「セッション9」

  Session 9

 (2002/07/08)


いわくありげな場所

 場所が人間の心に与える影響って、どれほどあるもんなのかね?

 よく風水やら方角やらを見たりするけど、あれってどれほど意味のあるものなのか? あと、住んでいると病気になる「シックハウス」ってのもあったっけ。じゃあ「ムネオハウス」にいると人間どうなっちゃうもんだろうね(笑)?

 そういう人間と建物って関係で考えると、一つだけハッキリ思い出すことがある。それは僕が高校生の頃のこと、同じクラスの友人の家に遊びに行ったと思いねえ。

 彼の家は、私鉄沿線にある首都圏近郊の新興住宅地に建っていた。目の前には山が迫り、周囲には果樹園や畑がまだたくさん残っている街。人けがあまりない寂しい駅を降りると、行く手に見えるのは果樹園と川。ところがこの果樹園、僕は四季を通じてここが緑に染まったのを見たことがない。何の木が植えてあるのか知らないが常に葉のない枯れた状態で、まるで何かに苦悶しているかのように枝を屈曲させている木ばかり。川はと言えば夏はごくありふれた小川に過ぎないが、冬ともなれば周囲の気温が低いのか水温が高いのか、水面から湯気を立ち上らせているから不気味だ。おまけにこの道、人通りはほとんどない。午後陽が陰り始めてからここを通りかかる時の心細さをご想像いただきたい。

 友人の家はそこから急坂を上った途中に建っていた。当時まだ出来てから日が浅かったので、とてもきれいな家だったと記憶している。

 ところがこの友人の家に来るたび、どうも落ち着かない気分になるのだ。

 彼の部屋は当時の子供部屋の常として、椅子などではなくカーペットを敷いた床に座ることになっていた。だが不思議なことに、床に誰一人として座らない。一旦腰を降ろしても、またすぐに立ち上がってしまう。なぜかみんな立ったままの状態になるんだね。で、何だか落ち着かずにウロウロしてしまう。

 当の部屋の主の友人はと言うと、「ゆっくりしてってよ」とか「座って」とか僕らには言ってくれるものの、その本人そのものがウロウロ落ち着いていない。おまけになぜか会話もはずまず、すぐに話題がとぎれてシ〜ンとしてしまう。で、何だかんだと言っては、ものの1時間もいないうちに近くのファミレスに出かけるはめになるのだ。それってほとんど逃げ出すようなありさま。これが毎回判で押したように起った。大体、高校の頃は何かというとクラスの友人の家に入り浸たったり、下手をすれば泊ったり朝帰りしたりもザラだったのだが、なぜか彼の家でそうしたという話を聞かない。みんな彼とは親しいので遊びには行くのだが、アッと言う間に外に出ることになってしまうのだ。

 もう大人になってから彼の家についての思い出話になって、改めて友人を問い詰めてみた。するとやっぱり本人もあの家…特に自分の部屋は落ち着かなかったらしい。何でも夜眠っていて、金縛りにあったことも一度や二度ではないらしい。元々怪談や心霊話など興味もなさそうなこの男。その口から「金縛り」体験の話が出てくるとは、僕らにとっては意外でもあり、妙に合点がいく話でもあったわけなんだね。それで僕らは「やっぱりあそこには何かある」…という話になった。すると友人は事もなげに語った。

 「ああ。あそこはいわくのある場所なんだよ。言わなかった?」

 当時東京副都心だった新宿。そこから伸びる私鉄敷設計画に合わせて、沿線にさまざまな新興住宅街が建設されていった。そこで切り開かれていった山々、森林、田や畑。古い民家があった場合は、高額の補償金と引き替えに立ち退きが行われた。だが、住宅地がつくられようとした場所にあったものは、それだけではなかった。もちろん彼の家が建った場所も…。

 「全部つぶして建てたんだよ、古くからある墓地をね…」

 

何が悲しくて精神病院の廃虚に男が5人

 ここマサチューセッツ州のある郊外。一台のミニバンが二人の男を乗せて、ある閉鎖された施設へ向かおうとしていた。

 男のうち一人は有害物質除去を仕事とする小さい会社の代表者ピーター・ミュラン。もう一人はミュランの長年の片腕デビッド・カルーソだ。二人は雑談をくっちゃべりながら、今回の仕事場所に行く途中だ。先導するのはその某施設の管理者。

 車内の話題は最近生まれたミュランの赤ん坊のこと。目に入れても痛くないと俗に言うわが子のこと。さぞや喜んでしゃべるだろうとカルーソが話題を向けてみると、これが意外にもミュランの表情は冴えない。何でも洗礼式で水に浸けた際に耳から雑菌が入ったとかで、すこぶる具合が良くないらしい。そりゃあ子供の事が心配だろうと相手を思いやるカルーソに対して、子供も心配だが面倒を見ている女房がまいっちまうと語るミュラン。だがその表情を見ると、話題に出た妻よりも当のミュランの方がよっぽどまいっている感じだ。カルーソも気の毒に思ってそれ以上子供の話題は出さなかった。

 やがて回りを緑に囲まれた、その巨大な施設が全容を見せ始めた。かなり時代もののゴシック建築。車から降り立ったミュランとカルーソは管理者について、施設内に入っていく。施設は閉鎖されて長く経っているようで、巨大で空虚な廃虚となっていた

 実は、ここはかつて偉容を誇ったダンバース精神病院跡。19世紀に建てられたこの精神病院は、最盛時には何千人もの患者を収容することもあった大病院だった。当時では最先端の設備や技術を誇り、最新の治療法が試みられていた。だが、それが1992年にある事情から閉鎖になったのだ。

 そんな場所になぜミュランとカルーソの二人が降り立ったかというと、それは何より金のため、仕事のため。この巨大な病院跡は、近々市役所の施設として生まれ変わる計画があるのだ。だが、一つだけ問題があった。それは建物中に使用されたアスベストの処理だ。かつてはその防音効果などから重宝された新建材アスベストだが、今では発ガン物質として危険な存在と忌み嫌われていた。そんなアスベストがこの病院全体に、今にも剥がれんばかりの状態で放置されていたのだ。このままではとても使えない。そこで有害物質除去を仕事とする、この二人の出番というわけ。

 施設の管理者は実に愉快そうにこの廃虚の中を案内していった。気味の悪い金属製の浴槽、手足を縛って固定する椅子、無数の新聞雑誌の切り抜きや写真や絵がベタベタと壁に貼られた個室、今は禁じられたロボトミー手術が行われたとされる診察室…確かにそれらは往年のこの病院で行われていた治療やら、あるいは虐待やらを連想させる無気味なオブジェではある。だがそれがなかったとしても、この巨大な建物の廃虚が醸し出す不吉さは尋常ではなかった。割れたガラス窓、塗料がボロボロに剥がれてヒビとシミに彩られた壁、どこから染み出したか水溜まりができた床、ホコリをかぶった螺旋階段、そして真っ昼間だというのに夜のように闇に塗り込められた奥深い廊下や部屋。ミュランとカルーソにとって、気色悪さを感じるにはそれだけで十分だった。

 そして、この廃虚はあまりに巨大すぎる。

 このおどけた管理者に言わせると、建物の全体像はまるでコウモリの姿を思わせるとのこと。胴体が中央の管理棟。その左右に伸びた患者収容エリアはあたかも両翼のごとし。そんな事を言われても、ミュランとカルーソが愉快に思うはずがなかった。

 さて建物内の見学が終わると仕事の実際の相談となったが、ここでカルーソが何か言おうとすると、すべてミュランが言葉尻をとってしゃべってしまう。ミュランは自分がこの稼業を仕切っているとの自負があった。だから決めるのも客と話すのも自分だと頭から思ってる。だが彼の長年の相棒で仕事的には対等だと思っているカルーソは、そのたび内心不満を噛み殺していたのだ。だが、ミュランの顔も立てたいし、長い付き合いのミュランと事を荒立てたくないと思っているカルーソ。そんなカルーソの気持ちを、しかしミュランは全く分かっていなかった。

 今日も今日とてカルーソは客にスケジュール聞かれて、この仕事に3週間はかかると答えたのに、自分を差し置いて客と口をきいたのが気に入らなかったのか、ミュランは2週間などと安請け合いをした。しかもその後には1週間などと調子のいいことを言ってしまう。何だその調子の良さは! まるで小泉総理の掛け声だけの「改革」みたいな言い草に、カルーソは福田官房長官みたいにクサる。何かと言うと総理風吹かせやがって、出来もしないことばかり言いやがる。エエカッコしたツケはこっちに来るんだからな! 大体この内閣は誰のおかげで動いていると思ってるんだ!

 だがミュランにはミュランの考えがあった。とにかく俺たちは仕事がいる、金がいる。ここでいいとこ見せないと、この不況化によそに仕事をとられちまう。何しろムーディーズから国債の格付けをボロクソに下げられちまったからな。ワールドカップも終わっちまったし、そろそろいい事ないといくら国民がバカでもスカ内閣だって気づいちまうんだよ。せめて中味はともかく郵政改革だけでも実現しないと。さもなきゃ有事関連法案決めて権力で押さえつけないと、うるさい国民を黙らせられないぞ。だからムリしてでも仕事をとらなきゃ。客が喜ぶことなら何でもしないと。ブッシュの言うことだって言いなりにならんとな、よその国だってバンバン出兵しないと。

 ミュラン小泉のハッタリのおかげか、とりあえず仕事は取れた。彼は妻に渡す花束を買って、喜び勇んで自宅に帰った。だがなぜか車を自宅前に停めて、じっと車内から自宅と妻の姿を伺うミュラン。一体どうした? 何をためらっている? その時にミュランの脳裏には、何者かの声が聞こえていた…。

  翌日、ミュランとカルーソは精神病院で仕事を開始した。ただし二人きりじゃない。それじゃとても作業が終わらないということで、手伝いの人間を急遽三人雇い込んだのだ。一人はサングラス男ジョシュ・ルーカス。だが、カルーソはどうもこのルーカスが気に入らない様子。そこには何やら深い過去の理由がありそうだが…。もう一人はちょっとインテリ風スティーブン・ジェヴドン。この男は元々は法律家になるべく勉強していて、あくまでこんな仕事はツナギのつもりがいつの間にかズルズルここまで来てしまった男。最後の一人はメンバーの中で一番若いブレンダン・セクストン・サード。ミュランの甥ということで今回呼ばれたが、ハッキリ言って見るからにアホっぽい。カルーソはこのサードも気に入らない様子で、出来れば自分の知り合いを呼びたいと盛んにミュランに訴える。これに関しては感情的なものでなく、見るからに使えなさそうなサードでは効率も悪かろうと心配したカルーソのもっともな提案だった。だがミュランは自分の甥のことをコケにするカルーソの態度がまたしても気に入らない。いつものようにボス風総理風吹かせて無視を決め込んだのは言うまでもない。

 そんな各人各様の悶々とした思いと思惑をはらみながら、病院の廃虚での作業が開始された。ミュランは何となく心ここにあらず状態。カルーソとルーカスは最初からギスギス。ルーカスもよせばいいのにカルーソを挑発しっぱなし。案の定、若僧のサードは仕事をこなすより仕事を増やしている状態。ジェヴドンは…というと、サードのミスでいかれた電気系統を直しに病院の奥の部屋に入って行った時、治療室に置いてあるテープレコーダーと山積みされた録音テープを見つけた。

 それは患者番号444番のメアリーという女性患者の治療の記録テープ。その「セッション=治療」は全部で9番目まであって、目的はこの患者の病状である多重人格の実態把握と症状の原因となった過去のトラウマの調査にあった。仕事もそっちのけ、録音テープをかけて思わず聞き込んでしまうジェヴドン。たちまち医師と患者「444番」メアリーとのやりとりが生なましく蘇る。だが彼は、なぜこれほどこのテープに引き込まれるのか

 昼飯時、ジェヴドンはこの病院についてのウンチクを披露した。患者への非人間的治療が問題となって閉鎖されたこと、その時に行われていたロボトミー治療のこと…。これをまた結構詳しく熱く語っているからみんなは呆れる。彼はひそかにこの病院に惹かれて、いろいろ研究していたのだ。この熱心さを法律の勉強にあてればいいものを、カルトな知識に溺れたあげく勉強もままならない状態だったのか。

 そこに若僧のサードが生意気なヨタ話を吹っかけてきたもんだから、ジェヴドンはキレた。彼はサードをはがい絞めにすると、食べていた中華料理のハシでその目の付け根あたりを突くふりをして脅した。「ロボトミー手術ってのはな、こうやって目の付け根から金属製の器具で射して、前頭葉の一部を破壊するんだよ」

 一触即発。昼休みのこんな時間もどこかビリビリしている。

 サードはそれ以来、アホなだけで生意気は言わなくなった。そんな彼にジェヴドンがアドバイス。実はかつてカルーソの恋人だった女をルーカスが奪った。だからあの二人は仲が悪いんだ。 なぁるほど、だから最初から福田官房長官が父の代からの因縁で田中真紀子を毛嫌いしていたように、何かというとトゲトゲしい雰囲気なのかぁ…。

 だが今や問題はそれだけでなかった。カルーソは何でも仕切りたがるミュランを煙たく思っていたし、第一そのミュランの仕事ぶりを今は信用していなかった。最初のころは決断力があると思ってたのに実は掛け声だけ。この内閣はあんな名ばかりの総理じゃなくて、本当はこの官房長官の俺様が仕切ってるんだぞ。

 ところが、そんなミュランがたまたまある時窓から外を覗いてみたら、カルーソが何やら見知らぬ若い男二人としゃべってるではないか。あれは何を企んでいるんだ。

 疑心暗鬼のミュラン。だがそのミュランはなぜか何度も何度も携帯で自宅に電話しているようだが、出てもらえない様子。一体何があったのか…。

 そんなてんでバラバラ勝手なことを考えながらの仕事が、うまく捗る訳もない。おまけにジェヴドンはと言うと、何かと奥の部屋に入り浸たって「セッション」テープにご執心だ。

 ある時、ついにミュランとカルーソがキレた。まずはカルーソが口火を切った、あんたのやり方じゃ終わらない、サードは使えない、代わりに俺の知り合いを呼ぼう…。これはさすがにミュランのカンに触った。サードのどこが悪い、おまえ何を企んでるんだ、外で若い男二人と何を話してたんだ…。

 こうなると今まで溜まっていた不満が一気に噴出。売り言葉に買い言葉が止まらない。あんたの靖国に行く行かないって話も中国の総領事館の話も、この福田がうまいこと根回ししてモミ消したから何とかなったんじゃないか、あんたの尻ぬぐいしてやってるのは俺なんだぞ。ほぉ〜そりゃ傑作だわ、日本が核持っていいなんて余計なこと言って大モメさせたのはどこの誰だっけかな? おかげでこの小泉様の大事な有事法案がパーになりそうなんだぞ、どうしてくれる。あんたは悪いことは全部他人事、手柄は全部自分のものなんだな、調子良すぎるんだよ小泉。フン、陰険そうなツラのおまえが何を言ったところでムダさ、この俺様とは違って国民からは思いっきりキラわれてるんだよ福田!…と、この二人いつかこうなるとは思っていたが、予想以上の大モメ。

 一方ルーカスはルーカスで、人けのない廊下に時代物のコインが落ちているのに気付く。さらに一枚、またさらに一枚。落ちているコインに誘導されるように、ある壁の裂け目にたどり着く。そこにポッカリ開いた穴を探りに探ると…出るわ出るわ、コインに指輪に眼鏡に金歯。すべてこの病院にかつて収容された患者たちの持ち物だったものだ。それまでも一獲千金を夢見て、こんなしがないアスベスト除去稼業からオサラバしたがっていたルーカスは、これぞめったに巡って来ないチャンスと目の色が変わった。とりあえず出てきた宝物をすべて穴に再び収納すると、何食わぬ顔で他のメンバーの元に戻るルーカス。

 その夜、ビビって腰が退けそうな気持ちをウォークマンの大音響の音楽でだましながら、真っ暗な病院にルーカスがやってくる。もちろん例の宝物をいただきに来たのだ。怖くとも薄気味悪くとも気色悪くとも、そんなこと気にならなくなる力が金にはある。ムネオもマキコもキヨミも、み〜んなそれで転んでいった。そして今夜もまた一人…。

 次から次へとジャンジャン出てくる宝物にウハウハ。途中何度か物音にビビりながらも、全部気のせいだと自分に言い聞かせるルーカス。怖くなんてあるもんか。例え幽霊が出たからってどうなる? 死人が怖いなんて誰が決めたんだ。ザ・フーのジョン・エントウィッスルだって死人だぞ。ヤツなら会いたいぜ。ついでにだいぶ前に死んでたキース・ムーンも加えて、オリジナルメンバーのザ・フーのツアーが見たい…とか何とか自分を励ますルーカス。どうやら全部取り切ったと満足したところで、やっとこその場を立ち去ろうとする。ところが暗い廊下を懐中電灯の光を頼りに歩いていくと、行く手に何者かのシルエットが見えるではないか。

 ひええええ〜っ

 慌てて逃げるルーカスだが、シルエットは追ってくる。行き止まりまで追い詰められたルーカスが見たその正体は…な〜んだ、鳥か。東京地検かと思った(笑)。

 さんざ驚かされたルーカスも これには苦笑。スッカリ安心した彼はホックホクで暗い廊下を…。

 

 翌朝、ルーカスが来ない。苦々しい思いを噛み殺しながらルーカスが自宅に電話してみると、何と奴はいい儲け話があると言って出かけて行ったとか。一体どうなっているのか。和泉元彌でもあるまいに、ダブルブッキングでもしたのか。とにかくメンバーが一人いなくなって補充がいるだろうと、再び自分の知り合いの話を持ち出すカルーソだが、それがやっぱりミュランは気に入らない。

 だが、 仕事を終えて帰る時にカルーソと二人きりになるミュラン。この時の彼はここのところのようにケンカ腰ではなかった。シンミリとした様子で、ここ最近なぜ自分が落ち着かなかったかを話す。実はミュランはあの花束を買って帰った後で、自宅で妻に誤って煮え湯をかけられてしまったのだ。おかげで足は大火傷。今も痛みをこらえて仕事をしている。そして湯をかけられた直後、とっさにカッとなったミュランは、妻を思い切り殴ったというのだ。それ以来、妻は家に彼を上げてくれない。電話にも出てくれない。魔が差したとは言え、どうしてあんなことをしてしまったのか…。

 そんなミュランの告白を聞いて、カルーソもいつになく優しく彼を慰めた。そして、他の者にはこの話を黙っていてくれとのミュランの頼みに、カルーソも沈黙を約束したのだった。

 そんな日々の中でも、仕事をさぼってはテープを聞き込むジェヴドン。かなり没頭して聞いているので、もうすでにかなり進んでいた。最終のテープ「セッション9」までもうすぐだ。

 多重性格患者444番メアリー。

 ここのところ時々脳裏から何かを呼びかけるような声を聞くミュラン。今日も今日とて、まるで誘われるように病院内の墓地にいつの間にかやってきていた。それもたまたま「444番」の患者の墓の前だったとは…果たして偶然か、それとも何かの必然か?

 そんなこんなで作業は進んでいるのかいないのか。

 ある日、カルーソがサボり中のジェヴドンの元にやって来て、ヒソヒソ話が始まった。もうミュランはダメだ、妻を殴るなど精神的にボロボロで当てにならない。俺たちで仕切って仕事を終わらせよう。秘密にすると約束しながらミュランの話をペラペラしゃべるカルーソ。ジェヴドンはそんなカルーソに驚くが、カルーソ福田はこういう根回し裏切り裏工作こそ政治家の勤めと思い込んでて、やってることがサイテーということが分かっていない。…もう小泉はダメだ、支持率は低迷したし党内基盤は弱いし、最近何考えてるのかサッパリ分からないし。サッカー日本代表監督みたいにそろそろ次考えないとね、ところで親父さんはやる気あるのかね石原伸晃クン?

 だが、悪い事は出来ないもの。ちょうどその時にミュラン小泉が通りかかって、一部始終を聞いてしまった。いきなりミュランが登場してきたものだから、カルーソもジェヴドンもバツの悪いこと悪くないことって言ったらない。もちろんミュランだって内心穏やかではない。おのれ福田め出過ぎたマネしやがって、やはり俺を裏切るつもりだな〜。

 ところがそこにカルーソにとっては福の神とでも言うべきか、若僧のサードが慌てふためいて駆けこんで来る。何と金儲けのためにフケたはずのルーカスがこの病院内にいると言うではないか。それも気色悪いことに、なぜかは分からないが無表情でボーッと立っていたと言う。

 さぁ、一体ルーカスの身に何が起った? そして今やバラバラのミュランたちは無事でいられるか? 小泉内閣はいつまでもつのか(笑)? 「セッション9」のテープにはどんな秘密が隠されているのだろうか?

 

才人ブラッド・アンダーソン、才に溺れる

 これって、一昨年に見たワンダーランド駅での監督ブラッド・アンダーソンの新作なんだよね。ええっ、あの風変わりなラブストーリーをつくった監督が、今度はホラー?

 でもね、何となくそれって様変りって言うよりうなずけるんだよね。実はこの両作は共通するところがある

 「ワンダーランド駅で」は本来の恋愛映画の常道を大幅に逸脱して、何と主人公男女がお互い最後まで知り合わずにドラマが進行する。ラストにやっと二人が出会って幕というわけ。だから二人が知り合って、やりとりする上で起きるドラマを原動力とする普通の恋愛映画とは大きく違う。片やこちら「セッション9」は、廃虚と化した巨大精神病院で作業する5人の男たちが、幽霊に襲われるわけでもなく化け物に危害を加えられるわけでもなく恐怖に脅かされていくお話。それも大半が真っ昼間の設定という、ホラーとしては極め付きの異色さ。それぞれ、その作品の属するジャンルの典型的なスタイルを「禁じ手」として封じたお話にしてるわけ。これは抜群の着想力だと思うよ。アンダーソン監督って才人なんだろうねぇ。

 まずはこのユニークさ、そしてそれなりにオモシロイ。ま、この「それなりに」というところが問題なんだけど、これは後で詳しく検証するね。

 映画はこんな奇妙な状況下で、それぞれ少なからず問題を抱えた人間たちがどんどん自らの心の歪みをエスカレートさせていく様子を描いている。それは確かに凡百のおどろおどろなホラーなんかより怖い。いかにもありそうな事ばかりだもんねぇ。

 ここでの恐ろしい出来事が、建物内にこもった邪悪な霊の引き起こしたものとも見えるし、逆にそんなもの関係なしに人間の心が勝手に崩壊して引き起こしたようでもあるし…と思えるところがミソ。このあたり、作戦として決して間違ってない。だから、恐ろしくてユニークなこの作品の狙いは、一見成功しているかのように見える

 だが、本当にそうか?

 まず、下らないことを指摘して申しわけないが、このアスベスト処理業者の面々、こんなに内輪もめやらサボリやらばっかりでチンタラ作業していて、本当にスケジュール通りに作業を終わらせるつもりだったんだろうか? 見ている途中で今どの程度作業が進んでいるのか知りたいと思ったのは、僕だけだろうか? 登場人物たちのあまりの計画性のなさに、ちょっとそのへん気になったんだよね。むろん映画のつくり手アンダーソンは作業の進行具合には興味がないはずだろうし、それは本来お客の僕だって同じことだ。だけどこの映画の主人公たちには死活問題に関わることだし、さまざまなトラブルや争いの原因となったことでもある。だから、彼らまで作業の進行状況に関心なさそうに見えるってのはちょっとマズいんじゃないか? 月曜日だ火曜日だとスーパーインポーズでわざわざ画面に出てくる以上、そのへんのことって重要なはずなのに、途中でどうでもよくなってるみたいなんだよね。僕はこのへんちょっと気になったよねぇ。

 同じように、多重人格者の治療テープもただダラダラ垂れ流されているだけだと思わなかった? いろんな人格が出てきて何だかんだと言ってるけど、その人格にどんなのがいてどんな事が起ったかってあまりよく分からないし、実際に分からなくても問題ないよね。テープはわざわざ9段階になっていて、映画も「セッション9」なんて意味ありげなタイトルになっているにも関わらず、治療とテープが今何段階目までいってるかなんて、物語の進行にまったく関係がない。これも何だか気になったよね。

 もっと言っちゃうと、この廃虚は広大で複雑な施設だよね。冒頭にわざわざコウモリが翼を広げたかたちって明言してて、管理棟はこっちで患者の居住エリアはこっちとか言ってるんだから、建物の構造にもっと関心を払ってもよかったんじゃないだろうか? これは上記の作業の進行状態と絡めたりしてね。そしてさまざまな施設があるのだから、これらが活かされないのはもったいないよね。だけどせいぜい画面に手足を拘束する椅子が意味ありげに何度もチラチラ登場するだけで、後はほとんど活かされないまま。ただの気色悪い廃虚として存在するだけだ。この映画、主人公たちも重要だが、ある意味でこの「場所」そのものが主役みたいなところもあるんだから、この素っ気ない使い方はあんまりなんじゃないかと思うんだね。

 つまり何を言いたいかと言えば、こういった病院施設やテープに録音されていた治療の内容が、本来は登場人物たちの異常さのエスカレートぶりと有機的に結び付いていなければならなかったんじゃないかということなんだよ。だけど、そういった組み立てはほとんどなされてない。

 これはねぇ、やっぱり脚本監督のアンダーソンの姿勢に問題があると思うんだよね。

 さっきこの人のことを「才人」と言ったよね。確かに卓抜した企画でそこには「才人」の「才」を感じる。だけど「才人、才に溺れる」とはよく言ったものだ。おそらくこのアンダーソンも、最初の思いつきに溺れてしまったところがあるように思うんだよ。

 たぶん今回、巨大な精神病院に何人かの人が入っていくうちに狂って自滅していく…ってワクを最初に思いついたんだろうね。こりゃあいいやと思った。で、出来たワクの中に後から人物なりストーリーをハメこんでいったと考えるのが妥当だろう。その考え方は悪くない。問題なのは、このアンダーソンって人はワクに要素がピッタリ全部ハマったらそれだけで満足らしくて、そのワクの中でのいろいろな要素のハマり具合とか、あるいはワクからあえてハミ出させる要素のことなんて考えないらしいってことなんだよね。だから先に挙げた要素については無頓着で、意外と投げ出して放置したままにしている。

 別に僕は建物の施設やらテープの内容などを小道具やテコにして、お化けが出るやら血が垂れてくるやらといったコテコテのホラー趣向を盛り上げろと言ってるんじゃない。あくまで主人公たちが自ら精神を狂わせたのか建物の悪霊がそうさせたのか明快にしないという、今のままの方針を守ったままでいい。ただ、せっかく広大で複雑な精神病院の建物、怪しげな診察テープ、多重人格の患者…などの面白そうなシチュエーションを用意したのなら、それを十二分に活かして使わなければ意味がないのではないかと思うわけ。

 ハッキリ言うとこの恐怖話、この病院でなくとも、または精神病院でなくとも、あんなテープがなくても、治療の内容が多重人格でなくても、若干の設定だけいじれば成立しかねない話になっているんだよ。無茶な話をすれば、田舎の便所でだって成立する話だ。アンダーソンは最初につくった「ワク」の中味を意外につくり込んでいない。だから怖いことは怖いけど、それは見る前に予想がつく範囲の内容や怖さ。それ以上でも以下でもないんだよね。

 思い起してみるとこの監督の旧作「ワンダーランド駅で」でも、主役男女二人が出会ったラストは意外にアッサリしていて、それまでいろいろ用意された設定が活かされていた印象がない。僕が見た当時書いた感想文では、「まぁこれはこれでいいんではないの?」みたいなフォローを入れてはいたものの、ある種のもの足りなさを感じていたようではあった。実際僕も、今現在ではこの作品に何か拍子抜けした印象しか残ってないんだよね。それもこれもこの「セッション9」と同じ。まず「思いつき」ありきなのはいいんだけど、いいアイディアを思いついたらハシャイじゃって、そこから一歩も出ていかないからじゃないのか

 もっともっと怖くなっただろうに、もっともっと驚いただろうに、まったく惜しい出来映えだと思うよ。

 

 

 

 

 

 to : Review 2002

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME