「パリの確率」

  Peut-Etre

 (2001/01/22)


出たくないイマドキの成人式

 今はもう1月15日の「成人の日」ってなくなっちゃったんだよね。でも全国の自治体じゃ、今でも「成人式」のイベントやってる。今を去ること20年以上前、僕らもスーツや晴れ着に身を包んで出かけて、つまんないお話聞いて記念品もらって、友だちと飲みに出かけた(笑)。ま、久々に旧友たちと会う口実としては、なかなかよかったよ。

 でも最近じゃ若い連中も殺伐としちゃって、ホンのわずかのつまらない話を聞くのもイヤっていうらしいね。今年は特に全国各地で騒ぎが起きた。今だにお役所主導の成人式なんて意味あるのかって論議はともかく、クラッカーまで投げつけたっていうから、ちょっとシャレにはならねえよな

 新成人になった早々逮捕されたなんて、まったくバカな奴らだよ。聞きたくなければ出ていけばいい。その足で飲みに行ったりパチンコ行ったりフーゾク行ったり、彼氏彼女いる奴ならラブホでも行ってやることやりゃあいい。何もあそこで暴れることもなかったろうに。大人になるとつまんねえことでも首を突っ込まざるを得なくなるんだぜ。つまんねえ飲み会とかつまんねえ会議とか。でも、そこで暴れる訳にもいくまい。

 しかも捕まった奴らもう成人なんだから、ガキ扱いの甘い量刑じゃ済まない。よりによって成人になったとたんに捕まらなくてもいいものを。これからはワルで売り出そうったって、成人式で騒いだ罪じゃあミットモなくて勲章にも何もなりはしない。

 もっともこいつら自分たちが「大人」として捕まって罰受けることによって、全国の若い連中に「大人」はキビしいぜってアピールしたことになるんだから、捨て身の功労者と言ってもいいかもしれないけどな。

 そういう俺だって「大人」ヅラなんぞする立場じゃない。いまだ子供もいない、第一その前に一人者だし世帯主でもないし。「責任」とってるなんてウソでも言えない身なんだよな。

 だけど聞いたら、成人式で捕まったアホの中には二人の子持ちもいたんだって? いやはや、何をか言わんやだよな、それは。まぁ、今の世の中見ればお先真っ暗で、めでたさも中くらいどころかドン底あたり。気持ちもスサんで一暴れしたい気になるのも分からぬでもないが。

 僕だって、どうせ俺の人生こんなもの、とても「責任」とりきれるタマじゃない、「将来」なんて考えられない、先々の事考えると俺は…な〜んて感じで、たぶん一生「責任」とか「将来」なんてものとは無縁なんだろうと思っていたよ。でも、人生何があるか分からない。

 だって「将来」はある日、思いもかけぬかたちでやってくるんだから。「パリの確率」で描かれているようにさ。

 

セガレ縮み上がり息子が現れる(笑)

 1999年大晦日、年越し祝おうと大騒ぎのパリ。みんなドンチャン騒ぎやらかそうと、手ぐすね引いて待っていた。無精ヒゲが汚ねえロマン・デュラスくんも、これから友だちのパーティーに出ようと着替えの真っ最中。ミレニアムにちなんでかSF趣向のパーティーらしく、彼も「スタートレック」クルーのユニフォームに身を包んだ。

 颯爽と出かけたパーティー会場の友人の家は、いまや満員御礼で宴たけなわ。やっぱり「スタトレ」ユニフォーム着た兄とレイア姫ルックの妹の二人が主催者で、こいつらの両親は外出時に「おとなしくやれ」とか「モノを壊すな」とか言ってたけど、若い奴ら集まってヒートしちゃたら、たちまち日本の成人式状態。橋本大二郎がいくら激怒したって収まるわけもないのだ。

 若い奴らはみんなイケてるお相手欲しくて、目を皿のようにして探してる。デュラスくんだってまだまだ血気盛んなお年頃だ。つい可愛い女の子に目が止まる。ちょうどそんな時に呼び止められるんだね、彼がステディにお付き合い中のジェラルディン・ペラスに。イヤ、その、ゴホン…と一応その場をとりつくろうのは男のエチケットだ。俺も、街でカワイ子ちゃんたちにキョロキョロしたと女に怒られたことあるしな。

 そんなデュラス、もう長い付き合いのペラス嬢に「子供つくろう」と迫られてヘキエキ。だって俺の仕事はロクなもんじゃないし収入は安定してないし、世の中暗くて先の展望がないし、俺だってもう少し自由でいたいし、さっきの女の子は可愛かったし(笑)…とてもとても子供なんて、と逃げ腰及び腰の彼なのだ。

 でも下半身は別人格。早速ペラス嬢連れてトイレに立て篭るデュラスくん。外はミレニアム祝うお祭り騒ぎ。ここはと言えばワッセワッセと、一年中さかってる男と女のお祭りが火ぶたを切ったわけ。

 や、やべっ!

 相手のカラダを羽交い締めにして、逃がすまじとガッチリふんづかまえるペラス嬢をば振りほどき、あわててカラダを離したデュラスくん。ちょうどその時、何も知らない女の子が、ば〜んとトイレのドアをおっ広げて入ってきた。

 いや〜ん、な〜にこの白いの?

 折角のパーティー衣装にトンデモナイものかかっちゃって、女の子の頭ん中は真っ白。デュラスくんのあくまで子づくり拒む気持ちを再確認して、ペラス嬢の気分は白々。一戦終えて疲れきったデュラスくんは、「あしたのジョー」ラストよろしく真っ白に燃え尽きた。

 もう知らないっとペラス嬢はスネて出ていく。デュラスくんはチェッ何だよとボヤきにボヤく。ぶっかけられちゃった女の子はボーゼンとして出ていくが、後でソレを「メリーに首ったけ」のキャメロン・ディアズみたいにジェル代わりに使ったかどうかは定かではない。だけどアレってニオイがキツいし、とてもジェルなんかにゃ使えねえよな(笑)。

 何だかイヤ〜な気分になったデュラスくんは、とってもパーティーの人だかりに戻って騒ぐ気になんかなれない。それにペラス嬢の不景気なツラも当分見たくない。俺のどこが悪いんだよケッ女は面倒くせえな。しばらくトイレでフテっていると、何と天井からパラパラ砂が落ちてくるではないか。

 天井の扉を開けて、廃虚のような部屋を通り、どんどん上っていくと…。

 あれま、外に出た! しかも外はなぜか真っ昼間。デュラスは今、建物の天窓から身を乗り出しているところ。でも、驚くべきはそんなことじゃない。

 眼下に広がるのはパリの街並み…であることは間違いないのだが、なぜか建物は全部砂にどっぷり埋もれている。街を行き交う人々の姿も何となくいつもと違う。ここはどこ?私は誰?

 街へ飛び出し、人だかりの中を歩いてみても、デュラスくんサッパリ要領を得ない。そんなデュラスを遠巻きに見つめる一人の男がいた。この男ついに意を決するとデュラスくんを呼び止めたのだが…。

 だ、誰なのアンタ?

 呼び止めたのは長髪白髪の老人ジャン=ポール・ベルモンド。デュラスくんはサッパリこの男知らないが、向こうはよくご存じのようで、やたら懐かしいを連発。なんで? するとベルモンド老人、デュラスくんが全く予想だにしなかった台詞を吐いた。

 「パパ〜!」

 あんまりの事に呆然自失のデュラスくん、思わず失禁、いや失神した。

 気がつくとデュラスくんはベルモンド老の言えに連れて来られていた。この男やたらに家族を抱えてて、回りの連中はデュラスのことを「じいちゃんじいちゃん」とウルセエことウルセエこと。

 何でもこの時代は2070年の未来らしい。ここにいるのは、みんなデュラスの子孫。ベルモンド老はじめとしてこの連中は、みんなディラスに何としても聞いてもらいたい頼みがあるらしい。で、息子と称するベルモンドが口火を切った。

 俺を生んで!

 今日…いや、正確には2000年の1月1日にデュラスが子づくりしなければ、ベルモンドがこの世に生まれなくなる。するとここにいる大家族の面々も、この世にいなくなるというわけだ。現にベルモンドがズボンをまくり上げると、脚のスネの部分がスケスケに消えかかってる。そう!さっきデュラスが子づくり拒んだ影響が、こんなかたちで現われたって訳なんだよね。

 冗談じゃない。それでなくても無茶な話に、今度は子づくりしろだって? その話は鬼門のデュラス、隙を見計らって逃げ出すが、たちまち捕まって縛り上げられる。そして子孫のみんなから入れ替わり立ち替わり、なだめ、おどし、おだて、すかし…ありとあらゆる説得を受ける。でも人間ってムリヤリ何かしろと言われて、ハイそうですかと聞くもんじゃない

 業を煮やしたベルモンドは、砂漠の彼方に住むデュラスの旧友に会わせようと彼を連れ出す。え?あいつはさっきパーティーにいたぜ?…いや、旧友は2070年まで生き延びて、老人となってひっそりと暮らしているらしいのだ。

 ところが訪ねた旧友は、一歩違いでお迎えが来てた。さっきまで元気で騒いでた旧友の干からびた死に顔を見て、デュラスすっかり胸クソ悪くなった。

 機嫌を損ねたデュラスは帰り道の砂漠でもフテくされて、ベルモンド老に当たりっぱなし。しかも間の悪いことに、この時点では自分はもうこの世にいないらしいという事実に思い当たる。おまえはもう死んでいる…って「北斗の拳」じゃあるまいし(笑)、まるっきりシャレにならない。意外に早死との自分の最期をベルモンドから聞いて、ディラスますますウンザリしてきた。もはやてめえの事で頭いっぱいとなったデュラス。だがそんな時、何を言われてもカエルのツラに小便だったベルモンド老が、誰に言うともなく急にポツリとつぶやくのだ。

 「僕は父さんから、ずっと無視されてる気がしてた」

 その時、ずっとイラだってベルモンドを邪険に扱ってきたデュラスの心に、何か今までになかった不思議な感情が芽生えてきた。一体何なんだ?この奇妙な気持ちって…。

 

クラピッシュの冷静で実感あふれる未来像

 快作「猫が行方不明」で衝撃的な日本デビューを飾ったセドリック・クラピッシュの作品って、「家族の気分」「百貨店大百科」「青春シンドローム」…と、どれもこれも視点がユニークでおかしくって、それでいて人間を見つめるまなざしが暖かい。この一見SF仕立ての最新作も、その点は全く同じなのだ。

 冒頭、まるで「スター・ウォーズ」の出来損ないみたいなSFドラマのパロディが出てきて、おっ「ギャラクシー・クエスト」かい(笑)?と映画ファンを驚かせながらニンマリさせつつ、実際の未来像ってホントにこんなSFまがいのもんなんだろうか?…と見る者にさりげなく目配せするあたり、クラピッシュ今回もあくまでシャレてるのだ。

 クラピッシュ作品常連のロマン・デュラスがまたまたヌボーッとした現代青年を好演しているが、やっぱり今回注目すべきは、この新鋭監督の作品にも臆することなく若々しく颯爽登場のジャン=ポール・ベルモンドだろう。これだけのキャリアの伝説的大スターにして、何とも飄々としていい味なのだ。彼の近作であるルルーシュの「レ・ミゼラブル」、ルコントの「ハーフ・ア・チャンス」と比べても、肩の力抜けきった好演。このベルモンドが息子…いや、孫と言っていい年齢のデュラス相手に、「パパ〜」と甘ったるく声をあげる様の何ともオカシイことったら。いやぁ、名優は遊び心を知ってます。

 この映画の最も優れている点は、近未来のパリの描き方に尽きる。砂に埋もれたパリというイメージがまず圧倒的で、ビジュアル的にも素晴しい。それに加えてタイムトラベル技術でも偶然のタイムスリップでもない、ただ理屈抜き説明抜きで、とにかく未来に行けちゃうというサッパリと抜けた発想がお見事。だから理由づけに追われたり、SF的装飾をてんこ盛りにしなくて済んでいる。2070年のパリが砂に埋もれていることも同様だ。普通なら第三次世界大戦だ地球温暖化だといろいろネガティブな説明を必要とするが、そんなこと全くなしの問答無用でパリは砂に埋もれてる。第一こういう設定にありがちな、暗い未来像がない。住んでる奴ら一向にそうは思ってないみたいだし、不自由も感ぜず普通に暮らしているから凄い。だからと言って超楽天的理想郷ってわけでもない。現代とは全く違う世界だが、人は普通に暮らしている未来なんだね。そりゃあそうだ! 何かは今より悪くなるだろう、何かは今より良くなるかもね。でも、きっと変わりばえしないものだってある。それが人間の歴史ってやつじゃないか?

 以前、赤ちゃんの出生率の低下を憂う記事を何かで読んだ覚えがある。低下の理由は大体若い人たちが今の時代をよく思ってない、未来に希望が持てないということに相場は決まっているが、この記事の筆者はこうした考え方に力強く「ノー」と言っていたのだ。今の日本より悪い時代、悪い地域はいくらでもあった。魔女狩りが猛威を振るった時代のヨーロッパで、人々は将来を絶望したか?…ノー。戦乱で国が荒廃した日本の戦国時代に、人々は愛する相手を得ようとしなかったか?…ノー。文化大革命当時の中国で、人々は子供をつくろうとしなかったか?…ノー! 彼らがそこに、歓びや楽しみを一切見い出さなかったと言ったらウソになるはずだ。いつの時代も問題は山積みされ悲しみ苦しみを抱え、人生はままならず、だけど笑いや幸せだってあったはず。そういう意味では、人間の歴史は変わらないのだ。

 この2070年のパリは、砂に埋もれた今と明らかに違う時代。でも、人は同じように生きている。これほど冷静でリアリティのある未来のビジョンってなかったんじゃないか? もちろん科学的にでなく、感覚的に実感としてリアルということだけど。そう、真実はいつも、悲観と楽観の間に宙ぶらりんに存在しているものなのだ。

 だから、そこでいたずらに立ちすくんでいても仕方がない。

 てんやわんやの末に現代に戻ったデュラスはペラス嬢との愛を最確認したものの、子孫たちへの愛情には目覚めながらも、現実のキビシさから子づくりは勘弁してくれとベルモンド老たちに頼み込む。やっぱりそこまでは踏み切れない彼を、もうベルモンドたちも誰も責めないんだね。

 でもねぇ、デュラス自身がパーティーの大混乱の中でいみじくも言ってたように、「未来がどうなるか分からないけど、それでいいじゃないか!」なんだよ。

 帰宅して白々とした朝の光の中。先刻の自分の決意とはウラハラに、ペラス嬢を心をこめて抱きしめるデュラスには、きっと何かがフッ切れたのに違いない。行く手には悪い事が待っているかもしれない。でも良いことが待っていないなんてなぜ分かるんだ? そう、案ずるより産むが易し、だ(笑)。

 将来に100パーセントの幸福を保証出来るかって? 申し訳ないけど、出来ない。でもそうなるための努力なら保証出来る。あとは君にかかっているんだ。未来はどこかから降ってきて手に入るものではない。それは君も一緒につくっていくものなんだ。

 ただ、これだけは言える。僕は40余年の短い生涯で、これだけは確信した。今やれる事やりたい事やるべき事をためらっていたら、必ず後悔する。僕にもそういう事がいっぱいあった。もう二度と自分の臆病さ加減を責めたりしたくない。あとはベストを尽くすだけだろう。いや。ベストなんて、そんな力み返ったスタローンが「ぬおおおお〜」って口をひん曲げて根性いれるようなことじゃない。のんびりやっていくんだ、たぶん今と同じように。人はいつかは死ぬ。だからプロセスが大事なんだ。「ペパーミント・キャンディー」でも描かれていただろう。

 とにかく、誰にとっても「人生は美しい」はずなのだから。

 

 

 

 

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