「ラッキー・ブレイク」

  Lucky Break

 (2002/07/15)


 ちょっと寝ぼけたジョージ・クルーニーみたいな顔のジェームズ・ネズビットとレゲエ頭のレニー・ジェームズの二人は幼馴染み。ガキの頃からずっとツルんで、楽しいことも悪いことも一緒にやってきた。ところがどうにもツキがない。ケチばかりついた。

 ま、それもムリないか。何せネズビットときたら、クルーニー似の顔で終始世の中バカにしたようにニヤ笑いして、物事シリアスに受け止めたことなんかないんじゃないか。ハッキリ言って熱くなることなんかなさそうなイイカゲンな奴だった。

 だが、そんな二人の不運にも今日でピリオドだ。何しら犯罪者としてエリートと見なされるべき、銀行強盗をこれからやらかそうとしているところなんだから。

 スキーマスクをかぶって銃を構え、銀行に乗り込む二人。手を上げろ! レゲエ頭レニーはカウンターの向こう側に入って金勘定、クルーニー顔ネズビットは窓ひとつ隔てたところで銃を構えて見張りだ。その見事なコンビネーション…と思いきや、焦るレニーがネズビットの止めるのも聞かず、押しちゃならないボタンを押した。

 ブシュ〜ッ!

 催涙ガスがレニーの顔を直撃。しかもカウンターにシャッターが閉まって、レニーは閉じ込められてしまった。慌てて「撃つぞ!」と脅しても、肝心の拳銃の弾倉を落としてしまう情けなさ。もちろん警報はガンガン鳴っている。いくら閉じ込められたレニーが逃げるなと騒いでも、この状態にじっとしていられる奴なんざいない。ネズビットは思わず相棒を見捨てて銀行から逃げ出すかたちとなったが、駆けつけた警官たちにたちまち取り押さえられて万事窮す。

 あっと言う間にブタ箱行き

 ここはロング・ラドフォード刑務所。クルーニー顔のネズビットが連れてこられたのが、この刑務所だ。同室になったのが元ミュージシャンの太った男ティモシー・スポール。何で刑務所なんかにいるのか分からない穏やかで優しい男だ。そんなこの男スポール、気の毒なことに看守のロン・クックに目の敵にされてイジメられている。そうなると元来の天の邪鬼ぶりと反抗心が顔を出すネズビット。それが看守クックのカンに触って、ネズビットはこの刑務所へ来て早々たちまち独房へブチ込まれる始末。

 だが刑務所内の囚人仲間はなかなか悪くなかった。人が良く紳士のサギ師ビル・ナイ、純朴な青年に見えて凶悪な放火犯のレイモンド・ウォリング、コワモテな顔と立派な体格ながら温室のトマト栽培が生きがいのジョン・ピアース・ジョーンズなどなど。どいつもこいつもどこか憎めない人の良さを持った連中ばかり。

 そして囚人の更生のためのカウンセリングを行う、当刑務所内の紅一点オリヴィア・ウィリアムズ。だがネズビットは例によって例のごとく、人を小バカにしたような顔で彼女に毒づくのだった。簡単に更生なんざ出来れば苦労はないぜ。あげくこんな若い女が刑務所にいるなんざ、どうせロクな過去がなかったんだろうと一言。これがどうやら図星を突いてしまったから、彼女のネズビットに対する心証は最悪になってしまった。

 とか何とか言っても、結局はこのウィリアムズ嬢の「怒りを発散させ問題を直視」するカウンセリングに出席することになるネズビット。当然のごとく気乗りがしない。おまけにそのカウンセリングにはあのかつてのお仲間、レゲエ頭のレニーが出席しているではないか。あぁ、ウンザリ。それはそうだろう。レニーは捕まった時にネズビットが一人で逃げたことを忘れてはしないし、ネズビットもあの時はそうするしかなかったと思ってはいたものの、ある程度は後ろめたい気持ちをもっていたんだね。だからツラなんか見たくもなかった。

 しかしそういう時にあえて無視や逃げ隠れせず、逆に挑発するのがこの男の天の邪鬼さ。テメエが逃げたのを棚に上げてレニーのドジぶりやら何やらを指摘し、レニーはレニーでネズビットの「裏切り」「腰抜け」を罵って、たちまち静かな語らいの場は騒然。まぁ、素直じゃないちゅうか何ちゅうか。

 それはともかく、一緒に口をきいてればそこはそれ幼馴染み。何とかかんとかクルーニー顔ネズビットとレゲエ頭レニーの関係は修復した。そんなネズビットが気を取り直したレニーに聞いてきたのは、何と大胆不敵なものだった。「ここからどうやったら脱出できる?」

 滅相もない!…とにべもない答えのレニーだが、内心それを考えないはずがない。しつこく尋ねてくるネズビットに、レニーは重い口をシブシブ開いた。実は刑務所の施設のはずれにチャペルがある。かつて脱走事件があって閉鎖されているそこなら、警備も手薄だしボロボロだし何とか逃げられる。では、どうやってチャペルまで行くんだ? そのために必要なのは銃とダイナマイトと…とまぁ、まったくお話にならない脱走計画ではあった。

 ところが奇妙なことはあるもの。刑務所所長クリストファー・プラマーの面接に呼び出されたクルーニー顔ネズビットは、そこでこの所長が大のミュージカル好きであることを知る。実はこのネズビットもミュージカルについてはそれなりに知らなくもない。そんなこんなで所長の歓心をかったネズビットは、実は所長が自作のミュージカル台本の上演を熱望していることを告げられるのだ。それは英国の英雄ネルソン提督を主人公にしたロマン溢れる作品。あぁ、この刑務所の中で選りすぐりのメンバーを集めて、このミュージカルを実際に上演したい…あのチャペルで!

 そう、あのチャペルで…。あまりと言えばあまりの偶然にネズビットは呆然。次の瞬間には持てる熱意のすべてを注ぎ込んで、プラマー所長にミュージカル上演の実現を訴えていたのだった。メンバーは僕が集めます、ぜひやりましょう! これには所長も一も二もなく飛びついた。

 だが、まずレゲエ頭レニーからしてこれにはシブった。タップダンスやりながら脱走なんてゴメンこうむる。とは言え、それがチャペルに近づく唯一の道となれば選択の余地はない。ネズビットとレニーは一人ひとりシブる囚人たちを説得していった。音楽面は例の元バンドマンのスポールがサポートすることになったが、それでもまたメンツが足らない。最後はクルーニー顔ネズビットがプラマー所長と掛け合って、参加者にはテレカを提供することにして景品で人数を確保した

 そんな中で脱走計画に参加する他のメンバーも決まっていった。女房が彼の出所を待ち切れないたま参加のサギ師ビル・ナイ、チャペルの合鍵づくりに手を貸す放火犯ウォリング。

 このミュージカル上演演出のために外部からやってきた演劇青年ジュリアン・バラットが、なぜかシリアスな即興芝居をやろうなどとトンチンカンな事を言ったほかは、すべてすこぶる順調。ただ予想外にもクルーニー顔のネズビットが、主役のネルソン提督役をやらされるハメになった他は…。いや、クルーニー激似である以上それはある程度当然か。そしてこれも当然と言えば当然、ネルソン提督と恋に落ちるヒロインに、他に女がいないので逃げる余地のなかったオリヴィア・ウィリアムスが決まった。かくしてカウンセリングなんてチャンチャラおかしくってとオチョクりまくってたネズビットと、そんな人をバカにしたような態度が鼻につきまくってたウィリアムスが、よりによって「恋仲」の役をやるハメになってしまったから皮肉な話。

 ところがそれが瓢箪からコマ。練習を通して一緒にいる機会が多くなり、しかも「恋仲」役。芝居の練習以外にも何かと接する機会があるうちに、不思議にこの二人、どんどん気持ちが接近してくるではないか。

 そしてあんなにミュージカル出演をシブっていたレニーが、何かと言えば自分の役に注文をつけるようになった。このセリフは何だ、もうちょっとこうした方がいいんじゃないか。…そんなもの、単に脱獄のためのミュージカル出演なのに、熱くなってどうした?

 また不思議なことにミュージカル上演で一緒にいろいろやっていくうちに、男たちの間にも不思議な連帯が生まれてきた。元バンドマンのスポールが書く妻あての手紙の文面をみんなで考えてみたり、なぜかお互い親しみが増してきたのだった。

 だが好事魔多し。脱獄準備がどんどん整っていくうちに、予想外の事態が次々起きてきた。まずあのネチっこい看守ロン・クックが、舞台装置の中に隠しておいた脱出道具に気付いた。だがこの男、これをあえて伏せておいたからタチが悪い。「脱走未遂」ではなく「脱走現行犯」として捕まえて、さらに重い罪にしてやろうという魂胆なのだ。だが、ある時を境に急にミュージカル上演に協力的になるクック看守に、さすがのネズビットも何かあると感ぜずにはいられない。

 もう一方で難問がまた一つ。このロング・ラドフォード刑務所に、札つきの暴れん坊フランク・ハーパーがやってきたのだ。こいつは腕力にモノを言わせて、テメエが刑務所の主だとばかりやりたい放題。どこからかネズビットたちの脱走計画を聞きつけて、自分も一枚加えろとゴリ押ししてきた。しかも計画に参加するのはハーパーとネズビットの二人だけだと一方的に通告。さぁどうする?

 カウンセラーのウィリアムスとネズビットの仲は、もはや単なる親密さではなかった。だが、今のままでは所詮は囚人とカウンセラーの仲。そして彼女は囚人も更生させることが出来ると信じる信念の人である以上、自分の脱走計画など話せるわけもなかった。まして彼女はここに来る前に、離婚で深く傷ついてもいた。今回の脱走を、彼女を傷つけずに実行することなんて出来るのか?

 そんなある日、何と元バンドマンのスポールが首を吊って死んだ。看守クックには毎日イビリまくられ、外に残した妻にはどうやら男が出来たらしく、ついにネズビットに脱走参加を頼んでも冷たく却下された彼は、すべてに耐え切れなくなって死を選んでしまった。だが、自分はそんな彼を傍観しているだけだった…。

 いざという時にはいつも逃げ回って何も真面目に取り組まず、人をバカにして世の中ナメているかのように振る舞い、何に対しても真摯であろうとしてこなかったネズビット。そんな彼は、今まさに人生の曲がり角に差し掛かっていた。だが皮肉にも目の前に転がっている難問の数々。彼はこのミュージカル上演と脱走計画の夜に、それらのもつれた糸を解きほぐすことが出来るのか? そして今までの人生のオトシマエを、見事つけることが出来るのか?

 

 この映画があの大傑作コメディ「フル・モンティ」の監督ピーター・カッタネオの新作だということは、みなさんご存じだと思う。男性ストリップを演じることになる失業者の男たちを描いて、笑って笑って大いに泣かせたカッタネオが、今度は刑務所でミュージカル上演を口実に脱走計画なんて、いかにもこの監督らしい題材で面白そう…と思うよね。実際にストーリーを聞いてもすごく良さそうだ。こりゃあ期待出来るぞ。

 この感想文のストーリー部分を読んでいただいても、映画未見の方ならかなり盛り上がりそうな話と思うんじゃないかな。確かに設定としてはそうなんだ。ただし、ここに僕が書いたストーリーは、実際の映画の1.5倍で盛り上がりを増量してある(笑・当社比)。…と白状すれば、分かっていただけるかな?

 早い話が、この映画は盛り上がらない

 まぁ、あれだけの作品だった「フル・モンティ」の後ではキツいということはある。「フル・モンティ」ほど良くなかった…なんて言われても気の毒だよね。あくまで別の映画なんだから。どうしても比較しちゃうけど。そして今回の題材も何となく似通ったムードがあるじゃないか。物語の核に「男性ストリップ」と「ミュージカル」というパフォーマンスを置いてあるから尚更だ。まったく別モノと考えろと言われても、なかなか無理な相談なんだよね。

 だが、仮にこの作品を「フル・モンティ」と切り離して考えてみても、実はだいぶ弱い点があると言わざるを得ない。

 実は今回の作品の最も重要な点は、主人公のキャラクターだ。そして、それが作品の方向性からすべてを決定づけている。

 今回の主人公は冒頭の銀行強盗から見ていれば分かる通り、何一つキッチリとやり通すことが出来ない。しかもいざとなると逃げる。そんな調子でチャランポランにやっているから、やっぱり物事うまくいくはずない…と堂々巡り。でも熱くなれない、真剣になれない、真摯になれないから、いつも人をバカにするような世の中ナメているような態度でヘラヘラしている。本当は熱いものもわずかながら残っているのかもしれないが、今まで自分がとり続けてきたチャランポランなポーズが、シリアスになることを許さないのだ。

 そんな彼の人生の曲がり角を、ミュージカル公演の貫徹と脱走計画の実行、さらにはその顛末と恋の行方によって、すべて一切合財オトシマエつけようとするというストーリーは、実はなかなか素晴しいんじゃないかと思うんだよね。

 ところがねぇ…そこに誤算があったと思うんだよ。この主人公の設定に。ここでは主人公を演じたジェームズ・ネズビットの演技設計、そして監督ピーター・カッタネオの演技指導と物語全体の処理の仕方を問題にしたい。

 主人公が前述のごときキャラクターであることを考えると、どこか世の中ナメたような態度で、ちょっと斜に構えたフザケた態度で事を進める、ネズビットの演技とカッタネオ演出は正しいような気がする。映画自体もレゲエの抜けたビートの音楽に乗って、すっとぼけた味を出そうと心がけているのは分かる。

 だがこの人物、単にチャランポランで逃避的なイマイチ真面目になれない人物って描いちゃったらマズいだろう。本当はその裏に、内面にはかろうじて燃えているのに外に発揮しきれない熱さや真摯さがあることが透けて見えなければいけないはずだ。ところがどうも演技のせいか演出のせいか、そこまではキャラクターが彫り込まれていないと思うんだよ。もちろん脚本なりストーリーが要求するのはそんな内面を含めて…であり、そういう内面がある設定なんだろうなと観客側も察しては見ている。この展開ならそうならなきゃおかしいよね。しかしそこまで観客は察することが出来るにも関わらず、それを説得力を持って演じられてないし描ききれてないわけ。ひょっとしたらキャスティングの段階から、ジェームズ・ネズビットという俳優の個性に問題があったのかもしれない。その責任の所在はどこにあるか分からないけれど…。

 だからただチャランポランにしか見えない。まず、そこが第一の誤算。

 そして映画全体もそんなユルユルの語り口でどこまでもいく。盛り上がらない。何となく男たちの連帯が浮かび上がってくるあたり、主人公とヒロインの気持ちが寄り添ってくるあたり、脇を固めるビル・ナイとかティモシー・スポールとかオリヴィア・ウィリアムスなど、味のある役者のおかげもあって所々いい感じにはなってくるんだよ。だけど、それは映画を盛り上げるところまではいかない。そんなケレン味とも言うべき「盛り上がり」っていうのを、カッタネオ監督、今回は出したくなかったのかな。淡々としている方が自然だとでも思ったのだろうか。

 だが、今回致命的なのはそんなドラマのプロセスの大事な部分をはしょっているように見えるところなんだよ。まず主人公がなぜ脱走しようとしているのか、そのモチベーションが分からない。突然、例の軽いふざけた口調で脱獄の話を始める。一体なぜ脱獄したがったのか、それはどれほどの気持なのか、どれほどの必然性なのか…それが分からないんだよね。

 そして途中経過もはしょられる。主人公が相棒と仲違いしてた感情のこじれが、意外に大したことなかったよね。そしていつの間にかヨリが戻っている。あれでは主人公が「逃げた」重みが伝わらないんじゃないの? この男ってたぶんいつも肝心なところで逃げてきたんじゃないかと思うけど、観客が実際に目にする「逃げ」の場面は冒頭のアレだけなんだよね。だから、それがいとも簡単に「まぁいいや」で済んでしまうのはいかにも弱い。主人公が「逃げ」をうつ自分の弱さ腑甲斐なさを痛感するところまでいかないと思うんだよ。

 また、主人公とヒロインが惹かれるプロセスって希薄じゃなかった? ミュージカルも何だかモタモタ稽古していると思ったら、すぐに本番当日にならなかった? もっと途中に何かあると思ってたから驚いた。これは単にどれくらいの時間を割いて描いたか…ということじゃないと思う、すべてあの淡々とした語り口が災いしていると思うんだよね。何から何まですごく薄味なわけ。

 もう一回整理してみよう。主人公はチャランポラン、イザという時になると「逃げ」をうつ。何かというと笑って誤魔化す。その内面は…残念ながら見えない。ひょっとすると外面に見えているだけの男かもしれない。

 そんな男が脱獄を計画するが、なぜそんなに逃げたいんだか、どれほど逃げたいのかもあやふやだ。必死な様子は見えない。

 主人公はこんな男だ。そんな奴が計画し実行する脱走計画を、一体誰が共感して応援したくなる? 誰が失敗するんじゃないかとハラハラする? 実際この映画の後半の脱走場面のくだりって、まるっきりサスペンスが湧かない。それはサスペンス演出がダメなのではない。元々最初の段階から、サスペンスを生じさせるための種が蒔かれていなかったからだ。

 しかも、そんな男が脱走計画の合間にカウンセラーと恋に落ちたところで、どうしたって大したものに見えない。実際メラメラと燃え上がるものがあまり感じられないし。ミュージカルだってどうせ調子良くやってるようにしか見えないから、脱獄のために始めただけものに熱心になっていくおかしさが盛り上がってこない。

 主人公の根本の部分の描き方を失敗したあげく、その後のドラマをなぜか薄味で通してしまった結果、ただサラ〜ッとお話が進んでいくだけの映画になってしまったのだ。

 どうしてこうなっちゃったのかな? 設定としてこれだけ面白くなりそうなネタを揃えておきながらの、この盛り上がらなさ。実はカッタネオって「フル・モンティ」の結果に満足していなかったのかもしれないね。あれって途中のペーソスなんかに味があって、イギリス特有の事情をお話の根幹に置いてはいたけれど、ドラマの骨組み自体はアメリカ映画ふうのケレン味あふれるドラマティックな展開を持っていた。「ロッキー」的とでも言うべき、ベタで泥臭いまでの人情味と一生懸命さ。それが彼にはちょっと不本意だったのかね? 

 ひょっとしたら商業的成功を得たカッタネオは、自分にももっと「作家映画」が撮れるんだ…というところを見せたくなったのかもしれない。例えばもっと抑えた味で見せたいとか。

 ここから先は少々意地悪な見方で、なおかつかなり思い込みで言ってることだから話半分で受け取ってくれよ。ただ、大いにありえることだと思うんだよね。例えばジム・ジャームッシュやアキ・カウリスマキなどが見せる、主人公が何を考えているのか分からないような、斜に構えてすっとぼけたオフビートな笑いとちょっと苦いお話。この「ラッキー・ブレイク」とは似ても似つかない世界ながら、僕はどうも今回の「薄味」処理の根底にはそんな事を自分もやりたいって気があったんじゃないかと思えてきた。完全にそれをやろうとしたんじゃないだろうけど、そんな事を脳裏にチラつかせながら撮っていた気がするんだよ。そしてそれは見事なほどうまくいってないし、何がやりたいのか分からない結果に終わった。そんな世界は到底この物語に取り入れるべきものじゃないし、実はカッタネオみたいな人がやるべきことでもなかったんだから。

 斜に構えるのもいいけれど、その器じゃない人がやるとカッコ悪いからねぇ。

 

 

 

 

 

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