「スパイキッズ」

  Spy Kids

 (2001/12/17)


テレビ屋は視聴者を同列だと思うな

 またこの冬も、憂鬱な時期が近づいてくる。何が憂鬱かって? 正月の「特別大型娯楽番組」揃いのテレビを延々見なきゃならないことだよね。出来るだけ家にはいないことにしている年末年始だけど、それでもどうしても家にいることが多くなる。その時つけっぱなしになってるテレビから垂れ流されるこれら「おせち番組」のレベルの低さにうんざりさせられるんだよね。消せばいいだろうって言えばそれまでだが、家には僕一人でいるわけじゃないからね。で、何だかんだとテレビがついている。そんな番組無視して年賀状整理でも没頭すればいいって言っても、見て見ぬふりを出来ぬほどそれらはひどいからね。

 何も歌とお笑いって構成にケチつけてるわけじゃない。それがたわいないものでも構わない。むしろ、ただたわいないだけのものであれば…と思うよ。実際はそれ以下だもんね。

 前にも言ったと思うけど、日本のテレビって(って外国のテレビを見たのかって揚げ足取りはこの際なしにしてくれよ)どうしてああも品性の下劣さを露呈させて恥じないんだろうね。大概が誰かをあざ笑う内容になってるだろう? でなければ、ひたすらバカをさらして憚らない。あれは一体何なんだ?

 売れてない芸人がひどい目に合うのを、スタジオにいる売れてる連中が笑い者にする。それをまたテレビ視聴者が笑い者にする。一体、どいつもこいつも人のことを笑えるのか

 あるパターンの番組では、街に出た取材カメラでそこらの若いもんを捕まえ、そいつらの非常識を笑い飛ばす。あるいは年寄りが流行ものに弱いことをバカにする。でも、スタジオで笑ってるタレントどもは、その「常識」とやらを分かってるんだろうか? 一度でいいから同じ事をスタジオの奴らに聞いてもらいたいよね、あのアホバカ低脳クズタレントどもに。中にはわざと若いもんにわかりにくく説明して笑い者にしたりする。それってフェアじゃねえよな。また、自分のオヤジやオフクロの歳の人間が、今時のアイドル知らないからと言って責められるのか? おまえらしまいにゃぁバチ当たるよ。第一、アホなテレビ屋ごときが人のことバカにするなんざ百年早ええよ。メディアを押さえてるのをいいことに、デカイ面してのさばりやがって。たかが一介のテレビ屋ごときに、そんな資格があるかどうかも分からねえのか。政治家や官僚よりもヤクザや犯罪者よりも、おまえらが世間で一番常識ないだろうが!

 それって視聴者がテレビ屋と同列レベルにバカだと決めてかかってるからなんだろうね。そんなことをやっているうちに、誰も地上波のテレビなんか見なくなるぜ。バカがつくってバカしか出てないアホ番組なんかタダでも見なくなる。 時間がもったいないからね。

 笑いってのは、実は一番難しい。そして一番知的な表現なんだよね。絶対に強い権威をコケにして裸にするなんてのは、笑いの最大のパワーだよね。そして見ている側をも笑ってしまって、見る側に自らの愚かさを知らしめるってこともある。それが風刺ってものなんだ。ところが今のテレビの大半はそこまでいっていないどころじゃない。上記したように、地の底みたいな低レベルのことをやってテメエらだけで楽しんでいる。自分より力のない奴、あるいは同列の奴をコキ下ろして足引っぱって笑うなんてのは下の下だ。知的レベルの問題ではなくて、品性の問題だ。これならバナナに滑って転ぶのを笑ってるほうがまだマシ。そうそう、マシな部類でせいぜいその程度。これって小学生、いや幼稚園…いやいや、乳幼児だって笑えないほどレベルが低い笑いだよね。

 もっとも、今のテレビって反対の意味で上記の志の高いことをやってるのかね? 視聴者を挑発してるのか? こんなの見て笑ってるおまえはバカだって(笑)。

 あまり見る側を見くびらないでほしい。別に教養番組をやれなんて言わない。だが、アホを見せれば笑いだなんて、貧しいことばかり考えないでほしい。だって、そのバカな内容ってのは、つくる側の頭の程度を暴露しているのに他ならないのだから。

 

おとぎ話のスパイは本当だった

 昔むかし冷戦時代と言われた頃、二人の凄腕スパイがおりました。片方は男、片方は女。それぞれ違った陣営で働くスパイで、敵どおしの関係。当然、お互いの命を狙うこととなりました。

 ところがこの二人が顔を合わせて、目と目が合ったのが百年目。お互い強く惹かれあい、二人は恋に落ちましたとさ。そして一目を忍ぶ関係を続け、ついには結ばれることと相成りました。それは彼らが今まで遂行してきた任務の中でも最も危険な任務。「結婚」という名の限りなくインポッシブルなミッション。でも勇気ある二人は、その任務に飛び込んでいったのです…。

 …というのは、お母さんが子供に聞かせるおとぎ話の一節。ここは海辺のしゃれた住まい。悠々自適に暮らす一家の二人の子供、姉のアレクサ・ヴェガと弟のダリル・サバラを寝かしつける際に、母親のカーラ・グギノが語ったつくり話だった。しかし、いまやこの一家も子供が反抗期を迎えるに至って曲がり角に来ていた。姉のヴェガは家が退屈で、親にもウンザリで学校をフケる日々。弟のサバラは臆病でブキッチョ、学校でも友達が出来ずにイジメられ、アラン・カミングが司会する子供ショーに逃避する情けなさ。これにはお母さんのグギノもお父さんのアントニオ・バンデラスも頭を抱える今日この頃だった。でも、頼りなくて退屈に見える両親には心を開かない子供二人

 ところがこの両親にも打ち明けられない秘密があった。実は冒頭のおとぎ話はホンモノ。このバンデラスとグギノの夫婦の物語そのままだったのだ。二人は結婚を機に引退。何とか退屈な日常に埋没しようとはしていた。

 だが、最近ある事件に絡んでスパイたちが失踪する事件が続発。それがどうも気になってならないバンデラスは、何と現場への復帰を決意。そうと聞くと自分もいても立ってもいられない妻グギノ。二人は何だかんだと言ってスパイ稼業に復帰。事件の捜査に乗り出すのだが、それは実はワナだった。やっぱり現場の勘はすぐには戻らないものなのか。アッという間に捕まって敵の手の内へ。

 その頃、ヴェガとサバラの姉弟はチーチ・マリン叔父さんと一緒にいた。そこに謎の警報が鳴り出す。面食らっている子供二人に、マリン叔父さんは衝撃的なことを打ち明ける。俺は叔父さんなんかじゃない、あのおとぎ話は本当だ、そして両親は悪者に捕まった…云々。あの冴えない両親がスパイとはにわかに信じられない姉弟も、家の中に秘密の通路があり、そこから脱出シャトルで逃げ出すハメになるに至っては信じざるを得ない。家の中に侵入してきた賊に襲われ、マリン叔父さんは何とか二人だけを逃がした。脱出シャトルは海に飛び出し、自動操縦で水上を突っ走る。てんやわんやで追ってくる賊を撃退すると、シャトルはとある小島に二人を案内した。

 そこには汚い小屋があるだけ。だが扉はビクともしない。ところがヴェガが自分の名を名乗ったところ、扉は自動的に開くではないか。何とこの汚い小屋は、ハイテク装備の秘密基地だった。

 しかし姉弟に安心するヒマはない。そこにやって来たのは金髪美女テリ・ハッチャー率いる怪しげな集団。自分は両親の味方だと名乗り、敵に捕まった両親を助けるために秘密を教えて欲しいと持ちかける。そういや、さっきマリン叔父さんは「第三の脳」とか何とか言ってたな。そして、それはこの基地の中に隠してあった。だがその折りもおり、美女ハッチャーは敵の本性を現した。二人は何とかかんとか悪漢をキリキリ舞いさせて、ランドセルみたいに背負うジェット・マシンでこの小屋からも辛くも脱出。何とかかんとか悪漢をまいて逃げ出すことに成功した。

 一方、捕まったバンデラス・グギノ夫妻はと言うと、何とあの子供番組司会者アラン・カミングの海辺の古城に囚われていた。この男なぜか世界征服の野望に燃えて、ドジな助手のトニー・シャルーブを従え、悪の研究を進めていた。それは史上最強の軍隊の製作。子供の姿に身を変えてはいるが、力は百人力のロボット。その名もスパイ・キッズ。悪の組織の親玉ロバート・パトリックに依頼されて制作されたそのロボットたちは、しかし肝心なものが欠けていた。それは頭脳。例の第三の脳がなければ、それらはただの凶悪な木偶の坊でしかない。前々からロボット製作を依頼しながらラチがあかないため、パトリックはカミングに苛立っていた。期限を切られて後がなくなったカミングは、スパイたちを捕らえて次々ミュータントに改造。史上最強スパイ夫婦バンデラスとグギノがやって来るのを、今や遅しと待ちかまえていたというわけだ。

 ここで捕らえられていたバンデラスは、妻グギノにも今まで黙っていた秘密を語らないわけにいかなくなった。

 かつてバンデラスが所属した組織で、この最強の軍隊開発計画が推進された。その頭脳として開発されたのが「第三の脳」。それは最強スパイ・バンデラスのノウハウを凝縮させたものだった。だが、あまりに危険な計画のため、開発された「第三の脳」はすべて廃棄された…はずだった。実際はその出来を惜しんだバンデラスが、自分のために一個だけ残しておいた。それが先ほど、秘密基地の小屋にあった「第三の脳」だったのだ。

 難を逃れた姉弟だが、あまりにドジで気弱な弟に業を煮やした姉ヴェガと、そんな姉の高圧的でキツい性格にイヤになった弟サバラは、ひっきりなしに姉弟ケンカの繰り返し。そこにやってきたのは、例のスパイ・キッズ・ロボット二体。それも事もあろうに、この姉弟そっくりに似せてつくったシロモノだ。このロボットたちにコテンパンにされた二人は、「第三の脳」も盗まれてしまった。万事窮す。

 ところがまだ道は残されていた。秘密基地にあった様々なスパイグッズの開発者、ダニー・トレホの名を辿ってその自宅を訪ねる二人。そのトレホこそ、何と二人の本当の叔父さん。バンデラスの兄貴だったのだ! だがこの二人はかつて何か訳アリで、ずっと音信不通になっていた。両親救出にも助けてくれそうにない。仕方なく姉弟はトレホが寝静まるのを待って、カミングの古城の場所を描いた地図と数々の秘密兵器を頂戴して、トレホ宅の屋上に格納されていた小型飛行装置も失敬して両親救出に乗り出した。

 さぁ、二人は無事両親を助けることが出来るのか? 最強軍隊による世界の危機を救えるのか? それより何より、いまや風前の灯の家族の絆を取り戻すことができるのか?

 

図らずも露呈したロバート・ロドリゲスの幼稚っぽさ

 あのタランティーノのお友達としていまや有名の、ロバート・ロドリゲスの新作がファミリー・ピクチャーとは、ちょっとばかり意表を突いていたよね。

 ロドリゲスとくれば、あの低予算アクション「エル・マリアッチ」で名を上げた男だよね。その後もその姉妹編「デスペラード」で大アクションを繰り広げ、そこにホラー風味を加味した「フロム・ダスク・ティル・ドーン」を発表。軽めのオムニバス「フォー・ルームス」の一編と来て、タランティーノ一派の名に恥じない血みどろアクションを展開してきた。それがファミリー・ピクチャーねぇ。

 でも、これって意外にハマるのでは?と僕は期待したんだよ。だって、タランティーノもそうだけど、血みどろアクションと言っても、この人の映画ってどこかすっとぼけた笑いがあった。そして「デスペラード」なんか顕著だったんだけど、アクションをキメればキメるほど、どこかやりすぎでオカシなところがあったよね。マンガなんだよ。だから、設定さえアク抜きすれば楽しいコメディがつくれるはずとは思った。「スパイキッズ」は一応スパイものだし、アクションだったらお手の物だもんね。お仲間男優バンデラスも連れてきて、ロドリゲスこれは本気だなと思った。

 着想もいいよね。バリバリのスパイの子供たちが、両親救出に乗り出す。そこで両親の意外な姿を見出して、家族の絆も取り戻す。これってジェームズ・キャメロンの快作アクション・コメディ「トゥルーライズ」の変奏曲になり得るのではないかと思ったわけ。

 ではその結果は?…と言うとねぇ。ハッキリ言わせてもらうと、ちょっとこれ見ていてツラいんだよねぇ。

 まず、設定のバカバカしさがちょっと度が過ぎているように思うんだよね。アラン・カミングの子供ショーの司会者=悪党という設定がどこから来たのか分からないが、あまりに童心にふける悪党ではねぇ。物語の最後に彼は悪役でなくなる役どころだから仕方がないとは言え、この設定が最後まで祟ってちょっとガキっぽさが鼻につく。いや、ちょっとどころじゃなくて映画全体がガキっぽくなっちゃってる。カミング自体はなかなかの好演なんだけどね。まぁ、ここに彼を持ってくること自体、これはコメディなんですよということなんだろうが、何もお子さまコメディにすることはなかったんじゃないか。

 秘密兵器も悪漢たちの動きもスパイたちをミュータントにするってことも、何だかちょっとねぇ。マンガっぽいのは悪くないんだよ。完全にコメディの「オースティン・パワーズ」から、昔の「電撃フリント」シリーズあたりまで、マンガっぽいスパイ映画は枚挙にいとまがない。ジェームズ・ボンド・シリーズだって、ある意味でマンガだしね。だけど、マンガとガキっぽいのとはちょっと違う。ファミリー・ピクチャーだからってここまでレベルを落とす必要あったのかねぇ。

 子供たちの弟のほう、ダリル・サバラが必要以上にバカなのも困る。観客としては微笑ましく笑うのを通り越して、苛立ってくるんだよね。まるで「スター・ウォーズ/エピソード1」のジャー・ジャー・ビンクス並みの愚かさだもの。気弱で不器用で要領の悪い彼が、物語を通じて成長していくことを描くのはいいんだが、そこにいくまでに観客の共感をそぐようでは困るのだ。コメディ・リリーフとしても、ちょっと程度が低すぎる。

 実際にこのお話の着想は悪くない。バラバラだった家族の絆を取り戻すってテーマも、家族の間に秘密があっちゃいけないってメッセージも、ラストの「家庭を守る」ってことが一番困難なミッションなんだって結論も、この設定ならうなづけるはずのものなのだ。ダメな子サバラが立派な男の子に成長するくだりだって、本当はぐっとくるはずだ。現にところどころ、いい映画になりそうな瞬間はある。だけど、それがそこまで昇華しないで、程度の低い笑いとガキっぽい道具立てのおかげで不発に終わってしまうんだよねぇ。

 これってやっぱりファミリー・ピクチャーだからって気張ったのが悪かったのか。いやぁ、実は僕はそうは思ってないんだよね。確かにファミリー・ピクチャーなりにアク抜きしたのが原因ではある。だが、あそこまでガキっぽくしなくたって、充分ファミリー・ピクチャーたりえる内容のはずだ。問題はロドリゲス自身にあるのではないか。

 思えば「デスペラード」あたりでも、充分キメすぎのオカシさがあったって言ったよね。実はロドリゲスって元々かなり幼稚な人だったんじゃないか? それが今まで銃やヴァイオレンスやセックスで隠されて、大人のものって見え方してたんじゃないか。それらをはぎ取って見てみたら、意外にこの人ガキだったってことじゃないのかな。いや、童心があるなんてもんじゃない。ガキって言うより、むしろ幼稚な発想ってこと。でなけりゃこの映画の結末で、子供ショーの司会者カミングが童心の純粋さに打たれて改心し、キッズ・ロボットがみんないい子になっちゃうなんて甘っちょろいエンディングになんかなりはしないだろう? あれじゃ子供だってちょっと寒くなりそうだよな。

 明るく楽しいのはいいよ。笑える邪気のなさもいい。だけど幼稚なのはマズいんじゃないか? それがお客の望むものって思うのも間違いだろう。

 それってつくり手のレベルを暴露するだけのものなんだから。

 

 

 

 

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