「15ミニッツ」

  Fifteen Minutes

 (2001/06/04)


面白ければいい、楽しければいい…のか?

 昨今の巷の話題と言えば、田中真紀子外相と外務省官僚たちとのガチンコバトルにとどめを刺すんじゃないだろうか。

 それでなくても田中の真紀子サンと言えば話題を撒き散らす人だ。何でもバ〜ンと言っちゃうあたりの分かりやすさは確かに他の政治家にない魅力なのかもしれない。その反面、正直言ってウケ狙いのハッタリもかなり利かせてると見える。それが外務大臣になって役人とやりあうとなれば、元々「水戸黄門」とか「暴れん坊将軍」とか「俺の空」(笑)とか、すごく権力を持っている奴の中に正義の人がいて、それが自分の権力を行使してチッポケな悪を蹴散らかす…という話が大好きな日本人。まぁそんなみんな好みのストーリー展開にはなっていくわけだけどねぇ。

 一方日本の外務省とくればエリート中のエリートであることは確かだが、例えば外交舞台での日本の不甲斐なさやら後手後手に回る情けなさとか、どうにもサエないイメージが強い。何でもポーランドの日本大使館に赴任した外交官が、アンジェイ・ワイダを誰だか知らなかったとか。もし日本に赴任してくる外国の大使が黒澤明も知らない奴だったら、あなたはどう思います? こいつナメきった奴だってことになりゃあしませんか? それとも単なるアホなのか。

 おまけにこの前発覚した機密費使い込みの話。何はともあれこの感覚のズレ方はハッキリ言って弁解しようがないんじゃないか。外務官僚への信用なんて、どう考えても今国民の間じゃあゼロにも等しいだろう。

 まぁそれはともかく、そんな両者のバトルだから、見る側としてはまんまストレートには受け取れないんだよね。それでなくとも田中真紀子と言えばパフォーマンスの人。だから、外務省でまくしたててることが、正当な主張なのか単なるエエカッコしいの言いがかりなのか判断できない。それに対立する外務官僚の言い分も、元々ウサンくさい奴らだからまるっきり信用出来ない。マスコミの論調としても前代未聞の真っ二つに分かれざるを得ないわけ。

 そんな宴たけなわ(笑)のある日、真紀子外相外交初舞台である中国のこと。宿泊先のホテルに行ったら超デラックスな部屋に通されて、またまた真紀子サン怒った! 何でも一泊28万円の部屋だったとかで、早速部下の役人を呼びつけて値段の安い9万円の部屋に替えたという。

 さて問題はここからだ。前述の文章から、僕がこの両者のどちらにも特にシンパシーを持つ気がないことはお分かりいただけたと思う。実は僕はこの両者のどっちが正しいなんて話がしたくて、ここまで長々と書いてきたわけではない。

 まずはこの28万円という金額をどう見るかというお話だ。田中真紀子外相はこれを当然高すぎるものとした。外務官僚のバランス感覚の欠如の現われとしてとらえたんだね。それは確かに一つの考え方ではあろうと思う。

 確かに我々の感覚から言って、一泊28万円は高い。こっちは一泊1万円だって惜しいんだから。お泊り代はキツいよまったく。ラブホ代をどうしようなんて考えるような連中だったら頭にくる。どう考えたってオカシイよね、これは。 外務省はいかなる基準や理由でこんな部屋にしたのか分からないが、外相発言が本当なら5人も寝られるベッドがど〜んと置いてある部屋なんてどうして必要だと思ったのかね。そのことについての釈明も説明も、今のところ外務官僚たちからはこれといって出ていないようだ。

 だけどこういう世界での物事を僕らレベルの感覚でやっていいものかというと、これまた一口にそうとは言えない。確かによく台所感覚の政治なんてことが言われる。永田町の論理と一般の常識が違うとよく問題にはなるけれど、だからと言って物事何でもミソもクソも一緒にしていいとは思えない。例えば海外からの国賓が来た時、ナボナか煎餅でも出すってわけにはいかないだろう(笑)。

 それはさておき…今回のような問題が起きた時に本来まず知りたいのは、閣僚クラスの人間が外交の仕事で外国に訪れた時、どのくらいの価格の宿泊施設に泊まれば妥当なのかという冷静で正確な情報であるはずだ。それには訪問先と訪問した側の国の力関係やら友好度もあるだろう、何より訪問した側の国の国力もあるだろう、その時の両国関係の状況にもよるだろう、外交的な正式訪問なのか堅苦しくないものなのかにもよるだろう、相手国の慣習もあるだろう、相手国の物価もあるだろう…そういう場合のTPOを考慮した情報があって初めて、外務官僚が恥も常識も国際感覚も金銭感覚も何にもないとか田中真紀子がハッタリ大向こう受け狙いのド素人だとかキッパリ言えるはずだ。残念ながら、僕たちが日常お菓子買ったりハンバーガー食ったりして知ってる金銭レベルで判断つく話じゃないだろう。 少なくとも僕はそう言うことは素人だから分からない。

 高いなら高い、妥当なら妥当、あるいはどの程度ヘンなのか真っ当なのか…物事の善し悪し語るのならばそのへんがキッチリ知らされなければオカシイ。モノサシがないんじゃ、この問題について誉めるほうもケナすほうも誰も何も語れないんじゃないのか?

 なのに日本のマスコミはまるっきりこうした事実に即した情報を報道しようとしない。特にテレビはもはやニュースでなくワイドショーのネタとして田中真紀子外相を取り上げるに至っていて、この人がからんだ事なら何でも垂れ流してるくせに、肝心カナメのこうした情報をまるっきり提供してくれない。だから画面には感情的にもつれる両者の引きつった顔が写るだけだ。これはオカシイんじゃないのか?

 だから分かったんだよ。これは政治問題じゃない。野村サッチーとかのゴタゴタと同じ扱いなんだって。自分たちの生活が明日どうなるか…これ以上切実なものは考えられないほどの問題がかかっているのに、テレビときたらバカなクズタレントがセックスしたとか借金したとかセックスしたとかセックスしたとかセックスしたとかそんな事と同じように扱っている。興味本位の面白おかしい挑発とか感情的で無責任な煽動だけで、有益な情報を提供しようとか真実を報道しようなんて気はサラサラないんだって。

 だけど、それはそうだよね。彼らも商売なんだ。それを「消費」する人間がいるから、テレビもそれを「生産」し「供給」する。 「真実」なんて難しい話なんか実は誰も期待していない。面白ければいい。楽しければいい。それが納得できなくても、そうさせてるのはテレビを見ている我々なんだから

 「15ミニッツ」はまさにそこんとこからお話が始まるんだ。

 

犯罪とメディア最前線のニューヨークで

 自由の国アメリカ。外国人から見てその自由の象徴たる「自由の女神」を擁するここニューヨークのジョン・F・ケネディ空港に、今まさに二人の異邦人が降り立った。一人はチェコ人のカレル・ローデン、もう一人はロシア人のオレグ・タクタロフ。チェコ人のローデルはやたらキレやすそうで、片やロシア人のタクタロフはちょっとアホっぽい。ともあれこの二人、何だかちょっとウサンくさく、どこか腹に一物あるような雰囲気だ。

 さて一方テレビ局の一室ではテレビ・キャスターのケルシー・グラマーが、女の上役キム・キャットラルにガミガミ言われてる。グラマーがホストを務めるニュースショーの内容があまりに暴力的だと上役キャットラルは文句を言ってるんだが、そんな戯言にはグラマー一切耳を貸す気なんてない。だって彼の番組はニューヨークきっての花形刑事ロバート・デニーロへの密着ルポでウケてるんだから。何て言ったってテレビは視聴率なんですよ視聴率。みんなに見てもらうには、バカなクズタレントがセックスしたとか借金したとかセックスしたとかセックスしたとかセックスしたとか、じゃなかったら殺しとか殺しとか殺しとか皆殺しじゃないとダメなんですよ、だから困るんだよないい子ブリっ子の女は。まぁテレビのキャスターと言えどもこいつこの程度の発想なんだが、体操の池谷だってキャスターやりたいなんて言ってたご時世、キャスター風情じゃあこの程度のオツムが当たり前かも。だけどそう言ってるグラマー、実は最近視聴率伸び悩みでちょっと気に病んでいる。犯罪捜査最前線ルポがもう新鮮味ないとしたら、後は何すりゃいいんだよ…? やっぱ、みのもんた出すしかねえか。

 そう。ロバート・デニーロは刑事と言っても、ニューヨーク中で知らぬ者のいないスター刑事。グラマーのニュースショーに優先取材を許してやって、捜査にもグラマーや番組クルーを同行させたりする。その代わり事件解決のあかつきには、メディアにデカデカと顔が出る。周囲のやっかみはあるかもしれないが、何せどこでも顔が利くようになったのはありがたい。

 そんな事やってるうちに話変って、例の東欧二人組のローデルとタクタロフは、珍道中の末にある汚いアパートにやってきた。途中でタクタロフが店からデジタルビデオカメラをかっぱらうなど、こいつらの様子見てるとどうもマトモな奴らにゃ思えない。それもそのはず、こいつら故国で銀行襲撃した連中なのだ。だが一味の一人が盗んだ金を持ち逃げして、ここアメリカまで逃げてきた。この二人組は持ち逃げ野郎を追ってここまでやって来たんだね。そいつはこのアパートに住んでいたわけ。

 案の定、部屋に入ってきた二人を見て持ち逃げ野郎はビビった。責めたてられてようやく吐いたことには、金はもすべて使っちまってなくなったとか。そりゃそうかも。東欧とアメリカじゃあ物価が違い過ぎる。これが日本ならもっと早かったぜ。

 それでなくともキレやすいローデン、これには早速キレまくった。タクタロフが盗んだビデオカメラに夢中になって一部始終を録画しているなか、ローデンは持ち逃げ野郎とその妻を血祭りに上げるわけ。

 ところが陰で物音がした。あわてて探してみると、さっきまで部屋の奥に何者かがいたらしい。一切を目撃されてアセる二人だが、目撃者は一切合財を入れたサイフを残してたんだね。こいつで辿ればいい。サイフに残された身分証から、相手はチェコ人の女で実はヴィザが切れて不法入国者になってるらしいことが分かる。こりゃいい。自分から警察へはタレ込めないぜ。

 ところでみなさんは消防捜査官という職業をご存じか? 僕を含めて知らないのも無理はない。これ日本にはない職種なのだが、火災現場の捜査を行ういわば消防の刑事。今日も今日と火災現場に急行して現場検証を行おうとしているのは、その消防捜査官のエドワード・バーンズと同僚のジョン・ディレスタだ。だが今日は少々この二人の表情も曇り気味。現場に一足先に「スター刑事」デニーロが乗り込んできてるから。何でこっちより先に来て現場を荒すんだと内心面白いわけがない。そんなこんなで到着した火災現場は、何とあの東欧二人組が乱暴狼藉はたらいたアパートではないか。

 案の定火災現場では陸に上がった河童同然の殺人科刑事たち。そこに颯爽とやってきた消防捜査官チームは、プロの手並で現場を検証する。場所はボロ・アパートの一室。夫婦もんがベッドで一戦まじえてる最中の出火と一見見えるものの、実はこの夫婦を殺してから時限装置で火をつけたと判明。見事消防捜査官が「スター刑事」に一矢むくいたかたちにはなったものの、バーンズ捜査官はデニーロ刑事が自分たちの腕を試したことに気付いて内心穏やかではない。バーンズが穏やかでない理由はもう一つあって、それは現場を去ろうとする際に自分の方を見つめていた女に気付いたから。彼女あっと言う間に消えてしまったから確かめるべくもないが、何やらバーンズに語りたげな様子だったような。そう言えば、この火災現場の部屋の隣人である女が一人行方不明になってるぞ。バーンズ、署に帰ると早速この女の似顔絵を描かせたんだね。

 さて一方、汚いホテルに身を潜めた東欧二人組。相変わらずタクタロフはビデオに夢中でマジなんだか何なんだか分からないが、ローデルは残されてた女のサイフの中味を探して、妙チキリンな出前フーゾクの店の名刺を見つける。しかも世界のお好みの女をご用意出来るときた。イマドキは元JALスッチーだってAVに出るご時勢だもの。ここで一計を案じたローデル、この出前フーゾクのお店に電話して、客を装ってチェコの女をよこせと頼む。おいローデル、アメリカまで来て故郷の女なんかやめようぜ、なぁ韓国エステにする中国エステにする台湾エステにする香港エステにする? バカ野郎、タクタロフよ俺はヌキたいんじゃねえ。ひょっとしたら俺たちの犯行を目撃したチェコ女がやってくるかもしれないじゃねえか。

 さぁ出前が来た。出前一丁は日清食品。しかし「出前一丁」ったって、イマドキてんやもの一品から出前してくれる店なんざないよな。やって来た女はチェコ女でも何でもないただのフーゾク嬢。コギャルとか言ってセーラー服着たババアとか「顔に自信」とか言ってえらいブサイク女だとか、フーゾクはこういう誇大広告があるから困ります。でもJAROにも相談出来ないし。イラだつローデルは女に事務所の場所を教えろと迫るが、フーゾクたるものそれは言わない約束。またまたキレたローデルは、女をブチ殺しちゃうんだね。それをまたタクタロフが一部始終ビデオ録画してる。

 さて、どうも昨夜の一件が気になったバーンズは、火災現場に舞い戻ってみる。すると、あのデニーロも来ているではないか。お互い腹の探り合いになりながら、何となくこの事件についての意見交換みたいになってくる。俺にもこの事件の捜査に一枚かませてくれと頼むバーンズ。そこに何とグッドタイミングなことに、新たな事件発生の連絡が。例の安ホテルでの出前一丁フーゾク殺人事件の現場への呼び出しだ。こうしてバーンズはデニーロに同行して事件を捜査するようになる。

 最初は「スター刑事」デニーロにオチョクられているように思えたバーンズだが、そのうちこの捜査の大先輩がいろいろなノウハウや経験を自分に伝えようとしていることに気付くバーンズ。う〜んこりゃ「ザ・ダイバー」か? デニーロだって自己顕示欲から「スター刑事」然と振る舞っているわけではない。ハードな生活の中生き延びていく術として、メディアと積極的に組んでいく道を選んだのだ。

 殺された女からたぐっていってデニーロ&バーンズが出前のお店を覗いてみると、問題犯人はチェコの女をご所望だったとか。チェコの女と言えば…例のバーンズの記憶から描いた似顔絵見せるとドンピシャ。それは美容院で働いてるヴェラ・ファミーガよ…ときた。パズルがピシャッとハマったとデニーロ&バーンズが喜んでいるのも束の間、出前屋の女主人が気になることを言うではないか。…なにぃ、さっき二人組の男も彼女の居どころを聞きに来ただって?

 さぁ〜急げ急げ、この二人組はこの女ファミーガの元に駆けつけているのは間違いない。彼女が危ないぞ。デニーロ&バーンズは車を飛ばしに飛ばして突っ走るが、当然東欧二人組は一足先に美容院に着いてファミーガを脅しまくってる。

 デニーロ&バーンズが着いた時には、さんざ脅し終わって二人組が立ち去ろうというところ。それでも刑事連中みんな猛然とダッシュして、マンハッタンど真ん中で白昼堂々の銃撃戦となった。だが結局取り逃がし。それでもローデルの足に銃弾をくらわせ少しは挽回したように思えるが、こっちは二人もやられたんだから世話はない。すっかり面目まるつぶれである。

 さて、そんな捜査の合間あいまには、さすがにデニーロと言えども人間としての顔を覗かせるときもある。 彼はテレビ・レポーターのメリーナ・カナカレデスと実は恋仲で、実はプロポーズしようと指輪買ってセリフまで練習してるけど、彼女多忙のためなかなか話が核心に触れず悶々としていたりするんだよね。このあたりで映画を見ている我々も、エドワード・バーンズ同様デニーロ刑事に対する見方が変わってくる

 ところがその頃例の東欧二人組はとんでもないこと考えていた。ここアメリカでは、いや西側の国々ではテレビに出る奴はスターで偉い。コックの周富徳だって偉ければ、その弟だってだけでテレビに出てもイバれる。たけしの兄貴も偉い。ガイジンだってだけでもオッパイでかいってだけでもずうずうしいババアってだけでも、テレビに出てこれれば偉い。犯人だってテレビに出てるから有名人だし偉いのだ。テレビを見ればデニーロ刑事に捕まった犯罪者だって、事件の著作権だ映画化権だって金がガッポガッポ入る。人殺しして捕まっても精神異常だと言えば出てこれる。出てきた後でやっぱり頭はマトモだと言い立てれば、法律上は同じ罪で二度求刑できないのだからシャバにいられる。これ狙えば言うことなしではないか。キレた頭のローデルも、一部始終をビデオに録画してるタクタロフを見ているうちに、そのくらいのことは思い付いた。だったらスター中にスーパースターを狙おうぜ。標的はあいつ…俺を撃ったスター刑事ロバート・デニーロだ!

 どうやってプロポーズしようか悶々とするデニーロの住まいを急襲した東欧二人組は、デニーロなぶり殺してドキュメントづくりしようと企んだわけ。

 さて、デニーロ刑事はどうなる? そしてバーンズ捜査官はどう出る? 東欧二人組の野望は見事達成してしまうのか?

 

 

 

 

 

 

 

ここからは絶対映画の後で!

 

 

 

 

 

 

 

佳作「トゥー・デイズ」の作者ならではの作品

 これ、あんまり評判にならなかったけど、「トゥー・デイズ」って佳作を撮ったジョン・ハーツフェルドの新作なんだよね。そのこと忘れてた。 「トゥー・デイズ」は何人もの重要な登場人物が錯綜し、奇妙なかたちで結びついていく人間群像劇。群像劇と言えばあの「ナッシュビル」やら最近では「マグノリア」などがそうだね。それらほどのスケールはないものの、これはこれでちょっと面白い味わいがあったと記憶している。話題にならなかったのが惜しい映画だったよね。

 今回の映画、最初宣伝からポスターから、どう見てもデニーロ&バーンズの刑事物バディ(相棒)ムービーの典型的作品って売りで、映画始まってしばらくしてもそんな調子だろうと思ってた。見ているうちにどうもバーンズが主人公的役割なんだろうなと察しはつくけどね。だがそれにしたって、なぜか不思議に東欧二人組が単なる悪役の枠を超えるほどに比重が高い。そういや予想もしなかった当代売れっ子女優がいきなりカメオ出演で登場したりする。それもこれも「トゥー・デイズ」の監督の作品ということを念頭に置いていれば、ある程度予想がついたはずだったんだよね。

 で、ズバリ言って映画前半終了後にとんでもない展開になる。キャストのビリング筆頭のスター、デニーロが画面から姿を消してしまうんだよ。まさかそんな事になるとは予想もつかないから、これは終盤にまたドンデン返しでデニーロ登場するのでは…と思ったりもしたが、ついにそうはならない。まず、これが何と言ってもこの映画の大胆不敵な点だ。まるでどこかの飛行機ハイジャック映画みたいだと思ったりもするが、コレ言ったらネタバレになるからやめておく(笑)。まずこの発想が秀逸だね。

 でも映画がその後バーンズの執念を描いたりしていく過程で、デニーロの存在感が大きな意味を持つ。まるで「生きる」の志村喬みたいに、みんなの心の中にデニーロが生きているからドラマが動いていく。これは並みの俳優では出来ない。やはりデニーロくらいのボリュームあるスター、それも「スター刑事」としてのカリスマと、みんなの心に生き続ける人間味を兼ね備えたスターでないとダメなんだ。その意味ではこのキャスティングは成功だし、受けたデニーロも偉かった。

 そして残ったバーンズが一応主役ではあるんだけど、映画全体を見渡してみると、東欧二人組の眼から見た(あるいはビデオの画面から見た)アメリカ社会という構成になっていく。結局、やっぱりちょっと変わった味わいの人間群像劇「トゥー・デイズ」の監督だったハーツフェルドらしい作品と言えるだろうね。

 そもそもデニーロが消えた時点で、典型的バディ・ムービーを安心して見ているつもりだった観客の我々は、ぽ〜んと投げ出されて誰が主人公で誰に感情移入すればいいか分からなくなる。そのことによって、誰が主役になっても誰が有名になってもおかしくないアメリカ社会…というか、徹底的に大衆化することで予測不可能で低俗化しつつある社会、つまりはテレビ時代の社会というものを僕らに生々しく実感させる。このあたりの作戦ってすごく鋭いよね。そうそう、何が起きてもおかしくない。理不尽だろうとスジが通ってなかろうと、それがテレビに代表される現代ってものなんだ。こんなのおかしいって思っても、納得できなくても仕方ない。「真実」なんて難しい話なんか実は誰も期待していない。面白ければいい。楽しければいい。俺たちは今こんなヘンテコな世界に生きている。それを映画の構成上で有無を言わせず納得させてしまうのがこの作品のうまいところなんだね。

 だからこれ以上映画の物語をここで追っていくのは無意味だ。あとはスクリーンから見てとってほしい。映画の感想文のくせにそりゃおかしいって? 納得できないって? そんなこと言われても困る。

 だって理不尽で納得できないのが、現代社会というものなんだろう?

 

 

 

 

 to : Review 2001

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME