大穴狙い「第14回東京国際映画祭」

  Seeking for the Dark Horses in TIFF 2001

 (2001/11/12)


10月27日(土)

「バタフライ」Nabi (The Butterfly)

 

 酸性雨が降っては洪水が頻発する近未来のお話。そう聞いて、こりゃ韓国製SFかよ…と勢い込んで 見に行ったのだが…。

 突如この近未来に発見された「忘却のウイルス」。それには人間のツラい記憶だけ消し去る働きがあった。これを商売にした「ウイルス感染ツアー」も出来て、心の重荷から解放されたいと願う人々を集めて繁盛している。長くドイツで暮らし、苦労を重ねてきた女・アンナ(キム・ホジョン)もその一人。見るからに幸薄顔の彼女は、もう人生に疲れきり何の熱意も失せてしまったかのようだった。故国・韓国にウイルス求めて帰ってきた彼女は、空港の手違いでカバンを失ったが、もうそんなものはどうでもよかった。それはいいんだけど、飛行機が着いたらさっさと降りてあげないと掃除する人が迷惑するぞ。そんな彼女を出迎えたのは若い女ガイドのユキ(カン・ヘジョン)。だが、けだるく落ち込んでいるアンナと何かとテンションが高いユキとでは、最初から何かとリズムが合わない。おまけにその二人を送迎する代理店差し向けのタクシーの運転手K(ジャン・ヒョンスン)も何かイラつく男だ。

 ウイルスは水がしたたる奇妙な地下壕にいると言う。ウィルスの居場所を教えるのは、不思議に光るチョウの群れだ。そのうち雨足が激しくなり地盤が緩んで危険になったため、ツアー客はみんな退避した。しかし肝心要のアンナがこんな時ウロウロいなくなって、慌てて探すユキ。ようやくアンナと見つけると、今度はユキの方が具合悪くなってうずくまる始末だ。そこでアンナはすべてを了解した。ユキが妊娠していることを…。

 こりゃたまらん…とガイドを代えてくれと言い出すアンナに、ユキは代理店の手前何とか今回の仕事を最後までやらせてくれと必死で頼む。二人の間に、何とも言えないギスギス感が残る。

 おまけに運転手のKはというと、代理店貸切のはずのタクシーに何かと言うと別の客を同乗させようとする。これではちっとも落ち着かない。それでまたKとユキがギスギスイライラ。客を同乗させたらさせたで、今度はその客の発した言葉が何かカンにさわったか、Kと客とがイザコザを起こす。大揉めしている間に今度はイヤ気がさしたアンナがいつの間にかいなくなって…。

 イライライライラ。

 映画が始まってしばらくすると、この映画にSFを期待した自分がバカだったことを悟った。確かに冒頭で酸性雨がどうのウイルスがどうの…となぜか英語のテレビニュースやCMで説明される。近未来の様子が必要最小限の描写で手際良く描かれていくあたりは、いくらかSF気分を醸し出す。ウイルスが発生しているという地下壕の様子もなかなかいい雰囲気だ。だが映画を見ていくうちに、この作品における近未来やウイルスって、例えばレオス・カラックス監督の「汚れた血」における近未来とか奇病のくらいの意味でしかないということが分かってくる。

 大体、ヒロインがやたらけだるくて、何がやりたいのか何を考えてるのか分からない。突然どこかにフラッと消えて、回りの人間に迷惑をかける意味不明の行動にもイラつかされる。それはユキもKも大差なくて、みんな過去に何かを隠しているみたいだが、その言動は時として意味不明だ。とにかくみんなギスギスしている。見ていてツラくなってくる。

 そのイライラをさらに増幅するのが、全編デジタルビデオカメラで撮影されフィルム変換された映像だ。一体これにどんな効果を求めたんだろう。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」あたりの向こうを張っているのか。冷たく荒れた画質、解像度も低く暗い画面。時々何がどうなってるかよく見えない。

 イライライライラ。

 だがその異化作用からか、何とも言えない心地悪さについつい画面に惹き付けられているのも事実。一体これはどうなってるのだ…とイラつきながらも、画面を見つめずにはいられない。これってそういう効果を最初から計算づくで狙ったのか? だとしたらこの脚本・監督のムン・ソンウク、かなりなしたたか者ということになるが…。

 一同が何となく道中を続けるうちに、3人の背景もおぼろげながら見えてくる。赤ん坊を死産で失ったアンナ、実は麻薬中毒(劇中では「鉛中毒」と説明される)であることをひた隠すユキ、孤児として育ち、見たこともない家族を探すK…。

 徐々に打ち解けていったアンナとユキは、つかの間の交友を暖める。ユキは今までガイドした客の不要になったパスポートをとっていた。捨てられ消されたさまざまな記憶のかけらがそこにある。さらに、ある女の消される前の記憶を残すため、その記憶をパソコン上のムービーとして保存していた。その女とは…そして消された記憶とは…。

 やがてユキの中毒に気付いたKが当局にチクり、ユキは強制的に連行されてしまう。そこから先は、アンナとKの二人旅となるのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

いつかこの映画を見るつもりの人はここまで

(ただし現在、日本での配給会社は未定)

 

 

 

 

 

 

 

 旅の果てに生きる希望をわずかながら取り戻したアンナは、ユキを収容所から引き取って子供を生ませることを決意する。そんな彼女たちの前に偶然またあのKが現われ、やがて突如産気づいたユキを連れて海へ…。

 この映画、正直言ってSFというよりもっと寓話性が強いお話で、いちいち理詰めで見ても仕方ないことはよく分かる。だが、それにしたって度が過ぎるんじゃないか? 先に挙げたように、アンナが行く先々でフラッといなくなったり、有害な酸性雨に自ら打たれるようなマネをしてブッ倒れたり…やたら愚かな行為を繰り返すのもその一つ。また、途中ガイドの不在でツアーの予定が宙ぶらりんになるのは分かるにしても、元々最初っからウイルスのいるところに行こうというより、あちこち関係ないところにほっつき歩いているように見えるのはどうしたことなのか? 一体、ツアーはどうなってるんだ? 代理店はどうしてる?

 そしてその最たるものが何と言っても終盤のヤマ場…ユキの出産シーン。いくら彼女が前に「水中でお産したい」と言ったからといって、そしていくら病院に着くまで待てないとはいえ、あれだけ酸性雨で汚染されて危険であると強調されていた海の中でお産させるなんてどういうことだろう? もちろん、それがたぶん何かをシンボライズしているであろうことは分かる。これはおとぎ話だということも分かる。だけど、もう少し現実とツジツマが合う理屈の通ったウソのつき方をしてくれないと、スンナリ物語の世界に入っていけないんだよね。こういうとこいいかげんに手を抜かないでつくってくれたら…って言うのは、ヤボってもんだろうか? 俺が分かっていないだけなのかねぇ?

 それでもこの映画、なぜか引っかかる部分があるんだね。そういやKが孤児で家族を探しているというのは、南北離散家族のメタファーなのだろうか? 途中で暴徒を鎮圧するために機動隊が出動し、催涙弾が撒かれるくだりが出てくるが、これはあのかつてのニュースによく出てきた騒乱のソウルの様子を思い出せということなのだろうか? 韓国現代史ともどこかでつながっているのだろうが、事情に疎い僕にはそれがしかとは分からない。そもそも「忘却のウイルス」そのものが、韓国現代史の巨大なメタファーなのだろうか。みんな何もなかったような顔をして、今の繁栄を貪るように楽しんでいるが、その薄皮を剥げばすぐに歴史の暗黒面が顔を出すと言いたいのか。忘れたふりをしても、いまだ歴史の痛みからは癒されていないと言いたいのか。う〜ん。

 ラスト、アンナがユキのとっておいた客のパスポートの中から意外なものを発見するくだりで、お話は「ややっ」…という展開になるのだが、その意味するものは恥ずかしながら僕にはハッキリとは分からないままだ。これは僕個人の理解力不足なのかね? 理解するには頭が悪すぎるのかもしれない。

 とにかく、キャラクターや映像にさんざイライラさせられ、その過度の寓話性に話が見えなくなりながらも、なぜか画面から目が放せず不思議に忘れ難い印象を残す映画だね。好きな映画というわけじゃないけれど。

 そして僕は、まったく個人的な理由から、この映画の作者が意図しなかったであろう感銘を受けてしまったのだが、それはまた別の話だ。

 映画終了後にティーチインが行われたが、残念ながら時間の都合で帰る。ここでもし作者の意図が聞けたらもうちょっと理解出来たかもしれないが、そもそも本人に聞かなきゃ分からない映画っていうのも…。

 

 

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