「シックスティナイン」

  Sixtynine

 (2001/01/22)


今すぐお金が欲しい

 僕は今まであまり金が欲しいとか切実に思ったことないんだよ。

 いや、これイヤミじゃなくって。こう言うとまるっきり裕福な家で育ったみたいだね。まぁ裕福の基準をどこに置くかでいろいろ意見分かれるだろうが、僕の家はさほど豊かだったわけではない。実際贅沢なんてしてなかったしね。

 だいたい僕の親ってのが元々贅沢に縁がない。例えば子供の頃使っていた風呂ブザーが凄かった。浮きが付いてて、水が一定の高さまで溜まるとこの浮きがスイッチになってブザーで知らせるというシロモノなんだけど、これがかなりの時代モノだった。僕がガキの頃から使い続けたのがいよいよブッ壊れて、電器屋に直せるか聞きに行ったら(まだ直して使おうというのも凄い)大騒ぎ。製造元の電器メーカーの人間が飛んできて、譲ってくれと言い出した。何でもあまりに古くて当のメーカーにもサンプル品がないとかで、資料として保管したいと言ってきたわけ。そこでメーカーにこいつを高く売りつければよかったものを、新品の風呂ブザーと交換して喜んでるんだから何を考えてるのか分からない(笑)。

 ただシミったれてるかと思うと、突然カラーテレビ(当時はモノクロが一般的)や8ミリフィルム・カメラなんかドーンと買ってくるから不思議。決してケチじゃあなかったんだろうな。

 だから僕も、使えるモノは何年でも使ってしまう。大学4年の時に買ったステレオは昨年までダマしダマし使っていた。だって使えるんだもの。

 着るものとか靴とかも大して気にせず着れりゃいい履けりゃいいってもんで、安物を見つけては身につけていた。女なんかイヤがってバカにしてたけど、俺はどうでもよかったんだよ。

 その代わりCDや本を衝動買いしたり、MACを買ってからはコンピュータの周辺機器なんかポンポン買ったりしてた。そっちの方はもったいないと思わないんだな。だって俺にとってそれは大事なモノだったからね。そんな感じで、僕の金銭感覚ってどこかオメデタくってノホホンとしたものだった。

 それがここんとこ一変した。

 突然、何かと物いりになってきたんだよ。それもコンスタントに金が出ていく。最初は例のオメデタい金銭感覚でボーッとしか考えてなかったんだけど、さすがにそれも半年くらい続くとボディブローみたいに効いてくる。あれれ?…このままザルみたいに金使ってったら、俺一体どうなるんだ?…と気付いた時にはもはや手遅れに近かった。

 しかし、そういう事を考え始めるようになると、お金の使い方に優先順位がハッキリしてくるわけ。って言ったって、そんなのみんなやってる事なんだけどね。俺だけ世間的に疎かったってだけのことだよな。

 今までは「お金を使いたいこと」「使いたくないこと」に二分されていた僕の金銭感覚に、新しい要素が加わったわけ。それは「お金を使わねばならないこと」。しかも、これは最優先順位だ。

 すると「使いたいこと」の中に明らかに「使えないこと」が出てきてしまう。あれを買っておきたい、あれが壊れたから修理したい…でも今はガマン、後回しなんてことが山積みになっていく。

 何とかお金の状態を安全圏まで持ってきて、少しづつでもお金を貯めようと思っても、すでに自分は余力なんてない状態になっていた。これはツラい。初めてお金のないツラさが身にしみてきた。毎月毎月月末は綱渡り状態でヒヤヒヤもの。時に綱から落ちてしまうことさえザラだ。もう金と暇のありあまってる奴と一緒になって、飲んだり遊んだりなんて調子こいてる場合ではないのだ。

 ノドから手が出るほどお金が欲しい。

 白状するよ、今とてもお金が欲しいのだ。いや、欲しい…の状況超えてもはや必要だと言っていい。でもそんな俺の気持ちをよそに状況はどんどん後退。地獄の沙汰も金次第、金の切れ目が縁の切れ目。

 誰か助けてぇぇぇ。

 もちろん誰も助けてなんかくれない。どんな人間も状況を好転などさせてくれる訳がない。そんな時には人間はどうなるんだ。

 ハングリーになるんだよ、タイ映画「シックスティーナイン」みたいに。

 

毒を食らわば皿までの気分

 不景気きわまる日本でも、最近やたらとリストラばやりだが、ここタイのバンコクでもその厳しさはひとしお。OLのラリター・パンヨーパートが青い制服に身を包み、ちょっくら遅れて出勤してみると、職場じゃ上司のアルン・ワンナードボディーウォンが一同並ばせて何やら深刻な話。聞けば、何とこの中から3人辞めさせなければならないが、誰にすべきか分からないからクジ引きで決めると言う。日本でこんなことすれば大問題になっちゃうけど、ここはタイ。ともかく長い棒にそれぞれ数字を書いて一本づつ引かせることになった。ハラハラして固唾を飲んで見守った結果はお察しの通り。

 私物の一切合財を引き払って自宅のあるアパートに戻ってきたラリターちゃん。さすがにこの不況下にクビはこたえた。汚ねえアパートの自室に行こうとすると、スカした男が荷物持ってやるとか言いよってくる。妙に彼女に下心ありそなこの男、ラリターちゃんからすればウザったくてたまらんだけ。一人になりたい時ほど、こういう輩が寄ってくるんだよね。3階6号室の自宅にたどり着いて何とかスカし男を追い払ったラリターちゃん、勢いよくバタンとドアを閉めたらば、6号室の「6」の文字盤がクルリとひっくり返って「9」の字になった。この「九」の字、果たして「苦労」の「ク」の字か「空腹」の「クウ」か。とにかくここの住人ラリターちゃんは、この後まさしく「九」死に一生を得るようなハメになるのだが、この時はそんな事知るよしもなかった。

 その後、ラリターちゃんが街のスーパーに買い出しに行っても、レジに行ったら金が足りない。仕方ない、背に腹はかえられない。品物返すふりしてそのままギッちゃうラリターちゃん。仕事なくなりゃ金なくなる、金がなくなりゃ常識も良心もなくなるってのは、何もラリターちゃんだけのことじゃない。

 また自室に戻ったラリターちゃん、いっしょ自殺でもと思い詰めながら死ぬに死ねない悲しさ。結局なすすべもなくボケーッとしていると、いきなり電話のベルが鳴る。あわてて受話器取ったら、変態からのエロ電話。どいつもこいつもバカにしやがってと言いたいところだが、今の彼女には怒りを露にする元気すらない。やり場のない気持ちを抱えて部屋のドアを開けて廊下を覗いたら、自分の部屋の前にインスタント・ラーメンの段ボール箱が置いてあるじゃないか。何じゃこりゃ?

 普通こんなもの怪しくって手なんか出さないだろうけど、今のラリターちゃんはもうどうにでもなれ、毒を食らわば皿まで状態。スーパーで万引きした時点で、もうアッチの世界に行っちゃってる。ましてどっかの産院から赤ちゃんさらってきた訳でない、KSDにタカった訳でもない、はたまた外交機密費くすねたわけでもない。自分ちの前に「捨ててあった」段ボール箱を拾っただけ。箱に書いてある通りラーメンだったら、当座はこいつで食いつなげるじゃないか。でもラリターちゃんだって、この箱の中味がラーメンだなんて、これっぽっちも思っちゃいなかったはずだ。

 でも、さすがにここまでとは予想してなかったんだね。包丁で切って箱をもどかしげに開けると、出てくる出てくる何と札束100万バーツ

 慌てふためいたラリターちゃんは、友達のタッサナーワライ・オンアーティットティシャイ(ちょっと長すぎなので、以下オンちゃん)で電話した。「ねぇ?100万バーツ見つけたら、あんたどうする?」…こんな事を電話で人に聞くことからしてオカシイという判断が、もはやラリターちゃんには出来てない。その点、大貫さんは偉かったね。もちろんオンちゃんは妥当な答えを返したよ。500バーツならいいけど100万バーツじゃ手を出さないってね。だって、それはヤバい金に決まってるから。

 ところがラリターちゃんの気持ちが揺れ動いてるうちに、部屋のドアがノックされるじゃないの。ドアを開けるとおっかない顔のいかついスタジャン男と首にギプスのひ弱男の2人が立ってて、聞いてくるんだよ彼女に「ここに箱がなかったか?」と。この2人絶対ヤバい感じ。カタギの人間じゃないね。

 でも、考えてみればもう彼女はあの箱を開けてしまった。だから帰り道の橋は焼き落としてきちゃったも同然なわけ。「そんなものない」と言い張るより他ないんだよね。この瞬間、ラリターちゃんの人生に何とも忌まわしいゴングが鳴ったわけ。

 カ〜〜〜〜ン!

 さぁ、一旦は引き揚げた2人だが、しかしすぐまた引き返してきてリングに上がってきた…じゃなくてドアをノックしたぁ。ラリターちゃんがドアを開ける。おーっといきなりスタジャン男がキツいパンチを繰り出した〜。これはかなり効いた。ラリターちゃんはその場にくずれ落ちるぅ。その隙に乗じてぇ、2人がタッグを組んで部屋に無理やり入ってきたぞ。探してる探してる。あっちこっちと箱を探し回るが、なかなか見つからない。だ〜が、スタジャン男が小便している間にギプス男が箱を見つけたぞ〜。と、おーっとここでラリターちゃん、植木鉢でギプス男の頭をカチ割って反撃に出たぁ〜。意表を突いた凶器攻撃だ。し・か・しラリターちゃん、今度はスタジャン男の強烈な平手打ちくらってたまらずベッドに倒れこむぅ。ラリターちゃん反撃もそこまでか。スタジャン男はそのままラリターちゃんの首をギューギュー締め付ける。スタジャン男にがっちりホールドされたラリターちゃん。何とかこれをほどこうと激しく身動きするが、体格の差は如何ともし難いか。このままではカウントをとられるぞ。ダメかダメか、もうダメなのかラリターちゃん。貧困からの脱出は、実現不可能なのか?濡れ手に泡100万バーツの野望は、空しくリングの夢と消えるのかぁ?…おっ?どうした?スタジャン男の様子がおかしいぞ?鍛え上げた体のスタジャン男のぉ、動きが今ゆ〜っくりと止まったぁ。包丁だ。コワモテ屈強の見るからにいかついスタジャン男がぁ、脇腹を包丁で刺されてあえなく絶命だ。何とラリターちゃん捨て身の包丁攻撃で、スタジャン男を撃破したぁ。あ・な・ど・れ・な・い。女だてらにこのファイティング・スピリット。ラリターちゃん全く侮れません!

 まさにハングリー精神こそ格闘技に不可欠な条件。飢えは身を助ける。でも、自分の部屋で思わず人を2人も殺してしまったラリターちゃんにとっては、人生が急転直下地獄に向かってまっしぐらに突き進み始めたも同然だった。

 しかもこれは、これは何とも無意味に次から次へとコロコロ人が死ぬ、この不条理なお話のまだ第1ラウンドでしかなかったんだね。

 

 

 

 

 

 

 

この後は出来るだけ映画鑑賞後に!

 

 

 

 

 

 

 

 

タイからやってきた新感覚映画

 珍しやこれはタイの映画。実は僕は、これまでタイの映画なんて3本しか見ていない。そのうちの1本「ムアンとリット」は、日本で正式劇場公開された初めてのタイ映画だって言うんだから、他の人も僕と大して条件は変わらないんだろうけどね。「ムアンとリット」はすごく才気走ったとかユニークとかいった面白みはなかったが、マジメで誠実につくられた映画だったかね。上映したのが岩波ホールだから、そりゃあ清く正しく美しくなわけ(笑)。

 でも、この映画はタイではまるっきり当たってなかったって、何かの本に書いてあったな。それが日本に入ってくるとまるでタイを代表する映画みたいになっちゃうんだからね。結局向こうの文部省推薦みたいなお上のお墨付映画ってとこだったんじゃないかな? またやってくれたね岩波ホール(笑)!

 この「ムアンとリット」の主演はチンタラー・スカパットって女優さんで、この人が本当にきれいでキュートな人。実はロビン・ウィリアムズ主演「グッドモーニング・ベトナム」のベトナム娘役でハリウッド映画出演もしてると言えば、あぁあの娘と思い当たる人もいるはず。この人目当てに東京国際映画祭で上映された「クラスメート」って青春群像劇も見ちゃった。これも彼女はよかったよ。

 まぁそんな調子なんで、残念ながらタイ映画の現状でこの映画がどんな位置付けになるのかなんて皆目見当がつかない。

 でも世界の映画の流れの中では、この映画のポジションは明白だね。2年前くらいから僕も意識してる、イマドキの新しい感覚の映画づくりの延長線上にある作品に間違いない。それはアメリカのクエンティン・タランティーノ作品あたりが源流になるんだろうか。タランティーノは成功者となったため、今は作品も変にブランド化してしまったけど、最初の登場時に映画ファンに与えた影響は絶大なものだった。イギリスの「ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・バレルズ」、ドイツの「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」、オランダの「アムス-シベリア」など、どれもこれも全く毛色の違うもので一緒に出来ないじゃないかと言われそうだが、どこか地下でつながっているような感触の作品群が、国境を越えて同時多発的に登場してきたんだね。若い新しい感覚の作家たちが、低予算を逆手にとってセンスと勢いで勝負するパワフルでスピード感あふれる作品群。それが、最終的にわが国の「鮫肌男と桃尻女」あたりまで結び付いていると気付いた時、これが今後の映画の大きな潮流になるのかも…と僕は大いに期待したっけ。

 しかし2000年、そしてこの2001年の1月の時点では、それもちょっと尻すぼみって感じかな。期待してたムーブメントは何も起きなかった。

 それよりも、より大型予算をかけたメジャーな世界で、「マトリックス」あたりから「グリーン・デスティニー」「五条霊戦記」など、思ってもいなかったかたちでの新しい娯楽映画、大作映画の模索が進められてきたんだよ。で、実はそっちのほうが注目すべきことのように思えてきたんだよね。

 そういう流れで見ていくと、この「シックスティーナイン」は、明らかに前者、若い作家たちの新感覚による映画づくりの延長線上にある。流れ流れて、今やっとタイにまで到達したわけか。

 そう。この残酷と背中合わせの笑いみたいなブラックユーモア感、不条理でナンセンスな展開、一見アンチモラルな設定、見る者の予想を覆えすストーリー展開や編集やカメラアングル…などなどなど、こりゃあどう見てもこの潮流の作品だと分かる。

 ヒロインの部屋にやってきた悪党2人組が、段ボール箱に書いてあったラーメンのブランドが何だったかで言い争うバカバカしさ。あるいは、終盤にヒロインを見張っている男が、カーステレオから流れる流行歌を聞き、母を思い出して号泣するアホくささ。今一度、「レザボアドッグス」で銀行強盗決行直前の男たちが、ファミレスでマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」についてバカバカしい話を延々繰り広げるくだりや、「鮫肌男と桃尻女」の浅野忠信と若人あきらのドライブインの便所での珍妙なやりとりを思い出していただきたい。

 それにこの映画は、冒頭のシーンからまったく稚拙さを感じさせない。言っちゃなんだが、あまり映画が進んでいるとも言えない地域から来た作品には、撮影方法や器材、技術やセンスに起因する稚拙さが必ずと言っていいほどある。その点でこの作品は他のタイ映画とは一線を画してるんじゃないか。3本で判断しちゃマズいが、少なくとも僕が見たタイの映画だけに限って言えば、そんな稚拙さが少なからずあったもの。まぁ人の国のことは言えない。悲しいかなわが国の映画にだって、つい最近までそういうの多くあったよね(涙)。

 そういう意味でこの映画の監督ペンエーグ・ラッタナルアーンは、やっぱり注目すべき人だろう。実は劇中たった一箇所だけながら、まるで高校生の自主制作映画なみに致命的なミスがあって残念なのだが、それでもこの作品の出来映えはなかなか見事だ。

 そんなこの作品だけど、ちょっと世の中斜に構えた視点で見つめる新感覚の作品群とは、実はちょっと違う点がただ一つだけある。ラストの結論だけは直球ストレートなのだ。ヒロインがとった選択は、金がすべてではないという事。まるで「ブレードランナー」初公開版ラストの、主人公ハリソン・フォードがショーン・ヤングを連れて緑あふれる自然の中をエアカーで進む場面のように、この「シックスティーナイン」では車で自分の故郷とおぼしき森林地帯をめざすヒロインを映し出して幕となる。都会生活で最終的にボロボロになったヒロイン、その目指すべきものはむしろ捨てていった故郷にあるのではないかとでも言いたげなエンディング。それを知るための大きな代償として、100万バーツは必要だったのか。

 そう、やっぱり世の中は金ってわけじゃない。絶対失いたくない、どうしても手に入れたい、金よりずっと大切なものがあるんだ。何を青いことを言ってるんだと言わば言え。そういうものを持たない人はむしろ不幸だ。持ち金全部投げ出しても惜しくないと思えるものが、きっとあるはず。

 そのためにこそ、きっとお金はあるはずなのだから。

 

 

 

 

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