「テイラー・オブ・パナマ」

  The Tailor of Panama

 (2001/08/06)


真実を共有することなど出来ない

 僕がかつて中国のリゾート開発に巻き込まれた話は、ここの感想文のどれかに何度か書いたので、みなさんもご存じだろう。僕がまだライターとして意気揚々としていて、自信満々だったころの話だ。子供時代から自分に自信が持てずにオドオドしていた僕は、ようやく自分に合った仕事に巡りあった喜びで生き生きしていた。何をどうすればいいかわきまえていたし、その結果出来上がることにも責任が持てた。この時期が僕にとってさまざまな迷いと無縁だった唯一の時期ではなかったか。

 このリゾート開発にどのように関わったのかは、同じ事をくどくど言うことになるので詳しくは書かない。要は僕が勤めていた会社が投資家を集めるためのPRビデオを請け負ったわけ。で、僕がその仕事に一人で関わった。この話が眉唾もので、関わらないほうがいいプロジェクトだと分かっていたが、社長が乗り気ならどうすることもできない。やるしかない。

 予感は的中した。詳しくは語らないが、とにかく何から何までマズかった。プロジェクトそのものがイカサマくさかった。ビデオ・クルーの人間たちも苛立ちは最高潮に達した。現地で僕は孤立し、ハッキリ言えばイビリまくられた。それは灼熱の中国南部のことだった。

 帰ってきて僕は抜けがらになった。仕事も辞めることになった。それ以降、僕からあの自信は失われた。おそらく、もう二度と戻ってくることはないだろう

 その後しばらくして、僕はある知人にこの時のツラさをもらしたことがある。その人にはすでに何度かチラリと言ったことはあったのだが、本当のところそれが僕にとってどの程度重い出来事だったかを、ちゃんと伝えたことがなかったのだ。その時の自分の無力感、焦燥感…。まるで自慢になる話ではないが、僕はそこで自分が味わったあのバラバラにされたような思いを、自分の親しくしている人間にも共有してもらいたかった。 否、共有してもらうべきなんだろうと思っていた

 だが、知人はそうは思わなかったようだ。明らかにそんな話を聞きたがっていないことが顔に露わに出ていた。まぁ考えようによっては、それは単なるグチとかたずけられても仕方のないことだったからね。少なくとも関係ない人間にとってはそうだ。また、その知人自身も自分の痛みを誰かに共有してもらおうという気持ちを持たない人間だった。僕としては自分のこととして受け止めたいと思っていたけど、知人に言わせれば「あんたは関係ない…」、所詮入り込めない領域なんだということなのだろう。その時のことを思い出した僕は、そこで自分の話をやめた。結局のところ本当の痛みや切実さなど、他人に分かるはずもないのだ。それを共有したい、共有してもらいたいと思っていた僕がバカだった。それは所謂「甘え」というものなんだろう。

 そう言えば、僕はそれまでもそうだった。どうせ分かってもらえない。僕は人と話していて、常にそんなやるせない気持ちを抱いていたのだ。その代わり、いや、だからこそ他人がそんな事を打ち明けてくる時は、出来るだけ気持ちを開いて接するようにしてきたつもりだ。なぜなら彼らもそんな気持ちを何度も抱き、やり切れない思いを味わってきたのだから。僕には分かってもらえるのではと、藁にもすがる思いで話してくるのだから。それをすげなくあしらうなんて僕にはとても出来ない。僕は「甘え」を完全に否定は出来ないよ。

 だが、逆に自分のことを話す時には、相手が受け入れられるような事しか言わなかった。例の知人に対しては黙って話題を当たり障りのないものにした。そうでない時には脚色をした。人が望んでいる僕、望んでいる話題として…つまりはウソをついたのだ。それでも悲しいかな僕も生身の人間だ、ついついないものねだりをしてしまう時もあったのだが…。

 でも結局のところ、人間はみんな真実なんぞ欲してなどいない。自分にとって好ましい、聞いて心地よい、都合のいい話しか耳を傾けようとはしない。だから僕はウソをついてきた。それが自分と、何より回りの人間たちのためになるのだと。

 正直に言えばここで僕が書いているプライベート風な事柄も、すべてどこか脚色されたことでしかないのだ。決してウソをついたとは言わない。だが、本当のことなんて言葉で言えるだろうか。それが人の口から発せられた時、すでに真実ではなくなっているとは言えないか。どうしたって他人に個人的な思いが共有できっこないとするのなら。

 人はしばしばウソをついたことを責める。しかしそれを言うなら、あなたは真実を受け入れる覚悟があるか。「テイラー・オブ・パナマ」に潜むメッセージは、僕にそれを改めて感じさせたのだが…。

 

小心者の仕立屋がついたウソ

 ここはロンドン。かの有名なMI-6の本部で、自称腕利きスパイのピアース・ブロスナンが上司からお小言を頂戴している最中。思わず何であのジェームズ・ボンドがお小言を…と驚いたが、ボンドとこのブロスナンは大違い。何でもブロスナンは要人の妻だか愛人に手を出すわ、公金に手を出すわとやりたい放題。それが祟って、早い話が閑職であるパナマ勤務を言い渡されたわけ。早速、パナマへと飛ぶ飛行機の中で、赴任地の人脈を探るブロスナンには、もう新たな企みがあった。それは…。

 一方そのパナマで服の仕立屋を営んで平和に暮らしている男がいた。その男ジェフリー・ラッシュは英国仕込みの確かな腕で定評がある男。英国での仕立屋の師匠にのれん分けしてもらい、パナマにやってきて店を開いた。紳士だったら知っている…と、ここでまたまた知る人ぞ知る古いギャグ飛ばさせてもらったが、とにかくラッシュの店はいまやこの国の要人の服の仕立てを一手に引き受けている繁盛ぶりだ。妻は現地で知り合ったアメリカ人ジェイミー・リー・カーティス。彼女はパナマの運河委員会の仕事で忙しい。2人の子供に恵まれ、夫婦仲も良好だ。

 だが、実はそんな彼にも人知れず悩みがあった。借金して買った農場が火の車で、銀行から金の返済を迫られていたのだ。しかし、農場を買うにあたっては妻の遺産に頼ったこともあって彼女に相談など出来ない。 この農場のおかげで貧乏農場行きになっちまう〜ってギャグは、タカラの「人生ゲーム」で遊んだことのある人じゃなきゃ分からない。

 そんなある日、例のブロスナンが名士ヅラして服の仕立てを依頼にやって来た。ところがこれがみなさんご存じの通り大変な食わせもの。いろいろ話をしているうちに、ラッシュに向かってとんでもない事を言いだしたのだった。「おまえの過去を知ってるぞ」…。 このセリフに「奥さん、何だったらこの写真バラまいてもいいんだぜ…」とか付けば2時間サスペンスドラマの常套句だが、あいにくとそんなエロ味のある展開にはならない。

 実はラッシュ、隠し事は他にもあった。彼は英国でやむにやまれぬ事情で放火をして、投獄されたことがあったのだ。出獄後は彼に放火をさせた叔父の助けで英国を出国。このパナマに逃げるようにやって来て店を開いた。立派な仕立屋の師匠も、この叔父のことを偽って言ってただけだった。

 まずこの事実でラッシュを脅したブロスナンは、自分の身分を明かした上で彼に迫った。情報をくれ、おまえなら要人と会う機会もあるだろう、そこで漏らした機密を俺に回してくれ。ラッシュはブロスナンに痛いところを握られているだけに断れない。しかも手付けに金まで渡されたあげく、例の農場の借金も何とかすると言われれば、今さら断る道理もないのだった。

 まずブロスナンを夜の社交場に連れ出して、さまざまな要人をご紹介。独裁者ノリエガなき後は民主化したはずのパナマだったが、実際のところは当時の有力者はそっくりそのまま利権を握って権力の座に居座ったまま。早い話が、選挙が迫ると急にどいつもこいつも「改革派」ヅラしてるどこかの政党の議員たち並みの堕落ぶりだった。

 そこで泥酔して暴れる男に出会うラッシュとブロスナン。このブレンダン・グリーソンこそ、かつてはノリエガ政権への抵抗の闘志として頑張っていた一人。ラッシュの古くからの友人の一人でもあった。しかし彼は投獄され蹂躙された記憶から、もはや往事の気力も失せて抜け殻のようになっていた。しかも民主化された祖国のこの腐敗した現状を見るにつけ、ますますやりきれなくなって酒びたりの酒量もいや増すばかり。今日も今日とて大トラ大暴れだ。放っといてくれ、広末涼子だって渋谷のラブホ街でキレて暴れたりほっつき歩いたりしてるんだろ、昔は中森明菜の専売特許だったけどな。そんなグリーソンを旧友ラッシュは今も暖かく面倒を見るのだった。

 しかしブロスナンはそんな挫折男に興味はないと冷たくあしらう。あんまりな言い方と友人への思いから、ラッシュはついつい、今でもグリーソンは静かに抵抗活動を続けているのだと抗弁する。それは「静かなる抵抗」だと。やはり圧制下で警官に顔をつぶされた女レオノラ・バレラも自分の店で働かせているラッシュは、実はかつてから彼らに深い共感を寄せていたのだった。

 しかし、こんな話にブロスナンが飛びついたから分からない。英国大使館に飛び込んだブロスナンに、職員たちはみな一様に冷ややかな態度しか見せなかったが、君たちは「静かなる抵抗」の存在を知っているか?などとニワカ勉強一夜漬けの知ったかぶり知識でハッタリかませる。これで優位に立った彼は、今後公然と諜報活動を続けられることになった。ついでに大使館職員の女キャサリン・マコーミックの気も惹いた。マコーミックはブロスナンに何となく胡散臭いものを感じてはいたものの、彼の男のセックス・アピールには抗する事が出来なかったんだね。

 やがて大統領の仕立物の用事で官邸に行くことになったラッシュ。だが、当然のことながら彼に重要な情報など漏らすわけもない。ブロスナンの呼び出しで面会場所の女郎屋に出向いたラッシュだが、手ぶらで会うことになったのは言うまでもない。これにはブロスナンも苛立った。用立てた金はどうしてくれる。おまえの秘密をバラされたくないのか。

 焦ったラッシュ。だが、手持ちの情報なんてない。でも何か言わないとお金がなくなる秘密をバラされる。進退極まったラッシュは、苦し紛れにあることないこと吹かざるを得なくなった。パナマ運河の売却の話がある…と。

 パナマに返還された運河については、欧米各国もいまだにキナ臭い欲得勘定のまなざしで見つめている最中だ。この話にはブロスナンも飛びついた。どうせなら、話をもっとデカくしてやれ。そのほうが本国も喜ぶぞ。 そうですか、じゃあついでに言うとオリンピックは急転直下で大阪に決定…って、おいおい、もうちょっと現実味のある話にしろよ(笑)。

 そう。実はブロスナンはブロスナンで思惑があったのだ。これで手柄を立てたいなんてセコい考えじゃない。話を大事にして本国から何とか金をせしめて、こいつをネコババしてトンズラこいてやれ。だから話は派手なら派手なほうがいい。面白くなければスパイじゃない。-

 そんな事になっているとはも思いもよらないラッシュだったが、こっちはこっちで思わぬ火種が飛び火していた。最近帰りも遅く、何やら得体の知れないことをやっているラッシュ。先日は何と女郎屋で目撃されている。そんなラッシュを女房カーティスは浮気でもしてるんじゃないかと疑い出しているんだね。 そういえば帰ってくるといつも石鹸くさいかも…って、そりゃ浮気というよりフーゾク通いだろ(笑)。

 ところがブロスナンの要求はエスカレートして、本国を信用させるために運河関係の情報を女房カーティスの資料から盗み出せと小型カメラまで渡す。そんな俺はヤバい写真をバラす奥菜恵のオトコじゃないっすよって言っても仕方がない。改めてとんでもないことになったと悔やむラッシュだが、今さら後には退けないわけ。

 そんなラッシュの挙動を不審に思ったカーティスは、一家で出かけるピクニックにブロスナンを誘う。そこで亭主ラッシュの目を盗んでカーティスに誘惑を仕掛けるブロスナンはとんでもない下半身に人格ゼロ野郎だが、逆にカーティスにラッシュへの誠実な思いを明かされ誘惑は何とか不成立に終わる。 そこで思わずいきり立ったスケベ根性のハケ口に、口説き落とした大使館員マコーミックを呼び出すブロスナンではあった。

 そんな事やっているうちに、話はとんでもない方向に動き出す。ブロスナンが吹いたパナマ運河売却の密約のホラ話は、いつの間にやら今は飲んだくれのグリーソンとおとなしく店番に専念してるバレラを抵抗地下組織のメンバーに仕立てての、巨大な国際政治問題へと発展していたのだった。張り切る英国諜報部はワシントンで米国側と打ち合わせを重ね、「静かなる抵抗」への武装蜂起のための資金援助とともに、パナマ空爆の準備を着々と進める。ブロスナンの上司も「静かなる抵抗」のための資金を抱えてパナマ入り。

 一方、ラッシュの動きにただならぬ気配を感じた新聞記者が、彼の回りを嗅ぎ回り始めた。こいつがまた巨人にオベンチャラばっか使ってる偏向マスコミの報知新聞や日本テレビや徳光よろしく、有力者にゴマする御用ジャーナリストときてる。自分たちの身の危険を感じたラッシュは、グリーソンとバレラに逃げるように言った。事態はいよいよ後戻りの出来ない局面にさしかかってきたのだ。

 さて英米を巻き込んだ陰謀の行方はどうなるのか? ブロスナンのペテンはうまくいくのか? 小国パナマの運命は? 不審感をつのらせるカーティスは? 単なる小心者の仕立屋だったラッシュは、果たしてこの危機を無事に脱することが出来るのか?

 

自らのトリックに振り回されるトリックスター

 これはかつて鬼才とも呼ばれていたジョン・ブアマンの最新作なんだね。実はこの人、結構寡作家みたいなので、あんまりその作品を知らない人も多いんじゃないかな? そう言ってる僕自身、この人の映画をリアルタイムで劇場で見たのは「エクスカリバー」と「戦場の小さな天使たち」くらいしかないので、あまり偉そうな事は言えない。後はテレビで「脱出」「太平洋の地獄」「未来惑星ザルドス」を見たくらい。しかも、世評では「戦場の小さな天使たち」って、この人のフィルモグラフィーでは異色作の部類に入るらしいから、ますますデカい口は叩けないね。ともかく最近は作品が日本公開されなかったり評判になってなかったりみたいだから、この人の映画って本当に久々って感じ。そんな僕が、あえてかろうじて見た作品の印象から言わせてもらえれば、ブアマンってかなりこってり系の演出とキツい皮肉や批判精神の持ち主みたいだね。

 そんな彼の印象からすると「テイラー・オブ・パナマ」は、芸達者な役者を揃えてなかなか口当たりの良いブラック・コメディになっている。あのこってり味はちょっと陰を潜めた感じで、やっぱりお年を召してサラッとしてきたのかね。でも、欲の皮突っ張らして踊らされる英米のお偉いサンたちをオチョクるあたりは、相変わらずの批判精神なのかも。

 そしてこの映画、お懐かしやジョン・ル・カレのスパイ小説の映画化ときた。この人も冷戦終わって仕事やりにくくなったろうと思ったら、どっこいしぶとくチャンスを伺ってたんだねぇ。こんなうまい手があったんだ。今回は脚本にまで手を染めてるあたり、そのノリノリぶりがうかがえる。

 ただ映画の終盤、ラッシュとブロスナンの最後の「対決」場面は、もっとドラマティックな見せ場になるかと思った。その場にラッシュが偶然ではあるが武器を携帯してたってこともあり、ただじゃ終わらないんじゃないかと思ったけどね。でも本当はラッシュがブロスナン相手にやりあう場面もあったのではないか。何バージョンか撮ったあげくにこれになったんじゃないかと勘繰りたくなるような、あまりにアッサリしたケリのつけ方だもの。

 今回のピアース・ブロスナンは従来のボンド・イメージを活かしつつ、それを逆手にとっての大好演。これは彼のベスト・アクトじゃないか。そして対するジェフリー・ラッシュの芸達者ぶりはいつものことだが、今回は特に冒頭で実際に仕立屋仕事の一部始終を、延々カメラ回しっぱなしで演じてみせるあたりスゴイ! そして気弱なのにとんでもない事をしでかすあたりのオカシさ。「クィルズ」のマルキ・ド・サドとともに、彼の演じるトリックスターぶりってやっぱり群を抜いているね。

 ラッシュの演じる主人公はどこから見ても善人なのに、次から次へとどんどんウソをつくはめになる。たしかにそれで悔やむことにもなるんだけど、この男、元々ウソをつくのがそんなにキライな人でもないようなんだよ。困った困ったと苦し紛れのウソを連発しながら、その都度落ち込んでいると言えば、実はそれを楽しんでいるみたいなとこさえあるのだ。やむにやまれぬとは言え、自身のキャリアをウソをつくことで築かねばならなかった彼。そのウソの土台の上に自分の人生を築いていった以上、ウソはもう彼の人生につきものになってしまった。実際、ウソって夢でもある。往々にして現実より美しいものなのだ。

 必要とあらばウソは必ずしも悪い事じゃないという人生哲学が身に染みついてしまった彼の気持ちは、実は僕も分からぬでもない。僕も結構今までウソをつきどおしだったからね。自分の本心を明かさないってこと自体、もう立派なウソだろう? でもウソがあればこそ人生もうまくいくし、回りの人のためにもなるっていうのは、悲しいかなある程度本当のことなんだよね

 ラッシュ自身が劇中でつぶやく。人は真実を好みはしないと。だから、聞く人に合わせてウソを言う。それは自分にとって都合のいい偽りというばかりではなく、実は相手の人間の聞きたい事でもあるんだね。人の身の丈に合わせて話を「仕立てる」という彼の哲学は、だから僕には他人事に思えなかった。なぜなら、僕はかつてずっとそうやって生きてきたのだから。

 気弱で不器用だった自分、要領が悪くてロクな目に合わないと落ち込んでいた自分が、ある時一念発起して行ったことは、みんなが望んでいるような男になることだった。愉快で度胸があって少々ガサツな男が僕の演じた男。本当は退屈でモタモタした男だったのに、めいっぱい背伸び。それに空しさを感じながらも、周囲に望まれるままそんな男を演じてきた。しかし本当の自分を露わに出来る相手にだけは、自分の本当の姿を見せようとずっと思っていたんだよね。ところがいざとなってその時が来たら、もはや自分の真実ってどれだか分からなくなっていた。トリックスターとして自分でそれを演出しているつもりが、そのトリックに自分が振り回されている…その焦りがこの映画ではまるで自分のことのように感じられて怖かったよ。しかし、ウソって本当にウソなのか。真実ってどこまで真実と言えるのだろうか。

 ともかく冒頭にも言った通り、人間はみんな真実なんぞ欲してなどいない。そして本当の痛みや切実さも、他人に分かるはずはない。ならばそれを共有しよう、分かり合おうという試みは、すべて徒労に過ぎないのか。

 いや、僕はそうは思わない。

 このちょっと苦い人間喜劇は、身も心もボロボロになった主人公が妻の待つわが家に帰ってくるくだりで幕を閉じる。覚悟を決めた主人公から今までひた隠しにしてきた過去を告白された妻は、なぜウソをつき通したと彼を責める。その問いに、主人公は血を吐くような思いの一言で答えるのだ。

 「君を愛してしまったから…」

 相手の真実を知ることなど出来やしない。自分の本当の思いを伝えることも無理だろう。でも、それってすべて分からなければいけないことなのか。ただ一つのことさえ分かれば、それでいいのではないか。

 そこに、相手に対する確かな感情があるとさえ分かるなら。

 

 

 

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