「クイルズ」

  The Quills

 (2001/06/25)


得体の知れない何かに取り憑かれて

 みんな「広辞苑」って辞書のことは知ってるよね。あの分厚い辞書の中の辞書みたいな代物のこと。

 先日、夕飯食いながらテレビを見ていたら、ちょうどこの「広辞苑」の発行までの裏話的なドキュメンタリー番組をやっていたんだよ。この番組は電卓だの、南極昭和基地だの、H-2ロケットだの、霞ヶ関ビルだの…要するにわが国でパイオニアと呼ぶにふさわしい人々の苦闘の記録を描いたもの。まぁ、僕はいずれネタに困ってきたら国産初のテレビアニメーション「鉄腕アトム」の裏話だとか、「羅生門」か「七人の侍」の制作現場だとかを描くんじゃないかと心待ちにしていなくもないのだが、これが結構つまんないドラマ見るより面白いんだよね。

 しかしこれ見てて思うのは、おとなしくてオリジナリティに欠けるとずっと言われ続けていた日本人だが、実はかつての日本人のほうが今の人々よりよっぽど尖ってたんじゃないかということ。みんな実に過激なんだよ。過剰と言ってもいい。並みのバイタリティじゃない。

 この「広辞苑」で言ってもそう。番組の前半は見逃してしまったんだけど、どうもこの辞書の構想は第2次大戦前からあって、編者の新村出が息子と組んでスタートしたのが昭和のはじめ頃らしい。戦争真っただ中でもコツコツ言葉を集めて、ようやく印刷出版の運びとなったら東京大空襲。長年にわたって作り上げてきた原稿も組んだ活字も一瞬にして灰になった。その失われた辞書に収録されるはずだった言葉の数なんと15万語。みんなこの点をしかと胸に刻んで「パール・ハーバー 」を見るように(笑)。

 普通の人間はここで「あ〜あ」で終わってしまう。しかしこの親子は違ってた。そこから新規巻直し。戦争に負けたら、戦後はやっぱり辞書がいるはずだとフンドシのヒモ締め直し。残っていた原稿の下書きを丹念にかき集め、何とかこれならいけると踏んだ矢先のこと、マッカーサーの占領政策の一環で旧カナづかいの言葉や旧漢字が使えなくなり、原稿も大半が無駄になった。またしても「あ〜あ」。

 ところがこの親子はまだ諦めてなかった。それでも辞書づくりに精を出した。そこにまたまたトリプル・パンチ。外来語や新たな流行語が巷に氾濫し出したのだ。今までの言葉だけではもう古い。

 だが、まだまだ諦めない親子は企画を岩波書店に売り込み、金を借り出してスタッフ集めて本格的に新しい言葉の発掘に乗り出した。その時点での収録語数の目標なんと20万語。増えてるんだよ、やめときゃいいのに(笑)。

 実はこれ以降も昭和30年の「広辞苑」発行までには、新村の息子の妻の死とか、一旦出来上がった原稿が説明を短くしすぎていたための突貫工事での再編集とか、ありとあらゆるトラブルが発生。その間の金の工面はこの新村親子の持ち出しだったというから尋常なことじゃない。普通やらないし、やってもすぐ投げ出すよ。

 結局、番組ではこの親子は偉かった立派だったで終わってた。確かにそれはそうだったんだろう。偉大な業績だし常人じゃあ考えられないことだ。でも、ただ修行僧みたいに毎日苦渋の表情でやっていたんだろうか? 僕はそうじゃないと思うんだね。

 きっと楽しかったんだと思う。いや、楽しいとかいう生易しいもんじゃないな。理屈のつかないどうにもならない何かに取りつかれ、引っぱりこまれるようにしてやってた面ってあるんじゃないか? それはもう普通の人間じゃ見られない、ある意味で魔の領域だろう。もちろんこの親子は高潔にして徳の人だったんだろうということは信じて疑わないものの、失礼顧みず言わせてもらえば、どこか得体の知れない何かに取りつかれていたんじゃあなかったのかね。でも、モノづくりに関わる人間は、どこか得体が知れなくなくなる瞬間ってあるんだよ。何もかも自分でさえも犠牲にして全然構わない、そんなどう考えても普通じゃない瞬間があるんじゃないか。

 それが善かれ悪しかれ、人間の持つ底知れぬパワーって気がするんだよね。

 

悪ノリから意地か使命感か執念か

 昔むかし、ナポレオンの治世のフランスのお話。なぜか巷で売れてる怪しげな本あり。中を広げれば淫らで何ともイヤラしい物語が描かれているこの本、作者不明と書いてはあるけれど、実はみんな知っている。紳士だったら知っている、服地はミユキと知っている(笑)…って、このギャグ今どきの人は誰も知らないだろうなぁ(涙)。

 これを読んだ時の皇帝ナポレオンは、自分の統治下でこのような不道徳な本が出版されているということに憤りを感じ、本を発行禁止にしたあげく、ありったけ回収して見せしめに燃やした。燃〜えろよ燃えろ〜とバンバン燃やそうが何しようが、発禁図書が地上から消滅したためしはない。ましてそれがエロものと来た日にゃ、読みたがる人間がいなくなるわきゃあない。夕刊フジも日刊ゲンダイもエロコーナーとエロ小説、エロ漫画は欠かせない。 倉木麻衣の親父もAVとはいいところに目をつけた。ただ、やっぱりそりゃあ鬼畜の道ってもんだわな。あんたそこまで覚悟は出来てるの?

 さて、そんな怪しからん本書いてる奴は誰だ…というと、これが公然の秘密だが、かの有名な貴族にして性的異常者、性犯罪者とされ、悪徳の限りを尽くしたマルキ・ド・サドことジェフリー・ラッシュ侯爵。長年積み重ねた悪行の末にシャラントンの精神病院に入れられたものの、どうもそこで コツコツ原稿を書いているらしい。おのれ叩きのめしてくれる…と言いたいナポレオンだが、それをやれば後世に暴君の名が残る。ならば哀れな精神病患者に恵みの治療を施してやろうではないか。厳しくも慈悲深い高名な精神科医マイケル・ケイン博士にその白羽の矢が立ったのは、その医者としての腕を見込んでのこともあるが、何と言ってもケイン博士の治療法が独特だったから。精神病患者の治療に手加減はかえってためにならない…とばかり、徹底的な戸塚ヨットスクール的スパルタ治療。水責め拷問お手のものとくれば、このケイン博士のほうがよっぽど????ではないのと思いたくもなるが、それは言わない約束だった。かくしてマルキ=ラッシュの収容されている精神病院の院長として、この戸塚ヨット・ケイン博士が派遣されることが決まったわけ。

 この精神病院はというと、北風より太陽ポッカポカ指向のホアキン・フェニックス神父が患者に優しい病院づくりを心がけていて、ラッシュに対しても良き相談相手になってあげていた。実はラッシュに小説を書いてみたら?と持ちかけたのもホアキン神父。もちろん彼はその原稿が外部に流出しているなんて夢にも思ってない。何かイヤラしい事がしたくなったら文章を書けばス〜ッとするのでは…という良心的配慮でいろいろ書かせていたんだね。そんな優しくて良心的な神父の庇護のもと、貴族としての恵まれた待遇もあって、ラッシュは病院に閉じ込められた身とはいえ結構ノビノビやっていたわけ。

 そしてラッシュにはもう一人の理解者が…病院で選択や世話をするために雇われた使用人、ケイト・ウィンスレットがその人だ。実はラッシュの書いたエロ原稿をシーツとともに回収、外部の出版屋に渡していたのが彼女。ラッシュその人の人柄に興味を抱く一方、その原稿の内容にも好奇心で目を輝かせる彼女を、どことなく好ましく見つめながら珍しく心和むラッシュではあった。そしてウィンスレットはというと、ラッシュの猥雑ながらも興味深い人柄と、その原稿の持つ不思議な魅力の虜になりつつも、精神病院院長のホアキン神父の誠実な人柄に心惹かれていたのだった。そんな ウィンスレットをホアキンの方も好ましく思ってはいたが、彼は神に仕える身。そこからその感情を発展させることもなく、ただ好感を持ったまなざしで彼女を眺めるだけだった。

 一方、戸塚ヨット=マイケル・ケイン博士は自信マンマン、この病院の院長への就任を機に身を固めねば…と、修道院で育てられた孤児の娘アメリア・ウォーナーを嫁にもらう。突然の話に世間知らずのウォーナーは戸惑うばかりだが、何より父娘ほども年齢の離れたこのカップリングに周囲の人間もひそかに眉をひそめてはいた

 それまで自分の裁量で精神病院を運営してきたホアキン神父は、突然就任してきたケイン博士に戸惑うばかり。また院長に就任したとは言え、戸塚ヨット・ケイン博士の興味がただ一人の患者に集中していることも奇異に感じていた。そしてケイン博士のどこか高圧的で慇懃無礼な人当たりも…。君はマルキ=ラッシュにちょっと甘すぎやしないかね? この私ならもうちょっと厳しく対応してスパルタの海に放り出して、あの性根を叩き直してくれるがな。何せ私は、あのどうしようもないガサツ女のサンドラ・ブロックだってミスコンに出て恥ずかしくないレディに叩き直したのよって、な〜んで急にオネエ言葉になったのかしら、アタシ?

 ラッシュなら僕がバッチリ見てますからと胸を張るホアキン神父に、就任早々ケイン博士は冷水を浴びせるような一撃を加えた。ラッシュの原稿が流出してエロ本になってるゾ。これには世間知らずでエロ本も読んだことのないホアキンも驚いた。驚いたと同時に自信がぐらついた。一気に頭に来たホアキン神父はラッシュの元に駆けつけると、二度と本は書くなと口を酸っぱくして言う。すると意外にももう本は書かないと、柄にもなくマルキ=ラッシュはしおらしく誓うではないか。人のいいホアキンは、まだラッシュがおとなしく言うことを聞いてくれると信じていたんだね。

 さてその頃、ケイン博士は若妻を迎えてウキウキ。道徳の権化のようなケイン博士ではあるが、夜になれば娘のような若妻ウォーナーに寝床で無理やり襲いかかるようなエロおやじ。船も女も乗りこなすのが海の男=戸塚ヨットの心意気だぜ。このチグハグ夫婦の間に流れる空気たるや何とも冷え冷えとしたものだった。 海の男にパーフェクト・ストームが襲いかかるのは時間の問題。

 そんなある日、ラッシュの演出による恒例の精神病院内の芝居上演の日がやってきた。出演者はすべて病院の患者たち。この日は特にケイン博士院長就記念の上演。着飾った紳士淑女が大挙押しかけ、芝居の上演をいまや遅しと待ち構える。もちろんその観客の中にはケイン博士夫妻、ホアキン神父の姿もあった。

 ところが開演間際に突然上演する演目が変更になり、ラッシュの新作上演となったとか。それ聞いてホアキン、実はいや〜な気分になるんだね。果たして予感的中。

 何と芝居はケイン博士とその若妻ウォーナーの淫らな性生活を風刺したものだった。精神病院の使用人たちが面白がってしゃべってるウワサ話をウィンスレットから聞いたラッシュが、早速敵に先制パンチを食らわしたわけ。ざまあみろ偽善者め。大恥をかけ! お客たち大笑いの中、ケインとホアキンだけが顔を引きつらせたまんま。 特にケイン博士なんて、昔のヤバい写真暴露された奥菜恵もかくやと思わせるようなおっかない顔だ。

 当然ケイン博士は激怒し、ホアキンは面目丸つぶれだ。またも頭に来たホアキンがラッシュの部屋を訪ねると、本を書くなというから芝居を書いたなどとうそぶく。業を煮やしたホアキンは、ラッシュの部屋から羽根ペンと紙を残らずすべて奪い取ってしまった。これにはラッシュ驚いて、書くことが出来なくなったら死んだも同じなどと必死に懇願するんだけど、今さら万事窮す。インテリなのに、こうなることは予想がつかなかったのかねぇ?

 こうなると根比べになってくる。羽根ペンと紙がなければシーツとワインで、それも奪われれば自分の服に指を切って流した血を使って、とにかく何が何でも作品を書いていく。最初は調子に乗って悪ノリ気味にやってはいたが、そのうち意地か使命感か執念にまでなっていって、悲壮感すら漂っていく。しまいにはあの過ごしやすかったラッシュの部屋から備品がすべて運び出され、服まで脱がされて素裸になるが、それでもケイン博士に闘志ムキ出し。ウィンスレットを協力者に次から次へと手を思いつく。しまいには口述する作品を自分が手なずけた入院患者たちの口伝えでウィンスレットが待ち構える控室まで伝え、そこで彼女が紙に書き写すという手段に出るが、実はこれが仇となった。口伝えに協力していた患者のうち放火癖のある者が作品の一部分に反応して放火を始め、火災になった病院が大混乱に陥ったのだ。そしてこの混乱のドサクサに乗じてもっと悪いことも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画の後で!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分だけは偽ってはいけない…そう分かってるのに

 フィリップ・カウフマンの久々の新作って言うと、結構感慨にふける向きもいらっしゃるかもしれない。何せあの「ライトスタッフ」が圧倒的な出来映えだったからね。そして「存在の耐えられない軽さ」かな。このあたりのカウフマン作品って、アメリカ映画によくいる単なる商業映画の職人という感じの監督たちとは一線を画して、かなり作家性の強い作品を発表する人との印象があったんだよね。ヘンリー・ミラーの生涯を題材にした 「ヘンリー&ジェーン」なんてにもあって、このへん今回の作品が流れを汲んでいるようにも思えるが、残念ながらこれは僕は見ていない。

 それがまさに晴天の霹靂だったのが、あのマイケル・クライトンのベストセラーの映画化「ライジング・サン」。ここに出てきた日本人像のヒドさと言ったら、近年のハリウッド映画のなかでも屈指のものだ。「ライトスタッフ」で戦後まもなくのアメリカ宇宙競争の様子を、時代色も含めて精密に再現したカウフマン、「存在の耐えられない軽さ」でプラハの春当時のチェコを、現地ロケがままならないためそっくり作って本物そっくりに再現したカウフマンが、何で現代の日本人を描くとこうなっちゃうの(笑)? 「ライジング・サン」ついでに言えば、この作品ではわが日本の武満徹も呼ばれていって音楽担当したが、黒澤明とだってサシでやり合うこれほどの大家が、何でこんな酷い映画の仕事引き受けちゃったのか納得出来なかったよねぇ。しかも出来上がった音楽はと言えば、エキゾチック・ジャパン丸だしで和太鼓がドンドコドンドコといった代物。スタッフみんなでクスリでもやってたんじゃねえか? それとも女体盛りで刺身でも食ったか(笑)?

 どうなっちゃったんだと思ってしばらく経っての今回の作品、どうやらカウフマンは本来のペースを取り戻したみたいだ。やっぱり柄にもなくクライトンのベストセラーなんて映画化しちゃいけない人なのかね。根っから真面目な人なのかもね、この人は。

 不道徳な小説を書き殴りながら淫らで無礼な言動を乱発するマルキ=ラッシュも、その小説を喜んで読む人々も、やはりマルキ=ラッシュ本の愛読者となったあげく若い男と出奔するケイン博士の若妻ウォーナーも、好奇心からマルキ=ラッシュの共犯者にして理解者となるウィンスレットも、世間一般で言えば下衆な連中ということになる。しかし実際には、マルキ=ラッシュを弾圧しようとする支配階級、てめえのスケベ根性とサディストぶりを棚に上げて「治療」に精を出すケイン博士、そしてウィンスレットをチクる使用人仲間の女(報告という正しい行為をしているというタテマエで、他人の不幸をどこか望んでいる)の方が、その志においてずっと下等な下衆どもである…という構図までは誰でも思い当たるところ。そりゃあ確かにそうだろう。だが、それだけの事を言うためにこの映画をつくったわけではあるまい

 調子に乗って言動をエスカレートさせたあげく、慢心のあまりウィンスレットを死に追いやったマルキ=ラッシュは、ようやくここまで来た時点で自分も上記の連中に負けず劣らず真の下衆だったと思い当たるあたりが、実はこの映画の真骨頂なのだ。これはショックだよ。下衆を装いつつ実はもっと下衆な連中を蔑み、心秘かに優越感を感じていた偽悪者の自分、その傲慢な品性こそが下衆そのものだと分かるのだから。

 またマイケル・ケイン博士が下衆なことは、先にも挙げたようにサディズムを書いたマルキ=ラッシュの本を忌み嫌っているくせに自分が彼にやっていることはサディズムそのものであることや、マルキ=ラッシュの淫らな言動を軽蔑しながらも、自分が若妻にやっていることは淫らそのものであることから明らかだが、実はその下衆さかげんの最たるところはそこではない。善なる自分が悪しき他者を「治せる」などと傲慢不遜にも信じ込んでいることこそが下衆なのだ。真の自分を見ようとしない人間に、善など施せるはずがない。その嘘から目を背けていることが下衆なのだ。

 同時に、終始自分の良心と本能にぐらつき続けるホアキン神父も、ついに自らの下衆に思い当たる。それはウィンスレットへの肉欲を秘かに抱いていたからではない。彼女の死に激情してマルキ=ラッシュの舌を抜くという暴力に訴えたからでもない。ウィンスレットへの思いを抱きながらもそれを隠そうとした、その自分に対する不誠実において下衆なんだね。自らに不実であること、それこそが下衆なことなのだ。

 この映画について「表現の自由」だ何だかんだとテーマを云々する向きもあるが、そもそもそんな頭で考えた理屈みたいなものなど脆弱なものだ。ホアキン神父の善行やら信仰は善意から発したものではあるが、どこかひ弱なものでしかないのも、結局後づけで頭で考えたものでしかないからだろう。本当に強いのは良かれ悪しかれ自らの奥底からわき出てくるような理屈を超えたもの、自分ではどうにもならない衝動…つまり、それが人間性というものなんだろうね。それと向き合わないことが、つまりは下衆ってことじゃないか?

 そしてその得体の知れないパワーこそが、実は人間の持つ力でもある。それに目を向けているつもりだったマルキ=ラッシュですら、本当のところはどこか自分を真の下衆とは思っていなかった。自らを偽る誘惑に勝てなかったことが、人間の哀しさ面白さでもあるんだろう。

 実はつい昨日まで、僕はこの映画について書こうとは思ってなかったんだよ。何だか今一つ掴み所がなくってね。何で気が変わったかと言うと、先日ちょっと僕の身辺で気が滅入ることがあったから。

 その時は僕の気を滅入らせた当人に対して、何たる下衆な奴だろうと大いに憤った。表ヅラは一応取り繕ってはみたものの、腹ん中は煮えくり返って毒々しい気持ちになっていた。それを何とかかんとかある程度まで抑えられたのは自分の力でも何でもなくて、ある人の冷静なアドバイスがあったからなんだけどね。それがなければ、僕のほうがよっぽど下衆な振る舞いに及んでいたことだろう。実際相手を悪く悪く考えようとしていたし、何も偉そうなことなど言えないのだ。それに、僕を滅入らせた当人にそれをさせていたのも、実は僕の内に潜んでいた傲慢さだったかもしれないんだ。或いは虚栄心だったかもしれない。図星だったからこそ、僕も過敏に反応したんじゃないのか?

 でもねぇ…考えてみると、そんな自分の奥底にとぐろを巻いている得体の知れないパワーこそが、厄介なことに良かれ悪しかれ人間の持つすごいパワーなのかもしれないんだよ。それが素晴らしいことを成し遂げることもあれば、忌まわしいことを引きずり出すこともあるかもしれないけど。だから、それを所構わず場をわきまえず、むやみやたらに露わにするのはいかがなもんかとは思うけど、自分に対してまでまるっきりなかったように振る舞うのも、どこか違うんじゃないかね。

 自分だけは偽ってはいけない…そう分かってはいても見極められないんだ。だって、それが人間というものだから。

 

 

 

 

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