「ブリジット・ジョーンズの日記」

  Bridget Jone's Diary

 (2001/10/08)


つまらないプライドを守るがあまり

 僕の両親の歳がすごく離れていることは、もうどこかで話しただろうか。

 実は7歳も離れてる。こういうのっていくつだったら普通かって言っても不毛な話だけど、世間一般で言ったら決して近い年齢差ってわけではないだろうね。

 そこへ来て、ある程度両人とも老境にさしかかった今ならそれなりなんだけど、昔まだ両親が若かった頃には父親は見かけが実年齢より老けていた。対して母親は実際より若く見えた。だから元から離れてる歳がなおさら離れて見えたらしいんだよ。

 僕が幼い頃は、親父は仕事が忙しくて家に帰ってこない日もあった。だから、二人の見た目年齢が激離れしていたこともあって、うちがまるで愛人を囲った別宅みたいに思われかねないところもあったらしい。まぁ、当時の親父にそんな甲斐性があったわけはないんだけどね(笑)。

 でも二人の年齢が離れていたことは、そう悪いことばかりじゃなかったみたい。その最大のものは、なかなか喧嘩にならないってことだろうか。

 それは感情的な諍いや、黙っちゃったりチクチクとイヤミたれることはあったろうが、うちの両親が真正面からデカい声出しての大喧嘩ってのは、そういや生まれてこのかた僕も見たことがない。それは別にメチャクチャ仲が良かったってわけじゃない。要は諦めなんじゃないかと思うよ。何か意見が対立しても、親父はオフクロのことを「このガキに何言ってもしょうがない」と思い、オフクロは親父を「こんなオヤジには分からない」と思い、両者ともマジでいきり立つのが馬鹿らしくなってその場が収まってしまう。それじゃ何も解決しないじゃないかって? 大体が二人の人間の考え、二つの違った世界観が、どっちかが降伏することなしに収まるなんてありゃしない。それなら、両方が諦めてそれぞれ譲ったほうが、丸く収まるに決まってる。人間って、何でもかんでもギッチギチにディベートして突き詰めればいい、相手が根負けするまでやり合えばいい、徹底的に脅して実力行使すればいいってもんじゃないと思うんだよ。聖戦も正義の戦いもないの。

 僕も自分が女と付き合ったりするようになってから、こうしたモメ事にはずいぶん悩まされた。でも若い時は何だかマジメにガブリ四つに女ととっ組んで、ドツボにハマったようなところがあるわけ。その頃は当然相手も同じ歳かあんまり変わらない年齢の女だからね。お互い手の内も分かるし。そうすると、もう絶対負けられないわけ。どちらかが折れることってしない。そして下らないことでトコトン争ってしまう。僕なんか頭がいつまで経ってもガキで度量も狭いから、相手に譲ってやろう、折れてやろうなんて気もなかったんだね。たぶんあっちにも譲る気なんかなかったろう。お互いバカでした。

 これが今からもう大分昔のことになるが、自分もそれなりの年齢になった時に、思いの他自分がおおらかになれた事に気付いたんだね。それはたまたま年齢がかなり下った女と付き合うことになった時のことだった。

 どうして何度も同じ話ばかりするのよ、ハイハイ。どうして何度も同じ事ばかり聞くのよ、ハイハイ。どうしてそんなセンス悪い服着てるのよ、ハイハイ。…これが同じ歳だったら、たぶんこうはいかなかったぜ。

 それが結局、若い(まぁ「自分より」って但し書き付きではあるが)女相手だと、俺のこういうオヤジくさいとこがイヤなんだろうな…くらいの気分で済んでしまえた。本来が下らないことだから怒る気にもなれない。それに、向こうは向こうで俺のオヤジくさいとこを相当我慢してるんだろう、それはたぶん俺の我慢の何倍もあるだろう…と想像もつくから、ちょっとは労ってあげたい気にもなる。相手より歳がかなり上とは言え、だからと言ってそれほど年齢差に見合った包容力やキャパが俺にあるわけでなし、かわいそうだなこの女も…と同情心すら湧いてくる(笑)。すまねえなぁ、俺と付き合ってるばっかりに…。そして相手のほうでも、オトーサンは大変なんだなぁ…てなとこなんだろう(笑)。

 だけど男と女の仲がそれだけで済めば、世の中まるっきり苦労はない。だが当然俺にも許容範囲はあるし、それはたぶん他のキャパのある男たちと比べて極端に狭い。その時は年齢差で何とかごまかされていたとは言え、いい歳しても所詮まだまだガキな俺なのだ。

 それより何より人間にはつまらないプライドがある。人が甘く見てればいい気になりやがって、テメエ俺のことをナメきってやがるだろ?…こうなると、それまでのささいな諍いよりタチが悪い。相手だって今まで我慢してたって気があるから大いにこじれる。そうなるともう譲れない。だって大事な大事な自分のプライドが懸かっているからね。大したプライドでもないのにって? その通り。だからこそ譲れない。チッポケだからこそ、そのプライドを何とか守ろうとする。プライドで自分を防御しようと思う。もし俺がちゃんとご立派な男だったなら、そもそもナメられてるなんて小さいことでガタガタ騒がないよな。

 結局それって、自分が小さい人間だからだって思うんだよ。そして不安で不安で、とてもモロいものだと分かっている。だからいきり立って、やれフザケンなだの許せないだの報復だのってワメくんだね。そんなシケたものでも、なくなったらそれこそ自分が耐えられないんだ。人間は弱いものだから。

 でも、そんな時フト思い出したんだよ。彼女が最初にこの俺に言った言葉、「あなたはそのまんまでいい」って決定的な一言を…。

 

カッコだけはいっちょまえの彼女だが

 ブリジット・ジョーンズ=レニー・ゼルウィガーは32歳、出版社勤務、独身。またしても独り身で新年を迎えることになった彼女は、何ともユーウツな気分になっていた。

 それと言うのも毎年恒例の実家の「ターキー・カレー・パーティー」で、どんな展開になるかおよそ想像がつくから。すでに結婚した連中からは「また独り者なの?」とか「早くしないと賞味期限切れだ」とか心ないゴタクを言われ放題。だがこれはまだいい。耐え難いのは母親ジェマ・ジョーンズが彼女のために、毎年のように独身男を用意して待っていること。トキの繁殖じゃあるまいし。娘を思う母心とは言え、何でもかんでも「つがい」にしちまえばいいという発想がイヤなのだ。これが「現代女性」としての彼女のプライドを傷つける。

 そして今回用意されたのは、最近バツイチになったという弁護士コリン・ファース。ブリーダー気取りの母親に背中を無理やり押されて顔を合わせたその男ファースは、まず身につけたトナカイの絵柄のイモなセーターが興ざめ。これセーターに毛玉でもついてたひにゃ最低のダサ男だ。おまけに何とも冷ややかなはずまない会話もシラケる。まぁテメエのことは棚に上げての勝手な品定めではあるけれどね。中味はともかくプライドだけは高い彼女なのだ(笑)。

 そんなギコチないやりとりの中、沈黙に耐えられないブリジット=ゼルウィガーは、タバコをプカプカ吹かしながら言わずもがなの悪酔いした話をまくしたてちまう。あげくはファースが自分の母親にむかって、「ヘビースモーカーで酒癖悪い女なんてゴメン」てなことを言っている現場にバッタリ出くわす間の悪さ。同じ穴のムジナって言うべきか、テメエのこと棚に上げてるプライド野郎がここにもまた一人。思わず自分に腹が立つブリジット=ゼルウィガーだが、それはバカ話しちまったことに腹が立ったんじゃない。あんなに母親の用意した独身男にウンザリしていながら、心のどこかで何がしかの期待をしてしまったことが何とも腹立たしいんだね。 プライドが傷つく。

 そう。別に男なんて…と今ふう女として毅然とできればいいのだけれど、そうは言っても相手が欲しいというのはまぎれもない本音。ならばカッコつけなきゃいいと言いたいけれど、カッコつけずにゃいられずプライドが邪魔をするってのが人間ってもの。彼女はそんな悶々とした自分の気持ちを、連日連夜日記に書き殴るのだった。

 実は職場の上司ヒュー・グラントはかなりカッコイイ男。ブリジット=ゼルウィガーとしては、意識しないようにしていてもどうしても意識せざるを得ない。でも、昨年末の職場のパーティーで酔っぱらって醜態さらした直後となれば、ついつい持ちたくなる希望的観測もキッパリ捨てなくては。いかんいかん、上司グラントから社内の電子メールで連日のように届くセクハラ・コメントも、単にからかわれていると思わなければ…。

 ブリジット=ゼルウィガーは、そんな日頃の悩みを気の置けない友人たちに打ち明ける。いつも集まってくるのはシャーリー・ヘンダーソン、サリー・フィリップスの女友達にゲイのジェームズ・コリスの「黒一点」。彼らはブリジット=ゼルウィガーに、とにかくモノ欲しそうにするな、引けば新たな展開があるかも…とのアドバイスを授ける。

 だが思ったようにはいかないもの。会社主催の新刊出版パーティーでは、上司グラントをやんわり無視しながらわんさか集まった文化人相手にいいとこ見せようと、よせばいいのにテメエの分とオツムをわきまえない大奮闘。それは、いい男グラントには毅然と「引いて」勝負…という作戦だったこともあったが、ブリジット=ゼルウィガーのつまらない見栄とプライドもあったんだろうね。だがレベルの違う会話についていけないのは言うまでもない。おまけにパーティーには例の新年パーティーで会った独身男ファースまで来ているではないか。そこへ来て彼は知的美女までエスコートしているというオマケ付き。これには正直カッコつかなくなったゼルウィガーがまたまた空回り。せっかくパーティーのステージでビシッと一席ぶつことになるはずが、シドロモドロでミジメなザマをさらす。堂々と振る舞うはずがプライドはズタズタ。これにはさすがの彼女も落ち込んだ。

 そんなこんなで弱気になったブリジット=ゼルウィガーの心の隙間に、すかさず上司グラントが割り込んだ。食事に誘われ楽しい会話へ。そこでグラントが大学時代、ファースと友人同士だったという意外な事実を聞く。だが、それもファースがグラントの恋人を奪ったことで友人関係が終わりを告げたと打ち明けられて、同情したブリジット=ゼルウィガーの気持ちはスッカリ無防備になってしまった。気づいたら彼とベッドの中。予想していないかたちとは言え、念願の彼氏を手に入れ有頂天の彼女ではあった。

 しかし、いい事があれば悪い事もある。その悪い知らせは実家からやって来た。母親ジェマ・ジョーンズがテレビの通販番組のホストに誘惑され、父親ジム・ブロードベントを捨てて彼と同棲を始めたというのだ。テレビで仲むつまじく二人で出演する母親ジョーンズとホストを見ては、ガックリ肩を落とす父親ブロードベントの姿。ブリジット=ゼルウィガーは彼氏が出来たうれしさも中くらいなり…の心境になった。

 そうは言っても彼氏がいるのは嬉しい。両親の友人が主催する仮装パーティーに出席することになって、ブリジット=ゼルウィガーは颯爽とグラントと連れだって田舎に出かける。そこにまたしても例のファースと知的美女が来ていても気にしない気にしない。彼らの前で大いにイチャつき、溜飲を下げるブリジット=ゼルウィガー。だが、突然仕事の呼び出しでグラントは一足先に帰ることになった。一人で出ることになった仮装パーティーはというと、いつの間にか「仮装」が中止になっていたため、ムチムチのボディーにバニー・ガールの格好で出席したブリジット=ゼルウィガーはまるでバカみたい。大体その太めで何でそんなボディーラインを強調する仮装にしたのか。やっぱりテメエの分が分かってない彼女。でもまぁ、ここまではまだ良かった。

 パーティーを早めに切り上げ、グラントを驚かそうと彼のアパートに向かったブリジット=ゼルウィガーは、彼のベッドにスレンダー美女の姿を見つけて愕然。彼女はアメリカ本社から来た同僚で…てな言い訳にもなっていないグラントの言い訳を背に、ブリジット=ゼルウィガーは憮然とその場を立ち去るのだった。

 翌日から彼女を従えてご出勤のグラントを見て、さすがにこれには耐えられないと悟ったブリジット=ゼルウィガーは、猛烈な転職活動を開始。ナメられっぱなしじゃいられない。傷ついたプライドを癒すには、元凶であるグラントを見返す展開しかない。出版なんて紙のメディアはもう古い、これからはテレビだ…なんて安易なカッコつけの上昇志向はともかく、とりあえずテレビ局の求人に次々アタック。ええカッコしいもいいかげんにしろとばかり当然のごとく次から次にすげなく断られるが、場末のローカル局に何とか拾われた。こうして彼女を引き留めようとすがるグラントを払いのけ、意気揚々と古巣を後にするブリジット=ゼルウィガー。キマった、恐ろしいほどカッコよくキマった。珍しく自分の面目が立った。キャリアアップの典型的な絵柄に、思わずご機嫌の脳天気な彼女ではあった。

 だが世の中そんなに甘くない。場末とは言えテレビでの取材の初仕事に気張って出かけてみたものの、段取り悪くていきなりデカ尻をカメラで大写しのブラウン管デビュー。登場するやいなや全国に恥をさらす事になったブリジット=ゼルウィガーは、転職に成功してテレビ・メディアに入り込めたご機嫌気分もさすがに早々と雲散霧消することとなった。

 友人たちのパーティーに出席すれば、またまた「彼氏はどうした?」的な情け容赦ない質問にさらされて落ち込むブリジット=ゼルウィガー。つかの間のプライドもすぐに消えてなくなった。しかも、その場にはまたまた例のファースと知的美女がいた。今さらキバる気もない諦めの心境のブリジット=ゼルウィガー。そんなパーティーの帰り際にファースが近づいてきた時も、彼女はもうどうにでもなれの気分だったんだね。もちろん気に入られようとか優しく接しようなんて気はサラサラないが、もうファイティング・ポーズをとる気もない。 ある意味じゃあ、初めて「素」の状態に戻った彼女。こりゃあファースも無防備な自分に言いたい放題言ってくるだろうと覚悟もした。

 ところがブリジット=ゼルウィガーの予想は覆った。ファースはイヤミを言いに来たのではなかった。それどころか、エスコートしてきた知的美女を気にしながらも、ある意外な一言を彼女に残したのだった。

 「ありのままの君が好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外なことは続いた。再度の取材の仕事にもう失敗は許されない。ところが彼女が出かけた人権問題の裁判の取材でまたも大ポカ。原告に何のコメントも取れずに取り逃がした。もっとも今度は彼女のミスじゃない。取材はすべてシャットアウトでマスコミは誰もコメントを取れなかったのだ。ガックリの彼女の前に、またしてもあのファース登場。何とたまたまこの裁判の弁護を引き受けていたのがファースだったのだ。困り果てていた彼女の窮状を見かねたファースは、自分のクライアントである原告を説得。何とこの独占インタビューが実現出来た。地獄に仏。さすがにこれには、ブリジット=ゼルウィガーも彼を見直さずにはいられなくなってきた

 そんな彼女の誕生パーティーの夜。例の悪友たちが訪ねてくる前に、下手で手慣れぬもてなし料理と悪戦苦闘するブリジット=ゼルウィガーの元に、取材のお祝いを言いにファースがやって来る。もう彼女は彼をすげなく追い返すようなマネはしなかった。そしてブリジット=ゼルウィガーの台所の惨状を見たファースは、彼女を手伝って料理を作り始めた。料理ベタのカッコ悪さを知られても構わない、もうカッコなんてつけなくていい。ことさらに毅然とした態度で肩をいからせ突っ張らかってる必要もない。だって、ありのままでいいと告げられたから。そんな二人に何となくいい雰囲気が流れ出す。そこにやってきた悪友三人組も、そんないい雰囲気を察してファースを暖かく迎えた。何もかも完璧、うまくいってる感じ。

 ところが好事魔多し。そんな誕生パーティーに復縁を迫るグラントが乱入。たちまちファースの表情が曇る。そして女心をとらえる術なら二枚目グラントのほうが一枚も二枚も上。真心もクソもへったくれもない、女はええカッコしいがやっぱり好き。たちまち言いくるめられたゼルウィガーは、コロッと彼を許しそうになった。でも男の下心は女にゃ見えないが男には分かる。ファースはもう我慢ならなくなった。

 たちまち大乱闘。取っ組み合うファースとグラントは、ブリジット=ゼルウィガーのアパートから路上へ、路上から近所のレストランへと、派手な大喧嘩を繰り広げる。だが最終的にはファースの鉄拳制裁にグロッキーのグラント。わっははは、カッコだけの男は誠実無骨男の前に敗れ去るのだ。正義はアメリカ軍独占の専売特許ではないぜ。

 だが女の目には男の真の姿は見えはしない。どう見ても終始一貫卑怯な戦いっぷりのグラントにも関わらず、ブッ倒された彼に同情したブリジット=ゼルウィガーはファースを罵倒。挙げ句の果てに、ファースが昔グラントの女を盗った云々とまくし立てるアリサマ。これにはさすがのファースもあきれ果ててその場を立ち去った。もういいだろファースよ、こんなバカ女相手にするだけムダだ。男の俺たちならおまえが正しいと分かってるぞ。

 だがブリジット=ゼルウィガーの軽い脳味噌にもいくらかの知恵は残っていたのか。「君でなきゃダメなんだ」と泣きを入れるグラントのシラジラしい口説きに、急に気持ちがサメわたった彼女はグラントもその場に残して立ち去るのだった。

 月日の経つのは早い。クリスマス・パーティーの季節がやって来た。男に走ったバカっ母も、後悔して家に帰ってきた。実家に帰郷したゼルウィガーは、両親からファースの実家のパーティーに誘われ、さすがに腰が退ける。だが、その時に思わぬ事実が明らかになるから世の中分からない

 実はファースが前の女房と別れた理由は、あのグラントだった。グラントが彼女に話した話は全くの逆さま。女を盗ったのはファースではなくグラントのほうだったのだ…って、そんなの映画を見てきた俺たちだったら最初っからお見通しなんだよ。

 今さら慌てたって…と思っても猪突猛進あまり物事考えてないブリジット=ゼルウィガーには常識は通じない。ファースの実家のパーティーに駆けつける。賑わう人混みの中でファースをむんずと捕まえると、人けのない部屋で彼に一気にまくし立てる。 もう気取りもプライドもクソもへったくれもないのだ。

 「口もたたないし、着るモノもダサいけど、ありのままの貴方が好き」

 でも世の中そんなに思ったようにはいかないんだよブリジット=ゼルウィガー。ファースが彼女の言葉に感銘を受けながらも口ごもっているうちに、パーティーの席上で思いがけない事実が公表される。ファースがアメリカ企業に請われて渡米すること、そして例の知的美女と婚約したこと…。あまりのことに狼狽したブリジット=ゼルウィガーは、パーティーの招待客の前で場をとりつくろおうと訳の分からぬことを口走ったあげく立ち去った。

 ファースはアメリカに旅立った。そしてブリジット=ゼルウィガーには、また寂しい年末年始がやって来る。そんなある夜のこと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後は絶対映画見たあと!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノッティングヒルの恋人」作者による、もう一つの例え話

 これってイギリスの話なんだって、実は僕は知らなかったほど無知だった。見ているうちに、あれれ…ここはロンドンじゃないの?と気づくアリサマ。するってえとレニー・ゼルウィガーはイギリス女を演じていたのか。これには僕も驚いた。典型的アメリカ女優の彼女がねぇ。

 それにしても、主人公を取り巻く友人たちの描き方、そしてゼルウィガーの恋の行方が二転三転するあたり、さらには彼女があわててファースの実家パーティーに駆けつけるあたりの描き方…何だか似たような雰囲気の映画見たような気がするなぁ…と思ってたら、それってあのイギリス製恋愛映画の傑作「ノッティングヒルの恋人」の雰囲気にどこか似てるんだよね。

 見ると製作のティム・ビーヴァンとエリック・フェルナー、脚本のリチャード・カーティス、主演者のヒュー・グラントは、みんなこの「ノッティングヒル〜」の人々が再結集しているんだね。なるほど、道理でテイストが似てくるわけだ。このチームはグラントのスターダムへの出世作「フォー・ウェディング」でも組んだ連中だから、よほど気心知れてるんだろう。

 人を愛して共に生きていくってことは、違う世界観を共有する大事業なんだ…という例え話だった「ノッティングヒル〜」に対して、今回の作品が訴えるのは何か? それは、人はプライドから人に素直な姿を見せられないし、人の本当の姿も素直に見れない…という例え話だ。原作からしてオースティンの「自負と偏見」がベースになっているらしいが、ここでもヒロインは相手探しにジタバタしながら、その相手の本質をなかなか見極められない。でも、それもそのはず。だってヒロインは借り物の世間的モノサシを後生大事にしながら、それと本当の自分とのギャップに気づいてない。自分が何者かすら分かっていないんだから。

 だから本音と建て前の間で行ったり来たりする。いいカッコしようと思って墓穴を掘る。上司との恋愛に破れ転職を考える時も、まずいいカッコしようとするからテレビメディアへの就職なんて甘いことを考える。そして、他人に弱みを見せずいつも毅然と振る舞っているのがいいと思ってる。そんなふうに自分を分かってないから、自分が本当に求めているもの、自分に必要なものが分からない。まして相手の本質など分かろうはずもないのだ。

 最初この作品を見る前の印象としては、好感度抜群のレニー・ゼルウィガーのコメディだから見たいとは思ったものの、「女の本音」を描いたコメディと伝えられていたので正直オエッとも感じていた(笑)。また女の本音かよ。またしても男はバカでクソでカスで、悪いのは全部男で女がいつも正しいんだ馬鹿野郎ってな調子のお話? もう分かった分かったオマエらが全部偉いよ勝手にやってろ勘弁しろよ。

 でも、この映画に出てくるヒロインは、そんな「正しい」「リッパな」女性ではない。世間では自立して頭が良くていつも正しい女性像が氾濫しているが、そんな女性像通りにやれれば苦労はない。むしろそんな「正しい」女性像が定着しちゃっているだけに、実像とのズレに苦労してトホホの生身の人間がいるはず。またしてもカッコいいキレイごとだけで血の通ってないヒロインを見せられるのかと思った男たちには、この映画は嬉しい誤算だよ。

 だいたいこの映画でヒロインがさらしてるザマなんて、僕らが日頃見せてるブザマなアリサマと大して変わらないんだ。プライドが目の前にぶら下がっているもんだから、自分の気持ちを素直に出せないし人のことも素直に見れない、いつも肩にハンガー入れてるみたいに気持ちだけ突っ張ってる、どうでもいいところで目をくらまされて事の本質が見えてない。これは決して女だけの問題じゃない。「カッコいい現代人」「リッパな大人」の模範解答をなぞろうとする空しい努力は、俺たち男たちでもウンザリするほどやっている。つまりはええカッコしたさが邪魔をして自分と周囲への目をくらまされてる、みんなのトホホな姿を映しだした等身大の人間のお話なんだよね。

 レニー・ゼルウィガーの起用はもちろん適役ということもあったろうが、正直言ってアメリカ・マーケットを多少なりとも意識した結果だとは思うよ。でも、それにしたってここまでやるとはね。そしてあの彼女がホントに太ってポッチャリして出てきたのも驚いた。そうすれば、元々庶民性では好感度大の彼女だ。身近で親近感があって、まるで自分みたいな主人公を演じるのに何の不足もない。 そしてカタブツのコリン・ファースも達者なものだが、徹底的にC調男を演じてみせたヒュー・グラントが何より素晴しい出来だ。これ単なるスケベな悪役にすることも出来たけど、グラントという軽みのある俳優が演じたことで実に憎めない人間味ある仇役になった。同時に単純バカな力みかえりフェミニズム映画にもならずに済んだわけ。

 思えば「ノッティングヒルの恋人」は、人と人が一緒にやっていくことのシンドサを切々と描きながらも、最終的にはそこを突き抜けて、それがどんなに大変でもやってみる価値のあることなんだと結論づけたよね。だから今回の「ブリジット・ジョーンズの日記」だって問題提起だけでは終わりはしない。所詮人間はカッコつけてばっかで自分も他人のことも分かっちゃいなくて、つまんないプライドが邪魔して歩み寄れないのだ…と訴えるだけでは、この映画決してとどまりはしないのだ。

 物語の最終盤、雪の夜にニューヨークから引き返してヒロイン=ゼルウィガーのアパートにやってくる。ヒロインのゼルウィガーは今度こそハッピーエンドを予感するわけ。だが、またまた問題発生。ファースが彼女が書きつづっていた日記を見てしまい、そこに彼を罵倒する文句の羅列を発見しちゃうんだね。かくして黙って彼女のアパートを出ていくファースに、ゼルウィガーは取るものもとりあえず裸同然で見栄も外聞も捨てて、彼の後を必死に追いかけていくハメになる。

 日記っていうのは人に見せるわけじゃない。いわば本音のウソも隠しもない部分だ。本音だからこそ、彼は大いに傷つきもしただろう。

 でも、実はファースは怒って去った訳じゃなかった。日記を今日からやり直せばいい…と、新しい日記帳を買いに行ったんだね。恐らくは傷ついたプライドにも目をつぶっての、それは別の意味で勇気のいる選択だったはずだ。

 そして思わずあられもない姿で彼を追いかけたゼルウィガーはというと、これは相当恥ずかしかったはずだよね。その恥ずかしさってのは何も裸同然で表を走ったことじゃない。相手に去られたくない一念で、その気持ちが丸出しになっても思いきり走ったプライド・ゼロの恥ずかしさだ。 でも事ここに及んで彼女も自分が本当に必要としていたものに思い当たった。だから彼女は彼女なりに自分の恥ずかしさミットモなさには目をつぶったんだね。 それってやっぱり勇気のいることだったはず。

 冒頭の僕の話に戻れば、いよいよ怒りを露わにしようとした矢先、僕は一番大切なことに気がついた。それまでいつも面白くて大声出して大胆な男を人前で演じてきて、いつもそれを周囲から期待されては疲れ切っていた僕に、彼女が言った決定的な一言を。

 別に面白くなくたっていいじゃない、そのまんまでいれば

 人は自分に弱みを持つ。弱いことは自分が一番よく知っている。だから必要以上にデカく見せようとする。相手を威嚇する。僕の場合、弱みとは自分が退屈で平凡な小物であるという一点に尽きた。しかしそんな杞憂は必要ないと、生まれて初めて言ってくれた彼女じゃなかったか?

 それを、何を今さらコケにされただの何だのと騒ぐ必要があるのだ。そう言う自分は相手に対してどうだったんだ? 第一、俺は「そのままでいい」と言ってくれる相手を、完璧じゃないからと言って責めるのか? いささか問題はあるかもしれないけれど、それを上回る価値を持った人間こそを求めていた俺じゃなかったのか?

 プライドを捨てて無防備になるということ…それは傍で見ればくだらないことかもしれないが、本人にとっては痛々しくも苦しい選択だ。だが、僕はそれを今でも悔やんではいない。自分は確かに弱い。だけど、そんな俺でもいいじゃないか。ならば相手だって「そのままでいい」んじゃないか? そう思ったら、いたずらに自分を誇示する必要がなくなった。

 実際のところ、その時に相手には俺に対する悪意などカケラもなかったんだ。結局、僕は自分がつくっていた幻影に怯えてただけだった。一時だけでもプライドを忘れ、冷静に考えて初めてそれが分かったんだけどね。その時に僕は単に歳くってるだけでない、恥ずかしながら本当の意味での「大人の男」にちょっとだけは近づけたんじゃないかと思ったよ。

 男のプライド、女の意地、または人間にはやれ沽券とか威信とか…いろいろぶら下げてる大切なものはあるだろう。そこに優先順位をつけていくのは難しいが、しかし人生にも世の中にももっと大切なものが他にいっぱいある。そんなかけがえのない諸々のものを、プライドと引き替えにしてしまっていいのかどうか、それに値するほどのプライドかどうか、ここが思案のしどころだろうね。

 決めるのは確かに難しい。いくらかの苦みも噛みしめなきゃいけない。自分を守る鎧や武器を捨てるなんて、とっても心細くて耐えられないような気分にはなる。でも、本気で相手と一緒にやっていかなきゃならない時には、人間って最後は素手で裸にならなきゃならないはずだよね。だったら、自分を守ろうとする恐怖をねじ伏せるしかない。そしてそれを決心できた時、我々の中できっと何かが確実に変わっていくはずだと今は信じてる。

 なぜなら相手も自分も、「そのまま」の本当の姿こそが尊いのだから。

 

 

 

 

 to : Review 2001

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME