大穴狙い「第13回東京国際映画祭」

  Seeking for the Dark Horses in TIFF 2000

 (2000/11/06)


 またまたやってきた映画祭の季節。みんなシュワちゃんとかチャーリーズ・エンジェルの来日に夢中だね。いろいろな映画サイト見てみても、映画祭映画祭で大騒ぎ。一体、みんないつからこんなに映画マニアになったんだか…と、ちょっと首をかしげたくなる情況でもあるのだが、「コンペ作品全制覇」とか「連日渋谷に通いづめ」とかの勇ましい文言が踊るのを見ていると、何だか中高年のオトーサン・オカーサンの間で人気が加熱している「日本百名山」とかいうのを連想してしまうんだがね(笑)。あれは「百名山」登りきると、次「二百名山」「三百名山」と続いていくのがミソらしい。映画も似てるとこあるな(笑)。

 ともかく、僕は例年この映画祭では穴狙いと決めてるんだ。当然行くのは珍しいここだけで見られる映画のオンパレードの、シネマ・プリズム部門だ。

 だけど今年は毎年恒例のイランのモフセン・マフマルバフの映画は来なかった。見たい韓国映画も都合で全部見れない時間にやっていた。結局、今年はコンペティション作品2本とプリズム作品2本という、お寒いラインナップになっちゃった。

 そんな悪条件下での映画祭の感想文、しかもここで上映される作品なんて、みんなの目に触れるシロモノとばかりは限らない。そんな映画の感想を全国のみなさんにお見せして、一体何の意味があるのだという疑問も湧いてはくるのだが…。とりあえず、もしご用とお急ぎがないのでしたら、ちょっと見ていっておくんなせえまし。

 

 

2000年10月28日(土)

「西洋鏡」西洋鏡(Shadow Magic)

 インターナショナル・コンペティション上映作品。中国の作品ながら監督のアン・フーって女性は、アメリカ留学で向こうに渡った人。これもアメリカ資本が参加して、スタッフにもアメリカ人とおぼしき人々がワンサカ。クレジットも英語。そういえば、ラスト・クレジットにはたぶんヴィム・ヴェンダースのプロダクションである「ロード・ムービーズ」のロゴもあった。これホントだろうか? ともかくこの映画は東洋と西洋をまたに駆けた人らしいテーマのお話。

 時は今世紀初めの北京。当時の最大の贅沢で最先端だった写真館に勤めるある青年シア・ユイは、気のいい青年ながら好奇心旺盛。何かに熱中するとつい仕事を疎かにもしてしまってご主人に叱られる。同僚じゃ彼を良く思ってない奴もいるが、ご主人は彼を気に入ってるんだね。カメラに蓄音機と当時最先端メカに囲まれてご満悦の彼は、今でいうオタクのはしりかも。

 ある日、京劇の大スターのリウ・ペイチを写真館に迎えて大わらわの一同だったが、われらがシア・ユイはスターご一行の中に、ある美少女を発見して心躍る。シア・ユイの一人娘シン・ユイフェイがそれだ。

 ところがそこに、ちょっと身なりが貧乏くさい西洋人が乱入。このイギリス男ジャレッド・ハリスは、集まったヤジ馬たちに大声張り上げる。俺の写真はもっとすごいぞ、何って言ったって動くんだからな!

 そんなの誰も相手にしない。あっと言う間につまみ出されるハリス。でも、その中でシア・ユイくんだけは、ちょっと気にとめていたんだよね。オタクだから(笑)。

 そんなシア・ユイくんは老いた父親と一緒に暮らすしがない貧乏人。かわいいシン・ユイフェイが置いていった扇子を見つめて悶々。あの子はかわいいけど、俺なんか…。

 その頃、ハリスは自分の活動写真の器材一式を持ち込んで、汚い場所借りて劇場に改装。さあさ、いらはい!と客寄せするが、中国語は不自由だしショー・ビジネスが分かってない。だれも入ってこない。一人興味を持ったシア・ユイくんも、お金がないから追い返そうとする。でも、彼こういう時には火事場のクソ力が出る。何だ動く写真なんてウソっぱちだろう?何をっふざけんな、それなら見せてみろ、おぅ上等じゃねえか。

 汚い劇場のただ一人の観客となったシア・ユイくんに、ハリスはヤケクソで活動写真を見せるんだね。これは圧倒されたぁ!これは凄い!シネラマだアイマックスだ DTSだ、「燃えよドラゴン」だ「ジュラシック・パーク」だ「マトリックス」だ、こんなもん今まで見たことないよ!

 その日からシア・ユイくん、今日びの俺たちと全く同じ、映画の虜になってしまうんだよ。で、よせばいいのに写真館の仕事の傍ら、勝手にこのハリスの映画館の客の呼び込みから何から手伝ってしまう。おかげで映画館は大人気。みんな活動写真の虜になる。最初はつれなくしていたハリスも、こいつが役立つし情もわいてくる。そのうち大事なパートナーみたいな気になってくる。ハリスも本国で食い詰めたあげく女房子供に逃げられて、流れ流れて活動写真に一縷の望み託し、チャンス求めて北京までやってきた奴なわけ。

 シア・ユイくんも、実は太ったオバサン未亡人に見初められて勝手に縁談進められてるけど、気持ちは例のシン・ユイフェイちゃん一筋。せっかくどうにかこうにか仲良くなってきたのにぃ。でも、乗り気な親父に言い返せない。恩義ある写真館の主人も袖にできない。愛しい彼女を口説こうにも身分も財産も違いすぎる。あぁ、やっぱ金だよなぁ。

 でも、活動写真大人気で京劇の評判にも陰りは出てくる。未亡人との縁談はどんどん進んでいくし、写真館と好きな活動写真との両立はキツくなってくる。どうすりゃいいの?

 そんな時、あの西太后さまからじきじき、活動写真の上映を「ラストエンペラー」でおなじみ紫禁城でやるようにとの、ありがたいお話が舞い込む。そこに写真館へも紫禁城にとのお話が。そして、シア・ユイくん二股かけてた話もバレちまった。

 そこでついつい、両方やらせてくれませんかなんて調子のいい事言っちゃうシア・ユイくん。いい奴なんだけど優柔不断だよ。写真館の主人からはクビ、親父からは勘当。どうにもこうにもならなくなって、彼は活動写真に全てを賭けざるを得なくなる。二人にとって一世一代の晴れ舞台、紫禁城での上映会の日がやってくるのだが…。

 とにかく主役を演じるシア・ユイが素晴しい。何かに夢中になってご機嫌で…とにかく彼の笑顔が天下一品。この映画を見た人は、みんな彼のことを好きになるに違いない。あとは、写真館の主人の威張っている妻役に、かつて東京国際映画祭でグランプリをとった「青い凧」の主演女優リュイ・リーピンが扮している…と思ったけど。

 保守的な中国で、あらゆる困難を乗り越えて大好きな映画に賭ける主人公の人間像は、何をどうしたって監督その人とダブる。そのへんから言っても、これは思い入れ抜きで語れない映画。そして、もちろん映画ファンにとっても大いに泣かせる話。「エド・ウッド」とか好きな人には応えられないでしょう。

 撮影は万里の長城や紫禁城などの名所以外は、すべて北京のスタジオにセットを建てて撮影したと監督は言ってたけど、だとしたら大変な大作をいきなり任されたことになる。しかし監督その人はとってもキュートでクレバーな人。このアン・フーって監督、きっとすぐに頭角を現わしてくるんじゃないか。思わずサインもらっちゃった

これがアン・フー監督のサイン

 

2000年10月29日(日)

「私の小さな楽園(「エウ・トゥ・エリス」改題)」Eu Tu Eles (Me, You & Them)

 シネマ・プリズムのラテン・アメリカ映画小特集の1本。開巻いきなり、すごい僻地のほっ建て小屋から腹ボテの女ヘジーナ・カゼがロバに乗って出発するところからスタート。家にバアチャン一人置いて、子供を生みに行くと言い残す。そしてなぜか花嫁姿。彼女は一人で街のちっぽけな教会へ行き、そこで誰かを待っている。だけど、どうも待ちぼうけだったらしく、彼女はロバを捨てて通りがかりのトラックに乗りこみ去っていく。それから3年…。彼女が立派な男の子を連れて生家に帰ってきた。ところがちょうどその時は、バアチャンが死にたてホヤホヤ(笑)。彼女がショゲる間もなく、すぐにお葬式。すると、近所で真新しい家を新築していた老いぼれ男リマ・デゥアルテが彼女に言い寄ってくる。俺と結婚しろよ、家も新しいぞ、家財道具も全部揃ってる…。

 この老いぼれデゥアルテと結婚したものの、初夜からいきなり何にもなしでグーグー寝ちゃう夫にヘジーナ・カゼは唖然。うっ、やっぱりアレが出来なくなっちゃうと男はダメなのね(涙)。それどころか、夫になったデゥアルテは朝からハンモックに横になったまま、ラジオを垂れ流しで聞いているだけ。働かない家事をしない。この男、そういう面倒な事をやらせるためにカゼと結婚したのだ。欲求不満の解消を外に求めて、肌の色の違う子供が生まれちゃったけど仕方がない。それでも事態が良くならないのに呆れ返って、絶望したカゼは家出するが、デゥアルテに連れ戻される。

 その後デゥアルテの義弟で彼女に同情するステニオ・ガルシアと急速接近。ガルシアが妻から愛想づかしされて追い出されるや、デゥアルテの家に転がり込んで、どさくさに紛れてカゼに自分の子供生ませちゃった。すっかり苦りきるデゥアルテだが、稼いでくるカゼと家事全般をこなすガルシアに頼りっきりの男だから、今さらどうにもできない。

 ところがさらにカゼの仕事仲間の中から第三の男ルイス・カルロス・ヴァスコンセーロス登場。ガルシアの増長に苦りきっていたデゥアルテは喜んでこの男を迎え入れ、家に居候させる。しかも、ガルシアにこの若い男ヴァスコンセーロスの弁当までつくらせるイヤがらせ。だが、カゼに3人目の子供が出来て、その父親がどうもこのヴァスコンセーロスらしいと分かると、今度はデゥアルデが頭を抱える番だった。

 でも、この若い男ヴァスコンセーロスは本来流れ者で飼いならされるような男じゃない。現にそれまで出ていこうとしてもいた。そこを足止めするために、カゼは年寄り男2人に新しい部屋をつくらせるわ、子供は妊娠するわで、結局このヴァスコンセーロスも家から出られなくなる。いつの間にかこの家に縛られたはずのカゼが、この家を思うがままに振り回しているのだった…。

 このヒロインを演じるヘジーナ・カゼなる女優さん、年増だし、何しろ顎は長くていかつい顔してるし、およそ美女とは言えない人。だけど、胸とか尻とかパ〜ンと張り詰めてて、そこから強烈フェロモン放射してるのか、なぜか男に囲まれる構図が奇妙に見えないのだ。彼女の野性味あふれるセクシーさが見ものかも。

 辺鄙なブラジル僻地の田舎のエロ話。だけど、大してエロ場面は出てこないから、そういう期待で見るとガッカリするよ。僕はヒロインがもっとキレイと思ってたから、別の意味でガッカリ。

 

  同日

「アモーレス・ペロス」Amores Perros (Love's a Bitch)

 珍しやメキシコ作品。でも、先の「エウ・トゥ・エリス」とは違ってコンペ作品。

 開巻まもなく、メキシコシティとおぼしき街の中を、やたらぶっ飛ばしてる一台の車。車を運転している口ヒゲの若者と同乗者の金髪トンガリ頭の若者は焦り狂ってる。どうも追われてるらしい。車内には血を流して瀕死の黒い犬一匹。こいつを助けたくて急いでるのか? どうもそうではないらしい。後ろから車が追っかけてきて、乗ってる奴らは銃を振り回してる。ヤバい橋渡ったな、こいつら。慌てて暴走したあげくが、交差点で信号無視したあげく、横断してきた車に激突! 場面は暗転。

 さて、このお話はここで一端リセットする。このお話は実はものすごく多い主要登場人物が次々出てくる人間群像劇。出てくる連中は次の通り。くだんの口ヒゲは職なしのごくつぶし。兄貴はちょっとした暴君で、まだ学生やってる幼な妻にも勝手横暴乱暴狼藉。幼な妻は子供抱えて耐えているが、何せまだ学生だから家事は夫兄弟のおっかさんがやってる有様。兄嫁への同情が勢い余って思慕になり、一緒に家を出ようと持ちかけるが先立つものがない。気持ちは分かる。何とか一緒に暮らしたいけど、まず金だよな。で、兄貴の犬がかなり猛犬で、可愛がってる自分になついてるからと、何とアンダーグラウンドな闘犬場で試合やらせてみる。これが連戦連勝であぶく銭ワンサカ。だけど、そこでコテンパンにやられた相手方のならず者には、そろそろにらまれてヤバい感じ。でも口ヒゲは兄嫁ともワッセワッセといい仲になって気にしてない。そんな兄貴はというと、スーパーで手堅く稼いでることになってるけど、元々ロクデナシでそんなおとなしいタマじゃない。夜な夜なダチとコンビニ強盗なんかやってる。

 片やそんな奴らに全然関係なしのいい暮らししてる雑誌編集者は、きれいなモデルと不倫中。ついに家を出て彼女と愛の巣を構えるが…。さらに、ヒゲもじゃ老浮浪者が街をうろついてて、捨て犬を手なづけてはこいつらをゾロゾロ引き連れている。でも侮るなかれ。こいつは請負で人を殺す殺し屋の顔を持っているのだ。そして、意味ありげに一人の娘の回りをかぎ回っている…。

 これらの話はそれぞれ独立している訳ではなく、それぞれのエピソードの中にポンポンと挿入され、少しづつ小出しにされていく。だが、お話は大きく3つに分かれて、まず最初の章は口ヒゲの巻。まぁいろいろあって最後にくだんの交通事故になる訳。

 第2章は不倫男とモデルの巻。愛の巣構えたらすぐ例の交通事故で、巻き込まれた相手の車にモデル嬢が乗っていたわけ。モデル美女は大怪我。車椅子の不自由生活のあげく、愛犬が愛の巣の床に偶然ボコッと開いた穴に迷い込み、それっきり出てこない。犬が出てこない、体は不自由だ、モデルの仕事はチャラになった、そこへきて自分が不倫の時によく男の家にかけたように無言電話がかかってくる。イライライラ。何だか二人の仲はたちまちおかしくなっていく。

 第3章は浮浪者の巻。ある日、新たな殺しの依頼あり。自分のビジネス・パートナーを殺したいとか。引き受けてそいつを追い回しているうち、くだんの事故に遭遇。口ヒゲ男の車から、あぶく銭と瀕死の犬をゲット。自分の家で面倒見始めるが…。

 ハッキリ言ってしまうと、みんな愛が満たされずに終わる。愛をうまく軌道に乗せて成就させようとしてやった事が裏目に出て、肝心の愛を押しつぶしてしまう。そこに犬が触媒となって関わってくる。これが何かの象徴なんだろうな。

 僕は人間群像劇が好きで、やっぱりそれらの中でも屈指の出来は、ロバート・アルトマンの「ナッシュビル」だろうな。この「アモーレス・ペロス」もいろいろな人間模様がモザイクになってて、何と2時間40分を超える長尺にも関わらず飽きさせない。僕はそういうの好きだからね。

 ただ、これだけいろいろ人間模様とエピソードがあると、ごろごろ転がっている雑多でバラバラなお団子を、一本に刺してたばねる団子のクシがいる。確かにこの映画では交通事故というアクシデントに全員が居合わせてはいて、それがそのクシのつもりらしいものの、何かそれだけじゃあ弱いような気がするんだよね。全体通して、運命の皮肉さという面白さはあるんだけれど。

 「マグノリア」とかが大好きだった人にはお勧め。これ日本での公開も決まってるみたい。しまった、別に映画祭で見なくてもよかったよ。でもこの映画、数多くの登場人物やエピソードを結ぶ、必然性のサムシングに欠けるのが難点…と僕には思えるんだよね。監督のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥって人の馬力は認めるんだけども。僕にはそれが欲しかったな。出ている俳優は知らない人ばっかだけど、たぶん向こうでのオールスターになってるんだろうね。

 

2000年11月5日(日)

「ストーミー・ナイト」(「真犯人」改題)Kaun (Stormy Night)

 いよいよ僕にとっての映画祭最後の作品。で、最高に期待していた作品。何とインド製のサスペンス・スリラーだ。見る前からワクワクするでしょう? インド映画と言えば、昔はサタジット・ライの素朴でシリアスな映画しか入ってこなくて、これ実際向こうでは一握りの知識人と外国人しか見ない代物と聞いていた。ところが今度「ムトゥ」が入ってくるとこれ一辺倒。歌と踊りと太めの女が出てきて、コテコテの泣かせが入ってて、ヒーローが冗談みたいに強くて、何でもかんでも入れてるから3時間ぐらいあって、脚本なんてバカバカしいご都合主義のカタマリ。これはこれで愛すべき映画だとは思うけど、これが入ったとたん日本のシブヤあたりじゃ、妙にこの手のマサラ・ムービーとやらを持ち上げだしたからイヤになる。そうじゃないインド映画ってないのかよ

 で、そんな僕の問いに答えてくれたのがこの作品。セットは家が一軒だけ。登場人物は3人だけ。で、スリラーなんである。歌も踊りも、ついでに太めもない。

 雨がシトシト降る日、大きな屋敷に一人で留守番のヒロイン、ウルミラー・マートーンドカルは、何だか寂しくてビクビク。電話でママに早く帰ってきてと言ってるそばから、もうビビッてる。テレビじゃ連続殺人犯のニュースをやっている。物盗りじゃないこの殺人犯は町をうろついていて、テレビでは戸締まりを厳重になんて言ってるから、ヒロインはイヤが上にもおびえるのだ。

 面白いのはこの映画、終始この雨が降ってる音が効果音として生かされて、観客にイヤ〜な気分を醸し出す。そのほか、ジャジャ〜ンとかボワ〜ンとか怖い気分を盛り上げるサウンド・エフェクトが多用され(というか、されすぎていて)、見ているお客さんに怖いぞ怖いぞと訴えてきて、もううるさいほど。それが効果的に使われている時もあるけど、大半が意味もなくガンガン音を鳴らせてる状態だから、何だかお化け屋敷みたいなわけ。

 ヒロインは最初理由もなく怯えてる。窓が半開きだった、ドアが半開きだった、ベッドの下の暗がりが気になる、シャワールームのカーテンの向こうが怖い。そのたびにヒュ〜ドロドロみたいなサウンド・エフェクト。

 だけど、こうも年がら年中鳴ってると、観客も慣れちゃうんだよね。それに明らかに何かいるのに不用心に振る舞うヒロイン…っていうのなら効果的なんだけど、見ているこっちだって、おまえそれはちょっと気にしすぎだよって思うくらいの怯えかただから、だんだん「またかよ」って気になってくる。ちょっとおとなしくしてテレビでも見てたら?

 そのうち、いつの間にか家の中に人がいっぱい突っ立ってるとか、ドアをぶち破ってゾンビみたいな手が出てきて、ヒロインのクビ絞めるなんてシーンが出てくるんけど、これ全部ヒロインが幻想見たという設定で、そんなに何度もやられるとシラケが増す。そんなの一杯出したら何でもありになっちゃうもんね。まぁ、観客脅かしてるサービスのつもりなんだろうけど。

 いいかげんこっちもシラケかかった頃、ドアのチャイムが鳴る。見てみると背広にネクタイの変な男マノージ・バージパイが立っている。こいつ、ナントカっていう人を訪ねてやってきたと言うんだけど、ここはそいつの家じゃないって言ってもきかない変な奴。何とかんかんとか家に入ってこようとするから怪しい。

 こいつを追っ払ったと思ったらまたチャイムが鳴って、同じ男が今度は電話かけさせろと言う。それが終わったら寒いから雨宿りさせろと言う。ヒロインが亭主が二階で寝ているとか、電話が壊れてるとか言い逃れを言っても、こいつへいちゃらなんだよね。その都度、ヒロインはサンドイッチつくってる台所とドアを行ったりきたり。でも、警察に電話しないんだよねぇ。バカじゃなかろか? そのうち男の言うことも図々しさを増して、何か食い物をくれ、テレビ見せてくれ…と明らかに常軌を逸してる。それでもヒロインが高飛車な態度に出れないのは、プライバシーとかにうるさくて家に入ろうとしただけで警察呼ばれたり銃で撃たれたりする西欧社会と、そういうカタいことを日頃から言わないアジアの違いだろうかなどとマジメなことまで考え始める。とにかくナンセンスな要求を次から次へと言ってくる男と、台所とドアの往復に終始するヒロインとのやりとりみてると、しつこいまでの繰り返しで笑いをとった往年のコント55号のお笑いみたいな気になってくるおかしさ。

 そこへ今度は何だと思ったら、この男は「二階でご主人が目を覚ましたようですね」…なんて言い出すからヒロインはビックリ。誰もいないはずなのに。ひええええ…とドアを開けて逃げ出そうとした隙に、男はまんまと家の中に入ってきてしまう。今のはウソでしたと男に言われても、家の中に居座られて万事窮すだ。何て間抜けなヒロイン。

 今度は家の中でコーヒー飲ませろとか言いたい放題。昔つき合った女の話をしてシンミリするかと思えば、猫がいるのに気づいて「猫は大嫌いだ!」とキレたり。面白いところを見せるかと思えばアブない感じで、なおかつ図々しい。ベラベラしゃべってうるさくてドタバタして厚かましくて…こんな奴いたよな。誰だろう? そうだ、出始めの頃のジム・キャリーか何かのイメージだよな。うざったいとこまでそっくり。こいつ顔は似てないけど。インドのジム・キャリーだ!

 そのうちドタバタしてるうち、またドアを開けて第2の男を家に入れてしまう。このヒゲづら男スシャント・クマールは拳銃を持って、自らを刑事と名乗っていた。ここで拳銃の持ち主もクルクル変わり、誰が怪しいのかも分からなくなり、その都度ヒロインはキャーキャー。ほとんどナンセンス・コメディで笑っちゃいそうなんだけど、効果音や音楽は相変わらず大まじめにジャ〜ンとか脅かしてるから、なおさらおかしい。結局第2の男も刑事じゃないと白状するんだけど、これがまた「安心しろ、俺はただの空き巣だ」なんてセリフからして笑うよね。何だよ安心しろって(笑)。

 そのうちインドのジム・キャリーがこのヒゲ面を調度品のヤリで刺して反撃に出るんだけど…。

 これたぶん日本では一般公開されそうもないから、ネタバレしてもいいと思うんだけど、一応用心のために真相知りたい人は下をクリックしてください。

 

真相はこっちだよ

 

 それにしても、コケ脅かしに終始して、何だか本当は辻褄が合わないとこもある脚本といい、全体のムードといい、終始雨がシトシト降ってるあたりといい、今我が国でも話題のあるサスペンス映画にとっても似てる。つまりドラマをキッチリつくって人間を描き込んでいこうという気がさらさらなくって、怖がらせのための怖がらせをしようとすると、スリラー映画ってこうなっちゃうという見本なんだね。先に挙げたあるサスペンス映画との、物語の見せ方が似ている点が僕には興味深かったけど、みなさんはどうだろうね。

 でも、正直言ってアホらしいとはいえ、僕は楽しんじゃったけど。監督のラム・ゴパル・ヴァルマって人はヤマっ気たっぷりみたいで、そこは好感持てたけどな。

 

 

 

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