「こころの湯」

  洗澡 (Shower)

 (2001/08/06)


銭湯随想

 今の人はあまり銭湯とか行かなくなっちゃったんだろうね。東京でもあまりお風呂屋さんって見かけなくなった。街が様変りしていく中で真っ先につぶれて消えていったのが、こうしたお風呂屋さんだもんね。

 実は僕も子供の頃から家に風呂があって、ほとんど銭湯の世話にはなってないんだよね。だけど、そんな僕でもわずかながらお風呂屋さんにちなんだ思い出はある。

 その一つは僕が小学校の5年生くらいの頃のことだろう。当時わが家は改修工事の真っ最中で、僕たち一家は一時的にアパートに暮らしていたんだね。そして、そこには風呂がなかった。だからこのアパートに暮らしていた数ヵ月間は、うちも銭湯の世話になったわけ。

 親父に連れられて出かけた銭湯は、僕にとっては別世界だった。声がエコーかかって響いちゃったりしてね。当時倒産寸前だった大映の映画ポスターも貼ってあったな。これがなぜか、関根恵子なんかが出てる性典ものとでも言うべきエッチな映画ポスターばかり。使われている写真は、例えば胸元から下…みたいなキワドい部分からトリミングされたようなものだが、それでも性に関心持ち始めたようなガキにはドキドキする瞬間だったねぇ。服を脱ぎながらも、さりげなくポスターをチラチラ見たりして。あの手のものが一番興奮しちゃうよね。

 面白いのは親しくもないのに馴れ馴れしく話しかけてくる年寄りとかがいること。親父をつかまえて、いきなり「自分はNHKニュースの間違いを電話でしょっちゅう指摘してやっている」と自慢する知らないジイサンには驚いたよね。これがまたしつこくてうるさくて。それでも親父は「ほほぉ、すごいですなぁ」などと言っているから感心しているのかと思った。ところが風呂屋を出たとたん親父は、「馬鹿野郎、うるせえジジイだな」と僕に向かって毒づいたんだね(笑)。それまで仕事だけで退屈な会社人間と思っていた親父が、実はとても話せる面白い男なんだと初めて気付いたのがこの時だった。

 その後中学に進学してから、友人たちと学校の後に遊ぶだけでは足りなくて、お互いの家を泊まり歩いたり、一緒に銭湯に行ったりしたこともあったね。家に風呂があるのだから、本来は銭湯に行かなくても用は足りてる。でもこの時期の僕らは、暇さえあれば何だかんだと友人とツルみたかったんだろうね。よくみんなで連れだって銭湯に行ったっけ。

 そこでお互いのナニをチラチラ見ながら、「あいつのはムケてる」「ムケてない」なんてウワサが飛び交ったり(笑)、好きになった女の子の話をしたり。そういや、更衣室の片隅には決まって自動あんま機のイスが置いてあって、それでもよく遊んだ。ところが一回そこに座ってふざけてたら、あんま機のマッサージ用の突起の間に首がはさまって、キモを冷やしたこともあったよね。いやはや、あの頃の僕らはバカだった(笑)。

 そうそう。銭湯と言えば飲み物を忘れることが出来ない。コーラやウーロン茶とかじゃないよ。ミネラルウォーターなんてクソ気取ったものもなかった。銭湯で飲むものと言えば牛乳。それも普通の白い牛乳じゃない。飲むと頭痛がしそうなくらいキンキンに冷えた、コーヒー牛乳やらフルーツ牛乳だ。これがやけにうまいんだよねぇ。こういう楽しみ、きっと1980年代バブルを謳歌してたような若い奴らは一生味わえないんだろうな。そんな奴らちっとも羨ましくない。だって風呂上がりに銭湯で飲む冷えたコーヒー牛乳やフルーツ牛乳にまさる飲み物は、この地球上にはどこ探したってないからね。いや、知る限りじゃあ太陽系全体でもない。きっとエイリアンだって飲みたがるはず。それが一生分からないなんて宇宙的規模の不幸だ。

 一見そんなもんなくなっても誰も困らない。だけど、そういうことが一番重要だってことも人生にはあるんだよね。

 

銭湯は街とともに生きている

 北京の下町、まだ人情厚い古い街並みの中に、その銭湯「清水池」は取り残されたように建っていた。この古ぼけた風呂屋を切り盛りするのは、昔気質の親父チュウ・シュイ。知的障害を持ってはいるが、心根は子供のように無邪気で純粋な息子ジャン・ウーもお手伝い。親子二人で肩寄せあうように暮らしながら、常連客に支えられてこの銭湯を毎日開いているのだった。

 ところがある日、珍客がやってくる。何と南の経済特区の大都会から、ジャン・ウーの兄であるプー・ツンシンが不景気な顔して帰ってきたのだ。久々の家族の再会だが、何だかしっくり来ない。今は都会のビジネスマンであり、街に残してきた妻とも携帯電話でしきりにやりとりするプー・ツンシンは、やはりこの下町人情の世界では浮いた存在だ。この家を出ていくにあたって何かいさかいでもあったのか、親父も奥歯にものの挟まった口のきき方をする。単純に喜んでいるのは知的障害者の弟ジャン・ウーだけだ。

 そもそも家を出たきり音信不通だったプー・ツンシンが帰ってきた理由は、このジャン・ウーが送ってきたハガキを見たから。字が書けないジャン・ウーは、ハガキに自分の姿と横になった親父の姿を絵に描いて送ったんだね。それを見たプー・ツンシンは、すわ親父が倒れたか!と驚いて帰郷したというわけ。実はただ眠ってる親父を描いただけとは人騒がせなジャン・ウー。だがそれを知った親父チュウ・シュイは、久しぶりに帰ってきたと思えば俺がくたばったのを見届けにきやがったとまたまた父子の間はギクシャクする。

 帰ったはいいが親父は元気と知り、来る必要なかったと思い始めたプー・ツンシン。さっさと帰る手続きをとりに街まで出かけるが、その際に弟ジャン・ウーも付き合わせることにした。ところが旅行代理店で飛行機のキップを手配しているうちに、ジャン・ウーはどこかで迷子になってしまう。

 これには親父怒った。今までこんな事はないとか、面倒みれないなら連れ出すなとかカンカンになってプー・ツンシンを罵倒しているうちに、今まで溜まりに溜まった不満までついでに爆発。おまえは元々家業の風呂屋をバカにしてやがるんだろう、そんなにイヤなら二度と帰ってくるんじゃね〜と、今ここで関係ないことまでブチまける。だが、プー・ツンシンは図星なのか、例の不景気なツラで黙ってるだけだ。

 翌朝、何もなかったかのようにケロッと帰ってきたジャン・ウーには、さすがのチュウ・シュイ&プー・ツンシンも脱力。そのアッケラカンとした笑顔と、疲れ切ったのかさっさと眠っての高イビキに、もはや怒る気もなくなっていた。

 その夜、にわか雨が降り出す音で、ふとプー・ツンシンが目を覚ます。すると真夜中というのに親父も置き出して寝床にいないじゃないか。大浴場はというと、もうすっかり老朽化しているせいか、あちこちから雨漏りがひどい。まるで「ツバル」のプール状態。そうすると知的障害者ジャン・ウーはドニ・ラヴァンか。それだと兄貴の俺が悪者にさせられちまう…と、「ツバル」との連想を思わずやめたプー・ツンシンだったが、まかり間違ってチュルパンちゃんみたいに可愛い子が来ないとも限らないと良からぬ妄想もチラホラ。ややっ? 屋根に誰かがいるぞ。もしやチュルパンちゃんでは? 俺の見てる前でチュルっとパンツ脱いでお風呂入ってくれないかなぁ。

 妄想でズボンの前を膨らましたプー・ツンシンが屋根に登ってみると、そこには親父チュウ・シュイがビニールシートとカナヅチ持って、屋根の補修のために働いていた。思わずズボンの前の膨らみをごまかすために前屈みになって、親父の作業を手伝うプー・ツンシン。すると、単なる偶然にも関わらず、そこには父子の情愛が何となく漂うではないか。ありがとうよ、チュルパンちゃん。

 親父が風邪ひいたピンチヒッターとして、プー・ツンシンが風呂屋を手伝おうと決心したのも、そんな心境の変化のせいだったか。こうやって親父や弟とここを切り盛りしていくと、それなりに毎日が楽しく充実していく。銭湯「清水池」…それは地元に密着した、一つののどかな社交場でもあったのだ。いつもうまい金儲けの話ばかりしているプー・ツンシンの幼馴染み。なぜかシャワーを浴びながらデカい声張り上げて「オー・ソレ・ミオ」をがなり倒す太った青年。コオロギ戦わせては本気で怒ってシャレにならなくなる年寄り二人組。いつもいつも夫婦喧嘩が耐えないノミの夫婦。そんな街の人たちの営みの中で、この「清水池」も生きているのだ。

 もちろん人々の営みの中で生きるということは、いつも楽しいことばかりではない。プー・ツンシンの幼馴染みは身から出たサビで、ヤクザに風呂場まで追いかけ回される。「オー・ソレ・ミオ」を歌う青年は人前で歌うことの出来ない精神障害の持ち主で、それを克服するために風呂場で歌っているが舞台ではやっぱりダメ。コオロギ老人たちは本気で怒って仲違いしてしまう。例の夫婦はいよいよ喧嘩が高じて離婚寸前だと、亭主がこの風呂屋に転がりこんでくる。そんなみんなの悲しみ苦しみとも、じっくり付き合って生きているのが「清水池」なのだ。

 そもそも喧嘩の原因を聞いてみれば、盗まれたネックレスを取り戻すために、女房が風呂屋の脱衣所から素っ裸で飛び出してったのが発端だとか。それを聞いた親父チュウ・シュイは、この亭主に一つの昔話を聞かせてやった。

 山奥の砂漠地帯では、水は貴重品で人は風呂にはめったに入れない。ただ婚礼の時だけ花嫁の父はみんなから水を少しづつもらい受け、それで風呂を炊いて娘を入浴させるのだ…と。

 亭主はこの話には感じ入ったものの、やっぱり女房と元のサヤには戻れないと弱々しくつぶやく。実は俺はもうアッチが言うことをきかないんだよ…。

 そんな亭主に、チュウ・シュイ親父がイキな計らいをしたことは言うまでもない。もちろん傷ついた夫婦の仲をとりもったのも、暖かい湯の温もりだった。

 平和な毎日にズルズルと帰る日取りを延ばし続けるプー・ツンシン。だが、彼がいくらそうしたくても、そうは出来ない事情があった。実はこの「清水池」一帯は、都市再開発計画の一環で取り壊されることに決まっていたのだ。あぁ、なんとどこまでも「ツバル」にそっくりな設定なのだ。これでチュルパンちゃんさえいれば…とプー・ツンシンの頭にはまたぞろイヤラシイ妄想が浮かぶ。だが、妄想はやたら浮かぶが、この事態に対する解決策は何一つ浮かばない。チュウ・シュイ親父にもその後どうするのかまるっきりプランなんかなかった。風呂屋さえ出来ればいいと思い続けていたこの親父に、それ以外の発想は浮かぶわけもない。どうにかしなくてはいけないと分かってはいても、どうすることも出来なかったし、する気もなかった。そして平和な日々だけがただ過ぎていく。

 だが当然そのままで事は終わらなかった。いい事は永久に続きはしない。みんなの人生に一大転機をもたらさずにはおかない、新たな事態が起きようとしていたのだった。

 

「思考停止」「判断停止」のそのわけは?

 この作品、あの快作「スパイシー・ラブスープ」のチーム、監督チャン・ヤン、製作ピーター・ローアー異色若手コンビの新作なんだよね。「スパイシー・ラブスープ」の衝撃と言ったら、とにかくそれ以前のありがたくもご立派な中国映画、でなければ素朴で飾りっけない中国映画…の概念を大きく飛び超えた作品だったのが驚き。現代中国の都会を舞台に展開する、何世代もの男女の愛情模様。これを5つのオムニバス映画として見せるのだが、まずはそこに描かれた中国の身近な感じにビックリ。これって俺たちの住む日本と何ら変わらないじゃないの? さりげなくて等身大でリアルで、そしてみずみずしい。それを若い世代の監督チャン・ヤンが成し遂げたというところが、アッパレと言うかヤッパリと言うべきか。なぜか中国に流れてきたアメリカ人ピーター・ローアーと組むあたりの柔軟性も若手ならではの新しさなら、そのローアーがこの作品の製作に、中国では初めてインディーズ映画の方法論を持ち込んだのも面白い。そんな従来の中国映画(この作品の持つ内容の新鮮さ、製作システムの斬新さの前には、チェン・カイコーらのかつての「ニューウェーブ」派も、それ以前の中国映画の延長線上にあると言える)とは完全に切れた映画づくりは、持ち味はかなり違えども当時世界を席巻していた「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」とか「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」とか「ラン・ローラ・ラン」などと同質の新しさを感じたもんだった。

 さて、そんなチャン・ヤン監督チームが、前作の作風・題材をがらりと変えて取り組んだのが「こころの湯」だ。僕なんか予告編見て面白そうだとは思ったけれど、一方でチャン・ヤン一体どうしちゃったんだろう?とちょっと心配になっちゃったよ。そんな昔懐かしい雰囲気の下町人情喜劇なんて…。

 だがこの映画の開巻まもなく、大都会に出現したSFモドキのオートメーション簡易シャワールームの場面が始まるや、僕は嬉しくなっちゃったね。それは、「こんな題材がジェームズ・キャメロンに撮れるのか?」とコワゴワ心配しながら「タイタニック」見に行った時に、キャメロン十八番の「アビス」でお馴染み深海潜行挺を画面に発見した時の喜びに似ている。「なぁんだ、やっぱりこいつは変わらないや!」

 その通り。下町人情喜劇を撮ってみても、基本的に彼のスタンスは変わらない。

 もっとも、それではこの映画は「スパイシー・ラブスープ」風のモダンな演出で撮られているのかと言えば、それは「ノー」だ。この監督はそのあたり実にシッカリしてて、途中のユーモアの散りばめ方などには確かに新しさが感じられるが、だからと言ってこの題材に馴染まない強引なモダン演出は試みていない。チャン・ヤンって新しさもあるけど、基礎もしっかりした監督さんなんだねぇ。

 風呂屋の親父チュウ・シュイは、NHKのテレビドラマ「大地の子」で話題になった人らしいけど、僕は見ていないから知らない。「心の香り」には出ていたね。何もすごいことやってはいないんだけど、何とも柄にあってるんだよね。知的障害者の弟ジャン・ウーは、「紅いコーリャン」などで国際的にも知られるジャン・ウェンの弟だって? こりゃジム・ベルーシ、ホアキン・フェニックス以上の逸材だ…って、何も死んだ奴の弟ばかり名前出すこたぁなかったね(笑)。他意はないっす(笑)。そしてプー・ツンシンは、もう日本の映画ファンにもお馴染み。いっつもクソマジメで不景気なツラしながら、「最後の貴族」「乳泉村の子」などの老巨匠シエ・チン監督作品から、あの物議を醸した「青い凧」、そして何と前作「スパイシー・ラブスープ」にも出ていたんだよね。よく分かんないね、この人(笑)。何でも出るし。

 そんな実力派の役者さんを揃えて、じっくり味わいのある下町人情喜劇を撮る様変りしたチャン・ヤン。しかし映画を見続けていくと、これが単に下町情緒を懐かしみ賛歌をうたい上げるだけの映画ではないことが分かっていく。

 なぜなら、ここで下町の情緒、親子の情愛がいくら賛美されたところで、それはこの映画の中でさえ失われてしまうものなのだから。そしてそれに対する、あるいはそれに代わる、何らかの「救い」をも用意されてはいないのだから。こういうお話なら、何となくこのボンヤリ暖かいムードを保持したいと考えるよね。でも、この映画は終始ドンづまりしか提示しない。そのシビアーさは、やっぱり現代の作家のそれなんだね。

 では、「現実は所詮こうなのさ」と冷たく突っぱねる現代風リアリズムの映画なのかと言うと、これまた違うみたいなんだよね。

 風呂屋は自分一代で終わりとチュウ・シュイ親父は分かっている。長男プー・ツンシンは家を出たっきり帰って来ない。知的障害を持ったジャン・ウーは自分が面倒みなければ生きていけないが、そんな自分も老い先長くない。しかも風呂屋は都市再開発の立ち退きで風前の灯だ。でもチュウ・シュイ親父は何もしない、ただ黙々と風呂屋を開いている

 突然この風呂屋に帰ってきたプー・ツンシンも、最初こそジタバタ帰ろうと試みるものの、途中で折角取り戻した父親や弟との貴重な時間を失いたくなくて、何だかんだと結論を先送りにする

 チュウ・シュイ親父が突然死んだ後はさすがにプー・ツンシンも一瞬我に返って、どうせ風呂屋の取り壊しは目前なんだし、自分は妻の元に帰らなくてはいけないんだし、弟ジャン・ウーもこのままにしておけないんだし…と少しは「現実的な選択」をしようとするのだが、ジャン・ウーの頑強な抵抗にあううちにその気持ちもくじけて、なし崩しに風呂屋を最後まで続けることになる

 この映画の主人公たちは、最初から現実感覚のない知的障害者のジャン・ウーをはじめとして、まるっきり新たな展望を模索しようとは思わない。問題解決のために何かしようとせず、ただなすすべもなく風呂屋をやっている。世間じゃこういうのを現実逃避とか怠慢だとか言って普通は責める。だが、この映画の中では主人公たちの「思考停止」「判断停止」は全く責められていないどころか、全面的に肯定されているんだね。何しろ物語そのものが、最初は大都会のサラリーマンとして前向き思考で行動していたであろうプー・ツンシンの、先を見越していくような考え方を止めてしまう心境の変化にあるんだから。

 これが単に、先のことなんか考えずアクセクせずにのんびり湯にでも浸かってゆっくりやろうよ…てな事を言いたいだけなら、全く平凡で面白くも何ともないがこの手の映画にありがちなメッセージだろう。でもチャン・ヤンは、そんな生ぬるいことが言いたい訳でもないようだ。ならば、何を言いたいのか?

 実は僕もねぇ、ある意味で先行き不安がないわけじゃないんだよね。人生激変したら、どうなるか分からない。どうしたらいいのか手が付かないってのが正直なとこなんだね。

 かつての僕ならこういう状況の時に限らず、先の目標を自分で設定して、それに向かってがむしゃらにやってきたところがあったんだよね。そうすると目標到達こそが最優先事項だから、その時どんな楽しいことがあっても多少寄り道したいことがあっても、目標を達成するためには後回しってところがあった。

 だけどねぇ、人間もある程度やっていくと、それが空しいこともあるって分かってきちゃうんだよね。

 建てた目標に到達出来るとは限らない。いや…よしんば目標に到達しても、それが当初の予定とは事情が変わっているなんてことはザラにあるだろう。そもそも元々その目標自体が、実は大したもんじゃなかったってこともある。そうなると、「向上心」やら「問題意識」やら「危機意識」で頑張ったところで何になるってことになるよね。そこに行き着くまでに諦めて手離しちゃった喜びは何だったんだって。

 結局は人智を尽くしてみたところで万難を排することなど出来ないし、先を見越すことも出来ない。ならば、そんなことにムキになってどうにかしようと思う必然性があるのか、今しか味わえない幸せや喜びを棚上げにしてまで…。

 実は人生最大の意義って、今味わえることにこそあるんじゃないか?

 もちろん先には奈落の底が待ち構えているかもしれない。その時点ではどうすることも出来ないかもしれない。その時、そこまで何も手を打ってなかった事を悔やむかもしれない。でも、実は人間の知恵や力など限りがある。自分一人ではどうにも出来ないことなどザラにあるのだ。思い煩っても始まらない。

 だったら日々の果実をその香りが芳しいうちに、その実りがみずみずしいうちに、味わったほうがよくはないか?

 だって人にはそれしかやりようがないから。そして、もしその幸せな日々が限られたものならば、余計なことで時間を無駄にせず、その喜びを味わい尽くしたいから。だからご立派なこと難しいことよく分からないことは先送りにしても、今の喜び楽しみは決して先送りにしてはならない。人生が終末に近づいた時、自分がどれだけ喜びを味わったかが勝負ではないか。「思考停止」「判断停止」…それを怠慢だと呼びたきゃ呼べ。でも今の僕には本気でそう思えるんだよ。かけがえのない何かのためだったら、人生賭けたっていいではないか。

 熱い湯には今入れ。この時を逃せば冷めてしまうのだから。

 

 

 

 

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