「トゥームレイダー」

  Lara Croft : Tomb Raider

 (2001/10/22)


ナメた仕事してるんじゃねえ関口宏

 今ドキのテレビ見てると何だか訳わからん番組あるよね。時にそれを放送局側ではバラエティとか言ってる。読んで時のごとし「何でもあり」だ。

 こんな人をバカにしたネーミングもないもんだと思うが、まぁいわゆる娯楽番組の総称と言う訳なんだろう。ドラマでもコメディでもスポーツでもドキュメンタリーでもクイズでもニュースでも、言わんやワイドショーでもない。それならバラエティだ。

 こういう番組って大昔だったらジェスチャーみたいなゲーム性のあるものしかなかったんだろうね。あとは、司会者というかメインの出演者の芸やパーソナリティーを前面に押し出したもの。

 だけど、現在この手の番組っていうと、何だかゾロゾロいろんな連中が出演する番組って印象があるんだよね。

 まぁ司会者はいるにはいる。だが事によるとこの司会者が2人、下手をすると3人ってこともある。そのうちの1人は女でアシスタント扱いってこともあるけどね。その場合、その女は局アナであることが多い。いわゆる女子アナ、まぁこれも一種のタレントだ。

 他の出演者はというと、レギュラーの出演者が5〜6人から7〜8人。大概は「コメンテイター」みたいな肩書きで座っていることが多い。それらの内訳も大体決まっているんだね。まず男のお笑い芸人、そしてグラビアアイドルか歌手などのアイドルタレント、そして元スポーツ選手で今は解説者かタレントやってる奴、大学教授などの文化人、男女いずれかの中堅からベテラン俳優、そして外人…ここではあえて差別的意味を込めて「ガイジン」(笑)と呼ばせてもらうが、外国人ってだけでタレントやってる奴…とまぁ、何だか訳のわからぬ取り合わせで、だけどどこの局のどのバラエティも大体この色分けに入っちゃうような人選で「コメンテーター」をかき集めてる。

 問題の番組の中味はと言うと、本当なら千差万別のはずなのだが、なぜかこれもその半数ほどは似たようなコンセプトになっている。お笑い芸人が無茶なことやらされるか、レポーターが海外に飛んで何かやらされるか、あるいは何かのドキュメント映像か…の違いがあるだけで、そのビデオ映像をスタジオで司会者とコメンテイターたちが一緒に見て、テレビの前の俺たちでもバカでも言えるようなこと言ってアハハと笑うって内容だ。

 その内容のバカバカさ、どれもこれも同じの発想の貧困さもさることながら、実は最も驚くべきなのはそんな点ではない。これだけの人数集めておきながら、スタジオ出演者の誰一人として自分から体動かしたり何かしようとしないことが驚嘆に値するのだ。誰かがひどい目に合わされたり、海外でとんでもない目に合ったりするビデオを、優越感にひたりながらただじっと見て笑ってるだけ。これは一体どういう訳なのだ。それぞれが大学教授やら元スポーツ選手やらという立派な肩書き持っていながら、そこではそんな「特技」も「知識」も必要とされずにただ烏合の衆と化してバカ笑いしている。もちろん水着で乳見せるだけが取り柄のグラビアアイドルや、ただガイジンってだけの外人(笑)には、何かを期待するほうが間違ってるけどね。

 いつからこんな事になってきちゃったのか分からないけど、そういや思いつくのは、関口宏の司会する番組って元からそんな傾向あったっけ。そこでは関口宏が偉そうにさも自分が何から何まで知ってる顔で大口叩き、無知な出演者を見下したような顔。おめえは台本読んでるから知ってるだけだろうが(笑)。この男の司会ぶりって昔っから人をナメ切ってて芸がなかったよね。

 今じゃその司会の芸のなさにも磨きがかかって、ビデオ映像が終わるといちいち「今のを見てどうでした、××さん?」「何かありますか、◯◯さん?」って、おめえそりゃ司会じゃあねえだろう。どっかの中小企業の営業会議でバカな上司が議長やってるのとどこが違うんだよ。

 おい、関口よ。おまえは役者やってて使いものにならなかったんで司会業に転身したんじゃなかったのか? だったらもうちょっと真面目に仕事したらどうなんだ。「何かありますか」で金とれると思ってんのか。世の中あんまりナメてんじゃねえぞ!

 この世界一の愚劣司会者=関口宏一人を責めようとは思わない。今じゃ大概の司会者がその調子だもんな。そもそも、一つの番組に何もしないでバカ笑いするだけの連中があんなに必要あるのかってことの方が問題だ。まぁ、番組を制作する側に、とにかく何でもいろんな奴をかき集めてベチャクチャワハハとやらせないと時間が埋らない、場がもたないって気持ちがあるからなんだろう。つまりそれは、一人で場をもたせられる、客を十分楽しませるだけのエンターテイナーがいないってことなんだよね。

 そんな日本のテレビ関係者に、ぜひ見ていただきたい女がここに一人いる。彼女を見たら、関口宏なんて即刻リストラしたくなるよ。いや、ただちにやっていただきたい、目障りだから(笑)。

 

ブリジット・ジョーンズの対極に立つ女

 ここは見るからに秘宝が隠されていそうな、暗い穴蔵の中。秘宝ったって温泉地のエロい秘宝館じゃあない。エジプトの遺跡の奥か、はたまたインカの地の底か。そんな「インディ・ジョーンズ」や「ハムナプトラ」で馴染みの深い光景に、今まさに踏み込んだ一人の女。その名もララ・クロフトことアンジェリーナ・ジョリーである。

 ここでララ=ジョリーにゲームで親しんでいる方はともかく、僕みたいにゲームにゃ疎いオヤジなみなさんに解説をひとくさり。なぁに、僕だって解説出来るほどのタマじゃない。要はこの女、宝探しじゃその業界に名を馳せた人物で、腕も度胸も申し分なしというから心強いじゃないか。そのシェイプアップされた体といい、ムダ口一つ並べない無言実行ぶりといい、ズバリ言ってブリジット・ジョーンズ=レニー・ゼルウィガーとは対極に立つ女。確かにブリジット=ゼルウィガーの「トゥームレイダー」はちょっと考えられないね。ブリジョなら会社の社員旅行か何かで秘宝館には行きそうだけど(笑)。結構、職場のセクハラ喜んでるし。

 そんなララ=ジョリーが秘宝にガッシと手を伸ばそうとしたちょうどその時、どこからともなく現われた奇怪なロボット。こいつは彼女を仕留めるために放たれた殺人ロボットだ。危うしジョリー。

 だが我らがジョリーも負けてはいない。組んずほぐれつでロボットとタイマン勝負。最後にゃキッチリとどめを刺すから大したもの。

 てなとこで、ここはララ=ジョリーの広大なお屋敷の中の宝探しシュミレーションルーム、ロボットも彼女の格闘練習用に開発されたものとタネ明かし。彼女が雇っているコンピュータの専門家というかただのオタクみたいなノア・テイラーが、彼女だけのためにつくって動かしていたとくるから豪勢だ。

 そうそう、説明が少々足りなかった。彼女はただの宝探し屋じゃない。それって世を忍ぶ仮の姿。実は「将軍の娘エリザベス・キャンベル」じゃなかった、イギリスの由緒ある名家の貴族の娘。莫大な財産に大きな屋敷を持っている身で、身の回りのことは住み込みの執事クリス・バリーに面倒みてもらってる。執事バリーはレディらしい嗜みを見せないジョリーに毎日苦言を呈しているが、暴れん坊将軍=松平健がじいの言うこと聞かないように、彼女も一向におとなしくする気配がない。

 そんな彼女の唯一のウィークポイントは、幼い頃に父親ジョン・ボイト卿が亡くなってしまったこと。このボイト卿もかなりな冒険家で、やはり危険な宝探しの旅に出たまま消息を断っていたわけ。そんな父親のことを思い出す時だけ、さすがの彼女の表情もメランコリックに曇るのであった。

 ある晩のこと、ジョリー嬢が眠っていると父親ボイト卿が夢枕に立った。ガバッと目覚めた彼女、思うところがあって、屋敷の壁を力任せにブチ破ると隠し小部屋がひとつ。そこに今まさに動き出した年代ものの置き時計があるではないか。そいつをまたしても力任せにブチ壊すと、なかから不思議な東映三角マークの付いた金属の装置が出てきた。

 そういやぁ父親ボイトが夢の中でブツブツ言ってたな、5000年ぶりの惑星直列、東映三角マーク、トライアングル…云々。この妙ちきりんなブツは一体…?

 同じ頃、ある所で怪しげな会合が開かれていたのをララ=ジョリーは知らなかった。この会合は、謎の秘密組織イルミナーティが開いたもの。何だかこのブツを巡っていろいろ論議を交してるらしい。回りくどいこと抜きで話をバラせば、例の三角マークのブツは東映が「バトルロワイアル」ヒット記念にバラまいたノベルティ…ではなくって、ある超古代文明の遺産とも言えるものだった。かつてあるスーパーパワーで地球を支配した文明が巨大都市を構築して地上に君臨したが、パワーを無茶に使って地球は大混乱。巨大都市は崩壊。残った連中がこれに懲りて、パワーの源たるトライアングル状の物体を二つに割って、地球上の別々の場所に隠した。この東映のブツはそれを見つけるためのシロモノだったんだね。その二つのトライアングルを一つに合わせた者は、スーパーパワーを得て地上に君臨出来る。それが出来るのは惑星直列の時だけで、今回がその5000年ぶりのチャンスなんだとのこと。みなさん分かりました? 俺、どういう話かちっとも分からないんだけど(笑)。

 この秘密結社イルミナーティは、そのスーパーパワーで地球を支配したがってるわけ。で、その場でブツの奪還をハッパかけられていたのが、見るからに悪党ヅラのイアン・グレン。だが、奴とてもブツを手に入れるアテは全くなかったんだね。

 さて三角マークのブツが何かを知りたがったララ=ジョリーは、父親ボイトの旧友に話を聞きに行くことにした。郊外の屋敷から花のロンドンへやってきたジョリーは、きっと街角のどこかでブリジョ=ゼルウィガーとすれちがったに違いないが、ララ=ジョリーは太めグチたれ女のブリジョ=ゼルウィガーなんか眼中なかったろうし、ブリジョのほうでもダイエットと男のことで頭が一杯だから、世界一のトレジャーハンターとニアミスしたなんて夢にも思ってないのはもちろんだ。

 その代わりにララ=ジョリーがバッタリ 出会ったのが、同じトレジャーハンター仲間のダニエル・クレイグ。だがこの二人、旧知の仲ではあるようだが何だか訳あり。どうもかつて二人の間にはナニかあったようだが、このクレイグに金を巡っての裏切りを受けて仲違いしたらしい。えらくクールなララ=ジョリーに引き替え、まるで「ブリジョ」のヒュー・グラントみたいに後ろめたそうでスッキリしないクレイグだった。さらに父親ボイトの旧友のジイサンに会ってみると、このブツが何か分かる男に話をすると確約するが、これまたどうも妙にオドオドしてるのが気にかかる。

 やがてこのジイサンの連絡で会うことになったのが、例の怪しげな悪党ヅラのイアン・グレン。自分のことをコレクターなどと自称してるがいかにも胡散臭い。これで「しぃ〜んぱぁ〜いないからねぇ〜」などと「愛は勝つ」でも歌い出そうものなら、ますますウソくさいムードがプンプンのところだ。実際、狂牛病騒ぎの最中に農水相やら厚労相やらの政治家連中が、牛肉は大丈夫とPRするためカメラの前で牛肉食って見せただけならいざ知らず、この「愛は勝つ」の一節をご機嫌になって歌ったのには心底呆れ果てた。その後でシッカリと狂牛病患者が出たのに、何が「しんぱいない」だこのボケ政治家どもド腐れ役人ども。テメエらこれから毎日、狂牛病牛肉だけ食ってろよ!

 さすがのララ=ジョリーは、その眼力でこいつが信用ならない男と一発で見抜いた。あぁ、この眼力がブリジット・ジョーンズ=レニー・ゼルウィガーにあったならねぇ。それにしても世の中いたるところで、いけ好かんヒュー・グラント男ばかりウヨウヨの今日この頃だ。

 そんな晩のこと、お屋敷で腹ごなしの運動中のジョリーの元に、謎の刺客たちが送り込まれてくる。執事バリーもオタクのテイラーも大して役に立たない中で孤軍奮闘のジョリーだが、奮闘空しく例のブツを奪われる。

 だが、ここで引き下がれないのはララ=ジョリーもブリジョ=ゼルウィガーも同じこと。ブリジョ=ゼルウィガーがパンツ一丁で寒空の下を駆け出したほど無謀ではないけれど、ララ=ジョリーもやる事が飛んでもないのはいい勝負。いきなり悪漢連中を追ってカンボジアへチャーター飛行機飛ばし、自分が乗ったランドクルーザーをアンコールワットの遺跡近くに投下してもらう大胆さ。おいおい、今日び空から投下は場所が場所ならヤバいご時勢だぜ。でも、どうして奴らがアンコールワットに行ったって分かるんだ? いやいや…たぶん惑星直列と関係あるんだろうけど、実は映画見た俺も忘れちゃったんだ、それは言わない約束にしてくれよ(笑)。

 すると…いたいた。悪党ヅラのグレンと、何と腐れ縁のクレイグまでいるじゃあないか。何と金がすべてのクレイグは、トレジャーハンターの経験を買われてグレンに雇われているらしい。もう自分と切れた男だから何やってもいいけれど、いつまで経っても金に弱くてガッカリさせられるわねぇ。そんな男に失望しながらも何となく憎からず思って思いきれないあたり、意外にララ=ジョリーだってブリジョっぽいとこがどこかあるんじゃないか?

 グレン&クレイグのいけ好かない男チームは、オツムに血が回りかねてか原住民使って力づくで遺跡に穴開けて中に入ろうとやっき。そんなダメ男どもを横目に、何のことはないララ=ジョリーはすんなり遺跡の中に入り込んだ。すると巨大な石像がそびえ立つ神殿のような空間に出てきたじゃないか。やがて何とかかんとかダメ男どもも神殿にやってきた。どうも、ここでしかるべきタイミングでしかるべき所に例のブツをハメ込み、トライアングルを手に入れようという算段らしい。あぁ、男っていっちょまえの事言ってるけど、実際に初めてハメるのって下手なのよねぇ。ララ=ジョリーはここで連中に名乗りを上げると、お姉さんが教えてア・ゲ・ル!…と童貞少年には夢のように嬉しい一言を言ってくれた。そうすると一も二もなくララ=ジョリーに任せちゃうグレンもグレンだが、信用されずにブツを自分の手から取り上げられちゃうクレイグも情けないわな。でも童貞たるものここは我慢だ。女に任せりゃ間違いはない。お、お、お、おねがいしますっ、ボ、ボ、ボクを男にしてくださいっ!

 ソコよソコ、もっと下…。

 5000年ぶりにソコにソレを突っ込んでみれば、クモの巣張ってるかと思いきやまだまだ現役。ピュッと出てくるトライアングルの片割れ。ところがやっぱり何でも予防は肝心だ。神殿の小さな石像たちまでオギャ〜オギャ〜と動き出しただけでなく、デカイ親玉石像まで蘇っちゃったからたまらない。こうなると男たちはビビって逃げ出すのは、何もトレジャーハンターの世界ばかりじゃないからだらしない。オ、オ、オレ知らないからなっ。何か起きた時にキッチリとオトシマエ付けるのは、いつも女の仕事と相場は決まってる。

 だが、ララ=ジョリーはシッカリとトライアングルの片割れをキープした。こいつを元手に不敵にも悪党グレンにサシで取引したララ=ジョリーは、連中と一緒にシベリアに乗り込んで惑星直列の真っただ中のビッグイベントに立ち合うことを確約させた。

 そう! シベリアには例の古代文明の巨大都市跡が残っていた。そこにトライアングルのもう一方の片割れが眠っているはず。この二つを絶妙のタイミングで合体させれば、人類を支配出来るスーパーパワーを手に入れることが出来るのだ。合体とくれば、ララ=ジョリーだってブリジョ=ゼルウィガーだって、大好きだしお手のものだぁな。そもそも女に合体チラつかされれば、人類はどうか知らないけど、男一人は十分支配されちゃうわなぁ(涙)。

 さぁ、ララ=ジョリーはスーパーパワーを手に入れることが出来るか? はたまた例の秘密結社と悪党グレンが、そのパワーを手に入れるのを阻止することが出来るのか?

 

映画一本、オンナ一匹背負って立って

 話題の「トゥームレイダー」の映画版…と言っても、実は僕これのゲームの実物を見たことないんだよね。

 だから、ヒロインのララ・クロフトにどれほどアンジェリーナ・ジョリーが似ているかは分からない。でも、やってる人がみんな口々に似てる似てると騒いでるとこ見ると、実際にかなり似てるんだろうね。そういう意味ではヒロインを彼女にキャスティングした時点で正解だったと言える。そして映画ってまずキャスティングが命だと言われるだけに、それだけで本作の成功は約束されたようなものだ。

 実際、無敵の女トレジャーハンターという設定へのアンジェリーナ・ジョリーのハマり具合を見れば、ゲームを見たことがあろうとなかろうと、これはキャスティングの勝利だなと思わざるを得ない。そのくらい彼女はイキイキしてる。そこへきてこれほどの骨身惜しまぬ運動量だから、活動大写真としての体裁はバッチリ整っているわけ。

 監督のサイモン・ウエストは、何と言っても快作「コン・エアー」がブッちぎりの面白さだったよね。スケールも大きかったし骨っぽかったし。ジェリー・ブラッカイマー映画の中でも花も実もあるアクション映画の傑作だったんじゃないかと思ってる。ちょっと変わった味わいの青春スターだったジョン・キューザックが男っぽく一皮むけたのも、この映画だったよね。ところが次の「将軍の娘エリザベス・キャンベル」はと言うと、こう言っちゃ何だがもったいつけた割には大した事ないユルユルのサスペンス映画だった気がする。実はもうあまり覚えてないほど印象が薄いのだ。

 で、今回の万を持して放つアクション大作「トゥームレイダー」、今度はさすがにバッチリか?…と思いきや、そうでもないんだよねぇ。いろいろ見せ場も多く大がかりである反面、キメの細かさやら工夫には欠ける。話の運び方もかなり乱暴だ。演出のキレもない。ハッキリ言ってかなり大味なのだ。だから映画そのものは凡作と言っていい

 ではツマラナイ作品なのかと言うと、さにあらず。少なくとも見ている間は楽しんでしまう。なぜか? そこに戦うアンジェリーナ・ジョリーがいるから。

 先にも述べたように、とにかくこれ以上ないほどにハマっている上に、とにかくカッコイイし、やたらめったらよく動く。それをゴマカシなしでじっくり見せる。これだけやられちゃうと彼女を目で追っていくだけで楽しいのだ。ホントに大向こうから声をかけたくなる。「よっ、ジョリー屋!」

 こうなってくると、まるでドリフの「全員集合」のコントを思わせる大セットも、彼女が思う存分暴れ回るための巨大なアリーナのように見えてくる。サイモン・ウエストの演出がとりたてて見るべきところがないのも、彼女の回りを囲むキャストがどれもこれも小粒なのも、彼女以外に余計な注意を引いてその魅力を減殺しないための配慮のようにさえ思えてくる。そんな全体的に小粒キャストの中で異彩を放つのは、ベテラン・スターにしてジョリーの実父であるジョン・ボイトの出演だ。これも普通に考えたら本物の父娘共演というあざとい趣向ながら、今回の中で唯一登場人物の陰影がにじむ趣向として効いているとも思えてくる。観客がその背後に勝手にドラマを思い描いてしまう、お得な趣向なのだ。つまりどこを切ってもどこから見ても、この映画の魅力がアンジェリーナ・ジョリーに集中している。これは最近じゃほとんどない…いや、長い映画の歴史でもめったにない事なんじゃないかと思うよ。

 そして何より注目したいのが、ゲームの世界のデジタルヒロインを映画の世界に移植するためにとった手段がデジタルの対極…アナログの極致である徹底的なフィジカル化というのがすごい。アクションはすべて実際に体を動かして行っている潔さ。CGなども多用してるのだが、そんな見た目のスペクタクル性や映像的快感より、とにかく実際に体を動かして映画全編を押し切る。そんな超アナログな作戦が、一応は成功を収めているのだ。それもこれもアンジェリーナ・ジョリーという動く姿がキマってる、見る喜びにつながるヒロインを得たのが何より大きい。それは実際に動けるというアクション面だけではない、不敵なツラ構えでニヤリと笑う、彼女自体の役者としてスターとしての存在がとても魅力的だということなんだね。

 アンジェリーナ・ジョリーって女優を好きな人も、それほど好きでない人もいるだろう。実は僕だってファンというほど好きではない。だけど、この映画の彼女については感嘆せざるを得ない。何しろ男から見ても女から見ても、文句なしにカッコいいんだから。これは凄いことだよ。今時たった一人で映画一本を背負って立ってしまうなんて、ホントに希有なことなんだから。と言うより、彼女以外これと言ってパッとした要素もなしの凡作なのに、彼女一人で映画をあるレベルまで押し上げてしまっているんだからねぇ。

 そして、演技という点から言えばこれほど程遠い映画もないけれど、実際はこれって凄い演技力なのかもしれないのだ。こういう映画演技って軽視されがちだけど、昔のヨーロッパあたりで古そうな衣装着てムッツリ顔で芝居するより、よっぽどレベルの高いことをやってるんじゃないか? 誰が何と言ったって、文字通り映画一本を一人で背負って立つのは並み大抵のことじゃないよ。

 デジタルなゲームの世界に対する映画からの回答がこれだったというのは、とっても興味深いね。そしてトコトン痛快だ。って言うか、結局これしかないんじゃないか?

 例え何はどうあれ、デジタルごときに生身の人間が負けちゃいけないのだから。

 

 

 

 

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