「パニック・ルーム」

  Panic Room

 (2002/06/03)


 

 ここはマンハッタンの一等地。こんなところに住まいを構えられる奴もいるのかと驚いてしまうが、あるところには金がある。今日も今日とてメガネのご婦人ジョディ・フォスターが、スケボーで所構わず遊びまくる娘クリステン・スチュアートに手を焼きながら、不動産屋に連れられてある一戸建てにやって来る。一戸建てったってマンハッタンの一戸建てだ。他の場所とは訳が違う。かつては大富豪の住まいだったこの家。その大富豪もゴシップ雀に多くの話題を提供した人間だった。いわく、莫大な遺産があったはずが、すべてどこかに消え失せてしまった…云々。その大富豪が亡くなったため売りに出されたのが、この一軒家というわけだ。

 その大富豪が老齢だったからということで、個人住宅にも関わらずエレベーター付きというのも変わってる。もっと変わっているのは最上階にとんでもない仕掛けがあることだった。

 パニック・ルーム。

 それは堅固な鋼鉄の扉と床に守られた一種のシェルター。壁面には家中に取り付けられたテレビカメラの画面が見られるモニターが何台も取り付けられ、外部との通信も別回線で取り付けられている。外部から賊が侵入した時に身の安全を図るために、こうしたシェルターをつくっておくのは金持ちの間での流行りだったという。

 マンハッタン一等地でこの物件は確かにお買い得。生意気盛りの娘クリステン・スチュアートもパニック・ルームが気に入って、この家を買おうとせがむ。しかしフォスターはそもそもパニック・ルームが気味悪くて気に入らない上に、この家の値段の高さにも少々腰が退けていた。だがそもそも彼女が家探しをするハメになったのも、夫パトリック・ボーショーが若い女にはしったがゆえ。このいささか高い別居代も夫に払わせればいいんだと思って、無理やり自分を納得させた。

 こういうわけで、この立派な家はフォスター母子のものとなったのだ。

 早速フォスター母子は荷物を持ち込み、殺風景な屋内で殺伐としたピザの夕食。外はシトシト涙雨か。やっぱりこの家はだだっ広くて母子二人には大きすぎたかと、越してきて一日目にして後悔し始めるフォスター。何かにつけて反抗的な娘クリステン・スチュアートのクソ生意気な態度も気になるが、この年代で両親のあんな醜態泥沼を見るハメになったら、それはグレるっかないかもしれぬ。そんなこともあってかフォスター、娘の無礼な言動にも目をつぶっているかのようであった。

 というわけで、娘のワガママにも我慢し、新居への引っ越しを何とかかんとか済ませたフォスター。疲れ切ったカラダを風呂で癒し、一日の終わりにやっとこベッドにたどり着いてホッとすると、今まで抑えつけてた感情が思わずほとばしる。それは娘の手前もあり、自らのプライドのせいもあって露わにこそしてこなかったものの、夫が愛人にはしったその時からずっと彼女の胸をさいなんできた、深い深い無念の心の傷だった。

 外はシトシト涙雨が降り止まない。

 そんな母子がお互いにそれぞれの思惑を胸に眠りについた頃、この家にやって来た男たちがいた。慣れた手つきで難なく一階の入口に入り込んだフォレスト・ウィテカー、ジャレッド・レト、ドワイト・ヨーカムの三人だ。彼らは手に手に工具を片手にウロウロ。ドワイト・ヨーカムに至ってはスキーマスクまでかぶってる。誰がどう見たって物盗りの格好。だが、そんな彼らも一枚岩と言うわけではないようだ。特に冷静に物事を見極めているようなフォレスト・ウィテカーは、すでにして事の成り行きが気に入らない様子。最初はこのヤマに参加するはずでなかったドワイト・ヨーカムなんて新顔が、デカいツラさらしてこの場にいることがどうにも納得出来ない。それでも調子いいレトに何とか説得されて、ウィテカーは仕方なくこの建物の偵察に出かけて行った。

 すると…三階には娘がいる。四階には母親がいる。何だこれは? 話が違うじゃねえか!

 戻ってきたウィテカーはレトに不満をブチまける。この家がまだ空き家だと聞いたから、このヤマに乗ったんだぞ。ともかく最初の最初っから手違いが起こったのは間違いない。もう降りると息巻くウィテカーをレトは何とか説得してつなぎ止めようとする。ウィテカーがいなければこのヤマは実現不可能なのだ。片や母子がいたって構うもんかと物騒なことをホザくドワイト・ヨーカム。手違いだけでも気に入らないのに物騒なマネとは…イキがる輩が誰より嫌いなウィテカーは、ますます嫌気がさしてレトにブーたれる。こんな状態では、もうこのヤマは実行は無理か?

 だが、ウィテカーにも退くに退けない事情があった。とにかく彼には金がいる。

 そんな内輪もめをよそにまどろんでいたフォスターだが、寝ぼけてパニック・ルームを空けてしまったのが幸か不幸か。電源が入ったモニター画面をふと見てみると、一階に見知らぬ男三人がたむろしているではないか。すわ一大事!

 大モメにモメた末に一応何とか話がまとまり、三人で階段を上り始める強盗たち。だが、フォスターが一足先に動き出した。三階に駆け下りて、急いで娘クリステン・スチュアートを叩き起こす。そんな母子の動きを察して強盗たちも慌て出した。何とか母子を押さえようと家を走り回る。

 間一髪! 強盗たちに押さえられる前に、フォスター母子はパニック・ルームに逃げ込んだ。

 外には雨がシトシト降っている。この変事に気づいた者は誰一人いない。

 このパニック・ルーム、必要な物は大概のモノは用意されている。だが、外から絶対入って来れないということは、中からも絶対出られないということだ。電話で外に通報しようとしたが、パニック・ルームの電話は回線と未接続だった。携帯電話も部屋に置いてきてしまった。これは大誤算だ。

 だが、強盗の方でも誤算があった。実は彼らが探していたものは、このパニック・ルームにあったのだ。まさに他ならぬその場所に立て籠もられてしまった。これ以上の誤算はない。

 いや、もっと大きな誤算があった。

 それは、平凡な母親に見えたフォスターの、意外なまでのガッツだった…。

 

 問題作専門監督とでも言いたくなるようなデビッド・フィンチャーの新作とあれば、これは何がしかの期待と心構えをしてしまうのが人情と言うもの。特に前の作品が、もはや映画のジャンルを問うのも無意味なような「ファイト・クラブ」だからねぇ。

 だから、どんなとんでもない事が起きるのかと思って待ちかまえたら、何と「ただの」サスペンス映画だった。これは最大の驚きだよね(笑)。

 例えば一階の玄関の鍵穴からカメラがぐ〜っと移動して、なぜかコーヒーメイカーの取っ手を取り抜けて(笑)、さらにあっちこっちへと移動していくなんざ、「ファイト・クラブ」のフィンチャーっぽいと言えなくもない。だけど、そんな痕跡みたいな部分がところどころ残るだけで、後は割と普通のサスペンス映画と言っていいと思うんだよね。

 密室に閉じこめられて…という題材、そこにフィンチャーとくれば、何だか見ている方の歯がきしみそうなほどの怖さがあるんじゃないかと恐れてもいたけど、幸か不幸かそれほどの恐怖はない。せいぜいドリフの「全員集合」コント並みのハラハラなんで安心して見ていられた。これって良いことか悪いことか分からないけど。 一応は退屈しないで、ソコソコ見てられるってあたりが、僕のこの映画の正直な感想ってところかな。つまり、良くも悪くもドリフだから(笑)。

 そんなドリフ並みに見えちゃった一因と言うか、「安心して見れた」理由と言うのは、このパニック・ルームに入ったら絶対に出られず、この限られた空間だけで主人公たちは何とかしなくてはならないというドラマの決まり事が、案外早いうちに崩れちゃうからだと思う。

 だって母子が立てこもって映画が本題に入ってから、ジョディ・フォスターは一度ならず二度もパニック・ルームからウロチョロ出てるんだよね。後半は攻守が逆転するという皮肉な味はあるにしても、これではいかにも胃がキリキリしそうな限られた空間のサスペンスにはなり得ない。

 おまけにフォスターがパニック・ルームを出る時って、いつも強盗たちがバカな内輪もめしている時なんだよ。パニック・ルームにはモニターがあるってのは強盗も承知のはずなんだよ。ウィテカーがいけ好かない強盗団の一人をつかまえて、「あのジョー・ペシを黙らせろ!」なんて吠えるけど、そんな「ホーム・アローン」状態がシャレにならないほど彼らは間抜けだ。だから、所詮はそんなギリギリのサスペンスになりようもない。さてはフィンチャー、「ジョー・ペシ」セリフは照れ隠しだったのか(笑)?

 このような悪漢の足並みの乱れぶりが再三再四にわたるため、何となくコメディみたいな効果すら出てきてしまう。この映画の「悪夢の一夜」ってのは、ジョディ・フォスター母子にとってでなく、強盗団にとってのものなんだよ! 見る側が主人公に同化してサスペンスに震えあがることなく、結構余裕たっぷりに見ていられるのはそんなところからだろう。元々この強盗の面々、ジョディ・フォスターには知力も体力もガッツもかなり見劣りしそうな感じだからねぇ。もうフォスターがキャスティングされた時点でこうなる運命だったのかも。間抜け揃いの強盗の中で一人だけ醒めてて、時折他の連中にカツを入れるフォレスト・ウィテカーは、さながらドリフではいかりや長介的な位置づけになるのかもしれない(笑)。

 そしてこのフォレスト・ウィテカーだが…実はこの映画は強盗の一人がウィテカーでないと、成立し難い要素があるよ。そもそも物語の展開に、ウィテカーという俳優頼みのところがある。どこか賢くてモラルがあって人間味も漂うウィテカー…セリフや説明なしに画面に出てくるだけでそういうキャラを観客に納得させられる彼でないと、シラジラしくてボロが出てしまうかもしれないお話になってる。そこらへんでちょっと根本の構成が脆弱だと思わされるよね。少なくとも緻密な映画とは言えないんじゃないか?

 気になるのは、娘の糖尿病が劇中で唐突に出てくるように思われるとこなんだけど、ひょっとしてお話の最初の頃にそれって示唆されていたっけ? もしそうだったら申しわけないんだけど、僕はちょっと気づかなかった。

 だけど考えてみるとこの映画、フォレスト・ウィテカーに感情移入して見ると、こんなに身につまされる話もない。ラストのラストまで徹底的に気の毒になるほど。ひょっとしたらこの映画、最初っから主役が違うのかもねぇ。

 確かにあの「ファイト・クラブ」級の作品を毎度毎度期待されても可哀想だとは思う。だからフィンチャーが、今回は「普通の」サスペンス映画をめざしたとしても悪くはない。だけど、やっぱり見る側はちょっと肩すかしだろうねぇ。そこへきて、肝心のサスペンス映画としても少々疑問が残るから困っちゃうんだよね。

 さっきのコーヒーメイカーの取っ手素通りとか(笑)、チョコチョコと映像で小技を効かせてるのが、かえって邪魔な気がする。普通にやるんだったら、本当に普通にやったらどうだったろう? 

 酷かもしれないけど、それが本音だよね。

 

 

 

 

 

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