「ハンニバル」

  Hannibal

 (2001/04/09)


薬害エイズ裁判の判決に思う

 血友病患者のための血液製剤にエイズ・ウイルスが混入した非加熱製剤を使用し続けたため、結果的に多数のエイズ感染者を生み出すことになってしまった薬害エイズ問題。その責任を問う裁判で、元凶とも言えるエイズ研究班のリーダーであり、元・帝京大学副学長の安部英が無罪となったということ、みなさんご存じだろうか? 

 その報道が流れた時、あまりにひっそりとした扱いに唖然としたね。そう言えば一時期エイズについて大騒ぎしていたこともあったけど、最近はすっかり静まり返ってしまって世間も無関心。今、全国でどれくらい感染した人がいるのか知らないけど、誰もそのことをどうこう言う人もいなくなったよね。

 僕はねぇ…実は5〜6年前くらいになるかな、お役所の仕事を多くやっていた関係上、このエイズ予防とか防止に関するキャンペーンポスターとかパネルをつくったことがあるんだよね。

 ところで、いざこの仕事に取りかかろうという時に、やたらいろいろ難しい事を言われた。エイズに関する広報物をつくるのは、とっても難しい問題を含んでいるそうな。そりゃどういうことかと尋ねてみると、とにかく関係各方面に気がねしながらつくらなきゃいけないらしいんだよね。まずこの時期はまだ厚生省が薬害エイズについて認めていなかった頃だから、このパネルをつくるお役所(この時は某自治体)としてはここを刺激したくない。だから血友病患者のエイズ感染についての問題をあまり触れたくないわけ。だけどこれを無視したら、その時点で確認できるエイズ感染者の大半を無視してしまうのと同じだし、何しろ感染者の人たちの団体から抗議が殺到することは必至だから、避けることは出来ない。そこで、薬害エイズについて触れるけど、原因について深く問わないという何とも中途半端なスタンスになるわけ。

 また、それ以外にもおかしな事はいっぱいあった。セックスの時にコンドームを使用するように指導するべきなんだけど、それがセックス奨励みたいに見えてはいけないという教育委員会の意向がある。このコンドームについては、ピル反対の道具に使われたくないという女性団体の思惑もあったりして、何かとこれまたうるさい。実際には何か言って来なくても、そこにそれらの存在を感じてしまうというか、プレッシャーを与えてしまう。だとしたら、それらは立派な圧力団体だよね。

 ではつくる役所の方はどうかと言えば、真面目に取り組む現場の役人の人もいるにはいたが、ちょっと上の立場の人間になると厚生省からやれと言われたからやってるってのが現実のところ。どこかの自治体の保健衛生担当の部長なんか、俺らにハッキリ言ったもんね。「議会対策でやってるんだから、あまり一生懸命やらんでいい」…ハッキリ言ってこいつらどいつもこいつも万死に値すると頭にきたよ(暴言)。

 エイズってのはねぇ、実にその蔓延した地域の事情を反映して広がるんだよ。麻薬患者が増加し続ける地域では、当然のようにセックスよりも麻薬の注射針による感染のほうが多い。それも貧しさで、針を取り替えず回し打ちするから感染してしまうんだね。あと、やはり貧しさで売春が横行する地域では売春婦たちが感染するとともに、自ら感染を広げてる。彼らもまた貧しさからコンドームを使えないのだ。そして男尊女卑の強い地域では、夫が売春婦を買うことは言わば公認という雰囲気があり、売春婦から感染した夫が妻へ…と家庭にまでエイズを持ち込んだ。また、初期のうちは男性同性愛者が感染源だという間違った情報が信じられたため(これは全く根拠がなかった)、根強い同性愛者への偏見から事態を直視することを怠り、感染をいたずらに広げる結果となった国も多い。そうそう、確かルーマニアの「チャウシェスクの子供たち」っていうのも、いかにもあの国の当時の事情を反映していたよね。チェウシェスク政権が「未婚の母などいない」というふりをし続けるために、父親のいない子供を孤児として施設に収容。十分な食事をやるお金がなかったため血液注射で栄養補給していたが、その血液にエイズウィルスが混入していたために子供たちみんなが感染に至ってしまった。かようにエイズ感染事情は、地域の事情を反映してしまうんだよね。

 では、わが国ニッポンはどうか? お上による性の規制にはやたら熱心なくせに、ちゃんとした仕切りもないままヘアヌード(って言い方も変だけど)解禁。それが野放図にダラダラ垂れ流しになって、何とコンビニで小学生でも見られる状態になっているというお国柄。こんないいかげんで偽善丸だしな体質が、エイズの蔓延の状況にも必ず反映してるはずと僕は思ってる。セックスの事は妙にタブー視されるくせに、みんなそこらでダラダラ何でもありでやっているというツケが、きっとどこかで出てくるに違いない。そのくせ問題を直視しないから、手遅れにならなければ何も動かないだろう。

 そしてわが国において典型的なエイズ感染のもう一つのケースが、多くの血友病患者に被害が広がった厚生省による薬害エイズ問題だ。業者の利害が絡んだところに日本固有の官僚主義がマイナス要因として働き、最悪の事態まで至ったケース。お上がその罪をなかなか認めなかったというところまで、いかにも日本的な蔓延と言っても間違いないだろう。

 …てな感じで、エイズのことを考えるということは、自分たちが住んでいる社会の在り方を考えるのと等しいわけ。この頃は僕はちょっとこの問題には詳しかったよ。

 そのうち僕はこの仕事から離れ、しばらく経ってからあの厚生大臣の謝罪があった。この時、少しは世の中マシなこともあるのかと、誰もが一時思ったに違いない。かく言う僕も迂闊にもそう思ったから人のことは言えない。まぁ確かに一歩前進ではあったけどさ。

 でも、例の被害者の人たちの象徴的存在の若者とその母親が、テレビとかにガンガン出てきて「沖縄の基地がどうした」「政界再編がこうした」とか関係ないことまで発言するようになってくると、ちょっとそりゃおまえら違うんじゃねえの?って思えてきたんだよね。いつからこの人たち文化人やヒーローになったんだい。いつしかそんな違和感を強く抱くようになって、僕はこのエイズの問題から出来るだけ遠ざかるようになったんだよな。

 考えてみれば、厚生大臣の謝罪も「大英断」というよりは、その当時の政権が不人気挽回の特効薬として打ち出したような内輪の事情があったと思うんだよね。それなのにこの大臣までスターみたいになっちゃうのは違うんじゃないか。これには僕はついていけない。ついていきたくないよね。それでも、この薬害エイズの元凶ともいえる安部英氏をめぐる裁判の行方だけは気になっていた。そして月日が流れて、人の噂も七十五日のこの無罪判決だ

 裁判は裁判。妙に近視眼的な善悪の物差しを持ってきて、まるで時代劇のお白州やら人民裁判もどきに決めつけるのもちょっと危ない気がするけど、このケースの場合はねぇ…。一体どんな思惑があったんだろう。安部が有罪になって、さらに厚生省のお役人にまで追求が及ぶのはマズいとの判断があったんだろうか。正直言って僕は逆に裁判所の人たちが心配だよ、こんな判決出しちゃって。だってこの男が無罪なのに、某真須美とか麻原某とかに罪なんか問えるのか? 明らかに誰が見ても真っ黒な人間が無罪になってしまう裁判なんて、今後誰が信用する? 誰が法律なんて守ろうとするんだ。これは銀行がどうしたとか株がどうしたとか、そんな事よりきっと大変なことだと僕は思うよ。一般の人たちの心理に与える影響から言って。

 真っ黒な悪。それが大手を振って世の中を堂々まかり通るとなれば、一体誰がその前に立ちはだかるんだ

 それは、その真っ黒な悪すら裸足で逃げたくなるような、研ぎ澄まされてある種透明にまでなりそうなほど純粋な、徹底的に行き着くとこまで行ったような本物の「悪」しかないんじゃないか?

 

熱い声援を受けて、あの男が帰ってきた 

 あの「羊たちの沈黙」事件から10年、そのラストで何処へか消え去った殺人鬼ハンニバル・レクターことアンソニー・ホプキンス博士の消息はその後も途絶えたままだった。

 さて、ここはとある大富豪のお屋敷。かつてそのホプキンスが収容されていた精神病院で、博士の看護を長年行ってきた黒人の看護士が、わざわざ呼び出されて昔の話をさせられている。その話を熱心に聞き入っているのは、当の大富豪。どうも体もいうことを利かなくなっていて、身の回りのことはすべて住み込みの執事にやらせている様子。やがて、この黒人の看護士は、レクターと心を通わせた人物がただ一人だけいたことを告げる。その名はFBI捜査官クラリス=ジュリアン・ムーアだ。それを知ってニンマリする大富豪。どうも何事かたくらんでいるらしい。

 その頃、当のジュリアン・ムーアは麻薬組織撲滅大作戦を展開しようとしていた。この作戦に協力する地元警察の人間は、この手入れを女が仕切るのが気に入らない。どうも最初からイヤな予感がしてくるムーアだが、もはやサイは投げられた。

 しかしやはり予感的中。この地元警察のマッチョ野郎がイキがったおかげで、手入れは散々な結果に終わる。FBIもイメージダウンで、その総責任者ムーアの評判もガタ落ちだ。彼女にとって辛いのは、身内のFBI内部でも彼女の言い分をまるっきり聞かないこと。むしろこれ幸いに彼女をいいように操ろうとしているのが気に入らない。FBIの上からレイ・リオッタ捜査官が来て彼女に何だかんだ言ってくるのもムカつく。実は彼女、妻子あるリオッタ捜査官とかつて何やらあったような様子だが、それをチラつかせて彼女を言いくるめようとする態度が頭にくる。まぁ、何だかんだ言ってもまだ俺のこと気になるんだろうってな男の自惚れがチラつく典型的セクハラ体質男。

 まぁ彼女は謹慎と巻き返しをかねて、昔懐かしいあの犯罪者担当に復帰することになったんだよ。あの犯罪者…そう、かの有名なハンニバル・レクター=アンソニー・ホプキンス博士。君の名前を挙げたのも、元々この男じゃないかと猫なで声で言ってくるリオッタは癪だけど、それは実際本当のことだし、今の追いつめられた自分の立場から言って文句が言えようはずもない。彼女はホプキンス担当に復帰することになったわけ。で、早速ある支援者に会って来いと言われて、会いに行ったのが例の大富豪なんだよ。

 この大富豪、実は体のいうことが利かないだけでなく、その顔は何とも無惨に抉られていた。無表情に見つめながら内心ビビるムーアに対して、大富豪はなぜ自分がホプキンスにこだわるかを語り出す。

 実はこいつ昔はとんでもない男で、金と権力にまかせて自らの変態的な欲望を満たしていたゲス野郎だったんだね。で、よせばいいのにまだシャバにいた頃のホプキンスに目をつけた。自宅に招いて意識もうろうラリパッパになる薬で、いいように弄ぼうなんて考えたのが素人の赤坂見附。自分も一緒にこのラリパッパ薬を飲んで、一緒に破廉恥しようと思っててたら相手のほうが役者が上だった。ラリパッパになったところをホプキンスに煽られ、自分で喜んで自分の顔を剥がすはめになっちまったんだよ。ハッキリ言って自業自得。

 だが、それ以来こんなザマになった大富豪はホプキンスを逆恨みした。何とか復讐の機会を狙って、いろんな奴に働きかけていたわけ。FBIにももちろん圧力かけたんだね。

 こんな奴に動かされてる自分にちょっとイヤ気はさしたものの、もちろんホプキンス追跡には執念もあるムーア。イヤと言える道理も理由もなかった。

 その頃、場所はがらりと変わってイタリアの古都フィレンツェ。そう、何の関係もなくこんな舞台転換するわけない。ここの大学に新任の教授として雇われようとしていた男が、誰あろうあのレクター=ホプキンスだったわけ。しかもこの人事、前任者が謎の死を遂げたための異例の人事とくれば、ホプキンスが何やったか想像がつこうというもの。

 その正体は分からぬものの、地元警察も一応事件として捜査しなけりゃならない。何だかくたびれた中年刑事ジャンカルロ・ジャンニーニがホプキンスに会いに行くが、その時は参考程度に話を聞くにとどまった。

 だが警察署に戻ってみると、何とアメリカのFBIから捜査協力の要請あったとかで、どこかのモニターカメラがとらえた映像のダビングの真っ最中。一体何だと野次馬根性起こしたジャンニーニ刑事が、その映像にホプキンスが写ってるのをめざとく見つけたのが運の尽きだった。

 興味を持ったジャンニーニは家のパソコン立ち上げると、この日は大好きな日本の映画サイト「DAY FOR NIGHT」を見るのはやめて、FBIホームページにアクセスした。するってえと、何とFBIが追ってる未解決の最重要犯として、あのホプキンスの顔写真が載ってるじゃないか。しかも懸賞金が莫大ときてる。ここでやめといて、ブックマークで「DAY FOR NIGHT」を見てればよかったものを。今週は「ハンニバル」の感想文アップされてるから面白いよ。ところがジャンニーニ、ついついスケベ根性がカマ首もたげてきちゃったんだよな。

 実はジャンニーニ刑事、年甲斐もなくもらった若い嫁さんがとにかく金がかかる。若い女とつき合うのはそれでなくてもジェネレーション・ギャップで大変。そこへきて浪費癖とは。でも、もたげたカマ首のせいか、この嫁さんに金使うなとは言えないんだよ。ジャンニーニ刑事自身、実は没落貴族の出だからちょっとは意地もある。もっとも彼のご先祖の貴族、かなり悪どいやったおかげで惨たらしく処刑されたらしいけどね。そうは言っても貯金は底をつく一歩手前、火の車。「DAY FOR NIGHT」見てたって金なんか入ってこない。だってサイトの管理者自体が金なくてひ〜ひ〜言ってるんだから、どこを叩いたって何も出やしないんだよ。オスカー・ダービー予想なんて企画出しながら、トップ賞になった参加者に賞金出すどころか、玄関にその参加者の希望する画像貼る程度のことでお茶を濁すていたらくだもんな。でもジャンニーニはフォレスト・ウィテカーの画像貼ってもらったって嬉しくねえんだよ(笑)。

 で、いろいろ探りまくって懸賞金に関する連絡先を調べ、有力な証拠を握ってるとタレ込みだ。さらに、本業のほうの警察が先に証拠つかんじゃうと金にならないので、例のダビングしたビデオテープは横からかっぱらった。ところがこのタレ込みはどこに通じていたかというと、実は例の大富豪。賞金もこいつがかけていたんだね。

 アメリカでテープ待ってるムーアはいつまでも来ないんでオカシイと思い始める。ホプキンスはジャンニーニ刑事が嗅ぎ回るんでオカシイと思い始める。だけどジャンニーニ刑事は若い女房にカマ首もたげっぱなしだから、オカシイと気づかない。あぁ、女に夢中の男なんてみんな脳が腐っちまうんだね。脳死状態。おまけに金欠。あるのはいきり立ったカマ首だけ。

 やがて、クラリス=ジュリアン・ムーアの元に、ホプキンスから手紙が届くんだね。それも仲良しのお友達への手紙とでも言わんばかりに、封印の代わりにキティちゃんのシールが貼ってある(笑)。ムーアはあわてて手紙をむさぼり読んだ。

「だいすきなクラリスちゃんへ

 きみはいまでもぼくのたんとうなんだね。ぼくはとってもうれしいよ。

 ぼくもまた、カムバックしようかとおもってるんだ。

 おうえんしてね。 ファンのハンニバルより」

 さぁ、この手紙一体どこから来た? 封印代わりのキティちゃんシールを調べてみたら、何と「サンリオ・ビューロランド・イタリアーノ」(笑)の売店で売っていたものだった。やっぱ、フィレンツェだ!

 ジャンニーニ刑事は昔なじみのスリに頼んで、懸賞金もらう証拠としてホプキンスの指紋をとろうと細工する。これが決定的にマズかった。指紋はとれたけど、ホプキンスをナメちゃいけない。馴染みのスリはホプキンスに殺されちゃうわけ。それでもジャンニーニ刑事はヤバいと気づかない。「DAY FOR NIGHT」で先にこの感想文読んでいれば、こんな馬鹿はしなかったものを。ムーアもジャンニーニ刑事の動きに気づいて止めようとしたが、カマ首男は言うことなんか聞かない。

 一方で例の大富豪の息のかかったマフィア連中が、田舎で人食いブタなんぞ飼育してホプキンス歓迎準備を用意万端整えていたわけ。で、こいつらの仲間がホプキンスの職場に押しかけてさらっちまおうという算段だ。そこにジャンニーニも居合わせて、様子を見ようというわけ。やめときゃいいのに馬鹿だねぇ。

 結局、田舎マフィアは全員キリキリ舞いさせられたあげくに始末された。それを高見の見物なんて安易に考えていたジャンニーニ刑事も、処刑されたご先祖同様、何とも惨たらしいやり方で殺されたのだった。

 そして、ハンニバル=ホプキンスは再び姿を消した。

  ホプキンスを人食いブタの餌にしてやろうと目論んでいた大富豪は、また彼を取り逃がしたのでガッカリ。しかし、やっぱりホプキンスがムーアに特別な親しみを感じていると確信し、今度は彼女を餌にホプキンスをおびき出そうと考えた。ムーアがピンチになったなら、ホプキンスはきっと姿を現すはず。

 やがてムーアは今回のホプキンス関連の事件の証拠物隠匿とかある事ない事デッチ上げられ、またまた現場からハズされて謹慎させられるハメになった。今回はFBIを辞めさせられるほどのヤバい状況。そして、またまたムーアの周辺にはセクハラ男レイ・リオッタがウロウロ。実は今回のムーアのトラブル、全部このリオッタはじめFBIの上の連中が画策したことなんだね。もちろん、その背後には金をバラまいてる大富豪がいるわけ。

 すると…ホントに来ちゃうんだよハンニバル=ホプキンス! なぜか「ロミオ・マスト・ダイ」のジェット・リーみたいに、どうやって来たのか分からないけど、やけにさりげなくアメリカに入国していた。そりゃあ旧友クラリス=ムーアの窮状を知るや、それは放っておいてはいられません。早速ムーアのおうちにラブ・コール。お外に散歩に誘いだす。

 ところが、それにFBIは目を付けてバッチリ尾行に張り込み。ムーアとホプキンスのランデヴー現場に無粋に割り込もうというハラ。というわけで、ムーアはホプキンスを捕らえようという気マンマンながら、自分を気遣ってくれるその気持ちに感謝してか、それとも気色悪い大富豪が胸クソ悪いからか、何とかその大富豪の復讐の毒牙からホプキンスを守りたいと携帯電話で説得したりするんだよ。

 しかし予感的中。ムーアやFBIの手をかいくぐったホプキンスも、大富豪の手下=例のイタリア田舎マフィア軍団の手に落ちて、まんまと彼女の目の前でさらわれてしまった。まぁ、でもFBIは大富豪のグルだから、こうなるのは見えていたんだけどね。

 さぁ、ムーアは怒った。これじゃあ石が浮かんで葉っぱが沈む世の中じゃあござんせんか。法よりもあんな気色悪い大富豪の意向が優先していいはずがない。何より自分を助けに戻ってきてくれたホプキンスを、このまま見捨てちゃオンナがすたる。FBIが何だ、上司の命令が何だ。止めてくれるなハンニバル、あたしの命も今捨てる。ゲロ顔大富豪のお屋敷に、オンナ一匹殴り込みで〜い!

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画見たあとで!

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパーヒーローにして高潔の人ハンニバル

 「羊たちの沈黙」から早や10年、記憶も薄れつつあるこの2001年に公開され、なおかつヒロインがジョディ・フォスターからジュリアン・ムーアに交代した「ハンニバル」は、続編と言ってもある程度別個の作品と受け取ったほうがよさそうだね。監督も「グラディエーター」でアブラが乗ってきたリドリー・スコットに変わったとなれば、なおのこと。

 で、今回は作品の重要人物から、ハッキリとタイトル・ロールに昇格したハンニバル・レクターには、その強烈なキャラクターからカリスマがギンギンに匂い立ってるわけ。

 以前はとんでもない殺人鬼・異常性格者として登場し、意外な人間味と不思議な存在感で場面をさらった感があるハンニバルだけど、ここではもう揺るぎない安定感で最初から登場しちゃうんだよね。何せ前半のフィレンツェ編では、クラリス=ムーアはほとんど「太陽にほえろ!」の石原裕次郎=ボス状態でイスから離れないでチョコチョコ出るだけ。欲求不満にさえなりそう。ハンニバル=クラリスの再会をみんな見たがっているんだからね。

 で、今回は全面的に大活躍のハンニバル=アンソニー・ホプキンス、どう変わったかというと、作品の性格が前述のように変貌したのを受けて、実はその位置づけもかなり変わってる。いや、回りくどい言い方はやめよう。今回のハンニバルはハッキリ言って、もうヒーローなんだよ。それもアンチ・ヒーローとかそんなのじゃなくって、バッチリと本物のヒーロー!

 だってこの作品で確かにハンニバルは数々の残虐行為を行ってはいるが、その相手を一人一人洗っていくと、みんなやられても仕方ない人間ばかりなんだもの。

 冒頭に出てくる顔抉られた大富豪も、元々は金と地位を悪用して他人を弄ぼうとたくらんだ腐敗しきった輩。あんな目にあってザマミロ男なんだよ。そいつらに荷担したマフィアやチンピラも目先の損得でウロチョロ動き回った雑魚ばかり。ちょい気の毒とも思えるジャンカルロ・ジャンニーニ刑事も、やっぱり欲得がらみで自分の本分を見失ったセコい男。終盤で何とも手の込んだいたぶられ方をしたレイ・リオッタ捜査官ときたら、根っからセクハラ体質でムーアをコケにしまくり、またまた自分の欲で汚い立ち回り方をした男。だから、こいつらがひどいやられ方をすればするほど、うわ〜ヤダなぁと思うどころか、観客はやんやの大声援を送りたくなる筋書きだ。いいぞ〜、もっとやれ!

 こいつらセコく汚いマネをしやがるくせに、一応合法的に社会的制裁とは無縁のところで不正を行う。あるいは自らの職務に怠慢こいてる。怠慢ったってFBIや警察は公の仕事をする人間なんだから、こいつらの怠慢はすでにただの怠慢でなく公衆への害毒だと言えるんだよね。だから厳しく断罪されるべきなのだ。

 でも、どうしてこんなハンニバル=ヒーローなんてキャラクター・イメージの修正が行われたというと、やはり前作から今作までの10年に、僕らの中でも世の中にも大きな価値観の転換が起こっていたからじゃないかと思うんだよ。

 何かのパワーをカサにきて、不正なことを堂々行いながら糾弾されない連中がちまたにあふれかえってきた。そのことへの何とも言えない不満が、僕らにも世の中にも確かにあるんだね。でも、それは既成の常識や道徳や法律では裁き切れていない。そんな八方ふさがりな時代の雰囲気がある。

 一方、前作はともかく今回のハンニバルには、行使するパワーは悪ではあっても、何がしか彼独自の規範みたいなものがあって、彼はそれをストイックとも言える厳しさで守っているんだよ。だから、それがとても誠実で厳格で高潔なものに見える。

 実は「羊たちの沈黙」の時と今回では、ハンニバルがクラリスに対して抱く好意というかシンパシーも、微妙に変化しているように思えるんだよ。前作、捜査協力のアドバイスをもらいにハンニバルを訪ねるクラリスに対し、ハンニバルはただの質問される関係でなく、より深い関わり合いを求めた。そこでクラリスは自らのトラウマや暗部を、彼に率直にさらけ出さざるを得なくなる。その率直さ真剣さに惹かれたように僕は受け止めたんだけどね。

 で、今回はと言うと、前作のニュアンスも残ってはいるんだろうが、それよりハンニバルは彼女に同志のような意識を確実に持っているように思える。自らに厳しく、FBI捜査官としての職務を忠実に遂行していこうとする彼女。それは変な権力欲、金銭欲、地位欲などにとらわれた他の連中とは無縁で潔く見える。それが、おのれの規範に忠実であろうとするハンニバルには好ましく見えるのだ。

 一方、ハンニバルが敵視する連中は、悪党にも関わらずその悪が何ともだらしなく汚らしく徹底しない半端な存在だ。彼らの頭にあるのはてめえの得、てめえの自分勝手だけ。そんな奴らにハンニバルは決して容赦しないんだね。たとえ悪であっても悪には悪なりのスジってものがあるだろう。

 そして、いつの世にもヒーローってものは、高潔の士であるべきだ。ならば現代、このハンニバルがヒーローであることに何の不思議があろう。

 ハンニバルは「同志」クラリスのピンチに、いかなる助力も惜しまない。それはこんな汚れきった世の中にやっと見つけたピュアな存在(自分の理想を現実にしようとする人)を全身全霊で守ろうとする祈りのような感情に思える。映画の中盤からまるでハンニバルがクラリスを守る白馬の騎士のように見えてくるのは決しておかしいことじゃない。

 一方、そんなハンニバルが一転してピンチになってからは、彼女もハンニバルを全力で守ろうとする。その前にも、彼女は捜査のためにやっていると自分でも言い聞かせながら、あの歪んだ変態大富豪からは何としても守りたいと思っているんだね。確かに全編残酷味に彩られながら、この映画がどこか爽やかな印象を与える理由はそんなところにあるのだ。

 だいたい今回のハンニバルってホントに悪人なのか? ずっと大富豪の手足にされ虐げられてきた執事に対して、大富豪を車イスごと人食いブタの群れの中に投げ捨てろと言い放つ彼は、その前に大事なことを言ってはいないか? 「全部、私のせいにしろ!」

 そしてちょっと笑ってしまうのは、ハンニバルが単なる異常性格者や猟奇犯罪者の枠を越えた精力的活動をするところだ。世界の警察が追っている身なのに、クラリスの危機に楽々とアメリカに舞い戻る。レイ・リオッタの自宅に忍び込んだ時、番犬がうなって脅してきたら、なぜか念力みたいなパワーで威圧しておとなしくさせる。何だかもう単なる犯罪者でなくって、スーパーパワーの持ち主みたいな描き方なんだよ。ハッキリ言って「アンブレイカブル」のブルース・ウィリスなんか裸足で逃げ出すくらい、スーパーヒーロー化してるんだよね。

 映画の終盤、クラリスが高飛びしようとしたハンニバルを手錠で動けなくする時、彼は意表を突いた行動に出る(このシーンについては別の見方も出来るのだが、それはさらに第三作が出来た時に結論が出るだろう。ここでは画面で見た限りの印象で語るけど)。ハンニバルは逃げられなくした彼女を責めたりなんかしない。僕はむしろ彼は好ましく思っただろうと思うよ。だって犯罪者ハンニバルを捕らえること、それこそがクラリスの職務なのだから。こんな場面でもそれを忘れなかった彼女を、実はハンニバルは内心嬉しく思ったんじゃないか? 君はこうでなくっちゃ…ってね。

 ただ、この終盤に関して言うと、ちょっと前に公開された同じホプキンス主演の「タイタス」と同じような趣向になっちゃったんで、何だかパロディみたいに見えちゃうのが気の毒なんだけどね。どうしてこうなっちゃったんだろう?

 ともかく、このハンニバルとクラリスの「友情」って、今の世の中じゃとっても美しく見える。それに二人の求める「理想」もとっても貴重なものに思えるよね。それは「正しきを行え」という言葉が陳腐にしか見えなくなった今の時代だからこそ、一際燦然と輝く

 地位や変なお題目やら金や目先の損得では得られない…それは人間が本当に自分のハートで考えて手に入れた、真に人間らしい「何か」なのだから。

 

 

フィレンツェに行っても「サンリオ・ピューロランド・イタリアーノ」なるテーマパークは実在しませんので、悪しからず(笑)。

 

 

 

 

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