「バニラ・スカイ」

  Vanilla Sky

 (2002/01/14)


  

一度気付いたら、もう知らぬふりなど出来ない

 僕の着るもののセンスって我ながらひどいもんで、とにかくそこらにあるものを着ちゃう。構わないって言えば聞こえはいいけどね。とにかくカッコ悪いことは昔から自認していた。だらしないことも承知していた。だけど、これほどとは思ってなかったんだよね。あの時はショックだったよ。

 それはかつてつき合ってた女の一言から始まった。かなり我慢はしたみたいなんだが、さすがにこれは酷いと思ったのか、ある日から僕の改造計画が始まったわけ。自分じゃ絶対選ばない類の服を山ほど買ってきて、言われた通り着る。僕も彼女の言いっぷりにただならぬものを感じて、おとなしくされるがままにした。でも何だかこの格好、俺じゃないみたいだよな。

 俺じゃないみたい、それでよかった。それだからよかった。それからは会う人間会う人間、みんな僕の身なりを褒めちぎる。別に彼女に見立ててもらったなんて言わなくても、回りはすぐにそれを言い当てる。ということは、それまでいかに自分の着ていたものが酷かったかってことだよな。確かに冴えないだろうとは思っていたが、まさかこれほどとはと唖然としたよ。

 確かにそこにはちょっと違った自分がいる。彼女に言わせればそれでもまだ大したことはないと言う。これほどの回りの反応に、僕も言い返せる道理がない。その時点で僕ももうすでにいい歳だった。身なりには少しは気を使ったほうがいいことは決まってる。友達が集まった席でもその話になって、特に友達の嫁さん連中にウケが良かったということは本当にそうなんだろうね。それが思わぬ波及効果を招いて、亭主が自分の言うことを聞かず、汚い身なりでいることを嘆く嫁さんも出てくる。それを聞いた亭主の方はと言うと、いいかげん酒も入ってることからカチンときたのか、男がそんなチャラチャラ身なりのことを考えてられるかとの暴言も出てくる。その酔っぱらいの暴言を聞いて初めて、僕もそれまでの自分の妙なツッパリがみっともいいもんじゃなかったと痛感したよ。確かにそんな言いぐさは、特にいい歳こいてからではちょっとツラいものがあるね。

 僕らくらいの世代から上は、男は身なりを構わなくてもよかった時代が確かにあった。それが容認された上にその頃は僕らも若かった。若いうちは多少身なりが汚くてもさほどみっともなくもない。それで救われていたと言うか、それに甘えていたんだよね。

 でも人は第一印象で人を見る。まして放っておけばただでさえ汚く見えるオッサン世代になって、それはもはや許されなくなってくる。全く何を言われても言い返せるわけがないんだね。

 実際にはあのバブルの豊かな時代が到来する前あたりから、男だって若くたってそれじゃ通用しなくなっていた。豊かさも手伝って人はみな身の回りを整えることに熱心になった。僕らはそこから完全に脱落していたんだ。もちろん個人差はあるから脱落しなかった奴もいる。また豊かな時代に若かった人間でも構わなかった奴もいる。しかし世の中の大半の人間は、そんな時代の気分とつき合ったはずだ。それに、身なりをキチンとするのは確かに当たり前ではあるだろう。こちらが常識がなかったのには間違いないのだ。

 それに自分はもう歳だと思いつつ、実は本当に若くないのだとは腹の底から思い知っていなかったのかもしれない。時代は変わった、自分も昔とは変わった。内面も置かれたポジションも根底から変質していた。それに気づいていなかったのだ。見苦しいのも当然だったろう。それに気づいた時、何ともうそ寒い気分になったよね。

 自分がどれほど惨めな気分になったかと言ったら、それは正直言ってかなりキツかったよ。でも、やっぱり気づかないよりは気づいたほうがよかった。遅すぎたかもしれないけれど。だってハタから見たら愚かで惨めなアリサマなのに、自分一人だけご機嫌だなんてあまりに情けないじゃないか。

 それに気づいたら、もう知らぬふりなどは出来ないのだから。

 

目覚めは何度もやって来る

 「目を開けて、眼を覚ましなさい」

 甘い女の声のボイス・レコーダーで眼を覚ますのは、豪華なインテリアに飾られた洒落たアパートメントに住む、若きリッチマンのトム・クルーズ。彼は巨大出版社の御曹司で、両親が死んでからは持ち株51パーセントのこの巨大企業のボス。後見人とも言える7人の役員たち、クルーズに言わせれば「七人の小人」の冷ややかな視線に見つめられながら、豊かな生活を享受して面白おかしく暮らしていた。仕事といっても会議に参加していいかげんにやってるくらい。あとはチャランポランにやってたって会社は勝手に動いてく。役員連中が彼を排除したがっていることは知っていたが、そんなことは構っちゃいない。どうせ何もかも俺の思う通りになるのだ。

 女だって食い放題。今の「お友達」は美人モデルのキャメロン・ディアズだ。向こうはどう思ってるか知らないが、クルーズの方じゃ後腐れないセックス・フレンドのつもり。最近ちょっとベタつくのが気になりはしてるが、それはまぁシカトだ。

 で、自宅で開いたパーティーには、少々うっとうしくなり始めた彼女を呼ばなかった。もちろんダチは呼んだよ。うちと契約している作家ながら友人でもある作家のジェイスン・リーがそれだ。この夜、彼は知り合ったばかりのガール・フレンドを連れてきた。その彼女、ペネロペ・クルスを一目見て、クルーズは心穏やかでなくなってきたんだね。あまりにいい女だから。

 ところがこのパーティーに、呼んでもいないキャメロン・ディアズも紛れ込んでいた。そしてクルーズにネチネチ迫る。おまけになぜパーティーに呼ばなかったとか、あのクルスって女はなんだとかグチたれ始めるに至っては、さすがにクルーズも気持ちが醒めずにはいられない。よせばいいのにディアズは逆効果とも気づかず続けるんだね。ラックスの石鹸のCMで、「ペネロペ・クルーズ」ってクレジットが出るのはどういうわけよ、もう女房気どりなの? うん、それは俺もそう思ってたけど(笑)。

 追いすがるディアズを振り切って、これ幸いとクルスにすがりつき、ストーカーに追われて困ってるんだとか何とかうまいこと言って親しげに語りかけるクルーズ。あげくの果てにパーティーの喧噪を離れて、彼女を別室にご案内。二人っきりで楽しくおしゃべり。

 そこにやって来た「マブダチ」ジェイスン・リーは、もはや自分が用済みだと悟らずにはいられなかった。所詮くすんだ自分はトム・クルーズのチャームには敵わない。そして相手はすべてを持っている。彼はため息をつくと脇役の立場に甘んじて、先に帰宅の途についた。彼女を連れてきたのが間違いだったね。

 この晩を境にクルスとの親密さを深めるクルーズ。もうディアズなんて振り返らない。クルスは大企業の御曹司のクルーズの身を、本当の自分の人生がないとからかう。クルーズもそんな自分を哀れんで嘆きはするが、どこまで本気でそう思っているかと言えば知れたこと。そしてそう言ったクルスにしたって、クルーズのチャームには敵わない。意地悪な見方をすれば、彼の万能パワーが魅力だったとも言えるだろう。こうして二人はどんどん仲良くなってはいくが、クルーズは最後の最後のご馳走は大事にとっておいた。そうだよ、じらしにしらして腹を空かして食ったご馳走は、実にうまいもんだからねぇ。

 そんなクルス宅からご帰還の時、外にディアズが車で待ちかまえているのに気づくクルーズ。これは面倒なことになった。こんな所までしつこくつきまといやがって。やだねったら〜やだねぇぇぇぇぇ〜っと。適当にやり過ごすはずが、どうも相手はそうはいかないようだ。ここはおとなしく従ったほうがいい。なぁに、俺のぶっとい注射の一本もブチ込めば、ちっとはおとなしくなるだろう。ここはクルーズ、しぶしぶ彼女の車に乗った。思えばこれが間違いの元だった。

 車が走り出すと、案の定ディアズはキレてきた。聞けばあのリーが、ディアズのことをセックスだけの仲と語ったクルーズの言葉をバラしていたとか。あの野郎、余計なことを言いやがって。勢い余ったディアズは愛していたとかクルーズには戯言としか思えぬ言葉を連発。勘弁してくれよ。ところがいい加減にあしらったのがよくなかったのか、いきなりアクセル踏み込んで暴走を始めるじゃないか。やめてくれ〜分かった分かった愛してる、愛してるから許してくれぇ〜。

 車はクラッシュ。そしてクルーズの運命も暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディアズは死んだ。だが、クルーズもただでは済まなかった。顔はグチャグチャ、腕の自由はきかず、慢性的な頭痛に悩まされる日々。友人リーもクルスにも会わず、自宅に閉じこもる。ニューヨーク中の名医を総動員しても、現状では回復もおぼつかない。外出時につける変な仮面をもらうが、そんなもの何の慰めにもならない。何とか頭痛を克服して、根性で役員会は乗り切ったものの、現状は何も変わっちゃいなかった。

 それでも愛しいクルスに会いたい一心で、彼女に会いに行くクルーズ。すると彼のグチャグチャ顔にもかかわらず、意外に暖かく迎え入れてくれるじゃないか。それに意を強くして、彼女を連れてクラブに出かけようなんて積極姿勢を見せるクルーズ。ところがなぜか彼女、あのリーもその場に連れて来ていた。あれれ? 何だ、二人きりじゃなかったの? そういや、リーもクルスも何となくよそよそしく冷たいぞ

 こうなると酔って荒れに荒れるクルーズ。かつての自分の他人に対するいいかげんな振る舞いを棚に上げ、恨み言をグダグダ。帰り道も大荒れで、クルスはさっさと帰ってしまう。リーに聞けば、彼女はクルーズと二人きりで会ってたことなどないとしらばっくれてるとか。何だそりゃ〜? あげくの果てにリーまで帰って一人ぼっち。いても立ってもいられず、二人を追って走りに走るクルーズだが、急に走って良いが回ったせいか、暗い夜道にぶっ倒れてしまうのだった。

 目覚めれば、クルーズはまだ道にぶっ倒れていた。だが、クルスが人が変わったように優しくなり、彼を自宅に迎え入れてくれた。あぁ、こういう優しい扱いを俺は待っていたのだよ。

 ところで、実は先ほどからこうしたお話が進行している最中に、割って入ってくる不思議な場面があった。クルーズが例の仮面をつけて、刑務所とおぼしき場所で精神科医カート・ラッセルに尋問されている。何とそれも殺人の疑いで問いつめられているようだ。これは何かの幻想なのか?

 やがてベルリンから名医が到着。素晴らしいテクニックでトム・クルーズの顔は元に戻った。甘く楽しい日々。だがある日、愛しいクルスとベッドに入ったつもりが、隣りにいるのはディアズじゃないか。何だこいつは〜? クルーズはディアズをベッドに縛り付けて警察を呼んだ。あの女、実はまだ生きてます!

 ところが警察が来たら、とっつかまったのはクルーズの方だった。しかも、あれはディアズじゃなくてクルスだと言う。おいおい、俺をからかっちゃいけないよ。だが、回りは言うことをきかない。おまけに彼が彼女に暴力を振るったということにもなっている。やっとのことで釈放されれば、今度はリーがカンカンに怒ってつっかかってくる。彼女に何てことしたんだよテメエは! 何だよ何だよ分かんねえよ、俺聞いてねえよ。

 酒場でクラ〜く一人でいると、何だか変な男が近づいてくる。この男ノア・テイラーは見知らぬ奴なのに、向こうはクルーズのことをよく知っているようだ。あげく、もっと冷静になれとか言ってきてムカつくぜ。だが、テイラーは構わず続けた。この世界はすべて君が決定するんだ。君がこうなれと言った通りになるんだよ。でもクルーズは何が何だか分からない。

 テイラーは試しにこの酒場の客がみんな黙るように念じてみろと言う。頭に来たクルーズがテメエら黙れ!と一喝すると、あ〜ら不思議、酒場の客はみんな一斉に黙るじゃないか。何じゃこりゃ〜?

 焦ったクルーズは懐かしいクルスの自宅に直行。だが驚いたことに、部屋のクルスの写真はすべてディアズのそれにすり替わっていた。クルスがディアズ、ディアズがクルス、クルスがクルーズ…ってのはラックスの石鹸CMって、ちょっとしつこかったね(笑)。

 ところがそこに運悪くディアズが帰宅。いきなりボコーンとクルーズをぶん殴る。さすが「チャーリーズ・エンジェル」は伊達じゃない。イッテテテ…と「M:I-2」では海辺であんなに殴り合ってもへこたれなかったクルーズが一発でダウン。ところがディアズはクルーズの顔を見ると、泥棒と間違えたと態度を一変して優しくなった。そして奥の部屋に引っ込んで戻ってくると…な〜んだ、やっぱり愛しいクルスちゃんじゃないの。ホッとしたクルーズは急に体力モリモリ。たちまちベッドで一戦おっぱじまる。

 ところが気持ちよくなっていよいよイキソ〜ッってなったら、急にクルスがディアズに変わる。これでクルーズ出そうになったものも引っ込んだ。こういう最中の男は必死だから、クルーズも頭に来ちゃったね。何だバカ女、もうすぐイキそうだったのによぉ〜。テメエなんかこうしてやる〜。で、彼女の顔に枕を押しつけ、グイグイと窒息させてしまった…。

 というわけで、今クルーズは刑務所にいるわけね。精神科医のカート・ラッセルもこれ以上聞き出せそうもないと諦めた。前々からクルーズが「エリー、エリー」と寝言で叫んでるので、その名前も問いつめたが思い出せない。サザンの歌でもカラオケで歌ってる夢見たんじゃないの?とか大ボケこいてるもんだから、ラッセルはつき合いきれなくなって帰ろうとした。で、立ち去ろうとした時、クルーズは刑務所のテレビを見て思い出すんだね。

 「エリー」、そしてあの男ノア・テイラー…思い出したぞ!

 だがそれは、クルーズにとって新たな悪夢の始まりだった。いや、終わりかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後は映画を見て!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まんま」のハリウッド・リメイクでありながら

 この映画、ご存じの通りスペインのアレハンドロ・アメナーバル監督の「オープン・ユア・アイズ」のハリウッド・リメイクなんだね。これを見たトム・クルーズが惚れこみ、再映画化権を買って製作に乗り出したわけ。

 確かにこれってクルーズにうってつけの役だよね。自信満々、何をやってもうまくいく男が調子こいてるうちに、とんでもない事になってトホホ…って役柄は、出世作「トップガン」から「ザ・ファーム」、そしてあの「アイズ・ワイド・シャット」に至るまで一貫してる、彼の十八番の役。今回もいい味出すとは思っていたが、やはりピッタリ。ある意味じゃオリジナルのアドゥアルド・ノリエガよりピッタンコかも。

 最初この「オープン」見た時には、圧倒されちゃったよねぇ。金持ち坊ちゃんの自業自得話かと思ってたら、あれれれ?…これってSFだったわけ? 終盤に至っていきなり話が巨大にスケールアップするあたりにビックリしちゃった。その構成そのものの大胆さに驚いちゃったわけ。人によってはえらく評判悪い作品だけど、僕は結構買ってたんだよね。

 で、今回リメイクに挑むのがキャメロン・クロウと聞いて、二度ビックリだったんだね。確かにキャメロン・クロウって僕は大好き。前作「あの頃ペニー・レインと」を初めとして、どれもこれも気に入ってる。クルーズも「ザ・エージェント」で組んでいい味出してたんで、彼の腕前買っている事は分かる。

 だけど、このサスペンスフルなお話と彼の作風がどうにも結びつかなかったんだね。クルーズ、一体この作品とクロウに何を求めてたんだ? お話そのものはどうやっても面白くなるだろうとは思っていたけど、デリケートで優しい人間への視線が売りのクロウに、このお話ねぇ。

 で、見てみたんだけど、旧作「オープン〜」を見たのはもう2年以上前だからおぼろげながら、基本的にお話や要素はほとんど変わりない気がしちゃうんだよね。と言うより、これはハッキリ言って「まんま」。こっちの舞台はニューヨークだから、なおさら主人公のリッチぶりが強調されたりお話のスケールがでかくなってはいるけれど。

 さすがクロウだなと思われるのは既成楽曲を使うセンスで、今回はヤマ場と言えるあたりでビーチ・ボーイズの名曲「グッド・バイブレーション」を使って効果を上げている。あの何とも不可思議で、それでいてどこか哀しいサウンドが、この映画にはピッタリだったと言えば分かるかな?  で、この「どこか哀しい」ってところが実は今回のキーワードではないかと思ったりもするんだね。

 それはなぜか?…と言うと、さっきのオリジナル「まんま」という点に立ち戻るんだよね。実際に「まんま」なのか…というと、どうなんだろう? 実はあんまり自信はないが、今回の映画化では主人公の何とも言えない哀しみが強調されているような気がするんだね。話のオチはすでに知っているから、衝撃度が薄れての結果かもしれないんだけど。でも、そのビックリな展開より主人公の心の中に焦点をあてた作り方って、どこかクロウらしい作り方とも言えるよね。 元々、映像感覚の冴えや大胆な演出のキレ、語り口の面白さや発想の良さで魅せる人じゃなかった。キャラクターに投げかける共感のまなざしこそ、キャメロン・クロウという映画作家の真骨頂だったんだから。

 映画の終盤で、謎はすべて解明される。顔はグチャグチャ人はみな背を向ける境遇になって、世をはかなんだクルーズは自分の希望をある科学技術に託した。それは人工冬眠で完全治療が出来るようになるまで眠ることだった。そのプロジェクトでは、冬眠中の人間はまるでホンモノのように鮮やかな「第二の人生」を夢として見る。クルーズはそこでハタと気づくのだ。あの意識の混乱、本当か幻想か分からなくなる怪奇現象のすべてが、この夢の技術のアクシデントから起きた事故だったと。素晴らしい「第二の人生」という夢が、悪夢と化した結果だと。今こうして殺人犯として捕らえられていることも、全て悪夢のなせる業なのだと。実はクルーズは失意の中で路上に倒れて以来、このバーチャルな夢を見ていた。そしてすでに150年の時が流れていたのだ。

 そしてそのアクシデントとは、クルーズの潜在意識がもたらしたものだと説明される。その潜在意識とは一体何だったのだろう?

 それは何一つ不自由なく過ごしてスーパーパワーを行使出来た暮らしそのもののせいかもしれない。まだ事故に遭う前、クルーズはクルスにそんな満ち足りた暮らしを、父親からただ譲り受けただけの空虚なもので「本当の自分の人生」がないと揶揄される。そして事故に遭って顔が崩れた後で、それは現実のものとなる。友人も愛した女も背を向ける。だが、それも無理のないことではないか。それまで友人やつき合った女に、彼は一体何をした? 彼は痛い思いをして、ようやくそれに思い至るのだった。そして、それこそが「本物の人生」なのだ。

 友人ジェイスン・リーは、クルーズに繰り返し言う。「自分はいつも苦みばかりを味わってきた。だからこそ、本物の甘さが分かるのだ」と。それが今さらながらにクルーズに襲いかかってくる。

 クルーズはその苦しみの活路を、人工冬眠とそれでもたらされる甘い「第二の人生」に見出そうとする。確かにそこでは顔は再び蘇り、愛する女は再び彼に振り向き、人はまた彼を持てはやしスーパーパワーが復活して何でもやりたい放題だろう。だが一度「本物の人生」を知った彼には、その違いが分かってしまった。その時、またあの甘い日々に戻って甘っちょろい思いに耽るのは、罪悪以外の何者でもなかったのではないか。彼の「第二の人生」を乱した潜在意識とは、事故後に目覚めた彼の良心に違いない。

 ラストでクルーズは選択を迫られる。一つはプログラムを修正された、また再び甘い生活を享受出来る「第二の人生」。だが、クルーズはもう一つの道を選択する。それは人工冬眠の眠りから目覚めること。つまり、「本物の人生」だ。

 そこではすでに150年もの時が流れ、クルーズの莫大な財産も底を尽こうとしていた。もちろん不自由な体と無惨な顔もそのままだ。彼に約束されていた甘い生活はどこにもない。

 それでも彼は選択するのだ。あえてその厳しい「本物の人生」を。彼に喜びを与えてくれた、幻の恋人にも別れを告げて。なぜなら、もう彼は現実を知ってしまったから。

 一度目覚めてしまった人間に、後戻りは出来ないのだから。

 

 

 

 

 

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