「ムーラン・ルージュ」

  Moulin Rouge

 (2001/12/03)


 

 

最後にクイズがあるよ!みんな応募してね!

(締切は2001年12月10日(月)午前0時まで)

 

 

 

懐かしいメロディとともに20世紀が暮れていく

 巷はそろそろ忘年会シーズンだよね。

 僕も高校時代の友人たちと、例年飲みに行くならわしだ。そして最近はその後もっぱらカラオケ。実は僕はこのカラオケって大の苦手でねぇ。最近の歌とか知らないし。歌えないって頑なに拒む奴もたまにいるけど、あれはあれでハタから見ててもヤボだしねぇ。

 そんなわけで気乗りしないまま、昨年の忘年会も僕の思いをよそに、カラオケボックスへと流れていった。まぁ、最初はオヤジが知ってる最近の歌ということでモーニング娘なんか歌う奴もいたりして、やんややんや。

 そんな宴たけなわの時に、ある男がちょっとした提案をしたんだね。昨年は西暦2000年、ちょうど20世紀最後の年だった。せっかくの記念すべき年の忘年会二次会なのだから、それなりの趣向でいこうというわけ。つまりは何を言わんとしてたかと言うと、最近の若い連中の全然親しめない歌なんかやめて、自分たちが若い頃に慣れ親しんだ歌だけを歌おうではないかということになった。

 ここまで読んでゲゲ〜ッとなった方も、たぶん大勢いるんじゃないかな。いい歳した連中が昔を懐かしんで懐メロを歌いまくる、思いっきり後ろ向きな夕べ。確かにそう言われればその通りで、ちょっとミジメったらしいとかグロテスクというか寂しいところもないではなかった。

 だけどねぇ、やっぱり歌は世につれ…じゃないけど、自分たちが若くて元気だった頃に慣れ親しんだ歌ってものは、正直言って誰が何と言おうと体が反応しちゃうことは事実なんだよね。やっぱりそこから二次会の空気が一変したもの。

 それに他の時なら僕にも何か気恥ずかしいところもあったかもしれないが、その時だけは別だったもんね。僕たちの世紀=20世紀もあと余すところ1カ月を切った状態。あの自分たちがよく知ってる時代、ベルリンは壁で分割され、電話はどれもコードでつながっていて、音楽はレコードに針を下ろして聞いた…あの時代がもうすぐ終わる。そんなちょっとメランコリックな気分が、僕らの背中を後押ししていた。もういくつ寝れば次の年、そして次の年が来れば別の時代がやってくる。それは、自分たちが時代のメインストリームから滑り落ちることを、何より如実に僕らに教えていたからね。まぁ、僕らは以前だって別にメインストリームになんかいなかったんだけど(笑)。

 次から次へと、カラオケビデオの画面なんか見なくても“そら”で歌える歌が続いた。それは楽しいってもんでもなかったな。何だかちょっと哀しい気さえした。

 そのうち終電の時間が迫ってる奴もいることから、最後の一曲ということになった。確かそれって甲斐バンドの「安奈」って曲だったと思う。僕個人はこの曲に特には突出した思い入れもなかったんだけど、この時はちょっと忘れ難かったね。

 見渡してみれば、みんな白髪が増えたり髪が薄くなったりしてる。腹の突き出た奴もいる。若い奴らはそれをイヤだなぁと言うだろう。かく言う僕らも昔はそうだった。だけどねぇ、誰も好きこのんでそうなってるわけじゃないんだよ。

 仕事に恵まれず苦境に陥ってる奴がいる、女との折り合いがうまくいかない奴がいる、健康を壊して無理がきかなくなった奴がいる…この場にはいないが、同年代の友人たちの中には家庭が崩壊しちゃったり、冷戦状態になってる奴もいる。20世紀の間には世界も激変しただろうが、何より僕らの境遇にさまざまな紆余曲折があったんだよな。そんな僕らの多くは、心のどこかでいまだに愛に悩んでいた。

 そしてこの僕はドン底辛酸なめ尽くしながら、今までの人生で見い出せなかった何かを見つけて、何とか這い上がろうと決意していた…それがこの20世紀最後の年だったのだ。

 たぶんあの「安奈」のメロディが流れている一室で、時を共有した僕らの思いはみな同じだっただろう。それが例えお気楽な若い連中から見ればグロテスクなものであったとしても。

 その耳に懐かしいメロディとともに、僕たちの20世紀は静かに暮れていった…。

 

花のパリーは娯楽の殿堂で

 それは20世紀始まりの年のこと。ここは花のパリーであります。

 この都のボロアパートに一人の荒んだ若者がおりました。その名をユアン・マクレガーと申します。このマクレガー、おもむろにタイプライターを叩きだすと、自分の思い出話を綴り始めるのでありました。それは今は昔のある恋の思い出

“ねえぇ〜、と〜もだっちならぁ〜きい〜てくぅださるぅ〜、さびぃ〜しがりやぁ〜のうちあけぇ〜ばぁ〜なぁ〜しぃ〜”

 それは大昔のようでついこの前の事。20世紀が今まさに幕開けしようとする大晦日のこと。作家として一旗上げようとやってきたマクレガーは、このアパートに居を構えた。芸術家の卵がウヨウヨするこのパリーの空気の中で、作家として大成しようとの志からだ。だが、このマクレガーには作家に肝心なものがまだない。それは胸を焦がすような恋の経験

 そんな悶々としたマクレガーの部屋の天井が、何者かによって踏み抜かれた! 実は上の階には画家のロートレックことジョン・レグイザモらの一団が、創作ミュージカルの稽古中。何やかんやでマクレガーもその仲間に引きずり込まれた。でも、マクレガーは迷惑どころか望むところ。だって彼らは、マクレガーがこのパリーで出会いたいと願った人種。すなわち…。

“ボォヘェミィアァァァ〜〜〜〜ン!”

…だったのだから(笑)。

 最初は新入りのお手並拝見という感じだった一団だが、マクレガーの才能の確かさにこれはイケルと踏んだレグイザモ。早速この企画をしかるべきところに持ち込もうと言い出した。それは人気ナイトクラブ「ムーラン・ルージュ」の人気ナンバーワン踊り子ニコール・キッドマンだ。彼女の前でこのミュージカルの詩でも読んであげたら、ノッてくるかもしれないぜ。でも大丈夫かなぁ、俺ミュージカルなんて書いたことないし…と腰が退けるマクレガーに、レグイザモは力強く言った。「やってみなけりゃ分からないさ、だってな…」

“勝〜つぅ〜とぉ〜ぉぉおもう〜ぅなぁ〜、おもえばぁ負けぇ〜ぇぇよぉ〜”

 というわけで、早速一同一張羅のタキシード着込んで、柔の精神で「ムーラン・ルージュ」に出発だ。

 「ムーラン・ルージュ」…そこは大人の社交場。赤坂ミカドなんか目じゃない。今宵のお楽しみを求めて紳士たちがワンサカ詰めかける。そこの踊り子たちは同時に高級娼婦でもあって、紳士たちを目と耳で楽しませた後、たっぷり肌でも楽しませようというマルチメディア対応で臨んでいた。口をあんぐり開けてお上りさん丸出しのマクレガーの前で、今まさに豪華なショーの始まりだ。

 まずはこのクラブの支配人ジム・ブロードベントが登場。

“こ〜んにっちわぁ〜こ〜んにっちわぁ〜、にしぃ〜のくにからぁ〜”

 そして「ムーラン・ルージュ」ナンバーワン踊り子、ニコール・キッドマンの登場だぁ!

“ナ〜イトォ〜ク〜ラブはぁ〜、おんなぁ〜も立たすぅ〜”

 それを見ていたマクレガーは一発でハートを撃ち抜かれた。だが隣の席に、同時にハートを直撃された男が一人。リチャード・ロクスボロウ公爵だ。金と身分のあるロクスボロウ公爵は、早速支配人と今夜彼女とシッポリのご相談。支配人としてもいろいろ財政的に苦しい今日この頃。劇場の改築やら資金援助が見込めるかも…と渡りに船だ。

“ウゥララ〜ウゥララ〜ウゥラウラよ〜、このよぉはわたしぃのためぇにあるぅ”

 公爵のご希望はショー真っ最中のキッドマンにも耳打ちされた。だが、ちょっとした手違いがあった。説明不足で今夜のお相手の公爵を、貧乏作家のマクレガーと勘違いしてしまったのだ。キッドマンはマクレガーを今夜のお相手にご指名。これにはマクレガーも有頂天になった。そしてショーもたけなわ。

“ニ〜ッポンのみぃ〜らぁ〜い〜はウォウウォウウォウウォウ、あ〜ん〜たぁ〜もわったぁしぃ〜もイェイイェイイェイイェイ”

 ところが曲のフィナーレに来た時、突然キッドマンは息が詰まって声が出なくなった。エンディングにしぼり出すようにして聞こえたのは、吐息のようなこのワンフレーズのみ。

“…ラブマシ〜ン…”

 でも、元の歌がそういう歌だから、誰も気付かなかったんだね。それにキッドマンもちょっとした体調の悪さなんか構ってられない。これで公爵というパトロンを得たら、この「ムーラン・ルージュ」なんか抜け出して、本物のショービジネスに登り詰めることが出来るかもしれない。一晩知らない男に抱かれるくらい、どうってことないではないか。

“芸ぃ〜のたぁ〜めなぁ〜ら、女房もなかすぅ〜〜〜〜〜”

 鼻歌もすっかりその気のキッドマンだった。

 さて、「ムーラン・ルージュ」の貴賓室、「象の間」にお通しぃ〜。超豪華なベッドルームは、もちろん通信カラオケ完備に、回転ベッド。しかもそのベッドはボディソニック付きの特注品とくる。こうなりゃマクレガーは緊張の極致。そんなマクレガーの様子を覗いて楽しもうと、レグイザモたちもこっそりよじ登ってきた。「象の間」ではそういうコトと頭っから思ってるキッドマンに積極アプローチ受けて、マクレガーのナニも象の鼻みたいに伸び縮み。

“ほぉ〜ねぇ〜まぁ〜でぇ〜とっけるよっな、テキーラッみたいなっキ〜ッスッをしぃ〜てぇ〜”

 とても朗読どころじゃない。ガンガン熱っぽく迫ってくる彼女にタジタジ。

 だが蜜蜂には芳しい花があるように、作家にはミューズが何よりの創作の源。マクレガーの頭にとっさに霊感が働いた。

“ぼくのかみぃ〜がぁ〜かたまでのびてぇ〜、きみとおなじにぃ〜なぁったぁ〜らぁ〜、やくそくどぉりぃ〜まちのきょうかいでぇ〜、けっこんしようよぉ〜〜ふんふんふんふん〜〜”

 これにはキッドマンのハートが射抜かれた。今まで男とのことはビジネスと割り切り、恋などはしなかった彼女。だが、この男はハートがあり、才能があり、そして金と地位が…。

 えっ?ちょっと待って? ここでマクレガーもキッドマンも間違いに気付いた。何よ、あんたただの貧乏作家なの?

“ハイそれまぁ〜でぇ〜よぉ〜”

 ところが部屋を追い出されかかった時、ちょうど例の本物のロクスボロウ公爵が部屋にやってきたではないか。慌ててマクレガーを隠すキッドマンだが、奮闘空しくロクスボロウ公爵に見つかってしまう。万事窮す。

 ところがそこに機転を利かせてレグイザモたちが乗り込んできた。実は、新しいミュージカルの打ち合わせをやってまして…うんぬん。そこに騒ぎを聞きつけて駆けつけたブロードベント支配人も巻き込んで、まだ出来てもいないミュージカルの筋書きをデッチアゲながらのプレゼンテーション。

 これは権力者マハラジャに仲を引き裂かれそうになる、インドの踊り子とシタール弾きの恋物語ですぅ〜。

“い〜つぅ〜もぉ〜のぉ〜ようぉ〜に、まくぅ〜があ〜きぃ〜”

 それは実はマクレガーが自分とキッドマンの境遇をダブらせて語った行き当たりばったりの物語だったが、この男なぜか妙に即興の才能はあった。ここぞとばかりに盛り上げて、公爵に出資を呼びかけた。さぁみんなで公爵をヨイショだ

“…てなこっと言われてそんの気になってぇ〜”

 こんな見え透いた話に、ロクスボロウ公爵がまんまと乗り気になったから世の中は分からない。

 よしっ、俺が出資するゾ!

 おまけにマクレガーやレグイザモ一同もスタッフ&キャストとして雇われるオマケ付き。何だかんだと理屈つけられ、ロクスボロウ公爵はキッドマンに手出し出来ないまま帰るハメになった。

 さてボロアパートに引き揚げたマクレガーだが、キッドマンへの思いは募る。だって彼女、さっきは自分に初めて恋したと言ったではないか。マクレガーは闇夜に乗じて、彼女の部屋によじ登っていった。ビックリするキッドマンに、またしてもブチかますあの一曲。

“ぼくのかみぃ〜がぁ〜かたまでのびてぇ〜”

 ところがキッドマンは相手にしない。

“あっなったっに〜あっわっせって〜みったっいけっどぉ〜、わたしっは〜みっぎきっきぃ〜すっれっちがっい〜〜”

 負けじとマクレガーがぶつける次の曲。

“き・み・は・ファンケェモンケェベイベェ〜、お・ど・け・てぇるぅ〜よぉ〜”

 それに返してキッドマンの歌。

“まぁ〜ずぅ〜しさにぃ〜まけたぁぁぁ〜〜”

 ここで退けないマクレガー。

“ボロォ〜はぁ〜き〜てて〜もぉ〜、こ〜ころぉ〜は〜ぁぁにしきぃ〜ぃ…んにゃ!”

 さすがにこれにはキッドマンも根負け。というより、自分の気持ちに正直になったんだね。そこをすかさずマクレガーがドドドッと波状攻撃。

“も・い・ち・ど・すきってきかせてほし〜、キスしてう〜でをまわしてぇ、だいてだいてだいてっ、ア〜!”

 この積極的求愛にキッドマンは陥落。ついにマクレガーに本音を明かした。

“はぁ〜てぇ〜しぃ〜なぁ〜い〜、あのくもぉ〜のかなぁ〜たぁ〜へぇ〜、わたしを〜つれてぇ〜い〜いってぇ〜、そのてをはなさぁ〜なぁ〜い〜でぇ〜ねぇ〜”

“しろくじちゅう〜もすきぃといってぇぇ〜、ゆめぇのなかぁ〜へつれぇていってぇぇ〜”

 こうして二人は恋に落ちて、まずはめでたし…とはなったものの…。

 舞台の準備や稽古が進行する中、何とかキッドマンとシッポリ…と思っているロクスボロウ公爵。だがその裏をかいて何だかんだと口実をつくっては退けるキッドマンに、さすがの公爵も爆発。ロクスボロウ公爵と付き合う代わりにマクレガーとイチャ付いてることは、ついには支配人の知るところとなり、その逆鱗にも触れる。何しろロクスボロウ公爵は最後通牒を出してきて、支配人にこう言ったのだから。

“あぁ〜だっかっらっこ・ん・や・だ・け・はぁ〜、きっみっをっだ・い・て・い〜たい〜〜”

 しかしその晩はマクレガーともお約束。どうしようどうしよう? ところがキッドマンのそんな迷いが入り込む隙のない出来事が起きた。

 突然意識を失ったキッドマンは、倒れたままロクスボロウ公爵とマクレガーの両方ともソデにせざるを得なかったのだ。マクレガーの心に初めて嫉妬の炎が燃え始める。

 だがマクレガーはまだいい。問題は烈火の如く怒るロクスボロウ公爵の方だ。困ったブロードベント支配人は何とかかんとか言い訳並べるが、公爵はなかなか納得はしない。思わず苦し紛れの一曲。

“しぃ〜んぱぁ〜いないからねぇ〜”

 「馬鹿野郎! 農水省もそれ歌って安全宣言出したけど、チャッカリ狂牛病が発生したじゃねえか。その歌は信用できねえよ」 ロクスボロウ公爵のこの言葉には筆者も全面的に賛成だね。

 困り果てたブロードベント支配人は、それでも何とか機転を利かせて理由をデッチあげた。キッドマンは教会で懺悔して、すっかり清い体になって公爵さまに抱かれたがっているのです…。

“あぁ〜な〜たにぃ〜おぉ〜ん〜なの〜こ〜のぉ〜いちばん〜たいせつぅ〜なぁ〜ものをあげるわぁ〜”

 な、なにっ?? 女の子の一番大切なものだとぉぉぉぉおおおお〜?? ロクスボロウ公爵はそれ聞いて口からアワ噴き出した。ちょっと大将、女の一番大切なものって…アンタそりゃ金のことだって(笑)

“あっなったぁぁぁ〜のぉ〜たんめぇ〜にぃ〜、まんもりぃ〜とおぉした、おんなぁ〜のぉ〜みさぁ〜おぉ〜”

 これにはロクスボロウ公爵も狂気乱舞。男はおぼこ娘には弱い。例え再生処女マクでも(笑)

 こうして何とか難は逃れたものの、やっぱり無理は続かない。結局は舞台準備中に二人の仲はロクスボロウ公爵に知れることとなってしまった。もはや絶対絶命。自分がコケにされたと知った公爵は、マクレガーに怒り心頭だ。これには見かねたキッドマン、思わず必死に懇願した。

“ケ・ン・カ・をっやめてぇ〜、ふ・た・り・をっとめてぇ〜、わたしぃ〜のぉ〜ためぇ〜にぃ〜あらそぉ〜わぁ〜ないぃ〜でぇ〜、もう〜こぉ〜れぇ〜ぇい〜じょ〜う〜〜〜〜”

 こうなりゃ意地でも二人の仲を裂かずにはいられない公爵。もうどうしてもキッドマンは、今夜一晩はロクスボロウ公爵のお相手をしないわけにはいかなくなった。稽古の後でロクスボロウ公爵の屋敷に出向くキッドマン。マクレガーは一人で嫉妬に苦しみながら夜を過ごすハメになった。

“あれからぁ〜ぼくたちはぁ〜、なにかをっしんじってっこれったかなぁ〜”

 その頃、公爵の屋敷で気丈にも接待にこれ努めるキッドマン。だが最後の最後になっても、どうしても彼女はマクレガーのことが脳裏から追い出せなかった。迫ってくる公爵を一蹴だ。

“ズゥビィズゥバァ〜〜〜パッパッパヤ〜〜〜、やんめてけれっやんめてけれっやんめてけ〜れゲバゲバ!”

 「な、なんだとぉぉぉぉ〜〜〜〜!」このキッドマンの拒絶に完全にキレたロクスボロウ公爵。いきなり彼女をベッドに押し倒して乱暴狼藉に及ぼうとする

“きっきっわっけっのっなっいっおんなのほほを〜、ひっとっつっ、ふったっつっハァ〜リィ〜たおしてぇ〜”

 だが、そこに救いの手が…何とかロクスボロウ公爵の毒牙から逃れたキッドマンは、マクレガーのボロアパートに逃げて来た。どうする? もうミュージカルなんてどうでもいい! 明日が初日なんて知ったことじゃない! このまま手をこまねいて、離ればなれにされるわけにはいかない。よ〜し、駆け落ちだ! ここから出ていくんだ! パッと先行きが開けてきたとたん、どこからともなくティンパニーのリズムと共に力強いカウントをとるコーラスが聞こえてきた。

“あ、ワンッツゥー、ワンッツゥー、ワンッツゥー、ワンッツゥー”

 知らず知らずに行進を始めるキッドマンとマクレガー。そこで高らかにファンファーレだ!

 パ〜ッパパラララ、パ〜ッパパラララ、パララパララパララパララ、パララララララァ〜〜ア!

“しんあわっせはぁ〜んが、あんるいってこんないっ、だ〜からあんるいっていっくんだねぇ〜んぎゃっ”

 チータの元気な一曲ですっかり気分が明るくなったキッドマンは、ワンツーワンツーと行進しながら荷物を取りに部屋まで戻ってきた。ところがそこにはブロードベント支配人が待っていた。引き留める支配人に聞く耳を持たないキッドマンに、ついにリーサルウェポンを突きつける支配人。彼は言ってはいけない言葉を言ってしまった。このままではマクレガーはロクスボロウ公爵に殺される、そして…キッドマンは余命いくばくもないということを!

 これを聞いてキッドマンは逃げるのをやめた。黙って初日を迎えることに決めた。そして運命の朝が来る。彼女は寂しげに楽屋の鏡を覗くと、こうつぶやくのであった。

“あ〜なた〜にぃ〜、さよ〜ならって〜いえるぅ〜のはぁ〜、きょう〜ぉだ〜けぇ〜…”

 

バズ・ラーマンの照れと思いのたけ

 もしまだ映画を見ていない人で、この感想文を読んじゃった人がいたら、これ全部僕のおフザケだって思うだろうね。でも実は本当にこういう映画なんだよ「ムーラン・ルージュ」って(笑)! 見た人なら分かるよね。一切誇張はないよ(笑)。

 この監督バズ・ラーマンってオーストラリア出身なんだけど、デビュー作「ダンシング・ヒーロー」でぐいっと出てきた感じの人だよね。そして「ロミオ&ジュリエット」。僕は「ダンシング〜」の時からこの人いいな〜って思ってた。だけど、こんなメジャーな人になっちゃうとはね。

 考えてみるとこの人って昔から音楽モノに強い。「ダンシング〜」はもちろんのこと、「ロミオ〜」もポップ・ミュージックを多用して、かなり音楽的要素を重視していたよね。そこに登場したのが今回の「ムーラン・ルージュ」。これはモロ音楽劇だもんね。

 パンフで見ると、この人本来はオペラの演出とかやってる人らしい。それも結構大御所。そりゃ音楽劇は得意な訳だ。

 しかもこの人の映画の特徴は、その音楽を武器にして一種のゴッタ煮感覚の映画をつくろうとしているところ。整然としたボウルルームの社交ダンスの世界を描きながら、そこにパワフルなラテンフレーバーの音楽やらジプシー音楽まで散りばめて作品の中で激突させる「ダンシング〜」、古典的シェイクスピアの傑作をその鎖から解き放し、今ふうなバックグラウンドに多数のポップ・ミュージックを盛り込んだ「ロミオ〜」。いずれもそういった文化的ゴッタ煮、文化的違和感や衝突という状況を故意に起こして、そこに面白みを見い出そうとしているように僕には思える。お話そのものはどれもストレートだけに、そういった試みが一際際立って見えるのが特徴だろうね。

 そういった意味で今回の「ムーラン・ルージュ」は、それをさらに一段と徹底させた作品と言えると思うよ。お話はかつてのパリのムーラン・ルージュのショーガール兼高級娼婦と作家志望青年との恋という、あまりと言えばあまりに典型的メロドラマ設定。それを音楽劇としてつくり上げるというコンセプトが、何よりラーマンの過去の2作の延長線上にあるだけでなく、さらに押し進めた印象を与えるんだよ。

 しかも、そこで歌われる曲の数々がかなり有名なポップソングばかりとあっては、今回僕は何だかイヤな予感もしてきた。何で有名なポップソングなんだ。妙ちきりんな安い「現代化」とかしようとしてるんじゃないか? 今回の作品ぐらい、ツボにハマれば傑作だろうがハズしたらドツボって感じの企画もなかったね。

 で、その結果は? 結論から言うと大成功だと思うよ。普通だったら違和感ありあり、寒ざむとしちゃうはずの設定が、これほど生かされるとはビックリした。まず、よく言えばストレート、悪く言えばクサくってたまらないお話が、このポップソングのつぎはぎによるミュージカルという変化球的構成で見事に生かされている。普通だったらこんなお話、見ちゃおれないもんねぇ。いや、それともこれは逆なのか? こうしたクセ球放りたいがゆえの、ストレートでクサい話なんだろうか?

 それにしたって、ここで歌われる有名ポップソングだ。ビートルズの「愛こそはすべて」? エルトン・ジョンの「ユア・ソング」? マドンナの「ライク・ア・ヴァージン」? あと「愛と青春の旅だち」主題歌? 「サウンド・オブ・ミュージック」?…いずれにせよ、他の映画ではヤバくってめったに使いそうもないようなコテコテの誰でも知ってる歌ばかりだ。これでどうして「ムーラン・ルージュ」? 

 実はそう考えていくと、最近これとちょっと近いコンセプトの映画ってあったよね? そう、大昔のヨーロッパを舞台にクラシックロックの有名どころをズラリ並べた「ロック・ユー!」だ。あれもクイーンの「ウィー・アー・ザ・チャンピオン」なんてコテコテナンバーを臆面もなく取り入れてるよね。普通こういう試みって大体失敗するんだよ。だって昔の話にこういう楽曲を放り込むって発想って、ありがちなんだけどただの思いつきでしかないから。「ロック・ユー!」に関して言えばそれほど寒くは感じられないが、僕はそれって単に偶然に救われたに過ぎないと思ってるんだよね(笑)。ハッキリ言ってこうした時代劇にロックが流れる必然性なんて皆無だから。「ロック・ユー!」監督のブライアン・ヘルゲランドは、単にこういうドラマにロック流して青春映画にしたら面白いんじゃない?…くらいにしか考えてないと思うよ。これは大コケしなくて運が良かったと思うべきだね。

 転じてこの「ムーラン・ルージュ」だけど、実は僕はこれって「ロック・ユー!」的な選曲とはまるで違うと思ってるんだよね。ではどこが?…と思った時、この映画の時代設定に目がいった。20世紀の始まり。そうか、それでだな。

 「ムーラン・ルージュ」に溢れ返るのは、ボヘミアンな芸術文化芸能でありショービズの興奮、金がモノをいう資本主義文化そのものだ。そこではさまざまな社会階層の人間たちが交錯し、男女の愛が試練を受ける。これって似たようなコンセプトの作品を見たことはなかった? そう…さまざまな社会階層の人々を乗せながら貧富の差が幅をきかせた縮図のような空間、しかも巨大テクノロジーとシステムの象徴としての存在で、そこでこれまた男女の愛が試練を受ける…あの「タイタニック」と共通するコンセプトがかい間見えるのだ。つまりめざすところは20世紀の総決算。それをテクノロジーとシステムの象徴で切っていくか、大衆文化芸能で切っていくか…切り口の違いが語り口の違いになってはいるものの、その狙いは同じ20世紀という時代を丸ごとつかみ取ろうという試みだ。

 だから「ムーラン・ルージュ」の音楽は20世紀のポップ・ロックソングでなければならなかった。それも時代を象徴するくらい有名でないといけなかった。ここでの「ムーラン・ルージュ」というクラブは、まさに20世紀そのものとしてあるのだから。パンフのバズ・ラーマン・インタビューでも、彼は20世紀のいろいろなものをコラージュしたと語っていたが、それもこれも時代そのものを描こうとしたのだから当然だろう。

 それは「タイタニック」にテクノロジーとシステムの象徴としての船の偉容を見せつけるための、巨大セットとリアリティあるCG映像が必要であったのと同じだ。そして「ムーラン・ルージュ」「タイタニック」両者とも、そうした作品主眼を前面に押し出すために主人公たちの恋愛ドラマは典型すぎるくらい典型…言わばクサくする必要もあったのだろう。これはドラマ作法の上での必然だったのだ。

 だがそれはどちらの作品においても、決して人間不在ということにはならない。巨大テクノロジーとシステムを前にした人間、またはショービズのカオスと高揚感の渦中の人間…という配置がきちんとなされている以上、そこに確かに人間は“翻弄されるもの”として存在している。作品主眼がそのまま人間ドラマの原動力たり得ているからなんだね。

 「ムーラン・ルージュ」は20世紀のどこか猥雑で雑多なポップ・ロックソングが全編ひっきりなしに流れっぱなし。キラキラと飾りたてられたデコレーションケーキにかけられた甘いシロップや生クリームみたいに、人工甘味料や人工着色料たっぷりな毒々しさで作品を彩る。そしてこうしたポップ・ロックソングを使用することによって、図らずもどこかキッチュでシニカルな味わいもにじみ出てくるわけ。それで元来のクサい物語が中和されているとも言える。これはシャレなんですよ…と言っているような効果もあるんだね。

 またそれ以上に、あのクサい物語設定にはちゃんと理由があるはず。 総天然色と言う言葉がふさわしい鮮やかな、そしてどこかケバケバしくもあるカラー撮影も、CGや特撮を駆使して作り上げたミエミエに作り物のパリの街も、「ムーラン・ルージュ」周辺のこれまたコテコテの巨大な作り物セットもすべて意味がある…。何度も同じことを繰り返して言うようで恐縮だが、それはリアリティある物語などではなく抽象性の高いドラマであることを何より如実に表わしているのだ。前述してきたこともすべてひっくるめて、これは「20世紀」という時代をシンボライズするような物語なんだよ…というところに話は戻る。

 抽象性の高いドラマならそこで展開されるストーリーもそれだけ典型的であり、明快なものとならざるを得ない。つまりはストレートで、ある意味クサくなるはず。この「ムーラン・ルージュ」のクサい物語は、作品のスタイルが自ら選び取ったものだったのだ。

 このように、この「ムーラン・ルージュ」でのさまざまな表現にはすべて必然性がある。決して「ロック・ユー!」のヘルゲランドみたいに行き当たりばったりな訳じゃない。際どいバランスの中で緻密な計算を重ねて得られた結果が、この作品と言っていい。このコンセプトワークが何しろ見事だと思うよね。そしてひとたび音楽を流せば、そこは音楽劇なら百戦練磨のラーマンだ。何をどうしたってエキサイティングなものにならない訳がない。

 ユアン・マクレガーの歌いっぷりには驚いた。実に気持ちよさそうに歌っているんでね。だが、一番ビックリはニコール・キッドマン。ショーガール演技で歌って踊って、天晴と言っていい大熱演ぶり。あまり好きでなかった彼女を、僕はすっかり見直してしまったよ。

 というわけで、おそらくは20世紀回顧の思いを込めての異色ミュージカルとなったこの作品。そこでラーマンが言いたかったことって一体何だろう?

 それを考えた時、僕には20世紀総決算の思いを込めた異色ミュージカルがもう一本頭に浮かんだんだね。それはケネス・ブラナーが監督したシェイクスピア劇「恋の骨折り損」だ。

 そういや、あれも既存の歌をポンポンとシェイクスピアのつくったお話に放り込んで平気な顔をしてたっけ。そしてエンディングは原作から離れ(正確には原作の構成を逆手に用いて)、この作品が20世紀へのオマージュなのだと表明している。ただ残念ながら本格的ミュージカル・テイストを完璧に理解した人間が現場に少なかったためか、イマイチ音楽劇としての楽しさが膨らんでいかないうらみが残った。部分的にはうまくいってるとこもあるし僕は個人的には大好きな作品なんだけど、まぁ冷静に作品的に見つめれば成功作であるとは断言しかねるところもあるね。

 だが、あの映画がエンディングで訴えているテーマには、心打たれるものがあった。争いと混乱に終始した「進歩」の世紀…20世紀。だが今こそ愛のイロハから謙虚に学んで出直すべきではないかという、それはケネス・ブラナーの21世紀に託した切実なメッセージに思えたんだよ。でなければシェイクスピアのこの作品を今この時にミュージカルに…なんて意味がないし、そもそもこの作品の設定を20世紀に変える必然性がないはずだ。

 さて振り返って「ムーラン・ルージュ」だ。確かにこの映画の物語がクサい典型中の典型なのも、高い抽象性を選択したからだった。そしてどこかポップでキッチュなムードがたち込める中、クサい物語も「シャレでございます」と中和されている…はずだった

 だがバズ・ラーマンが20世紀総決算を行うことで、どんな結論を導き出そうとしていたのかという説明がまだだった。実はクサい物語は「シャレ」だとは言ってみたものの、そしてラーマンもすっかりその振りをしきってるけど、果たしてどうなんだろう?

 この映画ではしつこいほど繰り返されているメッセージがある。

 「人として最高の幸せは、人を愛し自らも愛されること…」

 劇中で歌われる「ネイチャーボーイ」の一節でもあるこの言葉が、やっぱり本当にこの映画の一番重要なポイントなのだと僕には思えるんだよね。争いや混乱の連続だった20世紀に幕を下ろし、新たな世紀を迎えるにあたってのバズ・ラーマンのステートメントは、実はこれだったはずだと僕は思ってる。あのケネス・ブラナーがやったように…いや、ある意味でブラナーより一歩先に踏み込んで…。「愛し愛されること」…愛するだけじゃない、愛されるだけでも不十分…つまり相手との対話こそが重要だというメッセージは、今だからこそ切実なものとは言えないか? だから主人公カップルの恋愛が悲劇に終わっても、映画は絶望感の中に終わったりはしない。そこに人間同士の心の交歓がなされていたことをこそ、この映画は重用視しているのである。

 何も作品のスタイルがドラマのストレートさを選びとっただけじゃない。「これはシャレだ」なんて振りしてるけど、それってラーマンがこんな直球ストレートのメッセージ提示するのに照れて、恥ずかしくってしている単なるポーズなんじゃないかな。

 何でブラナーとラーマンが同じ発想に立ったと確信出来るんだって? 前にも言ったように二人とも古きと新しきを合体させること、ポップカルチャーと古典とをミックスすることをためらわない。彼らは二人とも、結局はすべてショービジネスなんだと思っているからだ。そしてその世界において、ブラナーとラーマンが平伏すショービズ界の「キング」はたぶん同一人物…誰あろうウィリアム・シェイクスピアその人に違いない。だから時代の節目にあたって、二人が同じ結論にたどり着いたとしても何ら不思議はないだろう?

 あるいはこの「ムーラン・ルージュ」、バズ・ラーマンが去っていった20世紀と新たに迎えた21世紀への思いのたけをブチまけた、大がかりなカラオケパーティーだったのかもしれないね。そして、若い人たちにも年老いた人たちにも、去年の年末カラオケボックスでメランコリックな思いにとらわれながら大声張り上げていた僕たちにも…実は彼はこう言いたかったのかもしれない。時代が変わっても大事なことは何一つ変わりはしないよ…と。「愛し愛されること」…はそのキーワード。人と人、そこに通い合う何かが必要だ。

 人はみんな、誰かと向き合って生きていかねばならないのだから。

 

 

 

 

「ムーラン・ルージュ」年末カラオケ必勝クイズ!

今週の「ムーラン・ルージュ」感想文に歌詞が挿入された歌のうち、あなたは何曲分かりましたか? 分かった曲の題名を登場順に書いて、「DAY FOR NIGHT」映画館主・Fあてにメールでお送りください。最も分かった曲数の多かった方々の中から抽選で一名の方に、「DAY FOR NIGHT」特製オリジナルグッズを差し上げます。

こちらにメールを!

(従来のアドレスは使用しないでください)

day_for_night@geocities.co.jp

*Fの感想文で使われた曲の曲名です。映画に使われた曲の題名は書かないでね!

*あくまで正しい曲名のみ正解とします。お間違えのなきよう!

 (漢数字と洋数字、漢字とひらがなの違い程度ならセーフです)

*同じ曲が2度以上登場した場合は、初回登場のみ数えます!

*イントロに登場した甲斐バンドの「安奈」は数に入れないでね!

 

締切は次回更新時2001年12月10日(月)午前0時まで。当選者並びに高得点者の発表は後日行います。奮ってご応募ください!

なお、このクイズは映画「ムーラン・ルージュ」ならびに20世紀フォックス映画会社からは、一切サポートを受けておりません(笑)。 

 

 

「ムーラン・ルージュ」

年末カラオケ必勝クイズ!の正解

The Results of the "Moulin Rouge" Quiz

 

 

 

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