コンドームが主力商品だ。その会社が、ゲイの人々を敵に回したらどうなる、このバカ者めが!

 さすがにいつになく激しい剣幕のロシュフォール社長に、ドパルデューもこいつはマズかったと感じずにはいられない。

 ともかく即刻オートゥイユのリストラは撤回された。写真は予想以上の効果を上げた。それどころか、とんでもない副産物まで生み出すこととなったから世の中は分からない。

 元々ドパルデューの行きすぎたマッチョな差別主義に辟易していた広報部長のティエリー・レルミットが、仲間と企んでドパルデューにお灸を据えようと思い付いたのだ。会議の思わぬ展開で動揺を隠しきれないドパルデュー。そんな彼に近づいたレルミットは、ドパルデューをさんざ脅かしにかかる。あんな差別用語を口にしちゃマズい、オートゥイユでなくてオマエがリストラされるかもしれないぞ!

 会議でのロシュフォール社長の剣幕にビビっていたドパルデューは、すっかり震え上がる。じゃあどうすればいい? そうすれば俺は助かるんだ?

 慌てふためくドパルデューにレルミットが笑いをこらえながらアドバイスしたのは、ゲイに優しく、オートゥイユと親しくなれと言うことだった。

 この俺が? 大嫌いなホモと? あのひ弱なオートゥイユと?

 そうは言っても実は口ほどマッチョではないドパルデュー。早速それまでイジメていたオートゥイユのご機嫌をとろうと奔走。にこやかに…というより薄気味悪い引きつった微笑み浮かべながらオートゥイユに挨拶したり、およそ話題も盛り上がらないままオートゥイユを食事に誘うなど、汗だくでサービスにこれ勤める。

 無事にクビがつながったオートゥイユは、早速命の恩人である隣人オーモンに報告だ。お陰様であなたのおかげです…そんなオートゥイユの喜ぶ顔を見て、オーモンも我が事のように喜んだ。実はオーモン、自身がゲイとしての差別を受け、失意のうちに職場を去らねばならぬハメに合っていたのだ。今回の作戦はオートゥイユを救う意味もあったが、実はそんなオーモンの敗者復活戦の意味合いもあったわけ。「ゲイが身を助けるとは…時代は変わったな

 しかも、一躍社内の時の人となったオートゥイユは、もはや「いてもいなくてもどうでもいい男」ではなかった。常にウワサ高い女子社員たちの注目の的。通りかかる人事部長ドパルデューは、毎度毎度気持の悪いほど丁重な挨拶。上司のラロックですら、彼に熱い視線を投げかけていた。彼女は例の写真が合成であることを疑い、写真の男の肩にあるタトゥーに目をつけていたのだ。もしオートゥイユの肩にこのタトゥーがなければ、あの写真はイカサマということになるわ。

 何と彼女はオートゥイユに残業を命じ、二人で夜遅くまで社内に残った。途中で二人で夕食をとり、いい雰囲気も流れる。実は好奇心から起こした行動とはいえ、こうして初めて面と向かって接してみると、オートゥイユなかなか人柄に惹き付けられるところもあるとラロックもチラホラ感じ始めたその頃、夕食で口にしたワインの効果てきめんにオートゥイユが寝込んでしまった。

 さぁ、チャンス!

 ラロックが肩のタトゥーを見ようとワイシャツを脱がせかかったその時、たまたま間の悪いことに警備員が部屋に入ってきた。

 ヤバいっ!

 慌ててその場を取り繕うラロックだったが、オートゥイユもその騒ぎで目を覚ます。ワイシャツを脱がされかかったわが身に気付いた彼は、慌ててその場から逃げ出した。

 この事態に驚いたオートゥイユは、早速隣人オーモンに相談。こりゃマズい。その上司に気付かれたら計画がすべてパーだ。何とかクギを刺しておかねばなるまいて。

 かくしてオートゥイユはオーモンのアドバイスに従い、ロシュフォール社長の元に押しかけて上司ラロックをセクハラで訴えることにした。だが、これは両刃の剣。さすがにもうオートゥイユのタトゥーを見ようなんて奴はいなくなったものの、彼に対するラロックはじめ職場の雰囲気は最悪になってしまう。こりゃいたたまれない。

 しかも、オートゥイユが息子クルヴィレンの様子を伺いに学校まで出向き、彼に剣もホロロな扱いを受けているところを見かけた同僚たちは、彼に少年愛のあらぬ疑いをかける始末。元々マッチョでファシストな体質のこの同僚たちは、KKKよろしく覆面をかぶって彼の襲撃に及んだ

 ゲイを詐って以来の度重なる奇妙な出来事に、単純にクビがつながって良かったとも言っていられなくなったオートゥイユ。しかも例の人事部長ドパルデューがオートゥイユに付きまとい、何だかんだとプレゼント攻勢をかけてくる。ドパルデューも最初は自分のクビを恐れてのオートゥイユのご機嫌取りだったものが、レルミットから「本気でオートゥイユを好きにならなければダメだ」とまで脅されるうちに、どうも本人も自分の気持ちが何だか分からなくなってきた様子。おまけにオートゥイユに付きまとっていることを嫁さんに気付かれて、夫婦仲までおかしくなるアリサマだ。

 しまいには会社の広告塔として、ゲイのパレードでオートゥイユが会社の山車に乗って街を練り歩くなどというプランまで出て、さすがに彼もボヤきが入る。だが、そんなオートゥイユのグチに隣人オーモンの表情が曇るのを見ると、元々善良な彼はわが身の身勝手さを気付かずにはいられない。それに例の「カミングアウト」以来、平穏無事と言えば聞こえがいいが退屈この上なかった自分の人生に、よくも悪くも次々スリリングな事件が巻き起こっているではないか。そんなオートゥイユの気持ちを察してか、オーモンは彼にパレード出場を強く勧めるのだった。

 「やってみろ。思いっきり生きてみろよ!」

 

●いろいろ

 フランシス・ヴェベールの名前を僕が何となく知っていた理由は、実は彼の作品そのものからではない。最近でこそ例の「奇人たち〜」や、ジャン・レノ主演の「ジャガー」なんて作品が公開されているものの、ヴェベール作品はほとんど日本公開されていなかった。では、なぜ名前を知っていたかと言えば、実はこの人の名前ってアメリカ映画がらみでよく聞いたからなんだね。

 リチャード・プライアー主演の「おもちゃがくれた愛」、ニック・ノルティ主演の「3人の逃亡者」(これはハッキリ確かめたわけではないが、たぶん劇場公開はされずにテレビ放映とビデオ発売だけだったんじゃないか?)、最近ではロビン・ウィリアムズとビリー・クリスタル共演の「ファーザーズ・デイ」…このあたりの作品がこのヴェベールのつくったフランス映画を元にしていると知り、こうも次々と彼の作品をリメイクしたアメリカ映画を見つけるに至って、僕もヴェベールにかなり興味を持ったわけなんだね。そしてこれは噂か本当かは知らないが、「奇人たち〜」もすでにスピルバーグのドリームワークス社制作、ダスティン・ホフマン主演でリメイク企画が進んでいると聞く。

 しかもしかも、このヴェベールという人は元々脚本家で、あの「Mr.レディMr.マダム」を書いている(これは本来舞台劇だったから、その台本からして彼が書いているのだろう)。この「Mr.レディ〜」、フランス映画としては異例の世界的な大ヒットを記録した作品なのはみなさんご承知の通り。この作品がことにアメリカ、ハリウッドでいかに愛されたかは、作品そのものが「バードケージ」としてリメイクされたこともさることながら、「Mr.レディ〜」のフランス人監督エドアール・モリナロが、ハリウッドに招かれてクリスティ・マクニコル主演の「白いロマンス」を撮る事になったことでも明らかだ。何とモリナロ、この「白いロマンス」撮影時には英語が聞く方も話す方もまるっきり出来なかったというから二度ビックリ。本来ならば英語ができて当り前とフンぞり返ってるはずのハリウッド映画人。それが何とも異例なことに、英語なんかできなくても「Mr.レディ〜」の監督を起用したい…とまでに、「白いロマンス」プロデューサーたちは思い詰めたのかねぇ。

 かようにアメリカ、ハリウッドに愛され求められている映画作家フランシス・ヴェベール。自分たちが逆立ちしたって出来ない作家性と芸術性の持ち主ならば、ベルイマン、フェリーニ、クロサワ、トリュフォー…などのように、コンプレックスも手伝ってヨイショしまくるハリウッド映画人(それでもクロサワ「トラ!トラ!トラ!」事件のように、尊敬とビジネスは別なようだが)だが、こと娯楽映画ともなれば自分たちの方が本領だとばかりに外国映画には辛いはず。実際、万人受けするエンターテインメント映画の世界では、香港映画やオーストラリア映画などのいくつかの例外を別にすれば、残念ながらハリウッドの牙城は揺るぎそうにないのが現状だ。そんな中で、何故にヴェベール一人だけがこうもハリウッドからモテはやされるのか?

 それは何と言っても着想の良さ…そしてその面白さが万国共通で分かりやすく明快で、なにより洗練されているからだろう。すぐにハリウッドに移植してリメイクしようとするのも、明快面白洗練というキーワードが自分たちの映画に相通じるものがあるとハリウッド映画人に思わせるからではないか。

 だが実際には…というと、上記のヴェベール関連リメイク作品がさほどの評判を得ていない(「ファーザーズ・デイ」などはそれなりに楽しい映画だったが、オリジナルと比べてどうかはわからない)ことから見て、事は必ずしもそう簡単なものでもないようだ。やはりハリウッド作品には再現しきれない、さらにデリケートな洗練とエスプリがあるのかもしれないね

 

●けつろん

 この映画、おとなしくも退屈なキャラが災いして人生前半戦をずっと踏みにじられてきた男が、自身の偽りの「ゲイ宣言」によって逆に人生をアクティブに生きることになる皮肉とおかしさを描いた作品…というのが万人が指摘するところだと思うし、事実そういう映画だと思う。その発想、そしてあれよあれよと事態がエスカレートしていく語り口、芸達者な役者たちに支えられながらの芝居の楽しさ…どこをとっても一級の娯楽作品だ。さすがに「奇人たち〜」ほどの手のつけようのないおかしさは期待すべくもないが、これはこれで大いに楽しめる喜劇であることは間違いない。僕はこの映画を見た時に、かなり強度のウツにみまわれていたのは前述した通りだ。にも関わらず、そんな落ち込みのドン底の僕を少なからず笑わすのに成功しているんだから、ひょっとしたらこれだって爆発的なおかしさを秘めているのかもしれない。

 この映画のダニエル・オートゥイユは、その陰気くさいショボくれた顔から見ても、モーリス・ロネやらシャルル・デネなんて男がモテはやされるフランスでしかスターになれなそうな男だ(この点に関しては残念ながら韓国映画についても、男優に対する美意識の違いを感じるね)。「橋の上の娘」や、出世作の「愛と宿命の泉」を見ても、その貧乏くささは明白。そして、今回はそんな彼の資質が十二分に活かされてる。劇中でこんなに「つまらない顔」って言われる主演スターもないよね(笑)。最初はこんな地味でパッとしない顔で、どっちかというと悲劇的キャラのオートゥイユが、コメディの主役なんてどうかと内心思ったよ。だけど、この映画ではむしろ彼はつまんなくてマジメくさってた方がいい。彼は終始マジメで困惑しきった表情のまま。周囲がドタバタ振り回されるアリサマが面白い。そのギャップがまた笑いを盛り上げるわけ。

 で、そのドタバタの代表格が、フランスを代表するビッグスターのジェラール・ドパルデュー。これがまた、思いっきりバカやってくれてる。周囲も本人もコワモテでマッチョと思い込んでいた男の、内面に潜むモロさまで表現していて秀逸。このあたり、実際と周囲の目のギャップという今回の映画のテーマの一つを体現しているかのようで、やっぱりうまいし面白い。

 ところで今回のオートゥイユの役名がピニョンっていうんだけれど、これって「奇人たち〜」の心優しきアホ男ジャック・ヴィルレのキャラクターの役名でもあるんだね。ヴェベールはこの名前を何作かで使ってるらしい。今回のオートゥイユはアホではないが、何となく世間からないがしろにされている善良な人物という点では共通するものがあるね。ヴェベールは一見メッセージも何も持たない面白映画のつくり手に見えて、こうした不当に扱われている人々に対するシンパシーと、彼らを踏みにじる無神経な世間…一般人の理不尽さ、偽善性、非合理性に対して深い憤りを持っているかのように思える。今回のもう一つのテーマとなったゲイは、脚本を書いた「Mr.レディMr.マダム」のテーマでもあるではないか。今回はそこに、みんな偏見を持って見つめているくせに「政治的な正しさ」の名の下に持ち上げる、なんとも気色悪い偽善のインチキくささに対するちょっと意地悪で皮肉な視点も加わっているわけ。しかもそれらを声を荒げて訴えるのではなく、ユーモアに包んで笑い飛ばしてしまうのが見事だ。この「メルシィ!人生」の原題名は「プラカード」というものだが、この人の作風ほどそんなプラカードからほど遠いものもない。そこが残念ながら、ハリウッドなどと比べて決定的に大人なんだろうね。

 そして僕はさんざ楽しませてもらいながら、この映画にさらに惹かれたところがあるんだね。それは映画が中盤を終ろうとする時の、主人公オートゥイユと隣人オーモンのやりとりの中に出てくる。

 ゲイ宣言でクビがつながったはいいが、反面予想もしなかった事件が続出。平穏かつ退屈な人生を歩んでいた主人公はこの慣れない環境に大いに戸惑い、あげく恩人であるオーモンにちょっとつらく当たったりもしてしまう。そこでの二人のやりとりが秀逸なのだ。

 今まで何もなかった人生に、良くも悪くも何かがいろいろ起こり始めている…。

 僕もねぇ、ここんとこいろいろトラブル続出で、正直言ってガックリきてもいるんだよね。それに元々それほどエキサイティングな人生を好んでいる訳でもない。今までいろいろあったことも結果的にそうなっちゃっているんであって、僕は少しもそんな波乱を望んでじゃいなかった。

 まして自分のプライベートがかき回されるなんて考えたくもなかったんだよね。正直言ってカンベンして欲しかった。いろいろ頭にもきたし、実はもう面倒くさいから降りちゃおうかと思ったよ。何だか波乱ぶくみの日常なんて、ドラマみたいでウソくさいよね。そんなの勝手にやってくれって思いかけてもいた。

 でもねぇ、そこで降りちゃっていいのかって気持ちもしてきたんだよね。確かにそれは面倒くさい。だけど面倒だからと言って捨てちゃっていいのか。自分はそこに、他では得られない何か大きな価値を見い出していたんじゃないのか?

 もし価値があるならば、厄介事だけのために諦めていいのか? そういうウンザリも何もかも一切合切“込み”での、それは「価値」ではないのか。

 それにトラブル回避して平穏無事になって、それで本当に俺は楽しいのかな? それで満足できるんだろうか?

 いい事悪い事、清濁併せ呑んでこそ、人生は味わい深いんじゃないのか。そう考えたら、僕は自分がそういった喧騒やカオスやドタバタを逃れ、一人涼しい安全なところで高みの見物をすることが、あまり魅力的なことに思えなくなったんだよね。だって、そんなドタバタってたしかに人生には付き物じゃないか。そういう事があってこそ、物事はいよいよ単なるキレイ事でなくて本音の部分に入っていくもんだ。人間は食べ物も食べれば、絶対にウンコもオシッコもするじゃないか。

 良くも悪くも、それが生きてるってことだからね。

 

 

 

 

 

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