「インソムニア」

  Insomnia

 (2002/09/16)


 

 

おことわり

先日、この感想文のストーリー説明には一部誤りがあるというご指摘を受けました。それは全くご指摘の通りだと思います。故にこの文章の末尾に、その指摘された箇所とそこがどう誤っていたかについて、訂正とお詫びを追加させていただきます。

 

 

 

善かれと思って犯した罪だが

 以前、ある職場に勤めていた時のこと、同僚の奥さんから電話がかかってきたことがある。

 それ自体は別になんら驚くことでも慌てることでもない。何の気なしに外線電話をとった僕も、最初は別に何とも思っていなかったんだ。おまけに、その奥さんが言った言葉も特にどうと言うことはなかった。奥さんはこう言っただけだ。「主人はおりますでしょうか?」

 問題はこの日、その当人である同僚が有給休暇をとっていたことにある。

 用事であろうと遊びであろうと、休むからには当然奥さんはその事を知っているはずではないか。僕らもその同僚は家にいるものと思っていた。それなのに奥さんはわざわざ職場に電話して聞いているのだ。「主人はおりますでしょうか?」

 この時、奥さんの問いを聞いてすぐに事情を察した僕は、さすがに緊張したよね。だって、この奥さんは同僚が休みをとっていることを知らない。おそらくは同僚は出勤すると偽って家を出た。そんな不自然なことをしてまで休んだということは、たぶん奥さんには言えない用事があったに違いない。これはまいった。

 瞬間的に迷ったあげく、僕はとっさにウソをついた。同僚は今は外出中でこの場にいないと言ったのだ。もし仮に同僚が職場に来ていないなんて言おうものなら、奥さんにウソをついて出てきたことをバラすことになる。それがどんな結果になるか、僕はちょっと考えたくなかったんだね。

 だけどウソをついてすぐに、僕は激しく後悔したんだよ。もしこの奥さんが、同僚に家に連絡するようにメッセージを残したらどうだ? 当時はまだ携帯電話など普及する前だ。同僚に連絡をとる術などない。僕はすぐにそれに気付いて、ビッショリ冷や汗をかいてしまった。

 幸いこの奥さんは、彼が今この職場にはいないことを確認したら満足したか、そのままおとなしく引き下がってくれた。電話を切ってホッと一安心した僕だけど、そうなればそうなったで何ともイヤ〜な気分になったんだね。

 たぶん奥さんはこの日、同僚が出勤すると言いながら休みをとっていたことを知っていた。あれは同僚が職場にいるかどうかだけ確認するための電話だったのだ。だからどんな返事が返ってこようと、同僚がその電話に出られないという事実だけが分かればよかった。そして電話を切って、こう思ったのに違いない。「あの男、職場の人間まで抱き込んだわね」

 その瞬間、僕は彼のウソの片棒を担いだことになるのだ。

 もちろん僕は彼の奥さんを知らない。今後親しくなるわけもないし、何らかの利害関係を持つこともないだろう。それでも、見ず知らずの他人とは言えウソをつくはめになったのは、何とも後味が悪かった。それが例え善かれと思ってしたことだとしても…。

 実は何たる運命のいたずらか、僕は知人の奥さんからこうした電話をもらうことを何度か経験している。一度など、「×月×日に主人と会ってたかどうか教えて」なんてアリバイ確認の電話まで受けた。そして、そういう時には決まって僕は彼と会ってはいない。そしてまたぞろシラジラしいウソをつくはめに陥ってしまうのだ。

 それらの奥さん連中は、みんな一度も会ったことがないか、会ったことはあっても親しくしたことのない人だからまだいい。だけど、中には奥さんをよく知っている場合だってあるんだよ。そういう時はたまらないな。

 男の友人が若い女ととんでもない事している話をさんざっぱら聞かされたあげく、彼の家にお邪魔することになって、奥さんと対面する時の心境を考えてみてくれよ。僕は別に不倫がどうの浮気がどうのと、道徳的なことを振り回す気なんてないし、そんな柄でもない。別に自分が善人だと言うつもりもないよ。だけど、あんなこんなの関係を聞かされていながら、何も知らずに自分ににこやかに応対してくる奥さんの顔を見るのはツラい。僕も自分が女に裏でいいようにされた事だってあるから、その悔しさや屈辱はよく分かる。でも彼と口裏を合わせている以上は、僕も彼と同罪。僕がかつて自分が女にされたような卑劣な裏切りを、自分もこの奥さんにやっていることになるんだよ。それってとってもイヤ〜な感じなんだよね。

 後になってその夫婦がとんでもない事になったなんて聞くと、余計たまらない気分になる。子供もいるのに家庭がバラバラなんて、いくら離婚は一般的になったとは言え、なければないに越したことはない。そのたびに、ウソをついていた自分を後ろめたく感じずにはいられないのだ。例えどんな事でもウソはウソ。その場合はそうするしかなくて、それが善かれと思ってしたことではあったとしても…。

 

眠れないのは白夜のせいか良心の疼きか

 遙かに広がる荒涼たる白銀の世界。その上空を飛ぶ双発の水上飛行機。その機内には二人の男…眼下の景色に目を奪われているマーティン・ドノバンと、手元の書類を見ることに没頭しているアル・パチーノ。二人はLAの殺人課でコンビを組んでいる刑事だ。今回はある殺人事件の捜査の応援に、ここアラスカの辺境の町に派遣されてきた。だが二人の刑事の表情は心なしか冴えない

 水上飛行機が桟橋に到着すると、地元警察の女刑事ヒラリー・スワンクがお出迎え。退屈で何も起きないこの町に本場LAから殺人課刑事がやって来るとあって、まだ新米刑事の彼女ははやる気持ちを抑えきれない。まして迎える相手があのパチーノ刑事ともなれば…。

 アル・パチーノ刑事…LAの名刑事。「セルピコ」事件、「クルージング」事件、「シー・オブ・ラブ」事件に「ヒート」事件…と、関わった難事件は数知れず。本当はそれよりも「狼たちの午後」事件、「スカーフェイス」事件、それより何より「ゴッドファーザー」三部作事件…と犯罪者の役の方が多かったりもするが、そこはそれヤボは言うまい。ともかく彼はオスカー主演賞をはじめ数々の表彰も受けた、文字通り現役の刑事の中では生ける伝説だ。だから迎えの車の中で、スワンクはパチーノを質問責めにする。彼女はパチーノの過去の捜査記録を手本に勉強してきたのだ。そんな彼女を微笑ましく見つめるパチーノ。

 町に着いた二人は、宿に向かわずにまっすぐ所轄署に向かった。二人を出迎えたのはこれまたパチーノの昔なじみのポール・ドゥーリー署長だ。だがドゥーリーとても、この町始まって以来の大事件勃発に応援の要請はしたものの、これほどの大物の登場を予期してはいなかった。久々の再会もあって大喜びのドゥーリーだが、パチーノとドノバンの参加についつい別の意味を嗅ぎ取らずにはいられない。「例の内務査察の問題が関係あるのか…」 だが、パチーノは言葉を濁して語らない。

 現場第一主義、証拠第一主義とセオリーを大切にするパチーノは、報告書だけでは満足せずに遺体の見聞を要求する。早速改めての遺体の見聞が始まった。

 被害者は地元の女子高校生。顔を中心に無数の殴打の跡がある。死因も撲殺だ。だが、不思議な事に遺体は髪を洗われ、マニキュアをした爪を切られていた。慎重に証拠を消し去った犯人。これは冷静な人物の犯行だ。見事に事件と犯人像を喝破するパチーノに、スワンクの尊敬の念はいやが上にも増していく。 そして念入りな死体への気遣いから、彼女は思わず「顔見知りの犯行だわ」と口走る。

 「その通り!」とパチーノは彼女を褒めた。この頑張り屋さんの新米が、パチーノはすっかり気に入ったようだ。君は若いのになかなかやるな、俺なんかオスカー主演賞とるまでに何十年もかかったよ。

 事件当日、被害者は仲間内のたまり場となっている店に出かけて、ボーイフレンドと口論になって飛び出した。発見されたのはゴミ捨て場。全裸のままゴミ袋に詰められて捨てられていた。

 早速被害者の家に出かけるパチーノ、ドノバン、スワンクら捜査陣。まずはボーイフレンドが臭い。だが、被害者は高校生に似つかわしくない装飾品やらドレスを持っていた。さらに二つに引きちぎられた写真。被害者と撮られたその写真の捨てられた片方には、彼女の親友の女の子が写っていた。とりあえずこのボーイフレンドに事情聴取だ。通っている高校に行こう…と張り切るパチーノだが、そこで地元の警官たちに意外にも失笑をかう。

 「今はもう夜の10時ですよ」

 そう。ここアラスカの北極圏に近い町では、季節によって太陽が沈まない時期があるのだ。今はその白夜の時期。まるで真っ昼間のように明るいこの時間帯でも、実はもう真夜中もいいところだったのだ。

 それでは仕方がない。二人の刑事も、今日のところはホテルに引き揚げることにした。

 ホテルのレストランに座って語り合うパチーノとドノバン。だが、その表情はまたしても冴えない。それもそのはず。彼らにはここのところずっと心を悩ましている事があった。それは彼ら刑事たちへの内務査察の問題だ。悪徳警官を挙げるための内部告発、内部調査の中で、ドノバンも目を付けられていたのだ。

 もっともドノバンには目を付けられる理由があった。あの能楽協会だって、訳もなしに和泉元彌を除名しようなんて言いやしない。実はドノバンにはかつて賄賂を受け取ってしまった事実があるのだ。強気な元彌とは対照的に弱気になったドノバンは、内務の連中と取引に応じることにした。仲間を売るというのだ。だが、それにはパチーノは同意出来なかった。ドノバンが引っかかれば、彼らはもっと大物…パチーノを挙げようとするだろう。例えパチーノが本当はシロでも、何が何でもあることないこと問題にするに決まっている。そうしたら、彼が捕らえてきた悪党を野放しにすることにもなりかねない。

 それに実はパチーノも、過去まったく何も後ろ暗い事がないとも言えないらしい。だから必死にドノバンを止めようとするのだ。だが、ドノバンはもう決めた事と全くにべもない。これに苛立ったパチーノは彼への怒りから席を立って、その場を離れるのだった。

 翌日、昨夜のギクシャクした感情を引きずったまま、二人は高校まで被害者のボーイフレンドに会いに行く。その男ジョナサン・ジャクソンは、被害者を殴るなど平気の生意気なガキ。おまけにオレを捕まえられるものかとフンぞり返り、居丈高に居直りまくる。パチーノはこの生意気なガキをさんざ脅してお灸を据えたものの、彼が犯人ではないと確信した。それでは誰が? 被害者にはボーイフレンド以外に「男」がいたのだ。それは彼女に金目の品やドレスを買い与えられる、大人の男に違いない。

 署に戻ってみると、犯行当日被害者が持っていたバッグがある空き地の小屋の中から発見されていた。そのバッグにはミステリーの本やら被害者の日記やらが入っていたが、パチーノが問題にしたのはバッグそのもの。これがまだ未発見だと報道に流して、犯人をおびき出そうというわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、問題の小屋は人けのない岩場にポツンと建っていた。その周囲をコッソリと包囲する警官たち。もちろんパチーノ、ドノバン、スワンクたちもそこにいた。やがて、怪しげな人影が現れて小屋に入る。しかし田舎警察の哀しさ、思わず警官の一人が物音を立ててしまい、怪人物は小屋に閉じこもってしまう。脱兎のごとく飛び出したパチーノたちは、小屋の扉をぶち破って中に入るが、何と床には穴が開いて下に抜け穴があるではないか。警官たちは周囲に散り、パチーノは抜け穴から外に犯人を追って行った。

 折から周囲には濃い霧が立ちこめる。視界ゼロの霧の壁に阻まれ、身の危険を感じるパチーノ。人影を発見してあわや発砲寸前に、それは地元警官の一人であると気づいてパチーノ思わず汗ビッショリだ。気を付けろ!

 ところがすぐにどこからともなく銃声が飛び、パチーノの傍らにいた警官は足を撃ち抜かれた。ヤツは銃を持っている! 慌てて銃声の方向に走り出すパチーノだが、相変わらず霧は晴れそうにない。再び犯人を見失うパチーノは、だしぬけに目の前に現れた人影に向かって引き金を引いた。

 しまった! それはドノバン刑事だった。

 胸を撃ち抜かれたドノバン刑事は、パチーノを信じられないといった表情で見つめる。何とか介抱をしなくてはと近寄るパチーノに、ドノバン刑事は拒絶の姿勢をとったのだった。「俺を殺そうとしたな…」 恨みがましい表情でパチーノを見つめながら、その場に息絶えるドノバン。

 違う違う、殺そうとしたんじゃない。焦り狂うパチーノではあったが、誰がそれを立証出来るだろう?

 その場には犯人の銃が投げ捨てられていた。それを拾ったパチーノは、とっさにフトコロに隠す。そしてドノバンは犯人に撃たれたと偽りの報告をした

 そしてやりきれないドノバンの妻への報告…。

 幸い警官の足を撃ち抜いた弾丸は発見されていない。パチーノは犯人の銃を隠し仰せた。だが、そんなこんなの偽りがパチーノを苦しめる。おまけにホテルには内務の連中から、彼の胸中を見透かしたような電話がかかる。これにはパチーノもムキならずにはいられない。和泉元彌は能楽協会からの除名の脅しにも、一向にメゲずに啖呵を切った。だが、それもやたらタフなママが付いていたからこそ。ここアラスカでパチーノは独りぼっち。たった一人の相棒はテメエの手で死なせてしまった。しかも、そのおかげで今も墓穴を掘っている真っ最中とくる。気は滅入る一方。不審船は日本海に沈んだまんまだが、太陽はいつまで経っても沈まない。パチーノは長い白夜にまったく眠れなくなった。

 一方、スワンクはドノバン射殺の報告書をつくるための現場検証に明け暮れた。だが、何となく納得出来ない。なぜか?

 そんな中でパチーノは、被害者の葬儀に立ち会う。例のボーイフレンドのジャクソンもそこにいた。そして彼は列席していた女の子の一人の尻をなでている。パチーノの刑事の勘が働いた。

 その女の子は写真に写っていた被害者の友人だった。パチーノが誘うといそいそと車に乗り込む彼女。この女の子は、LAから来た都会者のパチーノを誘惑しているつもりらしかった。そういう事なら都会の大人の怖さを思い知らせてやらねばなるまい。パチーノは彼女を脅かして、被害者が捨てられていたゴミ捨て場で問いつめる。彼女には「男」がいたな、どうだ?

 相変わらず眠れぬ白夜を過ごすパチーノの部屋に、謎の電話がかかってきたのはそんな頃だ。こいつはパチーノがドノバンを撃った模様を目撃していた。犯人に違いない。だが、ヤツはパチーノを脅すように告げた。撃たれた犯人はおまえに近寄るなと言ってたな、なぜだ? おまえは殺す気で撃ったのか?

 それでなくても眠れないパチーノは、ますます不眠の度合いが増した。

 そんなパチーノに、スワンクは何とかドノバン射殺の報告書をまとめて見せる。当然彼女はドノバンが犯人に撃たれたとの仮定で報告書をつくったのだが、それを見せられたパチーノは宣誓のサインが出来ない。ただうめくように彼女に告げるだけだ。「自分の署名を入れる書類は、正しいものをつくれ」

 そんなパチーノの挙動に、何となくうごめいていた彼女の疑念が改めて沸き上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画の後で

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、友人の証言と被害者のバッグに入っていたミステリー小説から、パチーノはこの小説の作家が怪しいと当たりをつけた。この作家ロビン・ウィリアムズは近くの町に住んでいる。車を飛ばしてこの作家の家を訪ねたパチーノは、ちょうど彼が家に戻ってくるところにブチ当たった。待てっ!

 走って走って、どんどん走って追いかけるパチーノ。だが、睡眠不足の彼にいきなり過激な運動はこたえる。しかも、ウィリアムズは近くの海の貯木場に逃げのびて、水面に浮かぶ丸太の上をスイスイと走り去っていくではないか。ええい、こんなもの俺だって…と思ったパチーノは甘い。水に浮かぶ丸太の上は、慣れない人間にはそうそうヒョイヒョイと進めるわけがない。これじゃまるでオールスター水泳大会の余興だぜとパチーノが思ったその時、彼は足を滑らせて水の中に転落してしまった。

 ファック!

 と、お得意の毒舌を言う間もなく、水中に沈んでしまうパチーノ。だが、水面は次々と丸太が占領してしまい、パチーノはまるで浮かび上がれない。息も出来ない。死んじゃうよ〜。

 何とか丸太から逃れて岸に上がったパチーノは、濡れネズミのようになってウィリアムズの家に戻ってきた。そしてこの腹いせでもするかのように、ドノバンを撃った拳銃を彼の家に隠した。だが、そんなパチーノを見透かしたように、ウィリアムズからの電話がかかってくる。

 「明日、フェリーで会おう」

 その頃、スワンクは遅ればせながら本の作者に目を付けた。もうウィリアムズは捜査線上に浮かび上がっているのだ。そんな捜査陣を横目にフェリーに乗り込んだパチーノは、あの犯人ウィリアムズとサシで対峙する。

 ウィリアムズは自分の犯行を認めたものの、それは殺人ではなく事故だったと主張する。それで済むかと追及するパチーノ。だがウィリアムズにドノバンの射殺と偽証の件を持ち出されると、さすがのパチーノも旗色が悪いのを認めずにはいられない。「俺もあんたも殺したくて殺したんじゃない。言わば同じ境遇なんだよ」

 そしてお互いを助け合うことを主張するウィリアムズに、しぶしぶながら同意せざるを得ないパチーノ。彼はウィリアムズに捜査状況を伝えて、そろそろ警察に任意同行を求められるぞと助言する。だが、そのやりとりをすべてウィリアムズにテープ録音されてしまうとはツイてない。ウィリアムズ、善人ヅラしながらも、まったくどこまでも抜け目のない男だぜ。

 ウィリアムズと一蓮托生になってしまったパチーノ。悪を憎みそれを捕らえることを生き甲斐にしてきたパチーノに、これは何と皮肉な運命だろう。しかも眠れぬパチーノにまたもウィリアムズから電話がかかってくる。…あの女はあの晩、俺とコトの真っ最中にバカ笑いした。それでついつい殴ってしまったんだ。ボーイフレンドには大人しく殴らせていたくせに、俺が殴ったら悲鳴をあげやがった。だからちょっと激しく殴りつけて黙らせただけなのに…あれは事故だったんだ

 何が事故なものか。それなのに、俺はこんな変態野郎から「同じ境遇だ」などと言われているのか。俺はこいつと同類になってしまったのか。 狂牛病の責任もロクにとってない農林水産大臣の武部ごときに、「引退しろ」と責められた日ハム会長みたいなイヤ〜な気分。オマエには言われたくねえんだよ。

 翌朝、警察で取り調べを受けたウィリアムズは、その場で被害者との関係を認めた。これはパチーノが彼に助言した筋書き通り。しかもウィリアムズは被害者が例のボーイフレンドのジャクソンの暴力に怯えていたこと、ジャクソンが自宅のある場所に拳銃を隠していたことまで喋り出す。調子こいたあげく、被害者からもらった手紙が別荘にあるから見せるとも言い出す旺盛なサービス精神だ。

 ここでなぜか激高したパチーノ。興奮のあまりウィリアムズを脅してたしなめられ、激しく取調室を出ていく。だが、これはパチーノのアドリブ演技だった。

 車でジャクソンの家まで駆けつけたパチーノ。彼は家の中に忍び込んで、ウィリアムズの証言した隠し場所に拳銃を忍ばせようとする。だが、ウィリアムズの証言した場所はモノが隠せるような場所ではない。パチーノが焦り狂っているうちに、家宅捜索に駆けつけた警官たちが家に入って来た。間一髪、奥の部屋に何とか隠れたパチーノだが、いつ見つかるか生きた心地ではない。まるっきりドリフ全員集合コント状態。いよいよヤバイ状況になったその時、警官たちは別の場所から拳銃を見つけた。

 頃合いを見計らってパチーノは奥から出てきて、あたかも今やっとたどり着いたようなふりで取り繕ったものの、何とも釈然としない。ウィリアムズが何から何まで計算尽くであることが気に入らなかった。ともかくは証拠発見で、ジャクソンは即座に逮捕された。

 警察から出てきたウィリアムズと会ったパチーノは、彼から録音テープを受け取った。これで一件落着。なぁに、ジャクソンはろくでなしだ。こうなるのが分相応だよ。だが、パチーノは納得できなかった。何もかもの憤懣をウィリアムズにぶつけた。何が殺すつもりがなかっただ! 俺はもうイヤだ、自首してやる! だが今さら後戻りは出来ない。もうサイは投げられたのだ。

 だが、その頃もう一度ドノバン射殺の現場に立ち戻ったスワンクは、そこで一発の弾丸を発見した。それは警官の足を撃ち抜いた弾。その時、彼女の胸に何とも言えない疑念が沸き上がる。 (この箇所に関して、文章末尾にて訂正とお詫びがあります。)

 パチーノがこの地を去るのが間近になった夜、彼はますます眠れずに悶々としていた。そんな彼を見かねて、宿の女主人モーラ・ティアニーが部屋を訪ねてくる。パチーノは胸の苦しみを打ち明けるかのように、ある昔の事件の話を語り出す。

 少年を犯して殺した男がいた。だが肝心な物証がない。俺は被害者の体から血を抜き取って、犯人の部屋の服に付着させた。奴は悪人だ、野放しにしてはいけない。俺のしたことは悪いことだろうか…?

 翌朝、良心の呵責と睡眠不足でヨレヨレになりながら、彼なりの事件の決着をつけるためにウィリアムズの家に乗り込むパチーノ。だが、ウィリアムズは不在。パチーノはそこで、被害者がウィリアムズにあてた手紙の束を発見する。ありゃ?…確か手紙は別荘にあると言っていたはずだが。胸騒ぎがしたパチーノが署に連絡すると、あのスワンク刑事がウィリアムズの別荘まで手紙を取りに行っていると言う。

 これは罠だ!

 もう、これ以上は俺は偽りを続けているわけにいかない! 朦朧とする意識を奮い起こしながら、パチーノはウィリアムズの別荘までフルスピードで車を走らせた…。

 

今度は直球勝負に出たクリスタファー・ノーラン

 あのメメントで衝撃的に登場したクリストファー・ノーランの新作が早くも登場。やはり「メメント」はハリウッドでもセンセーショナルだったのか、今回はぐっとメジャーな作品として出来上がった。アカデミー賞受賞三大スター共演だからねぇ。何と製作総指揮にはスティーブン・ソダーバーグとジョージ・クルーニーという大物が顔を揃えているしね。ソダーバーグとクルーニーってすっかりツルんじゃってるんだな…ということはさておき、これほどのビッグネームに見込まれるようになったんだから、ノーラン大した出世ぶりだ

 映画としては「不眠症」ってなタイトルに代表されるごとく、またまた何となく衝撃的な題材っぽい。「記憶喪失」の次は「不眠症」か。おまけに猟奇殺人ものの臭いもあって、今度も凄そうってイメージが湧いてくるよね。

 その中でも話題になるのは、何と言っても三大スター共演ってところだろう。アル・パチーノは今回も影のある刑事役という「いかにも」の役。眠れなくてヘロヘロの熱演は見ているこっちがツラくなる。これは期待通りの役どころだ。まぁ、パチーノならでは。

 問題は今回最大の注目を集めるであろうロビン・ウィリアムズの悪役だ。正直言ってここんとこのウィリアムズの主演映画、実は僕はことごとく見逃してしまっているんだよ。別に彼が嫌いって訳でもないんだけどね。これだけ映画がジャンジャカ公開されてると、どうしても見逃す度合いが多くなる。その中で、たまたまウィリアムズ主演映画が漏れちゃったってことかな。いや、果たしてそうなんだろうか?

 正直言ってここんとこの彼の出演作、「奇蹟の輝き」「パッチ・アダムス」「アンドリューNDR114」「聖なる嘘つき/その名はジェイコブ」…などなどなどは、僕はハナっから見る気がなかったように思うんだよね。いや、作品ひとつひとつをちゃんと見たら、実際にはそれなりに面白いし良い映画なのかもしれないよ。だけど、そこらあたりの作品を見に行く気になれなかった。と言うのも、どうもここんとこのウィリアムズの感動的映画、感動的演技ってワンパターンなイメージがあった。この人のハートウォーミングな善人演技って、少々鼻についてきたところもあったと思うんだよね。だから、一向に見る気が起きなかった。偏見だとは思うけど、やっぱりそれが本音かな。

 そこらへんのところはウィリアムズ自身も気づいていたのか、今回初めて悪役に挑戦というわけだが、これは思った通りピタリとハマったね。この人、どこかダークなものを抱えているのがうまい。やはり善人役ではあったけど、「フィッシャー・キング」なんかはそのダークな内面が生かされていて、なかなか良かったじゃないか。今回もウィリアムズが演じているから面白かったし、パチーノとの顔合わせってミスマッチになりそうなほど新鮮な意外性もあった。これは成功だったんじゃないかな。

 そしてヒラリー・スワンクは、凄い熱演でもハマり役でもないけれど、大ベテラン刑事パチーノを慕いつつ、彼に追いつけ追い越せで最後に彼に引導を渡す役どころってのが、役者パチーノとスワンクのキャリアの差にピタリとダブってなかなかいい。これも適役好演とは言えるだろう。

 他にもハル・ハートリー映画でおなじみマーティン・ドノバンも出てるが、彼はすぐに退場しちゃう役だから惜しいな。

 で、実際の映画はどうだったかと言えば…。

 見る前のイメージが凄そうだったから、意外にマトモだったなと拍子抜けしちゃったというのが正直なところ。まず、猟奇殺人そのものが大した話じゃなくて、おとなしいものだったことが拍子抜けの第一の理由だね。言ってしまえば単なる痴話喧嘩の話だからね。もっと凄い謎やらドンデン返しやらショック・シーンがあるかと思っちゃったよ。まぁ、それは見る側の勝手な期待と言えばそうなんだけどね。

 それより何より、これが「メメント」の監督の新作だという期待が、この映画を拍子抜けのおとなしさに見せちゃっているんだろうね。何しろ「メメント」は記憶がどんどん失われていくっていう題材自体が衝撃的だ。それが題材だけでなく表現そのものとなっていて、時制がガタガタに分断される異色の構成をとっている。見ているうちに作者の術中にハマる。さらに凄いことに、この病気=記憶を失っていくということが、最終的には映画のテーマにもなっていくあたりが見事だったんだね。その哀しみが、人間全般に通じる普遍的なものになっていくあたりが素晴らしかった。

 今回はその点、前作のような変化球ではなく直線的な構成だ。言わば当たり前の構成のドラマと言える。その時点でちょっと期待して構えていた観客には拍子抜けの印象を与えてしまうんだね。これはちょっとノーランもかわいそうだ。あれだけのクセ球放っちゃった次だと、どうしても相当なコトをやらないとお客さんはモノ足りなく思っちゃうからね。お気の毒と言えば言えるんだけど、そりゃ仕方ないかな。

 実はこの映画、ノルウェー映画のハリウッド・リメイクだとか。最近よくある例で言えば、キーファー・サザーランドとジェフ・ブリッジス主演の「失踪」とか、ユアン・マクレガーとニック・ノルティ主演の「ナイトウォッチ」、それにトム・クルーズの「バニラスカイ」などと同じような、ヨーロッパ製サスペンス映画のハリウッドでの焼き直しなんだよね。ま、「失踪」「ナイトウォッチ」はオリジナルを撮った監督がそのままリメイクもつくっていたけどね。

 こんなクセのある作風のノーランがわざわざリメイクに手を出した事情はよく分からないけど、それも今回は災いしちゃったのだろうか。ただ、さすがに毎回「メメント」みたいな映画をつくっている訳にもいかないし、今回はリメイクでチェンジ・オブ・ペースを図ろうとしたのだろうね。やはりクセ球専門のデビッド・フィンチャーが、割とマトモなサスペンス「パニック・ルーム」をつくったあたりを考えると、その気持ち分からぬでもないが。

 しかも、見た目には「不眠症」ってただの「不眠症」でしかない。大変だしツラいのは分かるけど、主人公が不眠症で追いつめられていく様子って、さすがに「メメント」の記憶喪失ほどには強烈にインパクトを焼き付けてこないからね。その点でも今回はちょっと不利な戦いとなってしまったのは否めない。悪い映画だとは思わないんだけどね。観客ってのは身勝手なものだ。 僕もちょっと身勝手な言い方してるかもしれないよ。もしそう見なかったら、それなりに悪い映画じゃない気もするからね。

 ただ今回の「不眠症」ってのが主人公を追いつめる原動力となり、ひいては映画のテーマとなっている点では、見事に前作を踏襲するかたちをとっているんだよ。そのへんではノーランの一貫した姿勢を感じるんだけどね。

 パチーノ刑事はアラスカの白夜に眠れなくなるだけでなく、自分が犯した罪の重さにおののいて眠れなくなる。睡眠不足のせいというより、良心の呵責で錯乱していく。それも本人のちょっと魔が差しただけの躓きが、自滅につながっていくんだね。そこに悪魔がつけ込んでいく。

 こういう事ってあるよね。まぁいいだろうと軽く考えて一歩踏み越えてしまう。あるいは善かれと思ったが故にやってしまう。それが最後にとんでもない結果を招いてしまうなんてことは、情けないが僕も何度も経験があるよ。

 実際のところ、パチーノ刑事は過失で同僚を殺してしまうんだが、その時に心の中に殺しの願望は全くなかったのか。そう考えると、パチーノ自身もそれに答えられない。すると、過失を素直に認めなかったことが罪ではなく、本当は撃った事自体が罪ではないか

 さらに物語の終盤、眠れずにヨレヨレになったパチーノ刑事は、宿屋の女主人に思わず告白する。悪人を捕らえたいがため、善かれと思って偽証した…思い起こせばすでにそこから躓きは始まっていたのではないか

 善かれと思って犯した罪。それがもたらす良心の疼き…そんなテーマはなるほど興味深くはあるんだけど、よくよく考えればあまりに真っ当で当たり前な話ではある。そのへんのあまりのストレートさが、今回の訴求力を弱めてしまったきらいはあるかもしれない。

 おまけに映画の後半では、パチーノが睡眠不足でヘロヘロになってくる。パチーノ自身の圧倒的な演技力とノーランの演出力で、睡眠不足のツラさ苦しさは十二分に伝わってはくる。だけど主人公の頭と体の動きが緩慢になってくるのと呼応して、映画全体もどうしてもカッタルい展開にならざるを得ないんだね。あまりに真に迫っているのはいいのだが、それ故に映画自体が何とも言えないけだるさに包まれていく。観客まで生理的にダルくなってくるのはツラい。見ている側も苦しくなってきちゃって、もう結論なんかどうでもいいよ…って気になってきちゃうんだよね。インパクトどころか何ともカッタルくなる。

 普通、映画ってのは観客を眠くさせないように引っぱっていこうとする。だけど、この映画は観客に「眠気」をリアルに実感させなきゃならないんだからね。そのあたりが最初から誤算と言えば誤算だったのかも。

 

 

 

 

訂正とお詫び

 上記にもあるように、先日、岡山で映画を観よう!!!ほーくさんより、下記の誤りの指摘を受けました。

 実は私自身この箇所についてうろ覚えで書き記し、しかも確認なしにそのままで文章をアップするという間違いをしでかしてしまいました。

 ですから、おそらくほーくさんのご指摘が正しいものと思われます。

 ここに、ほーくさんのご指摘を全文掲載するとともに、今回の件について私は誤りを認めるとともに、読んでいただいたみなさまに深くお詫びいたします。

 大変申し訳ありませんでした。

 

<以下、ほーくさんのご指摘より>

些末なことなのですが、評の最終部分近くでありますが、

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(抜粋)

 だが、その頃もう一度ドノバン射殺の現場に立ち戻ったスワンクは、そこで一発の弾丸を発見した。それは警官の足を撃ち抜いた弾。その時、彼女の胸に何とも言えない疑念が沸き上がる。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(以上)

このシーンにおいて、スワンクが発見したのは、空薬莢。

しかも、オートマティックタイプのワルサーPのもので、パチーノがマーティン・ドノバンを撃ってしまったときに銃から排出されたものではないでしょうか。

それが証拠に、彼女は過去のパチーノが取り扱った事件のリポートからパチーノが予備の銃としてワルサーPを携行していたことを確認し、パチーノが出立する日、スワンクは署の玄関先でハグしたときにパチーノの腰にあるワルサーPの感触を確認しているようなシーンがあります。

ちなみに、「警官の足を撃ち抜いた弾」は、貫通しており、最初の実況検分のときに大柄で白髪の初老警官により、ひしゃげた形で発見されていたはず。

それは線条痕検査に出され、ドノバンから摘出された(ワルサーPの)弾丸のものと照合される予定でした。

パチーノは、路地裏で見つけた犬の死骸に、ロビンの(わざと)捨てた銃(警官の脚を撃ったもの)で弾丸を撃ち込み、ドノバンから摘出された(ワルサーPの)弾丸とすり替えたシーンがあったように記憶しております。

このことは、この作品の謎解きという側面からも整合性を取る上で重要なことであり、この偽装工作にパチーノが腐心したことも「インソムニア」へ拍車をかけることになってしまうという重要な演出ではないかと私は判断しております。

 

 

 

 

 

 

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