「青い夢の女」

  Mortel Transfert (Mortal Transfer)

 (2002/01/07)


  

男の甲斐性とは?

 僕は今も独身者で気ままにやっている。別に独身でいようと決めた訳ではないけれど、なぜかそうなってしまったんだよね。それはそういう機会に恵まれなかったから…と、人には言ってきた。だけど正確にはそうではない。たぶん、僕もそれを望んじゃいなかったからなんだよね。

 だって知人たちを見ていると、結婚に限らず恋愛関係になった連中はあまり幸福そうではない。最初こそ夢中でハッピーってな顔してるけど、すぐにみんな相手のグチを言い出す。グチグチグチグチ、まぁよくもそんなに不満があるもんだと言いたくなるほど、悪口雑言の限りを並べ立てる。しまいにはこっちも別れたほうがいいと言いたくもなる。そのあげくに、俺をつかまえて「早く誰かとどうかなっちまえ」と言われてもねえ。そんなの真に受けられねえよ。

 僕だってそんな相手がいなかったわけじゃない。でも、考えてみれば深入りはしなかったよな。自分がイヤな事が起きそうなら事前に身を引くか、そもそも向こうが逃げてった。と言うより、本当に愛した女は口説かなかったかも。というのは、どうせイヤなとこ見えてくるのなら、そこまで持ってきたくない。それより何より愛する相手のイヤなとこなんざ見て夢壊したくないし、自分のイヤなとこ見せて失望されたくもないという気もちが、心のどこかにあったからなんだろうね。これは本音の本音だよ。

 ところが人生はそうは問屋が卸さない。ある時、やっぱり僕も我を忘れる時がやって来た。そして、そうなってみて初めて、知人たちの心境が分かってきたんだね。

 たしかにいろいろ煩わしいこともある。ウンザリすることもあるし、傷つくことも言われる。何しろ思い通りになんかなりっこない。程度の差こそあれ、時間と金と精神がすり減っていく。なるほど、奴らが言っていたのはこれだったのか。

 では、それがイヤでイヤでたまらないのか?

 いや、これが違うんだね。うまく説明できないが、イヤならまずそれに耐えられっこないだろう?

 自分一人なら絶対にないそんな諸々の事が、何だか張り合いになってくる。これが実に不思議なんだね。だけど、それはなぜだかは分かる。だって、それは何より相手と関わり合っているってことの絶対の証明なんだから。会いたいと言われれば何を置いても駆けつける、声が聞きたいと言われれば無理してでも受話器をとる、自分の行動や身なりについて文句を言われれば、出来る限りで言うことを聞く。今までそれが煩わしいと思って避けてきたことが、なぜか鬱陶しくなくなっていく。

 これは男の側の一方的な見方で言ってるから、女には女の言い分もあるに違いない。たぶん、女は女で僕らと全く同じく、男って面倒くさくてウンザリだわねぇと言ってるに違いない。それでも相手が欲しい、相手といたいと思っているということも、僕らと同じなんだろう。きっと、それは一種の喜びなんだろうね。

 それが、そうは言われなくなった時にハッキリ分かった。そんな諸々のことがなくなった時、何だか言いようのない寂しさがあったよ。いろいろ言われたり振り回されているうちが華だったと気がついた。そういうことのない人生なんて、全く面白くも何ともない、味気ないものなんだよね。

 女に振り回されることこそ、きっと男の甲斐性ってものなんだろう。

 

「ちょっと気になる女」にてんてこ舞い

 精神分析医に懺悔をするように、ベッドに横になって告白を続ける男。だが、今この場で患者となって自らの秘密をしゃべるジャン=ユーグ・アングラードは、ただの患者とは違う。自らも精神科医として患者の悩みを聞くうちに、積もりつもった苦痛を取り除くべく老精神科医ロベール・イルシュに語っている。その苦痛とは今アングラードが受け持っているある女の患者イレーヌ・ド・フジュロールのことだった。

 この女ド・フジュロールは盗癖を持つ女。そして奇妙な性癖を持った女でもあった。亭主との性生活は奇妙そのもの。彼の激しい暴力に毎日脅かされながら、そこに快楽を見出した倒錯者だった。その告白に当惑させられながらも、どこか惹かれずにはいられないアングラードは、自覚せずとももはやその女の虜になっていたのかもしれない

 今日も今日とてアングラードは、このド・フジュロールに手を焼かされていた。旧友の刑事ドゥニ・ポダリデスから呼び出されてみたら、彼女が盗みを働いた疑いで取調中というのだ。だが、アングラードは彼女のためにアリバイを証言した。なぜ偽証したのかは自分でも分からない。ポダリデス刑事はアングラードに「あんな女に深入りするな」と忠告するのだが、アングラードはタカをくくって聞いちゃいない。それがあんな事態に発展しようとは思いもしなかったのだ。

 それ以外はアングラードの生活は順調そのもののはずだった。最近知り合った女流画家ヴァレンティナ・ソーカとの関係も順調。彼女は明るく優しく理想的な恋人に違いない。だから、あんなド・フジュロールみたいなヤバい女にハマるわけがない。むろん精神科医のエキスパートである自分が、精神的にバカなマネをするはずないだろう?

 ところが悪夢はクリスマスを控えた雪降るある晩に始まった。例によって自分の倒錯的性生活を告白しに来たド・フジュロール。ソファに横になりながら語る彼女の告白を聞きながら、アングラードは強い眠気を感じずにはいられない。実はここのところ、彼女のこうした性癖の話を聞いていると、眠くて眠くてたまらないのだ。決して退屈しているわけではないのだが、なぜ眠くなるのかは自分でも分からない。

 でも眠っているうちも彼女の話が続いているせいか、彼女が亭主に暴力振るわれているイメージが夢の中に現れる。殴られ殴られ、やがて首を絞められる彼女。

 フト気づくと夜も更けていた。あぁ、よく寝た…とは口が裂けても言えない。だが、気づくとやけにおとなしいと思っていたド・フジュロールが絶命しているではないか。必死に人工呼吸するが無駄な努力。そのうち家政婦が来たり、別の患者が来たりして慌てたアングラードは、思わず彼女の死体をソファの下に隠した。さぁ、こうしてアングラードは後戻り出来なくなったわけだ。

 遅くなった言い訳を恋人ソーカに電話で言っても、彼女は激怒して言うことをきかない。そんなパニック状態のアングラードのもとに、事もあろうにド・フジュロールの亭主イヴ・レニエ本人までやってくる。最初こそ穏やかに話をしていたレニエだが、女房が帰ってこないとあって元々気が短い性格に拍車がかかる。おまけに彼女は亭主の大金を持ち逃げしてると言うではないか。亭主はアングラードが女房とデキてて、金をネコババしようとしているとにらんだんだね。実はこのレニエ、ヤバイ仕事に手を染めているそのスジの男。たちまちアングラードはボコボコにされて、明日の晩までに金を持ってこないとタダじゃ済まないと脅される。いやはや、もう待ったなし

 金はどこだ? 見ると自宅兼診療所の前の通りにド・フジュロールの愛車ポルシェが停まってる。金はあそこにあるに違いない。車のトランクから金を取り出そうと、彼女の死体から手に入れた車のキーを持って近づくと、事もあろうに付近にたむろするホームレス男ミキ・マノイロビッチが近づいてくる。この男、テメエのシマのことは毎日見ててよく知っている。この車が誰のもので、それがどんな女かも知っている。ダメだ、これでは車に近づくこともできない

 苦しい胸の内をポダリデス刑事に告白しようとしたが、あいにく外出中でつかまらない。そのうちそんな事を白状したら自分が危ないと悟ると、仕方なくかかりつけのイルシュ医師に診療のかたちで告白することにした。医者には守秘義務があるから安心だ。

 やっと手に入れた心の平安に気が緩んだか、アングラードは自分の遠い過去のことを告白する。それは彼が持つこの世のイメージだ。でかい枯れ木に狼たちが昇って吠えている。殺伐として油断ならない、恐ろしげな自分の住む世界のイメージ

 それはアングラードの子供時代に遡る。彼の父親は取るに足らない小物で、いつも息子アングラードと母親にバカにされるような人物だった。だが、そんな父親がある日、女と組んずほぐれずでベッドで一戦交えてるのを目撃して…。

 そして打つ手ないままに翌日の夜。仕方なく先手を打って亭主レニエの自宅を訪れるアングラード。実はド・フジュロールに合い鍵はもらっていたので、こっそり忍び込むことは簡単だった。だが、静まりかえった自宅を訪れると、レニエと誰かが激しく言い争う声がするではないか。そして銃声。慌ててスッ転びながらもブザマに逃げ帰るアングラードではあった。

 翌日にはポダリデス刑事から呼び出しだ。何と昨夜撃ち殺されたのはレニエその人だった。そして大金がなくなっている。そんなこんなで案の定疑われているのはやっぱりアングラード。もう何がどうなっているのか分からない。

 家の前のポルシェも警察が持って行ってしまった。窮地に追い込まれたアングラードは、もうこれ以上躊躇できないとド・フジュロールの死体を外に運び出すことにした。危ない橋を渡り、やっとのことで車まで運んだものの、今度はバッテリーがやられてる。仕方なくトランクに死体を隠すアングラードは我が身の不運を嘆きに嘆く。

 気になるのは、この事態をどこまで知っているのか分からないホームレスのマノイロビッチ。困り果てた彼をカフェで見つけると、彼に親しげに語りかけてくる。車のエンコを同情した彼は、アングラードに修理を手伝うと持ちかけた。もうこうなりゃどうにでもなれだ。

 しかしこのマノイロビッチも不思議な男だ。エンコした車を直してもらいながら、アングラードはマノイロビッチは彼の身の上話を聞く。書類やら金に火をつけるのがクセになり、人生を破綻させた彼は、アングラードに診察してくれと頼み込む。それを快諾はしたものの、実際のところはそれどころではない。済ませなきゃならない仕事がある。

 車で死体を墓地まで運んだアングラードは、ある殺人鬼の墓に彼女の死体を隠すことにした。そこで墓地でダッチワイフとイタす奇妙な性癖の男に出っくわしながらも、彼の協力で死体を隠したアングラード(笑)。こうしてひとまずは一安心。

 そんなあれこれを安堵しながら老医師イルシュに語ったアングラードは、ここでまたとんでもない事にぶつかるハメになった。何とイルシュ医師が銃を構えてアングラードを脅すではないか

 一体この医師はどうして豹変したのか? そしてアングラードは危機を乗り越え、元の平安な生活を取り戻すことが出来るのか?

 

本音を言い始めたジャン=ジャック・ベネックス

 これってジャン=ジャック・ベネックスの久々の新作なんだよね。何と8年ぶりという話。

 僕はベネックスと言うと、まずあの圧倒的な「ディーバ」が思い出される。あれを初めて見たときの衝撃は忘れもしない。よく映画本やらネットの映画サイトでも、延々と映画が娯楽か芸術かなんて不毛な論議が戦わされているけど、「ディーバ」を見るとそんな論議が全く下らないものだと思い知らされるよね。「映画は映画」だって。それくらいあの映画は飛び抜けていた。スピルバーグもゴダールも映画だ。フェリーニもベルイマンもコーマンもホークスも映画だって。百万語費やすより、何よりあの映画一本あれば事足りる。そのくらい衝撃的な作品だった。

 その次作「溝の中の月」にはムムム…となったけど、何しろあの「ディーバ」の次だからねぇ。何よりベネックス「らしさ」が感じられたから、まぁいいかってな気になった。そしたら次は壮絶な「ベティ・ブルー/愛と激情の日々」だ。これまたその壮絶さに圧倒されて、しかしすごい才能の持ち主にしては敷居が高くないところにますます惹かれて、この人にはずっとついていこうと決めた。

 その後、「ロザリンとライオン」とか「IP5/愛を探す旅人たち」とかあったけど、正直言ってどれも不発だったんだよね。もちろんベネックス「らしさ」はあったから嬉しかったけど、やっぱりあんな凄い映画つくっちゃうと枯れるのも早いかなと思ったりもした。でも、見捨てられなかったんだね。だって「溝の中の月」の後でも「ベティ・ブルー」つくっちゃう人じゃない。二度あることは三度かなと思ってみたりもした。

 だけど不調だなってことは誰より本人が感じてたんじゃないか。だから「IP5」の後にあれだけ長く沈黙したんだろう。そして今度のこの新作だ。

 聞けばサスペンス・ミステリー仕立てと言うではないか。おまけに「ベティ・ブルー」に次いでのジャン=ユーグ・アングラード再登板。これは期待しちゃったよねぇ。いや、多少のことは目をつぶってもまぁいい。帰ってきてくれただけでいい。

 で、この作品見たんだけど、やっぱりダメだったのね…と思ってしまった。何か起きそうと思っていたら、何だか尻づぼみで終わった。いかにもサスペンス風の光と影の映像なんか見せながら、なんだかな〜とガッカリした。で、今喫茶店で映画を反芻していたんだよ。そしたら、ちょっと気が変わってきた。

 アングラードは突然ふって湧いた死体にジタバタしてうろたえるが、焦れば焦るほど墓穴を掘ってドツボにハマる。そのブザマさたるや、ハッキリ言ってコメディとしか言いようのない描かれ方なんだよな。最初はサスペンス見るつもりで来たから何だこりゃ?となって、イマイチ乗り切れなかったんだけど、そもそもがこれコメディとして見たらどうなんだ

 チョッカイ出すつもりなんかないと思いながらも、ヤバい女に頭がいっぱい。惚れた女もいて、そいつを愛してるのは間違いないのに、ちょっとスケベ根性を起こす情けなさ。だけど手を出さなきゃいいだろうと思って、よせばいいのに偽証までしていいとこ見せたら、とんだ災難に巻き込まれる。この情けなさバカっぽさ。

 その後もこの悪女=死体に振り回されるだけ振り回され、惚れた女にはガミガミ怒られ、トホホ状態。これってだけど、男のホントの姿かもしれないよね。

 死体になった女の暴力亭主って言ったって、ホントは女房とセックスしたいのにさせてもらえず、許してもらえるのは暴力だけ。これはこれで情けない。俺は殴りたいよりヤリたいんだよぉ〜。

 アングラードの周辺に現れる連中も、男も女も妙なセックスのオブセッションに取り憑かれた奴らばっかし。どいつもこいつも怖いというより哀れでオカシイ。セックスとか愛って、こんなに人間に取り憑いて哀しくも可笑しくさせるものなのか

 そういうアングラード自身も、自分は幼い頃のトラウマに取り憑かれてて、この世は狼うごめくジャングルなんだなんてホザいてる。確かにジャングルはジャングルだ。だけどことさらにそれを深刻にしてるのは、自分自身だなんて分かってない。だって、スクリーンで彼を見ている俺たちにしてみたら、本人の深刻さって滑稽そのものだぜ。ってことは、そもそもそうしたトラウマや愛やセックスの幻影に取り憑かれ、悩んだり深刻になってる俺たち自身が滑稽ってことか?

 考えれば、僕もずいぶん過去の諸々でトラウマだの女で酷い目にあっただのゴタク並べてきた。そして精一杯の深刻ポーズを決めてきた。だけど、それって周囲から見れば滑稽この上ないアリサマだったろうね。

 最後にアングラードは指輪なんか買って、イルミネーション輝くエッフェル塔を背景に恋人ソーカにそれを渡すなんてクサい趣向を見せる。最初はこのラスト、ちょっと何とかしてくれなんて思ってたけど、実はそここそがベネックスの意図だったかもしれない。確かにそれってクサい。そして滑稽だ。でも、そうまでして女の歓心をかいたい、喜ばせたいって気持ちは可愛くないかい? 実は人生にまつわる諸々の苦悩の源…愛とセックスなんて、妙に難しく考えてもだえ苦しんでも意味ないんじゃないか。クサくてもいい、トレンディ・ドラマみたいに陳腐でもいい。むしろそんなヤボくさいところに本当のことってあるのかもしれない。要するにおまえ、彼女を愛しているんだろ? 一緒にいてもらいたいんだろ? それを分かってもらいたいんだろ?

 ベネックスの今回の新作も、作品的には成功だったとは決して言わない。だけど、カッコつけやら難しいポーズからちょっとは解放されて、本音を言うようになった彼が界間見えてとても嬉しくなったんだね。そうかい、ベネックス。あんたも結構悩んだよな。俺と同じじゃん。

 映画を離れて自分の身の回りを見回してみても、みんな大なり小なり愛とかセックスに一喜一憂してジタバタ。かと思えば世の中には愛やセックスに右往左往する人間たちを横目で冷ややかに眺めて、自分は全然関係ないってな顔をする奴もいる。で、これはこれでまたどっか変なんだよな。マトモじゃない。そして、変じゃない奴なんていない。

 この映画の冒頭とエンディングには、絵に描いた女のアソコが大写しで出てくる。こんな気どりもてらいもない描写もないね。これがテーマなんだ。俺はこいつに悩まされている、だけどこいつがたまらなく好きなんだ! 分かってるさ、それは別に頭ん中アソコばっかしってことじゃない。それが象徴する女、異性、パートナー、セックス、愛について、本当は声を限りにそう叫びたかったんだろ。他の誰もが分かるかは知らないが、俺はあんたの言いたいことが分かった気がしたよ。だって俺もそうだしね。

 女に悩み振り回されることこそ、男にとって最高の幸福なのだから。

 

 

 

 

 

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