「シャンプー台のむこうに」

  Blow Dry

 (2002/01/21)


  

髪に一喜一憂の頃

 僕の髪って若い頃はえらく硬くって、ハサミを傷めると床屋泣かせだったんだよね。だからいつも寝癖がひどくって、髪なんてちゃんと整えられたためしがなかった。これはカッコつけたがる若い男にとっては、かなりの泣き所だよ。

 それが大学に行った頃になって急におとなしくなった。嬉しかったよこれは。ちゃんと髪が寝るなんて夢みたいだった。だけど好事魔多し。それが運命の別れ道だった。

 実はそれを境に抜け毛が激しくなってきて、最初は髪の量も多かったから気にしなかったけど、ある時これはさすがにマズいんじゃないかと思った。でも、そう思ったからといって抜け毛が止まるわけもなかったんだよね。

 30代になると髪が薄くなってきたのは隠すべくもなくなった。これには僕も困り果てた。まだまだ若かったし、いいカッコしたかったし、女にだってモテたかったしね。でも、本人の思惑なんて気にせず、髪はどんどん抜けていく

 もう誰の目から見ても髪が薄いとしか言いようがなくなった時、僕はすっかりフテくされてしまったんだよね。で、ハゲをギャグにして笑ったりしてたけど、それと言うのも人に言われるよりは自分で言っちまったほうがいい。自分がそれを笑っていれば、こいつはそれを気にしてないんだと思わせられると考えてたわけだ。

 当然、髪のことなんていいかげんにして、多少みっともなくても平気って顔をしていた。全然髪のことなんて考えたことないってポーズをとりたかったからね。これって、傍から見てたらどうなんだろう。実はかなりみっともなかったんじゃないかと今では思う。

 髪が薄い人が自分のハゲを自分で笑っているのを見て、プライドのない何でもヘイチャラな人なんて思ってはいけない。それは全くの思い違いだ。実はすごくプライドを持っている。そしてすごく気にしてる。同情されたり気遣いされたり、傷つけられたりしたくないからこそ、人はそういった態度に出るんだよ。これは経験から分かる。これは決して髪だけの話じゃないだろうね。

 だけど、ある程度の年齢になってから、僕はまたちょっと髪を見直しているんだよ。そしてキチンと短く刈って手入れしていこうと思ってる。そうすれば決してみっともなくはない。むしろキチンとすることで、結構悪くないんじゃないかとさえ思っているんだ。実際、周囲の目もそう思い始めたらしいしね。

 人間、いつまでも物事を悪く悪く受け取らず、後ろ向きにばかり考えていないで、現実と折り合いつけて和解する時が来なければいけないんだよね。そうでないと、自分をつまんないところに追い込んでしまうんだ。

 

家族再生を賭けたヘアドレッサー選手権

 イギリスの田舎町キースリー、今年このパッとしない町が全英ヘアドレッサー選手権の開催権を獲得した! この決定にやたらエキサイトして張り切ったのが、冴えない町の町おこしが悲願の町長ウォーレン・クラーク。だがこのクラーク市長の興奮ぶりにもかかわらず、町の反応はすこぶる冷たい。ヘアドレッサー選手権? 何だぁそりゃあ?

 それも無理もない。ここキースリーは羊の牧畜が主な産業といったド田舎中のド田舎。とてもじゃないがヘアドレッサーがどうのって雰囲気でもないのだ。町長がいくら大変なイベントだとはやし立てても、笛吹けど踊らずのシラけきったご町内。

 それでも、ただ一人これに注目した奴がいた。父親アラン・リックマンと二人で町で床屋を営む若者ジョシュ・ハートネットだ。実はリックマン、かつてはこのイベントで数々の栄冠に輝いた名うてのヘアドレッサーだった。町長は地元からも一チームは出したいと、リックマンに持ちかける。しかしリックマンは頑なにそれを拒むのだった。それはなぜか?

 そのリックマンの店の向かいには、ナターシャ・リチャードソンとレイチェル・グリフィスの女二人で経営する美容室があった。リチャードソンは相棒グリフィスに励まされ、病院の検査の結果を聞きに行くところ。どうもリチャードソン、最近かなりの大病に悩まされている様子。そして出かけた病院では、それが不治の病であると聞かされた。どうも余命もあまり長くはないらしい。さすがにショックの色を隠しきれないリチャードソン。だがその病状の深刻さを、心配する相棒グリフィスには話すことが出来なかった。その代わりリチャードソンは、街角で見かけたハートネットに話しかける。実は彼はリチャードソンの息子、つまりリックマンの元妻だった。話があると持ちかけるリチャードソンだが、父の目もあるからとにべもないハートネット。どうやらかつてリチャードソンは夫リックマンを捨てて、それ以来彼とは冷戦状態が続いていたようだったのだ。では、彼女は誰と逃げたのか?

 実はリチャードソンが一緒に逃げた相手とは、同性のレイチェル・グリフィス。グリフィスはかつて同じチームのモデル役として、リックマン夫妻とともに全英ヘアドレッサー選手権を戦おうとしていた女だった。ところが選手権本番を前にして二人は手に手をとって夜逃げ。当然、このリックマン三連覇がかかっていた選手権もパーになった。以来、かつての夫婦は没交渉。リックマンは華やかなヘアドレッサーの世界から姿を消し、このひなびた町の床屋の主人に身をやつしていた。 そんなアリサマだからハートネットだって実の母に愛想良くは出来ない。第一ハートネットにとっては、もう女の取り合いとかそういう話は「パール・ハーバー」でとっくにウンザリしてる。当然リックマンも選手権への復帰など問題外。まるでハリー・ポッターでも相手にしているかのように、かつての妻と顔を合わすのもイヤという様子だった。

 そんな各人の思惑をよそに、選手権当日が迫るにつれて各地から名うてのヘアドレッサー・チームの面々が集まってきた。中でも目を引くのがロンドンのヘアサロンでいい顔のビル・ナイ率いるチーム。彼の娘レイチェル・リー・クックをモデルにここキースリーで念願の三連覇を目指してやって来た。だが、町一番のホテルにはなぜか予約が入っていない。しかたなく町の農家に下宿するハメになったのだが、そこでリー・クックが偶然出会ったのがあのハートネット。二人は目と目が合うと、一発で惹かれ合う仲となった。しかし、実は二人はかつての幼なじみであったことは、まだ二人とも知らない。

 自分の死期が間近いことを、恋人グリフィスにも息子ハートネットにも知らせることが出来ないリチャードソンはただ悶々とするばかり。ある日、老人ホームの老女の髪をいじっているうちに、老女にその苦悩を悟られる。「あなたはすべて問題は解決済みなの? 悔いが残ることはない?

 これがリチャードソンの心に火をつけた。もう死ぬとなったら、何も気にすることはないではないか。彼女は恋人グリフィスにリックマン父子とチームで出場しようと持ちかけるが、これが意外に抵抗がなかった。ただしグリフィスも指摘するとおり、リックマンが同意すればなのだが…。ハートネットに持ちかけても彼の返事は芳しくない。リックマンの頑なな態度が変わることはなのではないか…。

 案ずるより生むが易しとばかりリックマンの床屋に押しかけるリチャードソンだが、やっぱりリックマンは冷たくはねのけた。雛形あきこじゃあるまいし亭主をコケにしやがって。いや、雛形はまだマネジャーとワゴン車の中でユサユサしていただけだ。おまけにシラを切り通すだけの亭主への配慮もあった。ホントは亭主をナメ切ってるだけだとは思うけど(笑)。だけどオマエは事もあろうにオンナと出て行ったんだぞ! それもよりによって大事な三連覇のかかった選手権の直前にだ! そんなこんなしてる間にも、今回の選手権の出場申請の締め切りは迫っている。やっぱり無茶な話なのか?

 三連覇めざすナイはこの町でリックマンが細々と床屋を営んでいることを知り、用心には用心を…と偵察にやって来た。そのナイの尊大で無礼な態度に怒りをかみ殺しながら、リックマンはまったく挑発に乗っては来なかった。ナイも往年の手強いライバルの登場はないと踏んで、安堵しながら帰っていったわけ。

 そんな折り、選手権の準備が着々と進む会場でハートネットとリー・クックの二人が再会した。お互いが幼馴染みだとも分かった。ところがいい感じになってきたところで父親ナイが登場。ネチネチとイヤミを言い放題だ。これには温厚ハートネットもカチンと来て、怒り心頭で出場を決めた。そんな息子の勝手な振る舞いに怒るリックマンだが、ハートネットは今回ばかりは一歩も退かずに思いをぶちまける。「父さんはあんなにバカにされて悔しくないの?」

 そんな最中にもそれはそれ、これはこれで親密さを深めるハートネットとリー・クック。ハートネットは夜中にリー・クックを呼び出し、彼女のヘア・カラーリングの勉強にと、彼のバイト先の葬儀屋の遺体を実験台にする。だが遺体の髪をパンク頭にしたままだったのはマズかった。

 ついに選手権は始まった。初日の「女性ヘア・ブロー部門」はハートネットの担当だが、モデルのグリフィスがイラだつ中、てんやわんやでギリギリの参加。しかもパンク頭にした遺体の遺族たちに追い回されてブローどころではない。これには駆けつけたリックマンも怒って父子は激しく言い争い。居合わせたリチャードソンは見るに見かねて最後の手段に出る。何と彼女の美しい髪はカツラだった!

 「私の最後の頼みも聞いてはくれないの?」

 彼女の美しかった髪は、長い治療の末に無惨なアリサマになっていた。これには唖然とするリックマンとハートネット。ようやくリックマンは、事の次第が飲み込めて来たのだった。

 だが、「女性ヘア・ブロー部門」の結果は散々なものになった。それと言うのも、ハートネットのてんやわんやも災いしたが、例のナイのチームが会場のクシをドライヤーの熱気で溶ける材質のものにすり替えるという汚い手段に出たからだった。さすがのリックマンがこれを見逃すはずもない。汚いナイの策略に怒りをおぼえるとともに、リチャードソンの熱意に打たれたリックマンは、チームに協力することにした。ただし、彼自身がハサミを握るかどうかは微妙なところだったが…。

 こうしてリックマンが魔法学校の教師よろしく、ハートネットをシゴキにシゴく特訓が開始された。さすがにホウキこそ飛ばなかったものの、まるではばたくが如く軽やかなハサミさばきになっていくハートネット。一方でナイたちのイカサマを失敗に終わらせるために、一枚上手の策略も巡らした。そんな中、父親ナイの汚い手口を知りながら、心ならずも見て見ぬフリをするリー・クックへのハートネットの感情も複雑になった。そんな彼の真意を知ったリー・クックも悩みに悩む。

 リックマンの全面協力の甲斐あって、次の「男性フリースタイル部門」ではチームは3位に浮上。ところが今度はリチャードソンの本当の病状を知って、一人知らされなかったグリフィスがショックを受けた。

 「結局あたしは本当の家族とは違うのね」

 怒りと哀しみで背を向けたグリフィス。では次の「ナイト・ヘア部門」でのモデルはどうする? 

 注目の「ナイトヘア部門」はリチャードソンの担当。一体どうなることかと思いきや、土壇場の機転で彼女の客である例の老女をモデルとして連れてきた。居並ぶゴージャス美女の中にあってのこの奇襲作戦が見事に的中。老女をエレガンスな美しさでドレスアップして、見事この部門の優勝をさらうことが出来た。これには賞賛の声を惜しまなかったリックマンだが、そんな彼を迎えたリチャードソンの表情は冴えなかった。

 「目的は優勝じゃなかったの。私たち4人が家族となることだったのよ」

 今まで世をすねて、怒りと哀しみから頑なになっていたリックマン。だが、このリチャードソンの血を吐くような言葉にはさすがに心が動いた。それより何より、これまでグリフィスへの過去の恨みと怒りを捨てきれずにいたリックマンは、今まさに怒り悲しむ彼女の気持ちが痛いほど分かったんだね。 それは忘れもしないあの運命の日から、リックマンが悩まされ続けた身に覚えのある痛みだったから。

 ええいままよ、リックマンは実家に引っ込んでいたグリフィスを訪ねた。そして「あの事件」から初めて、彼はグリフィスに心を開いて語るのだった。それは彼自身だけでなくグリフィスとっても最愛の人である、他ならぬリチャードソンのためなのだから。「頼む、戻ってくれ。彼女には僕と君の二人が必要なんだ!

 ついに最終日がやって来た。それは選手権の華、「トータル部門」。チームのエースが、腕によりをかけて挑む最終種目だ。そして長くヘアドレッサー稼業から退いていたリックマンが、今再びハサミを持って会場に姿を見せた。パートナーのモデルは、かつて三連覇を狙わんと手を携えてやってきたあのレイチェル・グリフィス。 すべての遺恨もこだわりも捨て去って、二人はたった一つの目的のために最前線に帰ってきた

 家族再生の願いを賭けた戦いの火ぶたは、今切って落とされようとしていたのだ!

 

「フル・モンティ」脚本家が今ふたたび

 この映画の監督パディ・プレスナックは全く知らないが、イギリス映画近年の快作「フル・モンティ」の脚本家サイモン・ボーフォイの名は、僕の脳裏に強烈に焼き付いてたんだよね。その後、ボーフォイの名につられて見た「マイ・スウィート・シェフィールド」もなかなかの佳作。「ハロー、アゲイン」はちょっとハズしたかなと思ったが、常にイギリスの田舎町を舞台に人情味溢れる作品を生みだし続けてる。今回ももちろんその系列に入る映画だ。

 何しろキャストの顔ぶれは豪華を極める。傷ついたプライドから頑なになってフテくされる中年男像は「ギャラクシー・クエスト」をすぐに想起させるアラン・リックマンの独壇場。僕のご贔屓ナターシャ・リチャードソンもやっぱり今回もいい感じだった。やたらケバケバ、でもどこか安くて情けないチャンピオン役ビル・ナイも、往年のロックバンドのボーカル役で頑張っていた「スティル・クレイジー」での好演を彷彿とさせる。いまや人気沸騰のジョシュ・ハートネットも、「パール・ハーバー」なんかよりちょいとヤボくさい青年役のこっちの方が持ち味なんじゃないかと思わせる好演だ。そこにレイチェル・リー・クック、レイチェル・グリフィスの売れっ子女優二人もし損じなしと、この顔ぶれ見ているだけで嬉しくなる。 これはどう見ても僕好みの映画にしかなりようがない感じなんだよね。

 オカシイのがイベントの主催者となる町長ウォーレン・クラークで、最初全然盛り上がらなかったイベントが、いずれ劣らぬ腕利きヘアドレッサーの活躍ぶりに圧倒されたかだんだん盛り上がっていく。それにつれて町長のエキサイトぶりもエスカレート。最後に「ラスベガスにあってうちの町にないものなんてない!」とまで豪語するくだりは大爆笑のちに大拍手。まるで尻尾までアンコの詰まった鯛焼きみたいに、最後の最後まで楽しませてくれるエンターテイナーぶりだ。

 でもこの映画、誤解を恐れずに指摘すれば、確かにぐっとくる人情コメディとして盛り上がる要素を散りばめつつ、実は決してエキサイトメントが頂点まで上りつめるようなつくり方はしてないんだよね。一例を挙げればハートネットとリー・クックの若いカップルの扱い。ライバル・チーム同士の恋愛とあって、この物語の中でミニ「ロミオとジュリエット」的な要素になりそうなものなのだが、そこで主人公たちが激しく葛藤した形跡は見られない。実はリックマンも頑なになっていたとはいえ、それほど劇中で激しい対立や応酬があったわけでもないのだ。だから、この映画には激しい対立や挫折の後の熱い団結と勝利という、この手の映画に見られる方程式がそれほど作動してはいない。見る人によっては、そのあたりが「フル・モンティ」などより物足りなく感じてしまうところかもしれないんだよ。

 でもねぇ、実際の人間の営みなんて、そんな激しいものにはあまりならないもんだよね。むしろ心の奥底でブスブスとくすぶっていたりするものだろう。リックマンも正面切っては怒りを露わにしない。事態を把握してからはすぐに協力に回ったりもするが、そうは言ってもなかなか妻を寝取ったグリフィスを許しきれない。終始そんな黒白ハッキリしないグレー・ゾーンが横たわっている。でも理屈じゃないそういった部分こそ、人間らしさとは言えないか。今回のこの煮え切らなさは、「渡る世間は鬼ばかり」とかの橋田須賀子ドラマみたいなあざとさを極力排した結果ゆえだと僕は思ったんだけどね。

 だから、悪役に配されているビル・ナイだってこす狡い男でありながら、心底憎めない設定になっている。考えてみれば、リックマンにすれば女房と寝取り女なんて許し難い連中じゃないか。だけど、みんな悪党にはなりたくてなっているわけではないんだね。リックマンだって言いたくて皮肉を言ってるわけじゃない。そうした含蓄のあるところが今回の映画の一番の見どころかもしれないね。

 どうしようもなく、人は人を傷つけるものだ。そして傷つけられもする。誰もそうしたくてするわけじゃない。だけど、それでも人を許せるのか…というところが、人間一番難しいところだろうね。僕もそれが出来るのかどうか、実はまったく自信はない。

 だけど、いつかはそうしなければならないんだろう。怒りを抱えたままというのは、それはそれでツラいものだ。負のエネルギーを燃焼させていくのは、あるいは許すことよりずっと消耗するだろうし

 相手を許して初めて、人は自分を許すことが出来るのだから。

 

 

 

 

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