A. I.

「エイアイ」でなく「アイ」と読め

A. I. - Artificial Intelligence


往年の天才児スピルバーグの昨今

 

 「スペース・カウボーイ」のDVDに収録された編集担当者へのインタビューによれば、クリント・イーストウッドが同作の制作を決意した時に真っ先にやったことは、ジョージ・ルーカスに演出アドバイスを受けに行ったことらしい。「スター・ウォーズ」シリーズで特撮への造詣が深いからだとは言え、アメリカのベテラン映画人たちがこのハリウッド映画界の覇者に、単にそのパワー<権力>だけでなく作家としてのリスペクトを抱いていることを端的に表したエピソードだろう。

 そしてそのルーカスと並び立つハリウッドのスーパーパワーがスティーブン・スピルバーグだ。それは過去20年間全く揺るぐことがなかった。

 デビュー当時は天才児と騒がれ、今もハリウッドのヒットメイカーとして押しも押されもせぬポジションに立つスピルバーグ。だがこの極東の島国の映画ファンたちにかかると、彼はたちまち冷笑で迎えられ、滑稽でみじめな作家と成り下がる。これは実に奇妙で興味深い現象だ。

 もちろん彼の作品は、今でも日本公開されればかなりの観客を動員してヒットする。しかし映画ファンとしてのファン度マニア度が高くなればなるほど、彼を白い眼で見ることが当然なのだという暗黙の了解があるようなのだ。大して映画を見ていないような連中までいっぱしの顔でこれをやるから、ちょっと笑っちゃうんだけどね(笑)。おまえらなんかに言われたくないだろうよ、スピルバーグだって。

 こんなことを言うと、またぞろ先日の特集「ファイナル・アンサー(笑)!」での僕の「未知との遭遇」論の繰り返しみたいで恐縮だが、今、スピルバーグ作品をまともに語ろうとすると、まずそのへんから説き明かしていかないと始まらないのだ。

 まず、ヒットメイカーであることが映画ファンには我慢ならないのだろう。映画ファンたる者、一般の人々やミーハーより映画を数多く見て、ちょっと一味違うことを言わねば面目が立たない。「M:I-2」サイコー!なんて言ったらマズい。やっぱり「処刑人」シブかったよね…と言うほうが「通」っぽく聞こえる。もちろん、その後こう付け加えるのも忘れてはならない。「あまり、みんな見てないみたいだけどね」…。

 また、スピルバーグが今やキング・オブ・ハリウッドとして君臨していることも大きな理由だろう。作家主義をとる映画ファンならば、ヨーロッパやアジア映画、アメリカでもインディーズ作品を見なければ話にならないだろう。商業主義作家はどうしても敬遠される。「ロン・ハワード」と言うより「アッバス・キアロスタミ」と言ったほうがハクが付く。まれに職人肌のB級作家をベタ褒めする連中もいるが、それも一般やミーハーが知らない作家だからだ。また、前述の「イーストウッド」なんかの名を挙げる人もいるが、それだって「ダーティ・ハリー」のスターじゃなくって、“長らく軽視されてきたが実は良質の監督作を生み出し続けてきた作家(なおかつ、「オレだけはそこんとこ前から分かってた」というただし書きも付いてくるが)”として語られる。ま、「通」の中でも俺はもっと「通」だと言いたいんだわな。

 みんなが知ってるスピルバーグのファンを自認して、格好がつく映画ファンなどいない。事ほどさように「他の連中と違って分かってるオレ」を主張しなければならない映画ファンの立場からすると、そこにスピルバーグの入る余地などない。こんなこと書いてるとまたぞろゲストブックあたりにお叱りの言葉を頂戴しそうだし、実は白状すればこの一文ですら、前述の「長らく軽視されてきたが実は良質の監督作を生み出し続けてきた作家…」的な文章と何ら変わりがない。それをここでまずバラしておかないと、フェアではないわな。

 そうそう。ハッキリついでに申し上げれば、この一文ですらもう偏見と先入観の産物かもしれないのだ。僕もメディアの洗脳を批判はするが、そういう文章を載せているこのサイトですら、すでに微々たる数ではあるが人の目に触れているメディアなのだ。ここでまだ「A.I.」未見のままこの一文をお読みの方がいらっしゃったら、どうかディスプレイ上のこの文章を閉じて、真っさらな状態で作品をご覧になることを切に望みたい。せめてこれくらいは言わなくては、僕も偉そうに偏見だの先入観だのと発言する資格がないだろう。

 だが、そうした偏見や先入観をすべてとっ払ってみても、スピルバーグという名前が今の映画ファンから敬遠されるとすれば、その理由は何となくこの僕にも分からぬでもないのだ。

 ディズニーびいき、ピーター・パン・コンプレックス…などなど、彼の作品に潜む危うさを論じる言葉を探せば枚挙にいとまがないが、実際のところ近年の彼の作品で但し書き付けずに両手放しで褒められた作品は皆無だというのが、悲しいかな僕の正直な気持ちなのだ。

 実際、彼の作品で無条件に面白いと言えたものって、最後は一体いつごろだっただろう? 「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」か? ひょっとしたら「E.T.」以後は、ずっとどこかモノ足らないと思わされ続けたかもしれない。

 順を追ってすべて洗いなおすのは付き合わされる方もシンドいから遠慮するけど、自分の大人コドモぶりに開き直って無残な失敗作となった「フック」を筆頭に、アフリカ猛獣狩りとドリフの全員集合とゴジラを不器用に混ぜ合わせたような「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」、退屈な歴史ドラマ「アミスタッド」あたりが後に続く。成功作とされる「シンドラーのリスト」もいい題材を手に入れながら、終盤に藤山寛美の松竹新喜劇みたいな泣きを入れて崩れ、「プライベート・ライアン」は最初っから脚本構成の破綻がたたっている。「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」も前2作のヌケた面白さを獲得することは出来なかった。個人的には好きな映画だが、「ジュラシック・パーク」「オールウェイズ」「太陽の帝国」も、ノリにノッていた時期のスピルバーグを思うとやや精彩に欠けている。かつてなら批判評がいくら出ようと我関せずで無視出来たものが、近年こうした批判をはね返せる自信が失せていくほど、無残な失敗作がゴロゴロ並ぶのだった。そう考えてみると、スピルバーグが「偉大なる見世物映画」から脱皮しようと模索を始めた頃がターニング・ポイントで、そこから先は彼自身が自分のスタンスを見失ってしまったかのように見える。

 「アルマゲドン」のマイケル・ベイあたりと一緒にしちゃうわけにはいかないと思いながらも、白状すれば近年のスピルバーグ、何だかフツーの映画監督になっちゃったなぁという観がないわけでもなかった。

 そんなスピルバーグがキューブリックの企画を受け継ぐって言ってもなぁ…。

 

 

 

 次ページへつづく

 To Be Continued...

 

 


 

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