「ペパーミント・キャンディー」

  Peppermint Candy

 (2000/11/13)


1999年春 ピクニック

 田舎の河原の鉄橋近くに背広にネクタイの男がぶっ倒れている。しばらくしてこいつが歩きだすと、河原でカラオケパーティーなんか騒々しくやってる中年男女たちにぶつかるんだね。

「ありゃ?おまえ、ソル・ギョングじゃねえか」 そうだそうだと彼の周りに群がるオッサンオバサンたち。何だか同窓会だか何かみたいな雰囲気。何だ、こいつもこのオッサンオバサンたちの旧知の仲間だったんかい。それにしちゃノリが悪い。それにさっきぶっ倒れてたんじゃないかい? それにこいつ偶然ここに居合わせたのか? そんな都合のいい偶然ってあるもんかい。

 そのうちの一人が、ソルに盛んに連絡つかずに悪かったと弁解しきり。どうも、ソルって長らく消息不明になってたみたいなんだ。ところがこいつがあんまり弁解するせいか、ソルは怒って座は一気にシラける。しかもヒリつく雰囲気の中、ソルはカラオケ装置なんか目もくれずに勝手に歌をうたいだすんだが、これが女と別れたとか泣きの入った歌で、それを妙に思い入れたっぷりにがなりだすんで寒い雰囲気流れ出す。かつてラッキィ池田が離婚発表記者会見で、「離婚のダンス」なんて踊って無理やりハシャぐもんだから余計寒くなったような、いたたまれない雰囲気(笑)。周りの連中はこいつが来たことをうれしく思ってないことがアリアリ。いるんだよなこういう奴が。来たはいいけど座を思い切りシラけさせる奴。勢いあまってソルはヤケクソ気味に川の中までジャブジャブ入って、一団から離れちゃうんだよ。

 そのうち奴は鉄橋の上に上がってわめきまくるんで、みんな相手にしなくなっちゃう。だけど鉄橋の上にいたら列車が来たらイチコロじゃないか。戻ってこいよと呼ぶ親切な奴の言うこともきかず、ありゃりゃ列車が来ちゃったじゃないの。どうすんだよ。

 でも、どうもソルの顔は涙でグシャグシャ。死にたがってるみたいなんだよ。そして、どうして俺の人生こうなっちゃったんだとか、戻りたいとかブツブツ言ってる。うわわ、列車はソルのすぐそばまで来てるぞー。でも奴は大声でわめくだけなんだね。

 戻りてえよ〜!

 

1999年春 その3日前

 海辺のど田舎にソルはいた。カーラジオでは昔の職場の仲間が20年ぶりに再会ピクニックを計画してるから集まれ…なんて呼びかけやってる。ははぁ、ソルはこれを聞いて当日出かけたんだな。はた迷惑な奴。ソルはこの田舎でいかにも怪しげな連中から拳銃買って。早速車の中でこいつを口に含んだりして「リーサル・ウェポン」の、メル・ギブソンか「エンド・オブ・デイズ」のシュワみたいに死にたい死にたいってポーズつけてるけど、ポーズだけなら誰でもできる。どうも金も何にもないみたいだしな。地下駐車場でメガネの男を拳銃で撃とうとしたりもするけど果たせない。どうも、このメガネの男は知った奴みたいなんだが、何をやっても不完全燃焼の男。そのまま逃げるようにその場を去って、行った先がどうも昔の女房の家らしいんだが、ここで剣もほろろに追い立てられる。そうだよな、こんなに暗い男だもの。でも、こいつ最初からこんなに暗かったんかい?

 仕方なく雨でビシャビシャになりながら、河川敷のバラックみたいな我が家に戻ってみると、妙な男が待ってるじゃないか。ちょうどいい。クサクサしてたんだ。ソルは持ってた拳銃つきつけてわめく。

 行き詰まっちまって、こいつで誰か撃ち殺して俺も死のうと思ってたんだよ。だけど誰を撃ったらいいんだい?落ち目になったところに取り立てに来やがったナニワ金融道野郎か?共同経営者だったのに金を持ち逃げした友達か?それとも俺を見捨てて逃げた女房と子供か?あんた、ちょうどそこに居合わせて運が悪かったよな。

 しかしこの男、意外なことを言った。私の妻のムン・ソリを覚えてますか?あなたと恋人だったムン・ソリを。あいつが一目会いたいと言ってるんです。

 きれいな背広も買ってもらったソルは、この男に連れられて昔の恋人ムン・ソリに会いに行く。土産にペパーミント・キャンディー買って。何だそのペパーミント・キャンディーって?

 行った先は何と病院。懐かしいムン・ソリは、病室でもはや瀕死で意識もない。これにはさすがのソルもたまらない。

 覚えてるかい、ペパーミント・キャンディー。俺が兵役についてた時、君は手紙にこれを一つづつ入れて送ってくれた。

 でも、答えなんかあるわけない。絶句したソルは病室を出ていった。でも、誰も気づかなかったんだ。意識がないはずのムン・ソリの目から、涙がひとしずく垂れるのを。

 ムン・ソリの夫は、彼女からだとカメラを渡してくれた。でも、ソルはそいつも売り飛ばしてしまった。中に入ってたフィルムも捨てた。

 そう、俺の命もこれから捨てるんだから。

 

1986年11月 東京

 僕は疲れ切っていた。初めて勤めた会社での仕事に。まるで自分に向いてないと気づいた時は遅かった。

 元々、僕が大学を卒業した時は、かなりの就職難だった。自分なりに学生時代は8ミリ映画なんかつくっていい気にやってた。でも就職するとなると訳が違う。映画界なんか行ける訳ない。物書きになりたい夢もわずかにあったが、どうやってなったらいいか分からない。第一、僕の実家はサラリーマンの、実直な両親がマジメにコツコツやってる家庭。自分もそんな仕事に就ける訳もないとハナっから思っちゃいなかった。

 それでも何とかかんとか内定もらってホッとした1982年の12月、会社の説明会とやらに呼び出されていれば、何とこの会社に入ったら強制的にある新興宗教に入らせられると言うではないか。それまでまんまと隠してたわけ。あの日、よくキレて暴れずに帰ったと思う。結局断りの電話をかけて、ドタン場での就職活動。どこでもいいと入ったのが今の会社だった。

 最初は業務課に配属されて、社内で営業が持ち込む仕事の処理。ここは(どこでもそうだろうが)業務がデカイ顔をして、営業に言いたい放題。いつも客と社内の板挟みにあって、営業の人間は泣きそうな顔をしていたっけ。僕は自分の同期の人間が営業にいたこともあって、裏でコッソリその仕事をやってあげたりして、「道理のわかる業務の人間」としてみんなに扱われているつもりだった。

 ところが1年後、僕が営業の、それも社内で柄が悪いと悪評高いある営業所に配属になったとたん、悪夢が始まった。ここは徹底的に軍隊風というか、体育会系のイヤな雰囲気が充満していた。そこで僕は業務から回ってきた人間として、これを幸いとばかりイビリ抜かれた。しかも客回りは初めて、仕事もよく分からない、昨日までの同僚だった業務の人間は手の平を返したように冷たい、しかも職場の先輩たちは僕を元業務として目の敵にした。頼りは遠く離れた同期の連中だけ。

 いや、それはフェアじゃないな。僕も今やってる仕事に、まったく愛着も関心もわかないのだった。だから気の毒なのは、まるっきり営業センスも熱心さもない僕を雇っている会社のほうだ。ここへきてやっと、僕は間違った選択をしたと気づいたのだった。でも、今更転身なんて出来ない。当時、まだまだ転職は一般的ではなかった。それに一生同じ会社に身を捧げた父親の姿も見てきた。僕の気持ちには、まだ昔の日本の会社人間の名残が残っていた。それに、辞めて俺に何が出来るんだ。

 かつての幼なじみの女とのつき合いが、空しい結末を迎えたのも失意の原因の一つだった。彼女が長いつき合いの男と別れた時、慰めようと頻繁に会うようになった僕。しかし、僕にはどうしても彼女の前の男のイメージがチラついて、一歩踏み出す事が出来なかったんだね。愚かだと言うんだろ? でも、気が小さくて引っ込み思案の僕と、男性的で実行力に富んだ彼女の昔の男とでは、あまりに差がありすぎる。出る幕なんかないと躊躇していたんだね。それに仕事でも、どう考えても一人前の男とは言えない状況だ。とても堂々と彼女とは接することができない。人はどう思うか知らないが、そのうち彼女はシビレを切らしたか別の男と婚約した。確か彼もかなり男っぽい職業の人だよ。それを知った僕は、珍しく夜中に強引に彼女を呼びだして飲みに行った。あの彼女がシラジラと見つめる前で、僕は情けなくも酔っぱらい大いに荒れた。あんな事は後にも先にももうないだろう。

 結局、僕は辞表を懐に偲ばせて、ある朝会社に向かった。とにかく何かを変えたかった。

 

1994年 夏 人生は美しい

 ソルはまるで別人みたい。身なりも良くって堂々としてて、車から延々と携帯電話でビジネスの話。社長やってるらしいじゃん。オリンピック後の韓国の好景気に乗りまくって、この男にもこんな時もあったんだ。だけど、好事魔多し。どうも女房の浮気を疑ってる感じ。会社には何と1999年にソルが撃とうとした奴もいる。でもこの時は、まだ会社の共同経営者として仲良くやってるんだね。

 ところが予感的中。嫁さんは若い男に自動車の運転教えてもらうと称してイチャついてる。ラブホにシケ込んだところを殴り込み。なぜかこういう修羅場は慣れてる感じのソル。若い男をボコボコにしたあげく、ショゲかえった嫁さんには今日も遅くなるからなと偉そうに捨て台詞。

 実は近くに停めた車の中には、会社の若い秘書の娘がお待ちかね。早速、車の中で娘のケツひんむいて一戦おっ始める。おいおい、せめてラブホぐらい入れよ社長だろ? でも、外で…ってのは確かにちょっとやってみたい気もするね(笑)。でも、とにかく嫁さんのこと、とやかく言えるような男じゃないのだ。

 一発やったら腹減った。近くの店で女と飯食ってると、何だか見た顔の男がいるじゃあないか。「よぉ!」と慣れ慣れしく口をきくものの、向こうはあんまり会いたくなかったみたいだぞ。

 小便しに行ったトイレでも、またこの男とハチ合わせ。そこでソルは偉そうに言うんだな。「人生は美しい。だろ?」 男はイヤ〜な顔。

 帰りの車の中で、女にペパーミント・キャンディーもらうソルだけど、「いらねえよ」とはつれない返事。どうしちゃったの? 思い出のキャンディーじゃなかったの?

 

1995年3月 東京

 転身は正解だった。僕は今、ある会社でコピーライターという肩書きもらって、自由きままに好きな仕事をやっている。ここまで来るには人知れず苦労もあったよ。人に裏切られてひどい目にもあった。でも、今そいつはその報いを受けてる。ざまあみろだ。自分で自分の人生をちゃんとコントロールしてる実感。

 今の職場でもご多分に漏れずお家騒動があった。おかしな女デザイナーがやりたい放題やろうともした。でも、そんなのは放っておけばいい。俺はいち抜けた。

 後輩にデカイ口叩けるご身分にもなった。偉そうになったと人は言う、でもいいじゃないか。俺はそれだけの事をやってきた。ちょっとばかり傲慢になったっていいだろう? 俺にはその資格がある。悪いなんて誰に言える?

 昔の仲間たちと仕事の話をしている時も、人が変わったようだと言われる。今なら堂々としてるだろ? あの女と今つき合っていればな…と、時として思わないこともない。でも、人生は思うようにはいかないもんだ。全てを望んじゃいけない。縁がなかったんだよ。その後、出会った女たちとのつき合いたるや惨憺たるものだった。もう、女はコリゴリ。女づきあいが向かない男だっているだろう。俺の幸せはそこにないんだよな、きっと。

 しかし、そんな仲間どうしの仕事の話が、いつの間にか単なる自分の自慢話のひけらかしに過ぎないと、僕には分かってしまったんだ。だって、みんな我先にと自分の話はしたがるけれど、人の話なんか聞いちゃいない。もちろん僕もそうだった。そのくせ違った分野の仕事の話は刺激になる…なんて心にもない事を言う。

 では、なぜそんな自慢話を外の人間にしたがるのかと言えば、簡単に想像はつく。みんな自分で言ってるほど順調じゃないんだ。誰も自分の事を凄いなんて言ってはもらえない。だから、外の奴らに向けて思う存分言ってるんだ。もちろんこの僕も。思ったように職場が回らないどころか、どんどんジリ貧になっていってることは、だいぶ前から分かってた。気づいてみれば、ずいぶん寂しい大人になってしまったんだよな。

 暴君がやりたい放題暴れ回る職場にいられる時期も、そう長くはなかった。バブルはとっくに崩壊した後だった。

 

1987年春 告白

 例の嫁さんとつつましく家庭を持ってるソル。嫁さんは腹ボテ。でも、この時から何だかソルは嫁さんに冷たいそっけない。これじゃあ後に浮気されてもねぇ。

 で、時はチョン・ドファン政権下。ソルはいきなり、ある男を見覚えあるゾとふんづかまえる。こいつ、1994年にソルが旧知の仲みたいに慣れ慣れしく話かけたあの男じゃないか。知ってたの、こいつ? でも、今回は馴れ馴れしいというより、ずいぶん偉そう。

 実はソルは刑事だったのだ。で、例の男は学生運動か何かやってる奴らしい。この頃の韓国って民主化なんて夢のまた夢だから、刑事たちこの男を殴る蹴る水責めにするやりたい放題。中でも一番ひどいのがソルだ。これじゃあバッタリ会ったら、イヤな顔される訳だよな。で、無理矢理仲間の居所を吐かされたこの男が、自らの不甲斐なさ悔しさに大泣きしている横で、おまえの日記に「人生は美しい」なんて書いてあるぜ…なんてつぶやくソルは正真正銘の犬畜生野郎だ。

 で、その政治犯が潜む群山へ。この街は、実はくだんの昔の恋人ムン・ソリの住んでいた街だった。張り込みが交代になって、地元の客一人いないシケた飲み屋に入ったソルは、初恋お女に会いに来たなどと殺し文句を言って、店の女の子をクドく。いや…そこにはまるっきりウソはなかったのかも。

 あたしをムン・ソリと思って気持ちを打ち明けて…と一戦終わって睦言をつぶやく女に、ソルはただその名前をつぶやくだけだった。

 翌朝、彼ら刑事たちが政治犯とっつかまえてボコボコにしたのは言うまでもない。

 

1997年秋 中国某所

 例の会社を辞めてからの僕は、正直言って恵まれてなかった。日本は本格的に不景気に突入しようとしていた。やっと拾われた会社でちょっといい目を見て、これからだと思った矢先にイヤな仕事が入ってきた。中国でのリゾート開発のプロモーションの仕事だ。

 うちのような小さい会社に、何でこんなデカイ仕事が?と迷う間もなく、僕は中国に飛ばされた。投資家に見せるためのプロモーション・ビデオの仕事。でも、何だか胡散臭い話だ。案の定、行ってみたら東洋のゴールドコーストをつくる話なのに、目の前に広がる景色はベトナムそのもの。何にも出来てないところに、思うように投資が集まっていないらしい。

 でも会社としては大乗り気だった。何とかロケハンを済ませ台本をつくった僕に、殺し文句がささやかれた。素人映画つくってたんだろ? チャンスだ。プロとしてビデオの監督やってみろよ。

 しかし何から何まで用意がなく、雇われたビデオ・クルーがいるばかり。彼らはちゃんとお金が支払われるのか心配で、段取りのまずさおかしさでカリカリしていた。そこにど素人の演出家だ。ちゃんとアレンジする人間もなしで、僕が彼らを引率するかたちとなったから、彼らからすれば僕が会社側の人間ということになる。結果、演出家とは名ばかり。僕は使い走り雑用係苦情処理係パシり役。ありとあらゆるイビリが飛んできた。現地の中国人が見かねてみんな僕の味方をしてくれたから何とかなったものの、そうでなければ僕もどうにかなってただろう。倒れないのが不思議だった。それでもイヤイヤでも引き受けた初めてのビデオ作品だ。とりあえず撮影だけでも何とか終わらせなければ。

 やりたくないと言っていたのに、仕方なく無理矢理クレーン車を調達してくれば、浜にめり込んで立ち往生。空撮したいと言うから飛行機を調達すれば、グライダーよりチャチでカメラマンは俺を殺す気かと凄む。何だったら俺が乗って確かめてやると大声を張り上げたら、あまりの剣幕にムキになるなと引き下がった。あとは山ほどの罵詈雑言。罠だったのだ。誰かを殺したかった。この混乱の中で、僕は日本の元首相まで片棒かついだ大ペテンに巻き込まれた、無力なコマの一つに過ぎなかったと痛感した。いや、自分がいっぱしのクリエイターだというプライドまで徹底的に粉砕された。俺はくだらない能なしに成り下がった。

 最終日の夜、僕はホテルの一室で、現地のキレイどころの女と部屋にいた。とにかく奴らの顔は見たくなかった。でも、彼女は日本語なんて一言だって話せない。もう何もしたくない。僕は自分が品行方正なマジメな男だなんて言うつもりはない。何もしなかったんじゃない。できなかったんだ。そんな気持ちさえ失せていた。もう、何もする気はなかった。彼女には早々に帰ってもらった。一人になりたかった。

 知りすぎた男に居場所はない。帰国してまもなく、僕は会社をクビになった。日本には右肩下がりの本格的な不景気が押し寄せようとしていた。

 

2000年秋 東京

 映画「ペパーミント・キャンディー」を見た。この映画はご存じの通り、1999年春の主人公の破滅からどんどん時間を巻き戻して、彼の歩んできた苦渋に満ちた人生をフラッシュバックする。かけがえのない時間、かけがえのない出会い。それらが空しく空費され、喪失されていく様を非情に描いていく。そこに韓国の現代史がタテ糸となってつむがれていく。エピソードとエピソードの間には、どんどんと走り去っていく線路が映し出されるが、よく見るとそれはすべて逆行しているのだ。回りの人々もみんな逆に歩み下がっていく。

 主人公のその後(正確にはその前だが)はますます見るのもつらい状況になっていく。…というより、その後を我々が知っているだけに見るのがつらいのだ。人間、自分の人生の先がどうなっているか知ることはない。でも、もし知っていたら、それはつらすぎて耐えられないだろう。構成としてはセルジオ・レオーネの遺作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」を思わせはするけど、あっちは時制をバラバラに解体した展開だ。こっちは一直線に逆行していくのだ。

 このあと主人公の刑事になりたてのエピソードがくる。まだこの頃は残酷な取り調べに耐えられないナイーブな彼。後の妻は近所の食堂の手伝いで、彼に首ったけ。そこにやってくるのだ、別れて長くたったとおぼしき昔の恋人ムン・ソリが。彼女はかつては写真をやりたいと言ってたソルにカメラをプレゼントする。だが、すでに彼は何かが変わっていた。プレゼントを突っ返すとつれなく別れるソル。好きでもない後の妻になる女と安ホテルで冷え冷えと結ばれるのは、大荒れした失意のその晩のことだ。そして、さらに時間は遡って、問題の兵役時代の忌まわしいエピソードがやってくる…。

 伏線が伏線を生んで、そこにじんわりと浮かび上がってくるのは、運命の皮肉と圧倒的な喪失の実感だ。すべては時とともに失われていく…。

 監督のイ・チャンドンって、「グリーン・フィッシュ」に次いでこれが監督第2作だそうだけど、この出来映えには鳥肌が立つね。元々、作家やってた人らしいけど、ミステリアスな構成は、やはり同じ作家出身のニール・ジョーダンをちょっと思い出した。全然違うけどね。作家みたいな別のメディアやってた人だと、映画の持つ「時間」のメディアとしての性質に意識的になるんだろうか? いや、それはちょっと考えすぎかな?

 主役のソル・ギョングは何と主人公の生涯のうちの20年を演じきっている。同一人物がやってるなんて驚異的で、しかもなりきってるのが凄いよね。確か去年の東京国際映画祭でやった「虹鱒」にも出てたの覚えてるけど、これほどの役者とは。こんな人が出てくるなんて、韓国映画のすそ野はまだまだ広い。

 これは日本の NHKの資本を導入した作品だ。前にも「台北ソリテュード」とかアジア映画に投資したけど、これもそのプロジェクトの一環として生まれた作品。イヤイヤでも地上波と BSのお金払っててよかったよ。これがただ有働アナのおフザケ代に空費されるだけだったらウンザリだもんね。でも、「ニュース9」のスポーツ担当の女子アナ藤井の、胸を強調するためのピッチピチの服はいつもながら何とかならないのか。目障りだ。

 だが、そんな喪失感とともに、ただ時間を逆回転させているにとどまるなら、この映画ただただ後ろ向きな作品で終わってしまっただろう。この映画の真に優れている点は、実はその先にある。

 

1979年秋 ピクニック

 同じ職場の仲間たちが、休日にピクニックにやってきた。みんな長髪でジーンズ。中にフォークギターを持ってくる奴がいるのは、この時代の若者のお約束だ。で、みんなで河原で歌をうたうのも…あったよなぁこんなこと。恥ずかしい〜、でも懐かしい(笑)。よく聞けば、この歌は1999年にソルがヤケクソで歌ってた歌じゃないか。そのソルは…というと、いたいた。ジーンズはいて頭はおカッパ長髪(笑)。で、仲間たちのマドンナ、ムン・ソリと恥ずかしげに目を合わせたりして。このこの〜(笑)。彼女にきれいな花の写真撮りたいなんて言って、仲良くなったんだもんね〜。歌をうたってる一団から離れて、一人河原に寝転がるソル。目を閉じれば仲間たちの歌声と川のせせらぎだけ。

 お日様は暖かい、素敵な彼女と出会った、仲間たちはみんないい奴だ。前途は未知で、まだ開かれるのを待っている。何という幸せ。目を閉じると涙がひとしずくこぼれた。

 なぜだろう? あんまり幸せだからだろうか?

 

1999年12月31日 札幌

 僕はこんな真冬に、こともあろうに日本の北にいる。寒いの苦手だったはずなのに。ひょんなことからネット上の知り合いと会うために、思いもかけない場所に来た。でも、いいだろ? 何もないよりは。

 あれから、僕は人生に目的を失ってしまった。ただ食うために仕事をした。人づきあいも億劫になった。女は僕の人生からみな退場した。逃げていったのもあれば、お引き取り願ったのもいた。

 今回の札幌行きも何ら積極的なものはなかった。軽い気持ちで飛行機のチケットを取りに行き、取れるはずないとタカをくくっていたら取れてしまった。考えてみれば西暦2000年問題で、こんな時期に飛行機乗りたがる奴なんていなかった。ヤバいかな?

 いや。今更それが何だと言うんだ。落ちたところで何だ。もう失敗と分かってしまった人生だ。ここで断ち切れて何が惜しい? 誰が惜しむ? 積極的に命を摘みとる度胸もないが、今じゃさほどの執着もない。でも、その選択は俺の仕事じゃない。信心深い人間ではないが、面倒くさい仕事には任せる専門家がいる。なぁ神様、あんたの仕事だろ?

 でも大晦日は、神様も忙しかったようだ。そして大晦日の北の街で会った知り合いは、一時でも僕を楽しくさせてくれた。でも夜中はこの街に一人。ホテルで妙に華やぐブラウン管の中の連中を見て、気持ちはシラジラしていた。たった1 日、いつもと同じように日が変わるだけなのに。ガタガタ騒ぎやがって、バカじゃなかろかこいつら。

 でも、何となく追い立てられるように、気づいたら僕も街に出ていた。みんなが行く先は見当ついてる。大通り公園のテレビ塔の前だ。テレビ塔の電光掲示板にたぶん時計が出ていて、そこでカウントダウンするんだろ。

 テレビ塔の前に立った時は、まさにカウントダウンが始まる時だった。みんな大騒ぎ。そして…2000年と文字が出た。

 2000…ゼロが3つ。その時、不思議なことに僕にはそれが、何かをリセットしたように見えた。何も変わりない。変わりはしないさ。でも、変わったっていいじゃないか。人生にはまだやり直しだってきくだろう。

 

 人生は美しい。

 君もそうは思わないか。

 

 

 

 

 

 DAY FOR NIGHT Korean Restaurant

  

 to : Review 2000

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME